蜜雨

ベッドの残り香が鼻腔をいやらしく擽る。彼女のニオイは毎日変わり、僕もまたそれに目敏く気づくにおいフェチな男へと変貌を遂げていた。
センスの悪い男のニオイと彼女の甘やかな匂いが絶妙にマッチして、これまた不愉快な臭いへとなっているのに僕はひどく傷ついた。
いや、僕ではなく、彼女がこの臭いの中で情事をし、ほんの一時でもからだにこのにおいに触れさせることで彼女が傷ついているのが許せなかった。
トイレの芳香剤みたいなあからさまな匂いは自分にオブラートを包んだ浅ましい人間ぽくて嫌悪感を払拭できないし、男臭いのっていうのも野球男児じゃあるまいし僕は嫌だ。
とにかく、彼女の澄んだ匂いが汚されている跡を見ると僕はどうしても自分が許せない。自分のプライバシーが侵害されたとヒステリックになりがちなこの繊細な心をどうしてくれようか。
「恭弥坊、知っていたかしら?女ってのは化粧で相手を騙し、ニオイで相手を惑わせるのよ。あなたはまだ、子供のような夢を見ているようね」
、キミはその両方を使って男を欺いていると言うのかい?バカな女みたいな行為はやめてくれよ」
「ああもう、勘違い男はお断りよ、恭弥坊。」

「やめて、小鳥のように喚くのはよして頂戴。頭撫でて慰めてあげてもらいたいなら他所でやって。」
「僕はまだ、キミが純潔なのを信じる。」
「あなた、まだケツが青かったかしら?」
は僕を蔑むように上から見下し、ちいさいくてまがいものの紅で塗られた唇をきゅっと結んだ。
僕がまた口を開こうとすれば容赦なく彼女の大きな眼がギッと牙を向き、喋らせてもくれなかった。
きっと頭が悪い餓鬼だとでも思ったのだろう。かわいそうという慈悲なんてものはどうやら彼女は持ち合わせていないようだ。綺麗な顔して心は鬼のように底冷えたものだ。

ああ、やっぱり、大人の女はおそろしやおそろしや。醜悪さを隠す化粧も、彼女は老練であったようだ。



化粧軍(雲雀)






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