蜜雨

※なんとなくでお読み下さい






 ――月岡宅前で左之助と斎藤交戦時



、刀を持ってろ」

 今回は勝負を左之助に合わせようと、斎藤は愛刀をに投げ渡した。

「余り度が過ぎるようでしたら止めに入りますからね?」
「フン、コイツとやるよりそっちの方がよっぽど楽しそうな話だ」
「もう……」

 の忠告に対して好戦的な笑みを浮かべながら拳を構える斎藤に溜息を吐く。

「信用するんじゃねー左之助! そいつはくそ汚ェから油断してると蹴りがくるぞ!」
「っぷ! ふ、ふふっ……斎藤さんたら全然信用されてない……ぷふっ」

 弥彦の言葉に笑いを堪え切れなかったが吹き出すと、斎藤はぎろりと睨みを利かせてを黙らせた。



「止めだ。帰るぞ、

 左之助に最後の一発を加え、背中を向けた斎藤はから刀を受け取ると、足早に去っていく。はこっそり左之助達の元へ寄ると、声を潜めた。

「京都で余計な仕事を増やしたくないと言って此処に来たんですが、本当は剣心やあなた達の事を気に掛けて、わざわざこうして牽制してるんですよ、あの人。やり方は荒っぽいですし、ああいう方なので確かに誤解されやすいんですけど、ものすっごーくわかりにくい優しさも持ち合わせているんです。そうじゃなかったら、市民の安全を守る新撰組や警察に所属しておりませんもの」

 余計なお世話かもしれないが、は一応これから協力者となってくれる剣心側の人間にも、彼は彼なりの正義で動いている事を知ってもらおうと口添えをしたのだ。

「まあ、左之は今の戦いでわかったコトもあったかもしれませんけどね」

 は左之助の肩の傷を見詰めて微笑んだ。

「手荒な真似して申し訳ありませんでした。京都でお会い出来る日を楽しみにしております。それでは……」

 綺麗に一礼したは斎藤の背中を追い掛けていった。



「くだらん話をするな」

 斎藤の背中に追いついたに不機嫌な声が飛ぶ。

「あら、何のコトです? それよりも、帰ったらその左手冷やして下さいね」
「フン……こんなモン、怪我にも入らん」
「まったくあなたって人は……」

 大小様々な戦争と共にこの明治まで生き抜いてきた斎藤の身体の頑丈さは十分承知しているが、たまには自分の身体を労わってやって欲しい。しかし口煩く言ったところで聞かないのは目に見えているので、あえて多くは言わない。只彼があまり無茶をして身を滅ぼさないよう、隣で支援に努めるだけだ。

「はあ……新しい制服を発注しませんと……また京都出発前の書類が増えました……」
「貴様の書類好きには脱帽するな」
「誰の所為だと思ってるんですかあ!」

 こんなやり取り前もしなかっただろうか――隣で小鳥の様にぴいぴい囀るなど気にも留めていない斎藤は、フーと紫煙を吐き出したのだった。






※蒼紫と恵が神谷道場で対峙している時、は斎藤とは別行動。書類整理に追われていた。






 ――剣心京都へ(夜)



「忘れるな、志々雄との闘いは既に始まっている――」

 斎藤と話し終えた剣心がに視線を移した。

「ところで殿、京都についたら師匠の元へ参ろうと思っている。案内を頼みたいのだが……」
「え゛」

 は剣心の言葉に笑顔のままぴしりと固まった。いつもとは違うの様子に剣心は首を傾げ、斎藤はくつくつと笑った。

「残念だったな、抜刀斎。コイツは絶賛その師匠とは喧嘩中だ」
「あ、あの殿が?!」

 流石の剣心も見事な狼狽えっぷりだ。なにせ剣心は昔からが比古にべったりなのを嫌という程見てきた。比古が白を黒と言ったら本気で白を黒と言うし、お手と言われたら何の迷いもなくお手をする。それ位従順で、の中で比古は絶対で、圧倒的比古至上主義者であった。いくら比古に邪険に扱われようと、むしろ嬉しそうな顔をしていたを今でも覚えている。もしかしたらがこんなにも笑顔でいられるのも、比古との修行(?)の賜物なのかもしれない。

「あ、あれは斎藤さんが私を煽るから……」
「ほう……また俺の所為にするのか?」
殿と師匠の喧嘩に何故斎藤が……まさか警察に入る時の一悶着が原因で――?!」
「ご明察」

 先日神谷道場にて剣心が師匠の話題を出した時、は確かに怒っていた。しかし途中でいつもの調子に戻っていたので大して気にも留めていなかったが、まさか剣心同様までも比古と喧嘩別れしていたとは――姉弟弟子とはここまで似るものだろうか。
 それにしても、よくもまあ喧嘩中の相手にあれだけキャーキャー騒げるものだ。らしいと言えばらしいが。それだけで納得してしまう剣心は、結局のところに甘いのであった。で剣心に甘い所があるのでお互い様である。

「で、でも私がちゃんと師匠の所には連れて行ってあげますから安心して下さいね」
「ちなみにコイツは笑っちまうコトに、その師匠に出せないでいる謝罪の文だか恋文だかよくわからん文を今でも肌身離さず持っている」
「さっ斎藤さん、何故そのコトを……っ!?」
「阿呆が。あれだけどこ行っても飛脚をチラチラ見ていれば、誰でもわかるだろう」
殿……」

 盲目的な愛も困りものである。






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