※アニメ第1期9話参照。完全にノリと勢い。
この日坂本雄二はいつも通り文月学園に登校し、Fクラスで授業を受け、霧島翔子の猛烈なアタックから逃れ帰路についていた。
「ただいまー」
玄関を開けてまず雄二は家の中から夕飯のにおいが漂ってくることに気がついた。
まさかあのすっとぼけた母親がまた無謀にも料理に挑戦しているというのか。
雄二は早足で真っ直ぐにリヴィングのドアを開けた。
「あら雄二おかえりなさい」
「っ母さん…?」
ソファに座ってぷちぷちを潰している母はエプロンをつけてはおらず、雄二は自分が思っていた光景ではないことに少し驚いていた。
「雄二、おかえり」
いつぶりだろうか、台所から聞こえてきたのは幼馴染のの声だった。
キスとおねいさんとトップシークレット
、23歳、Eカップ。
雄二が生まれた時から何かと世話を焼いてくれた、いわば姉のような存在である。
の両親はが中学生の時に死別しており、その両親は駆け落ちしていたための周りには頼れる親類がいなかった。まだ一人で生活するにはあまりにも幼すぎるに居場所を与えてくれたのが坂本家であった。下宿という形で坂本家に居候することになったは高校卒業後海外の大学へと進学した。大学での教育課程を終えたは日本へと帰国し、今日坂本家に帰ってきたのだ。
「なんっで!俺に黙ってたんだよ!」
「だってその方がおもしろいでしょう?」
普段天然ボケが入ってる母だが、たまにこういう策士じみたことをやらかす所を見ると、雄二は間違いなくその血を引き継いでいることを実感していた。
「ん?雄二あんた…」
「あ?あんだよ…?」
鍋の火を止めて雪乃を恨めしそうに睨みつけている雄二の所へと真剣な眼差しで近寄ると、雄二はうっと後ろに2、3歩後退した。
久しく見るを直視できず視線をうろうろさせる雄二を楽しそうに雪乃は見ているだけで助けることはしなかった。
雄二は賭けに負けたため翔子と付き合ってはいるが、ずっと昔から好きなのはだった。
一時期その想いは家族として姉としての家族愛なのかどうか迷いを抱いたことがあったが、今ははっきりと一人の女としてが好きだと自覚していた。その想いはが遠い海外へと行ってしまっても消えることは決してなかった。そればかりか突然の帰国に今まで我慢していた想いが爆発しそうなくらいだった。
「やっぱり、背ぇ伸びたでしょ?」
は雄二を見上げながら拗ねたように眉を顰めた。
は女性としては背が高い方で、雄二が小中学生の頃は断然の方が背が高かった。それが今や雄二はを見下ろしていて、は雄二を見上げている。形勢逆転とはこのことだった。
雄二はにキスする時は屈んでやらなければとふとそんなことを一瞬考えてすぐにハッと我に返った。気がつくとソッチの方向へ持っていってしまうのは最早男としての習性だった。
「生まれた時なんてこーんなちっちゃくてかわいかった雄二がこんなにたくましくなっちゃって…おねーさん悲しいわ」
ぐすんぐすんと泣き真似をしながら、人差指と親指で少し間隔を作ってこーんなと人間の大きさを表現するにはあまりにも小さかった。こんな冗談をやり取りするのも懐かしくて、雄二は腹の底から湧き上がる想いに顔が緩みそうになったが、それを何とかこらえて少し下にある小さな頭をこつんと軽く叩いてばぁーかと言った。
「メシの準備まだ終わってねーンだろ?手伝うぜ」
「ん、ありがと」
雄二は一旦部屋へと戻り、ラフな格好に着替えてキッチンに立つの隣に並んだ。
「このほうれん草どうすんだ?」
「胡麻和えにするから切ってさっと湯でといて。お湯はもう沸かしてるから」
「おー」
何年かぶりに一緒に料理するのにもかかわらず、まるで昨日も一緒に料理を作ったかのように息はぴったりで効率良く料理が進んでいた。
雪乃はそんな2人の姿を見てプチプチを潰しながらこっそり笑っていた。
「そういえばね、あたしあっちでルームシェアしてたんだけど」
「はぁ!?聞ーてねぇぞ?!!」
「雪乃さんやっぱり教えてなかったか…」
その言葉にすぐさま雄二が雪乃をギッと睨みつけるが素知らぬふりしてプチプチを潰していたので雄二は諦めての方へ向き直した。
「その相手ってまさか男かよっっ?!!!」
「まさか!女だよー。それでね、その子めちゃくちゃブラコンでさぁ」
その弟の事を出来が悪くて不細工で甲斐性なしとか罵る割に携帯の待ち受けはその弟でパスケースにも弟の写真、話す話は弟か勉強のことばかり。果ては一人の男性として弟を愛しているとかなんとか。さすが自由の国アメリカだ、いろんな人がいるものだと驚いたものだ。その子は同い年の日本人であったが。
「たまたまその子と一緒の学部で卒業も同時だったから、今日一緒に日本に帰ってきたんだけどね、明日その子の弟に会うことになってるんだー」
だめだ。雄二はその言葉を喉の奥で止めた。
その弟について全く知らないが、男と会うことには変わらない。
雄二は自分には止める権利が何もないけれど、どこの馬の骨だか知らない男と仲良く話すを想像しただけでその男をぶん殴りたくなってくる。
「でも、あたし兄弟いないからさ、ついその子に雄二のこと自慢しちゃったんだ」
柳眉をハの字にさせて苦笑するを見ると、雄二は単純にも黒くドロドロとした嫉妬心が引いていくのがわかった。
「あたしにもずっと弟のように可愛がってきた雄二ってのがいるんだから!ってね」
弟のように可愛がってきたというフレーズは素直に喜べないが、が自分のことを話すなんてそれだけで飛び上がりたいほど嬉しかった。
男ってのはかくも単純な生き物である。
食事も終わり、風呂から上がった雄二は次に風呂へ入るよう伝えるためにの部屋に向かった。しかしは電話をしているようで、部屋から漏れる声についついドアの前で聞き耳を立ててしまう。電話の相手は玲という名前から察するに男のようだった。
「玲ってばほんと面白いよねぇ。今日だってちょっとトイレ行ってる間にバスローブに着替えててすっごいびっくりしたんだからね!?」
同年代の人間と話す時ははこんな風に笑うのか。いつも自分の前ではお姉さん顔してそこまではじけないのに、今はこうやって気楽に普通に喋っている。
少し胸が痛んだ。自分はどうあがいても年上の頼れる男にはなれはしない。まともに支えてやることさえできない。
小中高では常に学年首席、奨学金でハーバード大に行って教師の資格を取得し、こっちで就職も早々と決めてしまって、いつも一人でなんでもこなしてしまう。
自分はのん気な高校生で、いつもに弟扱いされるのも納得だ。てんで自分はガキでどうしようもないバカだ。
コンコン。
「あっ玲ごめんお風呂かも!そろそろ切るね!うん、じゃあね!」
携帯を切って、慌ててドアを開けた。
「わりぃ、電話中だったか?」
「大丈夫。お風呂?」
「ああ。俺はもう寝るから…おやすみ」
簡潔に伝言を済ませるとさっさと雄二は隣の自分の部屋へと足を向けた。
「雄二っ!ちょっとそこで待ってなさい」
「………」
振り向かずに無言で立ち止まった。
ぽたりぽたりと生乾きの髪から水滴が垂れてフローリングを濡らしていた。
そして突然その頭にバスタオルが覆いかぶさってきて視界を奪った。
「そんな濡れてちゃ風邪ひくでしょう?もうすぐテストなんだから気をつけなさいよ!」
少し背伸びして雄二の頭を拭いてあげるの手を掴んで自分の胸に引き寄せると油断していたはいとも簡単にその中におさまった。
「へ?ゆう…っ??!」
の唇に何か押し付けられたと思ったら今度はさっき自分が雄二にしたようにタオルが視界を遮った。
そのタオルを取り去る頃には雄二は自分の部屋に入っていて、廊下に残されたはただただ呆然とするだけだった。
「弟のように思っていた人間にキスされた…?」
昨日の一件は大人の余裕を見せて平然と朝ご飯を一緒に食べて雄二を送り出しただが、その実困惑していた。
今日は玲とウィンドウショッピングをした後にカフェテリアでお茶をし、夕飯の買い物をして玲の弟と一緒に食事をする予定だ。それがどうだろう、ずっとブツブツ言いながら考え込んでいて鬱陶しいったらない。カフェテリアに入るまで放っておいた玲がついに根負けしてに問い詰めてみると、苦い顔をして昨日キスされたことを話した。
「うん…」
「弟とチューって…普通じゃないんですか?」
「…ああ、うん。なんかもうこんなことでうんうん悩んでいたあたしがバカみたいだわ…」
はぁとため息を吐いてテーブルにうな垂れた。
「うじうじ考えるのバカらしくなってきた!!あたしをからかっただけだよね、はずみでしちゃったんだうんきっとそう!」
「やっとらしくなってきましたね。何か注文しますか?」
「よしっ、朝食欲なくてどんぶり3杯しか食べれなかったし、食べるぞー!すみませーん注文いいですかー?」
は吹っ切れたようでサラダ5人前とパスタ4人前、ドリア2人前にピザ3枚をとりあえず頼んで、食後のデザートとしてケーキを全種類頼んだ。その量の多さに店員は何度も注文を確認して去っていった。周りの客はひそひそとたちのテーブルを見ながら話していたが、それに気付かずは鼻歌を歌いながら料理を待ち、玲もいつも通りの食欲に安心してコーヒーを口にしていた。
「玲はさ、弟に不純異性交遊禁止してるくせにあたしと会わせちゃってもいいわけ?」
一足早く来たサラダをしゃくしゃくとハムスターのように口に詰め込んで咀嚼し終わるとはふと疑問を口にした。少しサラダをもらって食べている玲も口の中の物を飲み込んでから口を開いた。
「は特別ですよ。それに、あの子はの好みじゃないですからね」
「あそう…」
日本人のイメージは慎みがあって食が細いイメージだが、は慎みはともかくとして食の方面では日本人というか常人離れしていた。あっちのビッグサイズの食べ物を容易く平らげ、大量におかわりはするくせ体型は変わらなかった。まさしく東洋の神秘としてたちが住んでいたあたりではちょっとした有名人だった。州の大食いチャンプでもあるはあまりにも大食いの度を過ぎたため、男の方が恐れをなして逃げだしていた。その所為で振られたことは数知れず。日本ではその大食いと女性にしては高身長なのと、いろいろと重なって(一部は雄二がある交渉術を使って別れさせたということもあったみたいだがは気づいていない)長く付き合いが続いたことはなかった。
「過去に雑誌に紹介されるほどの大食い美少女レベルでしたらそれはある意味名なことではありませんか」
「あーあーやめてやめて。それ黒歴史だから!その所為でより一層男寄りつかなくなったんだから!」
「普通の恋愛して結婚して子供産みたいと言っていますが、本人がこれでは…」
「高校の時の友だちと同じこと言うのやめてよぉー…」
そう言いながらも食べる手は止めない。
周りの友達が続々と結婚をしている中、自分は将来を約束した相手も決まった相手もおらず、ただ就職先だけは決まっていた。結婚願望がないわけでもないのだが、そうなる前に別れてしまうのが現状だった。
「その弟みたいに可愛がっている子はその食欲を見ても引かないのですか?」
「えー…?高校まで毎日あたしの食事風景見てたらそんなこと思わないんじゃない??」
「思ったのですが…その子のことが好きなのでしょう?理想の相手だと思うのですが…」
「はぁ?雄二がぁ?ないない!てか家族同然の男子高校生相手にしたらまずいでしょ、世間体的に見ても。しかもあいつ超可愛い彼女いるし」
「そう思ってるのは案外あなただけなのではありませんか?」
「なぁに言ってるの。ないってば、ぜぇーったいにありえない!」
はいっもうこの話は終わり!と食べることに集中してしまったにもう一度この話題を振ることはできなかった。
玲はため息をコーヒーと共に飲み込んだ。
とても食べきれるはずがないと周りの誰もが思っていた量の料理を玲がちょいちょいつまみながらもほぼ一人で平らげ、店を出て夕飯の買い物をして玲の住むマンションを目指す。
「なんで料理できないのにパエリアから挑戦するかなぁ…もっとこう、目玉焼きとか簡単な料理から」
「好物なんです、弟の。だから美味しいものを作ってあげたいのです」
「…はいはい、一緒に美味しいの作ってあげようね」
玲のブラコンもここまでくると感心せざるを得ない。
勉強は出来るが一切の生活能力を持たない玲だが、弟のためにこうやって努力する姿を見てしまうと手伝ってあげたくなる。だが本当に弟の話をする玲は恋する女の顔になる。相手が弟というのはこの際目を瞑っておこう。
「うわぁきれいなマンション!」
「部屋はこちらです…あら鍵が…」
「お邪魔しまーす…ってずいぶんと靴多いね」
玄関に入ると何組ものローファーが並んでいて、どうやら以外にも来客者がいるようだ。
玲の後について(途中の廊下で干してあった玲の下着は見なかったことにしよう)がリヴィングに行くと、高校生の男女が集まっていた。
「あら、お友達ですか」
瑞希と美波は玲を見るとショックを受けたようで打ちひしがれていた。
その姿を玲の弟である明久は諦めたように姉を紹介すると玲もそれに合わせてお辞儀をする。
「あれ…姉さんそっちの人は?」
「。玲の友だちです。って雄二?!」
「っ!なんでお前ここにいるんだよ?!!」
「今日は友だちの弟を見に…そっか、雄二の友だちだったのね。世間て狭いわ」
「昨日話してた弟って明久のことだったのかよ…(心配して損したぜ…)」
「雄二貴様ッ!!霧島さんという彼女が居ながらこんな年上美人と!!!!!」
血の涙を流さんばかりの気迫で雄二に掴みかかる明久と、その横でまったくだと高速で頷いているムッツーリーニこと康太がいた。
「うるっせぇよ!!だから俺は翔子じゃなくてとっっ…!!!!」
「あたしが?なに?」
雄二との態度の温度差で二人の関係を悟った周りの人間は雄二を憐れむような生温かい眼差しを向けた。それに気づいた雄二は舌打ちして顔を赤らめていた。
「…で、雄二との関係は?」
「へ?家族みたいな存在…かな、一緒に住んでるし…」
「い、一緒に住んでる…だと?!!」
ぶしゅあああ。
ナニを想像したのかは容易に想像が出来るが、はいきなり鼻血を出して倒れる人間に初めて会ったため、貧血を助長する行為とは知らずに抱きかかえてしまった。その豊満な胸を目の前にした康太はカメラを手に天に召された。
「えっえっ?!あたしなんか悪いことした?この子大丈夫!?」
「ああ、いつものことだ。気にすんな」
平静を保ちつつもから康太を離すと、康太を担ぎあげて別な部屋へと移動した。
そこでそれぞれの紹介が済むと、夕飯は明久と雄二で作ることになり、たちは明久の恥ずかしい写真を見ることになった。
「あの…さんは坂本くんと一緒に住んでるって本当なんですか?」
一通り明久の恥ずかしい写真を見終えた瑞希たちは今度はに質問攻めだ。
「ええ。両親が亡くなって親戚もいないから、隣の雄二の家に下宿って形で居候させてもらってるの」
「そういうことだったんだ。でもよく霧島さんが許してるわね…」
「翔子とも顔なじみなのよ。ほんと、あの2人がくっついてくれてお姉さんも一安心だわぁ」
ああ、まったく雄二の気持ちに気づいてないんだあこの人…とこの場にいたみなが思った。明らかに好意は自分に向けられているというのに、憐れ坂本雄二。
玲も思った通りの関係に助言する気も起きないようだ。
彼女がいるというのは名ばかりで、本当は雄二は今すぐにでも思いを打ち明けたいはずだ。でもの性格や世間体や歳の差を考えて踏ん切りがつかないのだろう。
玲はこれからどう転ぶかわからない親友と弟の親友の恋愛をしばらくはあたたかく見守っていようと心に決めた。
「…っは!…もしやあの伝説の…っ??!」
「伝説とは何の事じゃムッツリーニ」
ごそごそとカバンからデジカメを取り出していじってから、みんなに画面を見せるとそこには幸せそうな顔をして大きなシュークリームにかぶりつくの姿があった。しかもが着ている制服は今自分たちが着ている文月学園の制服だった。デジカメの画面をスライドさせると、何枚もの写真が出てくる。
「ちょ、なっいつ撮ったの?!!ていうか今更高校生の時の写真見せられるとか拷問でしょ!!」
「…雑誌で紹介されてるの見て、撮りに行った」
「あらあら、どこでも有名人ですね、は」
「だってあたしが高校の時って康太くん中学…下手したら小学生じゃない?!」
「…年齢なんて関係ない…」
「いやまあそうだけども…なんかもうここまでくると称賛に値するわ…」
はははと苦笑いを浮かべるであった。どうして自分の周りにはある意味すごい人間しかいないのだろう。そう切実に思ったのだった。
「…なんで…なんでこんな食べてそんなスタイルいいんですかぁああ…っっ!!」
「いやあ、昔からいくら食べても太らない体質みたいで…おかげでいつも腹ペコだけど」
類は友を呼ぶ。自分もある意味すごい人間の部類に入っているのだが、本人にその自覚はなかった。
「なるほど…栄養はすべて身長と胸に…!!!」
ぶっしゃあああ。
またいろいろな想像を繰り広げて鼻血を吹き出したのはもうお決まりの展開ということで。
「それにしても殿は文月学園のOGじゃったのか」
「そ。だから制服見ると懐かしいんだよね」
思い出話に花を咲かせていたら、あっという間に時間は過ぎ、夕飯が出来たと明久と雄二に呼ばれた。
「すっすごい量じゃな…」
「あー大丈夫だ秀吉。が全部食うから」
テーブルいっぱいに並べられた料理の数々に見てるだけでお腹が膨れる勢いだった。
「本当に大丈夫なの?残したら雄二が責任もって食べてよね」
「ぜってー残ンねェから安心しろ明久」
明久はさっきの康太の写真を見てないから、あの細い身体のどこにこんな大量の料理が入るのか甚だ疑問だった。どう見ても小食そうなをちらちら見ていると、雄二がいつも翔子にやられているように明久に目潰しを仕掛けた。
「いったいじゃないか雄二!!!」
「てめぇがいやらしい目でを見てたのが悪ぃんだろっっ!!!!」
「あ、康太くんあたしにもコーラ」
2人のやり取りを全く聞いてないようで、むしろ男子高校生のノリだと思っているみたいで、当の本人はのほほんと康太と話していた。
そんな人間に囲まれた康太も自分のペースを崩さずデジカメ片手にのベストアングルを虎視眈々と狙っていた。
「あーおいしかった!明久くんは玲と違って料理上手なんだね!」
テーブルいっぱいに敷き詰められた料理は見事によって残さず殲滅され、洗い物くらいはとが食事のお礼に食器を洗っていた。洗い上がった食器を拭いて棚にしまうのはさすがに明久頼むしかなかったので、雄二に牽制されながらも仲良く並んでキッチンに立っていた。いつもあの位置にいるのは雄二だったので、あんなバカに自分のポジションが取られたみたいで悔しかった。
「姉さんの料理オンチは筋金入りだから自然と僕が作るようになったんですよ」
「でも、玲はあれでもきちんと努力はしてるからさ。まあ、結果出してないから意味がないっていつも言ってるんだけどね。玲ってそういう考えするでしょ?」
困ったように笑いあうと明久に気が気ではない雄二だが、その他の人間はそれを楽しそうに見守りながら食休みをしていた。
「にしても…すごい食べるんですね、さんって」
「あーうー…引いたでしょ…でもおいしくて止まらなかったのよ…いつもはもうちょっとセーブして食べてるんだからね!?」
年上なのに何故か可愛いと思ってしまう。明久は自然と笑みがこぼれた。その様子についにキレた雄二は荒々しく立ち上がった。
「、俺が洗いものすっから休んでていいぞ」
「え、でも…」
「いいから茶ぁでも飲んでろって」
「わっわかった…」
あくまで笑顔で声色も普通なのに不思議と逆らえない迫力があって、は素直に言うことを聞くことにした。
「なっなんだよ雄二!」
「いんやぁ、なんでもねーよ。ただと同じ空気を吸って楽しそうに喋ってるお前が憎らしいだけだ」
「なんでもあるじゃないか!!!」
ちなみに上の会話はすべてぼそぼそ声なので他の人には聞こえていない。洗い物をしながらその下で激しい蹴り合いが勃発しているのも、雄二と明久以外気づくことはなかった。
「さてと、腹もいっぱいになったことだし、勉強するか」
明久の部屋に皆で集まってもうすぐ中間テストだというので勉強をすることになった。
「よろしければ私たちがお勉強を見て差し上げましょうか?」
「あたしも玲も一応あっちで教師の資格取ったし、何かわからないことがあったら聞いてね」
「さんって姉さんと一緒の大学だったんですか?」
「うん、そう。ハーバード大」
なんでもないように言ってのけたその有名すぎる大学の名前に瑞希たちは驚きに声を上げた。
「ってことは明久はでがらしか…」
「その言葉の真意はっ!???」
一同が明久の残念さにがっかりしていると、にゅっと玲がどこからともなくエロ本を取り出した。
「それでは、参考書をどうぞ」
「あ、これ何に使うのかと思ったら参考書だったのね…保体の」
そう言ってもどこからともなくにゅっとエロ本を取り出した。
「そっそれは俺のトップシークレット!!!」
「玲に最近の男子高校生の性癖を調査するのに協力してくれって言われたので…あ、ちゃんと雪乃さんの許可はもらっているから大丈夫よ。むしろ雪乃さんに教えてもらったくらいだし」
「あんのくっそばばぁああああ!!!」
自分の性癖が仮にも好きな女に知られたこととあんなに厳重に保管していたエロ本が見つかったことへの羞恥心と屈辱でわけがわからなくなっている雄二だった。
「やめてぇ僕の趣味が白日のもとにぃいぃぃいい!!!!」
「おっおいやめろっ!!それを今すぐ俺に返してくれえええぇえぇぇぇえ!!!!」
明久と雄二はがっちりとホールドされているため、ゆっくりと分析を述べる玲とはさすがに余念がなかった。
「どうやらアキくんはバストサイズが大きく、ポニーテールの女子という範囲を重点的に学習する傾向がありますね」
「雄二の場合は胸が大きくて年上の女教師に燃えるみたいね。禁断の恋に憧れているみたい」
明久の性癖を聞いて瑞希と美波がハッとし、雄二の性癖を聞いた康太と秀吉は雄二とに複雑な視線を送っていた。
いつもクールぶっていて人の弱みをうまく突いてくる雄二が今はの前で情けない男になっているのが少し面白かった。
「…幻滅したか?」
吉井家からの帰り道、みんなと別れて坂本家に向かっている途中に雄二は言いづらそうに口を開いた。
「なぁに?あのエロ本こと?」
無事没収は出来たが、中身はチェック済みなのであまり意味はない。
男友達に自分のエロ本が見つかっても性癖が知られてもたいしたダメージではないのに、好きな女に見つかった上に自分の隠していた性癖がすべて知られてしまうなんて死にたい。
「逆にその年齢で持ってない方が気持ち悪いって!そんな恥ずかしがるな!」
「俺の性癖知ってドン引きしねーのか…?」
「誰だってえっちに理想持ってるし、想像もするよ。現実の趣味とエロ本の趣味が違う人もいるし」
「…まるで知ったような口きくな…」
「そりゃ、あんたよりも長く生きてますからね」
何気なく言っているのだろうけど、一歩先に行かれている感覚が雄二は好きではなかった。
歳の差は残酷だ。いつまでも対等になれない現実が突き刺さる。同じ目線にもなれないし、同じ時間を共有できないという不利もまとわりつく。
「じゃあ聞くけどよ、お前の性癖ってどんなだ?」
「あたしにまで火の粉飛ばさないでくれませんか?」
「俺もお前の所為で明久の道連れにされたんだからなっ?!!」
「それは悪かったって。でもそれとこれとは別問題!」
「てっめ…!!!」
ツンと頑なに口を閉ざすからはなんの情報も得られなさそうだ。
「雄二こそあたしの食欲に引いたことないの?背だって可愛くない身長だし」
「…他の奴らになんか言われたのか?」
「…まぁ、言われたことはあるけど…」
「お前の食欲とか今更じゃねーか。何年お前と一緒にメシ食ってると思ってんだよ。それに、俺はお前よりも身長高ぇから別に問題はねー」
「そっか…雄二ならそう言ってくれると思ってた。ありがとね」
ふんわりと嬉しそうに笑う顔に思わずドキッとしてしまった。月の光が当たって余計に美しく見えてしまったのだ。
「べっべつに慰めで言ってるわけじゃねーからな!そんな器の小せぇ奴らが言うことなんか気にすんなって言ってるだけであって…!!」
「うん、ありがと」
「…っはー…なんでこううまく伝えられねぇんだ俺はっ!!!!!」(小声の叫び)
「ん?何か言った?」
「いや…別に…」
だいたい昨日キスしたはずなのには今朝から至って普通だ。
あれが精一杯の攻めだったのにうんともすんとも応答がない。
いまや本当に昨日キスしたのかすら自信がなくなってきた。
自分が男として相手にされていないのを再確認しただけだった気がする。
仕掛けられた人間よりも仕掛けた人間の方がダメージがでかかったわけだ。
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