蜜雨

愛をつらぬくにはそれはそれはとても強靱な肉体と精神と性欲が必要だと思われる。それができないならば死ぬしかないということだ。女は愛に生きてこそ女だ。 まあ、それを言った張本人は既に自分とは別の女をヒィヒィとなかせているんだろうが。つまり、だ、愛をつらぬくことは何回もでき、そのつらぬいた痕も何個もできるのである。 女と寝た回数彼は彼の愛をつらぬきとおすのだろう。それはある意味の一途でありある意味の悖徳なのである。 所詮はどの女もあの男にとってしてみればピィマンやかぼちゃ、よくてニンジンだ。まあ、結局のところあまりかわりばえはしないのだが。 つかつかとまったく他の空気に気を遣わない傍若無人な足音はまさしくその男のものであった。一直線にこちらに向かってきているようで、一寸の迷いも勢いも薄れない。 飲みかけのジントニックの水割りをトイレに無遠慮にお構いなく捨てて流した。そのままあの世にでもいっちまえ、とすら思った。 ジントニックはあの男が好きな酒だ。それをトイレに流すなんてなんてシュゥルで素敵なんだろう。少なくともわたしの美学にはそれはとても美しく思えた。 トイレからでてくると、先程自分の頭を支配に追いやっていた男の姿が。トイレにドアを開けて入っていたため(もちろん自分の排泄はしていない) あの男がカァドキィを使い健気にもパスワードを入力したはずだ。わたしにあうためだけに、だ。あの男にしてはずいぶんとかわいらしいことをするではないか。 ソファに我が物顔で座っていると男は今さっき捨ててきた(この男はそのことには微塵も気に留めない)ジントニックのボトルを見遣り、こちら向いた。 無言。なにも言わないが、目で命令しているのがわかる。それをさけてるのは自分、背いてるのは自分。いい気味だ、まったく酷く晴れがましい気分に男に気づかれないようにそっと目を細める。

「おい。」「なあに。」「オレの言っていることがわからないのかカス」「さあ?それにあなた今日始めてあたしに向けてはなった第一声は「おい」だったわよ」

ギっとあの燃えるような弾丸みたいな目線をわたしに向けた。そしてまた口を開いた。何回あの舌を使ってどんな風に攻めたんだろうな、たとえば今みたいな(言葉攻めってヤツ)。

「カスの分際で随分と饒舌になったな、少し自分が偉くなった気分でもなったのかおい」「偉くなったとかそういうんでなくあなたに抱かれたいと思ったから、わざと挑発してみたりとかそういうロマンティックなことをひとつやふたつ考えつかないのかしらねあなたは。」 「カスはカスだろ。」「さっきからカスカスうるさいわねえ、頭がスカスカだと思われるわよ。あ、言っとくけど今の言葉はイタリアンジョォクとかそういうんじゃないからね笑わないでよ。」 「笑えねえよカス。まともなこともいえねえみてェだな、セックスボケか?」「セックスなんてあなた以外となんかしていないわよばかじゃないの」 「オナってたとそういう話題のひとつも持ち出せねえのかよカス」「そういうタチの悪いイタリアンジョォクには愛憎が0,00000000000001:9,9999999999999の比となるからあたし以外の女に言うのはやめておきなさい尻はたかれるわよ。」

あきらかに演技がかったため息と首を横に振る動作をして哀れんだ目で見たらどうやらそれはプライドが高い彼を怒らせてしまったようだ。 がしゃん。まぶたをいっかい下にやりまた上にやった動作をする時間でずいぶんとかわった。間違い探しみたいにきっちりと一秒前にあったものがなくなっていた。 音がしたとおもったらそれはジントニックのボトルが割れた音だ。あァあ、なんてこどもっぽい奴なんだろう。

「わかってねえのはてめえのほうだろうが。女はオレの食用道具だろ。何回も何十回何百回もくえるお得なカスたちだ。」
「あなたホントあたま空っぽね、同情さえ生まれてくるわ。それともなに、それは演技か何かかしら?女の子をスゥパァの安売りだとかに引っ張り出さないでくれる?これだからお下劣な男って嫌ね、品がまったくといっていいほど無いわ。クソみたいね」

まただ。まぶたが上下したらまた変わってた。今度は自分が。首を絞められるとこれまた苦しくてどうしようもなかった。彼の逆鱗に触れたのだろう。もとから触りやすいところにある逆鱗のようなものだ。 「おまえこそ品がねぇじゃねえか。女がクソなんて言葉使うんじゃねェよ。」「あらいやだ。可笑しな男ね。女に変な幻想をまだ抱いていたのかしら?あそこまで女を善がらせる男が。」 ああ、息がかすれる。でもわたしは口を動かすことをやめない。空気をいくら吸ってもそれは人間の体内にとどめることはできないが、はなしたいことはたまるのである。 そうだ、ただ自分ははなしたいだとか抱かれたいだとかそういう乙女的な理想をもっているのだ一応は。けれどもまた口は勝手に動く。舌のすべりがたいそういいようだ。まわる、まわる。まったく、傲慢だ、自分は。

「嫌な香水のにおいをちらつかせてるわね。今度は誰かしら?趣味が悪いわね。」「そこらへんにいた処女よかマシだったぜ。なにせそいつはオレの舌に素直に口を割ったクセして舌を噛み千切ろうとしたとんだバカだからなぁ。」 「それは最悪なはなしね。でももっと最悪なはなし、わたししってるわよ。町ですれ違っただけで強姦した男がこの世にはいるのね。でもなにが最悪だって、その男は女を食用道具と言ったらしいわ、どっかの誰かさんと一緒ね。」

首を絞めていた手の爪をたててわたしの首の薄い皮をはさんだ。ツクリとした痛みだった。けれどそのうち血が流れて、ああ、今度は肉を挟むとかそんなんじゃなくて喰い込んでいるんだなってわかった。 感度が鈍くでもなってるのか、それはあまり痛くなかった。そして首まわりにはたくさんの痕があった。それがキスマァクとかだったら最高に気分がいいけどそれは当のむかしに消えていたし、そんなロマンティックなものでもない。 そんな弱弱しい愛のしるしだなんて求めてはいないけれど、それでももうすこし甘いのが欲しかったのかもしれない。何度だかこの男にこうゆうことをされたりはした。 何度も何度も消えない傷があったけれどそれをいとおしいとおもうなんて、おかしなはなしだった。ザンザスが口を開いた。「どうする死にてえか。」とても下らなかった。

「ここはセックスしてえかってきくとこでしょ。それを死にてえか?って、あんまりなはなしじゃない?ザンザス。もうすべてがぶち壊しよ、雰囲気もプチトマトもないじゃない」「なんだよプチトマトってお前の脳ミソか。」 「せっかくイタリアで会ったんだからイタリアっぽいものがいいかと思って。」「くだらねぇ。おまえが胸の大きさがAとかBとか悩んでるぐれえちいせえなカス。」

さすがに胸のはなしまで持ち込まれたのでアソコを蹴ってやろうかと思った。おまえが顎がわれないか悩んでるくらいちいさくてくだらないですねって言ってやりたかった。




「それで、あなたはなにしにきたわけ?」
その言葉を吐く際、細心の注意を払いつつ嫌味ったらしく且、わざとらしくきく。どうやら今日の自分は随分と命知らずなようだ。
まだ首の傷がツクンと痛むが、その痛みに優越感さえうまれる気違いさだ。あの男に、王に勝利ような気分に浸れた。
対立でもするかの様にザンザスとわたしは突っ立っていた。どうしても自分から歩みよる気が湧かなかった。いつもよりも醜い自分がいた。
「・・・まぁいい。」あまり機嫌の良くない、気に喰わないといった様子だ。この男の長い腕がわたしを鋭く捕らえた。わたしのブラウスを引きちぎるかのように思い切り服を引っ張るとボタンがぶちり、またぶちりと外れてとんだ。
怯んだわたしをまた先刻のように首をもって壁に押し付けた。首を押さえながら顎を掴んで上を向かせると荒々しく咬み付く様なキスをした。わたしは舌を咬んでやった。


「俺を生かす為に死ね、食用道具。」
「いやよ、名前、呼んでよ。」



あなたが従順な犬に成り下がった一言で、最期だとおもった。何でこんな日にあっちゃうんだろう、この日しかあえないってのに、この日が黒く染まる、この男の所為で。 何個もの違う類の愛を持ちながらこの男は何故わたしの犬になるのだ。こんな女捨てちまえばいい。代わりなんていくらでもいる。とっかえひっかえしてようが、気にしない女なんて五万といる、はず。(女とは元来嫉妬深いものであるが) 血に汚れていようが人を殺めていようが、この男は王の気質でどうとでもできるのだ。もちろん女も金も。薄汚れていようがどこか浮世離れして酷く目立つのだ。 ああ、ザンザス、こんなにもわたしは愛しているというのに、あなたはそれ相応の愛をくれないのね。





暗黒の木曜日






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