※ドラマCDネタ含
哲さんとの用事を終え、3年の教室が並ぶ廊下をゆっくりと歩いていた。もちろんあわよくば先輩と会えないかという期待を込めての足取りだ。
「見てあのふたり」
「うわっ悔しいけどあれだけ美男美女だと立ってるだけで絵になるわ~」
先輩に繋がるような情報を聞き漏らさない俺の立派な耳は、名も知らぬ3年女子の先輩の声さえ拾う。情報提供してくれた先輩方の言葉に思わず視線をうろつかせると、クリス先輩と先輩が楽しげに喋っている姿が目に入った。幸か不幸か、ふたりだけの世界に入っている(ように見える)おかげで、まだ俺の存在に気づいていない。
正直目が潰れてしまいそうなほど眩しくてお似合いのふたりだ。仲睦まじすぎてカップルに見えてしまうのも無理はない。さすが1年の頃付き合っているんじゃないかという噂が流れたことのあるふたりだ。いやほんと付き合ってなくてよかった。……付き合って、ねーよな?付き合ってない男女の距離感ってあんな近かったっけ?クリス先輩のパーソナルスペースって割と広い印象なんだけど、先輩相手だと緩くね?……あれ?
俺が仕入れた情報によれば、クリス先輩と先輩は1年の時に同じクラスになって以来仲が良い。クリス先輩のトレーニングや体に関する知識に興味を持った先輩が話し掛けたことがきっかけらしい。だから今楽しそうに話している内容も、きっとそっち関連の話題であろう。むしろそうであってほしい。次のオフにふたりで映画に行く話とかだったらマジで俺しばらく立ち直れないと思う。先輩の相手があのクリス先輩だなんて、とてもじゃないが俺では敵わない。そんな思考が一瞬でも頭に過ってしまった自分が悔しい。結局俺は捕手としても、そして先輩に相応しい男としても、クリス先輩に勝てないのか。あ、なんか考えただけで気分が沈んで――
「あーッッ! 御幸一也!!」
さらに俺をブルーにさせる奴が登場した。
「バカ村! 声でけぇよ!」
さっきも言ったが、ここは3年の教室が並んでいる廊下だ。後輩の俺らにとっては緊張しないわけがない場所である。それなのにこのバカときたらよりにもよって大声でフルネーム呼びやがって。
クリス先輩と先輩の驚きに染まった視線が容赦なく俺の身体に突き刺さる。
「沢村に御幸……!」
「クリス先輩! 先輩! おつかれっす!」
沢村は俺の名を思いっきり呼んだくせして、敬愛するふたりの先輩を見つけたらすぐにそっちへ駆け寄っていった。勢いよく直角に腰を曲げて頭を垂れ、相変わらずバカでかい声で挨拶する。この野郎。沢村にとっては俺も先輩なんだから、俺に対してもそのくらい丁寧な挨拶しやがれ。
「沢村君、御幸君ちょうどいいとこに! ふたりはさ、目玉焼きに何かけて食べる?」
沢村と沢村の後ろにいた俺に笑顔で質問する先輩もかわいい。もはや目玉焼きという言葉すらかわいく聞こえる。え、目玉焼き?
「私ね、前まで目玉焼きは醤油派だったんだけど最近ソースにハマってるんだ! ちなみにクリスはケチャップ派! ふたりは何派?」
「俺は「俺はマヨネーズです!」
おい、せっかくの先輩との会話に被せてくんな。
「あ、マヨネーズもいいね! 御幸君は?」
ありがとう沢村。お前のおかげで先輩がこっちを向いて俺の名前を呼んでくれた。もうお前の役目は終わりだ。帰っていいぞ。
「俺もソース派です」
「わっ、一緒一緒! ソースおいしいよね~!」
先輩が、今、俺の目の前で、俺とのお揃いに喜び、俺だけを見て、俺のためだけに笑い、呼吸し、言葉を発している。いっそ人間やめてソースになった方が俺幸せになれるかも。だってソースになったら先輩のふわふわ(であろう)唇に触れ、ちいさくてかわいい(であろう)舌に転がされ、先輩の体内に入り込み、先輩の細胞の一部になれるんだぞ。控えめに言って最高。
「あ、予鈴!」
なんだかんだ話しているうちに時間が経っていたらしく、鐘が鳴った。
「やべっ! クリス先輩に今日の練習について聞こうと思ってたのに!」
「おー! さすが練習熱心だね!」
「当然です!! なんたって自分は将来青道野球部を背負って立つ男ですから!」
「言うねえ! あーあ、私もクリスや御幸君のようなイケメンキャッチャーとバッテリー組みたい人生だったわあ」
「こら、思ってもないこと言うな」
クリス先輩は呆れた顔をして、こつんと先輩の頭を軽く小突いた。
「あはは! でもイケメンは本心だから!」
先輩は朗らかに笑いながら、次移動教室だからと足早に去っていった。どうやら沢村も移動教室らしく、慌ただしく先輩の背中に続く。沢村の「俺はイケメン枠じゃないんすか?!」というふざけた発言は、先輩の笑い声で一蹴されていた。
「あいつは……」
御幸君と一生涯バッテリーを組みたいというプロポーズ(俺の都合の良い耳にはそう聞こえた)を先輩の後ろ姿を目で追いながら反芻していると、俺の横で同様に先輩と沢村を見つめていたクリス先輩がぽつりと小さくなにか呟いた。
「あいつは俺と御幸、どちらとバッテリーを組んでくれるのだろうな……」
今度は俺にも聞き取れるほどの声量ではあったが、その言葉があまりにも衝撃的過ぎて思わずクリス先輩へと視線を移した。俺がわかりやすく動揺しているというのに、クリス先輩はいつもと変わらぬ冷静さを保っている。
「それって……」
「そろそろ本鈴が鳴る。授業に遅れるなよ」
有無を言わさずにクリス先輩は自分のクラスへ戻っていった。去り際にフッと微笑む様は文字通りのイケメンキャッチャーで、やはり俺はまだまだクリス先輩と勝負するに足る男ではないのかもしれない。
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