蜜雨

たとえ無力になろうがどのような状況下であろうが、男の性器は女に反応し、そして勃起を起こす。それは人間の性であり、反射的なものである。 オレは人間で在る資格がないかのように思えた。否、ないのである。それは苦痛であった。だがしかし、女はオレを殺してはくれなかった。

「オレをいつまでこうするきだぁ」
「いつまでって・・その怪我が治るまで?」
「う゛お゛ぉい、女、オレを殺せ。」
「それはできませんって何度も仰ってますでしょうが!」
「今更何世迷いごと言ってんだぁ、簡単なことだろうが」
「馬鹿じゃないですか!?人を殺すのが簡単なこと?そんなわけないじゃないですか!」
「お前の男は人を簡単に殺すぞぉ」
「そんな言葉に騙されません、ディーノはそんなことしません。」

そんなこと。そんなこともするのだ、あの男は。だいたいこの女は男に幻想を抱きすぎだ。あの男がどんなきたないことをして女も、ファミリーも生きていることがわからないのか。 コイツこそ、この女こそ正真正銘の馬鹿だ。騙しているのはオレではなく、あの男だ。女は血で汚したことも無いきれいな白い指でオレのからだを濡れた布で丹念にゆっくりと拭いた。 いつも定時に姿を現しては、食事を運び、包帯を換え、そしてからだを拭く。毎日女は休み無くきっかりと姿を現す。なぜいつもこんなことをしているのか、そう問うてみれば女は自分からやりたいと申し出たと言った。 オレは信じられなかった。訝しげに眉を顰めてみれば女はオレと話をしてみたかったと言う。またまた更に信じられなかった。今も女はオレに話しかけその会話を楽しんでいる(ように見えた)。女はアイツの婚約者だった。

「スクアーロさんはいつもつまらなそうな顔してますね。」

オレのからだを拭き終えた後は、ベッドの脇にある椅子に腰をかけて数十分ほど他愛も無い話をする。女は楽しそうに目を細める(ように見えた)。 オレはベッドに寝たきりの状態で、それこそ誰かの手を借りなければ起き上がれなかった。女の手をかりている、それが屈辱だった。でもそれは多分オレが自力で起き上がれるようになるまでかわらず女の手をかりるだろうと、最近諦めてさえいた。 オレは少なくともこの女を殺そうとは思わなかった。あの男は幾度も殺したいと思ったが、どうしてかこの女を殺す気にはなれなかった。いつでもこの女を殺せる自信はあるというのに。 マフィアのファミリーのボスの妻を務めるにはこの女は役不足だった。なぜこの女が婚約者などになれたのかわからなかった。

「スクアーロさんは人を殺すのが趣味なんですか?」

何度も何度もオレに問いかける。オレは女に目を留めず女の存在を拒否していた。この女の話は一方的に無視して自分の知りたい情報だけを口にする。 だが女は嬉しそうにオレの問いに答える。「スクアーロさんが話しかけてくれるのが嬉しいからですよ。」と女は恥じらいも無く言った。女は無視されようが存在を否定しようがどうでもいいらしい、とオレは勝手に思った。 どうやらオレの心の奥底は、この女はオレが何しようが許してくれるのだろうと勘違いをしているらしい。オレはどうしようもないくらい我儘な男な気がしてきた。

あくる日女は真っ青な顔でオレの部屋に訪れた。ただならぬ顔であった。いつもどおりオレの包帯を換えオレのからだを拭いた。その指先は冷たかった。 その指先から不安が伝わってきた。女の脆さにオレはすこしだけ驚いた。そしてこの女のことを気に留めてる自分に驚いた。気がつけば「う゛お゛ぉい、どうしたんだぁ」と言っていた。戸惑った、オレも女も。無意識だった。 女は目を見開いてそして目を悲しげに細めた。眉もひしゃげてなんとも弱弱しい顔をつくった。「ディーノが血をいっぱい流して帰ってきたの。」やはりあの男のことに関してであった。予想はしていたがこうも当たってしまうと興醒めである。 あの男が死のうが生きようがオレはどうでもよかった。むしろあの男が死んでもよかった。(そうしたらこの女が手に入るのに)

「どうしたの、って言ってもディーノはなにも答えてくれなかった。ロマーリオさんも私に何も言ってくれなかった。結局自分だけ仲間はずれなんだなって思って悔しかった。」

人間情緒があるものだな。この女はあからさまだった。喜怒哀楽がこうも簡単に表情に表れ、そして人に読まれやすい心。つけこみやすい、落ちた女だ。 あの男がよくこの女を婚約者なんかにしたな、とよく思う。「ディーノはね、私の幼馴染なの・・・」この女は人に情報を与えすぎだ。そしてそれは命取りになる。

「最近ディーノがよくわからないの、ディーノがビジネスだって言ってもその内容も伝えられていないし・・・。」

この女もよくよくくだらない男に捕まったものだ。つまりだ、あの男は女にファミリーのことも自分がマフィアのボスだってことも伝えてないってことだ。 愚かなものだな、あの男も。そしてこの女も。


濾過した様な綺麗な現実や言葉をつらつらと述べられるはずもなく、オレは小汚くその女を抱いた。 慰めや同情の意識ではない、ただ女を抱きたかったから抱いたまでだ。男は常に本能と煩悩で構成されている。特にそう、生殖器はそれらに敏感だ、オレだけでなく。 女は弱かった。だからオレはそれに甘えて勢いだった獣と化す。あの男はどうせ気づくまい。あの男はこの女を愛しているが、それはただの行き過ぎたやさしさだったのだ。






サーソニアの鬱憤





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