ここ最近忙しくていつ朝がきて昼がきて夜がきて、そうして次の日になっているのかわからなくなっていた。判断が鈍るからと銀二に仮眠はとるよう言われていたが、いつ寝て起きたのかも、果たして自分がどのくらい活動していたかも把握していなかったので、適度な睡眠時間がわからなかった。
「おい、美人が台無しだぞ。ちょうど朝飯の時間だ。風呂入ってコンビニ行ってこい」
「はぁい…」
珍しく素直に言うことをきくに、銀二はやはり集中力の限界だったかと察した。
すごすごと部屋に引っ込んで風呂の準備をしに行ったの背中は、いつもよりか細くて頼りない。いつもの華やかで凛々しいオーラは鳴りを潜めていた。
「銀二さん…」
「お、おう、なんだ。気配もなく後ろに立ったりして…」
ぬうっとまるで背後霊かのように銀二の背に立つと、流石の銀王も驚いたのか顔が引き攣っていた。
「私不細工?銀二さんの隣に立つ資格ない?」
多くは語らない銀二と居るせいで、人の思考を読むことに長けてしまっただが、時たまこうして明確な言葉を欲する時がある。
女は言わなければ、言葉にしなければ物事が理解出来ない部分がある生き物だ。銀二は女をそう認識していた。また、それは女の甘えでもあることも理解していた。そう、は甘えているのだ。普段仕事において冷酷無比で容赦のない、あのが。
銀二は甘えるように擦り寄るが愛おしくて、可愛いくていつもドロドロに甘やかしてしまう。
「さっきの言葉を気にしてるのか?」
「可愛くないって言った…」
「誰もそんなこと言っていない。いつだってお前は銀王の美しい手足…だろう?」
「銀二さんの隣にいていいの?私銀二さんに相応しい女になってる??」
たまに見せるこの年相応な不安や焦燥、そして溢れ出す甘えは銀二の大好物であった。今すぐ目の前にいる蜜花を吸い尽くしてやりたくなる。
利口な悪党は牙をひた隠しにするのも上手い。汚らしい欲望は腑に落とし込み、煮詰めておく。まだ欲望を吐き出すには早い。
「俺がお前を縛り付けているんだ。逃げ出せないくらい、キツくな…」
と向かい合わせになり、少しの隙間も与えないくらいに抱き寄せ、闇色の髪を掬い上げて口づけを落とす。は銀二の胸元から顔を上げ、夜色の瞳に光を宿して銀二を見据えた。
「私の在るべき場所はここよ、銀王。たとえ手足がもがれようが地獄に落ちようが、あなたの所へと必ず帰ってくる」
先程までのとろりとした甘くて眠そうな声色が、いつもの張り詰めた音に変わった。
「くく…えらい殺し文句を抜かしやがる」
「私は銀二さんと違って欲望に忠実なの」
幾分か目が覚めたのか、先程とはまるで雰囲気が違う。の奥に住み着いた獣が顔を出したようだ。
「だから今度ゆっくりお風呂に入ろうね、銀二さん」
ひらりと蝶のように銀二の胸から飛び立ち、は誘うように目を細めてお風呂場へと歩みを進めた。
女の子は誰でも
「…だから何度でも手に入れたくなっちまうんだよな、よ…」
大事な大事なお姫様。今度は何処から食べてやろうか。いつだってお姫様は余すことなく食べて欲しそうにこちらを見ているのだ。
BACK / TOP