ひさしぶりに、ずいぶんとひさしぶりに飛行機に乗ったきがした。あんまり暇が無かったしなあ、日本に帰るのなんて何年ぶりだろうか。
可笑しい。ずっとまえは日本のご飯が恋しいだの味噌汁が飲みたいだのピザはもう飽きただの外国の肉は固いなどいろいろ文句を言っていたのに。
慣れというものはつくづく感覚の麻痺を呼び起こす。ふかふかとしたシートはファーストクラス。そしてこの飛行機内はボンゴレ専用。
同盟のマフィアならば許可がおりれば乗っていいことになっているから当然余り知らない人たちも乗っている。たまたま珍しい相席。
ちらり、隣を見れば東洋人特有の黒い髪。不純な色なんて混じっていない真黒な髪が目に静かに飛び込んできた。
細くて切れそうなきれいなきれいな髪。まるで雌猫が恋をしたようなそんなやわらかそうな髪の毛。
「なにさっきから人のことをじろじろと見ているの?」
切れ長の眼がぎろりと鋭利な視線となりわたしに襲いかかった。
「あんまりにもきれいなひとだったから・・・。」
そう切り返すと彼はすこしだけ、ほんのすこしだけ瞳を揺らした。
動揺、というよりもほんのすこしわたしの言葉が衝撃を与えたようだった。
「へえ・・・きみ、めずらしいね。」
きれいな表情をつくって笑んだ。このひとは自分をよく理解してるとおもった。
自分の使い方をよく理解していて、利口な人間だとおもった。マフィアでも上の存在なのかもしれない。兎に角彼の仕草、言葉、表情にはすべて緻密な計算が織り交ぜられているんだと思った。
ひとをどきどきさせるのがほんとうにおじょうずだ。すらりと完璧に仕事をこなすんだろうなあ。ぼんやり「ちょっと、きゅうに黙らないでくれる?」としていたら少し表情がきつくなった。
あ、このひとを怒らせたらまずいな。
「えっとあの、ボンゴレの方ですか?」「そうだよ。」
それきりの返事だった。簡潔にまとめられていてうつくしかった。やっぱり言う人がちがうと言葉も違ってくるんだなって思った。
彼は足を組みなおして思いついたかのようにきいた「きみはどこの国に行くんだい?」「日本です。」「ふうん。僕も日本に行くんだよ、これから。」また胸が高鳴った。
ああ、もう、だめだ。なんでこのひとはこんなにきれいに言葉をつむぐんだ。唇の動きに無駄がなかった。
「はじめましてだね、。」
ぴん、と直感でこのひとはわたしを知っていたんだとおもった。
このひとははじめからそうやって、自分の基盤の上のわたしに向かってしゃべっていたんだ。どんな言葉がくるかだなんてとうのむかしから定められていたんだ。
「どうしてわたしの名前、」それでもわたしは訊いた。訊かなければならないとおもったからだ。彼はさらに目をきゅっときつくした。「ぼくたちはこれから結婚するんだよ」どきり。「ビジネスで。」どきり。
これは俗にいう政略結婚みたいな類じゃなかった。それならばいい。それはほんとうの結婚なのだから。たとえ不幸せであろうが。これは、まがいものの結婚だ。神への冒涜だ。別に信じちゃいないけど、かみさまなんて。
ああ、やっぱりこのひとはさめている。現実を追い求めた思想の持ち主だ。そうやって彼はなんだって逃れてこられたんだ。きれいに用意周到にうつくしく跡形もなくずるずるとなにもひっぱらずに後悔や懺悔などは一切もなく。
やっぱりこのひとを愛しちゃいけないんだとおもう。そういう世迷いごとにこのひとを利用しちゃいけない。
このひとはひとを虜にしてしまうけれど、決して恋とか愛とかは到底似つかわしくない、そしてそれに彼を気づかせてはいけない。だって彼は人殺しだもの。そしてわたしも。