蜜雨

目の前に泣いている奴がいたから、おそるおそる手を握った。 そしたらそいつは心底安心した顔をするんだ。 そのちいさい手を少し力を込めて握れば、弱弱しいけれど握り返してくれる。 どうか頼むから、オレの手をずっとはなさないでくれよ。

「あれ、タイガ起きた?」

目の前いっぱいにが埋め尽くされる。ばっと起き上ると、額に置かれていた濡れタオルが落ちてきた。 ああ、そっか。オレの胸直撃して情けなくも失神したんだっけ。いやほんと情けねぇ。
オレの右手をはずっと握っててくれたみたいで、力を込めればがいたいいたいと手をぶんぶん振り回す。

「タイガのっ馬鹿力っっ!」

少し涙目でこちらを睨みつけてくるが正直まったく怖くない。むしろかわ…ってオレ何考えてんだ!?

「タイガ大丈夫?まだくらくらする?」
「あ、いや…その、大丈夫だ」

記憶がだんだんと鮮明に思い出されてくると大丈夫じゃないんだが、これ以上に情けない姿を見せたくはなかった。 はオレの言葉にひとまず安心したみたいで、笑顔でよかったと呟いた。 ベッドの横に椅子を置いて体育座りしているは繋がれた手をじっと見つめて口を開いた。

「こうやってタイガの手を握っていろんなこと思い出してたんだ」

は目を伏せて、きゅっとオレの手を再度握り直した。 の手は小さいが、確かな力が伝わってくる。バスケのせいで見た目では想像できないくらいに掌の皮は硬くて、 そんな手には少なからずコンプレックスを抱いているようで、いつも女の手じゃないと苦笑していたが、オレはこの手がの並並ならぬ努力を語ってくれていてとても好きだった。

「わたしが落ち込んでると、いつもタイガは無言で手を握ってくれてたよね。それも、ずっと」

オレはタツヤみたいに上手い慰め方も言葉もかけられない。 だから苦し紛れに手を握って、無駄にある元気を少しでもに分けられれば、少しでもが元気になればいいとずっとずっと隣で思うしかなかった。

「その不器用な優しさがうれしかった」

の声がオレにすうっと染み渡る。
ああ、好きだ。どうしようもなく。という存在が。
けれどそれを口にする勇気も度胸もオレにはなくて、握られた手に指を絡めて空いている手での長くてきれいな髪を掬ってキスを落とすことしかできなかった。


<<