「タイガ、お前このままだとタツヤにとられっちまうぞ。それでいいのか?」
オレとアレックスで作ったスープをぐるぐるとかき回しながら、アレックスはこちらを見もせず口を開いた。
なんてことなさそうな顔をしてるのに、声は真剣みを帯びていて、どちらを信用すればいいのかよくわからなかった。
海での試合で膝を負傷したは自室でタツヤに処置してもらっているところだ。
部屋で2人きりの状況下でタツヤが何もしないとは考えづらい。
どうせタツヤのことだ、むき出しになったの太腿にキスの一つや二つ、加えて掌なんかにもしそうだ。ああ、絶対にそうだ。
考えるだけでいてもたってもいられなくて、に怪我をさせただけでも自身にイラついているのに、更にタツヤとのことを考えると、普段たいして使わない頭がパンクしそうになる。
ぶっちゃけ、よくは、ない。
オレはタツヤみたいに口も上手くないし、かといって積極的に行動でも表せないし、に情けない姿ばかり見せている。
バスケだってただの一度もに勝てていない。毎日欠かさず練習しているのに、まだの足元にも及ばない。
今日の試合で改めてと自分の実力の差をはっきりと実感した。
にバスケで勝てたら告白する。そう目標を持ってと勝負をしては完敗していた。
いつもあの瞳に負けてしまう。
生まれつき動体視力がものすごく良かったは、幼い頃から兄とバスケをし、NBA選手のプレイを何度も見ているうちにいつしかある能力が身に着いた。
何千何万回と多種多様なプレイを細かいところまで反復して見たは、いつしか経験と野生の勘と、ゾーンという圧倒的な集中力をもって、次に動こうとする選手の微細な筋肉の動きをその天賦の動体視力で捉えることにより、相手の動きを先読みすることが出来るようになった。
セオリーとか駆け引きとかで相手の動きを予測しているのではない。培ってきたものすべてを駆使して、その絶対的な瞳で相手の動きを先読みするのだから、逃げようもない。
に勝てる日は来るのだろうか。
「Someday never comes.」
「は?」
「お前まさかいつかにバスケで勝てたら告白しようとか、んな女々しいこと考えてるんじゃないんだろうな?」
「っっ??!」
な、んっ…?!なんでオレの考えてることわかったんだ??!
もしかしてオレめちゃくちゃわかりやすいのか?!さっきのこと一言でも口に出していたのか?!!
「お前の考えてることなんざ、手に取るようにわかるさ。なんたって、お前の師匠なんだからな」
アレックスはスープの火を消して、冷凍庫から好物のラムレーズンアイスを取り出して食べ始めた。
いつもならば食事前のアイスなんて取り上げるところだが、この時ばかりはそんな余裕もなかった。
「オレは…に勝つどころかを護る力さえねえ…そんなオレにを支えることなんて…」
「何か勘違いしてねえか?てめぇが選ぶんじゃねえ、が選ぶんだろ。んなもん、お前が決めるもんじゃねーだろ」
シンクに寄りかかりながら、溶けかかってきたアイスを掬って口に入れる。
オレは何かと理由をつけて、ただ逃げているだけだった。こわいんだ。
オレの気持ちを否定されることも、嫌われることも、常に最悪な状況を想像すればするほど足が竦む。
今まで築き上げてきた関係を壊す力もオレにはない。そんなオレはにも、そしてタツヤにも決して勝てるはずはなかった。
ここがオレの分岐点だ。今ここでと、自分の気持ちに向き合わなかったら絶対に後悔する。
「オレはてめぇをそんな男にした覚えはねーぜ?」
食べ終わったアイスのカップをダストボックスに投げ入れる。相変わらず正確なシュートを打ちやがる。
アレックスは早くたちを呼んで来いとオレの背中を引っ叩く。
こんなこっぱずかしい恋愛ごとを諭されたこともあってか、無愛想な返事しかできなかった。
悔しいが、普段へらへらしてても師匠は師匠だ。
「おい、メシだぞ」
「タイガ!ごめんね、準備任せちゃって…明日は手伝うから!」
「いーって。それより膝大丈夫か?」
「だーいじょうぶっ!まったく、タイガもタツヤも大袈裟なんだから」
タツヤの隣に座っていたがベッドから立ち上がろうとすれば、思ったよりも痛みで力が入らなかったのか、ふらりと身体が傾いた。
それに気づいたのはオレもタツヤも同時だったが、タツヤがの腕を掴む前にオレがの腕を掴んで自分のもとへ引き寄せた。
の頭越しに見えたタツヤが目を見開いて行き場を失った手を下ろした。
「あ、りが…とぅわっ!!」
傷が痛まないように膝裏に腕を差し入れ、背中に腕をまわしてやさしく抱き上げると、は慌ててオレの首に腕をまわす。
がオレの胸で何か言っていたが、タツヤに顔を向けていたオレは一切聞いていなかった。
「…やっと目が覚めたか」
「ああ、タツヤにはバスケもも譲る気はねぇ」
「オレもだよ、タイガ」
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