自己紹介や新入生歓迎会、部活紹介、身体測定などの面倒事を終わらせ、やっと授業が本格的に始まった。
今日の体育は50メートルの測定で、何本か流しで走ってからタイムを計るみたいだ。
先に女子が測るため、男子は適当な場所に座って見学である。
女子の半数ほどはやる気がないみたいで、だるそうにしていた。
残りの女子は運動の類いが得意かまたはスポーツをやっていた者だろうか、待ち時間も身体を絶えず動かしていた。
さんもその一人で、隣のいかにもスポーツやっていたような日焼けをしている女子と話しながら何回かジャンプをして足を動かしている。
「次、と小池!」
「、負けないからね」
「池ちゃんこそ、小さいからってなめてかからないようにね」
スターティングブロックを自分の足に合わせながらお互い挑戦的な眼差しで言葉を投げ合う。
小池さんはいつもさんと一緒にいる人だ、と僕は認識している。
彼女は確かバレー部で、今年のエースと呼ばれるほどの実力者と耳にしたことがある。
いかにも運動が出来そうな彼女と対峙しているのは最早校内一小柄と噂されるさんだ。
失礼だが果たして勝負になるのだろうか。
そんな僕の意識を戻すかのように体育係が笛を鳴らして手に持っていた赤い旗を揚げた。
「うっわ、なんだあいつら超はえー!」
「あいつ小さいくせに足速っっ!!」
「小池はわかるけどよ、があんな速いなんて意外だなおい」
あの2人が走っただけで今までさして興味なさそうに見学していた男子が目を見開いて固まっていたり、騒ぎだしたりと何かと注目を浴びていた。
あの小池さんと互角に走ったさんの認識がクラスの男子の中で運動のできるチビとなった。
走り終えたさんはクラスの男子に動けるチビ、滑車を回すハムスター、早送りチビと散々からかわれて頭をぽんぽん撫でつけられていた。
ここ数日でさんはその小柄さと人懐っこさからクラスの妹と称され、その隣にいつもいる小池さんはその背の高さとさばさばとした性格でクラスの姉貴と称されていて早くもクラスの名物姉妹となっていた。
体育の授業の後は魔の英語の時間がやってくる。
体育で疲れたみんなは目を半開きにしながら眠気とわけのわからない文字の羅列と戦っていた。
それに負けまいと目を擦ってる人、半分負けて首を上下に揺らす人、ノックアウトされて腕を枕に寝ている人、それぞれである。
いつもはそのどれかに属している僕も今日ばかりは起きていた。
隣のさんが教科書を忘れてしまったため、机をくっつけて一緒に教科書を見ていたからか眠気はさほど来なかった。
「教科書忘れたー。明日から入る新しい単元の所読んでくれー」
授業の終盤に明日から入る新しい単元を本格的に勉強する前にその内容にさっと目を通すため、普段は先生が読んでいる音読を罰としてなのかさんが頼まれた。
次の話は結構難しいと先生が言った通り、あまり見たことのない単語がたくさん出ていた。しかも量も結構ある。
さんが読み終わったら授業を終わると言うが、残り10分もないのに読み終わるのだろうか。
チャイムが鳴ってからも読み続けると言うのは苦痛である。集中力の切れた男子がだんだんとざわざわしだすから余計に。
「There was once a town in America where all life seemed to live in harmony with its surroundings.」
さんが僕の教科書を持って席を立って読み始めると、教室内が違う意味でざわざわしだした。
教壇に立っている教師ですら目を見開いている。あまりにも発音が綺麗で、外国人と相違ないほどのレベルだった。
流れるように次々と英文を読むさんに眠っていたクラスメイト達が次々と起き出し、聴き惚れていた。
チャイムが鳴ると同時に最後の英文を読み終えて、授業は終わったのだった。
「教科書ありがとね、黒子くん」
「あ、いえ」
「ちょっと!あんたどんだけそのちっさい体に高等スキル隠し持ってんのよ!」
「ちっさい関係ないでしょ!」
僕に教科書を返して机を元の定位置に戻すと、小池さんがさんを後ろから抱き込むようにして首に腕をまわした。
背は高いがスレンダーな体型の小池さんでもすっぽりとはまってしまうさんは口にはしないがやはり小さい。
さんは小さいと形容するすべての言葉に敏感で、その反応が面白くてみんなからかうのに好んで使用しているが。
「あたし並みに足速いのにも十分びっくりだってのに、あんな英語までできるなんてすごすぎよあんた」
「兄貴と一緒にスポーツやってたし、小学校まで外国に住んでたから自然と身についただけだよ」
「外国…ってどこにいたの?」
「アメリカ」
アメリカに住んでいたとはこれは僕も初耳だった。
出身小学校の話になった時に遠いところと言っていたが、まさか海をも越える遠さだったとは驚きだ。
「なんでそんな面白いこと黙ってんの!」
「えー、いろいろと聞かれるのめんどいからある程度経ってからの方がいいかと…」
いまだに首に腕をまわしている小池さんはさんを抱えながら頬をぺちぺちと叩く。
こちらに話を振ってこない限り会話には参加しないが、小池さんのおかげでだんだんとさんのことがわかってきた。
それでもまだまだわからないことばかりだ。家の手伝いだって何をしているのか、聞くタイミングを逃してばかりで聞けていない。
多分隠しているつもりはないのだろう。秘密主義者というわけではなさそうだし。
ただ、詮索されてあれこれ答えるのが面倒臭いだけなのだと思う。
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