蜜雨

練習も終わってタツヤと別れて自分の家に向かおうとしたら、アレックスたちの家に忘れ物をしたのに気がついてそんなに距離もなかったし取りに行こうと走った。
すぐに家の前にたどり着いてインターフォンを鳴らそうと指を伸ばしかけて、止めた。 ボールの弾む音が聞こえたから庭に行った方が早い。
アレックスか、それともなつる兄か。その時にが思い浮かばなかったのは、がバスケをするのを見たことがなかったからだ。 あの2人と一緒にいてバスケをしないということはまずないと思うのだが、練習をしている時もはオレたちがバスケをしているのをずっと見ているだけだった。 オレもタツヤも気になってがいない時をねらってアレックスにはバスケをやらないのかと聞くと悲しそうに苦笑して「もお前らとおんなじくらいバスケバカだったよ」とだけ言った。過去形だった。

アレックスに弟子入りして、ともともだちになって、アレックスが自分たちの身の回りに起こった事を簡単にだけど話してくれた。
のこと、なつる兄のこと、2人の両親のこと、アレックスのこと。少しの間でたくさんのことが起こり過ぎて、自分たちを見失っていたけれど、だんだんと軌道修正が出来てきているのは、オレとタツヤのおかげだとアレックスに言われた。 も、アレックスも、よく笑うようになったらしい。なつる兄の調子も上がってきたのもきっと少しずつ前の状態に戻りつつあるから。アレックスにそう言われたが、オレたちは何もやっていない。ただひたすらにバスケをして、その時間をとアレックスと共有しているだけだ。 彼女たちの時間が流れる間にたまたまオレたちが居合わせただけなんだと思う。

身体はとても小さいけれど、迫力のある俊敏な動きでひたすらにドリブルしてシュートして、何回繰り返したのだろうか、息も激しく汗も動くたびに飛び散って、それを頭を揺らしてうっとおしそうに振り払って、またドリブルをしてゴールを決めていた。 つらく苦しい顔で、泣いてしまいそうな顔で、がん、とボードにやつあたりするようにボールを投げたのにボールはリングをまわってやがてネットをすり抜けていった。むちゃくちゃなフォームとボールさばきだった。なんであれが入るんだよ。
ただドリブルして、シュートして、その先には何もなかった。バスケを楽しもうとせず、機械的な動きだけをしているように感じる。 さっきのがラストだったのか、コートに転がったボールには見向きもせずに、俯いて肩を上下させていた。汗はまだ止まらずに、無造作にコートに落ちていった。

…すげぇ。
なんと言えばいいかわからないが、オレのない頭ではそれだけしか言うことができなかった。ここにいたのがタツヤならばもっとうまいこと言えたたのだろうが、あいにくと今ここで突っ立っていたのはオレだった。 オレの呟きが聞こえたのか、肩越しにうしろを振り向いてはもともと大きな目をこぼれそうなくらいに見開いていた。

【見てたの…?】
「ああ、ちょっとな」
【そっか…】
「…バスケ、するんだな」
【…もう、しない】
「なんでだよ。オレよりもお前、確実に実力は上だと思うぜ」
【そんなことない。うまいからってバスケをすることにはつながらないと思う。】

それはそうだ。いくら実力があってもバスケをする理由にはならないし、必ずしもプロになるわけではない。 そういうプレイヤーを何人も目にしてきた。

「あのよ…バスケ嫌いなのか?」
【…どうしてそんなこと聞くの?】
「あ、いや…すげーつらそうにバスケしてるし…自分の目ぇあけーの気づいてるか?」

はその言葉を聞くと、どうやって目を隠そうかとすこしあたふたして、はっと何か思いついたのか肩にかけていたタオルを目元に巻き付けた。
うわ、なんか、こっちが変なプレイ押しつけたみてーに…あ、いや、なんでもない。どうしてこうなった。ってオレのせいか。

「それ…字書けるのか?」

書きづらいんだろうそうなんだろう。見られたくないんだったらオレが目をつぶっていてやるからその目隠しを外せ!今すぐに!できるだけ可及的速やかにっ!

【だいじょうぶ!下の隙間から見えるから!】
「そ、そうか…」

ちくしょう天然こわい!

【毎日タイガたちが楽しそうにバスケやってるの見て、わたしもあんな風にまたバスケやれたらなぁって思ってやったけど…やっぱりだめだった】
「楽しくなかったのか?」
【楽しいとか、楽しくないとか…そんなんじゃなくて、………ああ、もう、なんて説明すればいいのかわかんない】
「お前へんに頭いいからんないろんなこと考えちまうんだよ。オレの頭ン中なんて単純なもんだぜ?バスケやりてー。うまくなりてぇ。バスケ楽しい。強い奴と戦うのはもっと楽しい。ぜってー負けたくねぇ。ぜってー勝ちてぇ…ま、そんなもんだな。ほらな?オレなんてよく考えてバスケなんてしてねーンだよ」
【…バスケバカ】
「ンだよっ!お前だってじゅうぶんバスケバカじゃねーか!ふつうな、バスケできないからってそんな顔したり、悩んだりしねーよ!それほど悩むってことは、それくらいバスケが自分の中で大きな存在だってことだろ?それって好きだってことじゃねーのかよ?少なくともオレはそう思う」

オレが一気に、しかも最終的に自己完結みたいになってるし、そんなことを言ったら、はぽかんと口を開けて、目隠しで見えないけれど、きっと目を見開いて呆気にとられているのだろう。
はぁ、とオレも考えがまとまんねーうちにしゃべって収拾つかなくなって息が続かなくて無理矢理終わらせたから、酸素不足になった。

「あー…だから、何が言いてぇかっつーと…お前が、好きだ!!!」

………あ?いまオレなんつった?すきだ?すきだすきだすきだすきだ…好きだ!!!!!!!!ってちげぇ!!え、ほんとなんでそうなったオレなに口走ってんだ今すぐ穴掘ってセミになりたいいっそセミになりたいまじで。

「ほう?お前は、が、好きだと?そう言ったのか?命知らずにも?ほほう…?」

なまぬるい吐息が背中に突き刺さる。

「ほう?タイガもいっちょ前に言うようになったじゃねーか、え?目隠しプレイまでしてよぉ、え?」

なつる兄(よっぱらい)とアレックス(よっぱらい)が、あらわれた!

「え?いや、これはまちがって、ホントはバスケがすk「ほっほぉーう?てめぇはただのまちがいでの純情を弄んだと?そう言っているのかね?」

人の話は最後まで聞きましょうと、そう、習いました。それがとても大切なことなのだと、身にしみて、今日、わかったのです。


(お前(はバスケ)が、好きだ!!!!!!!!)


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