「、迎えに来たのだよ」
という呼ばれ方はあまり慣れていないらしく、と呼んでくれと頼まれたのであまりしない名前呼びをしている。
休み時間に将棋を指している最中に俺のことを真ちゃんとふざけて呼んでみたら、緑間よりも言いやすいらしくは俺のことを真ちゃんと呼んでいる。
正直納得いかないが、には少なからず協力してもらっている身なので大人しく享受している。
「やあ、早かったな真太郎」
はいつもお昼は弁当を持ってきているので教室で食べているのだが、今日は俺が学食なのでそれに付き合ってもらうために教室まで迎えに来たのだが、そこには何故か笑顔の赤司が待ち構えていた。
「赤司、何故お前がこんな所にいるのだよ」
「今日はと食べようと思ってね」
「ほんとは池ちゃんも一緒にって思ったんだけど、今日はお昼にミーティングがあるみたいで部活のみんなと食べるんだってさ」
はここに赤司が居ることに別段気にしている様子はないので、紫原の話の通りと赤司は仲が良いのだろうか。
特に部活も入っていないだがその小柄さで多少は目立つ存在みたいだが、赤司はバスケ部の一軍で人当たりは決して悪くはないが他とは一線を引いているような存在だ。
この2人にどんな接点があって仲良くなったのか甚だ疑問である。
「真ちゃん?早く行かないと学食混んじゃうよ?」
「真ちゃん…?」
「そー。みどりまよりも真ちゃんのが呼びやすいからそう呼んでるの。ねっ真ちゃん」
「へぇ…真ちゃん、ね」
なんなのだろうか、この威圧感とふき出る冷汗は。
罵詈雑言を浴びせられたわけでも直接手を出されたわけでもないのだが、皮膚から何か刺々しいものが伝わってくる。
周囲の人間も無意識ながらも何か感じ取ったらしく、いつの間にか俺たちから離れた所で昼食を摂っていた。
は近くにいるにもかかわらずあっけらかんとしているし、それに赤司も気づいているからこそ平気な顔して包み隠さずこの負のオーラを身にまとっているのだろう。
「征くんも早く行かないと激辛麻婆豆腐丼なくなっちゃうよ?」
「ああ、そうだな。真太郎もそんな所で突っ立ってないで行こうか」
誰の所為で教室がこんな緊迫状態にあると思っているのだ。
赤司はふっと笑っての弁当箱を持っていない方の手を握り、入口付近で固定されていた俺の横を通り過ぎざま俺にだけ聞こえるような音量で呟いた。
「は俺のだ」
そんなこと、教室に入った瞬間に気づいているのだよ。
「あれーちんだー」
「おぉおう!」
の小さい身体に巨木が倒れ込んできた。そんな図だった。
俺とと赤司で券売機に並んでいると、後ろから紫原がのしかかってきたのだ。
「アツシくんおもいぃー…」
「ちんちん、あのお菓子ねーすっごいおいしかったー」
「それはよかったーでもねーアツシくんおもいよー」
紫原はえー?と聞こえないふりをしての首辺りを完全にホールドしている。は身動きとれないうえに歩きづらそうだ。
は力で敵わないと身に染みてわかっているらしく、無理に引き剥がすことはせずにのんびりとした口調でおもいーと言っていた。
「敦、から離れろ」
「あ、赤ちんにミドチン」
紫原はしか見えていなかったらしく、赤司が声をかけるとやっとこちらに気づいたがいまだに紫原の腕の中にはがいる。
「アツシくん、これあげるからはなして?」
は制服のポケットからグミを取り出して紫原に見せると、紫原はわかりやすく顔を輝かせた。
「だからちんすきー!」
「くっくるし!アツシく、離してくんな、いと…っグミあげられないでしょ!」
「はぁーい」
あの紫原が赤司以外の言う事を聞くとは驚きだ。ほとんど餌付けのようなものだが、あの扱いづらい紫原の手綱を握っているとは。
赤司がその横でため息をついて少しだけだぞと紫原を嗜めた。
「ところで2人は何食べるの?」
「オレはしょうが焼き定食とラーメンと杏仁豆腐とドーナッツ」
「い、いっぱい食べるんだね…真ちゃんは?」
「さばのみそ煮定食なのだよ」
「なんか真ちゃんぽいねぇ」
は券売機にお金を入れてボタンを押す一連の動作を目で追いながら、その身体相応に食べる紫原のラインナップに少々驚きつつも学食のメニューを物珍しそうに眺めていた。
「ねぇーちょっと」
「なに?アツシくん」
「なんでミドチンは真ちゃんでオレはアツシくんなの?オレにもあだ名つけてよ」
なんだその対抗意識は。
俺は不本意ながら呼びやすいという理由だけで真ちゃんと呼ばれているのであって、他意はないのだ。
そんな名称にこだわって紫原は子どものような駄々をこねてまったく本当に困った奴だ。
身体は大人なのに中身はてんで子どもで、紫原はいつもゆるい口調とは裏腹にずいぶんと意志の強い頑固な我儘を言ってくるのだ。
「えぇー?じゃあ…あっくん?」
「なぁにーちーん」
「あっくんの練習中ー。あっくんあっくんあっくーん」
紫原は大きい犬のようににじゃれついているが、もうそろそろ後ろに立っている赤司が痺れを切らして2人を引き剥がしにかかりそうだった。
「それじゃ…いただきます!」
なんだか学食までいろいろとあり過ぎてやっと食事にありつけたという感覚だった。
向かいにいる紫原のラーメンが俺のスペースまで明らかに占領しているが、突っ込む気力は残っていなかった。
「ちん、その卵焼きって甘い?」
「うん、甘いよー。わたし甘い派だから。いる?」
「わーい、ありがとー」
「でもね、甘いのもいいけど征くん家のだし巻き卵はすっごくおいしいんだよっ!」
「ありがとう。母さんが聞いたら喜ぶよ」
この2人の関係がますますわからない。は赤司の家族まで知っているのか。
この機会だから聞いておこうと口を開きかけたが、それを遮るような声が間に入ってきた。
「よぉ、お前らこんなとこまで集まってメシかよ?」
「そういう大輝はひとりか?」
「なんかその言い方だと俺が友だちいねぇみてーじゃ…あっ!お前あん時の!!」
「は?」
青峰を知らないは俺たちの話の輪に入ろうともせずもくもくと弁当を咀嚼していたら、青峰がそのを見て声を上げた。
「は?じゃねぇよ。お前夏休みにバスケした奴じゃねーか!」
「あーえー……あっアホなんとか?」
「なんでピンポイントにそこだけ覚えてんだよ!!しかも間違ってっし!」
「ちゃんと覚えてるよアホ峰くん」
「あ・お・み・ねっ!!!!!!」
「ちょっ耳元で叫ばないでよ…っ!鼓膜やぶれる!」
隣に座る俺ですらうるさくてかなわんのにそれを耳元で叫ばれたに同情するが、まさかが青峰とも知り合いだとは思わなかった。
話しぶりからして今朝話していたとんでもなくチビでバスケがうめー奴はなのではないかと推測する。
「大輝うるさいぞ。に近づくな」
「いって!」
赤司が青峰の頭に手刀を落とすと、青峰は頭を押さえながらから離れた。
「ったく…てめぇのせいだぞ」
「さすが征くん!頭の良い征くんのチョップしてもらったらちょっとはアホも治るかもねー」
「っは!じゃあお前オレに手足引っ張ってもらったらちったぁ身長伸びんじゃねーか」
青峰はを鼻で笑い、すました顔での弁当に入っていた唐揚げをつまみ食いした。
「あっわたしの唐揚げ!」
「意外にいけんな。もっと寄こせよ」
「ちょっウィンナーに卵焼きぃい!!」
「ポテトサラダも食いてぇ」
「やだよもう!わたしのご飯返せ!」
「お前はオレに今ここでリバースしろと…?」
「なんでそこ真剣に返すかな!」
このコントはいつまで続くのだろうか。
あ、赤司が立ち上がった。俯いているので表情は窺えないがこのあとの青峰の末路は大体想像がつくので割愛する。
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