今日一日人事を尽くすために真ちゃんに協力しているわけだけど、わたしと一緒にいて果たして運気が上がっているのか自分でも実感がないのだけどそれはそれでいいのだろうか。
今もこうやって真ちゃんと征くんと一緒に部活に向かってるけど、バスケにおいてその運気が上がれば真ちゃん的には何の問題もないのだろう。
むしろおは朝占いが最下位の真ちゃんよりもわたしの方が運がない気がするから、それは真ちゃんがわたしの運を吸い取っているという結果なのかもしれない。
占いって悪い方が逆にいい事起こったりするし、12位よりもなんのアドバイスがもらえない11位の方が悪いっていうし。
「そういえばバスケ部の練習って見るの初めてだからすっごい楽しみなんだよね!」
「はおじいさんの手伝いあるからすぐ帰るしね」
「全中も見に行けなかったし…征くんと真ちゃんは1軍なんでしょ?」
「青峰と紫原もなのだよ」
「ますます楽しみーっ!」
今日はじいちゃんに断って手伝いはお休みにした。夏休みはほとんどアメリカに行ってたから全中の試合も見られなかったし、練習試合もほとんど休日に行われるのでじいちゃんの手伝いと被るし、征くんも無理しなくていいよっては言ってくれてたから本当に見るのは初めてだった。
「じゃあ俺たちは着替えてくるからステージ脇のベンチに座ってて」
「今日はお前に俺のラッキーアイテムを託すのだよ。これで相乗効果だ」
「わかったっ!任せるのだよ!」
真ちゃんの真似をするとわかりやすく顔をしかめたけどため息を吐いただけで何も言わずに先に部室に入っていった。残った征くんに手を振ると征くんはあとでなと言って真ちゃんに続いて部室に入った。
いくつも並ぶ部室の奥には歴代のトロフィーがショーケースに収められており、その横には優勝旗が屹然としていて壁にはその年の優勝チームの写真が額に入って飾ってあった。
何年か前はここでお兄ちゃんもバスケをしていて、例に漏れず大会三連覇を成し遂げて卒業していった。そう考えると今こうやってわたしがお兄ちゃんと同じ学校に通ってバスケ部の部室の前に立っていることがとても感慨深かった。
年代順に並ぶ写真を追っていくと、お兄ちゃんは3枚ともレギュラーとしてユニフォームを着て映っていていた。今よりも幼くて髪も短かったけど歯を見せてくしゃっと笑うのは今と変わらない。
「あーっ!!ーーーっっ!!!!!!!」
「おっふぁ…っ!!」
デジャヴ。
わたし最近襲撃ばかり受けている気がする。やっぱり今日は真ちゃんに運を吸い取られているんだ。
「こんな所でどうしたの?いつもおじいちゃんの手伝いですぐ帰っちゃうのに!」
ぎゅむーっとお互いの胸と胸が圧迫されて苦しいのだけれど、さつきはそんなことはお構いなしにさらに腕の力を強めてくる。
それにはたまらず呻き声を上げるとさつきは慌てて謝ってわたしから離れた。
「はぁー死ぬかとおもった……今日はね、真ちゃんが人事を尽くすためにバスケ部見学するのさ」
「真ちゃん?ああ、ミドリンのこと?いつの間に仲良くなったの?」
「いや、今日初めて会った」
「えぇー?ミドリンったら変なことに巻き込んでるんじゃないでしょうね?」
さすが帝光バスケ部マネージャー、鋭い。
さつきと出会ったのはほんの少し前の事だ。
夏休みが明けて数日が経ち、夏休みボケもほどほどにわたしは昼休みに飼育委員の仕事で人気のない体育館裏に来ていた。
これで告白とか聞いてしまったら申し訳ないと思いつつ、せっせと軽く掃き掃除をしていた。このあとには餌やりも忘れずに。
「ふぅ…粗方きれいになったかなー?」
「コケっ!」
「そっかーバニラも満足かー!………ひとりで何やってんだろ」
いい歳して動物相手に喋っている自分がちょっと不気味だ。
「コケっコケーっ!」
「えーなに?さわがし…うわぁぁあ!!チョコが居ない!!」
もしかして脱走した!?ていうかドアのカギ緩んでるし!!やっばー、早く見つけないと先生に怒られる!
他の鳥が脱走しないように今度はしっかりとカギを閉めて辺りを捜す。
「チョコやーい」
茂みや側溝、池の方などを見たがやはり見当たらない。
もう一度体育館裏を見てみるかとひょっこり覗いたらさっきまでいなかった女子の集団を見つけてしまった。
さすがに日本に詳しくないわたしが見てもイジメだとわかる。
こういうのは下手に手を出さない方がいいと征くんから聞いたことがあるが、その集団近くにチョコがいるもんだから見過ごすわけにもいかない。
同じ女子だし、男子が介入するよりはよっぽどいいだろうし、女子ならばたとえ殴られても男子並みの一発をもらうことはないだろう。
「あんた、青峰くんと一緒に帰ってるんだってね?」
「ブスのくせにバスケ部マネージャーとか笑わせんなよ」
「へらへら媚売ってんじゃねぇよクソアマが」
「アンタ自分がみんなに好かれてると思ってんの?先輩マネが使えないゴミだって言ってたよぉ?」
あっちでもイジメはあったし、わたしも日本人だからってバカにされたことは何回もある。日本では人種差別とかあんまりないんだろうけど、やっぱり国は違えどイジメはあるものだ。
「あの、何やってるの?」
「っっ!!????」
「なんだよお前!!」
「飼育委員だから脱走した鶏を捕まえないといけなくて…」
ほらチョコおいでーと誘導するように餌の道を作れば、チョコはそれに従って餌を食べつつこちらへ寄ってくる。
「っあんた見てた!!???」
「? 見ていけないことなんかあった?」
「別にっ!!さっさとそのくっさい鳥連れてってよ!!!!」
「あはは!あんたらみたいな下衆のにおいに比べたらこの子のがマシだよ」
「はぁああ!??」
「そうやって他人に嫉妬して理不尽な言い訳で人を傷つけていいくらいあんたらは人に好かれてて媚も売らないいい子ちゃんなわけ?」
「~~~~っっ!!最初から見てたのね?!バカにしてっっ!!!」
ぱぁん。
乾いた音が残暑の残る空に良く響いた。おー、いてー。
口の中が切れたのか鉄の味がする。流血沙汰なんて昔からよくあるので別にいまさら騒ぐほどのものではないが、顔よりもボディの方が隠しやすいからそっちのがおすすめだったんだけど。
「後先考えずにぶっちゃってよかったの?こんな明らか引っ叩かれましたーって顔で保健室に行ったら理由を聞かれないわけがないのに」
「っ…ふん、そんなこと言ってもあたしがやった証拠なんてないじゃない!!」
「そうだね。でも、この子と一緒に先生に泣きついたら多分あんたらのが分が悪いんじゃないかな」
こういう時に見た目とは大事なポイントだ。明らかにこっちの方が真面目そうだしいじめられそうな雰囲気だ。
なんたって男子バスケ部のマネージャーと言ったら妬みの対象となるには十分すぎるくらいなのだから。
多少脚色してこの事を話しても先生は信じてくれるだろう。汚いって?そりゃ、汚い手には汚い手で。そっちが先に手を出してきたのだから、手段を選ぶ甘さはいらない。
「まあ、今後一切その子に手を出さないようにって言ってもあんたらみたいなのは信用できないから、2度目はないよってことだけ言っとく」
「っち、なめやがって!!ほら、さっさと行くよっっ!!!」
わたしを睨みつけてばたばたと走り去ったのを見計らって、いじめられてた子をあらためて見ると、なるほどあの子たちが嫉妬するわけだ。すごいかわいい、うん。
「ごめ、なさい!ごめんね…っっ!!!」
沈痛な面持ちでその子は泣いていた。どんなに蔑まれようとも決して泣かなかった子が、目にいっぱいの涙をたずさえて今にもこぼれそうだった。
わたしはその子を安心させるように笑うと頬が痛んだが気にせず口角を上げる。
「勝手にわたしが出しゃばっただけだから気にしないでいいよ。自分もああいう時あったから、見てられなかっただけ。あなたはよく耐えたね、がんばったね、えらいえらい」
「っ…そんなこと、言ってくれたのあなたがはじめてよ?」
「そう?あなたのことよく知らないけど、あなたが何も悪くないってことだけはなんとなくわかったからさ。それを否定するアイツらが許せなかったの」
涙が女の子の柔らかな曲線をなぞって地面に降り注いだ。女の子は拭っても拭ってもあふれ出る涙に戸惑いを隠せないみたいだ。
よしよしと頭を撫でて背中をぽんぽんとゆっくり叩いてあげればその子は嗚咽を漏らして俯いた。
それからちょっとしておもむろにわたしから離れたのでわたしは口を開いた。
「もう大丈夫そう?」
「ん…ほ、っと、…ごめっ、ね…!!」
「まだ駄目みたいだね…ちょっとこっち来て!」
「え…っ??」
困惑した様子の女の子の手を引っ張って体育館裏から裏門をくぐり、横断歩道を渡ってすぐのところに治療院という看板が見える。
ここは帝光中のかかりつけの病院だから、学校で怪我をしたらとりあえずここに来ることになっているのでバスケ部のマネージャーらしいこの子は知っているかもしれない。
シップやコールドスプレー、包帯やサポーターなどはうちを介して購入すると安く買えるから学校側でまとめて買うことが多いのだ。
「ここって…」
「わたしの家!入って入って」
この時間帯はじいちゃんも昼休みだから家の方にいるはずだ。ただいまーと玄関の引き戸を滑らせる。
「じいちゃーん氷嚢ないー?」
「んなもん何に使う、ん?!お前その頬どうしたんだ?!!」
「え、ハチに刺された」
「死ぬわ!」
じいちゃんの方が血圧あがって死にそうなくらいの熱いツッコミわたしがもらっている後ろで、女の子はなんと言えばいいのかわからずに目を白黒させている。
「じいちゃんじいちゃん、いいからこの子に氷嚢準備してあげてよ」
「わかったから居間で待っとれ」
「上がって!」
「あっうん!おじゃまします…!」
靴を脱いできちんと揃えてから遠慮がちに家に上がってわたしのあとについてくる。
直線の廊下を通って居間につくと女の子に座るよう促してわたしもその向かいに座る。
「あ、の…」
「いきなりごめんね。保健室は何かと説明がめんどくさいだろうからさ、家の方が落ち着くかなって思って…」
「…うん、ありがとう。初対面のわたしにこんなことまでしてくれて…」
「初対面とかそんなの関係ない。わたしは困ってる友達を家に連れてきただけだよ」
さつきはややうつむいていた顔を上げて目を見開いている。
「で、も…あんなことして次はあなたがいじめられたり…クラスで孤立でもしたら…」
「そんなことで孤立するような、やわな友だちはいないよ。信じれる友だちしかいない」
征くんも池ちゃんも黒子くんも、クラスのみんなも変な噂で私を見る目を変えるということはしないだろう。そのネタでからかってくるくらいしそうだ。
日本に来て、本当に良かったと思っている。毎日が新しい発見ばかりで興味が尽きない。お父さんとお母さんもこうやって過ごしたのかと思いを馳せることも多い。
「あなたこそわたしがあんなことして引いてない?」
「引くわけないよっっ!!!感謝しても…しきれないくらいだよ…っ!」
「…そっか!そういえば名前聞いてなかったね。わたし。って呼んで!」
「わたしは桃井さつき。わたしのこともさつきって呼んでね!」
涙はひいたけど赤みを帯びて腫れぼったい目を細めてさつきはきれいに微笑んで、わたしも頬の痛みを忘れて笑い合った。
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