蜜雨

きつい部活が終わって、重い身体に鞭打ってのろのろと帰路につく。 マジバのシェイクでも飲もうと学校近くの公園を横切って近道をしようとしたら、さんが一心不乱にバスケをしていたのが見えた。 足が速いのはこの間の授業で知っていたが、かと言って運動神経が良いとは限らない。 しかしさんのバスケをする姿を見たら、そうも言ってられなかった。 明らかにレベルが違いすぎる。学校で最も背が低いさんのバスケはその致命的なまでの身長の低さをカバーするかのようなジャンプ力や、力強さがあった。 何よりも印象的なのはかなり低い位置でのドリブルからのフェイク、そしてフェイダウェイシュート。あのドリブルをカットするのは一般男子よりも低めの身長である僕でも至難の業だろう。 それが大柄な人であればあるほどカットはしづらくなる。それに、シュートもどんなフォームであっても外してはいなかった。 それどころかわざとフォームを崩しながら打っているように見える。とどまることを知らない、実に自由気ままなバスケだった。 そんなバスケを僕はすでに目にしていた。そう、さんのバスケは期待の新人として着々と実力をつけている青峰くんに似ているのだ。

「あれ、黒子くん?」

ぼうっとさんを見つめたまま固まっていた僕に気がついたさんはボール片手にこちらに駆け寄ってきてくれた。 じんわりとかいている汗がきらきらと輝いている。

「おつかれー、今まで部活?ずいぶん遅くまで練習するんだね」
さんこそ、バスケやるんですね」
「うちの兄貴がバスケ好きだから、自然とね」

さんがボールを指に乗せてくるくると勢い付けて回し始めた。 その細い腕のどこに力があるのか軽やかなボールさばきだった。 自分の顔よりも大きくて手に余るくらいのボールなのに、それを物ともせずボールを自在に操っていたことがいまだに信じ難かった。

さん、よかったらこれから少しバスケしてくれませんか?」
「いいけど…遅くならない?大丈夫?」
「自分から言っといてなんですがさんこそ大丈夫ですか?」
「ああ、うん。うちは大丈夫。家目の前だし」
「え、どの辺りなんですか?」
「そこの治療院」
「え」

普段無表情でいることが多い僕は自分でも珍しいと思うくらい目を見開いて驚いた表情をした。
学校からほど近い治療院はマジバへ行く時にいつも通っていたためすぐにわかった。 今まで何回も通って同じという名の治療院に何の疑問も抱かなかったのか、自分。

「じゃあ家の手伝いというのは…?」
「ああ、あそこじいちゃん一人だけでやってるからわたしも手伝ってるんだよ」

入学式の日から抱いていた疑問をやっと解決することが出来た。


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