「あ、辞書忘れた」
「ほんとって案外しっかりしてるようでしてないなぁ」
「ちょっと他のクラス行って借りてくる」
「あれ、他のクラスに友だちなんかいたっけ?」
「6組にひとりだけね」
いてらーと池ちゃんがお見送りしてくれる中、お昼休みの喧騒が響く教室を出た。
廊下を出ても道行く人の顔に見覚えはほとんどない。目指すはうちのクラスから一番遠い場所に位置する6組だ。
しかしそこで問題が浮上した。わたしはまだこの学校の構造をよく理解しておらず、6組の場所が曖昧だったのだ。
なんとか昼休みまでに到着したいものだが、ここはどこだろうか。先程の人が嘘のように消えてしまった。
よくよく見ればここは旧校舎に続く連絡通路で、どおりであまり人がいないはずだ。
旧校舎には第一図書室と音楽室と美術室があって、第二図書室が新校舎にできてから第一図書室はあまり利用されなくなったらしい。
よって、こんな所を通る物好きはいない。
「戻ろう…」
踵を返そうとしたら旧校舎の方から俯きながら走ってくる女子にぶつかってしまった。
その女子よりも全然小柄だったわたしはその勢いでしりもちをついてしまったが、女の子はわたしに構ってる余裕はないのかごめんなさいと震えた声で謝ってまた走っていってしまった。
呆然とその女子の後ろ姿を見ていたら、後ろから声を掛けられた。声の低さとこの状況では男子だろう、それもあの女の子を振った。
「だいじょぶスか?」
「え、あ、はあ。だいじょぶっす」
口調が移った。
自力で立ち上がってその声の主の方を見上げた。
大抵わたしは見上げなければ人の顔がまともに見えないが、これは首が筋肉痛レベルで見上げなければならなかった。
確実に30センチものさし一個分の身長差はあるだろう。靴の色から見て同じ一年生だが、一年の時点でこうも身長に差があると憎らしく思えてくる。
「えっと…スンマセンっス」
「え、何が?」
「さっきから睨みつけてくるし…あの女子泣かしたのオレなんで半分はオレの所為でもあるし…」
「あ、いや…ただ、今唐突に目の前の人が半分に折れてわたしにくっついたらさぞ背が高くなるんだろうなあって思ってただけだから」
「か、顔に似合わず結構えぐいこと考えてたんスね…!でも女の子はちいさい方がかわいいじゃないスか!」
「っは!!」
「(鼻で笑われたーっっ!!)」
今度こそ6組に向かわなければ間に合わないので、適当に話しに折り合いをつけてその男子と別れた。
わたしが去った後に「面白い子っスねえ」と意外にも好感を持たれていたことも知らずに。
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