蜜雨

俺がとはじめて出会ったのはがアメリカから日本に住むようになってすぐだった。 のおじいさんと俺のおじいさんは昔から交流があって、治療院にもよく足を運んでいた。 俺もそこには身体に違和感があった時に診察してもらったり、個人的な付き合いとしてのおじいさんと将棋を指したりしていた。 だから必然的にみはると会うことになり、そしてのおじいさんにまだ日本語が拙いの世話を頼まれたのだ。 の周りに同年代の子などいなかったので、ある程度顔の知れている俺に頼むしかなかったのだろう。

「え、と…よ、よろしくお願いしま、す」
「こちらこそよろしく」

しどろもどろになりながら畳の上で正座をしているは今よりもずっとずっと小さかったように思えた。本当に同年代かと思えるほどに。
アメリカには日本語がしゃべれる兄とその兄の婚約者とともに住んでいて、多少は日本語がわかるらしいが、まだまだ片言だった。 日本で生まれてすぐにアメリカに移り住んだので、赤ん坊のころから慣れ親しんできた英語がまだ抜け切れないのだろう。

「う、え…は、い…」
「楽にしていいから。ゆっくり覚えていこう」
「あ、りがとう!わたしの、名前は、、です!」
「俺の名前は赤司征十郎」

なるべく聞き取りやすいようにゆっくりとはっきりと喋ることを心がける。

「せ、い?」
「征十郎」
「征くん!」

ははきはきと僕の名前を呼んだ。征十郎は少し長かっただろうか。まあ、いいか。そんなに悪い気もしない。

「征くんは、バスケットボールが、好き、ですか?」
「はい。は?」
「わたしもです!」

まるで日本の英語の教科書をそのまま日本語訳したみたいだ。 ある程度自分でも勉強はしていたみたいだが、やはり実際に喋って習得するほうが語学の場合は覚えが早い。 俺はのおじいさんに断って、を外に連れ出した。 ふらふらとどこかへいってしまいそうなの手を思わず掴んだが、は特に何の反応を示すわけでもなく物珍しそうに日本の建物にいちいち目を奪われていた。

「あっ!!征くん征くん!」

俺の手を握る力が強くなって、くんと引っ張られた。 どうやら近所の駄菓子屋に興味が湧いたらしい。 日本文化を知るにはいいのかもしれないと、俺は引っ張るの力に流されながら駄菓子屋へと足を向けた。 年季の入った古びた木造の扉をからからと開けたら、いかにもなおばあさんが店の奥に座っていた。 は入るなり目を輝かせていた。駄菓子屋の独特な雰囲気は外国などにはないのだろう。外に連れ出してよかった。

「すっごーいぃ!!」
、せっかくだから何か買っていこう」
「いいの?やったあ!」

すっと手を離してあげるとは早速物色し始めた。 クマの小銭入れの中身を確認してから、目に入ったものを品定めする。

「征くん、これはなあに?」

しゃがんだの視線の先には色とりどりのビー玉とおはじきが並べられていた。 日本人にとってビー玉など見慣れたものだがやはりアメリカ育ちのにとっては何もかもが新しく目に映るのだろう。 ビー玉を映している瞳は殊更輝いていた。にビー玉のことを話してあげると、俺の言葉を一つもこぼすまいと真剣に耳を傾けていた。

「これ、征くんの色してるね。とってもきれい」

ほら、と目の前に突きだされたビー玉に一瞬怯んだがまたすぐに平静になって棚のビー玉を手にとった。

「じゃあはこれかな」
「透明だよ?」
「そう。まだ何色にも染まっていない。でも、何色にも広がる可能性がある色」
「? とにかくすごい色ってこと?」

少し早口にしゃべりすぎたみたいだ。
は僕の手にある透明なビー玉をじいっと見つめている。穴が開いてしまうのではないかというほどに。 そして何回か瞬きすると、手に持っていたお菓子と赤と透明なビー玉を持って駄菓子屋のおばあさんのところで会計をした。

「あとで征くんにプレゼントするね」

小さい手提げにお菓子と一緒にビー玉を入れると満足げに頷いた。
俺は楽しみにしてるよと言って、また来た時と同じくの手を取って駄菓子屋を出た。





「あ、まだ付けててくれたんだそのお守り」
「ああ。裁縫が苦手ながせっかく作ってくれたんだからね」

部活用バッグには俺の色である赤いお守りがさげてある。 不格好で所々縫い目が荒くなったり糸が飛び出たりしてるけれど、が必死に作ってくれたのがすごく伝わってきた。 絶対勝利と糸で縫いたかったらしいがさすがにあまりにも人様に見せられない出来になったらしく、おじいさんに漢字を教えてもらって油性ペンで書いてある。 その中には、初めて会ったあの日に買ったビー玉が入っていた。

「わたしも色違いでカバンに付けてるよ!」

スクールバッグには白いお守りがぶらさがっていた。 無病息災なんてあの時のには思いつかないだろうからあのおじいさんの仕業だろうな。

「さぁさ、ちゃんこっちいらっしゃい。征十郎は自分で着られるわよね?」
「ああ、母さん。を頼んだよ」
「任せて!とびっきり可愛くしてあげるわ!」

今日は近所で夏祭りがあって、を案内することになっていた。 相変わらず日本には知らないことも興味を惹かれることもたくさんあるみたいで、は日本に来たばかりの頃からこの日を今か今かと待ちわびていた。 が日本に来た頃にはもう時期が過ぎていたから中学に入ってからになってしまった。 せっかくだからと母さんが浴衣を準備してくれたみたいなので、2人そろって着ていくことになった。 さて、賑やかな夜になりそうだ。


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