今日は珍しく寝覚めが良くてすぐさまベッドから跳ね起きると、身体はバスケがしたくてうずうずしていた。
夏休みはかったるい授業がなくて思い立ったらすぐにバスケが出来るからいい。
いつもはだらだらと起きてくる息子に母親が小言を言うのだが、今日ばかりはそれもなかった。
いつもこうだと嬉しいんだけどね、と玄関先で弁当を渡す時に言われたが。余計なお世話だ。
スポーツバッグを抱え、帝光中ジャージを着て最後に靴を履いて玄関を出れば今日もギラギラとお天道様はたいそう元気だった。
「あ?ドリブルの音?」
学校についてすぐさまバッシュに履き替えてまずはアップでもしようと身体をひねりながら体育館のドアの前まで歩いていくと、少し開いたドアの隙間から音が聞こえた。
今日は絶対にオレが一番乗りだと思ったが、誰だよこんな早くに来る物好きは。
ドアの隙間から覗けば、豆粒みてーな奴が広い体育館をいっぱいに使って走りまわっていた。
手にはバスケットボールがあったが、あんなちいせー奴は見たことがなかった。
女バスの奴でもなさそうだ。あんなアリみてーにちいさかったら逆に目立つだろうし。
少しばかり高みの見物でもと思っていたが、やめた。
何だ、アイツ。
オレ並みのキレとスピード、決まった動きもフォームもへったくれもねーまるで自分みたいなプレイスタイルだった。ただ思うまま特に考えもせずに本能に任せてプレイをしている。
身体をひねりながらジャンプしてそのままシュートを入れた所で、オレは派手に音をたてて体育館の重いドアを開けた。
その音にびくりと肩をあげて、こちらに気づくと固まっていた。
「あーえっと…すみません裸足で勝手に…バスケ部員でもないのに…」
「んなの関係ねぇ。今すぐオレと勝負しろ」
「え、無理です。」
即答かよっっ!!!!!!!
青筋を立てて睨みつければそれに臆する様子もなく、どうぞとボールを押し付けられて思わず受け取ってしまった。
「てっめ、ナメてんのか!いいからオレと勝負しろ!!」
「だから無理ですとお答えしたじゃないですか。ナメてないですよ」
「おい、クソチビ。オレと勝負するまでこの腕はなさねーかんな」
「ええ何この人…わたし飼育委員の仕事がこれからあるんですけど」
小屋の掃除して先生に報告しないと怒られるらしいが、そんなの関係ねえ。
こんなぞくぞくするようなプレイを見るなんて久しぶりだ。
しかも自分と同じようなプレイスタイルの奴と戦えるなんて思ってもみなかった。
こんな好機をこのオレが逃すはずがない。
あんだけの技術を持ってるだけでも驚きだが、このちまっこさも驚きだ。
改めて近づいてみると本当に豆粒だ。掴んでいる腕だって男子ボールをあんな自由に操れるなんて信じられないくらい細い。まるで小枝だ。
少し力を入れるだけで壊れてしまいそうだった。
「いっ?!…っただだだ!わかりましたっわかりました!!勝負しますっ、すればいいんでしょう?!ただし、一回きりですよ?あと、掃除手伝ってもらいますからね!!」
「っしゃ!!」
ガッツポーズするオレの横で深いため息が聞こえたが、んなもん無視だ無視。
今日寝覚めが良かったのもバスケしたくて身体がうずうずしていたのもこの為だったのかもしれない。
「…今日寝覚めが悪かったのも、やけに学校行くのだるかったのもこの所為かな…」
軽くアップしている最中にそう呟いていたみたいだが、気持ちが高揚しているオレには一切耳に入ってこなかった。
「…さて、いいですか?」
「あー…いやちょっと待て。なんでお前オレに敬語使ってんだ?」
「…バッシュだから学年が分からなくて…」
「一年の青峰大輝だ」
「はあ」
「てめぇ…ほんとその態度なんなんだよ」
「いやそれはこっちの台詞。なんでそんな偉そうなの」
ボールハンドリングしながら呆れた目でこっちを見ているが、今も昔もオレはこんな性格だ、知るか。
「まぁいいや。とっとと始めよう」
「おお!」
このチビは腰を落としてドリブルをし始めるが、そのドリブルが常にオレの足首あたりくらいの高さで低くいもんだからカットしにくいうえ小柄な体格でちょこまかと動かれてブロックしづらい。
やべーやべー、こんな攻略し甲斐のある相手なんて今までいたか。思わず身体がブルっちまう相手なんてよ。
「…いいブロックすんね、アホ峰くんとやら」
「おい、名前呼んだと思ったらアホ峰とはなんだ」
緩い雰囲気で様子を見るようにドリブルをしていた見た目小学生の目がギラリと鋭く光ると、勝負をかけてきた。
左右にオレを振り回して抜き去ろうとしたが、あいにくとそんなにオレは甘くない。
だが、それは読み通りだったらしく、驚いた様子はなかった。そうでなくては面白くない。
さっきまでのやる気のない瞳の面影はなく、挑戦的な瞳をしているのに背筋に心地よい戦慄が走った。
「さて、逃げ切るか」
せっかくゴール下に迫ったというのに、そのゴールに背を向けてドリブルをしながら走りだした。
オレがワンテンポ遅れてその背中を追いかけていると、オレの頭上をボールが通り過ぎて、ネットを揺らした。
こいつ、ほとんど走りながらゴールに背を向けてシュート打ちやがった。
「…はは、そうこなくちゃ面白くねーよな」
次はオレがオフェンスだ。
背のちいせえ奴にブロックが出来ねえとは言わないが、やはりバスケにおいて身長は武器だ。
その点だけを考えればオレはこいつに圧倒的に勝っている。
力もあまりないだろうから、無理矢理ダンクに持ち込めば力で押し切れる。
オフェンスの時は負けたが、コイツのブロックに勝てる自信はあった。
そう思っていたが、ホントこいつは化け物だった。
オレの動きについてこれる女子も女子だが、こいつはオレの動きを先読みしているかのように絶妙に嫌な場所にいる。
フェイクにも全く手を出さないどころか、引っ掛かったふりまでするもんだから、危うくボールをカットされるところだった。ならばさっさとダンクしようとしたら、その一瞬の動きを読んだのかドリブルをしながらボールを胸の位置に持った瞬間にボールを弾かれた。
ふっと軽くなったオレの手はまさかカットされるとは夢にも思わずダンクする気満々だったため勢いが殺せず、掌がコイツの顔にぶつかってしまった。
「っっ!!!?」
だあん、と倒れ込んだ。
オレは状況がうまく飲み込めずただそれを見ているしかなかったが、はっと我に返って駆け寄る。
「おい、大丈夫か?!」
「…っ平気。こんくらいのラフプレーは慣れっこだし」
意外にあっさりと起き上るが、その所為でぽたぽたと鼻血が服にシミを作る。
鼻をすすっているが、もう鼻の下は血だらけだ。
「青峰大輝、楽しかったよ」
ぐいと男かと思うくらい男らしく手で血を拭って、ぎらついた好戦的な眼差しでオレの瞳を射抜いた。
鼻血出した女見て惚れちまうなんて、オレくらいなもんだろう。
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