蜜雨

生きるため人はいくらでもきたなくなる思想があると存じあげます。

この世界に天国と地獄があると仮定しましょう。あくまでも、仮に定めたものです。 人間は所詮紛い物を嫌うのですが、真実というものは知りたくないことが多いのです。 人間なぞ小さき者だということを、自分から曝け出しているという愚かさ、だれかれかまわず自分のことを棚に上げて腹を抱えて笑うのです。 天国と地獄は人間の恐怖心とか藁にも縋るおもいで作った、所詮ユートピアのようなものだと考えていいでしょう。 この世界には必要であり必要のないもっとも不安定な存在なのです。 偶像であり人間の行き過ぎた妄想であり、それでもそれはやはりこの世界で生き抜くための拠り所になり得るのかもしれません。 まったくと言っていいほど根拠も確証なんてこれっぽちもありません。あるのは数多な民の願いや祈り。はたまた絶望や憎悪か。相容れぬもの、と言っていいでしょう。 哀愁漂うといえばそうなのかもしれません。そこはすべての人間がいきつく聖地なのですから。地獄にせよ天国にせよ、それは現実世界から酷く遠のいたものです。 やはりそこは死ぬまで逝けぬ場所。人間にはあまりにもその死線を越えるのは酷でありましょうぞ。

人は地獄に堕ちるとまず最初にスプーンを受け取るんだそうです。そのスプーンの柄は罪のおもさによって上下すると御聞きします。 罪人どもは食事を摂取するためそのスプーンを使うのです。ただし、自分ではとても喰うことができないのです。 人を喰わせ自分も喰わせてもらうしか無いと言います。

「骸のスプーンの柄はどれくらい長いんだろうね」 「海の底にスプーンの柄がひっかかるくらいじゃないでしょうか。」 「じゃあ、どうやって食べさせるのよ。きっとスプーンの柄なんていつか誰かが地団駄を踏んで出来た地球の罅裂にひっかかるんだわ! そこから湧き出たマグマが骸のスプーンの柄の先っぽをドロドロにとかしたらもう大変!骸が食べれなくなって死んじゃう!きっと二回死ぬんだわ!」 「落ち着いて下さい。僕は細胞の組織になろうが、精子だけ残ろうが、生きて、巡ってまたこの地に足を踏みます。だからキミは僕の手となって下さい。」 「手なんておっきくなったって、ちっとも可愛くないじゃない!」 「は僕を殺したいのですか?」

女はきっと、男と一緒に地獄に落ちることを望んでいるのでしょうが、そううまくことが進むわけありません。 女は男の腕の中で死んだとしても、肉体的に繋がれていたとしても、精神、つまり魂ではつながれてはいないことを知ってください。 一緒に溺死したって、やはり魂は水と同化せず、液体化はしないのです。だから、焼死したってまったく同じ結果になるのです。 蒸発して天に昇る魂は、やはり雨とともに降って来るのでしょうか。そうしてまたくりかえしくりかえし巡る。天と地の裏を知らずに。

「だって骸はやさしくないじゃない」 「僕はいつだって優しいですよ、」 「だってもしあたしが心臓をくれって言ってもくれないじゃない」 「それ以外の臓器なら捧げましょう?」






余りにも美しい沈黙






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