蜜雨

 この世に清い人間なんぞ存在しない。

 尾形は真白な残雪を踏み潰すように、酷く穢すように腹違いの弟の許嫁を犯していた。あの品行方正で清廉潔白な聖人君子の勇作が知ったらどんな顔をするのだろうか。もしかしたら尾形が憎くて憎くて殺しに来るかもしれない。それほどまでに勇作はを愛しているように尾形の目には映っていた。そしてもまた勇作を愛していた。

 欠けた男はその隙間を埋めるように神聖な処女の花園を、細胞がはちきれてしまいそうなくらい充血した肉茎を以って喰い荒らしていく。新たな生命がそこを通らぬよう、念入りに何度も何度も穿つ。一方で、苦々しくも傲慢で濃厚な欲望を放ち、躊躇いもなく命の源を子宮へ塗りたくっていった。

「あっ、ぁあ゛、勇作様……ッ、ふ、ぁ、ゆ、さく、さまぁ……!」

 ここだけ疎外されてしまったかのような暗鬱な蒸し蒸しとした闇の中、白く浮き上がる淫らな曲線を描いたの太腿の片方を肩に担ぎ、柔肉を傷つけるように獰猛な指を沈ませると、面白いくらい花襞が強く浅ましく吸いついてきた。そのまま魂の最も痛痛しいところに噛みつくように粗暴に出し入れを繰り返し、溺るるが如く奥へと突き進んでいく。やさしい純情で充実していたの表情が、与えられる醜悪で生臭い快楽に歪んだ。まるで拒絶するように頭を振り乱しながら、嬌声の合間につっかえつっかえ懺悔するよう勇作の名を呼ぶ。沸騰した汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔や首筋に髪がへばりついていたが、構う者はいなかった。

「ご、めんなさっ……ごめんなさいぃ……!」

 まともでない心臓に、ひとつひとつ棘を刺していく。我が身を苛めるように。はたまた自慰行為のように。
 尾形の歩む道は地獄まで地続きになっていた。

「どぅ、か……を、ッあ゛ぁ……おゆるし、くひゃあぁうぅ゛ん゛ン!!」

 尾形の猛々しく広がった傘がの濡れそぼった泥濘を身勝手に引っ掻き回せば、生き生きと膨らんだ乳房の下で脈打つ心臟が口を開いたようにざらついた甘やかな祈りにも似た喘ぎが響き渡った。尾形の動きに合わせて小気味よく揺れる滑らかな双丘に、じわりと支配欲と征服感が襲う。

はぁ、は、あッ……!!」

 背負っている影に押しつぶされていくように尾形が身を崩していくと、深く深く求めるようにが手を伸ばしてきた。真っ新な皮膚を弱弱しく引っ張り上げる鎖骨の周囲は、透けた血液とが元来持つ白さが混じり合って桃色に上気していた。

「勇作様という許婚が居りながら、百之助様をお慕いしているのです……っ!」

 人間は他の動物と違って鎖骨があるから抱き締め合えるのだという話を聞いたことがある。
 どこか冷静な尾形は感傷にふやけたの掌に頬を包まれると、初めてとまともに向き合った。そうしたら出会った当初から勇作に酷似していると思って直視しなかった忌々しいくらい綺麗なの瞳が、今では罪悪感という償いきれないほど疚しい澱で満たされていることに気がついた。は今その瞳で尾形を真っ直ぐに見つめているのだ。

 死んだ人間は完成され、この世に永遠の存在として生き続ける。とどのつまり、勇作や尾形が死のうが生きようが、は拭えぬ罪悪感に延々と蝕まれるのであった。
 尾形は夜が明けようが、を抱くことを決してやめはしない。もはやを通してちらついていた勇作の顔もはっきりと思い出せない。はたしてどんな双眸であったろうか。






白日に告ぐ(孤独の中に神の祝福などない。)






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