蜜雨

ダンデと別れ、キバナは先に仕事を済ませると言ってを適当なソファに座らせた。
不本意ながらキバナと再会し、ダンデの口車に乗せられて共に行動することになるとは露程も思わなかった。なんとも奇妙な巡り合わせだ。


「ヘイ、ロトム! キバナを調べて」


ガラルポケモンリーグ最強と呼ばれるジムリーダー。チャンピオンのダンデとは自他共に認めるライバル関係。ダンデとのポケモンバトルの記録は10連敗中だが、一方でダンデのポケモンを最も多く倒したポケモントレーナーとして称賛されてもいる。ドラゴンタイプのポケモンの使い手で、その実力は他の地方であればチャンピオンになれていると評されるほど。


「ふうん……口だけの男ではないみたいね……」


元々見た目で人を判断するのは時期尚早だと考えるだが、キバナだけはなぜか許せなかった。自分でも抑えられない感情をぶつけてしまっているのは否めないが、止まらないのだ。まるで自分の奥深くで訴えているなにかに気付いて欲しくて駄々を捏ねているみたいだ。こんなの初めての経験で、自分自身戸惑いを隠せない。自分にこんな未熟な部分があったとは、まだまだ修行が足りないようだ。今のの姿を長老に見せたらなにを言われるやら。


「ねえ、そこの可愛いキミ」


の膝の上でうたた寝をしていたイーブイが、に近寄ってきたトレーナーに気づいてにらみつける。トレーナーは一瞬怯んだが、負けじとに声をかける。


「ずっとここで待ってるよね? こーんなに可愛いキミを待たせるやつなんてほっといてオレとお茶しない? ガラルが誇る紅茶をキミにご馳走するよ!」


明らかにナンパされているのだが、田舎育ちのは気づかず、そういえばガラルは紅茶が特産品だったなとのんきに構えていた。
たいした抵抗を示さないに気を大きくしたトレーナーはの手を掴もうと手を伸ばすが、その手に噛みつこうと飛びつくイーブイと同時にの視界を大きな手が覆った。


「わっ?! なに?!!」
「オレさまの連れに何か用か?」
「ひっひえ……っ!!」


イーブイにはかみつくをされ、最強と謳われるジムトレーナーの威圧的な笑顔に尻込みしたトレーナーは一目散に走り去ってしまった。
キバナはため息を吐き、イーブイはの胸へと飛び込んだ。イーブイをなんとか受け止めると、は背後に立つキバナに声を荒げた。


「もうっいきなりなに?! 人様を待たせたと思ったら……って、さっきのトレーナーさんは?」
「オマエ……よくそんなんで世界中旅してきたな……」
「イーッブイ!」
「おお……そうか、オマエたちが主人を守ってたってわけか」


の腕の中でイーブイは誇らしげに胸を張り、キバナは一人納得したように頷く。


「ちょっと! わたし抜きで勝手にうちのイーブイと話進めないでよ!」
「オマエなあ! 全ッ然気づいてねえようだから言っておくけどな、さっき声掛けてきたトレーナーはオマエをナンパしてたんだよ!」
「はあ? なんでナンパなんかするの?」
「っだあーもう! オマエが……」
「わたしが?」
「チョロそうだからだよ!!(可愛いからなんて死んでも言えねえ!!)」
「はあああああ?!!」


の目の前で仁王立ちするキバナが声を張り上げると、はその聞き捨てならない台詞に思わず立ち上がって同じく声を張り上げ、ガンを飛ばしていた。決して女の子がしていい顔ではない。


「ッち! わっかんねーヤツだな! オマエのポケモンは強いかもしれねえが、オマエはまだまだ非力なガキで、悪い大人に唆されて簡単に喰われちまうんだよ」


――こうやってな。


キバナはの細い肩をソファに押し付けるようにして押し倒し、の太腿の間を片足でこじ開け、捕食者の眼光を携え、丸呑みをしてやろうと大きな口を開いて牙を見せつける。はキバナの凶悪な顔つきにぞくりと肌が粟立つ。


「キバナ……おまえそれ児童性的虐待」
「ッは?!」


パシャリ。
シャッター音と聞き覚えのある覇気のない声の出所を探すと、スマホを構えたネズが嫌悪感に満ちた顔で、相変わらずの猫背のまま佇んでいた。


「ちがっいでえええ!!」


キバナはネズに反論しようと口を開いたが、すぐに下からイーブイがずつきを繰り出してきた。顎に直撃したキバナはひるんでなにも行動が出来ない。


「あっあの!」
「大丈夫でしたか? あの変態には後でよく言っておきますね」
「もしかして哀愁のネズさんですか?!」
「……そうですが?」
「やっぱり! いつも曲聴いてます!! ネズさんのシャウト最高にエキサイティングで大好きなんです!!」
「……ありがとうございます……」


無気力無表情と人からよく言われるが、の素直な称賛に少しだけ口元が緩む。
はスパイクタウンにいる妹よりも少しだけ歳上だろうか。きっと女の子同士仲良くなれそうだ。帰ったらマリィに教えてやろう。
ネズは思わずいつも妹にするようにの頭を撫でていた。完全に無意識だ。ネズ自身驚いていた。これではキバナと同類ではないか。唯一の救いはが嬉しそうにはにかんだ表情を浮かべていたことだ。


「ネズてめえオマエだって人のこと言えねーじゃねえか!」


イーブイのずつきの余韻が抜けたキバナは見事復活してネズに食ってかかる。


「うるせーですよ。おまえと違ってやましい気持ちはありませんよ」
「そうですよ。黙りやがりなさい」
「おいネズ聞いたか?! このクソアマいい性格してんだろ?!」
「そうですね。とっても素直ないい子ですね」
「どこをどう聞いたらそうなんだよ! オマエの耳シャウトしすぎておかしくなったんじゃねえのか!?」
「それよりもこんな小さな子になんて言葉吐きやがるんですか。さっきの写真流出してやりますよ」
「~~~っっオレさまが悪かったよ!!!」


半ばヤケクソに叫ぶキバナの声は廊下中に響き渡った。






ヨン






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