変わったのは誰?
まぶたの裏にくっついていた夏、今はこんなにも空が薄っぺらい。今、私は普通に成人して、普通にOLしてる。あの頃まだ自分は青かった、だなんて言える歳になっていた。二十歳過ぎたばっかだけど。
「あれ、もしかしておまえか?」
グラウンドで何回も、何百回も聞いた、あの声。ベッドの上では征服者。ああ、変わらないんだな。でも、ただ少し、落ち着いた深い声色になっていた、かも。
「慎吾」
「なんだ、おまえ、ひっさしぶりだな」
「つっても三・四年くらいじゃない?」
「そんだけ経ちゃ人は変われるもんだぜ」
「そう?」
慎吾は、変わってないね、なんて言わなかった。いやでも、少しだけ変わったかもしれない。私はどちらの言葉も断言出来ず、うやむやに言葉をねじ込めた。
高三で、慎吾の夏が終わって、私の夏も同時に終わって、傷を舐めあうようにして、私達は自然と付き合いだした。
愛し合うとか、すき、だとか、そんなとろけそうな関係とかじゃなく、もっとどろどろの、コーヒーに塩を入れてちゃって、溶けきれない関係だった。
崖っぷちで共に心中するような、熱い関係じゃなかった。それでも、ねっとりとした肉体関係をもっていて、けれどどうしても満たされなかった。
そうして、何もかも上手くいかなくなって、別れた。若気の至りというものだろうか、荒々しい、粗雑でまともでない恋愛だった。
慎吾は黒いスーツをかっちりと纏っていた。私も膝が隠れるくらいのスカートで、できる女を無理矢理目指していたのでかっちりとしたスーツを纏っていた。
だがどちらも新米社会人っぽさは隠されていなかった。でも慎吾はどちらかというと、ホストに近い気がする。
「なーにニヤついてんだよ」
「別に、なんも」
「・・・というか、なんでお前がそんな格好でここにいんだ?まるで商談に来てるみてーじゃねえか」
「来てるのよ、実際」
「もしかして・・・この会社とこれから商談か?」
と言って慎吾は名刺を見せた。
「ああもう、私達、変なところで縁があるわね。やんなっちゃう」
「おいおい、久しぶりに会ったダーリンに言う言葉じゃねえだろ」
「慎吾、キモチワルイ」
私の横に立っていた慎吾が、目の前の椅子に座った。コーヒーを頼んだ。
「仕事先が慎吾の方が大手だなんて、やっぱり悔しい」
「まあ、優秀な人材ってのはオーラがでてるんだよ」
「ナニソレ電波かなんかですか」
「おっまえかわいくねえなー・・・」
「仕事が出来りゃいいのよ、このご時世」
もう一時だ、さっさと商談をまとめて別れよう。
「お前、今男いんだろ」
書類に必要事項を記入していたペンが止まった。
「な・・んで・・・」
「その口紅の色、お前が選んだ色じゃないだろ。似合ってねえ」
「・・・慎吾君は口紅の色で男付きかを見るんですか・・・」
「お前の場合だけだよ。男の趣味合わせて口紅の色変えてるから」
頼んだコーヒーが来た、この香りは、ブルーマウンテン。ああ、コイツはこれしか飲まないんだっけ。
「その口紅の色、変えてやるよ」