蜜雨

※士官学校時代捏造






「ロイと付き合うことになった」

 食堂の席に着いて、見てるこちらが気持ち悪くなる位山盛りのメシを食い始めたは開口一番そう言った。

「で、その色男は今どこにいんだ?」
「色男はまた女子から告白受けてるよ……って、驚かないの?」

 誰が驚くか。ロイがずっと誰を見てたかなんて、おまえ以外の同期はとっくに気づいてんだよ。だからこそとロイに負け戦という名の告白をする猛者は、士官学校入りたてのピカピカの一年生しかいない。今頃ロイに告白している女子も玉砕している事だろう。

「にしても、まさかおまえらが本当に付き合っちゃうとはねぇ……」

 とは言いつつ、とロイが付き合えるようにお膳立てしてやったのは何を隠そう俺だ。お互い寮だからと、同室のよしみでこっそり一日部屋も貸してやった(まあ要するに告白してヤれって事だ)し、もし振られたら酒に付き合う約束までしてやった俺は聖人だろ。将来美人の嫁さんもらって娘なんか生まれちゃったりする幸せな家庭を持たせてくれなきゃ割に合わない。

「本当は付き合う気はなかったんだけどね……」
「は? じゃあなんで……?」

 士官学校に入った当初から、とロイは何かと話題が尽きない奴らだった。こいつらは見た目もさることながら頭脳も優秀で、天は二物を与えやがったとよく同期からやっかまれていた。そんな彼らが仲良くなるきっかけは錬金術であった。とロイは士官学校を卒業したら、国家錬金術師になるつもりらしい。俺は錬金術に関してはさっぱりだからよくはわからんが、少し錬金術を齧った程度の人間じゃあとても太刀打ちできない位別次元の話を二人でしていた。研究対象は火と水という相反する性質だったが、むしろ互いの弱点を補うようで、二人が親密な関係になるまでそう時間は掛からなかった。

「ロイの事は好きだけど、それがloveかlikeかわからないって伝えたら、私がその分おまえを愛そうとか、女は愛するより愛された方が幸せになれるとか、私の家族ごと丸々愛するし面倒もみるとか、結婚して子供をたくさん産んでも金銭面で苦労なんてさせないし、いつでも美味しい物だって食べさせるとか真面目な顔で言われて……」
「(いくらなんでも必死過ぎだろ……重てぇよ……)それでおまえはまんまとロイの野郎に言い包められたってのか?」
「……戦地から無事帰ってこれたら付き合ってほしいなんて言うくらいなら、今おまえの隣で生きたいって」
「それは……また……」

 士官学校生は卒業する年に実地訓練として戦地に出される。そしては俺やロイよりも早く戦地へ出発する事が決まっていた。今北方で小さな争いが起きていて、そこに召集されたのだ。北の貧しいド田舎出身で気候にも地理にも慣れているはまさにうってつけであった。加えて狙撃手として士官学校内でトップの成績を誇っており、即戦力になると期待されているのだ。

「気づいたら私もロイの隣にいたいよって言ってた」

 真面目な士官学校生のロイがに告白すると決めたきっかけが戦争とは、随分と皮肉なもんだ。そしてその戦争すらも逆手にとって最高の女を手に入れちまうんだから、こりゃあ軍に入っても出世したら妬まれるだろうな。

「今ではもうロイが愛おしくて仕方ない……なんて、やっぱり現金かな?」
「いんや……正直おまえらお似合いだし、親友の俺としてはくっついてくれて嬉しいぜ」

 鈍感で色気より食い気のにロイはなかなか踏み込めないでいた。今の心地よい友人関係を壊してまで告白すべきか迷うのはよくわかる。俺としては、あの黙ってても女が寄ってくる男の敵みたいなロイが情けなく女の事でうだうだするのはなかなか面白かったが。だからこそ今俺の目の前で、すっかり女の顔をしてが惚気ている事をロイの野郎に伝えようか迷う。が絡むと途端に面倒な奴になるのだ。

「まあ私のフトモモに顔を挟んで、もし大総統になったら軍の女性の制服を全てミニスカートにするって言い出した時はやっぱり付き合うの止めようかと思ったけど……」

 と付き合えて昇天するくれぇ嬉しいのはわかったけど、最後までカッコよく自我を保ってろよ。

「それにしても驚いたよ……私とロイなんかあっさりと死にそうなのに結婚とか子供の話とか、すごい先の未来を語るからさ……」
「馬鹿言え。そういう奴に限って最後までしぶとく生き残るんだよ。俺みたいな奴の方が先に死ぬって相場は決まってんだ」
「えぇ? マースが一番私達の中で要領よく生きてんのに?」
「それが仇になって死ぬかもな」
「おい、メシがまずくなるような話をするな」

 遅れて登場した色男はメシのお盆をテーブルに置きながらの隣に座った。これまではさりげなーく、別にたまたまの隣が空いていたから座っただけだ感を出していたのに、今はさも当たり前のように、の隣は自分だと誇示するようにどっしりと席についた。それだけで俺がニヤニヤしていると、それに目敏く気が付いたロイは全てを悟ったらしく、一応礼は言っておくといったアイコンタクトをすました顔で寄越した。本当は飛び上がる位嬉しいくせに、の前だから格好つけてんのか。

「じゃあワクワクする話でもする?」
「ワクワク?」
「うん、今週末さ――」

 お、これはまさかのからのお誘いか。

「アイザック先生に会うんだ。また錬金術の面白いお土産話持ってくるね」

 あー……それは可愛く笑っても許されないのよちゃん。

は……私と恋人同士になってもなお男と二人きりで会うのか?」
「男と二人きりって……相手はアイザック先生だよ?」

 静かに滲ませたロイの怒りはいまいちには届いていない。本当に困っちまうくらい鈍感な奴だ。これから先間違いなくロイはに振り回されるし、手も焼くだろうな。
 元々七人兄弟の一番上ってことで、誰にでも気さくな性格なのはの長所ではあるが、男に対する警戒心が薄いのがロイの悩みの種だった。付き合って早々その悩みが花開いちまうとは、前途多難な奴らだ。

にその気はなくとも、相手がおまえを"そういう目"で見ていないと断言はできんだろう」
「それは私とアイザック先生を侮辱しているととるぞ」

 嫉妬に焦がれた瞳を涼し気に細めて静かに責め立てるロイと、険しい顔をしても可愛いままだがドスの効いた声で凄む
 さすが見目麗しい男女は睨み合っていても絵になるな。

「おまえは私が女と二人で会っていてもかまわんのか」
「ああ、かまわない」
「……っ!!」
「生涯ロイの隣は私だけだし、私の隣もロイだけだ。これから先、ロイが私以外の女を口説いたり抱いたりしていたら、布石を打つために必要な事だと考える」

 それはなりに何があってもロイを信じているという言葉であった。え、こんなんプロポーズじゃね?

「ロイと共に在る女が、そんな些末な事で無様に泣いて縋ると思うな。だから――」

 スープを掬っていたスプーンを持つロイの手に、そっと自分の手を重ねるはにっこり笑った。

「ロイも私を信じて欲しい。たとえアイザック先生が私を"そういう目"で見ていたとしても、私なら大丈夫だって」
「……ロイ、諦めろ。おまえの負けだ」

 ハナっから勝負は見えていた。先に惚れたモン負けとはよく言ったもので、結局のところロイはに弱かった。俺だってに微笑まれたらしょうがねぇなってなっちまう。

「ね、先生と会うのは午前中だけだし、午後からはデートしようよ。それともロイはこんな女とデートはしたくない?」

 いまだ不満げな表情をしながらもロイが小さく「……したい」と呟いた時点で、の勝利は揺るがぬものとなった。ああ、こうして男って調教されていくんだな。
 ロイの事だ、きっとこのままでは終わらない。あのを完璧にエスコートする日には、女好きの遊び人を軽く演じれる位の男にはなっているだろう。
 そう遠くない未来、俺は酒でも飲みながら、この時の出来事をほじくり返してこいつらと笑うんだ。

 ちなみにこの痴話喧嘩のおかげで、ロイとが付き合ったという情報は瞬く間に士官学校中に広まった。






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