もうハタチにもなるオレが中学生なんて相手にしたらそれこそ犯罪者だ、世間のいい笑いモンだ。
所詮ままごとの恋。だってコイツあの素晴らしく凄まじく大バカな利央よりも年下なんだぜ?考えられるか、こんなガキ相手に、恋なんてよ。
かわいくない海に出会えたらよかった
「呂佳さーん!」
「おっままたか・・・、今年受験なんだぞわかってんのか?夏勉強やらねェでどーすんだ」
「だって呂佳さんに会わないと受験勉強も手に付かないんだもん。それにちゃんと真面目に塾に行ってきた後ですー!」
「はあ、お前は性懲りもなく・・・何回言やァわかんだよ、もしオレがお前に手を出したらロリコンなんだぞ、それか犯罪者になっかもな」
「はいはい、手ぇ出しちゃってくださいよ」
「おま・・人の話これっぽっちもきーてねェのな・・・」
はこれ以上ないくらいの満面の笑みでオレの隣でジャガイモの芽を取り始めた。
そういやコイツいつの間にかジャガイモの皮をまともに剥けるようになったな。
ここに通い始めたばっかの頃は出来もしねーのに料理の手伝いしようとすっからこのオレがいちいち教えて、ぎこちない手つきでしょっちゅう指切って手が絆創膏だらけになっていたモンだ。
あの危なっかしい頃なんて当の昔に思えるほど、は見違えて成長して今では何でも皮を剥けるようになったし料理も覚えた。
多分変に負けず嫌いなところがあるこいつのことだから、見えないところで練習でもしたんだろう。
オレはのこういうところは好きだ。言っとくが、妹としての、家族愛的な好き、だ。
最近はお母さん方にしょっちゅうお節介気味な発言を頂いてばっかいる。こっちとしてはいい迷惑だ、が調子に乗るから余計に。
「おやまたかいちゃん」
「ずいぶんと愛されてるねえ仲沢さんは!」
「はい、さんびゃくろくじゅうごにち、は仲沢呂佳を愛してまっす!」
「今時こんな一途な子いないよー、仲沢さん大切にしてやりなよ」
「そうだそうだー!呂佳さんはちゃんに愛が足りないぞーう!」
「うるせェ、手伝うんだったらさっさと手伝え。終わったら送ってってやっから」
「えへへ、はーい!」
そらまた、その気がないのにその気にさせちまう。オレの残酷な気遣いと優しさがを期待させそして同時に傷つけかなしませることになるんだ、いつかきっとしっぺ返しが来る。
人生なんて大抵そんな(損な、とも言える)モンだろう。
「ふー、お母さん方今日も大仕事お疲れ様です!」
「そういえばちゃんももう中三だったね、どこか志望校決まってるのかい?」
「え・・・あ、一応国立の高校を受けようかと・・・まだ、迷い中です、けど・・・」
「すごいじゃないか!うちのバカ息子とは月とスッポンねー!」
「あはは、何言ってるんですか、わたしには何も打ち込めるものなんてないから羨ましいです!!」
オレが食器を洗っている最中、手のあいたお母さんがに話しかけていた。は結構ここの人気者で、暇さえあればお母さん方と話に花を咲かせているくらいだった。
は気遣いのできる奴で、本当に忙しそうな時で自分が邪魔だと感じたら手を出さずに食器の準備くらいで済ませるし、余裕があればベテランの人たちにアドバイスを貰ったりしている。
底抜けに明るいし元気あり過ぎだし、いっつも笑顔だし、声は馬鹿でけーし、ほんとガキだと思うけど、は大人から見れば愛想もいいしきちんと自分をわきまえているし礼儀正しくて、よくできた子に見えるだろう。
実際ははすげェワガママだしオレにべったりの甘えただけどな。
は桐青の中等部に通っていて、そのまま行けば受験っていう受験もしないで桐青の高校にエスカレーター式で進学できるのだが、先生方の強い希望で国立の高校進学を目指していた。
はあまり乗り気ではないが、一応その国立を受けようと勉強は頑張っているらしかった。の両親はあまり学歴重視ではないから、高校もある程度の所を行ってくれればいいと、この間言っていたが。
どちらもの両親から聞いた話で、直接の口からは聞いていない話だ。だからが国立の高校受けるっつーことをオレが知っているのをは知らない。
ちなみにオレとンとこは昔からの家族ぐるみの付き合いで家も近所だった。は一人っ子だったから、昔はよくオレたち兄弟と一緒に遊んでいた。
今だって誕生日やらイベント事などの行事はどちらかの家でやることになっていた。
「、片付け終わったから帰るぞ」
「はーい!お疲れ様でした、さようならー!!」
「ちゃんに仲沢さん、ふたりとも事故には気をつけてね!」
50人分もの量の食事を作り終えて食器も洗って挨拶もし終わり、大学の方にある合宿専用の台所を出て廊下を歩いていた。もう時刻は九時を回ろうとしていた。
真っ暗ではなく群青色くらいの空を見ながらは鼻歌を歌い、そりゃもうスキップしそうなくらい機嫌は良く、手を後ろに組んでスクールバックを肩に下げて歩いていた。
普段は髪をおろしているが、調理中は邪魔だからと言って二つ結びにしていた。オレとも利央とも全然違う細くてうっすら焼けた、でもやっぱりオレたちと比べると白い項がこの生暖かい空気と同調してか否か、誘惑しているように見えた。
がはじめてオレのことを「呂佳兄」から「呂佳さん」と呼ぶようになったことをなぜだか急に思い出した。
それはきっとがオレのことを意識し始めた境目。当時オレは気づかなかった、それはわかりやすくてわかりにくいのオレへのシグナル。
それはがオレのことを一人の男として見始めたっていうことで、それでもオレはをいまだに妹という枠組みから一歩も進めていない。
きっとこれからだってそう、は一生オレにとっての妹だ。だから大事に大事にしてやってるし、に彼氏とかできたらオレの目で見定めてやるつもりだった。
(そのくらいの権利があるくらいオレはの兄貴として大事にしてきたつもりだ)。
だから、オレなんかにだけは恋をして欲しくなかった。せめて利央なら、と何回思ったことか。
「ろーかさん、ぼーっとしてる間に着いたよ。バイク、乗らないの?」
「お前さ、国立の高校受けんだって?」
「え、あ、・・呂佳さん聞いてたんだ。うーんとね、実は迷い中なんだ。あんまり国立とかそんなのわたし興味無いし、できれば呂佳さんの所に行きたいなーって・・・」
がへらりとゆるんだ顔で笑った。
「・・・お前、そんなくだらないことで人生を棒に振るつもりか?」
「くだらないって・・・?」
「オレのことが好きだとかなんだらで決めるなんてバカげてるって言ってんだよ」
「なん、で・・・そんなこと言うの?」
「お前が誤った道を進まないためだ」
「そんな決まりきった言葉なんて欲しくない!さっき言ったことだって冗談じゃないもん、わたしは、勉強だって何だって呂佳さんがいないと何もできる気がしない!」
「せっかくお前は国立に行ける頭があるんだ、それを無駄にするなんてそれこそバカだ」
「っ呂佳さんはなんにもわかってない!もういいっっ!!」
走ったの涙が吹き抜けた風によってオレの頬をかすめた。オレは追いかけない代わりにその涙の冷たさを感じるハメになった。
オレはバカだ。もっといい言い方があったはずなのに感情に任せての希望を潰した挙句、泣かせてしまった。
でも、ああするしかなかった。ああすることでしかを説得できそうもないし、むしろ嫌われた方がオレとしてもとしてもいい傾向だと思う。
オレはいつまでもこのままごとの恋に付き合うことも、ましてやその恋を叶えてやることもできないのだから。
それからすぐに夏休みに入ってとはめっきり会わなくなった。は夏期講習が始まり、オレは大学行ってそのまま合宿所行って最近では寝泊まりは学校でしている。
家には何日かおきに洗濯モンを取りには行くが、はこのところ仲沢家にも顔を出していないらしい。利央の話ではは夏期講習が忙しいらしく、家に帰ってくる時間も利央より遅いらしい。
オレはきちんと勉強に取り組んでいるにホッとした。自分の過ちに気付いて、受験生にとって貴重な夏を無駄にせず勉強に取り組んでいる。元から頭の良い奴だ、不思議なことじゃない。
電話が鳴った。丁度利央も両親もいなかったから、面倒くさいがオレが出るしかなかった。利央がいれば押しつけられたのによ。
「はい仲沢ですが」
「もしもしです。呂佳くんでしょ?なんだか久しぶりねえ」
「お久しぶりですおばさん、どうかしましたか?」
「あ、・・えーと、がね、最近夏期講習に行ってないみたいで、しかもその所為だかわかんないんだけどこの間のテストの成績がくんと落ちちゃってて・・・」
「え・・・?」
「理由聞いても本人は心配しないでって言う始末だし・・・あの子ね、昔から呂佳くんとなんかあると成績が下がるのよ・・・だから丁度よかったわ、呂佳くんが電話に出てくれて」
「あ、いえ・・・それよりは今いますか?」
「いいえ、出かけてるわ・・・もとから朝から夜遅くまで夏期講習あるし・・・」
「そうですか、に会ったらオレがキツく言っておきますんで」
「そうしてくれる?呂佳くんが言うと私が言うよりも効果があるんですもの、ったら昔から呂佳くんに頼ってばっかりなんだから!」
「もう慣れましたよ、のワガママには」
「ごめんなさいね、は呂佳くんのこと大好きだから、めいっぱいキツく言っても大丈夫だから!それじゃ、よろしくお願いね」
「わかりました、おじさんにもよろしく言っておいてください」
ガチャ、と乱暴に受話器を置くとオレは舌打ちをして突進するように玄関に向かって靴をきちんと履かずに、ドアを開けたら靴が脱げそうになったからそれでもう一度靴を整えた。
効率の悪い動きなんつーもんはオレの一番大嫌いな行為なのに、一回で靴をちゃんと履きゃあいいことなのに、二回も靴に手間をかけてしまった(それこそ時間のロスだ)。
オレはよっぽど急いでたのか、その自覚もなしに闇雲に走り出した。もう夜になる。
最近この近所で不審者が出没したっつってたし、そうしたら例外なくは狙われる。
夏期講習に行ってるってことはモロ制服だし、はどちらかというと体つきは華奢だ、恰好の獲物だろう。
がいつも拗ねるか泣くかするところはあの公園だろうが、あの公園は夜になると人通りが少なくなる。
オレはまた舌打ちして我武者羅に走り出した。こんなに走るのはきっと高校以来だ。オレァもう高校球児みてーに必死こいてゲロ吐きそうになるほど走らねーと思ってたのに。
やっぱ体力は少なからず落ちてはいたが、まだそこまで衰えてはいなかった。それに、が行く場所がわかっているから、途方もなく探すことはない。
今更ながら目的地がわかってるんならバイクで走った方がよっぽど早かったと思う。
それなのにこのオレが柄にもなく焦って後先考えずに行動して、若くもねー無い体力を振り絞って汗でびたびたになりながらも走ったのは、きっと、きっと妹としてが心配だったからだ。
「はぁ・・・はっ、いた・・っっ!!!」
「!、呂佳さ・・いたっ!!」
オレはを見つけるとすぐに拳骨を喰らわした。もちろん多少は手加減したがにとってはかなり痛かっただろう、だがこいつは石頭だあまり気にすることではないだろう。
「このバカがっ!!夏期講習は行かない、成績は下がる、こんな暗い中ひとりでほっつき歩いてる、お前ももう15だろ?!ちったぁ考えたらどうなんだ!!」
「っそうだよ、わたしももう15だよ!15歳で大人なんて言わないけど、恋愛対象になるくらいの年齢には成長したよ!?」
「・・・ったく、またその話か・・・何度も言うがお前はオレのことを兄ちゃんだと思ってるだけだ、家族愛なんだよおまえの恋ってのは!!」
「違う!!呂佳さんは、ただあたしを世間っていう決められた世の中でしか見てないんだよ、わたしっていう、っていうひとりの、一個人の女の存在を見てないんだ!」
「お前は恋愛の好きと家族愛をごっちゃにしてるだけだ!!!」
「違う、・・違うよ呂佳さんっ!何度言えばわかるのよ、わたしは、わたしは本当に呂佳さんが好きだし愛して「うるせえ、早く帰るぞ。おばさんが心配してウチに電話よこした」
半分嘘ではんぶんが本当。実際におばさんは電話をよこしたが、きっともっと違うつもりでよこしたのだ。
けれど今のは癇癪を起しているため、この話題を終わらす真っ当な理由が欲しかった。
「なんで呂佳さんはすぐわたしを子ども扱いするの?わたしがまだ15だから?中学生だから?子供っぽいから?」
「そうやってすぐに熱くなって喚き散らせばどうにかなると思っているからだ」
オレはを一瞥して無理矢理手をひっつかんでベンチから立たせて速足で歩きだした。
は引っ張られるようにして歩いていたが、公園から出ようとしたところで手を力任せに離そうとした。気が緩んでいたオレはから手を離してしまった。
バッとを見ると俯いて、また涙を零していた。オレはそこでやっと気づいた。怒りで理性が無くなりかけて、タガが外れそうになったのだ、の言葉にじゃない、自分の言葉に。
「わたし、呂佳さんにだったら何されたっていいもん!!」
「男はキスだってセックスだって好きでもない相手と出来るモンなんだ、女が軽々しくそんなこと言うんじゃねェよ」
「ほんとだよ、呂佳さんとじゃない誰かとなんてわたし絶対できない!呂佳さんに全て捧げる覚悟があるもん!!」
オレはの言葉にカッとキて、その辺の塀にまでを引っ張って両手を押しつけた。の足の間にオレの片足を割り込ませる。
は心底吃驚したような顔をして目を見開いて呆然としていたが、オレは構わずそのまま勢いに任せて噛みつくようにキスした。
キスされるのが初めて(なハズ)のの口は緩く開いていて、オレは無遠慮にも舌を押し込めた。
「ん、ぅ、・・っふ」
目をギュッと瞑り、そのうち息苦しそうな声を出してきた。力を込め過ぎて震える手を見てオレはもう限界だな、と思い口を離した。
は名残惜しげに舌をゆったりと引っ込めて唾液でべしょべしょになって、「は、・・ぁ」と切なげに眉をよせて熱のこもった吐息をもらし、はとろんとした目でどうしていいか分からないような、まだ子供の純粋な部分がちらちら点滅している瞳でオレを上目遣いで見つめた。
コイツはきっと無意識なんだろうな(にこういう女の駆け引きなんて出来そうもないしな)、オレは不覚にもどきっとしてしまった。でも少なからずこのキスのおかげと言ってはなんだが理性を取り戻しつつあった。
もう中坊でもヤりたい盛りのコーコーセーっつーわけでもねーんだ、キス一つで勃起することはなかった。
そのままオレはの手を放そうとしたが、にある程度男っつーモンを教えといてやんねェとこれから先が思いやられるから、最後までヤるつもりなんてハナっからねーけどキスより少し先まで進めることにした。
「呂佳、さん・・・?」
はまだ夢見心地な声で、為すがままにされていた。
オレはのセーラーに手をかけてボタンを首筋が剥き出しになるまでに外した。
その病的に蒼白な首筋に唇を這わせてひと舐めすると、は敏感に反応を示した。ひゅっと息をのむようにして、けれど声を出すまでには至らなかった。
はきっといっぱいいっぱいになっているんだろうが、オレは頭ン中で冷静さを保っていてどこまでしようか考えていた。
多分オレは最低なことをやっているんだと思う。その気がないのにを煽って中坊相手にここまですることなかったと今更ながら自分の浅はかさに後悔した。
突拍子のないことはいつだって自分の首を絞めることになり得るのだ。そのことを今までの人生で学んだつもりだったのだが、所詮に子供だ子供だと言っておきながら自分だって成熟した大人ではないということだ。
オレは緊張して背筋がピンとしているの背中の服の隙間から手を突っ込んで無造作にブラのホックを外した。
そこでやっとは正気に戻ったみたいでやっと初めて抵抗し出した。
「やっ?!・・ろ、かさっ・・・!」
「どうした、オレにだったら何されてもいんだろ?」
「っっ!!!」
はどんどん行為を進めるオレにやっと本気で震え出した。クスリが効いてきた頃合いを見計らってオレはそろそろと手を離した。
ずるずるとはそのまま座り込んでまだからだを震わしていた。
「、これに懲りて二度と滅多なことは言うんじゃねェぞ。男は狼なんだ、魔が差す時なんていくらでもある。おら、服さっさと整えて家に帰ンぞ」
オレがぽん、と手をの頭に乗せると過敏に肩をビクつかせた。オレは気にせずの頭をとてもじゃないが優しさのかけらもないくらいに、ぐしゃぐしゃと撫でた。頭ン中を掻き乱すように。
これはガキン頃からのオレの癖で、昔を泣かしてしまった時もこうやって今よか全然ちいせー手で泣きじゃくって俯いているの頭を乱暴に撫でた覚えがある。
そうすると、は鼻水だか涙だか分らねェ、むしろもう全部ごちゃまぜにした、不細工なひでー顔のまま大口開けっ広げて笑った。
今はもうの頭を包めるくらいにでけー手になった。は更に日に日にこぢんまりと小さく縮んでいってる気がした。
利央もまだまだガタイは細身だけど背はあるし、オレは背もガタイも良くなった所為で、が弱弱しく見えた。
オレが守らなければコイツはいつの間にか小さくなって消えちまいそうで、いつもを見るたびに不安になった。
最近のオレはを泣かせてばっかで、自己嫌悪に陥る(何やってんだよオレ)。
受験生受験生ってうるさく言っていたクセして、その受験生を情緒不安定にさせて、最悪だな、年上として保護者として兄貴として失格だ。
はオレと少し距離をとって無言で歩き、オレもまた無言で、消えてしまいそうなをちらちらと気にしながら歩いていた。
これでよかったのだ、オレとにはこのくらいの距離があった方が逆によかったのだ。
7月から8月に入った。
あれ以来は勉強に打ち込むようになったらしい(つい先日おばさんから電話があってそう聞いた)。
明日はついに高校の夏休み最終日(この日は決まって学生らは地獄絵図となる)で、大学はあと一ヶ月くらい休みが続く。
さすがに奴らも宿題の追い込みに入ってるから明日くらいは休みにした。進級できねーと困るしな。
夕飯の準備の時間になるといっつも手伝いに来てたが最近ぱったり来なくなって、お母さん方が寂しそうにしている。
しまいには「仲沢さんが冷たくし過ぎるからちゃんが愛想尽かしちまったんだよ!」だの「女っちゅーもんは愛するより、愛してくれる男んとこに行くもんよ」だの言う始末だ。
オレが受験勉強で忙しいっつっても聞いちゃいねェ。女ってのはこうも人の話気かねーモンなのか。
オレは深く深くため息を吐きながら、むあむあする熱気と湿気を拷問みたいに浴びながら廊下をひとりで歩いていた。
確かにオレの周りは静かだし、隣にウルセーちんちくりんはいねェ。オレは妙に長く感じる廊下を歩いて更なる熱気と湿気が待ち受ける外へと向かった。
バイクを玄関脇に止め、暑っ苦しいヘルメットを取ってズボンのポケットからケータイを取り出した。時間を確認しようとしたらタイミングよく誰かからの着信が鳴った。
おいおい、今更学校に呼び出すのは勘弁だぜもしそうだったら一発殴って・・・、とか思ってケータイを開くと着信はからだった。
しかも電話(普段からバイブだから電話とメールの区別がつかないのだ)。
「おいこんな時間におま「呂佳さん!海、海行こう!!!」
「ああ?!ちょ、おま、落ち着け、今何時だと「何時ってもう少しで12時?」
ことごとくオレの言葉を遮っては意気揚々と早口にオレの質問に答え続ける。高揚した気持ちを抑えられないって声だ。
の声のうしろから、バタンと扉を閉めてドタドタと騒がしく階段を降りる音がして、少し静かになったと思ったら(靴でも履いてんのか?)ガチャ、と玄関の扉が開く音がした。
オレが後ろを向くと(オレが後ろを向けばすぐン家の玄関が見える)ダボッとした黄色の袖無しのパーカーにデニムのショートパンツとショッキングピンクのスニーカーを履いた姿のがいた。
オレの姿を捉えその視線に気づくと、勝手にケータイを切ってまたあの満面の嬉々とした笑みを携えて小走りにオレの方に近寄ってきた。
「呂佳さん!ささっ、善は急げですよ!!いざ海へゴー!!!」
「おい、!!」
「・・・お願い、きっとわたしの最後のワガママだから・・・!」
そう呟くはさっきとは打って変わって真剣だった。
そのの眼差しに負けて(こういうはきっと梃子でも動かせない、こいつ頑固者なんだよな)、がヘルメットを被ってオレの背中にしっかりと掴まったのを確認して、オレは再度バイクのエンジンを入れた。
途中ガソリンスタンドに寄って給油し、またひたすら走った。海に着くころにはもう夜明けくらいになるだろう。
だいたい埼玉県には海がないってのに海行きてェって、どう考えたって嫌がらせとしか思えねェ。
は考え無しに行動する時があるが、ここまで唐突なのも珍しかった。
根本的な物事の善し悪しは他の同年代の奴よりかは判断できるし、本当に叶わなそうな頼み事は言う前に自分の中で蒸発させてしまう。
多少業突く張りなとこだってあるが、滅多にそういう一面は見せない。
夏休み最後だからと言って特別何かをする奴でもない、は一体何が目的でオレをここまで連れ出したんだろうか。
それも海に行けば分かるってか、せっかく一日中の休みだったのに。まあ、のために消えるのもそれはそれでいいか、こいつも頑張って夏休み中勉強してたしな。
「おら、着いたぞ」
「うっわー!海だ海だー!」
はすぐさまヘルメットを脱いで、身を投げ出す勢いで海に向かって走り出した。
やれやれとオレはヘルメットを脱ぎ、バイクから降りてのんびりと海の方へと、の方へと向かった。
「呂佳さん、ありがと!どうしても夏休み最終日は呂佳さんと過ごしたかったの」
「はー・・・別に、お前ずいぶん勉強頑張ってたしな」
「もー何さそのため息はー・・・あっと、・・はいっ、これ呂佳さんにサプライズプレゼント!」
「なんだこの紙切れ・・・?」
はポケットからごそごそと紙切れを取り出し、あの底抜けに明るい、太陽だろうが向日葵だろうがの前では暗く翳って見える程の笑顔で渡された。
オレは半ば呆れながら(のテンションについていく若さがねェからな)紙を開いていくと、この紙はのテスト結果らしかった。
第一志望はあの国立ンとこで、偏差値は前回よか10くらい上がっている。紙から顔を上げての方をバッと見た。
はオレの予想通りの反応に満足げににんまり笑って口を開いた。
「わたしね、呂佳さん会わない間ずーっといろいろ言われたこと考えてたの。でもやっぱり呂佳さんが好きなことは変わらない。きっとこれからもずっと。
わたし、呂佳さんをただの初恋で終わらす気なんてさらさらないから。でもね、わたし自分の可能性を試すことにしたの。呂佳さんのことも、勉強も。
前回のテスト、呂佳さんと喧嘩したからほんとに調子でなかったし、まあ勉強もあんまりしなかったし自業自得といえばそうなんだけど・・・それで、予想通り成績は下がっちゃった。
原因はもう明確に呂佳さんだってわかってた。でね、ひとつ気づいたの。わたしは呂佳さんの隣にいたいのに、対等に見てもらいたいのに
これじゃ呂佳さんに支えてもらってるだけじゃん、って。呂佳さんに頼ってばっかで、自分がまだまだ子供なんだって痛感した。
だから、今回ひとりで頑張ってみたの。わたしは呂佳さんを支えられるくらい、そんくらい強いんだー!!って。
そうやってやっと呂佳さんと同じラインに立てるんじゃないか、ってそう思ったの」
よっ、という掛け声とともには岩場を登り出した。オレもつられてに続く。
危なげにバランスをとりながらはオレが何か言う前にまた喋り出した。それもあの持ち前のでけー声で。喋った、というより叫んだに近いくらいの声量だった。
「ねーえ、知ってたー?この海でわたし一回呂佳さんにプロポーズした時あるんだよー?」
「・・・・・・・・・・・・あ?」
「呂佳さんにとっては冗談だったかもしれないから覚えてないかもだけど、わたしにとっては一世一代の大告白だったのよ、でも見事に玉砕。
やっぱちっちゃい頃は真実味がなかったみたい。それこそ兄妹みたいな関係だったし」
くるっとオレの方を向いて、オレの手からテスト結果をするりと風のごとく抜き取った。
そしてはオレに背を向けて自分のテスト結果をびりびりにちぎって風に任せて海に放り投げて、オレを真っ直ぐ見つめてまた叫ぶ。
やんわりとした風がの髪をぱらぱらとあちこちに統一性のない方向へと弄んだ。肩まで伸びた髪がどのくらいの年月が過ぎたのかをあらわしていた。
が中三に上がる時に近所の小学生のガキにガムをくっつけられ、腰まで伸びていた髪をバッサリと切ったのだ。(もちろんそのあとそのガキにはオレからきっちりお仕置きをしたが)
周りが(おばさんとか利央とか)不器用だったから、いくらか器用なオレがの髪を切ったんだ。あれから春が過ぎて夏が来たのだ。
「だから、これは願掛けっ!」
「・・・何を掛けんだ?」
「わたくしは、国立の志望校に合格したら、仲沢呂佳を恋人にできますように!っていうね」
「ちんくしゃのにオレがオトせるかよ」
「そんなこと言えなくしてやるんだから!ぜーったい惚れさせてやるー!呂佳さんこそ首洗って待ってろよ!」
「そりゃ無理だな、だって昔からお前オレにべた惚れじゃねェか」
「(わたしが国立に受かることには何にも言わないんだ。ねえ、呂佳さん、それはまだわたしに希望があるって考えていいの?)」
オレはのおままごとに付き合う趣味は甚だねェが、オレはの可能性ってやつを信じてみたいと思った。
今だってを恋愛対象に見れないが、これからを信じて遠くを見遣るを見て、耳に髪を掛けて朝日に目を細めてちいさく笑うを見て、オレはの願掛けにもうしばらく付き合うことにした。
海の向こう側の太陽にオレはこれからもを守り続けることを誓い、がかなしまないためにもオレじゃない誰かを好きになってくれることを祈った。
月に願うよかいいだろ、月を見ると人間はどうしても悲観的に物事を考えちまうから、それよりかはに似たあの真夏の太陽に願った方が叶えてくれそうなモンだ。
夏が終わる。季節が変わろうとしている。けれど太陽はまだ取り残されたようにギラギラに真夏を感じさせやがる。
隣で笑うを見て、なんだってオレなんだろうと考えた。けれど自分の中でいくら考えても決まった答えしか出てこないから意味がなかった。
きっと今のにとってオレの存在は絶対だと自負しているが、はよくオレに対する気持ちを理解しているようで理解していないだろう。
こいつはいくら頭が良くても中坊なんだから。の言葉はいくつかグサグサくるモンもあった。
だからと言ってオレは中坊を恋愛対象として見る、という意識は芽生えない。
でも、いつまでもこの笑顔を守りたいというのは、もう既に意識の芽生えなんだろうか。(それならばオレはもうとっくに、)
見つめる先はいつだって、決まってオレなんだよな、お前は。
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