蜜雨

人間ってきたないもんだから、自分は悪いことをやってるってのに自分のことを棚に上げてあっちの人間の方がもっと酷いことやってるだろっていい加減なことを言って罪から逃れるのだ。 どうせ最終的に苦しむのは自分なのに、自業自得って言ったらそれまでだ、救済の余地なし。 隣人愛だとか無償の愛だとか、さすがに愛愛愛愛愛愛愛愛愛言ってる偉大なメシア様様がたとえあと三日後に復活して此の世に君臨したとしても、そんな腐ったニートなのかヒッキーなのかはっきりわからないまるでマージナルマンのような人間を果たして救ってくれるだろうか。 ああ、そんなのは人間である前ではなく後の、肩書とか名声とか人種とかの問題だから神には関係ないってか? オレはそんな曖昧なの好きでもないし、偶像に縋って甲斐甲斐しくも崇めたりする趣味もない。だって信じられない。じっとしてるだけであとは神に任せておけばなんでも願いが叶うって? 神は人間を新しく一から創り直すことからするべきだとオレは思う。

世界すら、新しく創って欲しかった。けれど神をオレは真実だと思わないし、リアリストのオレはきっと報われずにこの世界と人間の中で生きるのだろう。 だがオレたち人間にとって今のこの世界の理は決してやさしくはなかった。(だから神とか何だとか言いたくないんだオレは)



「こんばんは、あなた誰?」

信じられるか?オレの目の前に学校のプールの霊(?)がいるんだぜ、しかも女の。



「そう、泉孝介と云うのですか、わたしはと申します。幽霊って言ったら、驚きます?」
「ゆー、れい・・・?」

何オレは平然としゃべってんだよ、ふつー頭おかしいとか思うだろ自分のこと幽霊とか言ってんだぜ。 オレはキッと睨むようにして(という名の女の幽霊)を観察すると、ほんとに何の変哲もないおっとりとした感じの顔つきだった。 女子高生ってのはどうしても華美な感じに見えるのだが、は全然そんなのを感じさせなかった。ちょっとどんくさそうな、そんな田舎くささすらあった。 ある程度容姿は整っていはいるが、そこまでではなかった。平凡、と一言で片せられるくらいだ。 でもをきれいだと思ったのはきっとその動作、仕種の一つ一つが洗練されていてとても丁寧で流れるような、全然見苦しさを感じさせない一瞬の隙もないようなものだったからかもしれない。 上品そうに少し伏せ気味なの瞳には何の光も映っていないように見えた。いや、実際そうなのだろう、に希望なんかとてもじゃないが感じられない。 にっこりと笑顔なのにどこか儚げなのはやっぱりこいつが幽霊とやらだからだろうか。

「・・・泉さん?」
「・・・ああまあ、夏だからな、こういう体験することもあるんだろ・・・」

オレは一人ゴチた。沙羅はやはり不思議そうにしていた。ああ、やっぱり鈍いなこいつ。

「あの、逃げないんですかこわくないんですか?」
「こんなボケた顔の幽霊見たってなんもこわくねーよ」
「だってわたし透けてますし浮いていますし」
「そうじゃなかったらまあふつうの人間だと思ったなオレは」

そう、が透けてたり浮いていなかったりしたらオレはこいつをほんとに頭おかしい人間として見ただろうが、実際に触ろうとしても触れないしふよふよと不安定に浮いてるし、時々動くたびにかすれるしところどころもやがかかったように消えるし。 まあ、十中八九は幽霊なんだろうな、とオレは確信していた。

「あのー、それで泉さんに折り入ってお願いがあるのですが、夏の間だけわたしの話し相手になってくれませんか?」
「は?」
「わたしを見てもこわがりませんし・・・ていうかわたしのこと見えるのって多分泉さんしか」
「んな馬鹿な「おーい、泉おせーぞー、水着あったかー?」
「おー、浜田今行くー!・・・・・・確かにオレしか見えてねーみてえだな」
「お暇な時でいいですから!・・・あ、でも夜しかわたし出てくることができないのでご迷惑ですよね・・・」
「いや、部活はいっつも夜遅くまでやってっからいいけどよ。ちょうど今夏休みだし」
「ほんとですか!?じゃあ、明日会えますか?」
「まあ、多分・・・」
「それではゆびきりげんまんしましょ!」
「はぁ?」

オレが反論する前には勝手にオレの手を取ってゆびきりげんまんをした。おいおいもうそんなことする歳じゃねーぞオレら。 がよし、と満足げに手を離し「それではまた明日の夜に会いましょう!」とオレを送り出して、腕がはちきれんじゃねーかと思うくらいに手を振った。 オレはそのバカっぽい(頭に花生えてそーだもんなこいつ。おめでたいやつだ)真っ直ぐなの仕種に苦笑をもらして浜田ンとこに行った。

「泉、どーしたんだよんな嬉しそうな顔して」
「別に」



オレは午前中からの部活を終えて、浜田たちには先に帰ってもらって夜のプールへと行った。 ドサッと野球道具が入った重てー荷物を置いてきょろきょろとあたりを見回すがはいない。 しょうがないから呼ぶことにした。言っておくがオレはまったくもって正常な人間だ。

「おーい、、来てやったぞー」
「泉さんっ、お待ちしておりました!」
「ばっおま!、背後から出てくるなよ!!」
「あはは、すみません一応幽霊なので驚かせてみようかと」

こわいっつーか、こいつはマジで幽霊だから背後にいきなり現われるとなんとなく背中に寒気が走るのだ。と、今知った。

「てかお前さ、その泉さんてやめろよ。なんかきもちわりー」
「そーですか?では・・うーん、孝介くんで!」
「・・・まあいいけどよ・・・」

こいつは顔だけでなく性格まで天然のぽけぽけの奴なんだな、と思った。まあ、見た目通りの奴だ。でもこいつはどこかで翳りを持っていて、きっと人間を無意識だかわからないがおそれている。 最初に会った時のは生気がなく冷酷な目でオレを上から見下していた。きっとオレのことを自分のテリトリーから追い出そうとしたのだろう。 でもオレの反応が(多分)ふつーの奴と違っていたおかげで、オレは今とこうやってしゃべっているのだ。と思う。あくまでオレの勝手な推測だ。

「あと敬語もやめろよ」
「むう、孝介くんはまるで宮沢賢治の注文の多い料理店の山猫みたいだね」
「だれが山猫だ!」



オレは最近の夜はだいたいとしゃべっていた。別にやましいことなんてこれっぽちもしてないし、する気もハナっからねーし、そんな雰囲気にすらならない。 別に期待していないし(つか触れねーし)、には犯しがたい潔癖染みたとこがあったような気がする。

部活が午前だけの時はがオレが来るのを断った。 が言うにはそこまでオレの生活に干渉してはいけないし、休む時に休んでおいて欲しいのだと言っていた。 なんだかいつものと違う、真剣なまなざしと芯の通った声に圧倒されてオレはついつられて「お、おう」と言っていた。マジック・・・?(まてまてオレは断じて正常だぞ!) 多分、すげーギャップがあったのにただビクついただけだと思う。 絶対こいつ押しに弱くてお人好しで、セールスなんかに会ったら立ち話もなんですからとか言って茶の間まで招いてあまつさえ座布団出して「今お茶とお菓子準備しますから。あ、それともコーヒーの方がいいですか?」とか言うんだぜ。 うわ、マジでやりそうだ!はこいつは疑うことをしらねーのかって思うくらい、子供みてーな突拍子のない純粋無垢なこと訊いてくるかと思ったら、急に真摯な態度になる時があった。 わけわかんねー。女だからか?それともこいつだからか?(多分こいつだからなんだろうな)

浜田たちがオレが毎度毎度そそくさと誰よりも早く帰るのを見て首を傾げていたが、オレは適当に流していた。 オレはいつのまにかこいつに興味を持っていた。まあ、幽霊だし当たり前か?人生でこんな経験してる奴なんてごく稀だと思うし(俗に言うマーフィーの法則ってやつか?リアリストの目の前に今非現実な奴がいるんだぜ?笑っちまう)

はおもしれーし、いままでこんな女見たときねーし、少なからずの占めるオレの感情の中に好意もあったのだろう。でもそれはまだ今のオレにはよくわからなかった。 もしかしたらわかろうとしなかったのかもしれない。だっては、

「こーすけくん、わたしもうじきね、帰るの。多分きっと近いうちに」
「え」
「孝介くんに会えてよかった。わたし、孝介くんのおかげでさびしくなんかなかった」

やめろよ、そんな最後のお別れみたいな言葉。ありきたり過ぎてオレは、(泣きそうだった)。直球勝負みたいに、ごたごたした感情が無いらしいセリフだった。 ありがとうと言ったの顔がいまだに焼き付いている。それはとてもとてもきれいだった。



別れは突然だった。でもどこかでオレは悟っていた。元からこの世界にいないとずっといられるわけなかった。 リアリストのオレはどこかでの存在を否定していたんだと思う。 それはきっと裏切りというやつかもしれない。でもそうでなければオレは一生に執着し続けていただろう。 「ずっと」「一生」、リアリストのオレが好まない言葉。だって、非現実過ぎるだろ?

その日は雨だった。

オレはユニフォームのまま走って走って(他の奴らがオレをなんだなんだと次々に見るが、気にせず狂ったように走る。オレはやっぱり頭おかしいのか?雨ン中を泥だらけになりながらまだ走っていた)、そしてプールに着いた。

は泣いていた。雨の音がぶつかり合ってをかき消そうとしている(やめろやめろやめろ!)。

っ!!」
「こ、・・す、けくん・・・っ」

はきっとこわかったんだと思う。自分の存在が。この世に否定された自分の存在が。 今だっては雨に打たれていない、けれどオレは現在進行形で撃たれているのだ、とオレを差別している雨に。 オレはリアリストだがこればっかりは、生と死ばっかりは否定したくなった。その前に幽霊を否定すればいいのに、オレにはそれができなかった。 人間の情と名付けてしまえばそれはずいぶんと下等なものになり下がってしまいそうで、オレはそれを絶対に認めなくなかった。

オレとを隔てるものそれは生/死?精神/魂?肉体/無?なのだろうか。

「やっぱり此の世は嫌いだしつらいし、一分一秒でも早く消えてしまいたいけど、孝介くんだけは違かったよ、孝介くんだけが唯一無二のわたしの信じられる世界だったよ」
の存在なんて現実離れしてっけど、そのなみだはのだ、のだから、ちゃんとここに在るなみだだから。オレはを無にしたくねーけどそれはやっぱりとても非現実的過ぎんだ。 けど、オレはを否定したくねー、・・・それこそファンタジーだけど・・・」
「孝介くん、あなたは間違ってなんかいない。わたしたちは似て非なるもの。此の世の切実な理がわたしたちを真実にするんだよ」
、お前の望む世界はなんでそんなきれいなんだよ、バカかお前!(真実が信じられないことだってあんだよ!)」
「ごめんこーすけくん、・・・そしてさよなら。わたしの、・・・すきだったひと」

の触れたところはやはりなんの感触もあたたかさもなかった。オレは独りだった。ずっとずっとオレはこの夏、ひとりだった。






盆までにはかえります
(おれのあいしたひとのさいごのくちづけはあめにとけてしまった。)






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