夜、午前1時32分、帰宅。
「ずいぶん遅かったなー」
彼はまるで非現実な空間に足を向けているように、ソファにねっころがっていた。ぶらぶらと足を泳がせ、無重力の海に足をがっぽがっぽと出入りを繰り返していた。
もちろんそれは上司の嫌味のひとつやふたつ我慢して、残業を終えて、眠くて、化粧っ気なんてミジンコの欠片もないくらいの、見窄らしくもある情けない姿をしたあたしのくだらない比喩表現である。
ところがそんなあたしにも彼氏の一人や二人、こほん、いえいえ、たったひとり、の彼氏くらいいるんです。
二十歳を過ぎた女でも、たとえ近所の子供に化粧の濃いおばさん扱いされても、これまたびっくり、恋人という青臭い存在は世に、今まさにわたしの目の前にいるのです。
実は地球は丸い形をしていなくって、丸く見えたのはただはりぼてだったっていうくらい、衝撃的で情熱みたいにあつくびっくりする程度であります。
武はオォプンにわたしに迫ってまいりました。彼はいつだってアッチに対してとても好意を抱いているようで、まあ雄という生き物は大抵単純でありますからそうなのでしょうけど。
とりあえず正直言って、迷惑でも何者でもないくらい、まあつまり、いまのあたしはやさぐれてるってわけです。
なんで、って言われると、理由は不明瞭でした。でも武は真実と事実と理屈が好きな男であることは、ここ数年の会話の履歴を頭の中に流せばこれまた簡単にわかることです。
「やめて頂戴」
手を伸ばす先に自分の乳房があることに抜け目無く気付き、努めて冷淡にぴしゃりと武を嗜めると、案の定ぶすくれた顔をして、嘆きだしたらすこしだけ、年齢の差というものを感じ、経験不足を感じました。
「嗚呼、かわいそうなオレ。きっとこのままエロ本目の前にしてマスタァベィションして、お前の顔を泪ながら浮かべてイって、それから―――「武、いつからそんなお下劣キャラになったのよ」
「お前に遭ってから?」「遭ってから?」「そう、遭ったから」かっちりとした折り目正しそうなスーツをハンガーにかけて、ストッキングをするすると脱いでいって、武の「やっぱ誘ってんじゃねーかよ」という声を無視していました。
「盛ってんじゃないわよ、青少年」なんて大人の余裕をぶっかましてみましたが、所詮仮初のものであまり自分に大人の余裕とか大人の女の魅力とか、そういうアダルティで大層なモンをわたしは身につけていなかったのです。
ぴん、とデコピンをしてあげれば武はまた苦虫を潰したときのように渋い顔をしてなにも言わずに、あたしのからだを抱きしめたのです。
消えたセヴンスター
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