存外コンクリートの上での死は残酷なものである。もし液状の魂というものがあるならば染み込まずに永遠とこの世に残る。
永遠とはこれまた残酷なもので、世が移り変わりながら自分は不変なのでそのうち永遠を苦に感じてしまうのだ。大抵の人間は不変に安堵しつつも変化を望んでしまう。
それが人間というものの理。世の定め。我らは地に足をつけている限りこの世とくっついていなければならないし、今じゃ土の上ではなくコンクリートの上で死ぬことも多い。
人工物と人間は切っても切れぬのだ。だからそれはしょうがないこと、救いようのないこと。
いきなり中学の時のクラスメートに会った。何年振りだろう、もう年数が二桁になるんじゃなかろうか。そのぐらい、会っていなかった。
だいたいにして彼と私には見えない溝があった。人間って本能で自分が選ばれた人間か選ばれていない人間かってのがわかるのよ。
生まれる前からそれは決まっていて、ある程度成熟してくると悟るのよ、自分はこうなんだって。
とにかく人間の二つのカテゴリーの中で、わたしは選ばれていない人間に属していた。
逆に彼は選ばれた人間であった。わたしはなんとかその選ばれた人間とやらになりたくて今ここにいる。
「その結果がこれか・・・。わたしはてっきり山本武は野球選手になってメジャー行ってお金いっぱい稼いでギネスに載ったりなんかして有名になってるかと思ってたよ」
「ははっ、オレはオレだよ。野球だけがオレの存在意義じゃなかったってわけさ。逆に言えば野球だけじゃオレの存在意義が確立されなかったんだよ」
「あなたに存在意義なんて必要ない。だってあなたは選ばれた人間だもの」
「あなたなんて他人行儀な言い方やめろよ。オレとが赤の他人みたいじゃないか」
「ただの元クラスメートでしょ」
「それでも赤の他人じゃないじゃねーか」
「・・・・・・・・・・・・」
どれくらいか経った。わたしと山本武は構えもせずただ向き合って目を合わせているだけだった。
それでも武器を捨てずにわたしは銃を持っていた。山本武は、何も持たず手ぶら状態でポケットに手を突っ込んでいただけだった。
場所は深い森の奥、下はぬかるんでいて土が泥状になっていた。足場は非常に悪い。
山本武と会ったのは不可抗力だった。わたしは任務が終わって帰るとこで、山本武もどこかへ行く途中だった。
こんな辺境の森に人の気配があったから武器を持って構えたら昔のクラスメートと再会ってわけ。
「・・・山本武、わたしはこの世界の人間は選ばれた人間と選ばていない人間で分けられていると思うの」
「・・・うん、だから?」
「あなたは前者、わたしは後者。だからはじめから会っていて合っていなかったのよ」
「うん、だから?」
「だから、この時間をなかったことにしてわたしたちはこのまま別れましょう。そして忘れましょう。ちょうど目指している場所が逆方向のようだし」
「さっき言ったよな?この世には選ばれた人間と選ばていない人間がいるって。それだったら、選ぶ人間も必然と出てくるんじゃねーか?」
「だから、生まれる前からそれは決まっていて、そのうち自分はこっちの人間なんだって本能的に悟るのよ。だから選ぶも何もないと思うわ。
しいて言うなら世界が選ぶんじゃないの?あいにく偶像類はわたし、信じていないのよ」
「じゃあお前が言う選ばれた人間に分類されつつオレは選ぶ人間にもなるよ。だからを選ぶ」
「・・・あなた言ってることが支離滅裂よ。意味が分からない。いきなりなんでそういう話の展開になるわけ?」
「でもオレ国語だけは3だったぜ。漢字も割と好きだし」
「キチガイもいいとこね。あなたもそういうとこ、あったのね」
「人間だからな」
「選ばれた、ね」
わたしは山本武から目を逸らしてその横をすり抜けていった。歩くたびにぴったりと泥が張り付いてきて少し動きが鈍くなってしまっている。
雨が本格的に降ってきた。山本武と話していて少し経ったとこに急に降ってきたのだ。当然余計な荷物の雨具なんか無くって、前髪から滴がつたっていって目に入った。
目をこすりながら歩く。山本武の姿は雨と林で見えなくなっていた。何も考えずにただぼーっと足を動かしていたらポケットでバイブが鳴ってるのに気づいた。
「おかえり」
「・・・山本、武・・・」
「どうだ?運命ってやつを信じるか?」
「信じられない・・・あなたが、敵だなんてね」
「だからオレはお前を選ぶ。殺したくも憎みあいたくもないから。オレはことアッチに関しては甘いんだ。やさしくやさしくしたいんだ。
そんで、愛し合いたい。キスもセックスもとろけるくらい甘くないとだめなんだ。血なまぐさい愛はあいにく趣味じゃねーんだ、ことアッチに関しては」
「そんなこと聞いてない」
「意外と純情なのか?。中学生でも平気で口にするぞセック「そんなことじゃない!・・・だから、あなたは選ばれた人間でわたしは選ばれなかった人間なのよ。決して結ばれない」
「だからオレが選ぶ人間だって言ってんだろ。つーかそんなこと関係ないしオレはのその自論は間違っていると思う」
わたしはまたこの場所に戻ってきた。山本武がいるから。敵がいるから。
息が上がってる。走ってきたからだ。山本武ははじめからわかっていたようで、わたしが姿を現しても驚いた様子もかといって喜んだ様子もなかった。
この世であってこの世でないものを見つめるような虚ろさ漂う流し目でわたしを見て口を開くのだ。
わたしは困惑したけどまったく意識もせず喋っていた。無意味で無価値で無感情な言葉の羅列が浮かんでは吐き出され浮かんでは吐き出されていた。自動的に。
だからとてもじゃないが記憶になんて残っていなかった。それでも山本武の言葉は聞こえていて、そのうえ理解しつつきっちりと記憶して言葉を返すという当たり前の、ある程度かみあった会話を繰り広げていた。
まともな言葉じゃなかったと思うからまともな会話ができていたとは思わないけど。
「あなたのすべてをわたしは奪う。きっと戦争なんてくだらないものはこれまたくだらない人間たちの、選ばれた人間とそうでない人間の醜い争いだったのよ」
「オレはのそういう悲観的なヒロインっぽいとこ、好きだぞ。味気ないただ美しいだけの女じゃなくてきたない女の方がオレは好きなんだ」
「あたしは甘くないわよ」
「だからいいんだ、オレはそういう女を甘くてやさしい海に包んであげたいからな。お、いまオレ詩人っぽくなかったか?」
「安いきれいごとなんていくらでも言えるわ」
「なんだよオレに対してずいぶんと否定的じゃねーか。雨だから機嫌が悪いのか?びしょ濡れだぞ。美女がびじょびじょ、なんつってな」
「あなたが敵だからよ山本武」
「物騒だな。敵である前に人間だろ、冗談ぐらい付き合ってくれよ」
そう言って山本武は実にきれいに嗤った。
うつくしい獣が食べる甘い心臓
「だからこの世界は嫌い。すべてに名前があってすべてが同じじゃなくて分けられているから」
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