「アイツほんっとありえない!」 金曜日の夕方、週末の休みを控えたファーストフード店には大勢の学生がたむろしている。そんなざわめきの中で、あまり衛生的ともいえなさそうなテーブルに紙コップを叩きつけてうめいたのは、他でもない、私である。 向かいの席に腰掛けて優雅にポテトを食べているのは私の親友、小南桐絵。 彼女はみじめったらしく顔を歪めて愚痴をこぼしまくる私を見て、ふふんとお得意の綺麗でえらそうな笑みを浮かべていた。 「だから私は、あいつはオススメしないって言ったでしょ」 「……言ったっけ」 「言ったわよ」 得意げな顔で、私にろくな同情もせずに言い放つ彼女は、それでも私を見捨てずに小一時間付き合ってくれている。 彼女は学校ではいくらかお淑やかを装っているが、正直その仮面はあまり上手ではないので、今みたいに放課後の、本心100パーセントの顔の方が私は好きだ。本心100パーセントでも付き合いがいいというのが彼女の美徳の一つだと思う。そういうところが私は彼女といて居心地がいい理由の一つでもある。 「アイツ、顔だけの奴よ」 「今となってはそう思う……」 ズズっとストローで炭酸の抜けたジュースを飲む。時間の経ってジュースはぬるいし、氷も解けて薄いし美味しくはない。同じく時間が経って美味しくないだろうポテトを、指示棒代わりにびしりと私に向けて、桐絵はお決まりの台詞を言う。 「は趣味が悪いの!」 「分かってるの〜分かってるんだけど〜」 「分かってないわよ」 ぐずぐずと紙コップの淵に額をつけんばかりに項垂れても、桐絵は甘い言葉はかけない。彼女は甘っちょろい嘘はつかないから。 前言を一部撤回しよう。本心100パーセントは、好きだけど時々辛辣すぎにも感じる。 「大体ね、誰だっけ、あの隣のクラスの、似合わないパーマかけて似合わない厚化粧してる子」 「うん……」 「よりあの子の方が女子らしくっていいだなんて、そんなアホな奴、ちょっとでもいいと思ったなんて信じられないわよ」 「……そうだよね!」 「そうよ、やっぱり見る目ないわ」 「だよね!」 「ソイツも、も」 「……はい」 こちらを全面的にフォローしてくれるのかと思いきや、やはりそこまで甘い女ではない。桐絵はあの綺麗な目を私にじっと向けて、ふわっと笑った。 「いいんじゃない? もっとに似合う人がいるわよ」 「ありがとう……」 桐絵は嘘をつかない。 だから、本気でそう思ってくれているのだ。内心、照れて照れて。ありがとうくらいしか言いようがなかった。 「ね、ね」 「うん?」 「桐絵は?」 「なによ」 「桐絵のそういう話が聞きたい」 薄い朱を刷毛でひいたように、さっと白い頬が赤みを帯びる。いつもは少し眠たそうな瞳が見開かれて、零れ落ちそうだと思った。 「わ、私のことは別にいいわよ!」 「ええー、いっつも私がしゃべってばっかりじゃん」 私のことならいくらでもずけずけ言うくせに、それが自分に向けられると妙に居心地が悪いらしい。そわそわとテーブルの上の右手が目の前のポテトを取りかけてはやめて、また取りかけてはやめてを繰り返している。 「ねえ、いないの? 好きな人とかー、気になってる人とかー」 「そっ……い、いな、いないわ!」 彼女の細い指先で一本のポテトが犠牲になった。もったいない。けれど頬を赤らめて目を見開く彼女の偉大なる可愛らしさの前ではそんな犠牲は些細なことだ。 「ホントに?」 「ホントに!」 随分必死だが、嘘を吐いているようすではない。照れ照れと顔を赤くしながら慌てている彼女の顔を見ているとなんだか満足してきたので、私はそれ以上いじわるにつつくのをやめておいた。 手元のカップに残っていた、もうほとんど水のような味のジュースを飲み干す。 「好きな人ができたら教えてね」 「今はに構ってるだけで手いっぱいよ」 私はきっとこの友人に恋人ができたら寂しくてたまらないだろうなぁ。 指先でつぶしたポテトは端に追いやって、別のポテトを摘まんでいる桐絵を見ながら考える。この友人がある日頬を赤らめながら恥ずかしそうに私に恋の相談をしに来る日を思い浮かべる。うん、可愛い。そしてそんな彼女の相談を聞くのなんて絶対に楽しい。いや、だがしかし、それが実際叶ってしまったらちょっと面白くない。というか、桐絵に見合う人なんてそうそういないのでは? だったら、変化のない今のままで十分だ。 可愛い友人が大切だしそれで十分だなと今は思っていても、私は欲張りな人間だから、数日経ったらやっぱりカッコいい恋人もほしくなるだろう。けれど、カッコいい男の子も、彼氏のいる日常も大変に魅力的ではあるのだが、目の前の可愛らしくて誠実で退屈しない友人がいる限り、それ以上に魅力的に感じることはないだろう。 (16/09/04) ♪Girls Talk!! / NI+CORA |