※崎玉高校の授業事情・イッチャンの苦手な物をねつ造

 隣の五組の市原くんとは合同授業のとき一緒になる。市原くんはちょっとビックリするくらい学校指定のダサい色の作業着と首からタオルをかける姿が似合わない。いつもきゅっとつり上がった眉の間に少しシワを寄せて土を弄っているから、私はこの人は農作業嫌いなのだろうかと、最初のころ密かに思っていた。

「うわっ」
「おーイッチャン、大丈夫かあ?」

 今日は育てていたじゃがいもの収穫の日だった。案の定、耳慣れた悲鳴が少し離れたところから聞こえてきて、思わず肩を震わせて笑いそうになるのをこらえる。隣で同じ畝をいじっていた友達には気付かれて「まただね」と笑われた。

「うん」
「虫ってさ、嫌ってる人のところにこそ寄っていくような感じがするね」
「ほんとに。呼び寄せてるね」

 友人は涼しい顔で芋の蔓をかき分けて現れた白い丸っとした虫を軍手をはめた指先で除けた。栽培実習の授業は一年生と二年生の一学期までは必須科目になっていて、二年生になった今では虫も見慣れたものだ。苦手な子はいつまでも慣れないようで、きゃーきゃーと声が上がるグループもあるが、私と友人は割と黙々と作業をするほうだった。
 市原くんは入学当初から変わらず虫が苦手なままらしい。栽培実習の時、むっとした顔になっているのは、いつ出てくるかわからない虫に恐々としていたせいだとか。それをあんまり指摘するとへそを曲げてしまうので、からかうのはほどほどにしないといけないのだけど。



「実習、もうすぐ終わるね」

 市原くんとの通話は私の中のルールで三十分以内と決めている。理由は、市原くんが野球部だからだ。電話をかけるのは市原くんの部活が終わってからなのだが、そうすると八割の確率で市原くんは眠たそうな声をしている。
 今日の昼の授業のことを思い出して、笑い声にならないように電話の向こうの市原くんに言うと、彼ははあ、とため息を吐いた。

「早く終わってほしいよ」
「そうかな?」
「……まあ」
「市原くん、虫に好かれてるよね」
「わかってんなら聞くなよ」

 こらえきれずに思い出し笑いをすると、電話の向こうで僅かに拗ねた気配がするので「ごめんごめん」と謝る気のない謝罪をした。

は栽培好きだもんな」
「うん。だから二学期も授業取るけどね」
「二学期かあ……」
「市原くんとかぶる授業減るね」
「しょうがねえけどな」

 二年の後半から各々が進むコースごとにそれぞれの授業の専門性が高くなってくる。私と市原くんでは今みたいに授業が合同になることも二学期からは少なくなってしまうことが決定事項だった。
 少し落ちた沈黙の間に、ふわあとあくびを噛み殺した息が微かに聞こえた。「眠い?」と聞いてみると、「いや……」とあいまいな返事が返ってくる。

今日実習であくびしてたろ」
「ん? そうかも」
「ちゃんと寝とけよ」
「昨日ワールドカップ見てて」
「すげえ夜中まで起きてたんじゃん」
「うん、ドイツがね……えーっと負けたんだよね」
「ふうん。強いんじゃなかったっけ」

 市原くんは野球は詳しいけどサッカーはそうでもない。反対に、私は野球よりもサッカー派だった。もっぱら観戦専門だけど。野球は正直なところ、市原くんを好きになるまではルールもぼんやりとしか分かっていなかった。今はちょっと勉強したので、大体のルールくらいだったら分かる。

「うん。えっと、サッカーの話はいいや。大会、もうすぐなんだよね?」
「来月からな。おかげで毎日授業が眠い」

 市原くんの分からない話をするより、市原くんの分かる話をしたかった。県大会に勝ち進めば、その先に甲子園がある。うちの高校が甲子園に毎年出場するような強豪校ではないことは何となく知っているけど、市原くんたちはもちろん勝ち進んでいくことを目指しているんだろう。
 授業免除とかされるような強豪校だったら、市原くん達はもっと楽に練習ができるのかなぁと素人考えを巡らせていると、私が相槌を打つより早く市原くんが「なあ」と言った。少しだけ鋭い声だった。

「うん?」
「サッカーの話、してよ」
「サッカー?」
「オレ、の話も聞きたい」

 言葉に詰まってしまった。怒ってる声じゃなかった。お願いするような声。
 私も、市原くんも、たぶんそれぞれの好きなことの話をし始めると、お互い分からないことばかりになるだろう。でも私は野球のことを知らなくても、市原くんに話してほしい。市原くんの好きなことは何だって知りたい。好きなことじゃなくても、嫌いなことでも、今日思ったことでも、なんでも。

「なあ、なんか言えよ」

 やや気まずいような感じで市原くんが言う。照れくさくなっているのかもしれない。顔が見たいと思った。

「私も市原くんの野球の話、聞きたいよ」
「うん……オレの話は、まあ」
「じゃあ、順番ね」

 私から、と昨日のサッカーの話を始める。二人で順番に話していたら、三十分を超えてしまうかもしれないと思った。それでもいい。超えてしまったら、明日話の続きをしてもいいし、市原くんさえ良ければそのまま話し続けたってよかった。だって、いつもより長く話せることも、明日話す楽しみができることも、どっちだって嬉しいから。

「ねえ、なんで虫嫌いなのか教えてよ」
「いや、その話いるか?」
「いるよ」

 なんでも教えてほしいから。代わりに私もなんでも話そう。

(18/09/27)
♪Cocoro Magical / 777☆SISTERS
title :約30の嘘  sozai :イラストAC