「おばけを見たの」 また始まった。のわけのわからない話はこれでもう何回目だろう。もう飽きたよ、そういうの。呆れながら心の中で呟いて不快感を表してもは楽しそうな表情を崩さない。昔はさっと顔色を変えておろおろしてたのに生意気だ。の表情に苛立って「なんでニヤニヤしてるの」と不満をぶつけてもはなお表情を崩さない。 「菊地原くんが嫌な顔してても傷つかなくなった自分が誇らしい」 「前は傷ついてたの」 ぼくの質問には黙り込んだ。そうだ、おまえは初めて会った時から神経が図太かったよ。うっとうしいくらいに。それを伝えるとは表情に違わず軽い口調で「ショックだ」と口にする。ショックだとか言ってるけど全然そう思ってないだろ。表情でも声でも、おまえは感情を全身で表現するから全部分かるんだよ。分かるようになってしまったぼくも大概だけど。 ぼくは歌川と違って人と話すのが得意じゃない。それでもは菊地原くん菊地原くんとうっとうしいまでに後をついてくるのだから手の施しようがない。ぼくはと話してるとエネルギーが消耗されるし、だって別にぼくなんかと話したって楽しくはないはずだ。ほっといてくれればいいのに。そんなことを考えていると、目の前から「もっと楽しそうに話してよ」と無理難題を押し付けられた。脈絡がおかしいと思わないのだろうか。おばけの話でどう楽しそうにしろって言うんだ。 「おばけの話で?」 「…あ、うん、そうそう。おばけを見たの」 「忘れてただろ」 はまた黙り込んだ。そして今度は首を小さく横に振った。だからおまえ分かりやすいんだってば。考えてることが顔に出すぎ。おばけなんてぼくは信じてないけど、仮にほんとに見たとしたら「見たよ!」って全身で主張してきたはずだ。しかも黙り込んだのを見る限り、声に出すか出さないか迷っただろ。何でわざわざ昼休みの時間潰してまで、そんな嘘ついてまで、ぼくと話そうとするんだ。 「おまえこそ、ぼくと話す気あるの」 尋ねてみると、は自信満々に大きく頷く。ぼくと話したってつまらないだろうに物好きな奴だ。早く昼休みが終わってほしいとちらりと視線だけ移動する。すると思ったよりも針が進んでいて驚いた。と話していると時間の進む速さが少し速い気がする。 「きのうの夜の二時くらい?にね、ふと窓の外を見たら」 「そんな時間まで起きてたんだ」 ぼくの言葉には「目が覚めちゃったの」と主張してから話を続ける。サイレンの音が一段と大きかった気がして。が言った瞬間心臓がどきっと嫌な音を立てて少しだけ俯く。サイレンの音。近界民が現れた時になる音のはずだ。眠りこけていたが目を覚ましたところを想像したら少し背筋が冷えた。もし本当だとしたら今までも何度かそういうことがあったのだろうか。 「べつにボーダーの人たちが悪いわけじゃないってば」 耳に入ってきた声には焦りが滲み出ていた。思わず黙り込んでしまったからかが気を遣ったようだ。ばかだな、おまえ気を遣うのとか似合わないよ。いつもみたいに「菊地原くん話聞いてる?」って笑えばいいのに。悪いとか思ってないけど。顔を上げながら口から出た言葉には声を普段のものに戻して口を開く。 「それでね窓を見たら」 「……」 「女の人がこっち覗いてた!!」 クラスメイトが数名こちらを見た気がした。わざと耳を塞いでみてもは興奮し切った様子を隠さない。抗議してもけろっとした顔で「素敵なオチをご用意したんだけど」とか言うもんだから台無しと返してやった。オチてもないし、とも。椅子にもたれたをちらりと見てからぼくは携帯の画面に明かりを灯す。それでもは帰る素振りを見せない。ネットを開いて「二時 幽霊」で検索かけてみる。怖くて布団かぶって寝直したよ、とか、目が合ったと思う、とか話を続けるに適当に返事をしながら一番最初に出てきた検索結果のページを見てみる。そこには二時という時間帯は幻覚を見やすいから幽霊と勘違いをすると書いてあった。なんだ、やっぱり嘘なんだ。「怖い?」と正面から声が飛んできて、受け止める前に「怖くない」とその声を弾き返す。その直後、別のページに幽霊に関してある情報が書いてあるのが見えた。 「そういうの何て言うんだっけ」 「強がりとかじゃないから。面倒くさいな」 返事をしてから携帯の画面を触ってみる。生意気にも変化に気付いたがぼくの名前を口にしかけた。けど、言い終わる前に携帯を向けてやる。するとはびくっと肩を震わせて顔を背けた。目を瞑ったまま「まぶしい」と口を動かしたに優越感が生まれる。ざまあみろ。 「これで撃退できるよ。おばけもおまえも」 「わたし撃退したいの」 「わりと」 うっとうしいからと言い加えるとはそっと目を開けた。幽霊に光が効果的かどうかわからないって書いてあったからとりあえずで試してみたけどやっぱり撃退はできないらしい。、ぼくやっぱりおまえのこと苦手だよ。おまえと一緒にいると調子狂うし。撃退できればいいと思ったけど、おまえがもし幽霊だとしても神経図太いから簡単に撃退できなさそうだ。 どこぞのアニメ映画で有名なセリフを言うに適当に反応を返す。前にも同じアニメ映画で有名なシーンをやろうと手を差し出してきたことがあって、その時も似たような反応をした気がする。手なんか触るわけないのに何を期待してるんだ。そういえば前いきなり背中撫でられたこともあった。さすがにあの時は本気でのことを睨んでしまってを驚かせた。は何でも突拍子がないんだよ。だから嫌なんだ。 「菊地原くん、雪見だいふく食べない?」 ほら、また突拍子もないことを言い始めた。食べるわけないだろ、昼ご飯食べた後なんだから。でも最後まで付き合ってやってるぼくもぼくだ。携帯のライトを消して、さっきの検索エンジンで雪見だいふくを調べてみる。今は何種類か出てるらしい。が食べたいのはどれなんだろう。こいつのことだから全部食べたいとか言いそうだけど。 「菊地原くん、わりとわたしのことすきだよね」 すきじゃない。反射的に口から言葉が飛び出す。脳で考える前に返事をしてしまったから自分でも動揺してしまう。ああ、もう。いい加減にしろよ。動揺している自分に目を背けるようにおばけの話はもういいのかと尋ねてみるとは嬉しそうに笑った。だからそうやって表情を顔に出すのやめろってば。どう反応していいか分からないんだよ。が嬉しそうにしてるとどうしていいか分からない。ぼくと話してる時のは本当に、心の底から楽しそうだから。 「そういうの、はぐらかしたって言うんだよ」 は依然嬉しそうな顔をしたまま、両手の指先を絡めている。その手が背中に触れたのはずっと前のはずなのに、感覚はまだ背中に残っている。いつかあの指先に触れる日が来るだろうか。どういう状況か想像もつかないけど、が危なくなった時だったら触れられるかもしれない。もし触れた瞬間に幽霊みたいにすり抜けたりしたらおまえのこと絶対許さないから。ライト向けてもいなくならなかったんだから、何が起こったっていなくなったりしないでよ。 |