![]() 嵐山くんが京都から帰ってきたらしい。 お昼を食べていたら、その辺の人たちの雑談から情報を得た。嵐山くんの情報は、本人から得るのよりも他人から得る方が圧倒的に早い。いつものことだ。それは嵐山くんのせいじゃなくて、彼の噂を立てる人の耳が早いせい。 「」 ほら、やっぱり当人の方が後になってしまった。 「おかえり、嵐山くん」 お弁当から顔を上げたらニコニコ笑ってる嵐山くんの顔があった。テレビの仕事で京都に行くことを知ったのは二日前。随分早いお帰りだなと思ったけれど、そもそも旅行じゃないから当たり前だった。 「京都、どうだった?」 「紅葉が綺麗だったよ」 勉強熱心だな、と私の膝下を見下ろして嵐山くんが微笑む。私もつられて視線を下げた。お弁当と一緒に広げていた研究ノートには、ランク戦を観たりしながらまとめた自己研鑽が積み重なっている。まあ、ね。面映い気持ちで誤魔化すけど、彼はそれもうんうんと笑って聞いてくれるから私の方がいつも狼狽えるばかりだ。 「観光できたの?」 あんまり注目されるのも困る。ノートをそっと弁当箱の陰に追いやりながら、嵐山くんを見上げた。話を京都に戻したくて適当に言葉を選んでしまったから、本当に、馬鹿な質問をしてしまった。だって、忙しい嵐山くんにそんな時間無かったに決まってるのに。 「少しだけな」 予想に反した答えが返ってきた。嵐山くんはいつも忙しいのを感じさせない。それが彼の意識的な優しさなのか、無意識の優しさなのかは分からないけど。 「ほら、お土産」 ポケットに突っ込んだままの手がスッと差し出された。反射的に受け取ろうと手を伸ばす。カタン、と揺れて落ちそうになった弁当箱が「おっ、と」と私より素早い彼に支えられて命を救われた。私は弁当を救われたおかげで近くなった距離と、突然のお土産のどちらに驚けばいいのか視線をウロつかせて動揺しながら、とりあえず渡された手のひら大の小さな紙袋に視線を移した。 有名な、縁結びの神社の名前が印字されていた。 ![]() それが目に入った途端、背筋がすっと冷える感覚を覚えた。最近のランク戦で大ポカをしたときと同じレベルじゃないか。あのときも本当に消えたくなった、わたしのせいで1ポイント取り損ねてしまったのだ。あのあと作戦室で土下座して謝って、いや、今はそんな回顧してる場合じゃない。 嵐山くんはどうしてこれを。一瞬にして脳内は大忙しになる。平静を努めて中身を取り出してみるけれど、出てきたものは予想通り縁結びのお守りだった。そうしてわたしはとうとう、途方に暮れてしまうのだった。 嵐山くんの意図がわからない。どうしてわたしにこれをお土産として渡したんだろう。変に上がった口角を元に戻して澄まし顔になればいいのか、それともこのまま笑顔を見せ…いや今綺麗な笑顔は作れない!わたしのお粗末な脳みそが優秀な判断を下す。下したけれど、さらにお粗末な表情筋は奇跡を起こさなかった。 「あ、ありがとー」 このポンコツめ。結局俯いたまま返した。いや、せっかくもらったのにこの言い草はないだろう…!罪悪感からすぐに言い直そうと背筋を伸ばして顔を上げる。が、嵐山くんの嬉しそうな笑顔と目が合ってしまった。 「おう!じゃ、またな」 そう言って彼は軽く手を挙げ颯爽と去った。「えっ…」それを引き留める勇気もなければ引き留めたところで言いたいことも大したことじゃないので、挙げかけた手はおとなしく机に戻すことになったのだった。 (……どうしよう) 片方の手には爆弾が鎮座している。さっきより重くなった気がするのは気のせいだろうか。 ![]() 手が必死に握りしめているその爆弾を見つめていたら、導火線が短くなっているのかどんどん冷静になってきた。嵐山くんはいつこれを買ったんだろう。仕事、忙しいはずなのに。……もしかして、そんなに仕事が忙しくなくて休む時間も結構確保できた、とか?いやそんなはずはない。嵐山くんはすごく忙しいんだ。 「あまり構ってやれる時間もないからなぁ」 嵐山くんは好きな人いないの。わたしの問いに以前嵐山くんは困ったようにそう答えたのだ。数ヶ月前、嵐山くんがファンの女の子に告白されているのを目撃してしまったことがあった。すぐ引き返したつもりだったんだけど彼にはバレてしまっていたらしく、後から「悪い」と何故かしきりに謝られて申し訳なさが重たくののしかかった。その時彼の気を紛らわせようとしてその質問が口からぽろっと落ちたのだ。嵐山くんはそれをきっかけに下がりきっていた眉を少し上げてくれたけど、わたしの心は沈んだままだった。嵐山くんはすごくモテるんだということを目の当たりにしてしまったから。しかも、告白に対して断っていたこともわたしの心を重たくさせた原因の一つだった。相手の女の子が見えたのは一瞬だったけど遠目にも綺麗な人だということが分かった。わたしとは正反対の、落ち着いていて大人っぽい女の人。そんな人から告白されても断ってしまうくらいなんだからわたしなんて眼中にも入っていないだろう。そう思う度にわたしの心は地面に、いや地中にまで潜り込んでしまう。この気持ちだけはしまっておかなければいけないと、そうでなければわたしの心はズタズタになってしまうと確信しているのだ。 もう一度、爆発前の危険物を見下ろす。これはどういう意図だったのだろう。嵐山くんはどうしてわたしにこれを渡したのだろう。共通の知人の恋愛話なら何回もしたことがあるけど、わたしの恋愛の話なんてしたことない。そもそも話せるわけがない。 もしかして、と一つの可能性が脳裏を過ぎる。でもそんなこと言ったこともないし、そんな素振りなんてしたつもりないし……でも、もしそうやって思われてるなら優しい嵐山くんのことだからこれを買ってきてもおかしくないはずだ。 彼氏がいるって誤解されてる、って。 ![]() 「あのさ、嵐山くん。何でお土産に縁結び神社のお守りくれたの・・・?」 偶然一緒になった帰り道。危険物の爆発までの残り時間は気になるけれど、嵐山くんがなぜあれをくれたのかは尋ねなければいけないと思っていた。彼氏がいると誤解されているのは、正直、困る。だって、私が好きなのは嵐山くんなのに。嵐山くんと付き合えるかどうかは抜きにして、好きな人にこんな仕打ちされるほど堪えるものはないと思う。 「女子ってああいうの好きだろう?木虎と綾辻も興味津々だったからな。もそうだと思って」 誤解されてるんじゃなかったんだ、とほっとすると同時にあっけらかんとした回答に思わず拍子抜けした。うん、まあ、興味はありますよ。でもそれはあなた限定です。そんなことを言えるわけがなく「ああ・・・」と曖昧な笑みとともに言葉を漏らせば、嵐山くんの顔色がさっと曇った。 「余計なお世話だったか・・・?もしかして、って彼氏が・・・」 「違う違う!!!いないよ!!!!」 そこに辿り着かれてしまっては元も子もない。思わず大声で否定すれば、嵐山くんは私の権幕に驚いたかのように「す、すまん」と謝罪の言葉を口にした。違うのに。別に嵐山くんに謝ってほしいわけじゃない。私が嵐山くんにそう思わせてしまったんだ。私が自分を守るためにこの気持ちをしまいこんでいたから。 「私が結ばれたいのは嵐山くんだけだよ・・・・」 言った。言ってしまった。今のでタイムリミットだ。危険物は鞄から取り出すこともできずに今も私の肘辺りにある。 ふと嵐山くんの足が止まった。数歩遅れて、私も足を止める。恐る恐る振り向けば、嵐山くんは口元に手を当てて何かを考えているかのような、そうでないような、複雑な表情を浮かべていた。 「・・・いや、その・・・正直言うと、驚いてる」 嵐山くんがこんなに動揺してるのを見るのってもしかして初めてなんじゃないかな。それが嬉しくもあり、こんな形でお目にかかれてしまったことを悲しくも思う。そんなことを思っていたら、ぱっと嵐山くんが顔を上げた。目が合って心臓が跳ね上がる。「」嵐山くんの声がいつもより固い。 「少し待たせるかもしれないけど、必ず時間は作る。一緒に京都へ行こう」 真剣な声と瞳で告げられた宣言にも似た言葉。京都へ行って何するの、と震える声で尋ねれば、「俺の分のお守りも買わなきゃいけないだろ」と嵐山くんは照れ臭そうに笑った。ああこれは、爆発のタイムリミットは幸せのタイムリミットになったと思っていいのだろうか。 ![]()
答え合わせ
起:チカノ / 承:こまよ / 転:です子 / 結:光葉 |