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作品ID:139
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約6089文字 読了時間約4分 原稿用紙約8枚
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カバティ
作品紹介
イボヂーと名乗らせて頂きます
実体験を元に書きました。
すいません嘘です。
些細な感想でも泣いて喜びます。また、もしもカバディについて分かりやすく教えて下されば、号泣します。
実体験を元に書きました。
すいません嘘です。
些細な感想でも泣いて喜びます。また、もしもカバディについて分かりやすく教えて下されば、号泣します。
世界中の猛者たちが集った天下一カバディ会も、ついに決勝戦を迎えることとなった。最強の座をかけて雌雄を決するのは、インドと日本。
カバディ発祥の地として、前評判通りの圧倒的な強さで勝ち上がったインド。
何度も絶体絶命の危機に瀕しながら、奇跡的な逆転劇を演じてきた日本。
果たしてどちらが勝利するのか。誰もが固唾を呑んで見守るなか、決勝の舞台は幕を上げる。
そして繰り広げられたのは、あまりにも一方的なものだった――。
挫けそうな心を奮い立たせるため、俺は力をこめて叫んだ。
「カバディ!」
いいね。これだよ。どんな絶望的な状況でも、「カバディ!」と叫んで戦い抜く。それがこの俺だ。日本のエース、大和武志って男だ!
「カバディ!」
俺は会場全体に響き渡るほどの大声をあげた。もう日本の負けだと決めてかかっている観客たちに、この俺はまだ戦えるのだということを宣言するため。あんたらに見せてやるぜ。こっからの逆転劇を!
「カバディ!」
そして次は、たった一人の野郎に向け、俺は咆哮をぶつけた。作りものみたいなイケメン面に、余裕の笑みを浮かべた爽やか野郎、ムハンマドの野郎にだ。
俺が睨みつけるのを気にすることもなく、ムハンマドは穏やかに微笑んだまま、謡うような調子で言った。
「कबड्डी (カバディ)」
その言葉だけを置き土産に、俺の視界からムハンマドが消える! じっと睨みつけていた俺を嘲笑うかのように、ムハンマドは消えやがった!
落ちつけ。これくらいカバディではよくあること。ただ超スピードで動いただけだ。普通の目で見えねえなら、心の目で見ればいい。
俺は両の目をつむり、神経を集中させた。
「カバディ、カバディ、カバディ……、カバディ!」
見えた! 後ろだ!
俺は両目を開き、背後に振り返った。するとそこには、相変わらず笑みを崩さないムハンマドの野郎。今すぐ笑えなくしてやるぜ。
「カバディ!」
掛け声とともに鋭い手刀を放つ。瓦だって三枚くらいは割れる俺の一撃。ムハンマドだって無事ではすまない――はずだった。
「カバディ!?」
俺の一撃は手応えなくムハンマドの体を通過する。残像だったんだ。
「कबड्डी 」
そしてまた背後から聞こえるのは、ムハンマドの甘い鼻声。まるで休日に鼻歌交じりにカレーでも作るかのような気安さで、ムハンマドは残像を作りだし、この俺を騙しやがった。お次は俺を料理するってか? そう簡単にはいかねえぜ!
俺はムハンマドからの一撃を受け止めるべく、ぐっと奥歯を噛みしめ体に力を入れる。
すると次の瞬間、俺の体に衝撃が走った。
「カ、バ……ディ……」
空を飛んだ。嘘みたいに空高く飛んだ。空中で十回転くらいした。さすがの俺も二桁は初めてだ。これがインドのカバディだというのか。インドではよくあることだというのか。
地面に落ちた俺はしばらく立ち上がることもできず、ただか細く、
「カバディ……」
と呟くことしか出来なかった。ムハンマドの野郎め。こんなの反則じゃねーか。こんなの俺の知っているカバディじゃねーぜ。まず発音が違うぜ。真似できる気がしねぇ。
俺のカバディがお子さまにも優しい甘口でお馴染み、SB食品の「カレーの王子さま」だとすれば、野郎のカバディは正しく本場のインドカレーのごとくだ。スパイシーな本場の味には、強烈なインパクトがある。病みつきになりそうな魅力がある。俺もそこは認める。
だけどよ、生憎と俺は、甘口派なんだよ!
「カバディ!」
だから諦めない。家族や仲間、俺を導いてくれた監督、これまで戦ってきたライバルたち、みんなの為にも勝ってみせる。最高に甘いハッピーエンドを迎えてやる!
「カバディ! カバディ! カバディ!」
俺は吠えた。獣のように吠えた。狙う獲物はもちろん、ムハンマドの野郎だ。
「कबड्डी 」
ムハンマドは不敵にも立ち止まり、走り寄る俺を見つめていた。自信に満ちた野郎の瞳には、俺のことなど吠えてばかりの負け犬に見えているのかもしれない。だがな、負け犬にも牙はあるんだよ。
俺は余裕の笑みを浮かべるムハンマドに狙いを定め、数多のライバルたちを葬ってきた必殺技を仕掛ける。
「化刃出射(かばでぃ)!」
俺の中に流れる侍の血が起こす奇跡。気合いを込めた掛け声とともに手刀を振るえば、鉄をも断ち切る真空の刃が生じるのだ。ありがとうご先祖さま。
試合を見守っていた観客たちがどよめいた。それも無理のねえこと。俺の「化刃出射」は、これまで何人ものカバディ選手を病院送りにしてきたもの。この東洋の神秘を前にすれば、ムハンマドだって無事ではすまない。
観客はそう思ったのだろう。俺だってそう思った。誰もがそう思った。ところがムハンマドは、
「……कबड्डी」
受け止めやがった! 握手でもするかのように右手を伸ばし、そのたった一本の手で俺の必殺技を受け止めやがった!
それどころか、ムハンマドは殺気をこめた視線を俺にぶつけてくる。野郎め、とうとう本気を出しやがった。いいぜ。こいよ。見せてみろよ。てめえのカバディを!
「कबड्डी!」
ムハンマドが今までになく力の入った声を上げると、周囲の空気が一変した。ちりちりと肌が焼けつく。急激な速度で、辺りの温度が上昇していく。
それもそのはず。なんせムハンマドが燃えてやがる。褐色の肌から真っ赤な炎を発してやがる。大したもんじゃねえか。観客どもは目の前の光景が信じられないのか、みっともねえ驚きの声を上げているが、俺には分かるぜ。ムハンマドの熱いカバディ魂が、炎になってるってことだろ。涼しい顔しやがって、熱いもん持ってるじゃねーか。これがインドの神秘かよ。
「कबड्डी!」
荒ぶる炎を身にまとったムハンマドが、俺に向かって突っ込んでくる。それまさしく紅の弾丸。楽しませてくれるじゃねーか。こんなもん見せられたら、俺だって燃え上がらずにいられねえ!
ムハンマドに触発された俺のカバディ魂が、炎となって右手に宿る。さあ見せてやる。これが俺の、
「火刃出射(かばでぃ)!」
熱いカバディ魂が炎の刃になる。炎の刃と炎の弾丸。俺の意地とムハンマドの意地。ぶつかり合おうぜ!
ムハンマドが叫ぶ。
「कबड्डी!」
俺が吠える。
「火刃出射!」
そして俺たちは光に包まれた――。
大和武志とムハンマド、二人の男のカバディ魂のぶつかり合いは、強烈なエネルギーの奔流となった。それは一種の芸術であり、芸術は爆発であるからして、武志とムハンマドを中心に爆発が生じるのも自然のこと。
強烈な爆発は、会場の砂埃を巻き上げ、武志とムハンマドの姿を観客の前から隠してしまう。果たしてどちらが勝利したのか?
どれほどの時間が経過したのだろう。巻き上がった砂埃も、やがて風に流されて視界が開ける。晴れ渡った会場に立つひとりの男が、観客たちの目に映る。
「कबड्डी」
ムハンマドだった。
朦朧とする意識の中で、俺はムハンマドの声を耳にした。まるで勝利宣言のような高らかな声だ。ちょっと待てよ、俺はまだ終わってない。これから立ち上がって、俺のカバディを聞かせてやる。
立ち上がろうと体に力を入れたが、思うようにいかない。全身が痛くて動かない。なんとか動かすことができたのは、首だけだった。首だけ動かし、俺のすぐそばで堂々と仁王立ちし、観客からの称賛の声を浴びるムハンマドを見上げた。
ちくしょう。いい顔しやがって。あれは勝者の顔だ。勝った人間だけに許される顔だ。
俺の目に映るムハンマドが、急にぼやけた。目がおかしくなったのかと思って、痛む右手を無理やり動かし目元に触れると、血とは別の液体に触れた。情けないことに、俺の目に涙が浮かんでやがる。参ったねこりゃ。倒れこんで涙するとか、完璧に敗者の姿だぜ。
俺の目から止めどなく涙が溢れていく。負けたことの悔しさ、地にひれ伏したことの惨めさ、そして何より、俺を導いてくれた監督への申し訳なさが、どうしようもなく俺の心を揺さぶった。
孤独だった俺に居場所をくれた監督。口下手で不器用な俺に、カバディ選手はカバディだけ言っていればいいと教えてくれた監督。つい先日、車に轢かれそうな子猫を助けるため車道に飛び出てダンプに潰された監督。入院中の監督のお見舞いに世界一をプレゼントしようと思っていたけど、俺には無理でした。でも安心して下さい。子猫はちゃんと自分で逃げてましたから……。
だんだんと意識が薄れていく。もう疲れてしまったらしい。このまま眠ってしまえば、きっと気持ちいいだろう。俺はもう十分に戦ったよな……?
俺は眠ろうと目をつむったが、奇妙などよめきが耳について、どうしても眠れなかった。さっきまでムハンマドを称えていた観客たちが、ざわざわと騒ぎ立てている。何か信じられない出来事でも起こったかのように。
いったい何事かと、俺は再び目を開けた。そして、観客たちの注目を一身に浴びる男を見た。全身に包帯を巻いた痛々しい姿。自分の力では歩くことも叶わず、ナースのお姉さんに車椅子を押してもらっている男。それは監督だった。
病院で絶対安静中のはずの監督が、どうしてここに来たのか。俺以上に傷だらけの体なのに、どうして眠ろうとしないのか。どうしてなんだ?
俺は答えを求めるように、監督の口元を見つめた。そして気づいた。監督の口がわずかに動いている。何かを言おうとしている。あの口の動きは……?
「 カ バ デ ィ 」
カバディ! カバディだ! 監督はカバディと言っている! 監督は戦っている!
俺の体に電気が走る。寝てんじゃねえよと電気が走る。そうとも。今は寝ている場合じゃねえ。泣きごと吐いている場合じゃねえ。俺はカバディ選手だ。カバディ選手が口にするのは泣き言じゃない。カバディ選手が口にするのは、
「……カバディ」
これだけだ。これだけでいい。
俺がゆらりと立ち上がると、ムハンマドの野郎が驚きの表情を浮かべた。そんな顔して見るなよ。照れるじゃねーか。
「カバディ?」
ムハンマドに向け、俺は挑発するように手招きをした。すると野郎はニヤリと微笑む。
「कबड्डी?」
いいね。ムハンマドも根っからのカバディ選手だ。そうじゃなきゃいけねぇ。俺たちの間に、ごちゃごちゃしたやり取りはいらねえ。俺たちに必要なのは、
「カバディ!」
だけだ。
俺は視線を監督に向けた。監督は力なく頭を下げていたが、それでも口だけは確かに動いている。カバディと言っている。監督、ナイスカバディです。だから次は、そこで見ていて下さい。俺の
「カバディ!」
を。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
もう体の痛みもどこかに消えた。俺はゆっくりとムハンマドに近づいていく。野郎は動くことなく、俺を待ち受けている。形勢はもちろん俺に不利。どうやってもムハンマドに勝つ力が俺にあるとは思えねえ。だがそれがどうした? 勝てなくても戦える。俺の力の全てを野郎にぶつけるだけだ。
じりじりと俺とムハンマドとの間合いが狭まっていく。すでに状況は一触即発。どちらかが動けば、否応なく勝負は始まる。
俺は覚悟を決め、自ら攻せめようとしたとき、最高の声援を耳にした。
「Kabaddi(カバディ)!」
準決勝戦で俺たち日本と死闘を演じたアメリカが、俺に向けて声を上げている。俺に勇気と力をくれている。アメリカだけではない。中国も、韓国も、ロシアも、ドイツも、イギリスも、フランスも、よく知らない連中も、とにかく皆が、
「カバディ! カバディ! カバディ!」
俺に向けて叫んでいる。力の限り叫んでいる。へへ、参ったねこりゃ。どうやら戦っていたのは俺だけじゃねーみたいだな。監督が戦っている。みんなが戦っている。俺と一緒に戦っている。
俺はムハンマドに視線を向けた。野郎は怯むことなく笑っていた。かかってこいよと笑っていた。こうして大きく立ちはだかってくれると、嬉しくなっちまうね。あんた、最高だよ。最高の男だ。俺一人じゃ相手にもならねえ。
だから、みんなのカバディを、ちょっとだけ俺に分けてもらうぜ。
「カバディ! カバディ! カバディ!」
俺は右手を天高く掲げた。エネルギーが集っていくのを感じる。会場に渦巻くカバディの流れが、俺の右手に集っていく。今らなやれる。今しかやれねえ。
見せてやるぜムハンマド。これが俺の、俺たちみんなの……!
「カバディィィィッッッーーーー!」
大和武志とムハンマドのぶつかり合い。それは男と男の魂の共鳴であり、やはり一種の芸術であるからして、爆発を生じさせたのだった。爆発の衝撃により舞い上がった砂埃が、二人の姿を隠してしまう。
誰もが固唾を呑んで砂埃を見つめていた。その中でいかにして決着がついたのかを、誰もが想像した。大和武志かムハンマドか。勝者はどちらか一人。
次第に砂埃も落ち着いていき、うっすらと会場の様子が見て取れるようになった。陽炎のように揺らめく影が一つ。
「カバディ」
その影は、右手を高々と掲げていた。
カバディ発祥の地として、前評判通りの圧倒的な強さで勝ち上がったインド。
何度も絶体絶命の危機に瀕しながら、奇跡的な逆転劇を演じてきた日本。
果たしてどちらが勝利するのか。誰もが固唾を呑んで見守るなか、決勝の舞台は幕を上げる。
そして繰り広げられたのは、あまりにも一方的なものだった――。
挫けそうな心を奮い立たせるため、俺は力をこめて叫んだ。
「カバディ!」
いいね。これだよ。どんな絶望的な状況でも、「カバディ!」と叫んで戦い抜く。それがこの俺だ。日本のエース、大和武志って男だ!
「カバディ!」
俺は会場全体に響き渡るほどの大声をあげた。もう日本の負けだと決めてかかっている観客たちに、この俺はまだ戦えるのだということを宣言するため。あんたらに見せてやるぜ。こっからの逆転劇を!
「カバディ!」
そして次は、たった一人の野郎に向け、俺は咆哮をぶつけた。作りものみたいなイケメン面に、余裕の笑みを浮かべた爽やか野郎、ムハンマドの野郎にだ。
俺が睨みつけるのを気にすることもなく、ムハンマドは穏やかに微笑んだまま、謡うような調子で言った。
「कबड्डी (カバディ)」
その言葉だけを置き土産に、俺の視界からムハンマドが消える! じっと睨みつけていた俺を嘲笑うかのように、ムハンマドは消えやがった!
落ちつけ。これくらいカバディではよくあること。ただ超スピードで動いただけだ。普通の目で見えねえなら、心の目で見ればいい。
俺は両の目をつむり、神経を集中させた。
「カバディ、カバディ、カバディ……、カバディ!」
見えた! 後ろだ!
俺は両目を開き、背後に振り返った。するとそこには、相変わらず笑みを崩さないムハンマドの野郎。今すぐ笑えなくしてやるぜ。
「カバディ!」
掛け声とともに鋭い手刀を放つ。瓦だって三枚くらいは割れる俺の一撃。ムハンマドだって無事ではすまない――はずだった。
「カバディ!?」
俺の一撃は手応えなくムハンマドの体を通過する。残像だったんだ。
「कबड्डी 」
そしてまた背後から聞こえるのは、ムハンマドの甘い鼻声。まるで休日に鼻歌交じりにカレーでも作るかのような気安さで、ムハンマドは残像を作りだし、この俺を騙しやがった。お次は俺を料理するってか? そう簡単にはいかねえぜ!
俺はムハンマドからの一撃を受け止めるべく、ぐっと奥歯を噛みしめ体に力を入れる。
すると次の瞬間、俺の体に衝撃が走った。
「カ、バ……ディ……」
空を飛んだ。嘘みたいに空高く飛んだ。空中で十回転くらいした。さすがの俺も二桁は初めてだ。これがインドのカバディだというのか。インドではよくあることだというのか。
地面に落ちた俺はしばらく立ち上がることもできず、ただか細く、
「カバディ……」
と呟くことしか出来なかった。ムハンマドの野郎め。こんなの反則じゃねーか。こんなの俺の知っているカバディじゃねーぜ。まず発音が違うぜ。真似できる気がしねぇ。
俺のカバディがお子さまにも優しい甘口でお馴染み、SB食品の「カレーの王子さま」だとすれば、野郎のカバディは正しく本場のインドカレーのごとくだ。スパイシーな本場の味には、強烈なインパクトがある。病みつきになりそうな魅力がある。俺もそこは認める。
だけどよ、生憎と俺は、甘口派なんだよ!
「カバディ!」
だから諦めない。家族や仲間、俺を導いてくれた監督、これまで戦ってきたライバルたち、みんなの為にも勝ってみせる。最高に甘いハッピーエンドを迎えてやる!
「カバディ! カバディ! カバディ!」
俺は吠えた。獣のように吠えた。狙う獲物はもちろん、ムハンマドの野郎だ。
「कबड्डी 」
ムハンマドは不敵にも立ち止まり、走り寄る俺を見つめていた。自信に満ちた野郎の瞳には、俺のことなど吠えてばかりの負け犬に見えているのかもしれない。だがな、負け犬にも牙はあるんだよ。
俺は余裕の笑みを浮かべるムハンマドに狙いを定め、数多のライバルたちを葬ってきた必殺技を仕掛ける。
「化刃出射(かばでぃ)!」
俺の中に流れる侍の血が起こす奇跡。気合いを込めた掛け声とともに手刀を振るえば、鉄をも断ち切る真空の刃が生じるのだ。ありがとうご先祖さま。
試合を見守っていた観客たちがどよめいた。それも無理のねえこと。俺の「化刃出射」は、これまで何人ものカバディ選手を病院送りにしてきたもの。この東洋の神秘を前にすれば、ムハンマドだって無事ではすまない。
観客はそう思ったのだろう。俺だってそう思った。誰もがそう思った。ところがムハンマドは、
「……कबड्डी」
受け止めやがった! 握手でもするかのように右手を伸ばし、そのたった一本の手で俺の必殺技を受け止めやがった!
それどころか、ムハンマドは殺気をこめた視線を俺にぶつけてくる。野郎め、とうとう本気を出しやがった。いいぜ。こいよ。見せてみろよ。てめえのカバディを!
「कबड्डी!」
ムハンマドが今までになく力の入った声を上げると、周囲の空気が一変した。ちりちりと肌が焼けつく。急激な速度で、辺りの温度が上昇していく。
それもそのはず。なんせムハンマドが燃えてやがる。褐色の肌から真っ赤な炎を発してやがる。大したもんじゃねえか。観客どもは目の前の光景が信じられないのか、みっともねえ驚きの声を上げているが、俺には分かるぜ。ムハンマドの熱いカバディ魂が、炎になってるってことだろ。涼しい顔しやがって、熱いもん持ってるじゃねーか。これがインドの神秘かよ。
「कबड्डी!」
荒ぶる炎を身にまとったムハンマドが、俺に向かって突っ込んでくる。それまさしく紅の弾丸。楽しませてくれるじゃねーか。こんなもん見せられたら、俺だって燃え上がらずにいられねえ!
ムハンマドに触発された俺のカバディ魂が、炎となって右手に宿る。さあ見せてやる。これが俺の、
「火刃出射(かばでぃ)!」
熱いカバディ魂が炎の刃になる。炎の刃と炎の弾丸。俺の意地とムハンマドの意地。ぶつかり合おうぜ!
ムハンマドが叫ぶ。
「कबड्डी!」
俺が吠える。
「火刃出射!」
そして俺たちは光に包まれた――。
大和武志とムハンマド、二人の男のカバディ魂のぶつかり合いは、強烈なエネルギーの奔流となった。それは一種の芸術であり、芸術は爆発であるからして、武志とムハンマドを中心に爆発が生じるのも自然のこと。
強烈な爆発は、会場の砂埃を巻き上げ、武志とムハンマドの姿を観客の前から隠してしまう。果たしてどちらが勝利したのか?
どれほどの時間が経過したのだろう。巻き上がった砂埃も、やがて風に流されて視界が開ける。晴れ渡った会場に立つひとりの男が、観客たちの目に映る。
「कबड्डी」
ムハンマドだった。
朦朧とする意識の中で、俺はムハンマドの声を耳にした。まるで勝利宣言のような高らかな声だ。ちょっと待てよ、俺はまだ終わってない。これから立ち上がって、俺のカバディを聞かせてやる。
立ち上がろうと体に力を入れたが、思うようにいかない。全身が痛くて動かない。なんとか動かすことができたのは、首だけだった。首だけ動かし、俺のすぐそばで堂々と仁王立ちし、観客からの称賛の声を浴びるムハンマドを見上げた。
ちくしょう。いい顔しやがって。あれは勝者の顔だ。勝った人間だけに許される顔だ。
俺の目に映るムハンマドが、急にぼやけた。目がおかしくなったのかと思って、痛む右手を無理やり動かし目元に触れると、血とは別の液体に触れた。情けないことに、俺の目に涙が浮かんでやがる。参ったねこりゃ。倒れこんで涙するとか、完璧に敗者の姿だぜ。
俺の目から止めどなく涙が溢れていく。負けたことの悔しさ、地にひれ伏したことの惨めさ、そして何より、俺を導いてくれた監督への申し訳なさが、どうしようもなく俺の心を揺さぶった。
孤独だった俺に居場所をくれた監督。口下手で不器用な俺に、カバディ選手はカバディだけ言っていればいいと教えてくれた監督。つい先日、車に轢かれそうな子猫を助けるため車道に飛び出てダンプに潰された監督。入院中の監督のお見舞いに世界一をプレゼントしようと思っていたけど、俺には無理でした。でも安心して下さい。子猫はちゃんと自分で逃げてましたから……。
だんだんと意識が薄れていく。もう疲れてしまったらしい。このまま眠ってしまえば、きっと気持ちいいだろう。俺はもう十分に戦ったよな……?
俺は眠ろうと目をつむったが、奇妙などよめきが耳について、どうしても眠れなかった。さっきまでムハンマドを称えていた観客たちが、ざわざわと騒ぎ立てている。何か信じられない出来事でも起こったかのように。
いったい何事かと、俺は再び目を開けた。そして、観客たちの注目を一身に浴びる男を見た。全身に包帯を巻いた痛々しい姿。自分の力では歩くことも叶わず、ナースのお姉さんに車椅子を押してもらっている男。それは監督だった。
病院で絶対安静中のはずの監督が、どうしてここに来たのか。俺以上に傷だらけの体なのに、どうして眠ろうとしないのか。どうしてなんだ?
俺は答えを求めるように、監督の口元を見つめた。そして気づいた。監督の口がわずかに動いている。何かを言おうとしている。あの口の動きは……?
「 カ バ デ ィ 」
カバディ! カバディだ! 監督はカバディと言っている! 監督は戦っている!
俺の体に電気が走る。寝てんじゃねえよと電気が走る。そうとも。今は寝ている場合じゃねえ。泣きごと吐いている場合じゃねえ。俺はカバディ選手だ。カバディ選手が口にするのは泣き言じゃない。カバディ選手が口にするのは、
「……カバディ」
これだけだ。これだけでいい。
俺がゆらりと立ち上がると、ムハンマドの野郎が驚きの表情を浮かべた。そんな顔して見るなよ。照れるじゃねーか。
「カバディ?」
ムハンマドに向け、俺は挑発するように手招きをした。すると野郎はニヤリと微笑む。
「कबड्डी?」
いいね。ムハンマドも根っからのカバディ選手だ。そうじゃなきゃいけねぇ。俺たちの間に、ごちゃごちゃしたやり取りはいらねえ。俺たちに必要なのは、
「カバディ!」
だけだ。
俺は視線を監督に向けた。監督は力なく頭を下げていたが、それでも口だけは確かに動いている。カバディと言っている。監督、ナイスカバディです。だから次は、そこで見ていて下さい。俺の
「カバディ!」
を。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
もう体の痛みもどこかに消えた。俺はゆっくりとムハンマドに近づいていく。野郎は動くことなく、俺を待ち受けている。形勢はもちろん俺に不利。どうやってもムハンマドに勝つ力が俺にあるとは思えねえ。だがそれがどうした? 勝てなくても戦える。俺の力の全てを野郎にぶつけるだけだ。
じりじりと俺とムハンマドとの間合いが狭まっていく。すでに状況は一触即発。どちらかが動けば、否応なく勝負は始まる。
俺は覚悟を決め、自ら攻せめようとしたとき、最高の声援を耳にした。
「Kabaddi(カバディ)!」
準決勝戦で俺たち日本と死闘を演じたアメリカが、俺に向けて声を上げている。俺に勇気と力をくれている。アメリカだけではない。中国も、韓国も、ロシアも、ドイツも、イギリスも、フランスも、よく知らない連中も、とにかく皆が、
「カバディ! カバディ! カバディ!」
俺に向けて叫んでいる。力の限り叫んでいる。へへ、参ったねこりゃ。どうやら戦っていたのは俺だけじゃねーみたいだな。監督が戦っている。みんなが戦っている。俺と一緒に戦っている。
俺はムハンマドに視線を向けた。野郎は怯むことなく笑っていた。かかってこいよと笑っていた。こうして大きく立ちはだかってくれると、嬉しくなっちまうね。あんた、最高だよ。最高の男だ。俺一人じゃ相手にもならねえ。
だから、みんなのカバディを、ちょっとだけ俺に分けてもらうぜ。
「カバディ! カバディ! カバディ!」
俺は右手を天高く掲げた。エネルギーが集っていくのを感じる。会場に渦巻くカバディの流れが、俺の右手に集っていく。今らなやれる。今しかやれねえ。
見せてやるぜムハンマド。これが俺の、俺たちみんなの……!
「カバディィィィッッッーーーー!」
大和武志とムハンマドのぶつかり合い。それは男と男の魂の共鳴であり、やはり一種の芸術であるからして、爆発を生じさせたのだった。爆発の衝撃により舞い上がった砂埃が、二人の姿を隠してしまう。
誰もが固唾を呑んで砂埃を見つめていた。その中でいかにして決着がついたのかを、誰もが想像した。大和武志かムハンマドか。勝者はどちらか一人。
次第に砂埃も落ち着いていき、うっすらと会場の様子が見て取れるようになった。陽炎のように揺らめく影が一つ。
「カバディ」
その影は、右手を高々と掲げていた。
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