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作品ID:212
こちらの作品は、「お気軽感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約7482文字 読了時間約4分 原稿用紙約10枚
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トモダチの境界線
作品紹介
高校生三人の友達模様を書いてみました。
前二作より文字数が増えましたが、明るいノリで書いているので、お気軽に読んでいただければと思います。
前二作より文字数が増えましたが、明るいノリで書いているので、お気軽に読んでいただければと思います。
軽く息を弾ませて、早足で駅の階段を上りきった。
待ち合わせの改札前までは、まだ距離がある。
通路の途中で足を止めて腕時計を見ると、十時五十五分。
待ち合わせの五分前だ。
(亮太の電話がもっと早ければ良かったのに)
***
亮太――小学校から一緒の鶴川亮太――から電話がきたのは、今朝のこと。
夢の世界から引き戻されて、枕元の携帯を取ったら、亮太から着信。
モーニングコールなんて、頼んでないよ。
《春眠暁を覚えず》とばかりに、春休みの遅い朝を楽しむ乙女を起こすとは、なんてヤツ。
そのまま無視しようと思ったけど、しつこく鳴らすので仕方なく電話に出た。
『おはよぉ、今日予定ある?』
「予定はないけど……」
この電話、遊びに行く誘い?
高校に入って、亮太と遊びに行ってなかったのに。
あいつ、遅刻癖あるんだよなぁ。大丈夫かね。
わたしはベッドから体を起こし、次の言葉を待つ。
『今日、タケと野球見に行く約束してたんだけど、行けなくなって』
「……えっ」
『よかったら、おまえ見に行かない? 俺の代わりに』
いきなり、何を言い出すんだ。この男は。
誘いかと思ってたら、そうくるなんて。
予想外の言葉に、残っていた眠気が吹っ飛んだ。
『タケ』とは、亮太と同じクラスの竹井くん。ちなみに竹井くんは亮太を『ツル』と呼ぶ。
竹井くんと亮太の付き合いは高校からなので、もうすぐ一年。
二人は馬が合うのか、学校で一緒にいるのをよく見かける。
わたしは二人とクラスが離れてるので、彼とは亮太絡みでたまに話す程度。
温厚で真面目そうというのが、竹井くんの第一印象だ。
そんな仲良しの友達との約束を取り消すというのだから、なんか訳ありなのだろう。
とりあえず話を聞いてやるか。
「なんで、行けないの」
『オフクロが「法事に出ろ」とか言い出して。法事には行きたくないんだよな……』
亮太の話では、今日の午後から親類筋の法事とのこと。
もともとは亮太の両親だけが出席の予定だったのに、お父さんは急な仕事が入って出席できず。
そこで、代わりに亮太が一家の男代表として、お母さんと一緒に出ることになったようだ。
途中で小声になったけど、近くにお母さんがいるんだろうか。
からかい半分で言ってみる。
「あんた、お母さんこわいんだ」
『悪いかよ』
あら、あっさり認めちゃったよ。図星だったとは。
すぐさま、亮太は話をそらす。
『それで、野球のほうなんだけど』
「法事があるなら、野球のほうは他の日にすれば」
『タケが俺のぶんのチケットも買ってあるんだよね』
「俺のぶんっていうけど、竹井くんにお金は払った?」
『払ってあるから心配しないでいいよ――で、どう? 埼玉の試合だぜ』
埼玉は若手揃いで躍動感があり、好きなチームだ。
でも、ファン歴が浅くて、まだ観戦に行ったことはない。
竹井くん、いい人そうだし、球場行ってみようかな。
彼とは、亮太抜きでゆっくり話してみたい気もするし。
「わかった、行ってあげる。でも、タダってわけには……」
『割り勘でいいか?』
わたしは『あとで全額払うわよ』と続けようとしたが、亮太に遮られた。
割り勘ねぇ、急なお願いの迷惑料ってことで、ここは半分こにしとくか。
「じゃあ、それでいいよ。わたしが行くこと、竹井くんに伝えなくていいの?」
『大丈夫、これから言っとくから。待ち合わせは○○駅の改札前に十一時で。よろしく』
そう言って、亮太は電話を切った。
部屋の時計を見ると、もうすぐ十時。
やばっ、あと一時間しかない。
わたしは慌てて、一階に駆け下りる。
***
(もう、竹井くん来てるよぉ)
ふたたび、駅の通路を早足で歩くと、改札からちょっと離れた柱の前に竹井くんが待っていた。
グレーのパーカーを羽織った竹井くんは、わたしと別のほうを見ている。
まだ、わたしに気づいていない。
「竹井くん、お待たせ」
わたしの呼びかけに、竹井くんがこちらを向いた。
なんか眉をひそめているような。
竹井くん、目が悪かったっけ?
そのまま近付くと、竹井くんが口を開く。
「あれっ、なんで成瀬さんが……」
わたしより頭一つぶん大きい竹井くんが、怪訝そうにわたしを見下ろしている。
「なんでって、鶴川くんの代わりですけど、わたしのこと聞いてませんか」
亮太と二人きりの時は、『あんた』呼ばわりもするが、そうでない時は名字に『くん』付け。
とはいえ、亮太に話す口調自体は人前でも、あまり変わらない。
だから亮太がいる時は自然と口が悪くなるが、今日は竹井くんだけだから丁寧にね。
「ツルからは『弟が来る』って聞いてたから、成瀬さんが来たんでビックリしたよ」
確かに亮太には、弟がいる。こんど中学三年になるんだよね。
弟くんは野球部に入ってて、去年見たとき、坊主頭がかわいかったなぁ。
それはそうと、わたしはあいつの『弟』じゃないぞ。
あいつのほうが早生まれではあるけど、いつから兄弟になったんだ。
わたしは軽く口を尖らせる。
「弟なんて失礼しちゃうよねぇ。こんな可愛いわたしをつかまえて……」
つい、ムッとして、亮太と喋ってるノリで冗談言っちゃったよ。
竹井くんが相手なんだから、押さえないとね。
今日のわたしは、少しでも女の子らしくと、白のシャツに薄いブルーのカーディガンを重ねて、デニムのスカート。
でも、奥二重だけど目つきはキツイし、性格も可愛げはないからなぁ、わたし。
言ってしまった後、竹井くんの反応が心配だったけど、彼は白い歯を見せて笑みを浮かべている。
呆れた感じの引きつった笑いではなかったので、ちょっと安心。
「そうだよね。成瀬さんが来るなら来るって、はっきり言ってくれればいいのに」
「わたしが行くって言ったら、断られるとでも思ったんじゃ」
「そんなことないよ。たぶん、僕のこと驚かそうとしたんじゃないかと思う」
わたしは、ついつい捻くれたほうに考えてしまうが、竹井くんは素直だなぁ。
竹井くんはさりげなく、わたしのことをフォローしてくれたようにも思えたけど、心配だから念のため聞いてみる。
「あのぉ、竹井くん――代わりに行くの、わたしでいいんですか」
「もちろん。成瀬さんとあまり話したことなかったけど、今日はいい機会だね」
(いい機会だなんて、そんな)
竹井くんと話をしたいと思ってはいたけど、その彼に『いい機会』と言われたのはうれしい。
頬と耳の辺りが熱くなったような気がした。
「成瀬さん、そろそろ行こうか」
少し話し込んでしまったが、気がつくとそろそろ十一時。
「はい、よろしくお願いします」
わたしは照れ隠しに俯き加減で言い、竹井くんの後を付いていく。
自動改札を抜けて、ホームへ向かった。
野球場の最寄り駅へ向かう車中、日中でも休みと言うことで席は埋まっていた。
しかし、目の前で運よく二人分の席が空いたので、竹井くんと隣同士に座る。
並んで座ったら、なんか緊張してきちゃったな。
亮太以外の男子と二人きりで出かけるの初めてなんだよね。
とりあえず話そうか。
「竹井くん、今日はどれぐらいに来てたんですか」
わたしの問いで、アナログの腕時計に目を落とす、竹井くん。
「……確か、十時四十五分くらいだったかな」
「早いんですね。普段からそうなんですか」
「いつも遅刻しないようにしてるけど、心配性でつい早くなっちゃうんだよね」
亮太は、こういう竹井くんを見習って欲しいねぇ。
「鶴川くんとは大違いです」
「ツルは時間までに来るほうが珍しいからねぇ……成瀬さんのときもそうなの?」
仲良しの竹井くんにも同じなのか、気を遣えよぉ。
あいつ、相変わらずなんだな。
わたしは中学時代のことを思い出す。
「中学のときの話ですけど、ひどかったですよ」
「ツルと成瀬さんって小学校から一緒だったんだっけ」
「はい……映画に誘われて、時間過ぎても来なくて電話したら、『いま家で寝てた』ですからね」
あれは一年前の今ごろ。
それまでに遅刻されたことはあったが、さすがにあの時は呆れた。
誘った当人が約束の時間に家で寝てるんだもんなぁ。
結局、それから三十分以上待たされた。
亮太とあれ以来遊びに行ってないけれど、あいつと一緒に行くのが嫌な訳ではない。
高校で新しい友達ができて、そちらの付き合いで忙しくなったのだ。
あいつが誘わなくなったのも、多分そんな理由だろう。
竹井くんという親友ができたことだし。
「僕のときはそこまでヒドくないけど、覚悟しとかなきゃな」
竹井くんが首をすくめて、おどけるように言った。
「同じことやったら、絶交してもいいですよ。甘やかすと癖になるから」
「厳しいねぇ、成瀬さん」
竹井くんは笑って聞いてたけど、ちょっと調子に乗りすぎたか。
亮太は竹井くんにとって、仲のいい友達だもんね。
あいつの話はしばらく止めよう、悪いこと言っちゃいそうだから。
ここで、お互いに口を閉じてしまった。
会話に傾けていた集中がとぎれ、まわりのざわめきや、電車の走る音が耳に入りだす。
こういう気まずい空気での沈黙は、ちょっと辛い。
そろそろ別の話でもしようかなぁ。
でも、沈黙を破ったのは、竹井くんだった。
「ツルの遅刻は良くないけど、あいつにもいいとこあるよ」
「いいところ?」
「気遣いのできるところかなぁ」
遅刻して人を待たせるのに――とは思ったが、胸の奥に留めておいた。
竹井くんは、ひと呼吸おいて、更に言葉を続ける。
「例えば、今日なんか、約束断って済ませればいいのに、そうしなかったよね」
「ええ、いきなり電話がきて、ビックリしましたけど」
「僕ひとりにならないよう、成瀬さんに声をかけてくれたんじゃないかな」
今朝の電話では、そんな風には感じなかった。
だけど、「友達のため」なんて口に出せなくて、そう振舞ってたのかなぁ。
もし、そうだったとしても、ひとつの疑問が浮かぶ。
「だとしたら、なんでわたしなんですか?」
竹井くんは少し考えるように顎に左手を持っていき、指先で頬をかく。
「……僕がツルだったら、親友とかそれに近い人を紹介したいかなぁ」
そう言われて、ふと考えてみる。
わたしと亮太の関係って、何?
あいつとは小学校から一緒で、つき合いは長い。
でも、遊び友達というか、今は話し友達という感じ。
決して深いつながりの友達ではない。
それに友達なら、わたしでなくても、同じクラスの人もいるだろうに。
「親友なんて、それほどのものじゃ……」
「そうかなぁ。ツルと成瀬さんを見てると、本当に仲良いんだなって」
「う、嘘ですよね」
わたしは、慌てて否定した。
親友というなら、亮太と竹井くんのほうがはるかに密度が濃い関係のような。
わたしより、竹井くんのほうが亮太を理解してるようにも思えるし。
「嘘じゃないよ。成瀬さんほど遠慮なくタケに話してる人いないよ。うちのクラスでも」
竹井くんの口調がちょっと強くなった。
目元から笑みが消えたように見える。真剣なんだ。
遠慮なく話せるといえば、そうなんだろう。
少なくとも、クラスに『あんた』『おまえ』で呼び合うような人はいないかも。
だけど、何年もつき合いがあれば――。
「年数長いから、慣れちゃってるだけじゃないですかねぇ」
「つき合いが長くても、心を許してる人じゃないと、遠慮なくとはいかない」
亮太と二人のとき、あいつは愚痴を言ったりする。
それって、亮太がわたしに心を許してるってことかなぁ。
「ツルにとって成瀬さんは、いい友達なんだよ。きっと」
そう呟いた竹井くんは、嬉しそうでもあり、どこか寂しそうでもあった。
気になって、亮太のことを聞いてみる。
「竹井くんもそうですよね」
「ツルは、いい友達だけど、もっと遠慮がいらない関係になりたいね」
「鶴川くんとはまだ一年じゃないですか。これからですよ」
竹井くんの顔に笑みが戻ったような気がした。
それから、目的の駅に着くまで三十分ほど。
話題を変えて、その後は他愛ないおしゃべりになったけど、あっという間だった。
***
肝心の試合のほうは、相手に先制されるも、応援チームの埼玉が終盤に連打で逆転。
初観戦にして見ごたえのある試合だったという嬉しい結果。
その嬉しい気分のまま、先ほど家に帰ってきたところ。
自分の部屋で寛ごうとしていたとき、携帯にメールが入っていることに気づいた。
『今日はどうだった』
中身はこの一言。亮太からのメールだ。
メールを返しておこうと思ったものの、直接話したいこともあるし電話しよう。
亮太は法事から帰ってきてるだろうか。
二、三度鳴らすと、亮太が携帯に出た。
『メール読んだか?』
読んだも何も一言でしょ。
しかし、普段から長いメールなんてしない亮太だし、こんなもんか。
「まぁ、楽しかったわよ、野球」
『そりゃ良かった。やっぱ野球行きたかったなぁ』
「なんかあったの?」
『お坊さんがお経唱えてる間、正座させられて足はしびれるし』
亮太が辛そうに言ったが、正座姿を想像すると噴き出しそうになる。
「むかし、子ども会で座禅組んだ時、あんた落ち着きなかったもんねぇ」
確か、小学三年か四年くらいだったか。夏休みに町内の子ども会で座禅会があった。
そこで、亮太はじっとしてられなくて、お坊さんに何度か注意されていたのを思い出す。
『よく覚えてるな、そんなこと』
「だって、あんたほど注意されてた人いなかったから。記憶にも残るわ」
『昔のこと知られてるってのも困りもんだよな、まったく』
なんてことのない会話だけど、なんかほっとする。
竹井くんと話したときは、地を出せなかったからねぇ。
あと、なつかしい場所にでも帰ってきたような感じ。
これが亮太との年数ってやつなんだろうか。
『そういや、タケに余計なこと言ってないだろうな』
わたしに変な昔話をされたのが気になったか、亮太が確認してきた。
「そんなこと言ってないから心配するな」
『なら、いいけど』
遅刻のことは言ったけど、それは竹井くんの知ってることだからいいや。
竹井くんといえば、待ち合わせのことを思い出した。
「そうそう、あんたに聞きたいことがある」
『……何、聞きたいことって』
わたしの問いに亮太は不意を突かれたのか、答えに間があいた。
「なんで、竹井くんに『弟が行く』なんて言ったの」
『ちょっとしたジョークだよ。俺がいないからタケと話しづらいと思って、和ませようとしたんだけど』
「あんたがいなくても、普通に話せるわよ。余計なことして」
強がってみせたが、正直なところ、最初はちょっと緊張していた。
あの一件で亮太にムッときたおかげで緊張が解け、スムーズに話せたところはあったかもしれない。
『てっきり、緊張したと思ったんだけどなぁ』
亮太は茶化すように言った。
でも、わたしのこと、気にかけててくれたんだ。
長いつき合いで今更だけど、亮太って『いいやつ』なんだよな。
不器用なところがあって、誤解されたりするけれども。
亮太のそんなところを理解したから、竹井くんはいい友達になれたんだと思う。
今までは、亮太のことを深く考えてなかった。
だけど、竹井くんのおかげかな。亮太のことをあらためて『いいやつ』って思えたのは。
「……今日はありがとう、亮太」
『何だよ、急にあらたまって』
「わたしに声かけてくれたおかげで、いい一日だったから」
今日、竹井くんと出かける機会がなかったら、亮太を再認識してなかったはず。
だから、機会を与えてくれた亮太にお礼を言いたかった。
『おまえが礼なんて珍しいな』
「たまには言いたいときもあるの。じゃあね」
お礼を言ってはみたものの、恥ずかしくなったので電話を早く切りたい。
『待て、まだ切るな』
耳から携帯をちょっと離したところで、亮太の大きな声が鼓膜を刺した。
「まだ話ある?」
『今度、映画でも行かないか?』
「どうしたの、突然」
『急な電話でおまえに迷惑かけちゃったからな。そのお詫びだよ』
お詫びなんて、また慣れないことを。
亮太の声が小さくなってる。照れてるのかな。
「亮太こそ、珍しいね。素直にお詫びなんて」
『いいだろ、ずっと行ってなかったし』
一緒に映画行ったのは、一年前だったね。
「映画はいいけど、遅刻はしないでよ」
『……努力する』
《遊び友達》から《話し友達》という関係の亮太とわたし。
これからどう変わるのか、または変わらないのかは、わからない。
でも、一日でも長く、いい関係を続けていきたいという気持ちは確か。
亮太との時間が居心地が良いと気づいたから。
(亮太は、どういう関係を望んでいるんだろう)
普段は遠慮がないわたしも、それは聞きづらい。
「おい、亮太。どう思ってるんだ」
もう通話が切れてる携帯に向かって、わたしは独り言を投げかけた。
答えが返ってくるはずないのにね。
そんなことをしてる自分が可笑しく思えた。
ウジウジしてても仕方がない。
このまま何もしなかったら、現状維持どころか、後退しちゃうかもしれないんだから。
遠まわしでもいいから、映画のときにでも聞いてやるさ。
まずは、そこからだ。
待ち合わせの改札前までは、まだ距離がある。
通路の途中で足を止めて腕時計を見ると、十時五十五分。
待ち合わせの五分前だ。
(亮太の電話がもっと早ければ良かったのに)
***
亮太――小学校から一緒の鶴川亮太――から電話がきたのは、今朝のこと。
夢の世界から引き戻されて、枕元の携帯を取ったら、亮太から着信。
モーニングコールなんて、頼んでないよ。
《春眠暁を覚えず》とばかりに、春休みの遅い朝を楽しむ乙女を起こすとは、なんてヤツ。
そのまま無視しようと思ったけど、しつこく鳴らすので仕方なく電話に出た。
『おはよぉ、今日予定ある?』
「予定はないけど……」
この電話、遊びに行く誘い?
高校に入って、亮太と遊びに行ってなかったのに。
あいつ、遅刻癖あるんだよなぁ。大丈夫かね。
わたしはベッドから体を起こし、次の言葉を待つ。
『今日、タケと野球見に行く約束してたんだけど、行けなくなって』
「……えっ」
『よかったら、おまえ見に行かない? 俺の代わりに』
いきなり、何を言い出すんだ。この男は。
誘いかと思ってたら、そうくるなんて。
予想外の言葉に、残っていた眠気が吹っ飛んだ。
『タケ』とは、亮太と同じクラスの竹井くん。ちなみに竹井くんは亮太を『ツル』と呼ぶ。
竹井くんと亮太の付き合いは高校からなので、もうすぐ一年。
二人は馬が合うのか、学校で一緒にいるのをよく見かける。
わたしは二人とクラスが離れてるので、彼とは亮太絡みでたまに話す程度。
温厚で真面目そうというのが、竹井くんの第一印象だ。
そんな仲良しの友達との約束を取り消すというのだから、なんか訳ありなのだろう。
とりあえず話を聞いてやるか。
「なんで、行けないの」
『オフクロが「法事に出ろ」とか言い出して。法事には行きたくないんだよな……』
亮太の話では、今日の午後から親類筋の法事とのこと。
もともとは亮太の両親だけが出席の予定だったのに、お父さんは急な仕事が入って出席できず。
そこで、代わりに亮太が一家の男代表として、お母さんと一緒に出ることになったようだ。
途中で小声になったけど、近くにお母さんがいるんだろうか。
からかい半分で言ってみる。
「あんた、お母さんこわいんだ」
『悪いかよ』
あら、あっさり認めちゃったよ。図星だったとは。
すぐさま、亮太は話をそらす。
『それで、野球のほうなんだけど』
「法事があるなら、野球のほうは他の日にすれば」
『タケが俺のぶんのチケットも買ってあるんだよね』
「俺のぶんっていうけど、竹井くんにお金は払った?」
『払ってあるから心配しないでいいよ――で、どう? 埼玉の試合だぜ』
埼玉は若手揃いで躍動感があり、好きなチームだ。
でも、ファン歴が浅くて、まだ観戦に行ったことはない。
竹井くん、いい人そうだし、球場行ってみようかな。
彼とは、亮太抜きでゆっくり話してみたい気もするし。
「わかった、行ってあげる。でも、タダってわけには……」
『割り勘でいいか?』
わたしは『あとで全額払うわよ』と続けようとしたが、亮太に遮られた。
割り勘ねぇ、急なお願いの迷惑料ってことで、ここは半分こにしとくか。
「じゃあ、それでいいよ。わたしが行くこと、竹井くんに伝えなくていいの?」
『大丈夫、これから言っとくから。待ち合わせは○○駅の改札前に十一時で。よろしく』
そう言って、亮太は電話を切った。
部屋の時計を見ると、もうすぐ十時。
やばっ、あと一時間しかない。
わたしは慌てて、一階に駆け下りる。
***
(もう、竹井くん来てるよぉ)
ふたたび、駅の通路を早足で歩くと、改札からちょっと離れた柱の前に竹井くんが待っていた。
グレーのパーカーを羽織った竹井くんは、わたしと別のほうを見ている。
まだ、わたしに気づいていない。
「竹井くん、お待たせ」
わたしの呼びかけに、竹井くんがこちらを向いた。
なんか眉をひそめているような。
竹井くん、目が悪かったっけ?
そのまま近付くと、竹井くんが口を開く。
「あれっ、なんで成瀬さんが……」
わたしより頭一つぶん大きい竹井くんが、怪訝そうにわたしを見下ろしている。
「なんでって、鶴川くんの代わりですけど、わたしのこと聞いてませんか」
亮太と二人きりの時は、『あんた』呼ばわりもするが、そうでない時は名字に『くん』付け。
とはいえ、亮太に話す口調自体は人前でも、あまり変わらない。
だから亮太がいる時は自然と口が悪くなるが、今日は竹井くんだけだから丁寧にね。
「ツルからは『弟が来る』って聞いてたから、成瀬さんが来たんでビックリしたよ」
確かに亮太には、弟がいる。こんど中学三年になるんだよね。
弟くんは野球部に入ってて、去年見たとき、坊主頭がかわいかったなぁ。
それはそうと、わたしはあいつの『弟』じゃないぞ。
あいつのほうが早生まれではあるけど、いつから兄弟になったんだ。
わたしは軽く口を尖らせる。
「弟なんて失礼しちゃうよねぇ。こんな可愛いわたしをつかまえて……」
つい、ムッとして、亮太と喋ってるノリで冗談言っちゃったよ。
竹井くんが相手なんだから、押さえないとね。
今日のわたしは、少しでも女の子らしくと、白のシャツに薄いブルーのカーディガンを重ねて、デニムのスカート。
でも、奥二重だけど目つきはキツイし、性格も可愛げはないからなぁ、わたし。
言ってしまった後、竹井くんの反応が心配だったけど、彼は白い歯を見せて笑みを浮かべている。
呆れた感じの引きつった笑いではなかったので、ちょっと安心。
「そうだよね。成瀬さんが来るなら来るって、はっきり言ってくれればいいのに」
「わたしが行くって言ったら、断られるとでも思ったんじゃ」
「そんなことないよ。たぶん、僕のこと驚かそうとしたんじゃないかと思う」
わたしは、ついつい捻くれたほうに考えてしまうが、竹井くんは素直だなぁ。
竹井くんはさりげなく、わたしのことをフォローしてくれたようにも思えたけど、心配だから念のため聞いてみる。
「あのぉ、竹井くん――代わりに行くの、わたしでいいんですか」
「もちろん。成瀬さんとあまり話したことなかったけど、今日はいい機会だね」
(いい機会だなんて、そんな)
竹井くんと話をしたいと思ってはいたけど、その彼に『いい機会』と言われたのはうれしい。
頬と耳の辺りが熱くなったような気がした。
「成瀬さん、そろそろ行こうか」
少し話し込んでしまったが、気がつくとそろそろ十一時。
「はい、よろしくお願いします」
わたしは照れ隠しに俯き加減で言い、竹井くんの後を付いていく。
自動改札を抜けて、ホームへ向かった。
野球場の最寄り駅へ向かう車中、日中でも休みと言うことで席は埋まっていた。
しかし、目の前で運よく二人分の席が空いたので、竹井くんと隣同士に座る。
並んで座ったら、なんか緊張してきちゃったな。
亮太以外の男子と二人きりで出かけるの初めてなんだよね。
とりあえず話そうか。
「竹井くん、今日はどれぐらいに来てたんですか」
わたしの問いで、アナログの腕時計に目を落とす、竹井くん。
「……確か、十時四十五分くらいだったかな」
「早いんですね。普段からそうなんですか」
「いつも遅刻しないようにしてるけど、心配性でつい早くなっちゃうんだよね」
亮太は、こういう竹井くんを見習って欲しいねぇ。
「鶴川くんとは大違いです」
「ツルは時間までに来るほうが珍しいからねぇ……成瀬さんのときもそうなの?」
仲良しの竹井くんにも同じなのか、気を遣えよぉ。
あいつ、相変わらずなんだな。
わたしは中学時代のことを思い出す。
「中学のときの話ですけど、ひどかったですよ」
「ツルと成瀬さんって小学校から一緒だったんだっけ」
「はい……映画に誘われて、時間過ぎても来なくて電話したら、『いま家で寝てた』ですからね」
あれは一年前の今ごろ。
それまでに遅刻されたことはあったが、さすがにあの時は呆れた。
誘った当人が約束の時間に家で寝てるんだもんなぁ。
結局、それから三十分以上待たされた。
亮太とあれ以来遊びに行ってないけれど、あいつと一緒に行くのが嫌な訳ではない。
高校で新しい友達ができて、そちらの付き合いで忙しくなったのだ。
あいつが誘わなくなったのも、多分そんな理由だろう。
竹井くんという親友ができたことだし。
「僕のときはそこまでヒドくないけど、覚悟しとかなきゃな」
竹井くんが首をすくめて、おどけるように言った。
「同じことやったら、絶交してもいいですよ。甘やかすと癖になるから」
「厳しいねぇ、成瀬さん」
竹井くんは笑って聞いてたけど、ちょっと調子に乗りすぎたか。
亮太は竹井くんにとって、仲のいい友達だもんね。
あいつの話はしばらく止めよう、悪いこと言っちゃいそうだから。
ここで、お互いに口を閉じてしまった。
会話に傾けていた集中がとぎれ、まわりのざわめきや、電車の走る音が耳に入りだす。
こういう気まずい空気での沈黙は、ちょっと辛い。
そろそろ別の話でもしようかなぁ。
でも、沈黙を破ったのは、竹井くんだった。
「ツルの遅刻は良くないけど、あいつにもいいとこあるよ」
「いいところ?」
「気遣いのできるところかなぁ」
遅刻して人を待たせるのに――とは思ったが、胸の奥に留めておいた。
竹井くんは、ひと呼吸おいて、更に言葉を続ける。
「例えば、今日なんか、約束断って済ませればいいのに、そうしなかったよね」
「ええ、いきなり電話がきて、ビックリしましたけど」
「僕ひとりにならないよう、成瀬さんに声をかけてくれたんじゃないかな」
今朝の電話では、そんな風には感じなかった。
だけど、「友達のため」なんて口に出せなくて、そう振舞ってたのかなぁ。
もし、そうだったとしても、ひとつの疑問が浮かぶ。
「だとしたら、なんでわたしなんですか?」
竹井くんは少し考えるように顎に左手を持っていき、指先で頬をかく。
「……僕がツルだったら、親友とかそれに近い人を紹介したいかなぁ」
そう言われて、ふと考えてみる。
わたしと亮太の関係って、何?
あいつとは小学校から一緒で、つき合いは長い。
でも、遊び友達というか、今は話し友達という感じ。
決して深いつながりの友達ではない。
それに友達なら、わたしでなくても、同じクラスの人もいるだろうに。
「親友なんて、それほどのものじゃ……」
「そうかなぁ。ツルと成瀬さんを見てると、本当に仲良いんだなって」
「う、嘘ですよね」
わたしは、慌てて否定した。
親友というなら、亮太と竹井くんのほうがはるかに密度が濃い関係のような。
わたしより、竹井くんのほうが亮太を理解してるようにも思えるし。
「嘘じゃないよ。成瀬さんほど遠慮なくタケに話してる人いないよ。うちのクラスでも」
竹井くんの口調がちょっと強くなった。
目元から笑みが消えたように見える。真剣なんだ。
遠慮なく話せるといえば、そうなんだろう。
少なくとも、クラスに『あんた』『おまえ』で呼び合うような人はいないかも。
だけど、何年もつき合いがあれば――。
「年数長いから、慣れちゃってるだけじゃないですかねぇ」
「つき合いが長くても、心を許してる人じゃないと、遠慮なくとはいかない」
亮太と二人のとき、あいつは愚痴を言ったりする。
それって、亮太がわたしに心を許してるってことかなぁ。
「ツルにとって成瀬さんは、いい友達なんだよ。きっと」
そう呟いた竹井くんは、嬉しそうでもあり、どこか寂しそうでもあった。
気になって、亮太のことを聞いてみる。
「竹井くんもそうですよね」
「ツルは、いい友達だけど、もっと遠慮がいらない関係になりたいね」
「鶴川くんとはまだ一年じゃないですか。これからですよ」
竹井くんの顔に笑みが戻ったような気がした。
それから、目的の駅に着くまで三十分ほど。
話題を変えて、その後は他愛ないおしゃべりになったけど、あっという間だった。
***
肝心の試合のほうは、相手に先制されるも、応援チームの埼玉が終盤に連打で逆転。
初観戦にして見ごたえのある試合だったという嬉しい結果。
その嬉しい気分のまま、先ほど家に帰ってきたところ。
自分の部屋で寛ごうとしていたとき、携帯にメールが入っていることに気づいた。
『今日はどうだった』
中身はこの一言。亮太からのメールだ。
メールを返しておこうと思ったものの、直接話したいこともあるし電話しよう。
亮太は法事から帰ってきてるだろうか。
二、三度鳴らすと、亮太が携帯に出た。
『メール読んだか?』
読んだも何も一言でしょ。
しかし、普段から長いメールなんてしない亮太だし、こんなもんか。
「まぁ、楽しかったわよ、野球」
『そりゃ良かった。やっぱ野球行きたかったなぁ』
「なんかあったの?」
『お坊さんがお経唱えてる間、正座させられて足はしびれるし』
亮太が辛そうに言ったが、正座姿を想像すると噴き出しそうになる。
「むかし、子ども会で座禅組んだ時、あんた落ち着きなかったもんねぇ」
確か、小学三年か四年くらいだったか。夏休みに町内の子ども会で座禅会があった。
そこで、亮太はじっとしてられなくて、お坊さんに何度か注意されていたのを思い出す。
『よく覚えてるな、そんなこと』
「だって、あんたほど注意されてた人いなかったから。記憶にも残るわ」
『昔のこと知られてるってのも困りもんだよな、まったく』
なんてことのない会話だけど、なんかほっとする。
竹井くんと話したときは、地を出せなかったからねぇ。
あと、なつかしい場所にでも帰ってきたような感じ。
これが亮太との年数ってやつなんだろうか。
『そういや、タケに余計なこと言ってないだろうな』
わたしに変な昔話をされたのが気になったか、亮太が確認してきた。
「そんなこと言ってないから心配するな」
『なら、いいけど』
遅刻のことは言ったけど、それは竹井くんの知ってることだからいいや。
竹井くんといえば、待ち合わせのことを思い出した。
「そうそう、あんたに聞きたいことがある」
『……何、聞きたいことって』
わたしの問いに亮太は不意を突かれたのか、答えに間があいた。
「なんで、竹井くんに『弟が行く』なんて言ったの」
『ちょっとしたジョークだよ。俺がいないからタケと話しづらいと思って、和ませようとしたんだけど』
「あんたがいなくても、普通に話せるわよ。余計なことして」
強がってみせたが、正直なところ、最初はちょっと緊張していた。
あの一件で亮太にムッときたおかげで緊張が解け、スムーズに話せたところはあったかもしれない。
『てっきり、緊張したと思ったんだけどなぁ』
亮太は茶化すように言った。
でも、わたしのこと、気にかけててくれたんだ。
長いつき合いで今更だけど、亮太って『いいやつ』なんだよな。
不器用なところがあって、誤解されたりするけれども。
亮太のそんなところを理解したから、竹井くんはいい友達になれたんだと思う。
今までは、亮太のことを深く考えてなかった。
だけど、竹井くんのおかげかな。亮太のことをあらためて『いいやつ』って思えたのは。
「……今日はありがとう、亮太」
『何だよ、急にあらたまって』
「わたしに声かけてくれたおかげで、いい一日だったから」
今日、竹井くんと出かける機会がなかったら、亮太を再認識してなかったはず。
だから、機会を与えてくれた亮太にお礼を言いたかった。
『おまえが礼なんて珍しいな』
「たまには言いたいときもあるの。じゃあね」
お礼を言ってはみたものの、恥ずかしくなったので電話を早く切りたい。
『待て、まだ切るな』
耳から携帯をちょっと離したところで、亮太の大きな声が鼓膜を刺した。
「まだ話ある?」
『今度、映画でも行かないか?』
「どうしたの、突然」
『急な電話でおまえに迷惑かけちゃったからな。そのお詫びだよ』
お詫びなんて、また慣れないことを。
亮太の声が小さくなってる。照れてるのかな。
「亮太こそ、珍しいね。素直にお詫びなんて」
『いいだろ、ずっと行ってなかったし』
一緒に映画行ったのは、一年前だったね。
「映画はいいけど、遅刻はしないでよ」
『……努力する』
《遊び友達》から《話し友達》という関係の亮太とわたし。
これからどう変わるのか、または変わらないのかは、わからない。
でも、一日でも長く、いい関係を続けていきたいという気持ちは確か。
亮太との時間が居心地が良いと気づいたから。
(亮太は、どういう関係を望んでいるんだろう)
普段は遠慮がないわたしも、それは聞きづらい。
「おい、亮太。どう思ってるんだ」
もう通話が切れてる携帯に向かって、わたしは独り言を投げかけた。
答えが返ってくるはずないのにね。
そんなことをしてる自分が可笑しく思えた。
ウジウジしてても仕方がない。
このまま何もしなかったら、現状維持どころか、後退しちゃうかもしれないんだから。
遠まわしでもいいから、映画のときにでも聞いてやるさ。
まずは、そこからだ。
後書き
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