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作品ID:241
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約5845文字 読了時間約3分 原稿用紙約8枚
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小説の属性:一般小説 / 未選択 / 批評希望 / 初級者 / R-15 /
剣女ふたり 序章『炎狼のシフラ』
作品紹介
櫻井樹翠さまの助言を受け、物語の冒頭を大幅改稿致しました。
それによって後々の展開にも影響が出るので、公開していた一話?三話も推敲したいと思います。
続きを待っていた方に多大なご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます。
初の長編になるか中篇になるか、見通しは不明瞭ではありますが、完結はさせます。
多少猟奇的な描写があるので、不得手な方はご注意を。
それによって後々の展開にも影響が出るので、公開していた一話?三話も推敲したいと思います。
続きを待っていた方に多大なご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます。
初の長編になるか中篇になるか、見通しは不明瞭ではありますが、完結はさせます。
多少猟奇的な描写があるので、不得手な方はご注意を。
★剣女(けんめ)ふたり★
序章「炎狼のシフラ」
1、「炎の狼、殺戮(さつりく)の宴」
シフラ=マタティア、三十歳。
現在は放浪剣士として、‘あるもの’をさがしつつ各国を旅している。
燃えるように赤く、狼のように刺々しい短髪。
不敵(ふてき)な光と、強靭(きょうじん)な意志が宿る緑瞳(りょくどう)。
精悍(せいかん)な面差(おもざ)しは男とみまごう程に中性的(ちゅうせいてき)で、尚且(なおか)つ、鮮鋭(せんえい)な美しさを有していた。
女性にしては逞(たくま)しく、相当な長身の持ち主で、その膂力(りょりょく)は大の男に引けをとらない。
そんな彼女は今日も、|「炎波剣(えんはけん)」フランベルジュを駆(か)り、凄惨な殺戮(さつりく)に身を委(ゆだ)ねていた…………
ラバン盗賊団は、壊滅の憂(う)き目に遭っていた。
かれらのアジトは今、ラングの草原のやや南西にある、目立たぬ名もなき洞窟の中にある。
草原ラングに通りかかる旅人から金品を奪いとる、小悪党の集団である。
彼らの首領・ラバンには、部下と異なり夢があるにはあった。
しかし、自らの軽率な行動が原因で‘炎の狼’を呼び寄せてしまうとは知る由(よし)もなかった……
ラバン盗賊団に属する誰よりも、彼女は背丈が高かった。
相対した者のほとんどが「大女……!」と震えながら呟いてしまうほどに。
シフラ=マタティアは、すでにトビト盗賊団に属する男の半分を絶息《ぜっそく》させていた――といっても、もとの人数は十人ちょっとだが。
「でらあぁあッ!!」
嵐のような暴威(ぼうい)の雄叫(おたけ)びが、ならず者の耳朶(じだ)をうつ。
「ひ……――」
ザンッ! と、そのならず者は恐怖の極みを全身に走らせたまま、頭蓋(ずがい)を断ち切られてしまった。
仲間の惨状を見ている後方の男達はすでに戦意を喪失(うしな)い、萎縮(いしゅく)しきっているのが明らかである。
「逃げるな屑(くず)ども!!」
「ひ、ひいいぃぃぃ!」
それでもなお迫る炎の旋風を逃れようと、盗賊どもは洞窟の奥へ退いてゆくが――
「逃げんじゃねぇカス共」
こころもち低く発せられた胴間声(どうまごえ)は、迫りくる大女の口上とほぼ同じだった。
「で、でもアニキ――……え?」
「口答えすんじゃねえ」
口答えした(・・・・・)部下の腹部に、深々とめりこむ大きめの剣。
それを引き抜かれるとともに、彼は滝のような血流を吐きだし、またたく間に地に伏した。
ふと、それを視認したシフラは足を止める。
盗賊団の頭と思われる大男――ラバンが立ち上がり、両手大剣《ツヴァイハンダー》を手にこちらを睨(にら)みすえているのだ。
茶色の極短髪に、険の深い碧眼をもつ面差しは、小悪党の頭にしては案外な精悍(せいかん)さである。
シフラほどではないが、彼もまたたくましい長身の持ち主であった。
だが、その双眸には自信のなさを表す弱々しさが宿っているのも、シフラは見抜いている。
もう三人しかのこっていない彼の部下たちは、そそくさと二人の視界の外に移動し、怯えながら様子をうかがっていた。
「……………………」
「……………………」
ふたりの間には、底知れぬ殺気が火花を散らしていた。
だが、傍目(はため)にはまったくわからなくとも、当人たちの間で力の差は歴然としている。
シフラには、人間に関する様々なことがらを見抜く能力がある。
基本的な性格、戦闘能力、感情の傾向、克己心(こっきしん)の強さ、敏捷(びんしょう)・膂力(りょりょく)・器用さ…………。
この頭目(ラバン)の挙動や、仕草や、言動、声色、眼差し、足運び…………。
それらを観察してシフラが思ったのは、彼は取るに足らぬということ。
そして、案の定――――ラバンは両手大剣を右手にもったまま、身を沈めたのである。
三人の部下は、驚嘆(きょうたん)と失望、そして憤怒(ふんぬ)をないまぜにしたような眼差しを、自分たちの頭に向けていた。
「この通りだ……。……あんたが何者かしらねぇが、俺の部下が勝手にちょっかいを出しやがって……」
「部下のせいにすんのかい」
シフラの声色はラバンを咎(とが)めてはいたが、戦闘時のそれと異なり随分とおちついている。
「あんたがしっかり躾(しつ)けとかなかったのが悪いんだろ?」
「………………」
男は黙って頭(こうべ)を垂れている。
‘こうなった原因’は、自分の部下が根城のそばを‘通りがかった’このくそ女にちょっかいを出したからだ、とラバンは思っている。
「まあ一番の敗因は、あたしを知らなかったことか……なんてね」
「………………?」
茶色の地面を見つめながら、ラバンは頭の中に疑問符を浮かべる。
「どっちにしても」
大女はわざとらしくため息をつく。
「おまえらを赦(ゆる)すつもりなんざこれっぽっちもねえよ」
「ひ――ひいいぃ!!」
部下の悲鳴。そして、刃が肉を絶つ生々しい音。
ラバンは膝をつき低頭しながら、それを恐怖に満ちた気持ちで聞くしかなかった。
頭目以外のならず者どもを殲滅(せんめつ)したあと、シフラはゆっくりと口をうごかした。
「あんた、『部下(バカども)がこの大女にちょっかいを出したからこんなことになった』と思ってんだろ?」
「………………」
ラバンは依然(いぜん)として身体を縮みこませ、震えながら沈黙している。
「じゃあ教えてやるよ。原因はおまえの身勝手な行動にある」
シフラの声音はいつのまにか憎悪をはらんでいた。
男はさらに震えはじめた。
歯の根がかみ合わず、ガチガチと音が鳴りはじめた。
「わかってんじゃねえか。自分(てめえ)がしでかしたことが」
「………………」
「かまえろ」
シフラは決然(けつぜん)とした口調で命じた。
「おまえがしたことは死を以ってしか償(つぐな)えない。けど、そんな立派な得物を持ってるくせに、無抵抗で殺されるのはどうなんだ」
その科白(せりふ)を耳にしたラバンは、僅(わず)かにだが全身に力が行き渡る感覚をおぼえた。
右手にもっていた両手大剣(ツヴァイハンダー)を握りなおし、ゆっくりと、立ち上がる。
そして、大女と眼が合った瞬間、彼の形相(ぎょうそう)は殺意一色に染まっていた。
「うらあぁあッ!!」
先刻のシフラに劣らぬほど叫びながら、渾身《こんしん》の一振りを標的へとふるう――!
ガイン! という甲高い金属音は、しかし、シフラの炎波剣(フランベルジュ)がラバンの両手大剣を弾き飛ばしたものだった。
それとほぼ同時に、大男の首が胴体から断ち切られていた。
2、「炎の狼、弱者の掟(おきて)」
広大な草原ラングの中央にかまえる宿屋「翠(みどり)の硝子(ガラス)」に泊まったシフラ=マタティアは、そこの主人の顔色が優れないのが気にかかり、それとなく何かあったのかと訊ねてみた。
主人は、旅の方に話せるようなことではありませんと言うが、シフラが身の上を明らかにすると、主人はかすかな希望を見いだした顔つきで、慎重に言葉を選びながらも事情を話しはじめた。
聞けば、三日前に一人娘が失踪したのだという。
だが主人には犯人がわかりきっていて、それは明らかに、ここに最近根城(ねじろ)をはったラバン盗賊団のしわざなのだという。
その盗賊団はメロエ王国内を点々とする、小さな悪事ばかり働く‘ちんけ’な集団だが、見つかりにくい場所を拠点にして移動するため、国の警邏隊(けいらたい)ではなかなか尻尾がつかめないのだ。
――というのは表向きの理由。
そんなやっかいな小悪党の集団へ人員を割くのに大した‘見返り’はない、というのが本音である。
それでも主人は最寄(もより)の町の警邏隊本部へ足を運び、必死に食い下がったが、忙しいとか、犯人に確証が持てるまでは……などと言われ、突っ返されてしまうらしい。
シフラはその話を聞くと、「あたしに任せな」とだけ言い残し、なおも戸惑(とまど)う主人をよそに宿を発ったのだ。
シフラがラバン盗賊団の棲家(すみか)としていた洞窟の、最奥の部屋に足を踏みいれた当初、少女はひどく怯えていた。
天井には小さな穴が空いているらしく、一筋の陽光がせまい部屋を仄(ほの)かに照らしている。
主人の娘――確か名前はリディアといったか――は、数日前までは人目をひく美少女だったのだろうが、憔悴(しょうすい)しきった今はその美しさの殆どが損なわれているように感じられた。
短めの三(み)つ網(あみ)を顔の両側にたらした茶髪はちぢれて解(ほつ)れ、閉じそうになる瞼(まぶた)をかろうじて開けているものの大きく形の良い碧眼には生気が灯(とも)っていない。
ぼろぼろの寝床で上体をおこし、掛け布で華奢(きゃしゃ)な身体を隠してこちらを見つめる様が、とても痛々しい。
主人には訊(き)かなかったが、この娘(こ)の齢(とし)はせいぜい十五ではないか……。
いまリディアはろくに頭を動かせない状態なのだろうと、シフラは推察(すいさつ)した。
自分もそういう眼に遭(あ)ったことがあるから、気持ちは痛いほどに理解できるのだ。
「………………」
大女(シフラ)はふいにしゃがみ込み、それから――ほんの僅(わず)かな不安を撥(は)ねつけながら――少女(リディア)に見えるように、両手大剣(ツヴァイハンダー)を床に置いた。
先刻からずっと、リディアの視線はまったく定まることがない。
未(いま)だ彼女は、自分の身の上におこったことに対する、屈辱や恐慌、混乱に満ちて、それから抜け出せずにいた。
それでもリディアは、無言で、無表情で歩み進んでくるシフラが、怖いとは思わなかった。
まったく安堵していたわけではないが、彼女なら受け容れられると、少女はなんとなしに思った。
そしてシフラは、毛布をかけたままのリディアを、やさしく、ひしと抱きしめた。
リディアもまた、逞(たくま)しい躰(からだ)の大きな女性を、小さな身体から力を振りしぼって抱きしめ返した。
すると自然と、少女の大きな眸(ひとみ)から、涙がこぼれた。
涙は次々と、とめどなく溢(あふ)れでて……。
少女は堪(こら)えきれずに、小さな嗚咽(おえつ)をあげながら、シフラの肩に顔を埋めたのである…………
シフラとリディアが宿に着いたのは夕刻だった。
主人は屋内ではなく外にいた。
入り口ちかくにある花壇に水をやっている。
ふいに周囲を見渡そうとした主人が、娘(リディア)を右手に抱いている女剣士(シフラ)の姿に気付いて‘じょうろ’を手放した。
すでに気付いていた少女は大女の手から放たれて、父娘(おやこ)はお互いに駆け寄った。
「おお、リディア……!」
「お父さん……!」
対面を果たし、抱きしめあう父娘(おやこ)の姿を、シフラは厳(おごそ)かな表情で見つめている。
特に父親の顔を注視《ちゅうし》していたのだが、女は鼓動《こどう》を高ぶらせながらも、ほっと胸を撫で下ろしていた。
彼はどうやら‘信用できそうだ’――。
「……………………」
無言で立ち去ろうとしたシフラだが、主人はそれを見咎(みとが)めて「マタティアどの!」と呼び止めた。
仕方なくゆっくりと振り向いた女の眼に、人の良さそうなキツネ顔の男と、素朴(そぼく)であどけない少女の顔が映し出される。
ふたりの顔には、自分に対する感謝の気持ちが、ひかえめな笑みとなって面に出ていた。
「本当に、ありがとうございました」
主人が深々と低頭してくる。
「ありがとう…………」
娘も父に倣(なら)って頭を下げる。
「……………………」
大女は無言でそれを見つめていたが、ふたたび背を向けると、低い声でこう言い残した。
「礼はいらない。…………お嬢ちゃんを助けてやれなくて、すまなかった」
「「え…………?」」
父娘(おやこ)はそろって疑念を発した。
だが、父はシフラの台詞の本意をすぐに察することができている。
彼女(シフラ)は……リディアが辱(はずかし)められる前に助けられなかったことに、憤(いきどお)りを感じているのだろう。
もちろん、彼とてそうなるまえに助けたかったのが本音だ。
娘は今でこそ落ちついているが、今回体験したことは将来を考える上で重荷となってのしかかるのだろう。
帰ってきたリディアと顔を合わせたとき、一抹(いちまつ)の不安があった。
自分は否定されるのではないか、と。
男の怖さや醜さを散々に見せつけられた彼女が、親といえども男である自分を受け入れてくれるのか。
それでも彼女が一目散に飛び込んできてくれたのは、やはり自分が父として、娘をまっとうに育てたのが報われたのだと彼は思っていた。
つまり、娘にとって自分は男ではあるが、親であり、なにより特別な存在として認識してくれていたのだ。
おそらく自分以外の異性と正常に接するのには、相当な時間がかかってしまうだろう。
それを理解(わか)っていたから、先刻シフラがやや険しい表情で自分の様子をうかがっていたのに気付いても、腹は立たなかった。
妻に先立たれた自分が娘に変な気を起こしていないか、見張っていたのだろう。
あの様子だと、彼女も同じような被害を受けたのだろうか……。
そう思うと、壮齢(そうれい)の男はとても複雑な気持ちになった。
赤の他人である自分とその娘を、そこまで想ってくれる放浪者というのは初めてみた。
‘その世界’で「炎狼のシフラ」はとても有名らしいが、ならば尚更(なおさら)気になるというものだ。
一体なぜ、何のために、彼女はあてのない旅を続けているのだろうか……。
序章「炎狼のシフラ」
1、「炎の狼、殺戮(さつりく)の宴」
シフラ=マタティア、三十歳。
現在は放浪剣士として、‘あるもの’をさがしつつ各国を旅している。
燃えるように赤く、狼のように刺々しい短髪。
不敵(ふてき)な光と、強靭(きょうじん)な意志が宿る緑瞳(りょくどう)。
精悍(せいかん)な面差(おもざ)しは男とみまごう程に中性的(ちゅうせいてき)で、尚且(なおか)つ、鮮鋭(せんえい)な美しさを有していた。
女性にしては逞(たくま)しく、相当な長身の持ち主で、その膂力(りょりょく)は大の男に引けをとらない。
そんな彼女は今日も、|「炎波剣(えんはけん)」フランベルジュを駆(か)り、凄惨な殺戮(さつりく)に身を委(ゆだ)ねていた…………
ラバン盗賊団は、壊滅の憂(う)き目に遭っていた。
かれらのアジトは今、ラングの草原のやや南西にある、目立たぬ名もなき洞窟の中にある。
草原ラングに通りかかる旅人から金品を奪いとる、小悪党の集団である。
彼らの首領・ラバンには、部下と異なり夢があるにはあった。
しかし、自らの軽率な行動が原因で‘炎の狼’を呼び寄せてしまうとは知る由(よし)もなかった……
ラバン盗賊団に属する誰よりも、彼女は背丈が高かった。
相対した者のほとんどが「大女……!」と震えながら呟いてしまうほどに。
シフラ=マタティアは、すでにトビト盗賊団に属する男の半分を絶息《ぜっそく》させていた――といっても、もとの人数は十人ちょっとだが。
「でらあぁあッ!!」
嵐のような暴威(ぼうい)の雄叫(おたけ)びが、ならず者の耳朶(じだ)をうつ。
「ひ……――」
ザンッ! と、そのならず者は恐怖の極みを全身に走らせたまま、頭蓋(ずがい)を断ち切られてしまった。
仲間の惨状を見ている後方の男達はすでに戦意を喪失(うしな)い、萎縮(いしゅく)しきっているのが明らかである。
「逃げるな屑(くず)ども!!」
「ひ、ひいいぃぃぃ!」
それでもなお迫る炎の旋風を逃れようと、盗賊どもは洞窟の奥へ退いてゆくが――
「逃げんじゃねぇカス共」
こころもち低く発せられた胴間声(どうまごえ)は、迫りくる大女の口上とほぼ同じだった。
「で、でもアニキ――……え?」
「口答えすんじゃねえ」
口答えした(・・・・・)部下の腹部に、深々とめりこむ大きめの剣。
それを引き抜かれるとともに、彼は滝のような血流を吐きだし、またたく間に地に伏した。
ふと、それを視認したシフラは足を止める。
盗賊団の頭と思われる大男――ラバンが立ち上がり、両手大剣《ツヴァイハンダー》を手にこちらを睨(にら)みすえているのだ。
茶色の極短髪に、険の深い碧眼をもつ面差しは、小悪党の頭にしては案外な精悍(せいかん)さである。
シフラほどではないが、彼もまたたくましい長身の持ち主であった。
だが、その双眸には自信のなさを表す弱々しさが宿っているのも、シフラは見抜いている。
もう三人しかのこっていない彼の部下たちは、そそくさと二人の視界の外に移動し、怯えながら様子をうかがっていた。
「……………………」
「……………………」
ふたりの間には、底知れぬ殺気が火花を散らしていた。
だが、傍目(はため)にはまったくわからなくとも、当人たちの間で力の差は歴然としている。
シフラには、人間に関する様々なことがらを見抜く能力がある。
基本的な性格、戦闘能力、感情の傾向、克己心(こっきしん)の強さ、敏捷(びんしょう)・膂力(りょりょく)・器用さ…………。
この頭目(ラバン)の挙動や、仕草や、言動、声色、眼差し、足運び…………。
それらを観察してシフラが思ったのは、彼は取るに足らぬということ。
そして、案の定――――ラバンは両手大剣を右手にもったまま、身を沈めたのである。
三人の部下は、驚嘆(きょうたん)と失望、そして憤怒(ふんぬ)をないまぜにしたような眼差しを、自分たちの頭に向けていた。
「この通りだ……。……あんたが何者かしらねぇが、俺の部下が勝手にちょっかいを出しやがって……」
「部下のせいにすんのかい」
シフラの声色はラバンを咎(とが)めてはいたが、戦闘時のそれと異なり随分とおちついている。
「あんたがしっかり躾(しつ)けとかなかったのが悪いんだろ?」
「………………」
男は黙って頭(こうべ)を垂れている。
‘こうなった原因’は、自分の部下が根城のそばを‘通りがかった’このくそ女にちょっかいを出したからだ、とラバンは思っている。
「まあ一番の敗因は、あたしを知らなかったことか……なんてね」
「………………?」
茶色の地面を見つめながら、ラバンは頭の中に疑問符を浮かべる。
「どっちにしても」
大女はわざとらしくため息をつく。
「おまえらを赦(ゆる)すつもりなんざこれっぽっちもねえよ」
「ひ――ひいいぃ!!」
部下の悲鳴。そして、刃が肉を絶つ生々しい音。
ラバンは膝をつき低頭しながら、それを恐怖に満ちた気持ちで聞くしかなかった。
頭目以外のならず者どもを殲滅(せんめつ)したあと、シフラはゆっくりと口をうごかした。
「あんた、『部下(バカども)がこの大女にちょっかいを出したからこんなことになった』と思ってんだろ?」
「………………」
ラバンは依然(いぜん)として身体を縮みこませ、震えながら沈黙している。
「じゃあ教えてやるよ。原因はおまえの身勝手な行動にある」
シフラの声音はいつのまにか憎悪をはらんでいた。
男はさらに震えはじめた。
歯の根がかみ合わず、ガチガチと音が鳴りはじめた。
「わかってんじゃねえか。自分(てめえ)がしでかしたことが」
「………………」
「かまえろ」
シフラは決然(けつぜん)とした口調で命じた。
「おまえがしたことは死を以ってしか償(つぐな)えない。けど、そんな立派な得物を持ってるくせに、無抵抗で殺されるのはどうなんだ」
その科白(せりふ)を耳にしたラバンは、僅(わず)かにだが全身に力が行き渡る感覚をおぼえた。
右手にもっていた両手大剣(ツヴァイハンダー)を握りなおし、ゆっくりと、立ち上がる。
そして、大女と眼が合った瞬間、彼の形相(ぎょうそう)は殺意一色に染まっていた。
「うらあぁあッ!!」
先刻のシフラに劣らぬほど叫びながら、渾身《こんしん》の一振りを標的へとふるう――!
ガイン! という甲高い金属音は、しかし、シフラの炎波剣(フランベルジュ)がラバンの両手大剣を弾き飛ばしたものだった。
それとほぼ同時に、大男の首が胴体から断ち切られていた。
2、「炎の狼、弱者の掟(おきて)」
広大な草原ラングの中央にかまえる宿屋「翠(みどり)の硝子(ガラス)」に泊まったシフラ=マタティアは、そこの主人の顔色が優れないのが気にかかり、それとなく何かあったのかと訊ねてみた。
主人は、旅の方に話せるようなことではありませんと言うが、シフラが身の上を明らかにすると、主人はかすかな希望を見いだした顔つきで、慎重に言葉を選びながらも事情を話しはじめた。
聞けば、三日前に一人娘が失踪したのだという。
だが主人には犯人がわかりきっていて、それは明らかに、ここに最近根城(ねじろ)をはったラバン盗賊団のしわざなのだという。
その盗賊団はメロエ王国内を点々とする、小さな悪事ばかり働く‘ちんけ’な集団だが、見つかりにくい場所を拠点にして移動するため、国の警邏隊(けいらたい)ではなかなか尻尾がつかめないのだ。
――というのは表向きの理由。
そんなやっかいな小悪党の集団へ人員を割くのに大した‘見返り’はない、というのが本音である。
それでも主人は最寄(もより)の町の警邏隊本部へ足を運び、必死に食い下がったが、忙しいとか、犯人に確証が持てるまでは……などと言われ、突っ返されてしまうらしい。
シフラはその話を聞くと、「あたしに任せな」とだけ言い残し、なおも戸惑(とまど)う主人をよそに宿を発ったのだ。
シフラがラバン盗賊団の棲家(すみか)としていた洞窟の、最奥の部屋に足を踏みいれた当初、少女はひどく怯えていた。
天井には小さな穴が空いているらしく、一筋の陽光がせまい部屋を仄(ほの)かに照らしている。
主人の娘――確か名前はリディアといったか――は、数日前までは人目をひく美少女だったのだろうが、憔悴(しょうすい)しきった今はその美しさの殆どが損なわれているように感じられた。
短めの三(み)つ網(あみ)を顔の両側にたらした茶髪はちぢれて解(ほつ)れ、閉じそうになる瞼(まぶた)をかろうじて開けているものの大きく形の良い碧眼には生気が灯(とも)っていない。
ぼろぼろの寝床で上体をおこし、掛け布で華奢(きゃしゃ)な身体を隠してこちらを見つめる様が、とても痛々しい。
主人には訊(き)かなかったが、この娘(こ)の齢(とし)はせいぜい十五ではないか……。
いまリディアはろくに頭を動かせない状態なのだろうと、シフラは推察(すいさつ)した。
自分もそういう眼に遭(あ)ったことがあるから、気持ちは痛いほどに理解できるのだ。
「………………」
大女(シフラ)はふいにしゃがみ込み、それから――ほんの僅(わず)かな不安を撥(は)ねつけながら――少女(リディア)に見えるように、両手大剣(ツヴァイハンダー)を床に置いた。
先刻からずっと、リディアの視線はまったく定まることがない。
未(いま)だ彼女は、自分の身の上におこったことに対する、屈辱や恐慌、混乱に満ちて、それから抜け出せずにいた。
それでもリディアは、無言で、無表情で歩み進んでくるシフラが、怖いとは思わなかった。
まったく安堵していたわけではないが、彼女なら受け容れられると、少女はなんとなしに思った。
そしてシフラは、毛布をかけたままのリディアを、やさしく、ひしと抱きしめた。
リディアもまた、逞(たくま)しい躰(からだ)の大きな女性を、小さな身体から力を振りしぼって抱きしめ返した。
すると自然と、少女の大きな眸(ひとみ)から、涙がこぼれた。
涙は次々と、とめどなく溢(あふ)れでて……。
少女は堪(こら)えきれずに、小さな嗚咽(おえつ)をあげながら、シフラの肩に顔を埋めたのである…………
シフラとリディアが宿に着いたのは夕刻だった。
主人は屋内ではなく外にいた。
入り口ちかくにある花壇に水をやっている。
ふいに周囲を見渡そうとした主人が、娘(リディア)を右手に抱いている女剣士(シフラ)の姿に気付いて‘じょうろ’を手放した。
すでに気付いていた少女は大女の手から放たれて、父娘(おやこ)はお互いに駆け寄った。
「おお、リディア……!」
「お父さん……!」
対面を果たし、抱きしめあう父娘(おやこ)の姿を、シフラは厳(おごそ)かな表情で見つめている。
特に父親の顔を注視《ちゅうし》していたのだが、女は鼓動《こどう》を高ぶらせながらも、ほっと胸を撫で下ろしていた。
彼はどうやら‘信用できそうだ’――。
「……………………」
無言で立ち去ろうとしたシフラだが、主人はそれを見咎(みとが)めて「マタティアどの!」と呼び止めた。
仕方なくゆっくりと振り向いた女の眼に、人の良さそうなキツネ顔の男と、素朴(そぼく)であどけない少女の顔が映し出される。
ふたりの顔には、自分に対する感謝の気持ちが、ひかえめな笑みとなって面に出ていた。
「本当に、ありがとうございました」
主人が深々と低頭してくる。
「ありがとう…………」
娘も父に倣(なら)って頭を下げる。
「……………………」
大女は無言でそれを見つめていたが、ふたたび背を向けると、低い声でこう言い残した。
「礼はいらない。…………お嬢ちゃんを助けてやれなくて、すまなかった」
「「え…………?」」
父娘(おやこ)はそろって疑念を発した。
だが、父はシフラの台詞の本意をすぐに察することができている。
彼女(シフラ)は……リディアが辱(はずかし)められる前に助けられなかったことに、憤(いきどお)りを感じているのだろう。
もちろん、彼とてそうなるまえに助けたかったのが本音だ。
娘は今でこそ落ちついているが、今回体験したことは将来を考える上で重荷となってのしかかるのだろう。
帰ってきたリディアと顔を合わせたとき、一抹(いちまつ)の不安があった。
自分は否定されるのではないか、と。
男の怖さや醜さを散々に見せつけられた彼女が、親といえども男である自分を受け入れてくれるのか。
それでも彼女が一目散に飛び込んできてくれたのは、やはり自分が父として、娘をまっとうに育てたのが報われたのだと彼は思っていた。
つまり、娘にとって自分は男ではあるが、親であり、なにより特別な存在として認識してくれていたのだ。
おそらく自分以外の異性と正常に接するのには、相当な時間がかかってしまうだろう。
それを理解(わか)っていたから、先刻シフラがやや険しい表情で自分の様子をうかがっていたのに気付いても、腹は立たなかった。
妻に先立たれた自分が娘に変な気を起こしていないか、見張っていたのだろう。
あの様子だと、彼女も同じような被害を受けたのだろうか……。
そう思うと、壮齢(そうれい)の男はとても複雑な気持ちになった。
赤の他人である自分とその娘を、そこまで想ってくれる放浪者というのは初めてみた。
‘その世界’で「炎狼のシフラ」はとても有名らしいが、ならば尚更(なおさら)気になるというものだ。
一体なぜ、何のために、彼女はあてのない旅を続けているのだろうか……。
後書き
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