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作品ID:322
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約2519文字 読了時間約2分 原稿用紙約4枚
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東雲と夕暮れ
作品紹介
裏切りたくない、がっかりさせたくない、させられない。
だけど、だけど、だから
―もう、やめて。
だけど、だけど、だから
―もう、やめて。
もう誰もわたしに期待しないで。
「紫衣は班長でいいよね」
葵の大きな瞳が覗きこんでくる。紫衣は黙って頷いた。だって、そうするしかないから。
ゆるゆると日が射しこむ午後の教室。みな、外に出払っていて紫衣を筆頭にした4班以外は、数人が残っているだけだった。
4班が外に行かず、集まっている理由は至って明確。誰ぞやが「昼休みに班長を決めよう」と言い出したのだ。しかし、その話合いの結論は最初から出ているようなものだった。さっきの葵の言葉がその結論。
―紫衣は班長でいいよね。
今まで何度、この言葉を言われたろうか。席替えをするだけ言われる言葉。
なぜ? なぜわたしなの? なにを期待しているの?
理由は、もうわかっていたけれど。皮肉にも低学年のとき、もてはやされたのが仇となった。
賢い、人望が厚い、優等生、羨ましい…。わたしを引き立てた、陳腐な言葉たち。いつまでも付きまとって過去の栄光に縋らせる。言葉の呪から解き放たれることは、きっともうない。
紫衣は、ことが決まったとばかりに去る背中たちを見つめていた。明るい日差しの中に、たったひとり残された自分。
これは班長だけじゃない。これからもずっと、事あるたびに期待され、押し上げられる。委員長だってやった。児童会会長だって、学級委員長だってやった。賢いからやってだなんて言わないで。いつのことをいってるの。あの頃から、わたしだって変わったのに。
辛かった。暖かい中、ひんやりと冷たい自分の手。責任に疲れた手。
そう、低学年とは違う。あの頃の自信は、もうない。だって、少しは世を知ったから。自分なんか足元にも及ばないような人を、沢山見たから。だから、期待してほしくない。もっと適任な人がいるだろうに。今のわたしに、過去のわたしを押し付けないで。
見たくないんだよ。自分が責任を果たせなかったとき、陰で見せるがっかりした瞳なんかはもう…。
風に黒く短い髪を遊ばせる。校庭で遊ぶ児童の声が、その隅にまで聞こえてきた。
放課後。紫衣は、校庭の隅にある木によりかかって座っている。
日が傾き始めるこの時間帯は、木陰が涼しくて心地よい。まだ花の時期ではない木蓮だか辛夷だかの木は、紫衣のお気に入りの場所となっている。
その好さげな場所に座った紫衣は、似つかわしくない溜息をひとつ吐いた。
「班長かぁ…」
「よう、どうかしたか?」
驚いて声のした背後を振り返れば、黒い髪の少年が立っていた。木の裏から顔を出して、にこにこと笑っている。
「達巳」
名を口にすると、達巳は陰から出てきて紫衣の横に座った。背は、紫衣よりほんの僅かに高いだろうか。クラスでは高い部類に入る。
「なになに、溜息なんか吐いちゃって。もしかして恋煩いとか?」
いつものように調子良くからかって、くすくすと笑う。ガラス玉のように澄んだ大きな瞳がすうっと細められた。
「なにさ、6班副班長がさ」
切り返してやると笑い声が高くなった。明るい、温かい声だった。今の自分とは正反対の…。
「なあ、本当にどうしたんだ? 紫衣」
言葉とは似ても似つかぬ暗い顔に、達巳も不安そうな声音になる。こいつは意外と敏感だったり、繊細だったりするのだろうか。ただ、今は頭が上手く回らなくてよく解らない…。
「班長なんか」
混乱のさなか、口を衝いて出た言葉。言うつもりはなかったけど、いつの間にか口にしていた。聞いて欲しかったのかもしれない。今更明かせぬ心の内を。
「班長なんか?」
達巳が訊きかえす。紫衣は肯定するでも否定するでもなく、ただ訥々と話し始めた。
「班長なんて本当は嫌だった。期待されたくなかった。責任を果たせなかったとき、みんなの表情が曇るでしょう。もう何度もそれを見てきた。だからもう見たくなかったの、悲しい顔なんか…」
口を閉じる。静寂が訪れた。唯一、楽しげな児童の声だけが耳に届く。
「でもさ」
沈黙を破ったのは、今まで黙って聞いていた達巳だった。
「おれもその場に居たら、きっと紫衣を班長に推薦してるぜ」
紫衣は、驚いて達巳の横顔を凝視する。
「―話を聞いておきながら」
口元を歪める紫衣に、達巳は涼しく笑った。
「担ぎ上げられるのは、紫衣がそれに値する奴だからだ。そうじゃなきゃ、おれもみんなも推薦なんかする訳ない」
「だからそれが―」
買いかぶりだ、と言おうとした紫衣を遮る。
「お前は、悲しい顔を見たくないと言ったな」
それは事実なので、おとなしく頷く。先の展開が読めないゆえに、下手に騒ぎ立てることもできない。
「言ったけど」
それを聞いて、達巳は満足げに頷いた。
「おれたちはそれを知ってる」
「え…?」
何の事を言っているの。なにを知ってるって…?
「お前が他人に悲しい顔をさせないように、いつも陰で頑張っていることを知っている」
「あ…」
すうっと何かが引いていく気がした。代わりに何かが押し寄せる。冷えた手へ、固まった肩へ、柔らかく優しい何かが―。
「みんなお前の頑張りを知っているから、安心して班長の座を任せられるんだ。こいつなら大丈夫。紫衣なら信じられる、ってな」
―驚愕だった。わたしなら任せられる…? わたしならできる…? ちゃんと、知っていて…。
「信じられるからこその座…」
呟く紫衣に、達巳は「そう」と大きく頷く。
「みんな、ちゃんと今の紫衣を見ているよ。だから、もっと自信を持って」
大事なのは今のわたし。過去なんて誰も見ていない。過去に依存してたのは、わたしだったんだ。みんな、今のわたしを見てくれていた。
「これからも、見ていてくれる?」
紫衣の問い掛けに達巳は頷く。
「ああ。紫衣が道を外すようだったら、それを正せるように」
「達巳も見ていてくれる?」
自分を軽く見上げた紫衣に向かって、達巳は笑った。
「もちろん」
「紫衣は班長でいいよね」
葵の大きな瞳が覗きこんでくる。紫衣は黙って頷いた。だって、そうするしかないから。
ゆるゆると日が射しこむ午後の教室。みな、外に出払っていて紫衣を筆頭にした4班以外は、数人が残っているだけだった。
4班が外に行かず、集まっている理由は至って明確。誰ぞやが「昼休みに班長を決めよう」と言い出したのだ。しかし、その話合いの結論は最初から出ているようなものだった。さっきの葵の言葉がその結論。
―紫衣は班長でいいよね。
今まで何度、この言葉を言われたろうか。席替えをするだけ言われる言葉。
なぜ? なぜわたしなの? なにを期待しているの?
理由は、もうわかっていたけれど。皮肉にも低学年のとき、もてはやされたのが仇となった。
賢い、人望が厚い、優等生、羨ましい…。わたしを引き立てた、陳腐な言葉たち。いつまでも付きまとって過去の栄光に縋らせる。言葉の呪から解き放たれることは、きっともうない。
紫衣は、ことが決まったとばかりに去る背中たちを見つめていた。明るい日差しの中に、たったひとり残された自分。
これは班長だけじゃない。これからもずっと、事あるたびに期待され、押し上げられる。委員長だってやった。児童会会長だって、学級委員長だってやった。賢いからやってだなんて言わないで。いつのことをいってるの。あの頃から、わたしだって変わったのに。
辛かった。暖かい中、ひんやりと冷たい自分の手。責任に疲れた手。
そう、低学年とは違う。あの頃の自信は、もうない。だって、少しは世を知ったから。自分なんか足元にも及ばないような人を、沢山見たから。だから、期待してほしくない。もっと適任な人がいるだろうに。今のわたしに、過去のわたしを押し付けないで。
見たくないんだよ。自分が責任を果たせなかったとき、陰で見せるがっかりした瞳なんかはもう…。
風に黒く短い髪を遊ばせる。校庭で遊ぶ児童の声が、その隅にまで聞こえてきた。
放課後。紫衣は、校庭の隅にある木によりかかって座っている。
日が傾き始めるこの時間帯は、木陰が涼しくて心地よい。まだ花の時期ではない木蓮だか辛夷だかの木は、紫衣のお気に入りの場所となっている。
その好さげな場所に座った紫衣は、似つかわしくない溜息をひとつ吐いた。
「班長かぁ…」
「よう、どうかしたか?」
驚いて声のした背後を振り返れば、黒い髪の少年が立っていた。木の裏から顔を出して、にこにこと笑っている。
「達巳」
名を口にすると、達巳は陰から出てきて紫衣の横に座った。背は、紫衣よりほんの僅かに高いだろうか。クラスでは高い部類に入る。
「なになに、溜息なんか吐いちゃって。もしかして恋煩いとか?」
いつものように調子良くからかって、くすくすと笑う。ガラス玉のように澄んだ大きな瞳がすうっと細められた。
「なにさ、6班副班長がさ」
切り返してやると笑い声が高くなった。明るい、温かい声だった。今の自分とは正反対の…。
「なあ、本当にどうしたんだ? 紫衣」
言葉とは似ても似つかぬ暗い顔に、達巳も不安そうな声音になる。こいつは意外と敏感だったり、繊細だったりするのだろうか。ただ、今は頭が上手く回らなくてよく解らない…。
「班長なんか」
混乱のさなか、口を衝いて出た言葉。言うつもりはなかったけど、いつの間にか口にしていた。聞いて欲しかったのかもしれない。今更明かせぬ心の内を。
「班長なんか?」
達巳が訊きかえす。紫衣は肯定するでも否定するでもなく、ただ訥々と話し始めた。
「班長なんて本当は嫌だった。期待されたくなかった。責任を果たせなかったとき、みんなの表情が曇るでしょう。もう何度もそれを見てきた。だからもう見たくなかったの、悲しい顔なんか…」
口を閉じる。静寂が訪れた。唯一、楽しげな児童の声だけが耳に届く。
「でもさ」
沈黙を破ったのは、今まで黙って聞いていた達巳だった。
「おれもその場に居たら、きっと紫衣を班長に推薦してるぜ」
紫衣は、驚いて達巳の横顔を凝視する。
「―話を聞いておきながら」
口元を歪める紫衣に、達巳は涼しく笑った。
「担ぎ上げられるのは、紫衣がそれに値する奴だからだ。そうじゃなきゃ、おれもみんなも推薦なんかする訳ない」
「だからそれが―」
買いかぶりだ、と言おうとした紫衣を遮る。
「お前は、悲しい顔を見たくないと言ったな」
それは事実なので、おとなしく頷く。先の展開が読めないゆえに、下手に騒ぎ立てることもできない。
「言ったけど」
それを聞いて、達巳は満足げに頷いた。
「おれたちはそれを知ってる」
「え…?」
何の事を言っているの。なにを知ってるって…?
「お前が他人に悲しい顔をさせないように、いつも陰で頑張っていることを知っている」
「あ…」
すうっと何かが引いていく気がした。代わりに何かが押し寄せる。冷えた手へ、固まった肩へ、柔らかく優しい何かが―。
「みんなお前の頑張りを知っているから、安心して班長の座を任せられるんだ。こいつなら大丈夫。紫衣なら信じられる、ってな」
―驚愕だった。わたしなら任せられる…? わたしならできる…? ちゃんと、知っていて…。
「信じられるからこその座…」
呟く紫衣に、達巳は「そう」と大きく頷く。
「みんな、ちゃんと今の紫衣を見ているよ。だから、もっと自信を持って」
大事なのは今のわたし。過去なんて誰も見ていない。過去に依存してたのは、わたしだったんだ。みんな、今のわたしを見てくれていた。
「これからも、見ていてくれる?」
紫衣の問い掛けに達巳は頷く。
「ああ。紫衣が道を外すようだったら、それを正せるように」
「達巳も見ていてくれる?」
自分を軽く見上げた紫衣に向かって、達巳は笑った。
「もちろん」
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