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作品ID:368
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約4257文字 読了時間約3分 原稿用紙約6枚
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Alice & White Rabbit
作品紹介
不思議の国のアリス、白兎、退屈、ループ。
夜中にディズニーの字幕版『ふしぎの国のアリス』を観て、勢いで好き勝手に書いたものです。
原作は本当に素晴らしい作品であり、また熱烈なファンもこちらのサイトに大勢いることかと存じますので、顰蹙ものかもしれませんが、どうか広い心でお読みください。
なお、原作と少し違う箇所(例えば、トランプの国が不思議の国になっている所など……)がございますが、大目に見て頂けるとありがたいです……、というより全く別物扱いでお願いします。
夜中にディズニーの字幕版『ふしぎの国のアリス』を観て、勢いで好き勝手に書いたものです。
原作は本当に素晴らしい作品であり、また熱烈なファンもこちらのサイトに大勢いることかと存じますので、顰蹙ものかもしれませんが、どうか広い心でお読みください。
なお、原作と少し違う箇所(例えば、トランプの国が不思議の国になっている所など……)がございますが、大目に見て頂けるとありがたいです……、というより全く別物扱いでお願いします。
これは私のお話ではなく、私の主人のお話である。
私が仕えるお方は、かつてはここと違う世界で暮らしていたらしい。姉と二人で森を散策している途中に、彼女はこの不思議の国に迷い込んでしまった。
そう、彼女は私のあとをつけていたのだと言う。
私は当時の女王が行っていた裁判へと向かう為、懐中時計と睨めっこしながら駆けていた。故に、彼女には気付かなかった。一声でも掛けてくれれば、帰らせる事もできたというのに……。
彼女はこの世界へ繋がる穴倉へ落ち、私を見失った。そして、体を縮めたり巨大化したり、虫やドアノブとお喋りしたり、不毛なお茶会に参加したり、それなりの冒険を経た後に、私の当時の主人であるハートの女王の怒りを買うに至った。
彼女はトランプ兵達に追われ、必死に逃げた。しかし、このいかれた世界の内を、別の世界の住人である彼女が縦横無尽に逃走する事などできやしなかった。私でさえ時々迷うほどだ。
トランプ兵は手に斧や槍を持ち、自慢のその平面的肉体をぺらぺらさせながら彼女を追い詰めた。まさに絶体絶命であり、彼女は本気で死を覚悟したという。
「いや、実際、死ぬかと思ったわ」 これは彼女が後日、私に語ったその時の感想である。
トランプ兵に囲まれた彼女へ、当時の女王は死刑を宣告した。私は女王の傍らでその様子をハラハラして見守っていた。何もあんないたいけな少女を殺すことはないと思っていた。少女が女王に吐いた「デブ!」という暴言は確かに眉をひそめざるを得ないものだったが。
ところが、彼女は女王の宣告を受け入れなかった。どうせ死ぬなら、とその持ち前の負けん気根性を発揮、手近にいたトランプ兵の槍を奪って、振り回した。
不思議の国では戦争は起こらない。ここは、彼女がいた人間の世界とは少し違う。なので、トランプ兵も毎日戦闘訓練など野蛮な事は行わず、自分の体でポーカーやブラックジャックに明け暮れて楽しく日々を送っていた。
ここから先は、この不思議の国の史実として残る。不思議の国に武神が降臨した日として、その日は記されている。
彼女は槍一本で果敢な無双劇を繰り広げ、なんとトランプ兵を全滅させた。まさかの反撃にあたふたしている内に、紙の兵隊は少女の振るう槍の餌食となった。
「死ぬ気でやれば、なんとかなるものねぇ」 これは彼女が後日言い放った、史実に残る名言である。
かくして暴政を布いていた女王も、彼女の鬼神の如き活躍に恐れをなし、どこか遠くの国へと逃げ出した。紙片の散らかる戦場で生き残った少女は、私の進言もあって、ちゃっかり新女王として冠を戴くに至った。それまでの女王に嫌気が差していた我々はもちろん、そもそも王族がこの国にいた事さえ知らなかった能天気な者達も皆、祝祭を上げて新女王を迎えた。
「皆、平和に、適度に羽目を外さないよう暮らしてちょうだい」 これは彼女が女王として行った演説での台詞であり、新女王の演説はこの一言で幕を閉じた。
こうして、平和だった不思議の国は、それまで通りにまた平和に治められる事となった。
新たな女王の名はアリス。
その少女こそが現在、私が仕える主人であった。
◇
時は一息に過ぎ、彼女が女王として君臨した日から十年が経った。
私のような白兎や、居眠りの絶えない鼠、不気味に笑う意味不明な猫など、この世界の住人は歳をとる事がない。我々は不老不死の生物だ。その不死身さを遺憾なく発揮して、我々は毎日を面白おかしく、ぐうたら過ごしている。もはや時間の概念も無い。
ただ、私の主人であり、この国の女王である彼女は例外だった。彼女は人間である。かつてあどけなく、プリプリと可愛らしかった金髪碧眼の少女は今や、洗練された美を湛える大人の女性となっていた。女の子の人形がマネキンに進化したような成長ぶりである。その勝ち気で済ませられていた性格も、体が大きくなるにつれて傲然とした人格へと育った。
その日、私と彼女は城の麓に流れる河の畔で紅茶を飲んでいた。
十年前の負傷をテープでくっつけて隠しているトランプ兵達にテーブルと椅子を準備させ、クッキーも揃えさせた。ちょっとしたお茶会である。彼女はよく私を連れ出しては、このような遊びに付き合わせる。彼女は日々、退屈していた。
「暇ねぇ……」 ぼんやりと傍に立つモミの木を見上げて、女王は呟く。眠たげにその長い睫毛を伏せていた。 「何か面白い事とか、ないかしら」
「また薬でもお飲みになって、巨大化してお遊びになられては?」 私は紅茶の香りを楽しみながら提案する。
「飽きたわよ、あんなの。でっかくなったり小さくなったりして何が楽しいのよ。馬鹿じゃない?」 彼女は舌鋒鋭く、即答した。
最初は(と言っても十年前だが)あんなにはしゃいでいたくせに……、と私は口籠って反論する。もちろん、彼女に聞こえないように調整した。
「あ、そうだ。兎狩りなんてのも面白いかもね」 彼女の大きな瞳がきらきら輝く。
「ははは、御冗談を……」 私は冷汗をかいて、自慢の長い耳をへたへた萎びさせた。
「あんたに冗談言うと思う? あたしが」 笑っている彼女の眼がぎらりと光った。
「申し訳ございません、どうかお許しを……」
「ふん」 彼女は鼻息を漏らす。 「つまんなっ!」
私は昔を懐かしく思う。あの頃の可憐さは一体、どこへ消えてしまったのだろうか。造形的な美しさならば今の美貌に継がれているが、彼女の心は冷たく毒に染まり、それでいて子供の我儘だけは残していて甚だ厄介だ。
彼女は紅茶を啜ってクッキーを齧りながら、退屈の溜息を漏らす。綺麗な碧眼はモミの木から空へと移って、やはりぼんやりとしている。その横顔だけ観察すると少女の面影を残しているように見えなくもない。
「昔はよかったわねぇ」 彼女が出し抜けに言った。
「そうですな」
同意を示した直後、うっかり本音を漏らしてしまった事に気付き、私は大いに慌てたが、幸い彼女は気付かなかった。
「目に映る物全てが珍しくって、心のときめく日々だったわ」 彼女は淡い雲影のような微笑を浮かべる。 「あの頃に戻りたいわね」
「アリス様がそのような事を仰るとは珍しいですね」 私は意外に思って言う。
「うるさいわね! そういう時もあんのよ!」
気性の荒い彼女はぎろりと私を睨み、齧りかけのクッキーを投げつけた。額に当たって中々痛かった。
「あの、一つ提案がございます」 私は笑顔を崩さぬよう努力していた。これが結構、辛い作業でもある。
「何よ?」
「元の世界へ帰る方法を、探してみられては?」
「あんた、つまり、あたしがこの世界から立ち去るのを望んでいるわけね?」
「滅相もございません」 私は首をぶるぶる振って、テーブルに平伏した。
「首ちょん切るわよ、この小動物が」
「お許しを!」
こういう時は女王の癇癪が治まるまで低頭するに限る。私の長年の執事生活に於いて欠かせなかった保身の技術であった。
はぁ、と彼女はまた溜息を漏らして、私から視線を外した。どうにもこうにもつまらなさそうな表情である。それにしても、この感情の起伏。彼女も女王として堂に入ったと言えるだろう。
「しかし……、そうねぇ、それも面白いかもねぇ」 彼女はぽつりと零す。
「アリス様は今までに、帰りたいとお思いになった事はございませんでしたか?」 私は上目遣いに恐る恐る尋ねた。可愛さアピールだ。これも保身の技術である。
うーん、と彼女は首を捻って、また空を眺める。
「なんだかんだで気に入ってたし、そもそも帰り方も知らんし……」 彼女はまたクッキーを齧る。
「探しましょう、お帰りになられる方法をぜひ探しましょう」 私は上目遣いに迫る。
「そうね、姉さまもきっと心配しているし……」 珍しく、彼女は私の意見に賛同した。流れ星がそのまま地上に落ちてくるほど低確率の事で、私は密かに仰天していた。
しかし、彼女はまた首を捻る。
「でも、まぁ、もうちょっと遊んでみてからね、それは」 彼女は私の方を見て、冷たく笑う。 「なんたって、女王様よ? 向こうじゃ私、ただの小娘だったんだから」
ファッキンシット!
いや、失礼……。
駄目だ、この娘、どうにも戻る気がなさそうだ……。
私は脱力して、椅子に深くもたれた。そして、瞑目して考える。
なぜ、私はこれほどまでに苦労せねばならないのだろうか……。
実は、前の女王の時もそうであった。前回の横暴なる女王も、私を常に疲弊させ胃が痛くなるほど虐めた。これでは二の舞だ。せっかく替わったというのに、十年前の歓喜はとんだぬか喜びであった。
あの女王は今、どうしているのだろうか……。
私は目を開いて、紅茶を飲む彼女を見ながらかつての主人に想いを馳せる。
あの女王も、私が連れてきてしまった人だった。勝手についてきて、目の前の彼女と同じように穴倉に落ちたのだ。
あの人も、昔は純粋な人間の少女だった。それがぶくぶくと体も態度も大きくなって……。
そう、名前も。
確か、あの女王の名前も、アリス。
今、目の前にいる女王の名もアリス。
とんだ偶然だ……、いや、もしかしたら必然かもしれない。
なぜならば、ここは不思議の国であるから……。
もしかしたら、ずっと同じ事を繰り返しているのかもしれない。
我々は不死身であるから、忘却を繰り返し、永遠に同じ運命を辿っているのかもしれない。
ならば、またどこかで新しいアリスを連れてこようか。
それならば……、いや、トランプ軍団を壊滅させた現在のアリスに打ち勝てるアリスが果たして現れるだろうか……。
まぁ、ダメ元でいつかやってみようと思う。
チシャ猫にでも相談しよう。
私は紅茶を喉へ流し込みながら、一瞬の内に考えた。この思考も時が経てば忘却に消えるのだろうが。
現主人である彼女は、やはり退屈そうに平穏な空を眺めながら、紅茶をもう一口飲む。
「今日もいいお天気ね。風が涼しいわ」 そして、アリスは歌うように呟いた。
「女王は川辺でお茶会を開き、全て世は事も無し」
私が仕えるお方は、かつてはここと違う世界で暮らしていたらしい。姉と二人で森を散策している途中に、彼女はこの不思議の国に迷い込んでしまった。
そう、彼女は私のあとをつけていたのだと言う。
私は当時の女王が行っていた裁判へと向かう為、懐中時計と睨めっこしながら駆けていた。故に、彼女には気付かなかった。一声でも掛けてくれれば、帰らせる事もできたというのに……。
彼女はこの世界へ繋がる穴倉へ落ち、私を見失った。そして、体を縮めたり巨大化したり、虫やドアノブとお喋りしたり、不毛なお茶会に参加したり、それなりの冒険を経た後に、私の当時の主人であるハートの女王の怒りを買うに至った。
彼女はトランプ兵達に追われ、必死に逃げた。しかし、このいかれた世界の内を、別の世界の住人である彼女が縦横無尽に逃走する事などできやしなかった。私でさえ時々迷うほどだ。
トランプ兵は手に斧や槍を持ち、自慢のその平面的肉体をぺらぺらさせながら彼女を追い詰めた。まさに絶体絶命であり、彼女は本気で死を覚悟したという。
「いや、実際、死ぬかと思ったわ」 これは彼女が後日、私に語ったその時の感想である。
トランプ兵に囲まれた彼女へ、当時の女王は死刑を宣告した。私は女王の傍らでその様子をハラハラして見守っていた。何もあんないたいけな少女を殺すことはないと思っていた。少女が女王に吐いた「デブ!」という暴言は確かに眉をひそめざるを得ないものだったが。
ところが、彼女は女王の宣告を受け入れなかった。どうせ死ぬなら、とその持ち前の負けん気根性を発揮、手近にいたトランプ兵の槍を奪って、振り回した。
不思議の国では戦争は起こらない。ここは、彼女がいた人間の世界とは少し違う。なので、トランプ兵も毎日戦闘訓練など野蛮な事は行わず、自分の体でポーカーやブラックジャックに明け暮れて楽しく日々を送っていた。
ここから先は、この不思議の国の史実として残る。不思議の国に武神が降臨した日として、その日は記されている。
彼女は槍一本で果敢な無双劇を繰り広げ、なんとトランプ兵を全滅させた。まさかの反撃にあたふたしている内に、紙の兵隊は少女の振るう槍の餌食となった。
「死ぬ気でやれば、なんとかなるものねぇ」 これは彼女が後日言い放った、史実に残る名言である。
かくして暴政を布いていた女王も、彼女の鬼神の如き活躍に恐れをなし、どこか遠くの国へと逃げ出した。紙片の散らかる戦場で生き残った少女は、私の進言もあって、ちゃっかり新女王として冠を戴くに至った。それまでの女王に嫌気が差していた我々はもちろん、そもそも王族がこの国にいた事さえ知らなかった能天気な者達も皆、祝祭を上げて新女王を迎えた。
「皆、平和に、適度に羽目を外さないよう暮らしてちょうだい」 これは彼女が女王として行った演説での台詞であり、新女王の演説はこの一言で幕を閉じた。
こうして、平和だった不思議の国は、それまで通りにまた平和に治められる事となった。
新たな女王の名はアリス。
その少女こそが現在、私が仕える主人であった。
◇
時は一息に過ぎ、彼女が女王として君臨した日から十年が経った。
私のような白兎や、居眠りの絶えない鼠、不気味に笑う意味不明な猫など、この世界の住人は歳をとる事がない。我々は不老不死の生物だ。その不死身さを遺憾なく発揮して、我々は毎日を面白おかしく、ぐうたら過ごしている。もはや時間の概念も無い。
ただ、私の主人であり、この国の女王である彼女は例外だった。彼女は人間である。かつてあどけなく、プリプリと可愛らしかった金髪碧眼の少女は今や、洗練された美を湛える大人の女性となっていた。女の子の人形がマネキンに進化したような成長ぶりである。その勝ち気で済ませられていた性格も、体が大きくなるにつれて傲然とした人格へと育った。
その日、私と彼女は城の麓に流れる河の畔で紅茶を飲んでいた。
十年前の負傷をテープでくっつけて隠しているトランプ兵達にテーブルと椅子を準備させ、クッキーも揃えさせた。ちょっとしたお茶会である。彼女はよく私を連れ出しては、このような遊びに付き合わせる。彼女は日々、退屈していた。
「暇ねぇ……」 ぼんやりと傍に立つモミの木を見上げて、女王は呟く。眠たげにその長い睫毛を伏せていた。 「何か面白い事とか、ないかしら」
「また薬でもお飲みになって、巨大化してお遊びになられては?」 私は紅茶の香りを楽しみながら提案する。
「飽きたわよ、あんなの。でっかくなったり小さくなったりして何が楽しいのよ。馬鹿じゃない?」 彼女は舌鋒鋭く、即答した。
最初は(と言っても十年前だが)あんなにはしゃいでいたくせに……、と私は口籠って反論する。もちろん、彼女に聞こえないように調整した。
「あ、そうだ。兎狩りなんてのも面白いかもね」 彼女の大きな瞳がきらきら輝く。
「ははは、御冗談を……」 私は冷汗をかいて、自慢の長い耳をへたへた萎びさせた。
「あんたに冗談言うと思う? あたしが」 笑っている彼女の眼がぎらりと光った。
「申し訳ございません、どうかお許しを……」
「ふん」 彼女は鼻息を漏らす。 「つまんなっ!」
私は昔を懐かしく思う。あの頃の可憐さは一体、どこへ消えてしまったのだろうか。造形的な美しさならば今の美貌に継がれているが、彼女の心は冷たく毒に染まり、それでいて子供の我儘だけは残していて甚だ厄介だ。
彼女は紅茶を啜ってクッキーを齧りながら、退屈の溜息を漏らす。綺麗な碧眼はモミの木から空へと移って、やはりぼんやりとしている。その横顔だけ観察すると少女の面影を残しているように見えなくもない。
「昔はよかったわねぇ」 彼女が出し抜けに言った。
「そうですな」
同意を示した直後、うっかり本音を漏らしてしまった事に気付き、私は大いに慌てたが、幸い彼女は気付かなかった。
「目に映る物全てが珍しくって、心のときめく日々だったわ」 彼女は淡い雲影のような微笑を浮かべる。 「あの頃に戻りたいわね」
「アリス様がそのような事を仰るとは珍しいですね」 私は意外に思って言う。
「うるさいわね! そういう時もあんのよ!」
気性の荒い彼女はぎろりと私を睨み、齧りかけのクッキーを投げつけた。額に当たって中々痛かった。
「あの、一つ提案がございます」 私は笑顔を崩さぬよう努力していた。これが結構、辛い作業でもある。
「何よ?」
「元の世界へ帰る方法を、探してみられては?」
「あんた、つまり、あたしがこの世界から立ち去るのを望んでいるわけね?」
「滅相もございません」 私は首をぶるぶる振って、テーブルに平伏した。
「首ちょん切るわよ、この小動物が」
「お許しを!」
こういう時は女王の癇癪が治まるまで低頭するに限る。私の長年の執事生活に於いて欠かせなかった保身の技術であった。
はぁ、と彼女はまた溜息を漏らして、私から視線を外した。どうにもこうにもつまらなさそうな表情である。それにしても、この感情の起伏。彼女も女王として堂に入ったと言えるだろう。
「しかし……、そうねぇ、それも面白いかもねぇ」 彼女はぽつりと零す。
「アリス様は今までに、帰りたいとお思いになった事はございませんでしたか?」 私は上目遣いに恐る恐る尋ねた。可愛さアピールだ。これも保身の技術である。
うーん、と彼女は首を捻って、また空を眺める。
「なんだかんだで気に入ってたし、そもそも帰り方も知らんし……」 彼女はまたクッキーを齧る。
「探しましょう、お帰りになられる方法をぜひ探しましょう」 私は上目遣いに迫る。
「そうね、姉さまもきっと心配しているし……」 珍しく、彼女は私の意見に賛同した。流れ星がそのまま地上に落ちてくるほど低確率の事で、私は密かに仰天していた。
しかし、彼女はまた首を捻る。
「でも、まぁ、もうちょっと遊んでみてからね、それは」 彼女は私の方を見て、冷たく笑う。 「なんたって、女王様よ? 向こうじゃ私、ただの小娘だったんだから」
ファッキンシット!
いや、失礼……。
駄目だ、この娘、どうにも戻る気がなさそうだ……。
私は脱力して、椅子に深くもたれた。そして、瞑目して考える。
なぜ、私はこれほどまでに苦労せねばならないのだろうか……。
実は、前の女王の時もそうであった。前回の横暴なる女王も、私を常に疲弊させ胃が痛くなるほど虐めた。これでは二の舞だ。せっかく替わったというのに、十年前の歓喜はとんだぬか喜びであった。
あの女王は今、どうしているのだろうか……。
私は目を開いて、紅茶を飲む彼女を見ながらかつての主人に想いを馳せる。
あの女王も、私が連れてきてしまった人だった。勝手についてきて、目の前の彼女と同じように穴倉に落ちたのだ。
あの人も、昔は純粋な人間の少女だった。それがぶくぶくと体も態度も大きくなって……。
そう、名前も。
確か、あの女王の名前も、アリス。
今、目の前にいる女王の名もアリス。
とんだ偶然だ……、いや、もしかしたら必然かもしれない。
なぜならば、ここは不思議の国であるから……。
もしかしたら、ずっと同じ事を繰り返しているのかもしれない。
我々は不死身であるから、忘却を繰り返し、永遠に同じ運命を辿っているのかもしれない。
ならば、またどこかで新しいアリスを連れてこようか。
それならば……、いや、トランプ軍団を壊滅させた現在のアリスに打ち勝てるアリスが果たして現れるだろうか……。
まぁ、ダメ元でいつかやってみようと思う。
チシャ猫にでも相談しよう。
私は紅茶を喉へ流し込みながら、一瞬の内に考えた。この思考も時が経てば忘却に消えるのだろうが。
現主人である彼女は、やはり退屈そうに平穏な空を眺めながら、紅茶をもう一口飲む。
「今日もいいお天気ね。風が涼しいわ」 そして、アリスは歌うように呟いた。
「女王は川辺でお茶会を開き、全て世は事も無し」
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