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作品ID:379
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約5880文字 読了時間約3分 原稿用紙約8枚
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生きる翼、死を纏う翼
作品紹介
とある女の子はこう言いました
「お前が代わってくれたら。そうしたら私、生きるから」
言われた女の子は、沈黙するしかなかった。
何処かの本で、読んだことがある。双子っていうのは、一対の翼らしい。
本当かどうか信憑性皆無だ。俺はそうは思えない。
むしろ――――憎みあうものだと思う。生半可に、自分に似ているから。可愛さ余って憎さ100倍、なんて甘い話じゃない。
俺の知っている双子は、あまりにも対極的だ。
病弱で皮肉な名前を持つ姉。元気で、嫌味な名前を持つ妹。彼女たちは、本当にお互いを愛していたからこそ――――お互いを殺したいほど憎んでいたんだと、今の俺は感じている。
「なあ、本当に良かったのか? お前、今日は――」
「うるさい。私がいいといった。ならいいの。君は気にしないで私の背中を押してくれればそれでいい」
「なんつう自分勝手だ」
殺人的な暑さ、容赦ない太陽光。照りだされる熱でコンクリートまで加熱して下半身に輻射熱が襲い掛かって体感温度は大凡地獄だ。
俺も彼女も、比較的涼しい場所――海に近い、岬で俺たちは先端に座って海を眺めていた。気持ちいい潮風のお陰で大分涼しい。俺は黙って座って黙々とひたすら昼食にがっつく女の子を見た。だぼだぼの麦藁帽子、涼しげな服装。口の周りにケチャップをつけていることに気付かずただただ食べる。
ほんと、可愛いな。と思いながら俺は彼女に声を掛けた。
「未来。口にケチャップついてるぞ」
「……ん?どこ?」
「ちょっと待ってろ。取ってやる」
俺はポケットティッシュで彼女の口の汚れを取ろうと手を伸ばし。手にお昼を持ったままの彼女は顔を振るって抵抗する。何でか知らないが顔が紅い。
「や、やめろー!」
「こら、動くな! 取れないだろうが!」
「離せー! 触るなー!」
「子供かお前は!」
彼女の抵抗空しく俺はあごを掴んで、無理やり汚れを取ってあげた。その後、彼女に噛み付かれたけれど。何でだろう…。何でか彼女は焦ると子供のような口調になり、最後はいつも噛み付く。地味に痛い。噛み付きの力が強くて怪我したこともあるくらいだ。
「いってえな! 何でいつもいつも噛み付くんだよ!」
「うるさい! 年頃の女の子にいきなり触れて、あまつさえ動きを封じるような奴の反論認めない!」
「理不尽だな! しかも何もしてねえだろ!」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「お前は犬か!?」
「うるさい! がうっ!!」
――――がぶりっ。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
「ぐるるるるるっっっ!!!!」
今度は手首に噛み付かれた。半端ない痛みで目の奥が熱くなる。というか涙が出た。彼女は俺の腕に噛み付いたまま振り回されても噛み付いたまま離れない。まるで犬というかワニだ。噛み千切らんと、俺の手首に歯を食い込ませる。
散々振り回したあと、俺がごめんなさいと言うとようやく離してくれた。何故、俺は謝罪せねばいけないのだろうか? 誰か答えて欲しい。俺、何かしましたか?
「……まったく。君のセクハラも程々にして。私だって、護身とはいえ君に攻撃したくない」
「おいまて。今の、顔を押えて軽く拭うという行為の何処にセクハラが含まれてる?」
「顔を押える。無理やり拭う。抵抗空しく無理やりに」
「……分かった。今度から優しくするから噛み付くのはやめてくれ。半端ない」
「甘言で私がセクハラを許すと思う? 私の体に触れる=それはセクハラ。だって私は女の子。か弱い女の子なの」
「その噛み付きで俺の息の根を止められると思うぞ?」
「そう。ならそれは窮鼠猫噛み。それだけ私は追い詰められている」
「俺、未来に何かしたか?」
「した」
「何を!?」
「不用意に体に触れた。私が許可したとき以外は全てセクハラと認識する」
「…はい」
俺は結局彼女、未来には勝てないのだ。本能的に彼女に刷り込まれている。歯向かったら噛み付きの刑に処する。彼女に掛かれば軽い抱擁が押し倒されたと同じレベル。そして自衛行為。それがエンドレス。
彼女は理不尽である。だが、俺はそんな彼女のことを気に入っている。可愛いのだ。こんな理不尽が。頭撫でたら噛まれ、手を繋げば噛まれ、肩を触ろうものならば喉元に牙をむく。こんな凶暴少女が、体内に病魔を持っているなど、誰も信じない。
だが実際にそうなのだ。本来は、外出すら制限されているのに、彼女は俺と一緒に出かけることを選んでくれた。この行為が自殺行為に等しいことくらい俺だって知っている。彼女は、もう長くない。近い将来、死が約束されている。だから短い余生、好きにさせてくれと彼女が医者に頼んだらしい。もう後悔だけは残したくないから、と。だから彼女は今ここにいる。また食事を再開しているが、アンテナが引っ切り無しに反応しているのが見るだけで分かる。指で触れたら噛み千切られるだろうな。
「……」
「未来。触るぞ?」
「何処を?」
「頭」
「許可する」
「分かった」
食事をしながら傍ら、俺は未来の頭を軽く撫で始める。彼女は黙って撫でさせてくれている。こうして静かに、彼女の頭を撫でるこの時間が、俺は大好きだ。何でか、心が安らぐ。なんて皮肉だろう。なんで、未来のない女の子の名前が『未来』なんだろう。神がいたとしたら、俺は首根っこを掴んで耳元で怒鳴っているだろう。俺は神を許さない。こんな年端もいかない女の子に、こんな運命を突きつけ、苦しめ、呪い、鎖で繋いだ神という存在を、俺は心から否定する。それだけじゃない。彼女の『翼』は、黒い鎖で地面に縛られているだけじゃない。その上。
大空に力強く羽ばたくもう一つの『翼』の存在を与えたことだ。俺は未来の鎖を断ち切ることなんて出来ない。だが、大空に羽ばたく『翼』の、誤解を招かない救いの手を、仲介することぐらいは出来た。
そして、その羽ばたいているもう一対の『翼』がこちらに近付いてきていることに、俺も未来も気付いていた。
「何か用?」
冷たい、普段の未来から考えられないような氷の如き声。対象は嘲笑うように笑って答えた。
「別に。死にぞこないのあんたを見に来ただけだよ。相変わらず貧相な体だね。よくまだ生きてるじゃん」
容姿は、未来にそっくり。気の強そうな瞳が、唯一の違い。未来は振り返らずもせず、食事を続ける。そのそっけない態度に、彼女はムカついたようだ。
「今日の検査サボって彼氏とデートですか。ほんと、死にぞこないのクセにいいご身分だよね」
「悪い? どの道死ぬんだもの。余生をどう過ごそうが私の勝手。お前には関係ない」
「だろうね。医者も諦めたみたいだったし。ははっ、遂に医者に見捨てられたね」
「だから? どうせ医者だってお手上げの状態なのに、今更検査してどうするの?」
「べっつにー。そうやって生きることから逃げ続けているあんたは笑い種だから笑いに来ただけ」
「じゃあ笑えば?」
「もうさっき散々笑ったよ。さすが自分の生き写し。見てるだけで吐き気がする」
「じゃあ帰れ」
「やだね。あんたの余生を邪魔するのが当分のあたしの目的だから。今日も邪魔してやろうかと」
「帰れ、と私は言った」
「やだねって言ったよあたし」
「警告は一回よ」
「だから?」
遂に、未来が立ち上がった。怒りで、顔が真っ赤になっている。さて、俺も加勢するか。
「未来。体に障る。俺が追っ払うから、落ち着け」
「……君」
「へえ、カッコいい彼氏じゃん」
奴は――未来の妹、永久は頭の後ろで手を組み、にやりと笑う。その態度が俺の意識を冷静にする。やっぱりか。ほんと、永久の奴も素直じゃない。
「永久、ちょっとこい。未来、座ってろよ」
「ええ」
「へぇ?。あたしに愛の告白ですかー?」
――――ギロリッ!! と未来が永久を睨む。凄まじい殺気だ。
永久はへらへらとしてさっさと逃げ出した。俺もその後を追う。
「――――お姉ちゃん、まだ駄目だね」
「だな」
未来の届かない場所まで来ると、永久は途端に心配そうな顔に変わった。これが本来の永久だ。姉を心配し、何とか生きる気力をもってほしいと自分に出来ることを只管努力して、その結果、姉から恨まれてもいいからという結果を受け入れて、その仮面を被り続ける健気な女の子。
「俺もそれとなく言ってるけど駄目だ。未来は、死ぬことをもう受け入れてる。このままじゃ、生きる気力なんて湧くわけない」
「だよね…。あたしが挑発しても、取り付く島なしだし…」
永久の先程の言った言葉は全て彼女に生きろと、言っている。だが、未来は全て跳ね除けた。自分は死する運命、だから無駄な抵抗などしない。と。
本当は、生き長らえる方法はある。大きい手術で、彼女の病魔の巣を取り除くこと。だが、彼女のそれは脳――一番大事な部分に出来ている。このまま行けば彼女は、確実に死ぬ。だが、未来は手術を拒んだ。失敗すれば、その場で死ぬ。だったら、自分で死ぬことを受け入れると言い出したのだ。
逃げている、といえば逃げている。だが、俺はそれでもいいとおもっている。彼女が決めた結果だ。それがたとえ、彼女がこの世界からいなくなっても、俺は受け入れる。でも、迷いはある。
「お姉ちゃん…」
「俺は、あいつに生きて欲しいけど。最終的に、あいつの意見を尊重する」
「それでお姉ちゃん死んでもいいの!?」
「――――それが、あいつの出した答えなら、俺は納得する。そうする自信がある」
「分かんない! 君がどうしてそんな簡単に諦められるのかあたし理解できないよ! 君は、これからもお姉ちゃんと一緒にいたいとは思わない訳っ!?」
「それは俺の意見だ。俺は、自分の意見を未来に押し付けることはしない」
半泣きになりながら永久は俺を睨んだ。永久は不幸だと思う。姉を思う、慕うが故に未来に恨まれ、本心をひた隠しにして、懸命に敵を演じる妹。
――――神様よ、あんたがこんなシナリオを描いたってんなら、まずはそのふざけた筋書きを全否定してやる。
どうしてこいつらはこんなに不幸にならなきゃいけないんだ? そばにいて、俺はどうすればいいのか、今も迷っている。未来に、敵対するべきか。それとも、今のまま心の支えになるべきか。
俺は、生きて欲しいけど。だけど…。
「君さ、いつまで迷ってるんだよ!」
「永久?」
「お姉ちゃんの余命は、もう一ヶ月もないの! 手術するには、もうすぐでにもやらなきゃますます助からないんだよ!? ねえ、いい加減迷わないでよ! 彼氏なら彼氏なりにしっかりしろよ!」
「……」
「いつまでも逃げないでよ! あたしの身にもなってよ!」
「…お前は生きて欲しい。俺も正直言えばそうだ。だけど。あいつはきっと拒む。強要したら、自殺するぞ。あいつのことだから」
「そんなこと分かってる!」
「じゃあ何でそんな奴に生きてくれ、なんて言うんだ?」
「生きて、明日を一緒に迎えたいからだよ!」
「…………………………それをだったらはっきり言うぞ。お互いに」
今、永久に言われて気付く。俺も、逃げていただけだ。
諦めていたんだ。未来との、明日を。あいつに拒まれるのが怖くて。そうさ、怖いさ。あいつの口から、否定が出るのは。でも、そうでもしないとあいつは首を縦に振らない。
ぶつけないと、気持ちは伝わらないんだから!
「未来、なあ?」
「何? それにお前、帰れって言ったでしょ」
「お姉ちゃん!」
「…何、永久?」
未来は、先程とは違って窺わしい目付きで永久を見た。
「はっきり言うよ、もうこの際お姉ちゃんに嘘は言わない」
「やっぱり、あれは虚言?」
「……分かってたのか?」
「ええ、大分は」
未来は涼しい顔で海を見つめる。永久は、もう泣き顔で姉を説得する。
「お姉ちゃん! お願いだから手術受けて! そうすれば助かるんだよ!?」
「前にも聞いた。でも、この時期だから。死ぬ確立の方が高い」
「だから何!? まだ逃げるの!? 生き残る努力もしないで!」
「――」
「やってみないと分かんないよ! それに、こんな安楽死みたいな真似より、ずっといい!」
「私を実験動物みたいに言うのね、永久」
「……え?」
「やってみないと分からない? ええ、そうね。やって失敗したらそこでおしまい。私は死ぬ。それだけね」
「……」
未来は海を、遠くを見たまま続けた。
そして次に出た言葉は意外すぎる言葉だった。
「いいわよ別に。今更だけど」
「―――え!? お、お姉ちゃんそれ」
「お前が代わってくれたら。そしたら私、生きるから」
代わってくれ。その言葉は、俺たちの気持ちを裏切る言葉…? じゃなった。だが永久の顔は真っ青になっている。
「私の苦しみ、一緒に受け止めて。君でもいい。生きろというなら、一緒に私の痛みを受け止めて。私は、一人じゃこんな重すぎる痛み、もう耐えられない」
「そんなんでいいのか?」
「それだけでいい」
俺はその場に相応しくない声で未来に聞いた。
「私、何だか死ぬのも面倒になった。だから、生きてみる」
「お姉ちゃん!!」
海のみていた背後から、永久が未来に抱きつき。
「あ」
「へ?」
「きゃっ…」
勢い余って土手から落ちた。
「きゃああああああああ!!!」
「わぁぁぁぁぁ!!」
「お前等!?」
俺が慌てていくと、二人は重なり合うように喧嘩していた。
「永久! いきなり何するの!?」
「やっとお姉ちゃんが! お姉ちゃんがあぁぁぁ!!!」
「うるさい、頬ずりするな! あ、ちょっと馬鹿! 何処触ってる!?」
「やったぁぁぁぁ!!!」
「分かった! 生きる、生きるから胸を触るなぁぁぁ!!」
俺はその光景を、呆れながら見つめていた。
なる程。一対の翼か。
『翼』の鎖は、『翼』しか解放できないわけだ。俺は、単なる見物者だったらしい。
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