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作品ID:407
こちらの作品は、「お気軽感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約4014文字 読了時間約3分 原稿用紙約6枚
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Sunday Morning
作品紹介
独白、夢、曖昧、記憶、混乱、ある日の早朝。 原曲・The Velvet Underground
夢を見た。
故郷の海沿いに建てた小屋が舞台の夢だった。
灯台が近くにあって、その光の指す方向を僕は小屋の窓から見つめていた。
明け方の空を横切る金色の光。
小屋は、昔、僕が育った家。
随分、昔、僕が捨てた僕の家。
潮騒の中に、ウミネコの鳴き声がどこからか混じって。
潮の香りはバラック小屋の壁にまで染み入っている。
僕は穏やかな海に向いたまま、ずっと光を眺めて。
そして、気づいた。
海の向こうからやってくるもの。
それは……。
僕が捨ててきたモノたち。
波となって、それが、押し寄せてくる。
◇
目が覚めた。
寝室の天井。光がなくて、暗い。
窓の外もまだ薄暗くて。
日曜日の朝だ。
僕は、テーブルの上の煙草を取り、マッチで火をつける。
他人の気配がして、隣を見ると、女が半裸で眠っていた。
僕に寄り添うようにして、日向の下で眠る猫のような姿勢だ。
誰だろう。
よく覚えていない。
煙を吸い込む。
喉がヒリヒリした。
ぐらっとする。こんなに度数が強かったか、と思った。
煙草が短くなる頃、外は少しだけ明るくなっていた。
庭の植物が活力を取り戻そうとしている。
今は何時だろう。
女が寝返りを打って、僕に背を向ける。
僕は灰皿に煙草を押し付け、女の肩にそっと手を添えた。
「ん……」
女が目を薄く開けて、顔をこすった。
なかなか美人だ。
「おはよう」
僕は囁くように言う。
「まだ暗いじゃない」 女は掠れた声で言った。 「日曜日まで早起き、できないよ」
彼女はそう言い捨てて、また枕の上に頭を寝かせる。
僕は、彼女の長い髪を手でそっと掻く。さらさらとしていた。
部屋を見渡す。
テーブルの上に写真があった。
隣で眠る彼女が、見知らぬ男と共にフレームの中で笑っていた。
男は、誰だろう。
若い。青年か。彼女と同い年ほど。
肉親だろうか。
否、似てはいない。昔の恋人だろう。
笑ってはいるが、陰気な感じがして、僕はちょっと苦手だ。
きっと相性が合わないタイプに違いない。
しかし。
「……あれ?」
違和感。
写真を取る。男を見た。
そして、窓ガラスに映った僕の顔を見る。
同じ顔。
あぁ、この男は、僕か。
ということは。
思わず息を漏らして、可笑しさを堪える。
段々と思い出す。
隣で眠る彼女は、僕の最愛の人だ。
僕は薬指を見る。
指輪。綺麗な指輪だ。婚約の証。
僕が、買ったものだ。忘れていた。
なぜ、記憶が薄らいでる?
それも思い出した。
僕は、医者に、生まれつき記憶障害なのだと伝えられたことがある。
正確には、記憶することはできるが、それを引き出すことができないということだ。
そう宣告されたのはいつだったか。
一年前?
十年前?
もしかしたら半世紀前かもしれないし、昨日のことだったようにも思える。
そうだ。
僕は、いつも混乱している。
煙草を取り、火をつけた。
喉がヒリヒリした。なぜ僕はこんなものを吸っているのだろう。
考える。
やがて、どうでもよくなる。
それより、夢を見た気がする。
どんな夢だったか、思い出せない。
なんとか思い出そうとする。技術不足だ。思い出せない。
煙草の煙みたいに消え去ってしまった。
何かが迫ってくる、ありがちな悪夢だった気がする。
聞き覚えのある音がしていた気もする。
“聞き覚え”?
変だな、と僕は独りで笑う。
聞き覚えたものがあったのか、僕に。
そして、もう一度脳内を探る。
寄せて、返す音。
ざらつくような静かな音。
その中に響いた甲高い声。
海?
そうだ、と思い出す。
僕は過去の景色を夢で見たのだ。
僕が育った、海沿いの小さなバラック小屋。
ひどいところだった。
海も嫌いだった。
親は、ひどい人間だった気がする。
思い出せないが……。
今、どこにいるのだろう。
今も、あの海沿いの小屋なんかにしがみついて生きているのだろうか。
僕は腕を見る。
アザが、そこには残っている。
消えないまま、すっかり僕の身体の一部になってしまった。
これは、僕の記憶ではなく誰かに教えられてわかったことだが、親につけられたアザらしい。
もちろん、こんなアザをつけられた覚えなど、僕にはない。きっと頭の引出しの奥で眠っているのだろう。
ひどいことするわ、って誰かが言っていた気がする。
僕はそう思わない。
むしろ、素敵な模様だと思う。
黒くて、ほんの少しだけ狂気の薄桃色を帯びた、僕にぴったりの模様。
「タトゥーよりかは、マシじゃないかな」
僕は誰かに向かって微笑んでそう言ったはず。
僕は隣の女を見る。
彼女の細い腕にある蝶の刺青。
あぁ、そうか、君だった。
思考を夢の情景に戻す。
小屋の窓から、水平線を見つめていたはずだった。
灯台の光が指し示していた場所。
あの灯台だけは好きだった。
あの景色の中に限って、という意味だが。
故郷は、嫌なものだらけだった。
夢の中で、高波が襲ってきたはずだった。
それに呑み込まれる寸前も、僕は声一つ上げず、ただ怪物のような津波を見つめていた気がする。
でも。
何かが、波の中にいたのだ。
壁のように迫った水中に、何かがあったのだ。
なんだったのだろう。
思い出せない。
ただ、懐かしい気はした。
僕が捨ててきたモノ。
生きるというのは、何かを捨てて、拾っていくことだ。
僕は捨ててきたものだらけ。
そして、拾うにも、僕のポケットには穴が開いているのだ。
ぼろぼろと砂みたいに零れていく。
今、そのポケットには、人形が入っている。
人形の顔は、さっき写真で見た陰鬱そうな男の顔。
その人形はポケットの穴から落ちるギリギリのところで、足を糸に引っ掛けてなんとかぶら下がっている。
しかし、今にも落ちそうだ。
不安げに、でも人形なので無表情に、ぐらぐらと揺れている。
滑稽。
僕は、ささやかな妄想に笑った。
女のほうに振り返る。
寝息。
柔らかくて、華奢な身体。
君は、僕のポケットの中にいない。
今、現在、僕がこの手に持っているだけだ。
現にさっきまで、君が誰なのかも忘れていた。
とても可笑しいことだ。
なのに、女のほうを見て笑うことはできなかった。
人間……。
そうだ、人間だった。
寝室の壁に夢の景色を映し出す。
迫ってくる高波の中に、誰かがいたのだ。
僕が捨てたもの。否、捨てた人。
はっと息をのむ。
思い出した。
波のカーテンの中にあった顔。
醜くて、歪みに歪んで、とても汚い黒っぽい面。
それが二人。
思い出した。
波の中にいたのは、父と母だった。
捨てたのだ。
僕は、あの二人を殺した。
押しつけられた煙草の火。
容赦なく叩きつけられる拳。
鈍い痛みと鉄の味。
僕は涙を枯らし、声すら失って。
誰かに渡された拳銃を手に。
銃口は醜い大人二人の心臓に向けて。
重い引金。体を揺さぶる反動。焦げたような匂い。
それが二回。
僕は、傷だらけの体のまま、モノと化した親二人を海に流した。
捨てた。
ずっと遠くまで流れていったのを見届けた。
波の間に漂う小さな点。
カモメがその点の上で群がっているのを見て、震えた。
波の中に立っていたのは、あの二人だった。
煙草を吸う。
僕は、殺人の代償に記憶を差し出した。
でも捨てたものが少しだけ残っていた。
それが、押し寄せてきたのだ。捨てたものだって、僕の一部だったのだから。
日曜日の朝の光景に戻ってきた。
窓の外が白んできている。
僕は、女に振りかえった。
まだ眠っている。
そちらを少しの間、眺めていた。
やがて、ふっと笑った。
僕は、彼女になんと言ってプロポーズしたのだろう。
煙草が短くなっていた。
僕は灰皿を取って、それを押しつぶす。
その時、気づいた。
誰かの吸殻が、灰皿に二つ残っている。
いったい、誰のだろう。
僕はその吸殻をつまむ。
冷え込んだ日曜の朝とは裏腹に、それはまだ少し温かかった。
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