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作品ID:450
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約11433文字 読了時間約6分 原稿用紙約15枚
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染井吉野な二人
作品紹介
初投稿です。
女の子が主人公の王道っぽい恋愛ものです。
駄文で誤字脱字などあってまだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。
女の子が主人公の王道っぽい恋愛ものです。
駄文で誤字脱字などあってまだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。
県立「永久桜(とわざくら)高校」という一風変わった学校がある。
県の外れにあり、高校から近くの街まで歩いて30分も掛かってしまう。
つまり、登校が大変なのだ。
街から高校までの道のりはほとんど田んぼと林。
しかも高校は丘の上に位置していて、通称「鬼桜(おにざくら)」と呼ばれる傾斜の少しキツい、運動部でも悲鳴をあげてしまう坂が存在する。
時間も掛かる、距離も遠い、登校がツラいことから「刑務所」というあだ名が付いてしまう学校であるのだけど、非常に人気があった。
それも「進学校」へ早変わりしてしまうほどに。
というのも――
「ふぅ……やっぱりここは落ち着く……それにしても、一年中咲く桜って一見するとロマンチックだけど、『桜の下には死体が埋まっている』という点だと、一種のホラーだよね……」
学校名にもある通り、一年中咲く桜がその学校の裏手には存在したのだ。
研究結果は「原因不明」で、全く持って謎めいた存在だった。
種類は染井吉野、一般的な桜であったのだけども、ね。
そして、その染井吉野の上で1人の女の子が寄り添いながら桜の花びらが舞い散るのを見ていた。
「しかし、『この桜の木の下で告白すると、恋が叶う』か……くだらないなぁ」
恋愛成就の象徴。
このフレーズとこの桜のおかげで入学希望者が後を絶たないのである。
さらに進学校化も拍車をかけていた。
「そんなんで恋が叶えば苦労はしないのに……もう1年……」
誰とも知れない人――もしかしたらこの桜かもしれない――に話しかけていた。
『僕ね、大きくなったら麻衣ちゃんのお嫁さんになる!』
……ずっと昔にした、相手ももう忘れているであろう約束。
薬指を天にかざし、周りを踊るように舞う花びらを見ながら、切なくなる。
「おい、麻衣。またここか」
「……吉野!」
麻衣と呼ばれた女の子は下を見てみると、そこには吉野という男がコッチを見ていた。
「昼休み終わんぞ」
「ほいっと……もうそんな時間? まだ昼ご飯食べてないんだけど」
麻衣はスカートのまま木から飛び降りた。
絶妙な角度で飛び降りることで、ギリギリ見えないような飛び降り方だった。
お尻をはたいて、スカートについていたゴミを払う。
「そんなことだろうと思ったよ、ほれ苺パンとサンドイッチ」
「さーんきゅー♪」
麻衣は廊下を歩きながらサンドイッチを食べることにした。
おっと、ツナサンドではないか!
「はぁ……全くお前の神経はどうなってんだよ? 購買がすくのを待つために桜の上でちょっと休憩してたらもう昼休みが終わる寸前って」
「……テヘペローッ!」
「誤魔化すな、それとウザいわ」
吉野は麻衣の頭を軽く叩く。
叩くと言っても撫でるように、優しく、ソフトだった。
「……!」
「おい、顔があかいぞ? 熱か?」
う、嘘!? 吉野に触れられた……!
しかも優しく撫でるように……!
あ、頭……は、はわわわ!
「……何でもない」
「そうか、病気だったら言えよ?」
「……うん」
吉野がくれたパンのおかげで腹も膨れ、いつもなら眠気と戦う5時間目。
(吉野に触られるのって、ずいぶん久しぶり……知らないうちに手は大きくなってた。優しく包み込むように、叩くというより撫でるだった……)
麻衣は手に持ったペンを回しながら、吉野のことを考える。
頭にはまださっきの感触が残っていた。
麻衣は斜め前に見える吉野を見た。
(……吉野)
麻衣と吉野は昔からの幼なじみだった。
立花吉野。
物心ついた時には、私の隣にいた。
名字みたいな名前で印象的だったのを覚えている。
昔は私より背も低く、泣き虫だった。
吉野が泣く度に私が慰めたりお世話をしたものだったのに。
困ったことがあったらいつも私が助けてたのに。
いつからだろうか、吉野が私の身長を抜いたのは。
気づけば私の頭一つ分大きくなっていた。
いつからだろうか、私を助けてくれるようになったのは。
昼ご飯、くれたばっかだし。
いつからだろうか、泣く私のそばに居てくれるようになったのは。
中学生になってどんどん親族が死んでいってしまった。
私に優しかった曾おばあちゃんや、親戚の叔父さん。
悲しくて、泣きたくて、でも一家の跡取り娘として涙は我慢しなければならなかった。
ウチは古くからの剣道一家で、「染井流」と言えばその道の人なら一度は聞いたことのある言葉だった。
その次期当主として、しっかりしなくてはいけなかった。
私が涙を堪えているとき、そばに居てくれたのも吉野だった。
あとで随分吉野の胸を貸してもらったのは恥ずかしい思い出。
そうして中学二年生のとき、私は吉野が好きだと気づいた。
気がつくと吉野をいつも見ていた。
学校へ行くときも、吉野が家を出る時間を見計らったり、部活も吉野と帰る時間を合わせるためにやったりした。
友達に話すと、「それって吉野くんのことが好きなんじゃん」と言われ、しばらく考えて「まさか」と思いつつも認めざるを得なかった。
私の身長を抜いた吉野は比較的誰にでも優しかった。
困った人を見かければ、助けているのをよく目にする。
家柄上、運動が出来て、さらに努力家だから勉強も出来た。
だから中学高校とモテモテだった。
放課後、いつものようにまた桜の上から部活を頑張る吉野の姿を収めようと登った。
ここからグラウンドで汗水流して野球を頑張る姿を見るのが好きだったのだ。
しかし、昼のことでちょっと恥ずかしいからいつもより上の枝に座った。
ほとんど桜で隠れている状態だ。
「あれ、まだ来てないのか……掃除でもやってんのかな?」
すると、下から声が聞こえる。
「――――!」
よく聞こえないけども、告白であろうことは見て取れた。
「――吉野!」
男は吉野で、女は隣のクラスの可憐という人だ。
学年で一番美人とも言われている。
愕然とした。
「嘘……嘘でしょ……まさか、付き合うの?」
どうみてもお互いに抱き合っている姿だ。
そこから導ける結論は付き合うことしか考えられない。
絶望に満ちた私は、それしか考えられなかった。
どれくらいだろう。
2人は長い間抱き合ってたと思う。
私には1時間にも感じられる長さだった。
実際は1分だとしても、関係ない。
その光景を私は終わるまで見させられた。
――いつも一緒に居るのは私なのに!
――アンタよりも、吉野のこといっぱい知ってるのに!
――私の方が、吉野のこと大好きなのに!
――なんでアンタみたいな奴なんかに!
――なんで!
――なん……で……!
――なん…で……。
「なんで……私じゃない…の……?」
私は涙がでていることに気づかなかった。
胸が締め付けられるように苦しかった。
……誰か、この涙の止め方を教えてよ……!
「何が永久桜だよ……! 恋なんて叶わないじゃない……!」
小さな、誰にも聞こえないくらいの声で、拳を強く握りながら叫んだ。
それから家に帰っても、ロクにご飯が喉を通らなかった。
家族から心配されたけど、どうしようもなかった。
「大丈夫だから、気にしないで」としか言えなかった。
稽古の時間も今ひとつ集中出来ず、面の中で泣いてしまった。
夜はなかなか寝ることも出来なかった。
頭の中は吉野のことでいっぱいで、泣かずにはいられない。
「吉野……吉野ぉ……!」
私しかいない部屋で、ベットの中で泣き叫ぶ。
こんなことをしても何にもならないと頭では分かっていても、叫んだ。
涙がこぼれる度に、私の心は傷ついていく。
深く、深く抉っていく。
例え泣かずとも、傷ついていくのに変わりはなかったけども――。
――こんなことなら、もっと早くに告白してしまえば良かったのに――!!
……無理だよ、出来ないから結果がこれでしょ。
――私の方が、よっぽどお似合いなのに!
……自分で言うなよ、「幼なじみ」の一線を越えるのが怖いくせに。
――どうして、どうして……!
……内心今のままの距離感がいいと思っていつまで経っても告白しない自分が悪いんだろ。自分で何もせず、与えられるばっかりで。
――どうすれば……
……どうもしないよ、逃げてきた結果じゃないか。
……そうだね。
全部、全て分かりきってた事だった。
でも逃げた。
事実を認めたくなかったから。
1人になって自問自答して、傷ついて。
どうしようもなく、私は馬鹿だった。
翌日、私は吉野に会うのが嫌で、学校へ行く時間をズラした。
普段からキツい「鬼桜」の坂が、今の私にはありがたかった。
玄関入って上履きに履き替えると、目の前の鏡にはやつれた私がいた。
目の下にははっきりと分かる目の隈。
お手入れの忘れられた、いつもならポニーテールのはずの髪はハネが多く、ゴムで結ばれずにいた。
クラスメートは麻衣を見て驚いた。
「あれ!? 麻衣ったらどうしたの? 立花くんは一緒じゃないの?」
「……寝坊?」
吉野は朝から野球部の朝練だった。
「ほ?ら、こっち来て。頭やるから」
「ん?」
「麻衣!」
振り向けば吉野がいた。
麻衣は朝のHR直前に来れるように時間を調整していたからもう朝練もおわっているだろう時間か。
出会いたくなかったから時間をずらしたのに……
「どうしたんだ? 1人で登校するなんて」
「……うっさいわね。今日は1人にして」
「何かあったのか? 言ってみろって、相談するぞ?」
近づかないでよ!
なんでそんな目をするの!
「1人にしてったら」
「そんな眠れていないような様子で……いったい何があったんだよ?」
私の目の隈を見て、心配そうにその目は私を見つめる。
全てを見透かしてしまいそうなその真っ直ぐな目は、今の私にはあまりにも毒だった。
ほんの少しでも気を抜けば、また昨夜のように泣き崩れてしまいそうで、それはとても怖かった。
吉野にあの私は見られたくない――
「アンタには関係ないでしょ」
「……幼なじみだろ」
「うっさいって言ってるのが聞こえないの? 1人にしてって言ってるでしょ!」
「……麻」
「近づかないで!!!」
私は叫んだ。
クラスに響く、大きな叫びだった。
ああもう、こんなことしたかったわけじゃないのに……!
吉野は別に悪くないのに……!
八つ当たりして……馬鹿みたい。
ガラッ。
「HRの時間だぞ?、あと叫ぶなぁ」
空気を読んだように教師が教室に入ってきたおかげでたいしたトラブルにはならなかった。
昼休みになると、クラスは重苦しい空気を忘れたようだった。
いや、忘れたフリをしていた。
周りでは他愛もない世間話や恋バナをしていたけど、それは建て前なのは直ぐに分かった。
そんな中、私は机に突っ伏していた。
午前中の授業は全くと言っていいほど集中出来なかった。
おかげで現社のミニテストは赤点確定だ。
……腹減った。
購買に買いに行かないと昼食が無かったのだけれど、足がどうにも重かった。
「……麻衣」
それでも、私は重い足をあげて歩み出す。
無意味だと分かったまま。
「……麻衣」
吉野はただ1人、そう言って麻衣の机の前でポツンと立っていた。
「どうしちまったんだよ……麻衣」
昨日までいつも通りに接することが出来たのに、いったい今日はどうしたのか。
あれは「拒絶」だった。
俺を避けるように離れていた。
どうしてなのか……見当も付かなかった。
しかも、別れ際――
「泣いてた……よな……」
俺がいつアイツを泣かせたか……?
……分からん、さっぱり身に覚えがない。
アイツ、麻衣は昔、いつも俺を守ってくれる存在だった。
公園で転んでしまえば「男の子でしょ、泣くんじゃないの! 泣いていいのはね、認めた人の前だけよ」と励ましてくれた。
いじめられれば麻衣がイジメてくるやつから助けてくれて、足を挫けば麻衣が背負って家まで送ってくれた。
だから、麻衣は「強い人」だと思った。
強い、と勘違いをしていた。
身長が並んだ位の頃、麻衣が1人で泣いているのを見てしまった。
ある日、学校に算数の教科書を忘れてしまい、学校に取りに戻っていったら教室から誰かの泣く声が聞こえた。
まだ子供だった俺は、自分のことで精一杯だったので関わらずに帰ろうと思った。
だけども好奇心には勝てず、誰が泣いているのか教室の後ろのドアからこっそり覗いたのだ。
すると、麻衣が自分の机で泣いていた。
机の上には無惨にも切り刻まれた算数の教科書が置いてあり、どうしてか麻衣は体操着に着替えていた。
っくしゅ!
麻衣は身体を震わせながら、小さくくしゃみをした。
そこで俺は、麻衣が水に濡れていることに気づいた。
ポニーテールの先から水が一滴一滴したたり落ちて、椅子の防災ずきんを濡らしてしまっている。
強くて凛々しい姿は、儚げで触れるだけで崩れてしまいそうな弱々しい姿に変わっていた。
麻衣は、俺と一緒にいるが為に女子からイジメを受けていたのだ。
俺はそのことに気がついて、教室のドアに手を掛けることが出来なかった。
現実が受け入れられず、ビビって足がすくんでしまってしまい、俺は家に走って帰った。
麻衣が泣いていた。
泣くことのないと思っていた、強くて優しい麻衣が。
お風呂でぼうっと考えた末に、俺はようやく麻衣も弱いんだということを認めた。
あの強くて優しい麻衣は虚勢を張ってるだけで、弱い俺の為に麻衣がしているんだと知った。
幼いながらも、家柄上周りの子より少し大人だった俺は、自分が許せなかった。
水面を思いっきり叩くと、水しぶきが飛ぶ。
そして、何食わぬ顔で水面は元の様子へ落ち着いていく。
俺は何も出来ず、逃げ出してしまった。
麻衣が泣いているのに。
いつも麻衣に助けてもらっているのに。
思っていたよりも俺は弱かった。
俺はそんな俺が嫌で嫌でしょうがなかった。
そして決めた。
心に誓った。
麻衣を守れるように強くなろうと。
俺は麻衣に認められる男になろうと。
泣くのはこれで最後。
弱さは捨てて、前へ進もうと。
だから、あの麻衣の涙は高校生の俺にはそうとう堪えた。
……麻衣。
ああ、もう!
学校では泣かないって決めたのに……!
吉野のあの顔は反則だった。
あんな顔されたらたまったもんじゃない。
本気で私を心配していた。
それに比べて私は吉野に八つ当たりして、吉野まで傷つけて、周囲にも怒鳴りつけて、何より……自分に嘘を吐いて。
私は最低の人間だ。
結局、購買でパンを買っても、腹が減ってるのに食べる気になれなかった。
私は無理矢理パンを口に放り込み、咀嚼していく。
それは「食べる」とはかけ離れた姿。
ツナサンドをかじってゆく度に、涙が溢れ出しそうになる。
どうしてこんなに優しくしてくるのか、誰にでも優しくしているだけなのか、私が幼なじみだからなのか、仕方なくなのか、それとも私だけがそう思っているだけなのか、吉野はどう思ってるのか――
終わりの無い、無限の思考にハマり、私は永遠を苦しむ。
今まで味わったことのない経験にどうしていいか分からなかった。
「いつもなら――」
いつもなら、吉野が側にいて私を助けてくれた。
「側にいるだけ」で助けになった。
少なくとも私には。
1人ではこの想いがどうしようもないことに気づき、改めて吉野の大事さを理解する。
「誰かが側にいる」だけでそれはもの凄い助けになるということを。
初めて1人もがき苦しんで、「孤独」を知り、誰も支えてくれる人のない私。
そして、私はそのことに気づくことで吉野をさらに好きになっては、その分心はどんどん壊れていく。
破裂するのも、時間の問題だった。
「放課後に永久桜の前で」
そう一言だけ書かれた手紙が下駄箱には入っており、外靴に履き替えるのを止めて永久桜の前に行く。
「私に何の用ですか……」
私の目の前にいたのは3年生の先輩。
金髪に校則を破って、ピアスをしていた。
その先輩は学校内で有数の不良、問題児となっていて学校も対応に困っていた。
そして、女癖が悪いという評判もあった。
学校内外で彼の被害にあった女の子は多く、目を付けられたらお終いだと女子の間では言われてきた。
しかし、今の私にそんなことを思い出す余裕なんて無かった。
だからこそ、私は後悔するのだった。
なんで今日に限って竹刀を持ってこなかったのか、と。
「俺さぁ、君が好きなんだよ。だからさ、俺と付き合ってくんね?」
「ごめんなさい。私は忙しいので、それでは」
「あーあ、学校で2番目に可愛い染井に降られちまったー、ってことで!」
「!」
角っこから、前からも後ろからも人が集まってくる。
ほとんどが噂の不良達だった。
「永久桜の噂は、無理矢理にでも叶えますか! そんじゃ、お楽しみましょうぜ!」
最初はハメられたことに気づくまで時間をようした。
だけど、手を握られて気づく。
「染井流……っ!」
今までにもこういう経験をしたことがあったので冷静だったのだけど、それは竹刀を持っていればの話で、今日はいつもと違って竹刀は家、カバンに隠している警棒も家だった。
つまり、今の私は無防備。
側にいつも控えた得物もない、それは今の私の精神状況と同じだった。
ようやく私は焦り始めて、周りに助けを呼ぼうと叫ぼうとするとその口を塞がれる。
「俺たちね、今までずっとこのチャンスをうかがってたんだぜ? だからようやくチャンスが来たのにそれを邪魔されると困るんだよね」
私は必死に泣き叫ぶ。
口を塞がれ、手足を封じられた状態でも叫ぶ。
今の今まで我慢していた私の精神は一気に崩壊を始め、ただ泣くばかりになってしまった。
これは罰……?
私がしてきたことへの……
八つ当たりをするだけで肝心なことからは目をそらし、自分を偽ってまで人を傷つけ、自分も傷つき、強がっても実際はこんなにも弱い私への罰……
吉野……
こんなときでも頭の中は吉野のことばかりだった。
一目でいいから吉野に会いたい。
私がしたことを謝りたい。
会って、素直に謝りたい。
今までのこと、数え切れない吉野の優しさに謝りたい。
「ごめん」って謝りたい。
それで、「ありがとう」って言いたい。
泣き崩れちゃったとき、胸を貸してくれてありがとう。
いつも昼食を届けてくれて、ありがとう。
私を心配してくれてありがとう。
転びそうになったときは支えてくれて、ありがとう。
筆箱を忘れちゃったとき、当たり前のように鉛筆や消しゴムを貸してくれてありがとう。
いつも迷惑かけてんのに、一緒に居てくれてありがとう。
幼なじみで居てくれてありがとう。
そして、本当にありがとう。
いつもこんな私の側に居てくれて、ありがとう。
私はこれさえ言えれば、十分満足だから……
…………十分?
……違う、そうじゃない。
私はまた自分に嘘をついて。
私の本当の気持ちは……
本当の……本当の気持ちは……
……吉野に助けて欲しい。
吉野、助けてぇ!!
「麻衣―――!!!!」
麻衣が多数の男子から襲われる寸前のところで、吉野はやってきた。
手には竹刀を携えて。
「お前ら、麻衣に何をしているーー!!」
吉野がキレた姿を私は初めて見た。
ずっと幼なじみとして一緒に過ごしてきたけど、私は吉野がキレるところを見たことが無かった。
吉野は私の為にキレている――
そう思うと、嬉しかった。
嬉しくて涙が止まらなかった。
「お前らは、絶対に許さない!! お前らは俺の大事なものに手を出しやがった!! 俺の幼なじみに!! 俺の麻衣に!!」
吉野は不良達を竹刀で叩き潰す。
手加減など忘れ、圧倒する。
染井の剣で不良達から私を守ってくれる。
吉野……!
私の見たこともない吉野は強かった。
立花家は染井の分家の一つ。
なので、古くから家同士で交流があった。
染井の娘として私は育てられ、同様に吉野も育てられた。
そのため、吉野の強さは分かっていたつもりだったけれど、それは「つもり」でしかなかった。
それでも私の腕前の方が上だったけれど、それ以外は吉野の方が上だった。
「残るはお前だけだが……?」
「ひいぃ……!」
金髪は後ずさった。
「失せろ!!」
そう吉野が言い放つと、倒れた仲間も含めて逃げ出した。
ものの数分間の出来事だった。
「麻衣! 大丈夫か!?」
私の心はもう我慢の限界を超えていたので泣きじゃくって答えることが出来ず、頷くだけだった。
「良かった……本当に良かった……!」
「吉野ぉ、怖かったよ……!」
私は、吉野に抱きしめられていた。
強く、強く、私の存在を確かめるように。
私は溜めていた涙を流しながら、そのまま吉野は語りかけてくる。
「俺さ、下駄箱にいたんだけどまだ麻衣の上履きが有るのを見つけて、またこっちにでも来てるんじゃないかと思って来てみたら、なんと麻衣が襲われていた! だけど運がいいことにちょうど今日の朝練はさ、剣道部の稽古の日だったから竹刀持ってたんだよ」
運のない私とは違って、吉野は運があった。
しかし、このときの私は運の無いことに悔やみながら、同時に喜んでいた。
吉野に抱きしめられて、吉野の感触を感じることが出来て。
「俺さ、どうしてお前が泣いているか気づいたよ。昨日の告白、見てたんだろ?」
私は吉野の胸の中で頷いた。
「安心しなって、ちゃんと断ったから」
え? 今なんて……?
思わず涙しながらも顔を上げる。
吉野と目が合う。
私は吉野の顔が目の前にあって、驚いた。
「……でも……抱き合ってた…じゃない」
震える声で、必死に言う。
あの光景はしっかりと覚えている。
なんせ、まだ昨日の出来事だ。
「アイツが、そしたら忘れるからって言うから。最初はキスしたら許す、とか言ってたんだぞ?」
「……私の…早とちり……」
「そう、早とちり。だいたい俺には好きな人がいるから」
心の荒んだ私に、それは衝撃的だった。
この土壇場でなんてことを言い出すんだ、と叫びたくなったが口を塞がれた。
直ぐに放してくれたけど。
「麻衣、昔の約束、覚えてるか?」
「あの……吉野が染井流を……学び始めたときの、でしょ……」
なんで今そんなことを聞くのか不思議でたまらなかった。
今はそんな話をしている場合じゃないのに。
「そうか、ちゃんと覚えていてくれたのか」
私は頷く。
吉野は何が言いたいのだろうか。
「麻衣……好きだ」
「……今、なんて?」
「聞こえなかったのか? 麻衣が好きだ。大好きだ」
好き。
確かにそう聞こえた。
……現実感がわかない。
これは夢なのかと疑いたくなってしまう。
「約束だけじゃない。もっと昔からずっと好きだった。俺を守ってくれる麻衣が好きだった。いつも微笑んでくれる麻衣が好きだった。俺の側に居てくれる麻衣が好きだ」
「……でも、私は」
「弱かった。弱いくせに虚勢なんか張って……そう言うところは今も変わらないよな」
『僕ね、大きくなったら麻衣ちゃんのお嫁さんになる!』
約束。
そうか、約束を覚えていたんだ。
もう10年以上も前のことなのに……
「ま、麻衣? どうした、泣き出して……やっぱり、嫌だったか?」
「違う、違うの……! 嬉しくて、夢みたいで、それで泣いちゃってるだけなの!」
もう溜めていたものは全部吐き出したと思ったのに、また涙が流れる。
今日だけで、何回泣くことになったのやら……
でも、それを補って余りある幸せが私を満たしてくれる。
「吉野、私も……私も好き、吉野が好き、大好き!」
――大好き!
そして、私と吉野はお互いに抱きしめあった。
さっきのとは違って、ちゃんと恋人同士がする抱擁を。
嬉しさを共有するように。
温もりを確かめるように。
この気持ちが伝わるように。
この気持ちを分かち合うために。
――ずっと、一緒に居られるように。
目を閉じれば、吉野が全身を使って感じることができ、唇に何かが触れた。
初めてのキスは甘酸っぱかった。
「今日で1年」
私にはあっという間だった1年だった。
あの日から、私と吉野は付き合い始めた。
だけども、普段とあんまり変わんなかった。
少女マンガのように、もっと劇的な日常になるかと思えば、そうはならなかった。
ただ、変わったこともちゃんとある。
私は自分に嘘吐かずに、ちゃんと素直になることにした。
強い部分も、弱い部分も、全て。
「付き合い始めたのはいいとして……麻衣はそこが好きだな」
私は染井吉野「永久桜」の上に、マイポジションに座っていた。
これだけは、付き合い始めてからもしていた。
むむ、私をまるで木登り好きな女だと思っているのか?
「私は桜は好きだけど、木登りの趣味は無いよ?」
「じゃあどうして登っている?」
「吉野もこっちに来てみれば分かるわ」
私の座っている枝はとても太いから、私と吉野が座っても大丈夫だろう。
早く! と急かしてみれば、吉野は嫌々登ってきた。
「い…意外と疲れるな……」
吉野は、私の隣に座って、疲れたような仕草をした。
その仕草は新鮮で可愛かった。
「周りを見てみなさいよ」
私が吉野にそう言うと、吉野は周りを見て驚いた顔をしてみせた。
「参ったな、まさかたった5メートル上から見える景色がこんなに綺麗だとは……」
「登りたくもなるでしょ?」
「ああ、確かに。この光景は言葉では表せない美しさがある……!」
たった5メートル。
その上から見た光景は神の創り出した景色だと思う。
丘の上にたつこの学校は「鬼桜」のてっぺんから見ても綺麗な景色なのだけど、ここから見えるモノは何者にも代え難いものだった。
左奥に光る街並みが見え、中央を田んぼが脈動し、右奥は山々と大空の作り出す見事なコントラスト。
さらに、それを彩るように桜の花びらが舞い、手前を流れる川が透き通った水色に輝き、周りのものを引き立てていた。
思わず、時間の経過を忘れてしまうほどの神々しさだった。
私は吉野の肩に寄り添って、静かに黙ったまま二人とも景色を眺めた。
「2人の秘密の宝物ね」
「そうだな、誰にも見せたくない」
私も吉野も、長い間景色を眺めた。
この静寂を崩したのは、私の言葉。
「……ほんっとにこの染井吉野『永久桜』のおかげだよね」
「そうか? 昔っから両想いだったじゃないか」
「そんなの後から分かったことじゃん。告白されたのは永久桜の下だったよ?」
「結果論だな……まあロマンチックで良かったろ?」
「最高だったよ! ……私は幼なじみの関係が崩れるのが、一線を越えるのが怖くて逃げてたからね」
「俺もだ…………それにしても、染井吉野っていいな」
「……そうだね」
私は「染井麻衣」、吉野は「立花吉野」という名前だ。
ドッキングして、短くすれば「染井吉野」
この桜と同じ名前だ。
「この永久桜のように、俺達もずっと一緒だといいな」
「またまた、上手いこと言っちゃって。当たり前じゃない」
私達は合わせて「染井吉野」
染井吉野「永久桜」の下で結ばれた私達が、永遠でないわけがない。
私達は永久桜の祝福の花吹雪の下で、恋愛の神様が創ってくれた景色を背景に見つめ合う。
世界がスローモーションに進む中、私達は何度目となるキスをする。
今度のキスの味は、永久に忘れることはなかった――――
県の外れにあり、高校から近くの街まで歩いて30分も掛かってしまう。
つまり、登校が大変なのだ。
街から高校までの道のりはほとんど田んぼと林。
しかも高校は丘の上に位置していて、通称「鬼桜(おにざくら)」と呼ばれる傾斜の少しキツい、運動部でも悲鳴をあげてしまう坂が存在する。
時間も掛かる、距離も遠い、登校がツラいことから「刑務所」というあだ名が付いてしまう学校であるのだけど、非常に人気があった。
それも「進学校」へ早変わりしてしまうほどに。
というのも――
「ふぅ……やっぱりここは落ち着く……それにしても、一年中咲く桜って一見するとロマンチックだけど、『桜の下には死体が埋まっている』という点だと、一種のホラーだよね……」
学校名にもある通り、一年中咲く桜がその学校の裏手には存在したのだ。
研究結果は「原因不明」で、全く持って謎めいた存在だった。
種類は染井吉野、一般的な桜であったのだけども、ね。
そして、その染井吉野の上で1人の女の子が寄り添いながら桜の花びらが舞い散るのを見ていた。
「しかし、『この桜の木の下で告白すると、恋が叶う』か……くだらないなぁ」
恋愛成就の象徴。
このフレーズとこの桜のおかげで入学希望者が後を絶たないのである。
さらに進学校化も拍車をかけていた。
「そんなんで恋が叶えば苦労はしないのに……もう1年……」
誰とも知れない人――もしかしたらこの桜かもしれない――に話しかけていた。
『僕ね、大きくなったら麻衣ちゃんのお嫁さんになる!』
……ずっと昔にした、相手ももう忘れているであろう約束。
薬指を天にかざし、周りを踊るように舞う花びらを見ながら、切なくなる。
「おい、麻衣。またここか」
「……吉野!」
麻衣と呼ばれた女の子は下を見てみると、そこには吉野という男がコッチを見ていた。
「昼休み終わんぞ」
「ほいっと……もうそんな時間? まだ昼ご飯食べてないんだけど」
麻衣はスカートのまま木から飛び降りた。
絶妙な角度で飛び降りることで、ギリギリ見えないような飛び降り方だった。
お尻をはたいて、スカートについていたゴミを払う。
「そんなことだろうと思ったよ、ほれ苺パンとサンドイッチ」
「さーんきゅー♪」
麻衣は廊下を歩きながらサンドイッチを食べることにした。
おっと、ツナサンドではないか!
「はぁ……全くお前の神経はどうなってんだよ? 購買がすくのを待つために桜の上でちょっと休憩してたらもう昼休みが終わる寸前って」
「……テヘペローッ!」
「誤魔化すな、それとウザいわ」
吉野は麻衣の頭を軽く叩く。
叩くと言っても撫でるように、優しく、ソフトだった。
「……!」
「おい、顔があかいぞ? 熱か?」
う、嘘!? 吉野に触れられた……!
しかも優しく撫でるように……!
あ、頭……は、はわわわ!
「……何でもない」
「そうか、病気だったら言えよ?」
「……うん」
吉野がくれたパンのおかげで腹も膨れ、いつもなら眠気と戦う5時間目。
(吉野に触られるのって、ずいぶん久しぶり……知らないうちに手は大きくなってた。優しく包み込むように、叩くというより撫でるだった……)
麻衣は手に持ったペンを回しながら、吉野のことを考える。
頭にはまださっきの感触が残っていた。
麻衣は斜め前に見える吉野を見た。
(……吉野)
麻衣と吉野は昔からの幼なじみだった。
立花吉野。
物心ついた時には、私の隣にいた。
名字みたいな名前で印象的だったのを覚えている。
昔は私より背も低く、泣き虫だった。
吉野が泣く度に私が慰めたりお世話をしたものだったのに。
困ったことがあったらいつも私が助けてたのに。
いつからだろうか、吉野が私の身長を抜いたのは。
気づけば私の頭一つ分大きくなっていた。
いつからだろうか、私を助けてくれるようになったのは。
昼ご飯、くれたばっかだし。
いつからだろうか、泣く私のそばに居てくれるようになったのは。
中学生になってどんどん親族が死んでいってしまった。
私に優しかった曾おばあちゃんや、親戚の叔父さん。
悲しくて、泣きたくて、でも一家の跡取り娘として涙は我慢しなければならなかった。
ウチは古くからの剣道一家で、「染井流」と言えばその道の人なら一度は聞いたことのある言葉だった。
その次期当主として、しっかりしなくてはいけなかった。
私が涙を堪えているとき、そばに居てくれたのも吉野だった。
あとで随分吉野の胸を貸してもらったのは恥ずかしい思い出。
そうして中学二年生のとき、私は吉野が好きだと気づいた。
気がつくと吉野をいつも見ていた。
学校へ行くときも、吉野が家を出る時間を見計らったり、部活も吉野と帰る時間を合わせるためにやったりした。
友達に話すと、「それって吉野くんのことが好きなんじゃん」と言われ、しばらく考えて「まさか」と思いつつも認めざるを得なかった。
私の身長を抜いた吉野は比較的誰にでも優しかった。
困った人を見かければ、助けているのをよく目にする。
家柄上、運動が出来て、さらに努力家だから勉強も出来た。
だから中学高校とモテモテだった。
放課後、いつものようにまた桜の上から部活を頑張る吉野の姿を収めようと登った。
ここからグラウンドで汗水流して野球を頑張る姿を見るのが好きだったのだ。
しかし、昼のことでちょっと恥ずかしいからいつもより上の枝に座った。
ほとんど桜で隠れている状態だ。
「あれ、まだ来てないのか……掃除でもやってんのかな?」
すると、下から声が聞こえる。
「――――!」
よく聞こえないけども、告白であろうことは見て取れた。
「――吉野!」
男は吉野で、女は隣のクラスの可憐という人だ。
学年で一番美人とも言われている。
愕然とした。
「嘘……嘘でしょ……まさか、付き合うの?」
どうみてもお互いに抱き合っている姿だ。
そこから導ける結論は付き合うことしか考えられない。
絶望に満ちた私は、それしか考えられなかった。
どれくらいだろう。
2人は長い間抱き合ってたと思う。
私には1時間にも感じられる長さだった。
実際は1分だとしても、関係ない。
その光景を私は終わるまで見させられた。
――いつも一緒に居るのは私なのに!
――アンタよりも、吉野のこといっぱい知ってるのに!
――私の方が、吉野のこと大好きなのに!
――なんでアンタみたいな奴なんかに!
――なんで!
――なん……で……!
――なん…で……。
「なんで……私じゃない…の……?」
私は涙がでていることに気づかなかった。
胸が締め付けられるように苦しかった。
……誰か、この涙の止め方を教えてよ……!
「何が永久桜だよ……! 恋なんて叶わないじゃない……!」
小さな、誰にも聞こえないくらいの声で、拳を強く握りながら叫んだ。
それから家に帰っても、ロクにご飯が喉を通らなかった。
家族から心配されたけど、どうしようもなかった。
「大丈夫だから、気にしないで」としか言えなかった。
稽古の時間も今ひとつ集中出来ず、面の中で泣いてしまった。
夜はなかなか寝ることも出来なかった。
頭の中は吉野のことでいっぱいで、泣かずにはいられない。
「吉野……吉野ぉ……!」
私しかいない部屋で、ベットの中で泣き叫ぶ。
こんなことをしても何にもならないと頭では分かっていても、叫んだ。
涙がこぼれる度に、私の心は傷ついていく。
深く、深く抉っていく。
例え泣かずとも、傷ついていくのに変わりはなかったけども――。
――こんなことなら、もっと早くに告白してしまえば良かったのに――!!
……無理だよ、出来ないから結果がこれでしょ。
――私の方が、よっぽどお似合いなのに!
……自分で言うなよ、「幼なじみ」の一線を越えるのが怖いくせに。
――どうして、どうして……!
……内心今のままの距離感がいいと思っていつまで経っても告白しない自分が悪いんだろ。自分で何もせず、与えられるばっかりで。
――どうすれば……
……どうもしないよ、逃げてきた結果じゃないか。
……そうだね。
全部、全て分かりきってた事だった。
でも逃げた。
事実を認めたくなかったから。
1人になって自問自答して、傷ついて。
どうしようもなく、私は馬鹿だった。
翌日、私は吉野に会うのが嫌で、学校へ行く時間をズラした。
普段からキツい「鬼桜」の坂が、今の私にはありがたかった。
玄関入って上履きに履き替えると、目の前の鏡にはやつれた私がいた。
目の下にははっきりと分かる目の隈。
お手入れの忘れられた、いつもならポニーテールのはずの髪はハネが多く、ゴムで結ばれずにいた。
クラスメートは麻衣を見て驚いた。
「あれ!? 麻衣ったらどうしたの? 立花くんは一緒じゃないの?」
「……寝坊?」
吉野は朝から野球部の朝練だった。
「ほ?ら、こっち来て。頭やるから」
「ん?」
「麻衣!」
振り向けば吉野がいた。
麻衣は朝のHR直前に来れるように時間を調整していたからもう朝練もおわっているだろう時間か。
出会いたくなかったから時間をずらしたのに……
「どうしたんだ? 1人で登校するなんて」
「……うっさいわね。今日は1人にして」
「何かあったのか? 言ってみろって、相談するぞ?」
近づかないでよ!
なんでそんな目をするの!
「1人にしてったら」
「そんな眠れていないような様子で……いったい何があったんだよ?」
私の目の隈を見て、心配そうにその目は私を見つめる。
全てを見透かしてしまいそうなその真っ直ぐな目は、今の私にはあまりにも毒だった。
ほんの少しでも気を抜けば、また昨夜のように泣き崩れてしまいそうで、それはとても怖かった。
吉野にあの私は見られたくない――
「アンタには関係ないでしょ」
「……幼なじみだろ」
「うっさいって言ってるのが聞こえないの? 1人にしてって言ってるでしょ!」
「……麻」
「近づかないで!!!」
私は叫んだ。
クラスに響く、大きな叫びだった。
ああもう、こんなことしたかったわけじゃないのに……!
吉野は別に悪くないのに……!
八つ当たりして……馬鹿みたい。
ガラッ。
「HRの時間だぞ?、あと叫ぶなぁ」
空気を読んだように教師が教室に入ってきたおかげでたいしたトラブルにはならなかった。
昼休みになると、クラスは重苦しい空気を忘れたようだった。
いや、忘れたフリをしていた。
周りでは他愛もない世間話や恋バナをしていたけど、それは建て前なのは直ぐに分かった。
そんな中、私は机に突っ伏していた。
午前中の授業は全くと言っていいほど集中出来なかった。
おかげで現社のミニテストは赤点確定だ。
……腹減った。
購買に買いに行かないと昼食が無かったのだけれど、足がどうにも重かった。
「……麻衣」
それでも、私は重い足をあげて歩み出す。
無意味だと分かったまま。
「……麻衣」
吉野はただ1人、そう言って麻衣の机の前でポツンと立っていた。
「どうしちまったんだよ……麻衣」
昨日までいつも通りに接することが出来たのに、いったい今日はどうしたのか。
あれは「拒絶」だった。
俺を避けるように離れていた。
どうしてなのか……見当も付かなかった。
しかも、別れ際――
「泣いてた……よな……」
俺がいつアイツを泣かせたか……?
……分からん、さっぱり身に覚えがない。
アイツ、麻衣は昔、いつも俺を守ってくれる存在だった。
公園で転んでしまえば「男の子でしょ、泣くんじゃないの! 泣いていいのはね、認めた人の前だけよ」と励ましてくれた。
いじめられれば麻衣がイジメてくるやつから助けてくれて、足を挫けば麻衣が背負って家まで送ってくれた。
だから、麻衣は「強い人」だと思った。
強い、と勘違いをしていた。
身長が並んだ位の頃、麻衣が1人で泣いているのを見てしまった。
ある日、学校に算数の教科書を忘れてしまい、学校に取りに戻っていったら教室から誰かの泣く声が聞こえた。
まだ子供だった俺は、自分のことで精一杯だったので関わらずに帰ろうと思った。
だけども好奇心には勝てず、誰が泣いているのか教室の後ろのドアからこっそり覗いたのだ。
すると、麻衣が自分の机で泣いていた。
机の上には無惨にも切り刻まれた算数の教科書が置いてあり、どうしてか麻衣は体操着に着替えていた。
っくしゅ!
麻衣は身体を震わせながら、小さくくしゃみをした。
そこで俺は、麻衣が水に濡れていることに気づいた。
ポニーテールの先から水が一滴一滴したたり落ちて、椅子の防災ずきんを濡らしてしまっている。
強くて凛々しい姿は、儚げで触れるだけで崩れてしまいそうな弱々しい姿に変わっていた。
麻衣は、俺と一緒にいるが為に女子からイジメを受けていたのだ。
俺はそのことに気がついて、教室のドアに手を掛けることが出来なかった。
現実が受け入れられず、ビビって足がすくんでしまってしまい、俺は家に走って帰った。
麻衣が泣いていた。
泣くことのないと思っていた、強くて優しい麻衣が。
お風呂でぼうっと考えた末に、俺はようやく麻衣も弱いんだということを認めた。
あの強くて優しい麻衣は虚勢を張ってるだけで、弱い俺の為に麻衣がしているんだと知った。
幼いながらも、家柄上周りの子より少し大人だった俺は、自分が許せなかった。
水面を思いっきり叩くと、水しぶきが飛ぶ。
そして、何食わぬ顔で水面は元の様子へ落ち着いていく。
俺は何も出来ず、逃げ出してしまった。
麻衣が泣いているのに。
いつも麻衣に助けてもらっているのに。
思っていたよりも俺は弱かった。
俺はそんな俺が嫌で嫌でしょうがなかった。
そして決めた。
心に誓った。
麻衣を守れるように強くなろうと。
俺は麻衣に認められる男になろうと。
泣くのはこれで最後。
弱さは捨てて、前へ進もうと。
だから、あの麻衣の涙は高校生の俺にはそうとう堪えた。
……麻衣。
ああ、もう!
学校では泣かないって決めたのに……!
吉野のあの顔は反則だった。
あんな顔されたらたまったもんじゃない。
本気で私を心配していた。
それに比べて私は吉野に八つ当たりして、吉野まで傷つけて、周囲にも怒鳴りつけて、何より……自分に嘘を吐いて。
私は最低の人間だ。
結局、購買でパンを買っても、腹が減ってるのに食べる気になれなかった。
私は無理矢理パンを口に放り込み、咀嚼していく。
それは「食べる」とはかけ離れた姿。
ツナサンドをかじってゆく度に、涙が溢れ出しそうになる。
どうしてこんなに優しくしてくるのか、誰にでも優しくしているだけなのか、私が幼なじみだからなのか、仕方なくなのか、それとも私だけがそう思っているだけなのか、吉野はどう思ってるのか――
終わりの無い、無限の思考にハマり、私は永遠を苦しむ。
今まで味わったことのない経験にどうしていいか分からなかった。
「いつもなら――」
いつもなら、吉野が側にいて私を助けてくれた。
「側にいるだけ」で助けになった。
少なくとも私には。
1人ではこの想いがどうしようもないことに気づき、改めて吉野の大事さを理解する。
「誰かが側にいる」だけでそれはもの凄い助けになるということを。
初めて1人もがき苦しんで、「孤独」を知り、誰も支えてくれる人のない私。
そして、私はそのことに気づくことで吉野をさらに好きになっては、その分心はどんどん壊れていく。
破裂するのも、時間の問題だった。
「放課後に永久桜の前で」
そう一言だけ書かれた手紙が下駄箱には入っており、外靴に履き替えるのを止めて永久桜の前に行く。
「私に何の用ですか……」
私の目の前にいたのは3年生の先輩。
金髪に校則を破って、ピアスをしていた。
その先輩は学校内で有数の不良、問題児となっていて学校も対応に困っていた。
そして、女癖が悪いという評判もあった。
学校内外で彼の被害にあった女の子は多く、目を付けられたらお終いだと女子の間では言われてきた。
しかし、今の私にそんなことを思い出す余裕なんて無かった。
だからこそ、私は後悔するのだった。
なんで今日に限って竹刀を持ってこなかったのか、と。
「俺さぁ、君が好きなんだよ。だからさ、俺と付き合ってくんね?」
「ごめんなさい。私は忙しいので、それでは」
「あーあ、学校で2番目に可愛い染井に降られちまったー、ってことで!」
「!」
角っこから、前からも後ろからも人が集まってくる。
ほとんどが噂の不良達だった。
「永久桜の噂は、無理矢理にでも叶えますか! そんじゃ、お楽しみましょうぜ!」
最初はハメられたことに気づくまで時間をようした。
だけど、手を握られて気づく。
「染井流……っ!」
今までにもこういう経験をしたことがあったので冷静だったのだけど、それは竹刀を持っていればの話で、今日はいつもと違って竹刀は家、カバンに隠している警棒も家だった。
つまり、今の私は無防備。
側にいつも控えた得物もない、それは今の私の精神状況と同じだった。
ようやく私は焦り始めて、周りに助けを呼ぼうと叫ぼうとするとその口を塞がれる。
「俺たちね、今までずっとこのチャンスをうかがってたんだぜ? だからようやくチャンスが来たのにそれを邪魔されると困るんだよね」
私は必死に泣き叫ぶ。
口を塞がれ、手足を封じられた状態でも叫ぶ。
今の今まで我慢していた私の精神は一気に崩壊を始め、ただ泣くばかりになってしまった。
これは罰……?
私がしてきたことへの……
八つ当たりをするだけで肝心なことからは目をそらし、自分を偽ってまで人を傷つけ、自分も傷つき、強がっても実際はこんなにも弱い私への罰……
吉野……
こんなときでも頭の中は吉野のことばかりだった。
一目でいいから吉野に会いたい。
私がしたことを謝りたい。
会って、素直に謝りたい。
今までのこと、数え切れない吉野の優しさに謝りたい。
「ごめん」って謝りたい。
それで、「ありがとう」って言いたい。
泣き崩れちゃったとき、胸を貸してくれてありがとう。
いつも昼食を届けてくれて、ありがとう。
私を心配してくれてありがとう。
転びそうになったときは支えてくれて、ありがとう。
筆箱を忘れちゃったとき、当たり前のように鉛筆や消しゴムを貸してくれてありがとう。
いつも迷惑かけてんのに、一緒に居てくれてありがとう。
幼なじみで居てくれてありがとう。
そして、本当にありがとう。
いつもこんな私の側に居てくれて、ありがとう。
私はこれさえ言えれば、十分満足だから……
…………十分?
……違う、そうじゃない。
私はまた自分に嘘をついて。
私の本当の気持ちは……
本当の……本当の気持ちは……
……吉野に助けて欲しい。
吉野、助けてぇ!!
「麻衣―――!!!!」
麻衣が多数の男子から襲われる寸前のところで、吉野はやってきた。
手には竹刀を携えて。
「お前ら、麻衣に何をしているーー!!」
吉野がキレた姿を私は初めて見た。
ずっと幼なじみとして一緒に過ごしてきたけど、私は吉野がキレるところを見たことが無かった。
吉野は私の為にキレている――
そう思うと、嬉しかった。
嬉しくて涙が止まらなかった。
「お前らは、絶対に許さない!! お前らは俺の大事なものに手を出しやがった!! 俺の幼なじみに!! 俺の麻衣に!!」
吉野は不良達を竹刀で叩き潰す。
手加減など忘れ、圧倒する。
染井の剣で不良達から私を守ってくれる。
吉野……!
私の見たこともない吉野は強かった。
立花家は染井の分家の一つ。
なので、古くから家同士で交流があった。
染井の娘として私は育てられ、同様に吉野も育てられた。
そのため、吉野の強さは分かっていたつもりだったけれど、それは「つもり」でしかなかった。
それでも私の腕前の方が上だったけれど、それ以外は吉野の方が上だった。
「残るはお前だけだが……?」
「ひいぃ……!」
金髪は後ずさった。
「失せろ!!」
そう吉野が言い放つと、倒れた仲間も含めて逃げ出した。
ものの数分間の出来事だった。
「麻衣! 大丈夫か!?」
私の心はもう我慢の限界を超えていたので泣きじゃくって答えることが出来ず、頷くだけだった。
「良かった……本当に良かった……!」
「吉野ぉ、怖かったよ……!」
私は、吉野に抱きしめられていた。
強く、強く、私の存在を確かめるように。
私は溜めていた涙を流しながら、そのまま吉野は語りかけてくる。
「俺さ、下駄箱にいたんだけどまだ麻衣の上履きが有るのを見つけて、またこっちにでも来てるんじゃないかと思って来てみたら、なんと麻衣が襲われていた! だけど運がいいことにちょうど今日の朝練はさ、剣道部の稽古の日だったから竹刀持ってたんだよ」
運のない私とは違って、吉野は運があった。
しかし、このときの私は運の無いことに悔やみながら、同時に喜んでいた。
吉野に抱きしめられて、吉野の感触を感じることが出来て。
「俺さ、どうしてお前が泣いているか気づいたよ。昨日の告白、見てたんだろ?」
私は吉野の胸の中で頷いた。
「安心しなって、ちゃんと断ったから」
え? 今なんて……?
思わず涙しながらも顔を上げる。
吉野と目が合う。
私は吉野の顔が目の前にあって、驚いた。
「……でも……抱き合ってた…じゃない」
震える声で、必死に言う。
あの光景はしっかりと覚えている。
なんせ、まだ昨日の出来事だ。
「アイツが、そしたら忘れるからって言うから。最初はキスしたら許す、とか言ってたんだぞ?」
「……私の…早とちり……」
「そう、早とちり。だいたい俺には好きな人がいるから」
心の荒んだ私に、それは衝撃的だった。
この土壇場でなんてことを言い出すんだ、と叫びたくなったが口を塞がれた。
直ぐに放してくれたけど。
「麻衣、昔の約束、覚えてるか?」
「あの……吉野が染井流を……学び始めたときの、でしょ……」
なんで今そんなことを聞くのか不思議でたまらなかった。
今はそんな話をしている場合じゃないのに。
「そうか、ちゃんと覚えていてくれたのか」
私は頷く。
吉野は何が言いたいのだろうか。
「麻衣……好きだ」
「……今、なんて?」
「聞こえなかったのか? 麻衣が好きだ。大好きだ」
好き。
確かにそう聞こえた。
……現実感がわかない。
これは夢なのかと疑いたくなってしまう。
「約束だけじゃない。もっと昔からずっと好きだった。俺を守ってくれる麻衣が好きだった。いつも微笑んでくれる麻衣が好きだった。俺の側に居てくれる麻衣が好きだ」
「……でも、私は」
「弱かった。弱いくせに虚勢なんか張って……そう言うところは今も変わらないよな」
『僕ね、大きくなったら麻衣ちゃんのお嫁さんになる!』
約束。
そうか、約束を覚えていたんだ。
もう10年以上も前のことなのに……
「ま、麻衣? どうした、泣き出して……やっぱり、嫌だったか?」
「違う、違うの……! 嬉しくて、夢みたいで、それで泣いちゃってるだけなの!」
もう溜めていたものは全部吐き出したと思ったのに、また涙が流れる。
今日だけで、何回泣くことになったのやら……
でも、それを補って余りある幸せが私を満たしてくれる。
「吉野、私も……私も好き、吉野が好き、大好き!」
――大好き!
そして、私と吉野はお互いに抱きしめあった。
さっきのとは違って、ちゃんと恋人同士がする抱擁を。
嬉しさを共有するように。
温もりを確かめるように。
この気持ちが伝わるように。
この気持ちを分かち合うために。
――ずっと、一緒に居られるように。
目を閉じれば、吉野が全身を使って感じることができ、唇に何かが触れた。
初めてのキスは甘酸っぱかった。
「今日で1年」
私にはあっという間だった1年だった。
あの日から、私と吉野は付き合い始めた。
だけども、普段とあんまり変わんなかった。
少女マンガのように、もっと劇的な日常になるかと思えば、そうはならなかった。
ただ、変わったこともちゃんとある。
私は自分に嘘吐かずに、ちゃんと素直になることにした。
強い部分も、弱い部分も、全て。
「付き合い始めたのはいいとして……麻衣はそこが好きだな」
私は染井吉野「永久桜」の上に、マイポジションに座っていた。
これだけは、付き合い始めてからもしていた。
むむ、私をまるで木登り好きな女だと思っているのか?
「私は桜は好きだけど、木登りの趣味は無いよ?」
「じゃあどうして登っている?」
「吉野もこっちに来てみれば分かるわ」
私の座っている枝はとても太いから、私と吉野が座っても大丈夫だろう。
早く! と急かしてみれば、吉野は嫌々登ってきた。
「い…意外と疲れるな……」
吉野は、私の隣に座って、疲れたような仕草をした。
その仕草は新鮮で可愛かった。
「周りを見てみなさいよ」
私が吉野にそう言うと、吉野は周りを見て驚いた顔をしてみせた。
「参ったな、まさかたった5メートル上から見える景色がこんなに綺麗だとは……」
「登りたくもなるでしょ?」
「ああ、確かに。この光景は言葉では表せない美しさがある……!」
たった5メートル。
その上から見た光景は神の創り出した景色だと思う。
丘の上にたつこの学校は「鬼桜」のてっぺんから見ても綺麗な景色なのだけど、ここから見えるモノは何者にも代え難いものだった。
左奥に光る街並みが見え、中央を田んぼが脈動し、右奥は山々と大空の作り出す見事なコントラスト。
さらに、それを彩るように桜の花びらが舞い、手前を流れる川が透き通った水色に輝き、周りのものを引き立てていた。
思わず、時間の経過を忘れてしまうほどの神々しさだった。
私は吉野の肩に寄り添って、静かに黙ったまま二人とも景色を眺めた。
「2人の秘密の宝物ね」
「そうだな、誰にも見せたくない」
私も吉野も、長い間景色を眺めた。
この静寂を崩したのは、私の言葉。
「……ほんっとにこの染井吉野『永久桜』のおかげだよね」
「そうか? 昔っから両想いだったじゃないか」
「そんなの後から分かったことじゃん。告白されたのは永久桜の下だったよ?」
「結果論だな……まあロマンチックで良かったろ?」
「最高だったよ! ……私は幼なじみの関係が崩れるのが、一線を越えるのが怖くて逃げてたからね」
「俺もだ…………それにしても、染井吉野っていいな」
「……そうだね」
私は「染井麻衣」、吉野は「立花吉野」という名前だ。
ドッキングして、短くすれば「染井吉野」
この桜と同じ名前だ。
「この永久桜のように、俺達もずっと一緒だといいな」
「またまた、上手いこと言っちゃって。当たり前じゃない」
私達は合わせて「染井吉野」
染井吉野「永久桜」の下で結ばれた私達が、永遠でないわけがない。
私達は永久桜の祝福の花吹雪の下で、恋愛の神様が創ってくれた景色を背景に見つめ合う。
世界がスローモーションに進む中、私達は何度目となるキスをする。
今度のキスの味は、永久に忘れることはなかった――――
後書き
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