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作品ID:456
こちらの作品は、「感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約2884文字 読了時間約2分 原稿用紙約4枚
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CUE
作品紹介
夢、姉、なぞなぞ、真実 原曲・YMO
初めてその夢を見たのはもう十年以上昔の事だが、その時の記憶と受けた衝撃は今も鮮明に脳裏に焼き付いている。その所為か、僕はその夢を忘れた頃に見ては思い出し、忘却しては蘇らせる。きっと、この先も一生見続ける景色なのだろうと思う。
夢の中の僕は年端のいかぬ愚かな少年であり、幾つか年上らしい少女となぞなぞ遊びに興じている。少女はどうやら僕の姉らしい。物静かな彼女に対して、僕は言葉を弄する必要すら無いある種の親しみを抱いていたから、その認識に間違いはないだろう。肉親には、直感的な精神の共鳴が起こるものである。
僕達がいるのは庭園に面した縁側がある座敷部屋で、屋内はひっそりと静まり返っていた。外は夕立が降っているらしく、覗ける景色は一面に灰色で、軒を叩く驟雨の調べがノイズのように一定である。その雨音がさらに静寂を引き立てる。積石を濡らす雨の蕩けるような匂いと、湿気によって立ち昇る畳の匂いとが混ざり合って、空気は渋く香っていた。
僕は白地のタンクトップに黒の半ズボン、姉は藍色に染め上げた着物を纏っていた。頬杖をついて畳に転がっている僕に対し、彼女は座布団に品性良く鎮座して微笑んでいる。彼女の口から発せられる問いかけを、僕は猫じゃらしを待つ子猫のように待ち構えていた。
「問題です。世界中のことがのっているのに、とても軽いものってなあんだ?」
僕はそれを必死に考えながら、澄まし顔の姉を見上げる。
「ヒント!」 堪らず僕は要求する。
「それは紙で出来た、君もよく知っているものです」
ピンと頭に走る直感が、程良い快感を僕に与えた。
「わかった! 新聞紙!」
「正解」 姉は微笑んで頷いた。
このような遊びを、僕達は延々と続けている。その内に彼女は飽き始め、何度か既出した問題を出すのだった。僕はといえば屈託の無い阿呆な子供であるから、解答する行為自体が愉しくて仕方がない。それでも段々と露骨になっていく姉の退屈な態度には流石に気付いて、しかし自制するどころか、僕は彼女の不真面目さにいちゃもんをつけ始めるのだった。
「もっと違う問題だしてよ。簡単すぎてつまらない」
「そう?」 姉は特に気分を害した様子も無く、首を傾げる。 「それじゃあね……」
彼女はちらりと驟雨に煙る庭先を眺めて熟考に耽る。
次のなぞを最後にする腹らしく、大人びた端整な横顔からはそれまでと打って変わった本気の度合いが見てとれた。僕も思わず身を起こして正座となり、彼女の渾身のなぞなぞを迎える態勢を整えた。
「問題です」
長い沈黙をかけてから、姉は視線を僕へと戻し、そのなぞなぞを口にした。
「開いているように見えて、実は閉じ切っている寂しいものってなあんだ?」
この禅問答のような、今までとは明らかに難易度の違う問いかけに僕は頭を抱えた。それでも正解したいから、僕は当てずっぽうに答える。
「……貝?」
「違います」
「……秋?」
「違います」
「ヒント!」 すかさず僕は要求する。
「それは、君が今この瞬間にも見ているものです」
ますます意味がわからなかった。
僕は周囲にあるものを目に捉えていく。
雨に濡れる庭園、灰色の空、敷き詰めた畳、水墨画の掛け軸、古箪笥、灯のない行燈と雪洞、縁側の簾と雨戸、障子戸、座布団、座布団に座る姉。
その時に僕は、姉の身に起こる異変に気が付く。
しずしずとそこに座する彼女の瞳の奥では、紅蓮の炎が小さく燃えている。松明や行燈に宿る灯とは違う、もっと禍々しい炎。深紅色の涙が一滴、彼女の目尻から白い頬に向かって蝋のように垂れ落ちる。それが遠い異国の地で流れた、硝煙と火薬に染まった血であると僕は密かに理解した。
異変は彼女の瞳だけではなく、彼女の藍色の着物にも起こっていた。海を思わせるその色の着物にはいつの間にか白い雲の模様が浮かび、そしてそれは舐めるようにして裾から裾へと流れていた。蒸気船の影も見える。編隊を組んで敵国へ向かう戦闘機も見える。油と炎の黒煙の渦も見えた。
その不思議な模様を目で追う内に、軒を走る雨音の隙間からは小さく、爆音と、悲鳴と、無情な風の音が聞こえた。夏の夜更けに響く蛙の唄にも似た、あまりにぴったりとしたその音色。それが世界を覆う音なのだと、僕は不思議と悟る。
「もう一つ、ヒントを出しましょう」
姉はゆっくりと両手を顔の前にかざし、指と指を合わせて三角形を作る。
「それはどことでも繋がっています。どこにだって行けます。そして同時に、どことも繋がっていません。閉じ込められた、孤独な場所です」
彼女の両手が形作る小さな三角のスペース。
そこには、静寂の底にある座敷の景色ではなく、闊歩する軍人、燃え盛る街の上空を飛ぶ爆撃機、瓦礫が飛散した花畑で咽び泣く少女、積み上げられた死体、そして悠々と雲が巡る青空が映し出されていた。
姉の表情は悲哀と受け取ることもできたし、冷淡な無表情と取ることもできた。悲嘆に暮れた憤激を噛み締めているようにも思えたし、すっかり狂気に魅された笑みを押し殺しているようにも思えた。
いずれにしろ、僕が姉に抱いた感情は恐怖だった。
否、姉がその身を持って映し出した真実に戦慄したのだった。
『世界』。
僕は、姉が放った問いかけの答えを予感していた。しかし、それは粘り気を持って喉の奥につかえ、吐きだされることは叶わなかった。
姉は戦火の熱が失せた眼差しで僕を眺め、静かな物腰で立ち上がる。気付くと夕立は既に止み、雨後の涼しい風が一陣、僕達を撫でて過ぎていった。雨樋に垂れる雫を彼女は見つめ、そのひっそりと落ちる様を切なげに見届けた。
「答えがわかったら、いつでもいらっしゃい」
そう言って彼女は毎度、廊下の奥へと足音を立てずに消えるのだ。
僕は散り始めた雲の隙間から射し込む真っ赤な西日に当てられながら、誰もいない座敷の真ん中に座り込み、『世界』について思索する。『世界』に潜む真実へのヒントは到る箇所に存在し、そしてそれらは目を背けたくなるほど残酷であるのだ。
僕はそれを悟るのと同時に夢から覚める。
暗い寝室の天井をぼんやりと見上げながら、現実には存在しない姉へと想いを馳せ、僕は少しだけ切なくなる。もう一度会いたいと願い、目を瞑ってみるのだが、一度目覚めてしまったものは容易に寝付くことができず、また、寝つけても同じ夢が見られるわけでもない。
だから、一年に一度くらいの周期で彼女が夢に現れても、僕はなぞなぞの答えを咄嗟に言えずに終わってしまう。夢の中の彼女は、僕が世界の真実を告発する日を待ちわびているのかもしれない。
あぁ、しかし、一方で僕は、こんな確信も抱いている。
臆病な僕は、この先もきっと彼女の問題に答えられない。僕は無知の子供であり続けることを望んでいて、世界で起こり続けるヒントと向き合う勇気を持ち合わせていないのだ。
彼女の様々な感情を包括した例の表情を思い出すにつけ、僕は己の脆弱さと卑屈さを、今日も確信している。
夢の中の僕は年端のいかぬ愚かな少年であり、幾つか年上らしい少女となぞなぞ遊びに興じている。少女はどうやら僕の姉らしい。物静かな彼女に対して、僕は言葉を弄する必要すら無いある種の親しみを抱いていたから、その認識に間違いはないだろう。肉親には、直感的な精神の共鳴が起こるものである。
僕達がいるのは庭園に面した縁側がある座敷部屋で、屋内はひっそりと静まり返っていた。外は夕立が降っているらしく、覗ける景色は一面に灰色で、軒を叩く驟雨の調べがノイズのように一定である。その雨音がさらに静寂を引き立てる。積石を濡らす雨の蕩けるような匂いと、湿気によって立ち昇る畳の匂いとが混ざり合って、空気は渋く香っていた。
僕は白地のタンクトップに黒の半ズボン、姉は藍色に染め上げた着物を纏っていた。頬杖をついて畳に転がっている僕に対し、彼女は座布団に品性良く鎮座して微笑んでいる。彼女の口から発せられる問いかけを、僕は猫じゃらしを待つ子猫のように待ち構えていた。
「問題です。世界中のことがのっているのに、とても軽いものってなあんだ?」
僕はそれを必死に考えながら、澄まし顔の姉を見上げる。
「ヒント!」 堪らず僕は要求する。
「それは紙で出来た、君もよく知っているものです」
ピンと頭に走る直感が、程良い快感を僕に与えた。
「わかった! 新聞紙!」
「正解」 姉は微笑んで頷いた。
このような遊びを、僕達は延々と続けている。その内に彼女は飽き始め、何度か既出した問題を出すのだった。僕はといえば屈託の無い阿呆な子供であるから、解答する行為自体が愉しくて仕方がない。それでも段々と露骨になっていく姉の退屈な態度には流石に気付いて、しかし自制するどころか、僕は彼女の不真面目さにいちゃもんをつけ始めるのだった。
「もっと違う問題だしてよ。簡単すぎてつまらない」
「そう?」 姉は特に気分を害した様子も無く、首を傾げる。 「それじゃあね……」
彼女はちらりと驟雨に煙る庭先を眺めて熟考に耽る。
次のなぞを最後にする腹らしく、大人びた端整な横顔からはそれまでと打って変わった本気の度合いが見てとれた。僕も思わず身を起こして正座となり、彼女の渾身のなぞなぞを迎える態勢を整えた。
「問題です」
長い沈黙をかけてから、姉は視線を僕へと戻し、そのなぞなぞを口にした。
「開いているように見えて、実は閉じ切っている寂しいものってなあんだ?」
この禅問答のような、今までとは明らかに難易度の違う問いかけに僕は頭を抱えた。それでも正解したいから、僕は当てずっぽうに答える。
「……貝?」
「違います」
「……秋?」
「違います」
「ヒント!」 すかさず僕は要求する。
「それは、君が今この瞬間にも見ているものです」
ますます意味がわからなかった。
僕は周囲にあるものを目に捉えていく。
雨に濡れる庭園、灰色の空、敷き詰めた畳、水墨画の掛け軸、古箪笥、灯のない行燈と雪洞、縁側の簾と雨戸、障子戸、座布団、座布団に座る姉。
その時に僕は、姉の身に起こる異変に気が付く。
しずしずとそこに座する彼女の瞳の奥では、紅蓮の炎が小さく燃えている。松明や行燈に宿る灯とは違う、もっと禍々しい炎。深紅色の涙が一滴、彼女の目尻から白い頬に向かって蝋のように垂れ落ちる。それが遠い異国の地で流れた、硝煙と火薬に染まった血であると僕は密かに理解した。
異変は彼女の瞳だけではなく、彼女の藍色の着物にも起こっていた。海を思わせるその色の着物にはいつの間にか白い雲の模様が浮かび、そしてそれは舐めるようにして裾から裾へと流れていた。蒸気船の影も見える。編隊を組んで敵国へ向かう戦闘機も見える。油と炎の黒煙の渦も見えた。
その不思議な模様を目で追う内に、軒を走る雨音の隙間からは小さく、爆音と、悲鳴と、無情な風の音が聞こえた。夏の夜更けに響く蛙の唄にも似た、あまりにぴったりとしたその音色。それが世界を覆う音なのだと、僕は不思議と悟る。
「もう一つ、ヒントを出しましょう」
姉はゆっくりと両手を顔の前にかざし、指と指を合わせて三角形を作る。
「それはどことでも繋がっています。どこにだって行けます。そして同時に、どことも繋がっていません。閉じ込められた、孤独な場所です」
彼女の両手が形作る小さな三角のスペース。
そこには、静寂の底にある座敷の景色ではなく、闊歩する軍人、燃え盛る街の上空を飛ぶ爆撃機、瓦礫が飛散した花畑で咽び泣く少女、積み上げられた死体、そして悠々と雲が巡る青空が映し出されていた。
姉の表情は悲哀と受け取ることもできたし、冷淡な無表情と取ることもできた。悲嘆に暮れた憤激を噛み締めているようにも思えたし、すっかり狂気に魅された笑みを押し殺しているようにも思えた。
いずれにしろ、僕が姉に抱いた感情は恐怖だった。
否、姉がその身を持って映し出した真実に戦慄したのだった。
『世界』。
僕は、姉が放った問いかけの答えを予感していた。しかし、それは粘り気を持って喉の奥につかえ、吐きだされることは叶わなかった。
姉は戦火の熱が失せた眼差しで僕を眺め、静かな物腰で立ち上がる。気付くと夕立は既に止み、雨後の涼しい風が一陣、僕達を撫でて過ぎていった。雨樋に垂れる雫を彼女は見つめ、そのひっそりと落ちる様を切なげに見届けた。
「答えがわかったら、いつでもいらっしゃい」
そう言って彼女は毎度、廊下の奥へと足音を立てずに消えるのだ。
僕は散り始めた雲の隙間から射し込む真っ赤な西日に当てられながら、誰もいない座敷の真ん中に座り込み、『世界』について思索する。『世界』に潜む真実へのヒントは到る箇所に存在し、そしてそれらは目を背けたくなるほど残酷であるのだ。
僕はそれを悟るのと同時に夢から覚める。
暗い寝室の天井をぼんやりと見上げながら、現実には存在しない姉へと想いを馳せ、僕は少しだけ切なくなる。もう一度会いたいと願い、目を瞑ってみるのだが、一度目覚めてしまったものは容易に寝付くことができず、また、寝つけても同じ夢が見られるわけでもない。
だから、一年に一度くらいの周期で彼女が夢に現れても、僕はなぞなぞの答えを咄嗟に言えずに終わってしまう。夢の中の彼女は、僕が世界の真実を告発する日を待ちわびているのかもしれない。
あぁ、しかし、一方で僕は、こんな確信も抱いている。
臆病な僕は、この先もきっと彼女の問題に答えられない。僕は無知の子供であり続けることを望んでいて、世界で起こり続けるヒントと向き合う勇気を持ち合わせていないのだ。
彼女の様々な感情を包括した例の表情を思い出すにつけ、僕は己の脆弱さと卑屈さを、今日も確信している。
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