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作品ID:486
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約5040文字 読了時間約3分 原稿用紙約7枚
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青魔道士について
作品紹介
ファンタジー、回顧録。某所での過去作です。
皆さんは青魔法というものをご存知だろうか。日夜モンスターが跋扈し、人に害を成すこの紊乱の世においても、割と珍しい部類に入る魔法だ。僕もあまり詳しくないのだが、そういう魔法を専門に扱う青魔道士という職が存在するのだ。
はて? となるのも無理はない、あまり流行っていないから仕方ない。
数年前……、まぁ、色々と込み入った事情が重なり、やむを得ず世界を股にかけた大冒険に駆り出されることになった当時の僕は、怪物達がのさばる平原へと出る前に、まず心強いお供を探すことになった。一応、僕は剣技を扱えたのだが、まだまだ独行の旅をするには心許ない段階だったのだ。冒険者であろう皆さんも最初はそうだったと信じたい。
帝都の下町にある酒場を訪れると、それはもう多種多様な人達がいる。重厚な鎧を身に纏った傭兵剣士、酒を片手に分厚い辞典を捲る魔道士、隅の席で妖しげな視線を巡らせている盗賊の方々、弓の手入れをしているアーチャー、腕相撲に興じる格闘家達、etc.……、とにかく戦闘には一方ならぬ自信がありそうな連中ばかりだ。見た目は恐いが、いかにも心強く、面子に不足はない。あとは僕の財布と相談するのみである。
そして、青魔道士を自称する女性と出会ったのも、この酒場だった。
「はぁい、坊や、もしかして旅のお供を探してる?」
彼女は馴れ馴れしい態度で迫り、僕の向かい側の席へと座る。僕がぱちぱち目を瞬かせていると、彼女は勝手にビールを頼んだ。
「あたしね、青魔道士やってるんだけど、今なら格安で雇われてもいいわよ」
「あ、青魔道士?」
「あれ? 知らない? うーん、あたしの故郷じゃ大人気職なんだけどな」
彼女の名前はここでは伏せておこう。特に深い意味はない。が、帝都界隈の冒険者達の間では少し名が知れた存在のようだった。それだけ売り込みを行っているのか、腕が立つのかのどちらかだろう。
さて、ここからはほとんど彼女の受け売りになるが、そもそも青魔道士及び青魔法とはなんぞや? という疑問を晴らす為に少し説明を記そうと思う。
まず始めに、基本的なことだが、魔法、魔道士といった言葉で世間一般が連想するのは、やはり白魔法と黒魔法、それらを扱う白魔道士と黒魔道士だけだろう。
己の腕っ節と生命力だけが頼りの方、あるいは当時の僕のように冒険に出たての初心者の為に補足するが、白魔法とは主に戦闘で負った怪我を魔力によって修復し、痛みを和らげてくれる優しい魔法である。傷の他にも、猛毒や麻痺や風邪すらも治すことができるという、医者いらずの便利な魔法である。白魔道士の旅装は、もちろん個人差はあるが、全体的に白を基調とした清潔感のあるローブを纏い、教会の神父や精霊達の加護を受けた杖を持っている。攻撃には特化しないが、いてくれるだけで安心できる癒しの存在だ。女の子に絶大な人気を誇る職とも言える。実際、若い白魔道士には可愛い女の子が沢山いるから雇用倍率も抜群に高い。
反対に黒魔道士というのは、名前の通りダークでエキセントリックな恰好をしている。とんがり帽子にドクロのアクセサリー、血の結晶のような宝石を嵌める指輪、何かの生贄を封じ込めて作られた杖を携えている。陰湿なイメージは払拭できないが、最近ではお洒落な恰好も流行っているようだ。性格も暗いと思われがちだが、割と好戦的な性格の人もいるし、道を究めて宇宙から隕石を呼ぶなどといった無茶をする人もいるらしい。白魔法とは真逆で、黒魔法は相手を死に至らしめる魔法だ。攻めの魔法である。火の玉を発射し、幻影で敵を惑わし、挙句には小惑星を呼び寄せる、なんだかものすごい技術である。勝てる気がしない。
以上が、一般的な魔道士のイメージである。
では、青魔法とは?
簡単に言うと、青魔法とは僕達が戦う相手であるモンスターの生態を細かく分析し、その特技を我が物にするという技術である。超音波を扱うモンスターがいれば、こちらもそのメカニズムを学び、魔力で工夫して同じ超音波を放つ。つまり、モンスターの技を使えるのだ。まだまだメジャーな存在ではないし、賛否もあるが、業界では注目され始めている魔法らしい。
僕は青魔道士をこれまで片手で数え上げられるほどしか見ていないが、酒場で売り込んできたこの女性こそが生涯で初めて見た青魔道士だった。白魔道士がほんわかした癒し、黒魔道士がダークでラジカルなのに対し、青魔道士の恰好は、一言で表せば『知性派』であった。酒場で出会った彼女は、まるで文官の制服のように仕上げたスタイリッシュなローブとタイトなスカート、踵が高く上がった靴、シンプルな縁無し眼鏡を掛けていた。もちろん、全体的に青色が基調とされていて、クールな印象である。杖も足許に届く長さの仰々しい代物でなく、短剣にも似たコンパクトなサイズの棒であった。金箔で綴られた詠唱の言葉もお洒落なデザインだった。
細かい相違はあれど、後に出会った青魔道士達もだいたいはこのような服装だった。
「青魔法の特徴っていうのはね、モンスターの技を習得できるのもそうなんだけど、何よりも攻撃と回復、どちらもバランス良くできるってとこにあるのよ」
「へぇ……」
「白魔道士だの黒魔道士だの一点集中型はもうナンセンス。二人連れていけば旅費だってそれだけかさむでしょ? 昔から魔道士はそういうとこが疎まれていたの。野宿できるほど生活力もないしね。けど、しかし、ところがどっこい、青魔道士を仲間に引き入れれば戦闘も楽ちん、旅費もお得、言うこと無しでしょうが、オホホホホホホ」 彼女は眼鏡を光らせて高笑いをする。ビールで酔ったのだろうか。
喋らなければカッコいいのに、と残念に感じた。
「っていうわけでさ、あたしを雇いなさいよ、坊や」
「え、えっと……、どうしようかな……?」
「何よ、どこに迷う要素があんのよ」
「いや、だって僕、その、青魔法っていうの、見たことないし、どんな風なのかわからないから」
「ふうん、そう、つまり実演してみせろってわけね。よっしゃ!」 彼女はテーブルを音高く叩くと、威勢良く立ち上がる。ビールの残りが零れた。 「ついてこい! 少年!」
「は、はい!」
料金を支払って、ツカツカと歩いて行く彼女を追いかけた。肩で風を切って歩く、冒険に慣れきったその後姿は、女性ながらとても心強く思えた。
◇
「だからね、青魔道士にはあたしみたいに理知的な人達が多いの。不平不満を口に出さず、的確なアドバイスをしてくれる人材。脳みそ筋肉の戦士とか、気取った黒魔道士とかよりよっぽどいいのよ」
帝都の外用門をくぐった後も、彼女は延々と講釈を垂れた。
昼下がりの、涼しい風が吹き渡る平原に出ていた。青空は眩しく、千切れ雲が地平線まで穏やかに漂っている。遠くの丘陵ではその雲が濃い影を落として滑らせていた。文句の無いピクニック日和だ。剣も戦闘服も捨て去って、草むらに寝転びたい衝動に駆られる。
「装備とかだって安物で間に合うしね。リーズナブルなのよ」
「それだけ良いのに、なんで流行ってないんでしょうね、青魔道士」 僕は素朴な疑問を口にする。
「ねぇ? なんでだろうね。本当、世間は時代の変化に保守的なのよ! 嫌になっちゃう」 彼女は不平不満を堂々口にする。そして、次にはいじらしい素振りで肩を落とした。 「だから、君みたいな先入観の少ないお子様しか頼れる人いないんだ、あたし……」
お子様の部分が引っ掛かったものの、僕は浅ましくもこの年上女性を可憐に思ってしまい、照れて頭を掻いた。僕は当時から騙されやすい性格だった。
モンスターが出現したのは小川のほとりまで着いた時だった。
突然、地表がもこもこと盛り上がったと思うと、モグラに似た形態を持つ小さな怪物が六匹飛び出してきた。よくこの辺で見かける弱小モンスターだったが、六匹とはなかなか多い。彼女は敵の体当たりをバックステップで機敏に避け、僕もあたふたと剣を鞘から抜いて一匹を斬りつけた。
「そらそら、出ました出ました、カモが」 彼女は嬉しそうに呟く。
「あ、青魔法! お願いします!」 僕は腰の引けた姿勢で剣を構えながら言う。
「わかってるわよ。詠唱するから、十秒ほど援護して!」
彼女の指示通り、十秒数えながら、群がって突進してくるモグラ達を必死に防ぐ。太ももをかぷっと咬まれた。地味に痛いが、軽傷だ。咬まれたまま、「うぉぉ」とぶんぶん剣を振る。
やがて振り返ると、彼女の周囲には不思議な蒼白いオーラが漂っていた。目に見える光である。瞑目した彼女の顔は素晴らしく綺麗で、眼鏡がとても似合っていた。小さな風が巻き起こり、彼女の淡い紫色の髪が靡いている。掲げられた短い杖はモンスター達に向けられている。
「汝から受け継ぎし、万物を融解せんその御技を、我に与えたまえ……」
彼女の声は地底から木霊するように、あるいは遥か天空から降るような威厳に満ちていた。ゆっくり開いたその双眸には詠唱を終えた魔道士に見られる、あの不思議な光が湛えられていた。
僕は息を呑みこみ、思わず凝視していた。
「離れて!」 彼女は言う。
「は、はい!」 僕は後ろに飛退き、さらに数歩後退した。
モンスター達は彼女の方を見ている。
いよいよだ、と僕は興奮する。
彼女は掲げていた杖を胸の前にかざし。
深呼吸。
モンスター達は危険と判断したのか、標的を彼女に変更して突進していく。
一度瞑られた彼女の瞳が。
再度開いた。
緩やかに開けられていた口許が閉まり。
また、開いた。
そして、彼女は叫ぶ。
「『溶・解・液』っ!」
瞬間、彼女の胸部がありえないほど膨らむ。
まるでウシガエルが鳴く時の様相。
その膨らみが徐々に喉元へ上がり、そして彼女の顔まで昇る。
一瞬だが、彼女の顔面はエライことになった。
ぱんぱんに頬と顎下が腫れ。
そして、吐き出す。
不快な緑色に染まったゲル状の何かを。
噴水のように。
びちゃびちゃ、と液体特有の嫌な音を立てて、モンスター達に降りかかった。
すぐに煙が燻り始め、僕は直感的に口と鼻を布で覆った。
モンスター達は始めこそきょとんとしていたが、すぐに異変が起き始めた。
ゲルの掛かった部位の皮膚が解け始め、ずるりと肉が削ぎ落ちたのである。毛深い皮の下から露わになった、血管の走るおぞましいピンクの肉を、はっきりと見た。
濛々と危ない白煙が立ち込める中で、断末魔の叫びが響き渡った。それは、奴らが発する威嚇の声とは比べようもないおぞましさで、僕は思わず耳を塞いだ。
生きながらにして肉体を溶かされるモンスター達は、最後の力を振り絞ってのたうち回るが、それもやがて終息した。
気付けば、もう、声は聞こえない。
しかし、ぶすぶすという肉体を溶かす音は続いている。
煙が晴れて、そこにモンスター達のどろどろの骨だけが残された光景が見えてきても、まだ異臭は辺りに漂っていた。
狂気。
あまりにも……。
悪夢だ。
僕は、茫然と、突っ立っている他なかった。
「いっちょ上がり!」
彼女は手をぱんぱん叩いてポーズを取る。もう顔も胸部も元通りに治まっていた。
その平然とした彼女の物腰を見た時、遅れて僕は猛烈な吐気を催し、足許の草むらに嘔吐した。自分の吐き出した酸っぱい匂いにさらに触発され、もう一度吐く。
僕の発作が終わるのと同時に彼女は歩み寄り、とてもにこやかにこう尋ねた。
「どうよ? すごいもんでしょ? 他にも色々できるのよ、『臭い息』とか、『火炎放射』とか。ねぇ、あたしを雇ってくれる?」
僕は口許を拭いながら、血の気の失せた顔をふるふると振る。
「すいません……、この話は、なかったことに……」
「ふぁっく」
彼女は盛大に舌打ちし、肩を怒らせながら大股に帝都へと戻っていった。風の吹き荒ぶ平原に、僕だけが取り残される。すぐには立ち上がれなかった。
無残な死を遂げたモンスター達の残骸にはできるだけ目を向けず、背面から倒れ込んで、広い空を仰ぐ。
あぁ、青い……。
空が……、青い。
僕は意味不明な呟きを繰り返しながら、通りがかった商人に起こされるまでずっとそうして寝転んでいたらしい。
青魔道士が未だに流行らない理由を、見た気がした。
はて? となるのも無理はない、あまり流行っていないから仕方ない。
数年前……、まぁ、色々と込み入った事情が重なり、やむを得ず世界を股にかけた大冒険に駆り出されることになった当時の僕は、怪物達がのさばる平原へと出る前に、まず心強いお供を探すことになった。一応、僕は剣技を扱えたのだが、まだまだ独行の旅をするには心許ない段階だったのだ。冒険者であろう皆さんも最初はそうだったと信じたい。
帝都の下町にある酒場を訪れると、それはもう多種多様な人達がいる。重厚な鎧を身に纏った傭兵剣士、酒を片手に分厚い辞典を捲る魔道士、隅の席で妖しげな視線を巡らせている盗賊の方々、弓の手入れをしているアーチャー、腕相撲に興じる格闘家達、etc.……、とにかく戦闘には一方ならぬ自信がありそうな連中ばかりだ。見た目は恐いが、いかにも心強く、面子に不足はない。あとは僕の財布と相談するのみである。
そして、青魔道士を自称する女性と出会ったのも、この酒場だった。
「はぁい、坊や、もしかして旅のお供を探してる?」
彼女は馴れ馴れしい態度で迫り、僕の向かい側の席へと座る。僕がぱちぱち目を瞬かせていると、彼女は勝手にビールを頼んだ。
「あたしね、青魔道士やってるんだけど、今なら格安で雇われてもいいわよ」
「あ、青魔道士?」
「あれ? 知らない? うーん、あたしの故郷じゃ大人気職なんだけどな」
彼女の名前はここでは伏せておこう。特に深い意味はない。が、帝都界隈の冒険者達の間では少し名が知れた存在のようだった。それだけ売り込みを行っているのか、腕が立つのかのどちらかだろう。
さて、ここからはほとんど彼女の受け売りになるが、そもそも青魔道士及び青魔法とはなんぞや? という疑問を晴らす為に少し説明を記そうと思う。
まず始めに、基本的なことだが、魔法、魔道士といった言葉で世間一般が連想するのは、やはり白魔法と黒魔法、それらを扱う白魔道士と黒魔道士だけだろう。
己の腕っ節と生命力だけが頼りの方、あるいは当時の僕のように冒険に出たての初心者の為に補足するが、白魔法とは主に戦闘で負った怪我を魔力によって修復し、痛みを和らげてくれる優しい魔法である。傷の他にも、猛毒や麻痺や風邪すらも治すことができるという、医者いらずの便利な魔法である。白魔道士の旅装は、もちろん個人差はあるが、全体的に白を基調とした清潔感のあるローブを纏い、教会の神父や精霊達の加護を受けた杖を持っている。攻撃には特化しないが、いてくれるだけで安心できる癒しの存在だ。女の子に絶大な人気を誇る職とも言える。実際、若い白魔道士には可愛い女の子が沢山いるから雇用倍率も抜群に高い。
反対に黒魔道士というのは、名前の通りダークでエキセントリックな恰好をしている。とんがり帽子にドクロのアクセサリー、血の結晶のような宝石を嵌める指輪、何かの生贄を封じ込めて作られた杖を携えている。陰湿なイメージは払拭できないが、最近ではお洒落な恰好も流行っているようだ。性格も暗いと思われがちだが、割と好戦的な性格の人もいるし、道を究めて宇宙から隕石を呼ぶなどといった無茶をする人もいるらしい。白魔法とは真逆で、黒魔法は相手を死に至らしめる魔法だ。攻めの魔法である。火の玉を発射し、幻影で敵を惑わし、挙句には小惑星を呼び寄せる、なんだかものすごい技術である。勝てる気がしない。
以上が、一般的な魔道士のイメージである。
では、青魔法とは?
簡単に言うと、青魔法とは僕達が戦う相手であるモンスターの生態を細かく分析し、その特技を我が物にするという技術である。超音波を扱うモンスターがいれば、こちらもそのメカニズムを学び、魔力で工夫して同じ超音波を放つ。つまり、モンスターの技を使えるのだ。まだまだメジャーな存在ではないし、賛否もあるが、業界では注目され始めている魔法らしい。
僕は青魔道士をこれまで片手で数え上げられるほどしか見ていないが、酒場で売り込んできたこの女性こそが生涯で初めて見た青魔道士だった。白魔道士がほんわかした癒し、黒魔道士がダークでラジカルなのに対し、青魔道士の恰好は、一言で表せば『知性派』であった。酒場で出会った彼女は、まるで文官の制服のように仕上げたスタイリッシュなローブとタイトなスカート、踵が高く上がった靴、シンプルな縁無し眼鏡を掛けていた。もちろん、全体的に青色が基調とされていて、クールな印象である。杖も足許に届く長さの仰々しい代物でなく、短剣にも似たコンパクトなサイズの棒であった。金箔で綴られた詠唱の言葉もお洒落なデザインだった。
細かい相違はあれど、後に出会った青魔道士達もだいたいはこのような服装だった。
「青魔法の特徴っていうのはね、モンスターの技を習得できるのもそうなんだけど、何よりも攻撃と回復、どちらもバランス良くできるってとこにあるのよ」
「へぇ……」
「白魔道士だの黒魔道士だの一点集中型はもうナンセンス。二人連れていけば旅費だってそれだけかさむでしょ? 昔から魔道士はそういうとこが疎まれていたの。野宿できるほど生活力もないしね。けど、しかし、ところがどっこい、青魔道士を仲間に引き入れれば戦闘も楽ちん、旅費もお得、言うこと無しでしょうが、オホホホホホホ」 彼女は眼鏡を光らせて高笑いをする。ビールで酔ったのだろうか。
喋らなければカッコいいのに、と残念に感じた。
「っていうわけでさ、あたしを雇いなさいよ、坊や」
「え、えっと……、どうしようかな……?」
「何よ、どこに迷う要素があんのよ」
「いや、だって僕、その、青魔法っていうの、見たことないし、どんな風なのかわからないから」
「ふうん、そう、つまり実演してみせろってわけね。よっしゃ!」 彼女はテーブルを音高く叩くと、威勢良く立ち上がる。ビールの残りが零れた。 「ついてこい! 少年!」
「は、はい!」
料金を支払って、ツカツカと歩いて行く彼女を追いかけた。肩で風を切って歩く、冒険に慣れきったその後姿は、女性ながらとても心強く思えた。
◇
「だからね、青魔道士にはあたしみたいに理知的な人達が多いの。不平不満を口に出さず、的確なアドバイスをしてくれる人材。脳みそ筋肉の戦士とか、気取った黒魔道士とかよりよっぽどいいのよ」
帝都の外用門をくぐった後も、彼女は延々と講釈を垂れた。
昼下がりの、涼しい風が吹き渡る平原に出ていた。青空は眩しく、千切れ雲が地平線まで穏やかに漂っている。遠くの丘陵ではその雲が濃い影を落として滑らせていた。文句の無いピクニック日和だ。剣も戦闘服も捨て去って、草むらに寝転びたい衝動に駆られる。
「装備とかだって安物で間に合うしね。リーズナブルなのよ」
「それだけ良いのに、なんで流行ってないんでしょうね、青魔道士」 僕は素朴な疑問を口にする。
「ねぇ? なんでだろうね。本当、世間は時代の変化に保守的なのよ! 嫌になっちゃう」 彼女は不平不満を堂々口にする。そして、次にはいじらしい素振りで肩を落とした。 「だから、君みたいな先入観の少ないお子様しか頼れる人いないんだ、あたし……」
お子様の部分が引っ掛かったものの、僕は浅ましくもこの年上女性を可憐に思ってしまい、照れて頭を掻いた。僕は当時から騙されやすい性格だった。
モンスターが出現したのは小川のほとりまで着いた時だった。
突然、地表がもこもこと盛り上がったと思うと、モグラに似た形態を持つ小さな怪物が六匹飛び出してきた。よくこの辺で見かける弱小モンスターだったが、六匹とはなかなか多い。彼女は敵の体当たりをバックステップで機敏に避け、僕もあたふたと剣を鞘から抜いて一匹を斬りつけた。
「そらそら、出ました出ました、カモが」 彼女は嬉しそうに呟く。
「あ、青魔法! お願いします!」 僕は腰の引けた姿勢で剣を構えながら言う。
「わかってるわよ。詠唱するから、十秒ほど援護して!」
彼女の指示通り、十秒数えながら、群がって突進してくるモグラ達を必死に防ぐ。太ももをかぷっと咬まれた。地味に痛いが、軽傷だ。咬まれたまま、「うぉぉ」とぶんぶん剣を振る。
やがて振り返ると、彼女の周囲には不思議な蒼白いオーラが漂っていた。目に見える光である。瞑目した彼女の顔は素晴らしく綺麗で、眼鏡がとても似合っていた。小さな風が巻き起こり、彼女の淡い紫色の髪が靡いている。掲げられた短い杖はモンスター達に向けられている。
「汝から受け継ぎし、万物を融解せんその御技を、我に与えたまえ……」
彼女の声は地底から木霊するように、あるいは遥か天空から降るような威厳に満ちていた。ゆっくり開いたその双眸には詠唱を終えた魔道士に見られる、あの不思議な光が湛えられていた。
僕は息を呑みこみ、思わず凝視していた。
「離れて!」 彼女は言う。
「は、はい!」 僕は後ろに飛退き、さらに数歩後退した。
モンスター達は彼女の方を見ている。
いよいよだ、と僕は興奮する。
彼女は掲げていた杖を胸の前にかざし。
深呼吸。
モンスター達は危険と判断したのか、標的を彼女に変更して突進していく。
一度瞑られた彼女の瞳が。
再度開いた。
緩やかに開けられていた口許が閉まり。
また、開いた。
そして、彼女は叫ぶ。
「『溶・解・液』っ!」
瞬間、彼女の胸部がありえないほど膨らむ。
まるでウシガエルが鳴く時の様相。
その膨らみが徐々に喉元へ上がり、そして彼女の顔まで昇る。
一瞬だが、彼女の顔面はエライことになった。
ぱんぱんに頬と顎下が腫れ。
そして、吐き出す。
不快な緑色に染まったゲル状の何かを。
噴水のように。
びちゃびちゃ、と液体特有の嫌な音を立てて、モンスター達に降りかかった。
すぐに煙が燻り始め、僕は直感的に口と鼻を布で覆った。
モンスター達は始めこそきょとんとしていたが、すぐに異変が起き始めた。
ゲルの掛かった部位の皮膚が解け始め、ずるりと肉が削ぎ落ちたのである。毛深い皮の下から露わになった、血管の走るおぞましいピンクの肉を、はっきりと見た。
濛々と危ない白煙が立ち込める中で、断末魔の叫びが響き渡った。それは、奴らが発する威嚇の声とは比べようもないおぞましさで、僕は思わず耳を塞いだ。
生きながらにして肉体を溶かされるモンスター達は、最後の力を振り絞ってのたうち回るが、それもやがて終息した。
気付けば、もう、声は聞こえない。
しかし、ぶすぶすという肉体を溶かす音は続いている。
煙が晴れて、そこにモンスター達のどろどろの骨だけが残された光景が見えてきても、まだ異臭は辺りに漂っていた。
狂気。
あまりにも……。
悪夢だ。
僕は、茫然と、突っ立っている他なかった。
「いっちょ上がり!」
彼女は手をぱんぱん叩いてポーズを取る。もう顔も胸部も元通りに治まっていた。
その平然とした彼女の物腰を見た時、遅れて僕は猛烈な吐気を催し、足許の草むらに嘔吐した。自分の吐き出した酸っぱい匂いにさらに触発され、もう一度吐く。
僕の発作が終わるのと同時に彼女は歩み寄り、とてもにこやかにこう尋ねた。
「どうよ? すごいもんでしょ? 他にも色々できるのよ、『臭い息』とか、『火炎放射』とか。ねぇ、あたしを雇ってくれる?」
僕は口許を拭いながら、血の気の失せた顔をふるふると振る。
「すいません……、この話は、なかったことに……」
「ふぁっく」
彼女は盛大に舌打ちし、肩を怒らせながら大股に帝都へと戻っていった。風の吹き荒ぶ平原に、僕だけが取り残される。すぐには立ち上がれなかった。
無残な死を遂げたモンスター達の残骸にはできるだけ目を向けず、背面から倒れ込んで、広い空を仰ぐ。
あぁ、青い……。
空が……、青い。
僕は意味不明な呟きを繰り返しながら、通りがかった商人に起こされるまでずっとそうして寝転んでいたらしい。
青魔道士が未だに流行らない理由を、見た気がした。
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