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作品ID:549
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約10773文字 読了時間約6分 原稿用紙約14枚
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ウィルと不思議なノベルワールド~リア住からの帰還~
作品紹介
あらすじ
【現実世界】(リアルワールド)に強制召喚されたウェブマスターのウィルは、奇跡的に【オンライン小説世界】(ノベルワールド)への帰還を果たす。しかしそこで彼を待ち受けていたのは、荒廃し、誰もいなくなった町であった。絶望に打ちひしがれる彼に、【スパム】や【サバエラ】と呼ばれる魔物たちが襲い掛かる。平穏だったあの日々を、彼は取り戻すことはできるのか。
------
5年ぶりぐらいの作品です。至らぬ点も多いと思います。途中まででも読んで頂けたなら、どの辺まで読めたかだけでもコメントいただきたいです。
ときおり説明調な箇所もあるため、テンポよく読めたかも感想頂けるとありがたいです。その他、一言二言でも嬉しいですので、よろしくお願いいたします。
【現実世界】(リアルワールド)に強制召喚されたウェブマスターのウィルは、奇跡的に【オンライン小説世界】(ノベルワールド)への帰還を果たす。しかしそこで彼を待ち受けていたのは、荒廃し、誰もいなくなった町であった。絶望に打ちひしがれる彼に、【スパム】や【サバエラ】と呼ばれる魔物たちが襲い掛かる。平穏だったあの日々を、彼は取り戻すことはできるのか。
------
5年ぶりぐらいの作品です。至らぬ点も多いと思います。途中まででも読んで頂けたなら、どの辺まで読めたかだけでもコメントいただきたいです。
ときおり説明調な箇所もあるため、テンポよく読めたかも感想頂けるとありがたいです。その他、一言二言でも嬉しいですので、よろしくお願いいたします。
瑠璃色に輝く腕輪に左手をのせ力を込めると、男の周辺にまるで亡霊のような薄い光が立ち込める。
わずかの後、その光の中に、薄くかすれた文字が浮かび上がってくる。
――『404not found』
男は、憔悴した顔で、深いため息を吐いた。
今、目の前に浮かんでいる文字は、移動しようとした町が既に、この【世界】から隔絶されていることを示していた。
男が身に着けている腕輪は、【リンカー】と呼ばれている。【インデックス】と呼ばれる町の中心で、この道具に力を込めると、強く想起した他の町に転移することができるのだ。
子どものうちは使えない者もいるが、ほとんどの人がすぐ二輪車に乗れるように、ある程度の練習を積めば、誰でも使えるようになる。
さらに、一度転移に成功した町に移動しようとした場合は、青色の腕輪は紫色に変色し、より素早く、確実に転移ができることを教えてくれる。
◇
男はかつて、ここら一帯を治める領主(ウェブマスター)であった。一帯をといっても、その規模は小さく、人口は50人ほどだったが、住民たちは貧しいながらも、お互い協力し合いながら生活をしていた。
事態が急変したのは、領主の男が、【リアルワールド】という別世界に強制召喚されたことによる。
リアルワールドとは、このノベルワールドと全く異なる自然体系で構築されていると伝えられているが、詳しいことは何も分かっていない。
強制召喚が発生する条件も未だ解明されておらず、そこで一体何が行われているのかも分からない。それもそのはずで、一度リアルワールドに召喚された者で戻ってこられる者は、僅かばかりであった。運よく戻ってこられたとしても、その間に起こったことは、ほとんど思い出せないようなのだ。
……そして、そんな戻ってこられなくなった者を、ノベルワールドの住民たちは、無念さと口惜しさを込めて、「リア住」と呼ぶのだった。
◇◇
男が目を覚ましたのは、自らが治める町の郊外にある広場であった。彼はすぐに、自分がまたノベルワールドに戻ってこられたことを知った。
大きな噴水のある池と、その傍らに植えられている背の高い木は、何年経とうが忘れるはずはない。
そこではかつて秋になると、その木に実る赤い果実が、広場に集まった人々に甘いひと時を与えてくれたものだ。
しかし同時に、彼は異変に気付いた。憩いの象徴であった木には、赤い果実どころか、葉の一枚も生えていない。
子どもたちが裸になってはしゃいだ池の水は枯れ、石の底があらわになっていた。
男は、長い間眠っていた後のような鈍い頭痛を感じる。体を動かすことも、何かを考えることすら億劫に思えた。
(そうだ、町に行かなければ……)
朦朧としていたが、それでも男は、自らが働いていた館の方に歩みを向けた。
◇
途中に通った町も以前のそれとは違い、色を失い、灰色で塗りつくされたかのようにみえた。そして、時が止まったかのような静寂である。
「誰か、いないのか?」
男の声はむなしく響く。
重い足取りでたどり着いた領主の館も同じく、誰もいなかった。
二階にある執務室にのぼり、ドアを開けると、割れた窓と散乱した書類が目に入ってくる。机の上はほこりまみれで、長い間そのままであったことが分かる。
男は、近くにあった椅子に、服が汚れることも気にかけずに、倒れこむように座った。
何もする気になれなかった。頭の痛みが、徐々に強まってきたように感じた。
◇
半日以上、男はそのまま動かなかった。その間も、物音ひとつ聞こえなかった。ただ、男の鼓動と呼吸だけが、誰もいない部屋に流れていた。
思い出されるのは楽しかったあの頃の光景。
ギルバードは、背が高く鋭くつりあがった目をしていて、口は悪かったが、表裏がなく、率直になんでも言い合えた。
エルメスは、銀色の長髪と少し虚ろな目をしていて、人見知りで一見付き合いづらそうにみえるが、どんなときも冷静で、必要なときに必要な助言をしてくれた。
カエラは、柔らかな大きな目が印象的な年上の女性で、「ウィルくん、今日もお疲れ様」と、いつも優しい言葉をかけてくれた。
◇◇
椅子に座りこんだ男――ウィルは、そこまで思いを巡らし、ある少女のことを思い出した。
おそらく、リアルワールドに召喚される直前のことだろう。自分の記憶は、そこまでで止まっている。
あれは、執務を終えて、家に帰ろうとしたとき。秋のさわやかな風に誘われ、郊外の広場に散歩に出かけたときだった。
日は傾き、オレンジ色の光で町を照らしている。
広場の象徴である木についた葉は徐々に赤みを帯びてきており、夕日が一枚一枚の葉をいっそう濃くしている。
ふと視線を下にやると、太い幹の近くに、まだ幼い少女の背中が見えた。
やや茶色がかった艶やかな髪は肩にかかるくらいで、濃い青のワンピースと白い肌の対照が印象的であった。
見たところ、近くに親らしい者はいない。迷子かな、とウィルは思った。
「どうした? こんなところで、もう帰る時間じゃないのか?」
おびえさせないようにとゆっくり近づくウィル。おもむろに振り返った少女は、涙で目を真っ赤にはらしていた。
「わからない、の」
か細い少女の答えに、ウィルは額に手を当てた。
迷子だった。だがこれは、もっとたちが悪い迷子だ。
「……とにかく、もう暗くなる。きっと戻れるから、泣かないで」
ウィルは少女に声をかけて、自分の家まで連れて帰ることにした。
少女は、泣きはらした顔で、小さく頷いた。
◇◇
ウィルの家は、長屋のように、ギルバードやエルメスたちの家と連なって建てられている。
ギルバードは、自分よりも早く帰ったはずのウィルがまだ戻っていないことで少々心配になり、腕組みをしながら家の近くを歩いていた。
ウィルの町は、【パスワード】という結界で守られているが、最近は結界を突破して町の中に魔物を送り込むということも発生しているという。
――用心にこしたことはない。と、真剣な表情のエルメスに言われたとき、ギルバードは、「心配しすぎだって」と笑った。
しかし、そう言ってみたものの、やはりどこか心配になったのである。
◇
行ったり来たりを繰り返していたギルバードは、通りの向こうから歩いてくる人影を見とめた。
それがウィルの姿であると知って少し安心したギルバードだが、もう一つ人影があることにも気づいた。
「ウィル! どうしたんだ、その子!」
少女はギルバードの声に驚き、ウィルの服をちょんとつまんで、一歩あとずさった。
「広場で見つけた。どうやら、リンカーによる迷子らしい」
その言葉を聞いて、ギルバードも渋面となる。
「使いすぎて元に戻れなくなっちまった、ってわけか……」
リンカーは、自分の移動したいところ、もしくは関連のあるところを想起することで使用する。しかし、時には【サイトマップ】と呼ばれる地図がない町に飛ばされることがある。そうすると、ここがどこなのか、自分がどこから来たのかも分からなくなる。
帰る手段は、自分の町のインデックスを強く想起して転移するのだが、小さい子どもでは失敗してしまうこともある。自分が想像もしていない町に飛ばされ、焦って何度もリンカーを使ってしまうと、自分の想像力も減退してしまい悪循環に陥ってしまうのだ。
「しばらく、うちに置こうと思う。そのうち、この子の親も見つかるだろう」
少女の肩に手をのせてウィルは言う。
「カエラは戻っているか? 顔合わせもかねて、今日はみんなで食事にしよう」
ウィルの提案に、ギルバードは深く頷いた。
◇◇
ウィルの家のリビングには、木製の長テーブルが置かれている。四、五人が横になると少し窮屈な部屋だ。そこでときおりギルバードたちは、集まって食事をすることがある。
ウィルとギルバードは、少女を間に挟むかたちで座り、後から帰ってきたエルメスはウィルの正面に座った。テーブルには、水の入ったコップが四つ置かれている。
キッチンに目をやれば、包丁で食材を刻む音と、すっきりとアップでまとめられた長い黒髪が揺れていた。
カエラが夕食の準備をしている間、ウィルは少女の話しを聞くことにした。
少女は、ミリスといった。
たどたどしい話し方ではあったが、おおよその内容は、母親と共に【作品】を売りに様々な町を渡り歩いていたが、途中ではぐれてしまったらしい。父親は、先の戦いの中、行方不明のままだそうだ。
「おかあさん、心配、してる、きっと」
また泣き出しそうな少女に、ウィルとギルバードは顔を見合わせた。
正面に座るエルメスも、額に皺をよせて俯いていた。
◇
かつて、ノベルワールドでは大規模な戦いがあった。まだ、【リンカー】が生み出される前、人々は自分たちのごく限られた周辺で、日々顔を合わせる人たちとだけ交流をして、生活を営んでいたという。
安定した世界の秩序は、リンカーによって大きく変わった。
それまで、隣の家としか付き合いがなかったような人々は、初め、新しい出会いが広がったことを大変喜んだ。自分たちが生み出した【作品】という糧を知ってもらい、使ってもらえる可能性が大きく広がったのだ。
作品とは、食糧であったり、ものを作る道具であったり、生活に必要な物の総称である。
人々は、自分たちの作品を知ってもらいたいと、リンカーにより、ところ構わず町々を移動した。外部からの新しい刺激により、各々の作品は大いに向上していく。
ところが、そのような成長も陰りが見え始める。
類似した作品が増え、思うように自分の作品が広まらない。もっと悪いことは、外部からよりよい作品が手に入るようになったことで、これまでは取引をしてもらっていた近場の町からも、相手にされなくなる者たちが増えたことだ。
生活に困窮した者や自分たちのことしか考えない人々は、そのうち自らの作品を向上させるよりも、他の作品を貶めるようなことを始めた。
疑心が疑心を生み、信頼という言葉が混沌の渦に沈んでいく中、リンカーの力を悪用し、【ヒボウ】や【チュウショウ】という魔術や、【スパム】という魔物が生み出され、人々は激しく争うようになっていったのだ。
ウィルたちの生まれ故郷も、そのような争いが波及し破壊されたために、僅かな仲間と共にこの辺境の地に移り住み、少しずつ町を共に大きくしていったのだった。
◇
暗く重い雰囲気のリビングに、キッチンからカエラが戻ってきた。
「はい、温かいスープよ」
カエラは、ミリスの前に野菜がたっぷり入ったスープを置いた。
白い湯気が美味しそうな匂いをはこんでくる。
「あ、ありがとう」
一瞬、ぽかんとスープを見つめていたミリスは、座ったまま顔をあげて、カエラに礼をいった。
「どういたしまして。大丈夫よ。ゆっくり、落ち着けば、きっと思い出すから」
カエラの言葉に、目に涙をいっぱい浮かべ、ミリスは強く頷いたのだった。
◇
次の日から、ウィルたちの捜索生活が始まった。執務を終えると、旅人に頼んで、掲示板にミリスのことを書き込みしてもらったり、あの広場に似た場所に転移(リンク)したりした。
何度も転移を繰り返したことで、ミリスの故郷の町とは、イメージが変質してしまっているだろうが、それでも、何の関連性のない町には、いくらリンカーを使っても転移することはできないのだ。何か手がかりになるものがきっとあるはずだと、ウィルたちは考えたのだった。
だが、捜索は難航した。このとき既に、数億を超える町が作られていたのだ。そんな中、手がかりなく自分の町を探すのは、大きな森の中に捨てられた一本の小枝を探すようなものだった。
成果がでないことに、ウィルたちは肩を落とした。
それでも一つ、救いがあった。
ウィルたちと暮らしているうちに、泣き顔ばかりであったミリスも、次第に笑顔をみせてくれるようになったのだ。
領地の運営も、最初に比べたら落ち着いてきた。争いを避けて移り住んでくれるようになった人も、徐々にだが増えてきた。
悪いことばかりじゃない。諦めないで続けていれば、きっと……。
皆がそう思い始めた矢先、ウィルは、突如として強制召喚された。
◇◇
――目を開けた。再び、荒れ果てた執務室が目に映る。
自分の町はこれほど荒れてしまった。けれども、住民や、仲間たちは、他の町に避難しただけなのかもしれない。確かに、突然いなくなった自分を許してくれるとは思わない。だが、もう一度会いたい。話したい。
ミリスの両親だって、まだ見つかっていないかもしれない。また、一人泣いているかもしれない。
(……こうしちゃ、いられない)
ウィルは立ち上がり、足早にこの町のインデックスへと向かった。
◇
ウィルの町のインデックスは、領主の館から、歩いても十数分程度の場所にある。そこは、石畳となっており、ひらけたところに小さな時計台が置いてあった。
時計台のすぐ横まで行き、リンカーが巻かれた右手を突き出して、その上に左手をのせる。
イメージするのは、物理的距離も近い、隣町のローグ。
初めウィルたちが着の身着のままこの地にきたときに、【作品】をわけあたえてもらい、助けてくれた人々がいた町である。ウィルの町の運営がある程度落ち着いてきてからも、変わらず交易を続けていた。仲間たちが避難しているとしたら、まずはそこのはずだ。
右手に力を込める。
リンカーの深い青色は、やがて紫色に変化した。
一度以上行ったことがある町を想起できていることを示している。
(いける!)
薄い光が、無数の線のようになって、ウィルの体を包みこんだ。
◇
ウィルの目の前に、薄く光りだした霧が立ちのぼり、その中には、うっすらと、かすれた文字が浮かび上がる。
――『404not found』
「ここも、ダメか……」
ウィルが目を覚ましてから、三日が経とうとしていた。
転移を試みているうちに、記憶は鮮明に戻ってきた。ローグ以外の取り引きをしていた町々のことも、はっきり思い出すことができた。
ところが、転移のたびに身体を包み込む霧は、転移先の町が既に消滅していることを示してくる。
ウィルは再び、重い頭痛と、倦怠感を覚え始めていた。
「転移ができなかったとしても、疲れは同じように現れるってわけか……」
誰に聞かせるでもなく、ウィルは呟いた。
悔しいが、今日はもう続けられそうにない。まともな食事もとれていないため、体力も落ちている。焦りも芽生えはじめる。
それでも、ここで無理をしてはダメだ。まだあきらめてはいけない。きっと、また、あの頃のようにみんなと笑いあえる……。
瞬間。
体中から危険を告げる警告音が鳴り響いたようだった。
考える間もなく身体は反応し、転がるように右側に飛ぶ。間髪入れず、ウィルが立っていた場所には、無数の細い槍のような刃が突き刺さる。
そのまま転がりながら、視線を前に向けようとする。今度は、刃が放たれる瞬間を視界にとらえることができた。一瞬の余裕ができたおかげで、対象を視界にいれたまま避けることができる。
(【スパム】……、ここまできたというのか)
四足歩行、だが頭も首もない。黒みがかった体躯は、剥き出しになった無数の骨に覆われている。そして、剥き出しの骨を、対象に向けて放つ。何度も、何度も、何度も、何度も。それを、自壊するまで続ける。おおよそ、生物とは思えない。
初めは、何かを伝えるために生み出されるはずだったそれは、無差別に町に送り込まれ、破壊の限りを尽くし、後に魔物と呼ばれるようになった。「魔」とは、人外の力の象徴。
「思えば、リンカーの方が、よほど魔法みたいなものなんだろうな……」
ウィルをめがけ一直線に放たれる骨槍。しかし、今度は避けることはしない。代わりに、リンカーを身に着けた右腕を、自分の胸に押し当てる。
「――不義の無類には超然たる壁を。火障防壁(ファイアーウォール)!」
詠唱を終えたウィルの正面に、虹色に光る幾何学な模様が描かれた半透明の壁が作り出される。
スパムから放たれた槍は、その半透明の壁に当たり、バラバラと石畳に落ちた。
すぐさま右手を突き出し、次の詠唱を行う。
「――存在証明なせねば大いなる鉄槌を――」
ウィルの右手には、こぶし大の岩塊が、うなりをあげて出現している。
「論理破壊(ブロッキング)!」
叫ぶと同時に岩塊は一直線に飛び出し、スパムの体を貫通した。
スパムは、声もなく動きを止める。
リンカーの力は、転移だけではない。ある程度定型化した詠唱を行うことで、個々人に宿る創造の力を具現化することもできるのだ。
だが、一息つく間はなかった。
振り返らずとも気配を感じる。背後にあるのは、無数の人外の存在。
(ここでは、まずい)
火障防壁も、ウィルの力では全方位に展開することはできない。ひらけたこの場所では、囲まれてなぶり殺しにされる。
ウィルは振り返ることなく路地に向かって全速で走った。
それを追うように、背後から風を切る音が近づいてくる。
「うぐっ!」
ウィルの右足をスパムの放った骨槍がかすめる。
バランスを崩して地面に手をつく。さらに追い打ちをかけるように、スパムの骨槍が襲う。
地面についた手を軸に体をひねり、スパムたちに向き直りながら詠唱を行い、火障防壁を展開する。
間一髪、1メートルにも満たない位置で攻撃は防がれる。
「論理破壊(ブロッキング)!」
省略した詠唱により岩塊を放つ。威力は少しばかり落ちるが、それでも、先頭で攻撃を仕掛けていたスパムの体は貫かれ、動かなくなる。
しかしすぐに、倒れたスパムの後ろから、また複数のスパムが現れる。
火障防壁によりスパムの攻撃を防ぎ、岩塊を放ち破壊する。何度繰り返し倒しても、次から次へ、スパムの攻撃はやまない。
リンカーの力も、無限ではない。個々人に内在する創造の力を具現化するのがリンカーの役割だ。すなわち、力の多用は、使用者の体力と精神力をも削っていく。
(まさかみんな……、こいつらにやられてしまったのか?)
戦いのさなか、不吉なことが脳裏をかすめる。
呼吸も荒く、視界もにじんでみえる。
防壁の展開が一瞬遅れ、ウィルの脇腹を骨槍がかすめる。かすっただけというのに、服は激しく破れ、鮮血が噴出した。
(きりが、ないな……これ以上は、仕方がない)
ウィルは後ろに飛び、スパムたちから大きく距離をとった。必殺の間合いをはずされたスパムは、じりじりと近づこうとする。
それを見たウィルは、防壁の展開を止め、両の手をだらりと下げる。
「――創造主の元に集いし秩序の論理――」
これまでと異なる詠唱を始めると、目がくらむほどの激しい光が、ウィルを中心に収斂していった。
「――すべての生み出されし混沌世界を浄化せよ! 初期化(オールデリート)!!」
収斂した光は一気に放出され、何十体ものスパムの体を飲み込む。
断末魔さえきこえない。静寂の中、スパムたちは光の中に消滅した。
途端にウィルは、めまいを感じその場に座り込んだ。
身体が重い。頭がずきずきとする。
いまある力を一点に集中させ、リンカーにより増幅させて放つ【初期化】(オールデリート)は、強力ゆえに反動も大きい。
今は、はぁはぁと、肩で息をするのでやっとだった。
◇
そんなウィルの周りを、大きな黒い影が覆った。
見上げると、そこには、巨大な龍が飛翔していた。
「まさか……【サバエラ】、だと?」
ごつごつとした銀色の翼を悠然とはばたかせ、赤く光る眼光は、まっすぐウィルを捉えている。鋭利な牙が除く口からは、翼をはばたかせる度に火の粉がもれていた。
町のすべてを焼き尽くす、銀色の悪魔。
大戦の中で生み出された、暴虐の象徴。
ウィルは呆然とするしかできなかった。死を受け入れたわけでもない。
皆にもう一度会いたいという思いを諦めたわけでもない。
ただ、自分ができることを、何一つ思い浮かべることができなかった。
巨悪が口を大きく開き、紅蓮の炎が吐き出されたその瞬間だった。
「まったく、いっつも、あぶねーめにあってるんだからよ」
ウィルの前に入ってきた人影は、素早く詠唱を終え、火障防壁を構築した。
激しい炎が防壁にあたりそれていく。
ウィルは目を見開いた。
大きな背中に、無造作な黒髪。仲間の姿を見間違うはずはない。
「ギルバード!」
ウィルの後ろから、さらに声が聞こえた。
「火障防壁を強化、致命的欠陥(シンタックスエラー)への対処を開始」
振り返った先には銀髪の青年と、柔らかな目をした端麗な女性。
「エルメス……、カエラ! みんな、どうして……?」
「ウィルくん、そんなことはあとあと!」
カエラは、リンカーを巻いた右手を強く握り自分の胸の前に寄せた。
「――機密を守るは強固なる意志と不動の星々。覇環結界(パスワード)!!」
煌めくいくつもの六芒星が、飛翔するサバエラの周りに現れる。
本来、町全体を守るために使われる結界を、カエラは局所的に使用したのだ。
魔物にとっては、強力な重力をかけられたに等しい。
翼をはばたかせることも困難になり、飛行に必要な揚力を得られなくなったサバエラは、咆哮をあげ苦しそうに地面へと墜落した。
「さ、ウィルくん、もうひと頑張り!」
「ウィル、構造解析を! ギルバードはコア破壊の準備!」
火障防壁の強化を終えたエルメスが、ウィルとギルバードに指示をとばす。
「おっしゃ任せろ! ウィル、頼んだ!」
前に立つギルバードに小さく頷いたウィルは、力を振り絞って立ち上がる。
大型の魔物に対しては、生き物の心臓にあたる【コア】を破壊するのが最も効果的である。コアを破壊するためには、ウェブマスターにのみ使用できる構造解析と呼ばれる詠唱を行い、コアの位置を特定し脆弱化させる必要がある。
一人では、激しく動き回るサバエラにそんな悠長なことはしていられない。だが、一時的にでも拘束が出来れば、チャンスはある。
ウィルは、リンカーに力を込め、詠唱を始める。
「構造解析開始――、構築疑義言語侵入(インジェンクション)を確認……」
サバエラの胸のあたりに赤く光るコアが見える。
「ギルバード、あそこだ!」
「了解! ――論理破壊(ブロッキング)!」
ギルバードの放った岩塊は、サバエラのコアを正確につらぬいた。
◇◇
「ミリスちゃんがね、教えてくれたのよ」
ウィルは近くのベンチに横たわり、上着を脱がされカエラに脇腹の治療をしてもらっていた。
「『ウィルさんがいる、魔物と戦ってる、急いで!』ってね。血相変えて飛んできたんだ」
エルメスはそう言い、戦いが終わるまで物陰に隠れていたミリスの背中を、ぽんと押した。
押されてミリスは、ベンチに横たわるウィルの前に進む。
「そっか、ありがとな、ミリス」
ウィルは手を伸ばし、ミリスの頭をなでた。少し、背が伸びたように感じる。
「だけど、どうしてわかったんだ? もうこの町は廃墟みたいだというのに」
「あの、私、いつか、ウィルさんが戻ってくる気がして……。ときおり、それでも、一週間に一度ぐらいだけれども、見に来てたんだ」
ミリスは、少し頬を赤く染めて言った。
「また、後ろから、『大丈夫?』って声がきこえそうな気がして……」
「そうだったのか……。ミリス、本当に、ありがとう」
カエラは、そんな二人を微笑ましく見ている。
「ミリスちゃん、ほんと、リンカーの使い方が上手になったんだよ。もう一人でも安心なんだから」
「ほんとだな。まさか『大丈夫?』って、ミリスに言ってもらうことになるとはな」
そういってギルバードは笑った。
「はは、ほんと、その通りだ」
皆も一同に笑った。
古くからの仲間に、多くの言葉はいらない。ただ、この場にいられる、それだけで十分なのだ。
ウィルはようやく、自分がノベルワールドに戻ってこられたことを強く実感した。
◇
……それにしても、リアルワールドとは何なのか。
リンカーとは、どのようにして生み出されたのか。
ウィルの心の奥底で、これまで考えたことも無かった疑問が浮かんでいた。
その謎にせまることになるのか、そのまま平穏な生活を送ることになるのか、この先どうなるかは分からない。
まだミリスの両親も見つかっていないという。他にも町の復興など、課題は山積みだろう。
それでも、戻れる場所があるというのは、本当に大事なことだ。
一緒に笑える仲間がいるというのは、本当に嬉しいことだ。
これから先、きっとまた、この場所を昔のように活気あふれる場所にしていこう。
ウィルは心にそう誓うのだった。
わずかの後、その光の中に、薄くかすれた文字が浮かび上がってくる。
――『404not found』
男は、憔悴した顔で、深いため息を吐いた。
今、目の前に浮かんでいる文字は、移動しようとした町が既に、この【世界】から隔絶されていることを示していた。
男が身に着けている腕輪は、【リンカー】と呼ばれている。【インデックス】と呼ばれる町の中心で、この道具に力を込めると、強く想起した他の町に転移することができるのだ。
子どものうちは使えない者もいるが、ほとんどの人がすぐ二輪車に乗れるように、ある程度の練習を積めば、誰でも使えるようになる。
さらに、一度転移に成功した町に移動しようとした場合は、青色の腕輪は紫色に変色し、より素早く、確実に転移ができることを教えてくれる。
◇
男はかつて、ここら一帯を治める領主(ウェブマスター)であった。一帯をといっても、その規模は小さく、人口は50人ほどだったが、住民たちは貧しいながらも、お互い協力し合いながら生活をしていた。
事態が急変したのは、領主の男が、【リアルワールド】という別世界に強制召喚されたことによる。
リアルワールドとは、このノベルワールドと全く異なる自然体系で構築されていると伝えられているが、詳しいことは何も分かっていない。
強制召喚が発生する条件も未だ解明されておらず、そこで一体何が行われているのかも分からない。それもそのはずで、一度リアルワールドに召喚された者で戻ってこられる者は、僅かばかりであった。運よく戻ってこられたとしても、その間に起こったことは、ほとんど思い出せないようなのだ。
……そして、そんな戻ってこられなくなった者を、ノベルワールドの住民たちは、無念さと口惜しさを込めて、「リア住」と呼ぶのだった。
◇◇
男が目を覚ましたのは、自らが治める町の郊外にある広場であった。彼はすぐに、自分がまたノベルワールドに戻ってこられたことを知った。
大きな噴水のある池と、その傍らに植えられている背の高い木は、何年経とうが忘れるはずはない。
そこではかつて秋になると、その木に実る赤い果実が、広場に集まった人々に甘いひと時を与えてくれたものだ。
しかし同時に、彼は異変に気付いた。憩いの象徴であった木には、赤い果実どころか、葉の一枚も生えていない。
子どもたちが裸になってはしゃいだ池の水は枯れ、石の底があらわになっていた。
男は、長い間眠っていた後のような鈍い頭痛を感じる。体を動かすことも、何かを考えることすら億劫に思えた。
(そうだ、町に行かなければ……)
朦朧としていたが、それでも男は、自らが働いていた館の方に歩みを向けた。
◇
途中に通った町も以前のそれとは違い、色を失い、灰色で塗りつくされたかのようにみえた。そして、時が止まったかのような静寂である。
「誰か、いないのか?」
男の声はむなしく響く。
重い足取りでたどり着いた領主の館も同じく、誰もいなかった。
二階にある執務室にのぼり、ドアを開けると、割れた窓と散乱した書類が目に入ってくる。机の上はほこりまみれで、長い間そのままであったことが分かる。
男は、近くにあった椅子に、服が汚れることも気にかけずに、倒れこむように座った。
何もする気になれなかった。頭の痛みが、徐々に強まってきたように感じた。
◇
半日以上、男はそのまま動かなかった。その間も、物音ひとつ聞こえなかった。ただ、男の鼓動と呼吸だけが、誰もいない部屋に流れていた。
思い出されるのは楽しかったあの頃の光景。
ギルバードは、背が高く鋭くつりあがった目をしていて、口は悪かったが、表裏がなく、率直になんでも言い合えた。
エルメスは、銀色の長髪と少し虚ろな目をしていて、人見知りで一見付き合いづらそうにみえるが、どんなときも冷静で、必要なときに必要な助言をしてくれた。
カエラは、柔らかな大きな目が印象的な年上の女性で、「ウィルくん、今日もお疲れ様」と、いつも優しい言葉をかけてくれた。
◇◇
椅子に座りこんだ男――ウィルは、そこまで思いを巡らし、ある少女のことを思い出した。
おそらく、リアルワールドに召喚される直前のことだろう。自分の記憶は、そこまでで止まっている。
あれは、執務を終えて、家に帰ろうとしたとき。秋のさわやかな風に誘われ、郊外の広場に散歩に出かけたときだった。
日は傾き、オレンジ色の光で町を照らしている。
広場の象徴である木についた葉は徐々に赤みを帯びてきており、夕日が一枚一枚の葉をいっそう濃くしている。
ふと視線を下にやると、太い幹の近くに、まだ幼い少女の背中が見えた。
やや茶色がかった艶やかな髪は肩にかかるくらいで、濃い青のワンピースと白い肌の対照が印象的であった。
見たところ、近くに親らしい者はいない。迷子かな、とウィルは思った。
「どうした? こんなところで、もう帰る時間じゃないのか?」
おびえさせないようにとゆっくり近づくウィル。おもむろに振り返った少女は、涙で目を真っ赤にはらしていた。
「わからない、の」
か細い少女の答えに、ウィルは額に手を当てた。
迷子だった。だがこれは、もっとたちが悪い迷子だ。
「……とにかく、もう暗くなる。きっと戻れるから、泣かないで」
ウィルは少女に声をかけて、自分の家まで連れて帰ることにした。
少女は、泣きはらした顔で、小さく頷いた。
◇◇
ウィルの家は、長屋のように、ギルバードやエルメスたちの家と連なって建てられている。
ギルバードは、自分よりも早く帰ったはずのウィルがまだ戻っていないことで少々心配になり、腕組みをしながら家の近くを歩いていた。
ウィルの町は、【パスワード】という結界で守られているが、最近は結界を突破して町の中に魔物を送り込むということも発生しているという。
――用心にこしたことはない。と、真剣な表情のエルメスに言われたとき、ギルバードは、「心配しすぎだって」と笑った。
しかし、そう言ってみたものの、やはりどこか心配になったのである。
◇
行ったり来たりを繰り返していたギルバードは、通りの向こうから歩いてくる人影を見とめた。
それがウィルの姿であると知って少し安心したギルバードだが、もう一つ人影があることにも気づいた。
「ウィル! どうしたんだ、その子!」
少女はギルバードの声に驚き、ウィルの服をちょんとつまんで、一歩あとずさった。
「広場で見つけた。どうやら、リンカーによる迷子らしい」
その言葉を聞いて、ギルバードも渋面となる。
「使いすぎて元に戻れなくなっちまった、ってわけか……」
リンカーは、自分の移動したいところ、もしくは関連のあるところを想起することで使用する。しかし、時には【サイトマップ】と呼ばれる地図がない町に飛ばされることがある。そうすると、ここがどこなのか、自分がどこから来たのかも分からなくなる。
帰る手段は、自分の町のインデックスを強く想起して転移するのだが、小さい子どもでは失敗してしまうこともある。自分が想像もしていない町に飛ばされ、焦って何度もリンカーを使ってしまうと、自分の想像力も減退してしまい悪循環に陥ってしまうのだ。
「しばらく、うちに置こうと思う。そのうち、この子の親も見つかるだろう」
少女の肩に手をのせてウィルは言う。
「カエラは戻っているか? 顔合わせもかねて、今日はみんなで食事にしよう」
ウィルの提案に、ギルバードは深く頷いた。
◇◇
ウィルの家のリビングには、木製の長テーブルが置かれている。四、五人が横になると少し窮屈な部屋だ。そこでときおりギルバードたちは、集まって食事をすることがある。
ウィルとギルバードは、少女を間に挟むかたちで座り、後から帰ってきたエルメスはウィルの正面に座った。テーブルには、水の入ったコップが四つ置かれている。
キッチンに目をやれば、包丁で食材を刻む音と、すっきりとアップでまとめられた長い黒髪が揺れていた。
カエラが夕食の準備をしている間、ウィルは少女の話しを聞くことにした。
少女は、ミリスといった。
たどたどしい話し方ではあったが、おおよその内容は、母親と共に【作品】を売りに様々な町を渡り歩いていたが、途中ではぐれてしまったらしい。父親は、先の戦いの中、行方不明のままだそうだ。
「おかあさん、心配、してる、きっと」
また泣き出しそうな少女に、ウィルとギルバードは顔を見合わせた。
正面に座るエルメスも、額に皺をよせて俯いていた。
◇
かつて、ノベルワールドでは大規模な戦いがあった。まだ、【リンカー】が生み出される前、人々は自分たちのごく限られた周辺で、日々顔を合わせる人たちとだけ交流をして、生活を営んでいたという。
安定した世界の秩序は、リンカーによって大きく変わった。
それまで、隣の家としか付き合いがなかったような人々は、初め、新しい出会いが広がったことを大変喜んだ。自分たちが生み出した【作品】という糧を知ってもらい、使ってもらえる可能性が大きく広がったのだ。
作品とは、食糧であったり、ものを作る道具であったり、生活に必要な物の総称である。
人々は、自分たちの作品を知ってもらいたいと、リンカーにより、ところ構わず町々を移動した。外部からの新しい刺激により、各々の作品は大いに向上していく。
ところが、そのような成長も陰りが見え始める。
類似した作品が増え、思うように自分の作品が広まらない。もっと悪いことは、外部からよりよい作品が手に入るようになったことで、これまでは取引をしてもらっていた近場の町からも、相手にされなくなる者たちが増えたことだ。
生活に困窮した者や自分たちのことしか考えない人々は、そのうち自らの作品を向上させるよりも、他の作品を貶めるようなことを始めた。
疑心が疑心を生み、信頼という言葉が混沌の渦に沈んでいく中、リンカーの力を悪用し、【ヒボウ】や【チュウショウ】という魔術や、【スパム】という魔物が生み出され、人々は激しく争うようになっていったのだ。
ウィルたちの生まれ故郷も、そのような争いが波及し破壊されたために、僅かな仲間と共にこの辺境の地に移り住み、少しずつ町を共に大きくしていったのだった。
◇
暗く重い雰囲気のリビングに、キッチンからカエラが戻ってきた。
「はい、温かいスープよ」
カエラは、ミリスの前に野菜がたっぷり入ったスープを置いた。
白い湯気が美味しそうな匂いをはこんでくる。
「あ、ありがとう」
一瞬、ぽかんとスープを見つめていたミリスは、座ったまま顔をあげて、カエラに礼をいった。
「どういたしまして。大丈夫よ。ゆっくり、落ち着けば、きっと思い出すから」
カエラの言葉に、目に涙をいっぱい浮かべ、ミリスは強く頷いたのだった。
◇
次の日から、ウィルたちの捜索生活が始まった。執務を終えると、旅人に頼んで、掲示板にミリスのことを書き込みしてもらったり、あの広場に似た場所に転移(リンク)したりした。
何度も転移を繰り返したことで、ミリスの故郷の町とは、イメージが変質してしまっているだろうが、それでも、何の関連性のない町には、いくらリンカーを使っても転移することはできないのだ。何か手がかりになるものがきっとあるはずだと、ウィルたちは考えたのだった。
だが、捜索は難航した。このとき既に、数億を超える町が作られていたのだ。そんな中、手がかりなく自分の町を探すのは、大きな森の中に捨てられた一本の小枝を探すようなものだった。
成果がでないことに、ウィルたちは肩を落とした。
それでも一つ、救いがあった。
ウィルたちと暮らしているうちに、泣き顔ばかりであったミリスも、次第に笑顔をみせてくれるようになったのだ。
領地の運営も、最初に比べたら落ち着いてきた。争いを避けて移り住んでくれるようになった人も、徐々にだが増えてきた。
悪いことばかりじゃない。諦めないで続けていれば、きっと……。
皆がそう思い始めた矢先、ウィルは、突如として強制召喚された。
◇◇
――目を開けた。再び、荒れ果てた執務室が目に映る。
自分の町はこれほど荒れてしまった。けれども、住民や、仲間たちは、他の町に避難しただけなのかもしれない。確かに、突然いなくなった自分を許してくれるとは思わない。だが、もう一度会いたい。話したい。
ミリスの両親だって、まだ見つかっていないかもしれない。また、一人泣いているかもしれない。
(……こうしちゃ、いられない)
ウィルは立ち上がり、足早にこの町のインデックスへと向かった。
◇
ウィルの町のインデックスは、領主の館から、歩いても十数分程度の場所にある。そこは、石畳となっており、ひらけたところに小さな時計台が置いてあった。
時計台のすぐ横まで行き、リンカーが巻かれた右手を突き出して、その上に左手をのせる。
イメージするのは、物理的距離も近い、隣町のローグ。
初めウィルたちが着の身着のままこの地にきたときに、【作品】をわけあたえてもらい、助けてくれた人々がいた町である。ウィルの町の運営がある程度落ち着いてきてからも、変わらず交易を続けていた。仲間たちが避難しているとしたら、まずはそこのはずだ。
右手に力を込める。
リンカーの深い青色は、やがて紫色に変化した。
一度以上行ったことがある町を想起できていることを示している。
(いける!)
薄い光が、無数の線のようになって、ウィルの体を包みこんだ。
◇
ウィルの目の前に、薄く光りだした霧が立ちのぼり、その中には、うっすらと、かすれた文字が浮かび上がる。
――『404not found』
「ここも、ダメか……」
ウィルが目を覚ましてから、三日が経とうとしていた。
転移を試みているうちに、記憶は鮮明に戻ってきた。ローグ以外の取り引きをしていた町々のことも、はっきり思い出すことができた。
ところが、転移のたびに身体を包み込む霧は、転移先の町が既に消滅していることを示してくる。
ウィルは再び、重い頭痛と、倦怠感を覚え始めていた。
「転移ができなかったとしても、疲れは同じように現れるってわけか……」
誰に聞かせるでもなく、ウィルは呟いた。
悔しいが、今日はもう続けられそうにない。まともな食事もとれていないため、体力も落ちている。焦りも芽生えはじめる。
それでも、ここで無理をしてはダメだ。まだあきらめてはいけない。きっと、また、あの頃のようにみんなと笑いあえる……。
瞬間。
体中から危険を告げる警告音が鳴り響いたようだった。
考える間もなく身体は反応し、転がるように右側に飛ぶ。間髪入れず、ウィルが立っていた場所には、無数の細い槍のような刃が突き刺さる。
そのまま転がりながら、視線を前に向けようとする。今度は、刃が放たれる瞬間を視界にとらえることができた。一瞬の余裕ができたおかげで、対象を視界にいれたまま避けることができる。
(【スパム】……、ここまできたというのか)
四足歩行、だが頭も首もない。黒みがかった体躯は、剥き出しになった無数の骨に覆われている。そして、剥き出しの骨を、対象に向けて放つ。何度も、何度も、何度も、何度も。それを、自壊するまで続ける。おおよそ、生物とは思えない。
初めは、何かを伝えるために生み出されるはずだったそれは、無差別に町に送り込まれ、破壊の限りを尽くし、後に魔物と呼ばれるようになった。「魔」とは、人外の力の象徴。
「思えば、リンカーの方が、よほど魔法みたいなものなんだろうな……」
ウィルをめがけ一直線に放たれる骨槍。しかし、今度は避けることはしない。代わりに、リンカーを身に着けた右腕を、自分の胸に押し当てる。
「――不義の無類には超然たる壁を。火障防壁(ファイアーウォール)!」
詠唱を終えたウィルの正面に、虹色に光る幾何学な模様が描かれた半透明の壁が作り出される。
スパムから放たれた槍は、その半透明の壁に当たり、バラバラと石畳に落ちた。
すぐさま右手を突き出し、次の詠唱を行う。
「――存在証明なせねば大いなる鉄槌を――」
ウィルの右手には、こぶし大の岩塊が、うなりをあげて出現している。
「論理破壊(ブロッキング)!」
叫ぶと同時に岩塊は一直線に飛び出し、スパムの体を貫通した。
スパムは、声もなく動きを止める。
リンカーの力は、転移だけではない。ある程度定型化した詠唱を行うことで、個々人に宿る創造の力を具現化することもできるのだ。
だが、一息つく間はなかった。
振り返らずとも気配を感じる。背後にあるのは、無数の人外の存在。
(ここでは、まずい)
火障防壁も、ウィルの力では全方位に展開することはできない。ひらけたこの場所では、囲まれてなぶり殺しにされる。
ウィルは振り返ることなく路地に向かって全速で走った。
それを追うように、背後から風を切る音が近づいてくる。
「うぐっ!」
ウィルの右足をスパムの放った骨槍がかすめる。
バランスを崩して地面に手をつく。さらに追い打ちをかけるように、スパムの骨槍が襲う。
地面についた手を軸に体をひねり、スパムたちに向き直りながら詠唱を行い、火障防壁を展開する。
間一髪、1メートルにも満たない位置で攻撃は防がれる。
「論理破壊(ブロッキング)!」
省略した詠唱により岩塊を放つ。威力は少しばかり落ちるが、それでも、先頭で攻撃を仕掛けていたスパムの体は貫かれ、動かなくなる。
しかしすぐに、倒れたスパムの後ろから、また複数のスパムが現れる。
火障防壁によりスパムの攻撃を防ぎ、岩塊を放ち破壊する。何度繰り返し倒しても、次から次へ、スパムの攻撃はやまない。
リンカーの力も、無限ではない。個々人に内在する創造の力を具現化するのがリンカーの役割だ。すなわち、力の多用は、使用者の体力と精神力をも削っていく。
(まさかみんな……、こいつらにやられてしまったのか?)
戦いのさなか、不吉なことが脳裏をかすめる。
呼吸も荒く、視界もにじんでみえる。
防壁の展開が一瞬遅れ、ウィルの脇腹を骨槍がかすめる。かすっただけというのに、服は激しく破れ、鮮血が噴出した。
(きりが、ないな……これ以上は、仕方がない)
ウィルは後ろに飛び、スパムたちから大きく距離をとった。必殺の間合いをはずされたスパムは、じりじりと近づこうとする。
それを見たウィルは、防壁の展開を止め、両の手をだらりと下げる。
「――創造主の元に集いし秩序の論理――」
これまでと異なる詠唱を始めると、目がくらむほどの激しい光が、ウィルを中心に収斂していった。
「――すべての生み出されし混沌世界を浄化せよ! 初期化(オールデリート)!!」
収斂した光は一気に放出され、何十体ものスパムの体を飲み込む。
断末魔さえきこえない。静寂の中、スパムたちは光の中に消滅した。
途端にウィルは、めまいを感じその場に座り込んだ。
身体が重い。頭がずきずきとする。
いまある力を一点に集中させ、リンカーにより増幅させて放つ【初期化】(オールデリート)は、強力ゆえに反動も大きい。
今は、はぁはぁと、肩で息をするのでやっとだった。
◇
そんなウィルの周りを、大きな黒い影が覆った。
見上げると、そこには、巨大な龍が飛翔していた。
「まさか……【サバエラ】、だと?」
ごつごつとした銀色の翼を悠然とはばたかせ、赤く光る眼光は、まっすぐウィルを捉えている。鋭利な牙が除く口からは、翼をはばたかせる度に火の粉がもれていた。
町のすべてを焼き尽くす、銀色の悪魔。
大戦の中で生み出された、暴虐の象徴。
ウィルは呆然とするしかできなかった。死を受け入れたわけでもない。
皆にもう一度会いたいという思いを諦めたわけでもない。
ただ、自分ができることを、何一つ思い浮かべることができなかった。
巨悪が口を大きく開き、紅蓮の炎が吐き出されたその瞬間だった。
「まったく、いっつも、あぶねーめにあってるんだからよ」
ウィルの前に入ってきた人影は、素早く詠唱を終え、火障防壁を構築した。
激しい炎が防壁にあたりそれていく。
ウィルは目を見開いた。
大きな背中に、無造作な黒髪。仲間の姿を見間違うはずはない。
「ギルバード!」
ウィルの後ろから、さらに声が聞こえた。
「火障防壁を強化、致命的欠陥(シンタックスエラー)への対処を開始」
振り返った先には銀髪の青年と、柔らかな目をした端麗な女性。
「エルメス……、カエラ! みんな、どうして……?」
「ウィルくん、そんなことはあとあと!」
カエラは、リンカーを巻いた右手を強く握り自分の胸の前に寄せた。
「――機密を守るは強固なる意志と不動の星々。覇環結界(パスワード)!!」
煌めくいくつもの六芒星が、飛翔するサバエラの周りに現れる。
本来、町全体を守るために使われる結界を、カエラは局所的に使用したのだ。
魔物にとっては、強力な重力をかけられたに等しい。
翼をはばたかせることも困難になり、飛行に必要な揚力を得られなくなったサバエラは、咆哮をあげ苦しそうに地面へと墜落した。
「さ、ウィルくん、もうひと頑張り!」
「ウィル、構造解析を! ギルバードはコア破壊の準備!」
火障防壁の強化を終えたエルメスが、ウィルとギルバードに指示をとばす。
「おっしゃ任せろ! ウィル、頼んだ!」
前に立つギルバードに小さく頷いたウィルは、力を振り絞って立ち上がる。
大型の魔物に対しては、生き物の心臓にあたる【コア】を破壊するのが最も効果的である。コアを破壊するためには、ウェブマスターにのみ使用できる構造解析と呼ばれる詠唱を行い、コアの位置を特定し脆弱化させる必要がある。
一人では、激しく動き回るサバエラにそんな悠長なことはしていられない。だが、一時的にでも拘束が出来れば、チャンスはある。
ウィルは、リンカーに力を込め、詠唱を始める。
「構造解析開始――、構築疑義言語侵入(インジェンクション)を確認……」
サバエラの胸のあたりに赤く光るコアが見える。
「ギルバード、あそこだ!」
「了解! ――論理破壊(ブロッキング)!」
ギルバードの放った岩塊は、サバエラのコアを正確につらぬいた。
◇◇
「ミリスちゃんがね、教えてくれたのよ」
ウィルは近くのベンチに横たわり、上着を脱がされカエラに脇腹の治療をしてもらっていた。
「『ウィルさんがいる、魔物と戦ってる、急いで!』ってね。血相変えて飛んできたんだ」
エルメスはそう言い、戦いが終わるまで物陰に隠れていたミリスの背中を、ぽんと押した。
押されてミリスは、ベンチに横たわるウィルの前に進む。
「そっか、ありがとな、ミリス」
ウィルは手を伸ばし、ミリスの頭をなでた。少し、背が伸びたように感じる。
「だけど、どうしてわかったんだ? もうこの町は廃墟みたいだというのに」
「あの、私、いつか、ウィルさんが戻ってくる気がして……。ときおり、それでも、一週間に一度ぐらいだけれども、見に来てたんだ」
ミリスは、少し頬を赤く染めて言った。
「また、後ろから、『大丈夫?』って声がきこえそうな気がして……」
「そうだったのか……。ミリス、本当に、ありがとう」
カエラは、そんな二人を微笑ましく見ている。
「ミリスちゃん、ほんと、リンカーの使い方が上手になったんだよ。もう一人でも安心なんだから」
「ほんとだな。まさか『大丈夫?』って、ミリスに言ってもらうことになるとはな」
そういってギルバードは笑った。
「はは、ほんと、その通りだ」
皆も一同に笑った。
古くからの仲間に、多くの言葉はいらない。ただ、この場にいられる、それだけで十分なのだ。
ウィルはようやく、自分がノベルワールドに戻ってこられたことを強く実感した。
◇
……それにしても、リアルワールドとは何なのか。
リンカーとは、どのようにして生み出されたのか。
ウィルの心の奥底で、これまで考えたことも無かった疑問が浮かんでいた。
その謎にせまることになるのか、そのまま平穏な生活を送ることになるのか、この先どうなるかは分からない。
まだミリスの両親も見つかっていないという。他にも町の復興など、課題は山積みだろう。
それでも、戻れる場所があるというのは、本当に大事なことだ。
一緒に笑える仲間がいるというのは、本当に嬉しいことだ。
これから先、きっとまた、この場所を昔のように活気あふれる場所にしていこう。
ウィルは心にそう誓うのだった。
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