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作品ID:564
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「ライトノベル」です。
文字数約31721文字 読了時間約16分 原稿用紙約40枚
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小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし /
魔動戦騎 白虹のイクスキャリヴル
作品紹介
人の持つ魔力を動力源とする人型兵器、魔動機兵が開発され、戦争に用いられるようになってから数年。
滅亡の危機に瀕していたアルフレイン王国では、最後の望みを賭けた新型の開発が行われていた。
オリジナルのロボットものをやりたくて構想していたネタをとりあえず形にしようとしたパイロット版のようなものです。予想以上の難産となってしまいひとまず形にはしてみましたが、といったところ……。
※「お気軽感想希望」を選択していますが、感想、批評、激辛批評、何でも歓迎です。
滅亡の危機に瀕していたアルフレイン王国では、最後の望みを賭けた新型の開発が行われていた。
オリジナルのロボットものをやりたくて構想していたネタをとりあえず形にしようとしたパイロット版のようなものです。予想以上の難産となってしまいひとまず形にはしてみましたが、といったところ……。
※「お気軽感想希望」を選択していますが、感想、批評、激辛批評、何でも歓迎です。
その時、王都に済む誰もが死を覚悟した。
東方の最終防衛線が突破されたという知らせを聞いて、皆が絶望していた。
東方から迫る、無数の巨大な影。鋼の塊で全身を覆った機兵が迫ってくる。
この国は戦争に負けたのだ。
今日でアルフレイン王国という国は消滅する。
自分たちの命がどうなるのか、希望など持てなかった。
誰もが目を閉じようとした。
その時だった。
一陣の風が吹いた。
王都に踏み込もうとする鋼の兵に突撃していく、大きな白銀の騎士の姿がそこにあった。
押し寄せる数多の機兵に決して怯まず、騎士は立ち向かって行く。
背に虹を翻し、光り輝く剣を手に。
その姿は、救世主と呼ぶに相応しかった。
***
執務室、と書かれた扉の前で青年はやや緊張した面持ちで襟を正した。
装飾の少ない緑色を基調とした、低位騎士(ローナイト)の制服に身を包んだ、銀髪に鮮やかな紫の瞳を持つ、整った顔立ちの青年だ。
「アルザード・エン・ラグナ上等騎士、出頭致しました」
ノックをしてから、アルザードと名乗った青年が扉を開けて中へと入る。
「……あれ?」
思わず、間抜けな声が出た。
部屋の中には誰もいなかった。扉から真正面にある執務机の上には山のように書類が無作為に積み上げられ、崩れた書類が部屋中に散らばっている。応接用の机やソファの上にさえ、書類は散らばっていた。
書類や紙の束に人が埋もれている、などということもないようだ。
「時間……は、間違ってない」
アルザードは部屋の中を見回し、時計を見て呟いた。
出頭しろと指示された時間には間に合っている。
「あの……」
不意に背後から声をかけられ、アルザードは振り返った。
分厚いファイルを大事そうに抱えた女性が部屋に入ろうとして、アルザードに気付いたようだ。
「どちら様ですか?」
彼女はアルザードと同じ緑色の低位階級の制服を着ていた。だが、その上に白衣のような上着を身に着けている。様子や身なりから察するに、この施設に所属している人物のようだ。
身長は彼よりも頭一つほど低い。セミロングの黒髪に薄い緑の瞳をした可愛らしい女性だ。
「アルザード・エン・ラグナ上等騎士です。指令に応じて出頭したのですが……」
右拳を胸に当てる簡易式の敬礼をしながら、アルザードは名乗った。
「あー……あ、ああぁーっ!」
それを聞いた彼女の目が一拍置いて見開かれ、思い出したと言わんばかりに大きな声をあげる。
「エクター先生、またすっぽかしたなぁー!」
女性が頭を抱えた拍子に、手にしていたファイルから書類がばさばさと音を立てて散らばった。
「あああああ……」
それを見て彼女はさらにうろたえながら落ちた資料を慌てて拾い集める。
「ええと、大丈夫ですか?」
アルザードは足元に落ちた紙を拾い集めるのを手伝い、彼女に差し出した。
「ええ、はい、大丈夫です……というか、こちらの落ち度です。申し訳ありません」
なんとか書類をファイルに押し込むように挟んだ女性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し遅れました、私はヴィヴィアン・レイク一等技術騎士です」
ヴィヴィアンは名乗り、右拳を胸に当ててから、腰の辺りに握った左手の親指に右手の握り拳の親指を合わせる正式な形の敬礼を返した。この敬礼は、騎士が眼前に掲げた剣を腰に携えた鞘に戻す動作からきている。さきほどアルザードがやってみせた簡易式の敬礼は、鞘に戻す動作を省略したものだ。
一等技術騎士ということは、彼女は技術士官のようだ。軍の階級的にはアルザードの一つ下ということになるが、技術士官としては中々高い地位だ。
「ここの主任であるエクター・ニムエ一級技術騎士の補佐役をさせて頂いています」
そう言って、ヴィヴィアンは持ってきていたファイルを無造作に執務机の真ん中に置いた。
この執務室の有様は彼女にとっては慣れたもののようで、床にまで散らばった書類を一切踏むことなく平然と歩いている。
よく見れば、書類は散らばっているものの埃などが積もったりはしていない。書類以外は掃除が行き届いている。
「一級技術騎士……?」
ヴィヴィアンの口から飛び出した責任者の階級に、アルザードは驚いた。
技術士官ながら、中位騎士(ミドルナイト)の最上位階級を得ているのだから、それだけ重要な人物ということだ。ここアルフレイン王国では技術者が中位騎士の最低位である三級騎士の階級を与えられること自体が極めて珍しい。それを考えると、一級というのは異例である。
「とりあえず、エクター先生のところまで案内しますのでついて来て下さい」
苦笑いと溜め息混じりの言葉に、出頭したばかりのアルザードは従うしかなかった。
アルザードがやって来た方向とは逆の、施設の奥へと向かう通路をヴィヴィアンの先導で進んで行く。
突き当たりにあった一回り大きな両開きの扉を抜けると、そこは大きな格納庫になっていた。
整備用に設けられた可動式の通路がいくつもあり、大勢のスタッフが行き交って複数の巨大な機械を相手に作業をしている。緑色の制服に茶色の上着を身に着けた技術者たちがせわしなく動き回っている。
その中に、一人だけ赤い色の制服にヴィヴィアンと同じ白衣のような上着を身に着けた人影があった。赤い制服は中位騎士階級を示すものだ。
「エクター先生!」
ヴィヴァンが叫ぶように声を張り上げて、その人物を呼び、駆け寄っていく。
アルザードは格納庫内の光景に圧倒されながらも、ヴィヴィアンを追ってエクターと呼ばれた人物の下へと向かう。
「ああ、君か、何用だい?」
その男は、ヴィヴィアンの声に頭だけを向けて一瞥すると、素っ気なくそう言った。
身に着けた白衣は油や煤で薄汚れていて、くすんだ金髪もぼさぼさだ。眠そうな薄紅色の目の下にはクマができている。頬もややこけていて、どうにも痩せぎすに見える。研究者というよりは作業に携わる技術者や整備士の一人といった印象だ。
「何用じゃありませんよ! 例の搭乗者候補の方が到着したのに、何をやっているんですか!」
「それどころじゃないんだよ」
ヴィヴィアンが詰め寄るも、鬱陶しそうにエクターと呼ばれた男は一蹴した。
「ついさっき組み立てた膝関節の伝導率数値が思うように出ていない、一刻も早く解決しなきゃならないんだ。君なら分かるだろう?」
ぼさぼさの金髪をわしわしと掻き毟りながら、エクターは手元の資料を睨み付ける。彼にとっては相当重要な問題のようだ。
「悪いけど、僕はこっち優先だ。何しろ時間がない。とりあえず君の方で色々説明しておいてくれ」
それだけ言うと、エクターは目の前にある機械の方に向き直ってしまった。
「はぁー……もう! 分かりましたよ! 後でちゃんと来て下さいね!」
「分かった分かった……よし、今のでもう一回だ!」
ヴィヴィアンの言葉に、手をひらひらさせて答えるエクターの言葉の後半はスタッフへの指示に変わっていた。
溜め息をつきながら、ヴィヴィアンがアルザードの方へ向き直る。
「すみません、ちょっとトラブルみたいで……」
「大変そうだね……」
疲れた表情で肩を落とすヴィヴィアンに、アルザードは苦笑するしかなかった。
「ひとまず、そこの部屋に行きましょう。ここだと音もうるさいですから……」
ヴィヴィアンの言葉に頷いて、格納庫を後にする。
彼女は格納庫の近くにある休憩用の部屋にアルザードを案内すると、備え付けのポットでお茶を淹れ始めた。
「ええと、ここのことはどこまで聞いていますか?」
二人分のお茶を用意しながら、ヴィヴィアンが尋ねた。
「新型の魔動機兵を開発している、ということぐらいかな」
アルザードに下された指令は、この施設で開発されている新型の搭乗者として完成に貢献せよ、というものだった。機密保持のためか、その新型についての情報は全く知らされていない。
魔動機兵とは、ここ数年のうちに世界各国へ爆発的に普及した人型の戦闘用機械だ。
あらゆるものに内在する魔素は、意思によって干渉できる。この力を魔力と呼び、人々は古来から活用してきた。その最先端とも言えるものが、魔動機兵だ。
魔力を増幅させるプリズマドライブと呼ばれる動力システムが開発され、それを用いて五、六メートル程の人型機械を動かす。生身より遙かに強靭な装甲と機動力を持ち、増幅された魔力を活かした装備を搭載することで、魔動機兵はそれまでの戦いを一変させた。
「……現在の情勢はご存知ですよね?」
ヴィヴィアンの問いに、アルザードは頷いた。
現在、このアルフレイン王国は戦時下にある。対立しているのは、周辺三ヵ国の連合軍だ。北方のノルキモ、東のセギマ、南のアンジアと三方向の国から囲まれるように攻められたアルフレイン王国は現在、窮地に立たされている。
大陸のほぼ中央に位置するアルフレイン王国は、現代において重要視される資源、即ちプリズマドライブの原材料であるプリズマ鉱石の埋蔵量が非常に多いことが分かっている。恐らくはそれを狙って、周辺の三ヵ国は秘密裏に同盟を結び、一斉に戦争を仕掛けてきたのだ。
西方にあるユーフシルーネは静観を決め込み、交渉は難航した。援軍の見返りに要求された対価は釣り合わぬほど莫大なものとなり、ユーフシルーネにも三ヵ国と密約があるのではと噂されるほどで、状況は芳しくない。最も、ユーフシルーネも隣接する他国に対して油断できぬ情勢にあるため、いくら資源量で重要とはいえ、今アルフレインに構っている余裕がないというのが実情だろう。
ともかく、現在の戦況はかなり深刻な事態に陥っている。東方面は三ヵ国連合により集中的な侵攻を受けており、王都まで目前に迫られているのが現状だ。最終防衛線が陥落するのも時間の問題と言われている。
「この戦況を覆すための全く新しい概念の機体開発……それがここで作られている機体です」
紅茶のカップを差し出しながら、ヴィヴィアンが言った。
「全く新しい概念……?」
受け取りながら、アルザードは眉根を寄せた。
たとえ今から新型の魔動機兵を開発しても、配備まで間に合うとは思えない。それほどまでに状況は逼迫している。
高性能な新型機が開発できても、ある程度の数を量産して配備できなければ戦況を覆すのは現実的ではない。
「恐らく、この計画が失敗したら、アルフレイン王国は終わりでしょう」
ヴィヴィアンは目を伏せた。
どの道、現状のままでは最後まで抵抗を続けても結果は目に見えている。三ヵ国からの攻撃には降伏するという選択肢が用意されていなかった。そのため、交渉の余地はなく、抵抗せずに滅亡するか、抵抗して滅亡するかの二択しかない。比較的友好な関係にあった西方のユーフシルーネでさえ頼りにならないのでは、お手上げだ。
「……まぁ、今前線で戦ってる奴らも、意地だけでやってるようなものだからな」
湯気を立てる紅茶に目を落とし、アルザードは溜め息をついた。
勝ち目が無いというのに、投降することができない。だが、家族や友人をみすみす死なせたくない。だから、前線で戦う者たちは半ば意地だけで戦っている。何もせずにいるよりはまだ可能性がある、そう思い込んで、自分を納得させて、奮い立たせて。
アルザードも、指令が下る前はそうだった。
共に戦った部隊の仲間たちはまだ生きているだろうか。そんな思いが彼の脳裏に過ぎる。
「エクター先生が開発しているのは、この状況を単機で打開することを目的とした機体です」
そして、ヴィヴィアンの言葉にアルザードは耳を疑った。
「……何だって?」
たった一機の新型で、この劣勢を跳ね除けると言うのか。
不可能だ。そんなことが可能な機体など、どうやったら作れるというのだろうか。
「ただし、誰にでも扱えるわけではありません」
ヴィヴィアンの薄緑の瞳がアルザードに向けられる。
「――そう、だから君を呼んだんだよ」
背後の扉が開き、男の声が割り込んだ。
振り返ると、エクターと呼ばれていた赤服の技術士官が立っていた。
「ああ、そのままでいいよ。というか、肩が凝るような堅苦しいのは苦手でね。僕の前では無礼講でいい」
敬礼をするために立ち上がろうとしたアルザードを手で制して、エクターは苦笑した。
「むしろ、そうして貰わないと僕が困る。最近はただでさえ肩が凝って仕方ないんだ」
そうして、エクターは空いている椅子に倒れ込むように腰を下ろした。疲れが溜まっているのか、やけにだらしなく見える。
「先生……」
「ああ、さっきの問題はひとまず基準をクリアしたよ。騎手の件も重要ではあるからね」
じろりと恨めしそうに睨み付けるヴィヴィアンに手をひらひらさせて、エクターは大きく息を吐いた。
騎手、というのは魔動機兵の搭乗者を指す言葉だ。
「もう聞いているだろうけど、僕はエクター・ニムエ一級技術騎士。ここの責任者だ」
そう言って、エクターは椅子にだらしなく体を預けたまま、首だけでアルザードに顔を向けた。
一見すると軽薄そうな優男のようだが、その瞳には活気がある。ただ者ではない、と感じさせるだけの何かがそこにはあった。
「アルザード・エン・ラグナ上等騎士。王都の名門ラグナ家出身。騎手として第十二部隊に所属、魔力適正は計測不能、騎手として期待されるも機体への負荷が高過ぎて一戦闘ごとに機体のプリズマドライブに深刻なダメージを与えるため、整備士たちからの評判はすこぶる悪い」
自己紹介しようとしたアルザードが口を開くより早く、エクターは言った。
すらすらとアルザードの略歴を述べ、それが正しいことを目の前の本人の表情から読み取って、エクターは満足そうに一つ頷いた。
「記憶力は良い方でね、資料に書かれていることなら全部憶えているんだ」
そう言って、エクターは口の端を持ち上げて笑みを見せた。
アルザードの家系は王都にある貴族の名家として知られている。文武両道、品行方正を是とする家訓と、優秀な人材を輩出してきた実績もあり、アルフレイン王国内各方面からの信頼も厚い。
騎士養成学校での成績も主席で卒業し、騎手としても期待され、前線の精鋭部隊に配属されていた。
「戦歴の限りじゃ、一級騎士ぐらいにはなってそうなもんだけどね」
エクターはまじまじとアルザードを見つめる。
「一度の戦闘毎に搭乗機をダメにしてましたからね……」
アルザードは肩を竦めて苦笑した。
整備士には散々文句を言われていた。
「魔力適正計測不能。僕らにとってはそこが何より重要だ」
にやりと、エクターは笑う。
魔素に干渉する力、魔力の強さには人それぞれ個体差がある。意思の強さとは無関係に、人によって魔素への干渉する力の大きさが異なるのだ。それを魔力適正と呼び、高いほど魔素への干渉力も強くなる。一般的に、魔力は高いほど優れているとされる。
とはいえ、魔力が高いといっても、いわゆる魔法のようなものを好き放題使えるというわけではない。一般人が何の道具や補助もなしにできるのは、触れた場所を僅かに暖めたり冷やしたり、荷物や自身の重量を僅かに軽減したりといった程度だ。普通の市民にとっては、日常用品として普及している照明具に明かりを灯したり、雑貨や日用家具に動力を与えたりといったスターターのような扱いだ。
現代において魔術と呼ばれるものを扱うためには、大量の魔素を扱うための魔力を増幅させる触媒であったり、術式と呼ばれる複雑な手順が必要になる。それらは非常に高価で希少な素材を大量に求められたり、大掛かりなものであったりと、今では気軽に使えるようなものではなかった。
一昔前には、魔術師という、そういった方面に特化した戦闘員などもいたようだが、並の人間が持つ魔力の大きさでそれをやろうものなら、一人に対するコストが高くなりすぎるという理由で廃れてしまった。
近代においては、量産が可能な簡易術式が施された制服や武具を用いることで身体能力を一時的に増強したり、装備の耐久性や攻撃性能や特性を高めたりといった方式が比較的安価なため一般的になっている。
「魔力適正、ですか……」
アルザードは自分の手のひらに視線を落とした。
現代において、アルザードが持つ魔力適性は計測が出来ない。魔力適正を数値として表示する機械を破壊してしまうほどの出力を持っていたからだ。
意識を集中させると、アルザードの手のひらから陽炎が立ち昇る。
それを見て、ヴィヴィアンは目を丸くした。
魔力で空気中の魔素に干渉することで熱を発生させ、温度を上昇させている。だが、陽炎が立ち昇るほどの熱量を生み出せる人間などほとんどいない。
アルザードは更に意識を集中させる。体の中を流れるエネルギーの全てを、手のひらに集めるように意識を一点に向けて導いていく。
やがて、手のひらは薄っすらと光を帯び、陽炎は一点に集まって淡い輝きを発する小さな光の玉を形成していた。
「すごい……何もなしに魔術を」
唖然とするヴィヴィアンの前で、光の玉は細かい粒子となって霧散した。
それは、確かに魔術と呼べるだけの領域に踏み込んだ現象だった。発生した光の玉は純粋な魔力によって集約された魔素のエネルギー体だ。散らさずにどこかへぶつければ、そのエネルギーは破壊力として炸裂するだろう。
魔力適正は、手のひらで計測部品に触れて暖めたり冷やしたりした熱量の大きさで測定している。そのため、アルザードが全力で魔力適正を測ろうと魔力を込めると、計測器具を破壊してしまうのだ。
「っ、はぁ……!」
アルザードが大きく息を吐いた。
額に汗が浮き出て、呼吸が乱れている。貧血を起こした時のような眩暈感があり、肉体的な疲れはないのに全力疾走した直後のような疲労感がある。
「今ので限界です」
袖で汗を拭い、アルザードはエクターに目を向けた。
「いいね、実にいい」
驚きを隠せないヴィヴィアンとは裏腹に、エクターの目は輝いていた。探し求めていたものが見つかったとでも言うかのように、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「実際に魔動機兵がどうなるのか試してもらってもいいかい?」
「……今直ぐにですか?」
エクターの言葉に、ヴィヴィアンが驚いて声をあげた。
「そうだよ。時間は限られている。それに、早いうちにデータを取っておかないと調整にも遅れが出そうだ」
言うや否や、エクターは立ち上がり、アルザードを目で促した。
「そういうデータを取るためのプリズマドライブはもう用意してある」
アルザードの到着を見越して、エクターは既に準備を済ませていたのだ。
休憩室から格納庫に戻り、エクターの先導で隅の方に向かう。そこには、魔動機兵の胸部ブロックのみが置かれていた。装甲もほとんど取り外され、内部機械が剥き出しになっている。頭部や肩部が本来接続されている箇所にはいくつものケーブルやコードが繋がれている。腰から下もなく、台座の下から無数のケーブルやコードが伸びていた。
魔動機兵の心臓部でもある、操縦席とプリズマドライブだけがそこにあった。
「今からこれに乗って、実際に戦闘を想定した操縦をしてもらう。実戦と違って温存の必要は無いから遠慮せず全力で暴れてくれよ」
いわゆる、戦闘シミュレーションだ。
手足を動かす命令は繋がれたケーブルから装置に送られ、データとして測定されると同時に、システムにフィードバックされて操縦席のシミュレーション内容に返される。
操縦席にいる限りは、視覚情報が再現されたデータになるためリアルさを欠くことと、動かした際の振動が感じられない程度で、実際の戦闘を再現することができる。
「……いいんですね?」
アルザードは問う。その意図を理解しているのは、この場ではエクターだけだった。
「むしろ、君の全力のデータが必要だ」
望む所だと言わんばかりに、エクターは笑っていた。
人間でいう襟首の位置にあるハッチを開けて、アルザードは操縦席へと滑り込んだ。
人一人が座れるだけの空間しか用意されていない狭い空間だ。簡素なシートに、アームレストのような台座の先には機体を動かすための魔力を送るヒルトと呼ばれる握り手が備え付けられている。手のひらが触れるそこには、騎手の魔力を動力システムに入力するための特殊な素材が使われている。騎手はそのヒルトに魔力を込めることで機体を動かすのだ。
座席の正面と左右には頭部のカメラからの映像を表示するための三面スクリーンプレートがある。
内側からハッチを閉めると、内部に光はほとんど届かない。
アルザードの両手がヒルトに触れる。
僅かに魔力を込めると、それを合図に機体のシステムが立ち上がる。ヒルトから最初に入力された魔力が機体の背面、人間で言う背骨の辺りにあるプリズマドライブで増幅され、魔力を伝達する回路によって全身に送られていく。頭部に魔力が送られることでカメラやセンサーが起動し、得られた映像がスクリーンに投影される。関節に魔力が送られれることで手足は騎手の意のままに動かすことができる。
今回はエクターたち技術者が用意した装置が頭部センサーや手足の役割を再現し、データを返送することでシミュレーションを行う。
「シミュレーションのプログラムは最悪の状況を想定して組んである。遠慮は要らない。君の限界を見せてくれ」
操縦席に備え付けられた通信機器からエクターの声が響いた。
戦場は王都を背にした平原だった。
「最悪、ね……」
アルザードは思わず苦笑した。
水平線を覆い尽くかのように、無数の敵が設定されている。スクリーンの端に表示されたシミュレーションプログラムの情報ウィンドウに表示された敵の数は四桁に達していた。
シミュレーションの処理負荷軽減のため簡易表示される敵の機体は辛うじて人型に見える程度の立体の繋ぎ合せだ。実際の魔動機兵とは全くもって似ていないため臨場感はないが、それでもこれだけの数がいると不気味な光景だ。
「では、始めよう」
エクターの言葉と共に、訓練プログラムの開始を知らせる音が響き、敵が動き出した。
ヒルトを握る手に力を込める。
アルザードの意思が魔力としてプリズマドライブへ送られ、増幅されて魔動機兵の全身を駆け巡る。
「最初から本気か……そういや出したことなかったな」
ぽつりと、アルザードは呟いた。
前線で戦っていた時も、魔動機兵を壊さぬように加減していた。それでも、敵との戦闘が苛烈になれば、自分や仲間を守るために自然と力を込め過ぎてしまう。
そもそも、プリズマドライブとは、魔素を多量に含み、魔力に対して強い反応を示すプリズマ鉱石を精製して特殊な結晶化させたものを用いた動力機関だ。このプリズマ結晶に魔力を与えると、内部で分散と乱反射を繰り返す。最終的にこの魔力を一点に集約させて出力するという原理だ。プリズマ鉱石の持つ特性により、分散と乱反射を繰り返す過程でそれぞれの魔力は少しずつ増幅されていき、その最終地点で一点に集約させる構造にすることで出力された際の魔力は入力時とは比べ物にならないほど大きなものとなる。
だが、この構造と原理故に、プリズマ結晶には当然大きな負荷がかかる。それは濁りとして現れ、魔力の分散や反射の効率、つまり増幅率を低下させていくのだ。戦闘に支障が出るほどまで濁ってしまった結晶は、交換するか、専用の装置で浄化する必要があり、いずれにしろコストがかかる。結晶に物理的な損傷が発生すれば、正常な反射角が得られなくなり、魔力の増幅効率は著しく低下する。
配属された前線においては、魔動機兵そのものも重要な物資の一つだ。確かに、戦闘に使う消耗品ではあるが、被弾や撃破でもされない限りはそう消費する類のものではない。プリズマドライブの炉心となっている結晶も、通常であればそこまで消耗するようなものではない。
時間はかかるが、浄化処置が済めば結晶は再利用できる。その間も魔動機兵が使えるようにと、交換用の結晶は補給などで予備が常に確保されるようになっている。
だが、アルザードの場合は魔力が強過ぎた。
本来なら濁りで済むはずのプリズマ結晶への負荷は、表面や内部に亀裂が入ったり、割れたりといった物理的な損傷にまで至り、交換以外に手段がなくなってしまう。機体各部に動力を伝える魔力回路も焼き切れることが多く、いっそ機体をまるごと交換した方が早いとまで整備士に言われたこともあった。
整備士や指揮官が頭を抱えるほど、アルザードの機体消耗は深刻な問題だった。補給されていた予備の結晶を凄まじい速度で消費するだけでなく、回路や関節など、機体の内側に存在する部品の消耗も激しい。予備が予備として使えず、コストばかりがかさんでいく。
反面、共に戦う仲間たちからの評判は良かった。
魔力の強さが魔動機兵の出力に直結している構造故に、アルザードの乗った機体は同型機を上回る性能を発揮していた。劣勢を跳ね除け、仲間の命を救ったことも一度や二度ではない。
最初から全力で、思い切り魔力を込めて魔動機兵を動かしたとしたら、一体自分にどれだけのことができるのだろう。
「やってみるか……!」
乾き始めていた唇を舐めて、アルザードはヒルトを握り直した。
そして、ありったけの魔力を込めて、機体を走らせた。
視界の端に映る、エネルギーの出力を示す数値が跳ね上がり、静かだった操縦席内に騒音が混じり始めた。風が唸りを上げているような、プリズマドライブの駆動音がどんどん大きくなっていく。
機体はシミュレータ上の地面を駆け抜ける。この機体本来の限界速度を超えて、敵陣の中へと突撃する。
所持武装はオーソドックスなライフルが設定されていた。銃身内部の螺旋状のライフリングに魔力を流すことで弾丸を加速させ、射程、弾速、威力を向上させて放つ術式武装を魔動機兵用に大型化したものだ。人間用と異なるのは、プリズマドライブによって増幅させた魔力を弾丸発射時のエネルギーに加えている点だ。
ライフルを敵に向け、トリガーを引く。放たれた弾丸は本来のライフルの威力を超えた破壊力を発揮し、一直線に並んでいた敵を三機以上貫通して見せた。
それに見合う大砲のような反動を、これまた魔力の強さで無理矢理抑え込んで、立て続けに射撃する。
地平を埋め尽くすかのような敵が攻撃してくる。無数の弾丸の雨を、左腕に装備されたシールドプレートで防ぎながら強引に突っ切る。体当たりをして敵を吹き飛ばし、射撃して回避、そしてまた射撃。
シミュレーションならば、エラーや過負荷の表示が出ても機体の関節が壊れることはない。
だから、いくらでも無茶な機動ができた。
***
休憩室で、アルザードは釈然としない表情で紅茶を飲んでいた。
向かいの席には、エクターが上機嫌で測定結果の詳細が書かれた紙をめくっている。
「いやぁ、予想以上だったよ」
とても楽しそうだ。
「まさか、プリズマ結晶が破裂するとは思いませんでした……」
ヴィヴィアンはまだ信じられない様子で、エクターのめくる資料を覗き込んでいる。
開始から十分と経たないうちにプリズマドライブが停止したことで、シミュレーションは中止となった。
操縦席のアルザードには急に電源が落ちたようなものだ。突然真っ暗になった操縦席で、呆然としていたところ、外からハッチが開かれてシミュレーションの終了を告げられた。
プリズマドライブを整備士と共に調べたところ、結晶が破裂して粉々になっていた。
「なるほどなるほど、確かにこれは整備士泣かせだ」
エクターが笑う。
アルザードとしては何も言い返すことができない。
加減しながら戦闘をしていても、仲間の窮地や、自分の命が脅かされるような場面ではそうも言っていられない。瞬間的にでもアルザードが力んで行動をすれば、確実に機体への反動として現れる。それでも、そうしなければ部隊の仲間や自分が死んでいた。
とはいえ、機体の整備や物資の管理をしている者たちにとっては悩みの種であったことは間違いない。
「これは……色々と調整が必要そうだ」
面倒が増えているはずなのに、エクターは嬉しそうだった。
「本当に、俺でいいのか……?」
アルザードは言ってから、はっとした。
階級が一回り近く離れた上官の前で、つい素で喋ってしまったことに気付いたのだ。階級がほぼ同じであるヴィヴィアンに敬語は不要だとしても、エクターには使うべきだと思っていた。
「むしろこれぐらい規格外な方が僕たちにとっては好都合だよ」
当のエクターは気にした様子もない。本当に無礼講でいいらしい。
「僕たちが作っているのは、魔動機兵を超えるものだ」
そう告げたエクターの表情は一転して真剣そのものだった。
今までのどこか飄々とした雰囲気はない。
「プリズマドライブの数倍以上の出力と、それを最大限に活かす機体……つまるところ、単機で戦局を覆せるだけの力を発揮するこれまでとは違う、全く新しい概念の開発」
「そんなもの、本当に作れるのか……?」
エクターの語る内容に、アルザードは思わず聞き返していた。
単機で戦局を覆すとなると、求められる能力は想像を絶するものになる。ただでさえ、魔動機兵という存在は戦闘の概念を塗り替えるほどの力を示した。一対一で勝るような特注機を作るというのならまだしも、複数の敵が組織的に攻めてくるような状況をたった一機でひっくり返すというのは非現実的にさえ思える。
「理論はもうできている」
エクターの口元には笑みが浮かんでいた。
「僕らは、その実証機の開発をしているんだよ」
言って、エクターは立ち上がった。手にしていた書類はヴィヴィアンに押し付けるようにして渡し、歩き出す。
「さっそくで悪いけど、僕は作業に戻らせてもらう。ヴィヴィアン、後の説明は任せた」
「はぁ……分かりました」
手をひらひらさせるエクターに、ヴィヴィアンは溜め息をついて答えた。
もう書類の内容は全て頭の中に入ったらしい。実測されたアルザードのデータを元に、調整や計算、変更の指示を行うようだ。
「凄い人だな……」
エクターが休憩室を出て行ってから、アルザードは呟いた。
「先生にも、負けられない理由がありますから」
ヴィヴィアンが僅かに目を細めた。
「……魔動機兵を開発したのは、エクター先生にとって師匠みたいな人だったと聞いています」
魔動機兵の基礎理論と、実証機の開発、実用化までをした研究者はエクターと関わりのある人物だったようだ。エクターにとっては目標であり、超えるべき相手というところか。
窮地に立たされたアルフレイン王国にとって、既存の魔動機兵という概念を破壊するようなエクターの理論こそが唯一の希望となってしまった。
「幸い、この国はプリズマ資源が豊富です。数を用意する時間はなくても、たった一機、コスト度外視で作るぐらいなら時間は残されているでしょうから」
戦線に数を揃えるだけの時間も、それを準備する人員も、運用する人材もない。だが、限られた質の高いスタッフたちで新型機を一機組み立てるぐらいの余裕はある。その一機に今の状況を打破するだけのものが持たせられるなら、それに賭けるしかないということか。
「理屈は単純です。プリズマドライブとは比べ物にならない魔力増幅率のエネルギーを出力する動力システムを搭載した機体を作る」
ヴィヴィアンはアルザードの前の椅子に腰を下ろし、語り出した。
「でも、どうやって?」
「簡単に言えば、プリズマドライブの掛け算をするんです」
プリズマ結晶を複数配置し、一つのプリズマ結晶で増幅された魔力を別のプリズマ結晶を通して更に増幅していくのだと言う。
「可能なのか?」
確かに、プリズマドライブの複数接続という案はこれまでにも出たことがある。
だが、採用されたことがないのには当然、理由がある。
プリズマ結晶で増幅した魔力を別の結晶で更に増幅すること自体は不可能ではない。だが、二個、三個と、複数接続すればそれだけ後に繋げられた結晶に対する負荷は大きくなっていく。ただでさえ、結晶一つで五、六メートル級の魔動機兵を動かすだけの出力を発揮しているというのに、それを結晶に入力したらあっという間に負荷は限界を超えてしまう。
加えて不安なのは、搭乗者として呼ばれたアルザードはプリズマ結晶を破裂させてしまうほどの魔力の持ち主だという点だ。
「普通に考えたら、当然割に合わない結果になります」
並の騎手の魔力を想定しても、プリズマ結晶の複数接続は負荷が大き過ぎる。同時に、高過ぎる出力は制御も難しくなる。
魔力適性が並以下では、複数の結晶によって増幅された魔力を制御し切れないはずだ。そうなれば、機体を動かすどころの話ではない。魔力制御のために騎手が担う反動も大きくなる。
高い出力を引き出せても、騎手がそれを上手く制御できず、機体がまともに動かせないとなれば、コストもかかるプリズマ結晶の複数搭載など現実的な話ではない。
「だから、エクター先生が考えた理論はこうです」
まず、入力された魔力を小型のプリズマ結晶で初めに分散のみを行う。分散させた魔力はそれぞれ周囲に配置された複数のプリズマ結晶に個別入力して増幅し、それを中央に配置した大型の高純度プリズマ結晶に集約する。
そうすることで、周囲に配置するサブ結晶に対して過度な負荷を抑えると同時に、並列で増幅することで高い出力を得ることができる。中央に配置される主結晶は通常のプリズマ結晶よりも大型で高純度のものにすることで、周囲のサブ結晶から出力された魔力を集約させながら更に増幅させる。
「もちろん、デメリットもあります」
まずは製造コストが極めて莫大になるという点だ。
通常の魔動機兵にも使われるプリズマ結晶が複数必要という時点でも既に単機としては破格だが、増幅された魔力の受け皿となりながら、更に増幅させる高純度のプリズマ結晶はそれとは比較にならないほど高価なものとなる。
恐らくは、この計画のために精製されるであろう高純度プリズマ結晶のコストは、搭載されるであろうサブ結晶全ての合計を上回るだろう。
同時に、一度の稼動でかかる負荷も計り知れない。
「炉心内には高濃度エーテルも充填される予定です」
高濃度エーテルは魔素濃度の極めて高い特殊な液体のことで、本来はプリズマ結晶の負荷である濁りを浄化するために用いるものだ。結晶を高濃度エーテルに漬け込むことで、時間をかけて濁りはエーテル内に溶け出すように消えていく。そもそも、濁りとはプリズマ結晶に含まれる魔素が減少したことで起こる現象だ。プリズマ結晶よりも魔素濃度の高いエーテルに漬けることで、消耗した魔素が結晶内に補充されるために濁りが浄化されるのである。
だが、高濃度エーテルには結晶の物理的な損壊を修復する力はない。
それでも、ドライブ内を高濃度エーテルで満たすことができれば、結晶の濁りを通常よりも抑えることができる。
「でも、それだと、余計にコストがかかるぞ」
アルザードの言葉に、ヴィヴィアンは頷いた。
高濃度エーテルは自然に精製されるものではない。元々、魔素濃度の高い液体であるエーテルに、人工的に処理を加えて濃度を限界まで高めているものだ。故に、製造コストは小さくない。
それと同時に、濃度が高過ぎるため、そのまま放置すると魔素が空気中に散り出してしまい、濃度が低下してしまう。魔素濃度がプリズマ結晶の魔素含有率を下回ってしまうと、濁りを浄化する効果も得られなくなる。そのため、結晶の浄化装置は普段から特殊な容器に厳重に密閉されている。
恐らくは専用の構造にはするのだろうが、浄化装置並に密閉することはできないだろう。高濃度エーテルが効果を発揮する時間は限られる上に、一度稼動させたら浄化装置などに再利用することもできない。
「この計画では、コストの問題は無視されています」
それに見合うだけの成果が期待できるなら、とコストは度外視にされているようだ。
一体この一機にどれだけのコストがかかっているのだろう。
「問題はまだあります」
ヴィヴィアンは、そこでアルザードの目を見つめた。
「出力される魔力を制御できるだけの適性を持つ者が必要ということです」
理屈通りに動力システムが完成すれば、凄まじい出力が得られるだろう。だが、並の人間ではその魔力を扱い切れない。
そもそも、平均的な魔力適性では、この新型ドライブ自体をまともに稼動させられない可能性がある。まず、入力時に一度分散させる魔力自体に、サブ結晶それぞれをドライブとして稼動させるだけの強さが要求される。分散させる魔力一つ一つが人並み以上であるという前提が、騎手に求められる最低条件だった。
そして最終的に出力される莫大な魔力を制御するだけの適性も求められる。増幅された魔力で機体を動かす際の反動に耐え、制御し切るだけの高い魔力適性がなければ、完成した機体を満足に動かすことはできない。
ここにきて、アルザードはようやくこの計画がどれだけ常軌を逸したものなのかを理解した。
「アルザードさんにも、やって頂くことが沢山ありますよ」
そう言って、ヴィヴィアンはシミュレータ中に取ってきたという書類をアルザードに差し出した。
「まず第一に、機体特性の熟知」
書類の最初の方には、設計図や注意点、機体の特性などをはじめとしたコンセプトについて詳細に書かれたものがあった。
「次に、試作型ドライブの稼動テスト」
テスト用に組み上げられた新型動力システムの試作品の稼動テストと、それによるデータ収集とフィードバックもアルザードがいなければ出来ない。
仮に、アルザードが騎手となるのであれば、細かい調整もアルザード用に行う必要がある。
「無謀な計画であることは重々承知しています。それでも、私たちはこれに賭けるしかありません」
ヴィヴィアンの声に悔しさが滲む。
「……俺にも、諦められない理由ぐらいある」
アルザードはぽつりと呟いた。
どれだけ無謀であろうと、この国を救う可能性が僅かでもあるのなら、賭ける価値はあると思う。ただこの国を守りたいというだけではない。アルザードにも、抗う理由はある。
書類を持つ手に、力が篭もる。
「これから、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
丁寧に頭を下げるヴィヴィアンに、アルザードは力強く答えた。
***
それからの日々は慌しく過ぎていった。
アルザードの参加によって、計画は加速した。
新型の動力システムの稼動テストとデータ収集、そしてフィードバックにより、その時点での問題点が明らかになった。エクターは問題解消のための研究に追われ、計画の全容についてエクターの次に詳しいヴィヴィアンと、システムテストが無ければ手の空くアルザードの二人で様々な雑務を担うことが増えた。
戦況は日に日に悪化していた。
アルフレイン王国はどうにか最終防衛線で持ち堪えているものの、数日中に突破されるのではないかという噂が流れるほどに深刻な状況になっていた。むしろ、対峙している三ヵ国側がこれほどまで粘れていることに驚愕しているぐらいだろう。
「……余裕、無くなってきたね」
アルザードが食堂で昼食を取っていると、向かいの席で食事をしていたヴィヴィアンが小さく呟いた。
新型の開発も、完成の目処が立ってきた。戦況が深刻なだけに、この基地にいる整備士たちもピリピリしてきている。
王都では、近隣の都市への避難が始まった。
王都が陥落した後で避難先が攻撃されないとは限らない。それでも、何もしないというわけにもいかない。
「そうだな……」
配属された当初のアルザードには、前線から遠ざけられて戦線維持に貢献できないことに対する不満もあった。
「でも、あの機体さえ完成すれば……」
計画に携わるにつれて、この可能性に賭けてみたいという思いが膨らんでいった。エクターやヴィヴィアンから説明された理論や構想、それを実現するべく働く整備士たち。
完成の目処も立ちつつある。状況が予断を許さない中で完成が見えてきたとあっては、全員の緊張感が高まるのも当然だ。
「凄いね、アルは」
唐突に、ヴィヴィアンが呟いた。
最初は他人行儀だった彼女とも、慌しく過ごす中で打ち解けた。敬語はなくなり、アルザードのことも愛称で呼ぶようになっていた。
「厳しい状況なのに、平然としていて……」
完成が近付いてきているとはいえ、楽観視できる状況ではない。
むしろ、完成が間近になってきたが故に、緊張感が増している。
計画自体は確かに加速した。だが、機体の完成予定期日はとうに過ぎている。恐らくこの日までは前線が持つだろうと予測された日を過ぎて、ようやく完成が見えてきた。皆、必死で焦る気持ちを堪えているはずだ。
「そうでもないさ」
味気ないレーションを飲み込んで、アルザードは言った。
「俺が平然として見えるなら、それはそう教え込まれて育ったからだ」
名門貴族の嫡男として恥ずかしくないようにと、アルザードは厳しく躾けられてきた。だが、厳しさの中には思いやりがあり、優しさもあった。名門と言われるだけあって、両親は相当な人格者だった。だから、アルザードも両親を尊敬し、誇りに思いつつもそれに寄りかかったり慢心せぬようにと努めるようになった。
だが、アルザードも人間だ。
「はやる気持ちはある。焦りだって感じていないわけじゃない」
今の状況に何も感じていないわけではない。
このまま計画が進めば、新型の騎手として戦うことになるのはアルザードだ。この劣勢を実際に覆すのは、新型を動かすアルザードの役目ということになる。
機体が完成したところで、動かせなければ意味がない。この計画は、動かせる者がいることも必要な条件なのだ。
最終的な皆の期待と計画の成否は、最後の工程でもあるアルザードが上手くやれるかに集約していくと言っても過言ではない。
「もし何も感じていないなら、相当な大物かただの馬鹿だよ」
言って、アルザードは苦笑した。
プレッシャーを感じていないわけがない。日に日に、それは強まってきていると言っても良い。
「……けど、俺にしかできないって言われて、それをやらなきゃこの国が滅びるなら、投げ出すわけにはいかないだろ?」
現状、アルザード並の魔力適性を持つ人間はこの国にいない。情勢を考えれば、他国で探して、更に連れてくるというのはまず無理だ。そんな時間も余裕もない。
必然的に、アルザードにしか新型の騎手が務まりそうな人材はいない。そして、この計画にアルフレイン王国の命運が託されているのなら、アルザードに逃げ場はない。失敗しても、逃げ出しても、結果は同じだ。
「そうだね……うん、私もそうだった」
俯いていたヴィヴィアンが顔をあげる。
黒髪が揺れ、薄緑の瞳がアルザードを映す。
「私は……魔力適性は乏しいけど、魔動工学には凄く興味があったし、成績も悪くなかった。それで、この国をもっと豊かにできたら、って思って勉強してきた」
彼女がここにいる理由をはっきり口にしたのは、初めてだった。
魔力適性が乏しい人間は、直接的に魔力を扱うような職には就き辛い。だが、研究者になることはできる。最初は、社会の役に立つ何かをなしたいだとか、関心があったからという理由だったのだろう。だが、彼女には研究者としての才能があった。
「私の研究論文がね、エクター先生の目に留まったみたいで、そこからは先生のところで働くようになったんだ」
昔を懐かしむように、ヴィヴィアンの視線は遠くに向かう。
彼女が学生時代に発表した論文が、エクターの目に留まったのが縁だったようだ。研究内容が近いものだったのか、エクターはヴィヴィアンを拾い上げ、自分の研究室に招いた。
「それで先生、ってわけか」
アルザードも納得した。
上司と部下ではなく、教授と助手のような関係から始まったが故に、ヴィヴィアンはエクターを先生と呼ぶのだ。本来なら階級をつけて呼ぶのが通例だが、エクター本人がそういった礼儀に対して無頓着なこともあってここではそれが普通になっているのだろう。
「私たちの研究で、この国が救えたら……」
誰の目から見ても、それは細い糸のような僅かな希望でしかない。
「でも、もし、上手く行かなかったら、って考えちゃって……弱いね、私」
ヴィヴィアンは力なく笑った。
「そんなことはないさ」
開発に携わる者たちは、この機体が完成しなかったら、上手く動かなかったら、とプレッシャーを感じている。この機体に国や自分たちの未来が懸かっている。騎手であるアルザードが動かせないような機体にしてしまったら、この窮地を救えない性能にしか出来なかったなら、そんなプレッシャーを感じているのだ。
皆が作り上げた機体を動かせなかったら、性能を発揮できずこの窮地を救えなかったら、と心配しているアルザードと同じように。
「俺には直接的な開発に関われるような能力はないからな。希望を作ったのは、君たちだよ」
アルザードにはある程度の理屈や原理は理解できても、設計や開発に必要な緻密な計算まではできない。組み上げだってそうだ。簡単なことは出来ても、専門的な知識が必要な箇所の整備は出来ない。機体の開発や調整はここにいるスタッフたちがいなければ出来ないことだ。
機体そのものの考案や設計、組み立てが出来なければ、希望すら見い出せなかった。
何を言っても、気休めにしかならないかもしれない。
それでも、僅かな望みに未来を託している者同士、成功を信じるしかない。
「……妹がさ、来月結婚するんだ」
アルザードの言葉に、ヴィヴィアンが目を丸くした。
三つ年下の妹が、来月結婚する予定になっている。相手は貴族でこそ無かったが、とても真面目で誠実な男だ。両親が首を縦に振るのにも十分な人物だ。
何事もなければ、来月には結婚式を挙げることになっていた。
「今頃は避難しているとは思うけど、国が無くなったら、どうなるか分からないからな」
アルフレインという国が無くなってしまったら、その後がどうなるかは分からない。国を滅ぼした三ヵ国がどう動くか予想ができない。
「俺が戦う理由の一つはそれだ」
この国が無くなれば、妹たちが幸せに生きていけるという保障も無くなるようなものだ。
それも、来月まで持ち堪えるだけでは駄目だ。この国を守り続けなければならない。この国の存続こそが必要だ。
「一つ、ってことは他にも……?」
言い方が引っかかったのか、ヴィヴィアンが僅かに首を傾げた。
「ああ、それは――」
アルザードが言いかけた時だった。
「上等騎士宛ての手紙が届いています」
背後から声をかけられて、アルザードは振り返った。
この施設の職員の一人が手紙を差し出している。定期的に外部から入ってくる補給物資等と一緒に、ここにいる人員の家族や知り合いからの手紙が届くことがある。情報管理のため検閲はしっかりされている。
「こんな時期に手紙……?」
受け取った封筒をひっくり返して差出人を確認して、アルザードは眉根を寄せた。
「どうしたの?」
ヴィヴィアンがアルザードの表情に気付いて首を傾げた。
「妹からだ」
差出人には、アルザードの妹の名前が書かれていた。
封筒から中身を取り出して、アルザードは手紙を読み始める。
「……避難ができなかっただと?」
アルザードの眉間に皺が寄って行く。その言葉聞いたヴィヴィアンも、決して良い内容が書かれていないことには気が付いたようだった。
「どういうこと?」
「街道が潰れて使えなくなったらしい」
妹からの手紙には、避難するはずだった隣の都市へ向かう街道の途中で土砂崩れが起きてしまい、通行不能になったと記されていた。西側方面の主要な街道だっただけに、避難するのを見送ったようだ。
土砂崩れに巻き込まれたという報告でなかっただけ幸いか。
東方面は攻められており、北と南も敵対国の存在する方角であり、避難するにも安全とは言い難い。必然的に、避難先は友好国のある西側の都市部に絞り込まれた。
そこへ向かう道でトラブルが発生し、通行が困難になっている。
「……嫌な予感しかしないな」
アルザードは苦い表情で呟いた。
自然災害であるなら間が悪いとしか言いようがない。確かに、最近は雨の日が多かった。だが、土砂崩れが起きるほど天気が悪かったとは思えない。
西方面への主たる街道なだけに、そういった自然災害への対策もそれなりにされていたはずだ。東側が危機的状況であるため、そちらへ戦力を回すためには西側の警備も薄くせざるを得ない。そこを突かれた可能性もある。
王族に逃げられぬよう、退路を断つための工作と見ておくべきだろう。
最悪、西方面からも攻め込まれる可能性がある。東の最終防衛線も限界が近い。
「何も出来ないってのは、悔しいもんだな……」
手紙を握り締めて、アルザードは呟いた。
最悪、ここに配備されている機体に乗って出撃することはできる。だが、アルザードが一人で出撃したところで、どうにもならない。
ただの魔動機兵では、アルザードが無茶をすれば直ぐに使い物にならなくなってしまう。加えて、騎手がいなければ開発中の新型が完成したところで動かすことができない。
故に、アルザードはここを離れるわけにはいかない。
何も出来ないもどかしさだけが募る。
基地にいる者達は全力を尽くしている。それを間近で見て知っているだけに、行き場のない感情が重く圧し掛かってくるかのようだった。
***
事態が動いたのは、手紙が届いた三日後だった。
東の最終防衛線が突破されたとの報せが飛び込んできた。限界以上に持ち応えてくれていた前線部隊はほぼ壊滅しているだろう。
三ヵ国同盟の部隊が王都に辿り着くまでに一日もかからない。
新型の完成は結論から言って、間に合わなかった。機体の仮組みが終わるのが、そもそも今日の予定だった。
アルザードは自室で項垂れていた。ベッドに腰を下ろし、頭を抱えてしまいそうになるのを何とか堪えている。
王都には精鋭である近衛部隊が配置されているが、戦力としては最終防衛線に配備されていた前線部隊以下だ。最後の悪あがき程度にしかならないだろう。
やはり、自分も使える機体で出撃するべきだろうか。何もしないよりはマシではないか。
アルザードがそう思い、部屋を出ようとした時だった。
遠くで音が聞こえた。
爆音のような、轟音のような、戦場で聞き慣れた、兵器が何かを破壊する音だ。
方角は、王都の西側だ。
アルザードは部屋を飛び出し、基地の外へ向かった。
西側から、敵が攻めて来ていた。
王都を守護する近衛の機体が街並みを駆け抜けて行くのが見えた。金の装飾が施された青と銀の装甲に身を包んだ人型機械が西方面へと向かって走っている。アルフレイン王国の魔動機兵を象徴する最上位の機体だけあって、そのシルエットは通常の機体と比べると幾分かスマートだ。それでも、人間と比べると縦に少し潰したような、やや不恰好さはある。
西側から攻めてきたのは、北方のノルキモで多く使われている軽量の機体だった。偵察や速攻をする際に多く投入される、装甲を減らして機動力を高めた種類のものだ。
「くそっ……やっぱりか!」
アルザードは毒づいた。
妹からの手紙に書かれていた街道の土砂崩れは間違いなく工作によるものだ。工作と偵察を兼ねて王都に近付き、最終防衛線が突破されるのを合図に王都へ攻め込む。
そうして、近衛部隊の気を引いている間に、防衛線を突破した本隊が王都に辿り着く。この奇襲で王都を制圧出来るならばそれも良し、不可能だったとしても近衛部隊を消耗させ、連戦を強いることが出来る。
街中に入り込んだノルキモの軽量機が無差別に銃を撃とうとするところへ、一機の近衛が手にしていた槍を投げ付けた。槍はノルキモ機の首辺りに直撃し、頭部を吹き飛ばし、胸部を抉る。轟音と衝撃波による突風が巻き起こり、機体が倒れて土煙が舞い上がる。
近衛へと向けて敵機が発砲し、流れ弾が王都の空に軌跡を描く。
市街地の様子がどうなっているのか、ここからでは分からない。ただ、混乱が起きているのは想像に難くない。
「アル!」
ヴィヴィアンに名を呼ばれ、アルザードは我に返った。
「エクター先生が呼んでる! 早くきて!」
袖を掴まれ、引っ張られる形で、アルザードは基地施設の中へと引き返した。
息を切らせて走るヴィヴィアンに並んで、通路を急ぐ。
気が付けば、誰ともすれ違っていない。職員は避難したのだろうか。
執務室の扉が見えてきた時、扉が開いて中からエクターが姿を現した。
「アルザード、分かっていると思うが、時間切れだ」
「ええ、そのようで……」
エクターの声音は、いつもよりもいくらかトーンが低い。状況の深刻さを考えれば、当然だ。
隣では、ヴィヴィアンが肩を大きく上下させて切れた息を整えている。
「俺も出撃します。機体はありますよね?」
何もせずに死を待つのは我慢がならない。ここにも配備されている機体があるはずだ。
エクターの口元に笑みが浮かんだのが見えた。
「良く言ってくれた。とびきりの機体を用意しているところだ」
「まさか……」
とびきりの機体、と聞いて思い当たるものなどここでは一つしかない。
エクターにとって、今や普通の魔動機兵にその単語が結びつくことはないからだ。
「新型を?」
「まともなテストはほとんど出来ていない。この意味が分かるね?」
アルザードの問いに答える替わりに、エクターが言った。
予定が間に合わず、本来なら行わなければならない試験過程のほぼ全てがなされていない機体を実戦に投入しようと言うのだ。前線で戦う騎手にとって、それは動作保障の全くされていない武器を扱うのと同じだ。
機体を組み上げて終わり、という訳にはいかない。
きちんと回路が繋がっているかどうか、基本動作の確認や、出力が安定しているかのテスト。全力で機体を振り回してみて、どれだけの出力や機動性が実際に発揮できるのかを測定すると同時に、各部へ発生する負荷の確認も必要だ。また、全力での稼動限界時間の測定などもある。
それらを一通りこなした上で、得られたデータを基に機体各部の設計や計算を見直して調整を繰り返して行かなければならない。
新型は、今ようやっと形になったばかりだ。
まともに動くかどうかさえ、保障が出来ない。限界性能の測定や安定稼動の実験が出来ていないということは、戦場でどんな不具合が起こるか分からないということでもある。
最悪、空中でバラバラになってしまう可能性すらある。
「それでも……!」
普通の魔動機兵を直ぐダメにしてしまうアルザードにとっては、どちらも同じようなものだ。少し力めば使い物にならなくなりかねない普通の機体と、全力で振り回せる可能性のある新型ならば、後者の方が戦力になるかもしれない。
間近で、ここで作られる新型機の性能の一端に触れていたアルザードには、その凄まじさを知っている。当然、それ故に機体の不具合は恐ろしい。出力が高いということは、動力部に問題が発生すれば被害がどんな形になるか分からない。
「よし、ならば急ごう」
エクターが歩き出し、呼吸の整ったヴィヴィアンが続く。アルザードもそれを追いかける。
まず、更衣室でアルザードは今着ている服を全て脱ぎ、専用のスーツに手足を通した。高い魔力適性が必要とされる新型のために設えられた特注品の騎手衣装だ。全身に魔力伝導率を高める処置が施されており、戦闘中における重圧耐性や衝撃吸収性能にも優れている。肘や膝、肩といった関節部や、胸部には保護用に銀色のプロテクターがあり、さながら鎧のようだ。
専用のヘルメットを手に、更衣室を出ると、ヴィヴィアンが待っていた。
「不安で仕方ないって顔してるな」
アルザードは僅かに苦笑した。
「だって……」
「敵がちゃんといるってだけで、テストするのにも動かさなきゃいけないんだ。そう思えば、そんなに違いはないさ」
不安そうに見上げてくるヴィヴィアンに、アルザードは努めて明るく答えた。
確かに、テストの過程に危険が無いかと問われれば、そうでもない。例え実戦でなくとも、試験中にどんな不具合や事故が起こるかは分からない。
「だけど……」
「戦う理由があるからな。可能性の大きい方に賭けたいんだ」
歩き出したアルザードを追いかけるように、ヴィヴィアンが隣につく。
「言いそびれていたけど、許婚がいるんだ」
「え……?」
ぽつりと漏らした言葉に、ヴィヴィアンが驚いた声をあげる。
アルザードが戦う大きな理由のもう一つが、それだった。戦争が激化して、前線に立つようになってしまったが、落ち着いたら籍を入れようとしている女性がいる。
家族である妹のことも大きなウェイトを占めている。だが、自分が愛した女性がいる国を守りたいというのは同等以上に大きな理由だった。
前線で戦えないことを不満に思っていたのも、自分の力を国の防衛に使えないからだ。それも、新型の開発に参加していくうちに、考えは変わった。この新型ならば国を救えるかもしれない。そう思わせるだけのものを、見せ付けられた。
ならば、アルザードに出来ることは、その新型で国を救うことだ。それが、ひいては家族や恋人を守ることになる。
「そ、そう……」
ヴィヴィアンの声はか細くなっていた。
機体が組まれている格納庫の扉を開けて、中に入ると基地の人員のほぼ全てが慌しく行き交っていた。
そんな中で、奥には巨大な人型の機械が立っている。
「やあ、来たね。丁度、最終チェックが終わったところだよ」
自分も最後まで作業に参加していたのだろう、エクターの制服はかなり汚れていた。
最終チェックと言っても、機体を組み上げて、回路を繋げて現時点での仕様通りの形になったというだけのことだ。
「とにかく、これで動くようにはできたはずだ」
今出来る限りの作業を終えた者たちが、周りの機材をどかすために動き回っている。
「後は、君次第だ」
そう言って、エクターはアルザードの肩を叩いた。
アルザードは頷いて、新型の前に立った。
現存する魔動機兵と違って、そのシルエットは完全な人型のバランスをしている。頭頂高は八メートルぐらいだろうか。既存の機体からすると一回り以上大きく感じられる。
塗装や装飾をするだけの時間がなかったため、その外装は材質の色が剥き出しになっている。ほぼ白銀一色に統一された、余計な飾りのない騎士の甲冑とでも言うべき姿だった。
操縦席のある胸部へ伸びる台を駆け上がり、開け放たれたハッチから中へと飛び込んだ。
機体のサイズが一回り大きいせいか、操縦席も心なしか広く感じられる。座席に座り、ヘルメットを被り、鼻までを覆うバイザーを下ろす。口元しか見えなくなるため、スーツと合わせてこちらも見た目はまるで騎士の甲冑のようだ。
座席後部から伸びるコードをヘルメットの裏側、丁度首筋の辺りにある端子に繋ぐ。
アームレストの先にある、ヒルトを掴み、僅かに力を込める。
それを合図に、真っ暗だった操縦席に光が灯る。
バイザーの裏側がスクリーンとなり、機体の頭部にあるカメラアイから得られる光景が映し出される。首を左右に動かせば、その動きは頭部と連動する。
バイザースクリーンの向こう側も薄っすらと透けて見えているため、操縦席内の自分の体や、前面のスクリーン、情報パネルなども視認できる。
「通常起動は問題なく成功したみたいだね」
耳元から、エクターの声が聞こえた。
ヘルメットには通信機も内蔵されている。機体が起動して、動力が繋がったことで通信機も機能するようになったようだ。
「最終確認だ。その機体は本当に組み上げられたばかりで、テストも何もできていない。現時点でのデータの上では、計算上、求められる最低限の性能は満たしているが、実際に動かしてどうなるかは未知の領域だ」
いつもの飄々とした感じのない、真面目なエクターの声だ。
「騎手である君にどんな影響が出るかも分からない。それでも、やってくれるんだね?」
これほどまでに真剣なエクターの声を聞いたのは初めてかもしれない。
「今更、やめる気にはなりませんね」
軽口を叩くように、アルザードは答えた。
この機体に賭けた者の一人である以上、最早選択の余地はない。
「宜しい、ならば後は君の好きなようにやってくれ」
僅かに、エクターの口調が和らいだ。
「僕らは随時データのチェックも合わせて通信でサポートに回る」
「了解」
唇を舐め、ヒルトを握る手に力を込める。
アルザードの背後で、新型の動力システムが稼動を始める。プリズマドライブと同じような、風を切るような音が少しずつ高まって行く。
「そういえば、この機体の名前は?」
「ああ、考えてる暇すら無かった。君の好きに呼んでくれていいよ。それを名前にしよう」
思い返してみれば、開発用の資料のどこを見ても、名前に使えそうなコードやナンバーは書かれていなかった。エクターには名前などどうでも良かったのだろうか。
「全く……」
苦笑しつつ、魔力が機体各部に行き渡るのを待つ。
風を切るような音が僅かに小さくなり、代わりに、鈴の音のような、高く済んだ金属音に似た音が響き始めた。
「……っ!」
同時に、アルザードの全身に衝撃が走る。
機体各部に魔力が行き渡ると同時に、その反動なのか生身の体に重圧がかかった。体重が三割増しになったかのようだ。
「ライフルを忘れないで」
通信機からヴィヴィアンの声が聞こえた。格納庫の端に、三メートル近い長さのある長銃が置かれているのが見えた。この機体の専用武装のようだ。
機体をゆっくりと歩かせて、格納庫の正面にある扉が開くのを待つ。
こうしている間にも絶えず戦闘の音が聞こえてきていた。近衛部隊もそう簡単にはやられないだろうが、国民が避難できていない王都内部での戦闘では力を発揮し辛いはずだ。
「……アル」
扉が少しずつ開いていく中で、ヴィヴィアンが名前を呼ぶ。
「生きて、返ってきて」
囁くような、祈るのような声だった。
「――好きになった人には、死んで欲しくないから」
アルザードには、答える言葉が見つからなかった。
開き切った扉から機体を進ませる。
「イクスキャリヴル……アルザード・エン・ラグナ、出陣します!」
ヒルトを強く握り締め、アルザードは高らかに叫んだ。
新型機、イクスキャリヴルが僅かに腰を落として力を溜め、地を蹴って大きく跳躍する。
「なるほど、超越騎兵(イクス・キャリヴル)か」
愉快そうなエクターの声が聞こえた。
まるで飛翔するかのような高度に到達した機体の中で、アルザードは西側の戦場に目を向けた。搭載された高性能カメラは、アルザードの魔力に応じて見たい方角の景色を拡大望遠する。
近衛部隊が押してはいるが、長引くと東側から本隊が攻めてくる。
高高度からの着地の瞬間には流石に冷や汗が出る。これほどまでの高さからの着地など、魔動機兵では経験したことがない。関節の破損もなければ、操縦席への衝撃も思ったほどではなかった。
「マナマテリアル様々だな……」
アルザードは呟いた。
イクスキャリヴルの構造材はそのほとんどをマナマテリアルという後天的に魔素含有率を高める処置を施したものとなっている。魔力伝導率を高め、稼動効率を高めると共に、搭乗者の魔力次第では強度や耐久性までをも向上させられる高価な代物だ。
街道を疾走すれば、これまでに見たことのあるどんな魔動機兵をも上回る速度が出た。そのままの速度でノルキモの軽量機に突撃する。
突然現れた影に、軽量機が身構えるも、遅い。
左腕で体を庇うようにして、そのまま体当たりをする。
たったそれだけで、軽量かつ装甲の薄いノルキモの機体は吹き飛ばされた。四肢がもげて、バラバラになる。
言葉を失ったかのように、近衛部隊とノルキモ部隊、双方の動きが止まる。
その隙を逃さず、ノルキモの機体に接近し、首筋を掴んで引き倒す。我に返った敵機が武装を向けた時には、近衛の攻撃が突き刺さっていた。
識別信号から、近衛にはイクスキャリヴルが味方だと見えているはずだ。
「アル! 東から本隊が来る!」
ヴィヴィアンからの通信が聞こえた。
見れば、イクスキャリヴルが乱入した一瞬のうちに、ノルキモの部隊は残り僅かとなっている。放っておいても近衛が殲滅してくれるはずだ。
辺りは酷い惨状だった。建物は破壊され、通りも滅茶苦茶だ。住人の死体も少なくない。これでも、近衛は被害を抑えた方だろう。
「行け、白銀の機兵よ。ここはもう我らでも十分だ!」
「……はい!」
近くにいた指揮官らしい近衛の機体からの通信に、アルザードは短く答え、踵を返した。
一息に大きく跳躍し、上空から東の方面へ目を向ける。
東側の平原に部隊が展開を始めている。地平を埋め尽くすように、三ヵ国の機兵の影が蠢いていた。
その中から何機かの高機動型の魔動機兵が突出して向かってくる。偵察か、斥候か、あるいは先鋒か。
イクスキャリヴルを街中に着地させる。出来る限り、家屋のない開けた場所に着地したが、地面は抉れ、衝撃波で周辺のガラスや石畳が吹き飛んでしまった。
「構うな、被害に関しての責任は全て僕が負う。君は国を守ることに集中するんだ」
エクターの声に、無言で頷く。
街道を疾走し、広い王都の区画を一気に駆け抜ける。速度のメーターが通常の機兵では有り得ない数値を叩き出していたが、異常は起きていない。
敵機はまたノルキモで良く使われている軽量型の機兵だ。エンブレムやカラーリングからすると、東方の国家セギマ所属の部隊らしい。敵機が王都の領地に足を踏み入れようとするのと同時に、イクスキャリヴルの左拳が届いた。
錐揉みしながら吹き飛び、地面に転がりながら腕や脚がもげていく。
一瞬のことに身動きが止まった機体の一つを回し蹴りで胸部を粉砕、もう一機を掴んで残りの一機に投げ付ける。それだけで、突出していた部隊の魔動機兵全てがスクラップになった。
状況が状況だけに、最初から加減などしていない。それでも、この新型の動力システムはアルザードの持つ魔力を余すところなくエネルギーに変え、コストを無視した機体はそのエネルギーに応えてくれている。
疲労の溜まり方は通常の魔動機兵の比ではない。だが、少し動かしただけでも、あらゆる魔動機兵を圧倒する戦闘能力が発揮できている。
「ライフルを使う」
言って、アルザードは右手に持っていた長銃を腰溜めに構えた。
このライフルは、当然、通常の銃火気ではない。一般的な魔動機兵の武装は人間用に作られているものを大型化させて調整を加えたものがほとんどだ。
だが、桁違いの出力を持つイクスキャリヴルのために作られたこのライフルは、仕組み自体が違う。
機体の手のひらにあるジョイントから、ライフルに魔力を送り込む。動力システムが唸りを上げ、アルザードの全身に重圧のように反動が圧し掛かる。
ありったけの力を込めて、アルザードはライフルのトリガーを引いた。
瞬間、極彩色の光が銃口から溢れた。
放たれた光は前方にあるもの全てを消し飛ばし、飲み込んだ。その光の渦を、銃口の向きを変えることで薙ぎ払うように振るう。
マナライフルと仮称されたその兵器は、従来のような物理的な運動エネルギーで破壊するものではない。新型の動力システムと、それを動かせるアルザードの桁外れの魔力によるエネルギーを、そのまま武装に転用したものだ。
極限まで圧縮した魔素の奔流を放ち、着弾地点に存在する物体に含まれる魔素に干渉、対象物そのものを自壊させるというとんでもないものだった。
「敵の反応、三割が消滅……」
唖然としたヴィヴィアンの声が聞こえた。
同時に、バチン、と大きな音がした。
それと共に、バイザースクリーンの端に、強制交換、と書かれたメッセージが表示された。
イクスキャリヴルの背面、首筋の左右辺りから、液体が吐き出される。それは、ドライブ内に充填されていたエーテルだった。背中のパック内に搭載されていた予備の高濃度エーテルをドライブ内に流し込み、濃度が薄まり仕事を果たせなくなった廃液を外部に放出しているのだ。
放出されたエーテルはマントのように広がり、光を反射して煌く。
「もう一発……!」
エーテルの交換が終わると共に崩れた姿勢を整え、ライフルへのエネルギーチャージを再開する。
展開していた敵が動き出すより早く、ライフルを撃った。
防御不可能な極彩色の奔流で、平原を薙ぎ払う。
だが、その途中で長銃の砲身が吹き飛んだ。射撃の反動に耐え切れなかったのだ。
元々、照射するような武装ではない。出力の高さ故に、結果的にそうなっただけだ。設計されていた以上の負荷や反動がかかれば、壊れて当然だ。
それでも、敵の本隊をまた三割程度削ることができた。
残り四割の敵部隊から、一斉に砲撃を開始される。
銃身が拉げたライフルを投げ捨てて、アルザードはイクスキャリヴルを走らせる。
腰のマウントにある筒状の武装、マナセイバーを手に取る。極彩色の光が筒から伸びて、剣を形作る。
光の剣を振るうと、目の前に迫っていた機兵がいとも容易く両断された。抵抗感など一切なかった。
マナライフルと同様に、魔素の奔流を剣状に収束させたものだ。
群がってくる無数の敵を、極光の剣を手に切り伏せて行く。ありったけの力を込めて機体を振り回し、消耗したエーテルが排出されて戦場に虹を描く。
至近距離からの砲撃は、魔素の奔流を拡散させて盾にして防ぐ。遠距離からの攻撃はかわし、時には倒した機体を盾として使った。致命的なものでなければ無視することもあった。
近距離であれば、マナセイバーを防げるものは存在しない。魔素の奔流を振り回す限り、イクスキャリヴルの優位は動かない。機動力と出力の高さを活かして、縦横無尽に戦場を駆けた。
アルザードはただひたすら、力の限り剣を振るい続けた。
***
近衛の部隊が到着する頃には、勝敗は決していた。
三ヵ国同盟の魔動機兵部隊は全滅、歩兵部隊もその戦闘と近衛の到着により王都内への侵入は成らず、撤退を余儀なくされた。
イクスキャリヴルは最後の魔動機兵を両断した直後に停止し、近衛部隊によって回収された。
騎手であるアルザードは極度の疲労により気を失ったが、命に別状はなかった。強過ぎる反動に長時間晒されたためか、翌日は全身に痺れのようなものが残ったものの、それも三日もすれば無くなり、完全に回復した。
これまでの前線部隊による粘りで三ヵ国は想定以上に消耗しており、全戦力を持って王都を制圧するはずだった本隊も壊滅したこともあって、情勢は引っ繰り返ることとなった。
「まだやってたのか」
書類ばかりが溢れかえる執務室で、紙束に埋もれるようにして紙に筆を走らせているヴィヴィアンの耳に、アルザードの声が飛び込んできた。
「中々終わらなくって……」
苦笑とも呆れとも付かない曖昧な笑みを浮かべて、ヴィヴィアンは言った。
彼女は今、大量の書類関係の仕事を片付けている最中だった。
「あ、届いたんだ」
紙の山から顔を出したヴィヴィアンは、アルザードの姿を見て呟いた。
アルザードは銀の紋様が刻まれた青い制服を身に着けていた。高位騎士(ハイナイト)のものだ。
鬼神の如き活躍を見せた新型魔動機兵イクスキャリヴルは救国の象徴となり、騎手であるアルザードも英雄として祭り上げられることになった。異例とも呼べる特進を果たし、中位騎士(ミドルナイト)を飛ばして高位騎士(ハイナイト)である上級正騎士の位を与えられたのである。
救国の英雄が低位騎士(ローナイト)では格好が付かないから、という理由もあるようだ。
「まだちょっと慣れないけどな」
苦笑して、アルザードは崩れた書類を拾い上げた。
低位騎士(ローナイト)から一気に高位騎士(ハイナイト)になったため、周りの対応の変化に慣れないのだ。イクスキャリヴルを開発したこの基地にいる間は、責任者であるエクターの意向もあって無礼講なため、アルザードには気が楽だった。
敵味方共に、イクスキャリヴルの存在は大きな影響と反響をもたらした。国内においては希望や国家の力の象徴として、国外に置いては強力な手札として。
痛手を負いながらも、三ヵ国には余力がある。だが、今回の一件から、その余力とも言える戦力を全て注ぎ込んでも真正面から叩き潰される可能性は決して小さなものではないと身をもって知ってしまった。
アルフレイン王国に対して、慎重にならざるを得なくなったのだ。
当然、イクスキャリヴルはそう頻繁に動かせる代物ではない。だが、それを知っているのは騎手であるアルザードや、整備を行う者たちと、計画やコストについて知っている国家首脳の一部だけだ。
それでも、脅しとしてちらつかせる分には効果覿面だった。
「エクターは?」
「寝てるかな」
即答だった。
未だに研究にのめり込んで徹夜を続けては不定期に眠る生活をしているらしい。
今回の合同作戦が失敗に終わったことで、三ヵ国同盟内部にも亀裂が入っているという情報もある。同盟が分裂してしまえば、それこそ単一の国家だけではアルフレイン王国と渡り合うのは不可能だと判断するだろう。かといって、このまま同盟を結んでいても各国それぞれの思惑が達成できないのならば同盟を結び続ける意義は薄い。
いずれにせよ、アルフレイン王国は滅亡を免れた。戦争自体が終わったとは言えないが、今後はこちらが攻勢に出ることも出来るだろう。
「……悪かったな、気付いてやれなくて」
散らばった書類を整理しながら、アルザードが呟いた。
「ああ、うん……こっちこそ、ごめんね。あんな時に変な事言って……」
何のことを言っているのか分かったヴィヴィアンは、乾いた笑みを浮かべた。
「好きな人がいるなら、仕方ないよ。流石に、ちょっと残念だったけど」
誰が聞いても、ちょっとどころの話でないのは明らかだった。
「籍、入れてきたよ」
「うん、ニュースになってたね」
僅かな休暇の間に、アルザードは許婚の女性と挙式を上げた。家族だけでひっそりやるつもりだったが、どこから情報が漏れたのか、大々的に報道されてしまった。時期が時期だけに、もう少し慎重になるべきかと反省もしたが、もう過ぎたことだ。明るい話題を提供できたと前向きに考えることにした。
「愛人とか、どう?」
「おいおい結婚したばかりだぞ、スキャンダルで殺す気か?」
悪戯っぽく言ったヴィヴィアンの冗談に、アルザードは笑って返した。
「まぁでも、あの機体を扱う限りは、長い付き合いになりそうだしな……宜しく頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
アルザードが差し出した手を握り返すヴィヴィアンの表情は柔らかく、いくらか明るいものになっていた。
やがて、アルフレイン王国は劣勢を跳ね除けて周辺諸国を取り込み、大国へと成長していく。
その旗頭として、イクスキャリヴルは剣を振るい、その名は刻まれていくこととなる。
東方の最終防衛線が突破されたという知らせを聞いて、皆が絶望していた。
東方から迫る、無数の巨大な影。鋼の塊で全身を覆った機兵が迫ってくる。
この国は戦争に負けたのだ。
今日でアルフレイン王国という国は消滅する。
自分たちの命がどうなるのか、希望など持てなかった。
誰もが目を閉じようとした。
その時だった。
一陣の風が吹いた。
王都に踏み込もうとする鋼の兵に突撃していく、大きな白銀の騎士の姿がそこにあった。
押し寄せる数多の機兵に決して怯まず、騎士は立ち向かって行く。
背に虹を翻し、光り輝く剣を手に。
その姿は、救世主と呼ぶに相応しかった。
***
執務室、と書かれた扉の前で青年はやや緊張した面持ちで襟を正した。
装飾の少ない緑色を基調とした、低位騎士(ローナイト)の制服に身を包んだ、銀髪に鮮やかな紫の瞳を持つ、整った顔立ちの青年だ。
「アルザード・エン・ラグナ上等騎士、出頭致しました」
ノックをしてから、アルザードと名乗った青年が扉を開けて中へと入る。
「……あれ?」
思わず、間抜けな声が出た。
部屋の中には誰もいなかった。扉から真正面にある執務机の上には山のように書類が無作為に積み上げられ、崩れた書類が部屋中に散らばっている。応接用の机やソファの上にさえ、書類は散らばっていた。
書類や紙の束に人が埋もれている、などということもないようだ。
「時間……は、間違ってない」
アルザードは部屋の中を見回し、時計を見て呟いた。
出頭しろと指示された時間には間に合っている。
「あの……」
不意に背後から声をかけられ、アルザードは振り返った。
分厚いファイルを大事そうに抱えた女性が部屋に入ろうとして、アルザードに気付いたようだ。
「どちら様ですか?」
彼女はアルザードと同じ緑色の低位階級の制服を着ていた。だが、その上に白衣のような上着を身に着けている。様子や身なりから察するに、この施設に所属している人物のようだ。
身長は彼よりも頭一つほど低い。セミロングの黒髪に薄い緑の瞳をした可愛らしい女性だ。
「アルザード・エン・ラグナ上等騎士です。指令に応じて出頭したのですが……」
右拳を胸に当てる簡易式の敬礼をしながら、アルザードは名乗った。
「あー……あ、ああぁーっ!」
それを聞いた彼女の目が一拍置いて見開かれ、思い出したと言わんばかりに大きな声をあげる。
「エクター先生、またすっぽかしたなぁー!」
女性が頭を抱えた拍子に、手にしていたファイルから書類がばさばさと音を立てて散らばった。
「あああああ……」
それを見て彼女はさらにうろたえながら落ちた資料を慌てて拾い集める。
「ええと、大丈夫ですか?」
アルザードは足元に落ちた紙を拾い集めるのを手伝い、彼女に差し出した。
「ええ、はい、大丈夫です……というか、こちらの落ち度です。申し訳ありません」
なんとか書類をファイルに押し込むように挟んだ女性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し遅れました、私はヴィヴィアン・レイク一等技術騎士です」
ヴィヴィアンは名乗り、右拳を胸に当ててから、腰の辺りに握った左手の親指に右手の握り拳の親指を合わせる正式な形の敬礼を返した。この敬礼は、騎士が眼前に掲げた剣を腰に携えた鞘に戻す動作からきている。さきほどアルザードがやってみせた簡易式の敬礼は、鞘に戻す動作を省略したものだ。
一等技術騎士ということは、彼女は技術士官のようだ。軍の階級的にはアルザードの一つ下ということになるが、技術士官としては中々高い地位だ。
「ここの主任であるエクター・ニムエ一級技術騎士の補佐役をさせて頂いています」
そう言って、ヴィヴィアンは持ってきていたファイルを無造作に執務机の真ん中に置いた。
この執務室の有様は彼女にとっては慣れたもののようで、床にまで散らばった書類を一切踏むことなく平然と歩いている。
よく見れば、書類は散らばっているものの埃などが積もったりはしていない。書類以外は掃除が行き届いている。
「一級技術騎士……?」
ヴィヴィアンの口から飛び出した責任者の階級に、アルザードは驚いた。
技術士官ながら、中位騎士(ミドルナイト)の最上位階級を得ているのだから、それだけ重要な人物ということだ。ここアルフレイン王国では技術者が中位騎士の最低位である三級騎士の階級を与えられること自体が極めて珍しい。それを考えると、一級というのは異例である。
「とりあえず、エクター先生のところまで案内しますのでついて来て下さい」
苦笑いと溜め息混じりの言葉に、出頭したばかりのアルザードは従うしかなかった。
アルザードがやって来た方向とは逆の、施設の奥へと向かう通路をヴィヴィアンの先導で進んで行く。
突き当たりにあった一回り大きな両開きの扉を抜けると、そこは大きな格納庫になっていた。
整備用に設けられた可動式の通路がいくつもあり、大勢のスタッフが行き交って複数の巨大な機械を相手に作業をしている。緑色の制服に茶色の上着を身に着けた技術者たちがせわしなく動き回っている。
その中に、一人だけ赤い色の制服にヴィヴィアンと同じ白衣のような上着を身に着けた人影があった。赤い制服は中位騎士階級を示すものだ。
「エクター先生!」
ヴィヴァンが叫ぶように声を張り上げて、その人物を呼び、駆け寄っていく。
アルザードは格納庫内の光景に圧倒されながらも、ヴィヴィアンを追ってエクターと呼ばれた人物の下へと向かう。
「ああ、君か、何用だい?」
その男は、ヴィヴィアンの声に頭だけを向けて一瞥すると、素っ気なくそう言った。
身に着けた白衣は油や煤で薄汚れていて、くすんだ金髪もぼさぼさだ。眠そうな薄紅色の目の下にはクマができている。頬もややこけていて、どうにも痩せぎすに見える。研究者というよりは作業に携わる技術者や整備士の一人といった印象だ。
「何用じゃありませんよ! 例の搭乗者候補の方が到着したのに、何をやっているんですか!」
「それどころじゃないんだよ」
ヴィヴィアンが詰め寄るも、鬱陶しそうにエクターと呼ばれた男は一蹴した。
「ついさっき組み立てた膝関節の伝導率数値が思うように出ていない、一刻も早く解決しなきゃならないんだ。君なら分かるだろう?」
ぼさぼさの金髪をわしわしと掻き毟りながら、エクターは手元の資料を睨み付ける。彼にとっては相当重要な問題のようだ。
「悪いけど、僕はこっち優先だ。何しろ時間がない。とりあえず君の方で色々説明しておいてくれ」
それだけ言うと、エクターは目の前にある機械の方に向き直ってしまった。
「はぁー……もう! 分かりましたよ! 後でちゃんと来て下さいね!」
「分かった分かった……よし、今のでもう一回だ!」
ヴィヴィアンの言葉に、手をひらひらさせて答えるエクターの言葉の後半はスタッフへの指示に変わっていた。
溜め息をつきながら、ヴィヴィアンがアルザードの方へ向き直る。
「すみません、ちょっとトラブルみたいで……」
「大変そうだね……」
疲れた表情で肩を落とすヴィヴィアンに、アルザードは苦笑するしかなかった。
「ひとまず、そこの部屋に行きましょう。ここだと音もうるさいですから……」
ヴィヴィアンの言葉に頷いて、格納庫を後にする。
彼女は格納庫の近くにある休憩用の部屋にアルザードを案内すると、備え付けのポットでお茶を淹れ始めた。
「ええと、ここのことはどこまで聞いていますか?」
二人分のお茶を用意しながら、ヴィヴィアンが尋ねた。
「新型の魔動機兵を開発している、ということぐらいかな」
アルザードに下された指令は、この施設で開発されている新型の搭乗者として完成に貢献せよ、というものだった。機密保持のためか、その新型についての情報は全く知らされていない。
魔動機兵とは、ここ数年のうちに世界各国へ爆発的に普及した人型の戦闘用機械だ。
あらゆるものに内在する魔素は、意思によって干渉できる。この力を魔力と呼び、人々は古来から活用してきた。その最先端とも言えるものが、魔動機兵だ。
魔力を増幅させるプリズマドライブと呼ばれる動力システムが開発され、それを用いて五、六メートル程の人型機械を動かす。生身より遙かに強靭な装甲と機動力を持ち、増幅された魔力を活かした装備を搭載することで、魔動機兵はそれまでの戦いを一変させた。
「……現在の情勢はご存知ですよね?」
ヴィヴィアンの問いに、アルザードは頷いた。
現在、このアルフレイン王国は戦時下にある。対立しているのは、周辺三ヵ国の連合軍だ。北方のノルキモ、東のセギマ、南のアンジアと三方向の国から囲まれるように攻められたアルフレイン王国は現在、窮地に立たされている。
大陸のほぼ中央に位置するアルフレイン王国は、現代において重要視される資源、即ちプリズマドライブの原材料であるプリズマ鉱石の埋蔵量が非常に多いことが分かっている。恐らくはそれを狙って、周辺の三ヵ国は秘密裏に同盟を結び、一斉に戦争を仕掛けてきたのだ。
西方にあるユーフシルーネは静観を決め込み、交渉は難航した。援軍の見返りに要求された対価は釣り合わぬほど莫大なものとなり、ユーフシルーネにも三ヵ国と密約があるのではと噂されるほどで、状況は芳しくない。最も、ユーフシルーネも隣接する他国に対して油断できぬ情勢にあるため、いくら資源量で重要とはいえ、今アルフレインに構っている余裕がないというのが実情だろう。
ともかく、現在の戦況はかなり深刻な事態に陥っている。東方面は三ヵ国連合により集中的な侵攻を受けており、王都まで目前に迫られているのが現状だ。最終防衛線が陥落するのも時間の問題と言われている。
「この戦況を覆すための全く新しい概念の機体開発……それがここで作られている機体です」
紅茶のカップを差し出しながら、ヴィヴィアンが言った。
「全く新しい概念……?」
受け取りながら、アルザードは眉根を寄せた。
たとえ今から新型の魔動機兵を開発しても、配備まで間に合うとは思えない。それほどまでに状況は逼迫している。
高性能な新型機が開発できても、ある程度の数を量産して配備できなければ戦況を覆すのは現実的ではない。
「恐らく、この計画が失敗したら、アルフレイン王国は終わりでしょう」
ヴィヴィアンは目を伏せた。
どの道、現状のままでは最後まで抵抗を続けても結果は目に見えている。三ヵ国からの攻撃には降伏するという選択肢が用意されていなかった。そのため、交渉の余地はなく、抵抗せずに滅亡するか、抵抗して滅亡するかの二択しかない。比較的友好な関係にあった西方のユーフシルーネでさえ頼りにならないのでは、お手上げだ。
「……まぁ、今前線で戦ってる奴らも、意地だけでやってるようなものだからな」
湯気を立てる紅茶に目を落とし、アルザードは溜め息をついた。
勝ち目が無いというのに、投降することができない。だが、家族や友人をみすみす死なせたくない。だから、前線で戦う者たちは半ば意地だけで戦っている。何もせずにいるよりはまだ可能性がある、そう思い込んで、自分を納得させて、奮い立たせて。
アルザードも、指令が下る前はそうだった。
共に戦った部隊の仲間たちはまだ生きているだろうか。そんな思いが彼の脳裏に過ぎる。
「エクター先生が開発しているのは、この状況を単機で打開することを目的とした機体です」
そして、ヴィヴィアンの言葉にアルザードは耳を疑った。
「……何だって?」
たった一機の新型で、この劣勢を跳ね除けると言うのか。
不可能だ。そんなことが可能な機体など、どうやったら作れるというのだろうか。
「ただし、誰にでも扱えるわけではありません」
ヴィヴィアンの薄緑の瞳がアルザードに向けられる。
「――そう、だから君を呼んだんだよ」
背後の扉が開き、男の声が割り込んだ。
振り返ると、エクターと呼ばれていた赤服の技術士官が立っていた。
「ああ、そのままでいいよ。というか、肩が凝るような堅苦しいのは苦手でね。僕の前では無礼講でいい」
敬礼をするために立ち上がろうとしたアルザードを手で制して、エクターは苦笑した。
「むしろ、そうして貰わないと僕が困る。最近はただでさえ肩が凝って仕方ないんだ」
そうして、エクターは空いている椅子に倒れ込むように腰を下ろした。疲れが溜まっているのか、やけにだらしなく見える。
「先生……」
「ああ、さっきの問題はひとまず基準をクリアしたよ。騎手の件も重要ではあるからね」
じろりと恨めしそうに睨み付けるヴィヴィアンに手をひらひらさせて、エクターは大きく息を吐いた。
騎手、というのは魔動機兵の搭乗者を指す言葉だ。
「もう聞いているだろうけど、僕はエクター・ニムエ一級技術騎士。ここの責任者だ」
そう言って、エクターは椅子にだらしなく体を預けたまま、首だけでアルザードに顔を向けた。
一見すると軽薄そうな優男のようだが、その瞳には活気がある。ただ者ではない、と感じさせるだけの何かがそこにはあった。
「アルザード・エン・ラグナ上等騎士。王都の名門ラグナ家出身。騎手として第十二部隊に所属、魔力適正は計測不能、騎手として期待されるも機体への負荷が高過ぎて一戦闘ごとに機体のプリズマドライブに深刻なダメージを与えるため、整備士たちからの評判はすこぶる悪い」
自己紹介しようとしたアルザードが口を開くより早く、エクターは言った。
すらすらとアルザードの略歴を述べ、それが正しいことを目の前の本人の表情から読み取って、エクターは満足そうに一つ頷いた。
「記憶力は良い方でね、資料に書かれていることなら全部憶えているんだ」
そう言って、エクターは口の端を持ち上げて笑みを見せた。
アルザードの家系は王都にある貴族の名家として知られている。文武両道、品行方正を是とする家訓と、優秀な人材を輩出してきた実績もあり、アルフレイン王国内各方面からの信頼も厚い。
騎士養成学校での成績も主席で卒業し、騎手としても期待され、前線の精鋭部隊に配属されていた。
「戦歴の限りじゃ、一級騎士ぐらいにはなってそうなもんだけどね」
エクターはまじまじとアルザードを見つめる。
「一度の戦闘毎に搭乗機をダメにしてましたからね……」
アルザードは肩を竦めて苦笑した。
整備士には散々文句を言われていた。
「魔力適正計測不能。僕らにとってはそこが何より重要だ」
にやりと、エクターは笑う。
魔素に干渉する力、魔力の強さには人それぞれ個体差がある。意思の強さとは無関係に、人によって魔素への干渉する力の大きさが異なるのだ。それを魔力適正と呼び、高いほど魔素への干渉力も強くなる。一般的に、魔力は高いほど優れているとされる。
とはいえ、魔力が高いといっても、いわゆる魔法のようなものを好き放題使えるというわけではない。一般人が何の道具や補助もなしにできるのは、触れた場所を僅かに暖めたり冷やしたり、荷物や自身の重量を僅かに軽減したりといった程度だ。普通の市民にとっては、日常用品として普及している照明具に明かりを灯したり、雑貨や日用家具に動力を与えたりといったスターターのような扱いだ。
現代において魔術と呼ばれるものを扱うためには、大量の魔素を扱うための魔力を増幅させる触媒であったり、術式と呼ばれる複雑な手順が必要になる。それらは非常に高価で希少な素材を大量に求められたり、大掛かりなものであったりと、今では気軽に使えるようなものではなかった。
一昔前には、魔術師という、そういった方面に特化した戦闘員などもいたようだが、並の人間が持つ魔力の大きさでそれをやろうものなら、一人に対するコストが高くなりすぎるという理由で廃れてしまった。
近代においては、量産が可能な簡易術式が施された制服や武具を用いることで身体能力を一時的に増強したり、装備の耐久性や攻撃性能や特性を高めたりといった方式が比較的安価なため一般的になっている。
「魔力適正、ですか……」
アルザードは自分の手のひらに視線を落とした。
現代において、アルザードが持つ魔力適性は計測が出来ない。魔力適正を数値として表示する機械を破壊してしまうほどの出力を持っていたからだ。
意識を集中させると、アルザードの手のひらから陽炎が立ち昇る。
それを見て、ヴィヴィアンは目を丸くした。
魔力で空気中の魔素に干渉することで熱を発生させ、温度を上昇させている。だが、陽炎が立ち昇るほどの熱量を生み出せる人間などほとんどいない。
アルザードは更に意識を集中させる。体の中を流れるエネルギーの全てを、手のひらに集めるように意識を一点に向けて導いていく。
やがて、手のひらは薄っすらと光を帯び、陽炎は一点に集まって淡い輝きを発する小さな光の玉を形成していた。
「すごい……何もなしに魔術を」
唖然とするヴィヴィアンの前で、光の玉は細かい粒子となって霧散した。
それは、確かに魔術と呼べるだけの領域に踏み込んだ現象だった。発生した光の玉は純粋な魔力によって集約された魔素のエネルギー体だ。散らさずにどこかへぶつければ、そのエネルギーは破壊力として炸裂するだろう。
魔力適正は、手のひらで計測部品に触れて暖めたり冷やしたりした熱量の大きさで測定している。そのため、アルザードが全力で魔力適正を測ろうと魔力を込めると、計測器具を破壊してしまうのだ。
「っ、はぁ……!」
アルザードが大きく息を吐いた。
額に汗が浮き出て、呼吸が乱れている。貧血を起こした時のような眩暈感があり、肉体的な疲れはないのに全力疾走した直後のような疲労感がある。
「今ので限界です」
袖で汗を拭い、アルザードはエクターに目を向けた。
「いいね、実にいい」
驚きを隠せないヴィヴィアンとは裏腹に、エクターの目は輝いていた。探し求めていたものが見つかったとでも言うかのように、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「実際に魔動機兵がどうなるのか試してもらってもいいかい?」
「……今直ぐにですか?」
エクターの言葉に、ヴィヴィアンが驚いて声をあげた。
「そうだよ。時間は限られている。それに、早いうちにデータを取っておかないと調整にも遅れが出そうだ」
言うや否や、エクターは立ち上がり、アルザードを目で促した。
「そういうデータを取るためのプリズマドライブはもう用意してある」
アルザードの到着を見越して、エクターは既に準備を済ませていたのだ。
休憩室から格納庫に戻り、エクターの先導で隅の方に向かう。そこには、魔動機兵の胸部ブロックのみが置かれていた。装甲もほとんど取り外され、内部機械が剥き出しになっている。頭部や肩部が本来接続されている箇所にはいくつものケーブルやコードが繋がれている。腰から下もなく、台座の下から無数のケーブルやコードが伸びていた。
魔動機兵の心臓部でもある、操縦席とプリズマドライブだけがそこにあった。
「今からこれに乗って、実際に戦闘を想定した操縦をしてもらう。実戦と違って温存の必要は無いから遠慮せず全力で暴れてくれよ」
いわゆる、戦闘シミュレーションだ。
手足を動かす命令は繋がれたケーブルから装置に送られ、データとして測定されると同時に、システムにフィードバックされて操縦席のシミュレーション内容に返される。
操縦席にいる限りは、視覚情報が再現されたデータになるためリアルさを欠くことと、動かした際の振動が感じられない程度で、実際の戦闘を再現することができる。
「……いいんですね?」
アルザードは問う。その意図を理解しているのは、この場ではエクターだけだった。
「むしろ、君の全力のデータが必要だ」
望む所だと言わんばかりに、エクターは笑っていた。
人間でいう襟首の位置にあるハッチを開けて、アルザードは操縦席へと滑り込んだ。
人一人が座れるだけの空間しか用意されていない狭い空間だ。簡素なシートに、アームレストのような台座の先には機体を動かすための魔力を送るヒルトと呼ばれる握り手が備え付けられている。手のひらが触れるそこには、騎手の魔力を動力システムに入力するための特殊な素材が使われている。騎手はそのヒルトに魔力を込めることで機体を動かすのだ。
座席の正面と左右には頭部のカメラからの映像を表示するための三面スクリーンプレートがある。
内側からハッチを閉めると、内部に光はほとんど届かない。
アルザードの両手がヒルトに触れる。
僅かに魔力を込めると、それを合図に機体のシステムが立ち上がる。ヒルトから最初に入力された魔力が機体の背面、人間で言う背骨の辺りにあるプリズマドライブで増幅され、魔力を伝達する回路によって全身に送られていく。頭部に魔力が送られることでカメラやセンサーが起動し、得られた映像がスクリーンに投影される。関節に魔力が送られれることで手足は騎手の意のままに動かすことができる。
今回はエクターたち技術者が用意した装置が頭部センサーや手足の役割を再現し、データを返送することでシミュレーションを行う。
「シミュレーションのプログラムは最悪の状況を想定して組んである。遠慮は要らない。君の限界を見せてくれ」
操縦席に備え付けられた通信機器からエクターの声が響いた。
戦場は王都を背にした平原だった。
「最悪、ね……」
アルザードは思わず苦笑した。
水平線を覆い尽くかのように、無数の敵が設定されている。スクリーンの端に表示されたシミュレーションプログラムの情報ウィンドウに表示された敵の数は四桁に達していた。
シミュレーションの処理負荷軽減のため簡易表示される敵の機体は辛うじて人型に見える程度の立体の繋ぎ合せだ。実際の魔動機兵とは全くもって似ていないため臨場感はないが、それでもこれだけの数がいると不気味な光景だ。
「では、始めよう」
エクターの言葉と共に、訓練プログラムの開始を知らせる音が響き、敵が動き出した。
ヒルトを握る手に力を込める。
アルザードの意思が魔力としてプリズマドライブへ送られ、増幅されて魔動機兵の全身を駆け巡る。
「最初から本気か……そういや出したことなかったな」
ぽつりと、アルザードは呟いた。
前線で戦っていた時も、魔動機兵を壊さぬように加減していた。それでも、敵との戦闘が苛烈になれば、自分や仲間を守るために自然と力を込め過ぎてしまう。
そもそも、プリズマドライブとは、魔素を多量に含み、魔力に対して強い反応を示すプリズマ鉱石を精製して特殊な結晶化させたものを用いた動力機関だ。このプリズマ結晶に魔力を与えると、内部で分散と乱反射を繰り返す。最終的にこの魔力を一点に集約させて出力するという原理だ。プリズマ鉱石の持つ特性により、分散と乱反射を繰り返す過程でそれぞれの魔力は少しずつ増幅されていき、その最終地点で一点に集約させる構造にすることで出力された際の魔力は入力時とは比べ物にならないほど大きなものとなる。
だが、この構造と原理故に、プリズマ結晶には当然大きな負荷がかかる。それは濁りとして現れ、魔力の分散や反射の効率、つまり増幅率を低下させていくのだ。戦闘に支障が出るほどまで濁ってしまった結晶は、交換するか、専用の装置で浄化する必要があり、いずれにしろコストがかかる。結晶に物理的な損傷が発生すれば、正常な反射角が得られなくなり、魔力の増幅効率は著しく低下する。
配属された前線においては、魔動機兵そのものも重要な物資の一つだ。確かに、戦闘に使う消耗品ではあるが、被弾や撃破でもされない限りはそう消費する類のものではない。プリズマドライブの炉心となっている結晶も、通常であればそこまで消耗するようなものではない。
時間はかかるが、浄化処置が済めば結晶は再利用できる。その間も魔動機兵が使えるようにと、交換用の結晶は補給などで予備が常に確保されるようになっている。
だが、アルザードの場合は魔力が強過ぎた。
本来なら濁りで済むはずのプリズマ結晶への負荷は、表面や内部に亀裂が入ったり、割れたりといった物理的な損傷にまで至り、交換以外に手段がなくなってしまう。機体各部に動力を伝える魔力回路も焼き切れることが多く、いっそ機体をまるごと交換した方が早いとまで整備士に言われたこともあった。
整備士や指揮官が頭を抱えるほど、アルザードの機体消耗は深刻な問題だった。補給されていた予備の結晶を凄まじい速度で消費するだけでなく、回路や関節など、機体の内側に存在する部品の消耗も激しい。予備が予備として使えず、コストばかりがかさんでいく。
反面、共に戦う仲間たちからの評判は良かった。
魔力の強さが魔動機兵の出力に直結している構造故に、アルザードの乗った機体は同型機を上回る性能を発揮していた。劣勢を跳ね除け、仲間の命を救ったことも一度や二度ではない。
最初から全力で、思い切り魔力を込めて魔動機兵を動かしたとしたら、一体自分にどれだけのことができるのだろう。
「やってみるか……!」
乾き始めていた唇を舐めて、アルザードはヒルトを握り直した。
そして、ありったけの魔力を込めて、機体を走らせた。
視界の端に映る、エネルギーの出力を示す数値が跳ね上がり、静かだった操縦席内に騒音が混じり始めた。風が唸りを上げているような、プリズマドライブの駆動音がどんどん大きくなっていく。
機体はシミュレータ上の地面を駆け抜ける。この機体本来の限界速度を超えて、敵陣の中へと突撃する。
所持武装はオーソドックスなライフルが設定されていた。銃身内部の螺旋状のライフリングに魔力を流すことで弾丸を加速させ、射程、弾速、威力を向上させて放つ術式武装を魔動機兵用に大型化したものだ。人間用と異なるのは、プリズマドライブによって増幅させた魔力を弾丸発射時のエネルギーに加えている点だ。
ライフルを敵に向け、トリガーを引く。放たれた弾丸は本来のライフルの威力を超えた破壊力を発揮し、一直線に並んでいた敵を三機以上貫通して見せた。
それに見合う大砲のような反動を、これまた魔力の強さで無理矢理抑え込んで、立て続けに射撃する。
地平を埋め尽くすかのような敵が攻撃してくる。無数の弾丸の雨を、左腕に装備されたシールドプレートで防ぎながら強引に突っ切る。体当たりをして敵を吹き飛ばし、射撃して回避、そしてまた射撃。
シミュレーションならば、エラーや過負荷の表示が出ても機体の関節が壊れることはない。
だから、いくらでも無茶な機動ができた。
***
休憩室で、アルザードは釈然としない表情で紅茶を飲んでいた。
向かいの席には、エクターが上機嫌で測定結果の詳細が書かれた紙をめくっている。
「いやぁ、予想以上だったよ」
とても楽しそうだ。
「まさか、プリズマ結晶が破裂するとは思いませんでした……」
ヴィヴィアンはまだ信じられない様子で、エクターのめくる資料を覗き込んでいる。
開始から十分と経たないうちにプリズマドライブが停止したことで、シミュレーションは中止となった。
操縦席のアルザードには急に電源が落ちたようなものだ。突然真っ暗になった操縦席で、呆然としていたところ、外からハッチが開かれてシミュレーションの終了を告げられた。
プリズマドライブを整備士と共に調べたところ、結晶が破裂して粉々になっていた。
「なるほどなるほど、確かにこれは整備士泣かせだ」
エクターが笑う。
アルザードとしては何も言い返すことができない。
加減しながら戦闘をしていても、仲間の窮地や、自分の命が脅かされるような場面ではそうも言っていられない。瞬間的にでもアルザードが力んで行動をすれば、確実に機体への反動として現れる。それでも、そうしなければ部隊の仲間や自分が死んでいた。
とはいえ、機体の整備や物資の管理をしている者たちにとっては悩みの種であったことは間違いない。
「これは……色々と調整が必要そうだ」
面倒が増えているはずなのに、エクターは嬉しそうだった。
「本当に、俺でいいのか……?」
アルザードは言ってから、はっとした。
階級が一回り近く離れた上官の前で、つい素で喋ってしまったことに気付いたのだ。階級がほぼ同じであるヴィヴィアンに敬語は不要だとしても、エクターには使うべきだと思っていた。
「むしろこれぐらい規格外な方が僕たちにとっては好都合だよ」
当のエクターは気にした様子もない。本当に無礼講でいいらしい。
「僕たちが作っているのは、魔動機兵を超えるものだ」
そう告げたエクターの表情は一転して真剣そのものだった。
今までのどこか飄々とした雰囲気はない。
「プリズマドライブの数倍以上の出力と、それを最大限に活かす機体……つまるところ、単機で戦局を覆せるだけの力を発揮するこれまでとは違う、全く新しい概念の開発」
「そんなもの、本当に作れるのか……?」
エクターの語る内容に、アルザードは思わず聞き返していた。
単機で戦局を覆すとなると、求められる能力は想像を絶するものになる。ただでさえ、魔動機兵という存在は戦闘の概念を塗り替えるほどの力を示した。一対一で勝るような特注機を作るというのならまだしも、複数の敵が組織的に攻めてくるような状況をたった一機でひっくり返すというのは非現実的にさえ思える。
「理論はもうできている」
エクターの口元には笑みが浮かんでいた。
「僕らは、その実証機の開発をしているんだよ」
言って、エクターは立ち上がった。手にしていた書類はヴィヴィアンに押し付けるようにして渡し、歩き出す。
「さっそくで悪いけど、僕は作業に戻らせてもらう。ヴィヴィアン、後の説明は任せた」
「はぁ……分かりました」
手をひらひらさせるエクターに、ヴィヴィアンは溜め息をついて答えた。
もう書類の内容は全て頭の中に入ったらしい。実測されたアルザードのデータを元に、調整や計算、変更の指示を行うようだ。
「凄い人だな……」
エクターが休憩室を出て行ってから、アルザードは呟いた。
「先生にも、負けられない理由がありますから」
ヴィヴィアンが僅かに目を細めた。
「……魔動機兵を開発したのは、エクター先生にとって師匠みたいな人だったと聞いています」
魔動機兵の基礎理論と、実証機の開発、実用化までをした研究者はエクターと関わりのある人物だったようだ。エクターにとっては目標であり、超えるべき相手というところか。
窮地に立たされたアルフレイン王国にとって、既存の魔動機兵という概念を破壊するようなエクターの理論こそが唯一の希望となってしまった。
「幸い、この国はプリズマ資源が豊富です。数を用意する時間はなくても、たった一機、コスト度外視で作るぐらいなら時間は残されているでしょうから」
戦線に数を揃えるだけの時間も、それを準備する人員も、運用する人材もない。だが、限られた質の高いスタッフたちで新型機を一機組み立てるぐらいの余裕はある。その一機に今の状況を打破するだけのものが持たせられるなら、それに賭けるしかないということか。
「理屈は単純です。プリズマドライブとは比べ物にならない魔力増幅率のエネルギーを出力する動力システムを搭載した機体を作る」
ヴィヴィアンはアルザードの前の椅子に腰を下ろし、語り出した。
「でも、どうやって?」
「簡単に言えば、プリズマドライブの掛け算をするんです」
プリズマ結晶を複数配置し、一つのプリズマ結晶で増幅された魔力を別のプリズマ結晶を通して更に増幅していくのだと言う。
「可能なのか?」
確かに、プリズマドライブの複数接続という案はこれまでにも出たことがある。
だが、採用されたことがないのには当然、理由がある。
プリズマ結晶で増幅した魔力を別の結晶で更に増幅すること自体は不可能ではない。だが、二個、三個と、複数接続すればそれだけ後に繋げられた結晶に対する負荷は大きくなっていく。ただでさえ、結晶一つで五、六メートル級の魔動機兵を動かすだけの出力を発揮しているというのに、それを結晶に入力したらあっという間に負荷は限界を超えてしまう。
加えて不安なのは、搭乗者として呼ばれたアルザードはプリズマ結晶を破裂させてしまうほどの魔力の持ち主だという点だ。
「普通に考えたら、当然割に合わない結果になります」
並の騎手の魔力を想定しても、プリズマ結晶の複数接続は負荷が大き過ぎる。同時に、高過ぎる出力は制御も難しくなる。
魔力適性が並以下では、複数の結晶によって増幅された魔力を制御し切れないはずだ。そうなれば、機体を動かすどころの話ではない。魔力制御のために騎手が担う反動も大きくなる。
高い出力を引き出せても、騎手がそれを上手く制御できず、機体がまともに動かせないとなれば、コストもかかるプリズマ結晶の複数搭載など現実的な話ではない。
「だから、エクター先生が考えた理論はこうです」
まず、入力された魔力を小型のプリズマ結晶で初めに分散のみを行う。分散させた魔力はそれぞれ周囲に配置された複数のプリズマ結晶に個別入力して増幅し、それを中央に配置した大型の高純度プリズマ結晶に集約する。
そうすることで、周囲に配置するサブ結晶に対して過度な負荷を抑えると同時に、並列で増幅することで高い出力を得ることができる。中央に配置される主結晶は通常のプリズマ結晶よりも大型で高純度のものにすることで、周囲のサブ結晶から出力された魔力を集約させながら更に増幅させる。
「もちろん、デメリットもあります」
まずは製造コストが極めて莫大になるという点だ。
通常の魔動機兵にも使われるプリズマ結晶が複数必要という時点でも既に単機としては破格だが、増幅された魔力の受け皿となりながら、更に増幅させる高純度のプリズマ結晶はそれとは比較にならないほど高価なものとなる。
恐らくは、この計画のために精製されるであろう高純度プリズマ結晶のコストは、搭載されるであろうサブ結晶全ての合計を上回るだろう。
同時に、一度の稼動でかかる負荷も計り知れない。
「炉心内には高濃度エーテルも充填される予定です」
高濃度エーテルは魔素濃度の極めて高い特殊な液体のことで、本来はプリズマ結晶の負荷である濁りを浄化するために用いるものだ。結晶を高濃度エーテルに漬け込むことで、時間をかけて濁りはエーテル内に溶け出すように消えていく。そもそも、濁りとはプリズマ結晶に含まれる魔素が減少したことで起こる現象だ。プリズマ結晶よりも魔素濃度の高いエーテルに漬けることで、消耗した魔素が結晶内に補充されるために濁りが浄化されるのである。
だが、高濃度エーテルには結晶の物理的な損壊を修復する力はない。
それでも、ドライブ内を高濃度エーテルで満たすことができれば、結晶の濁りを通常よりも抑えることができる。
「でも、それだと、余計にコストがかかるぞ」
アルザードの言葉に、ヴィヴィアンは頷いた。
高濃度エーテルは自然に精製されるものではない。元々、魔素濃度の高い液体であるエーテルに、人工的に処理を加えて濃度を限界まで高めているものだ。故に、製造コストは小さくない。
それと同時に、濃度が高過ぎるため、そのまま放置すると魔素が空気中に散り出してしまい、濃度が低下してしまう。魔素濃度がプリズマ結晶の魔素含有率を下回ってしまうと、濁りを浄化する効果も得られなくなる。そのため、結晶の浄化装置は普段から特殊な容器に厳重に密閉されている。
恐らくは専用の構造にはするのだろうが、浄化装置並に密閉することはできないだろう。高濃度エーテルが効果を発揮する時間は限られる上に、一度稼動させたら浄化装置などに再利用することもできない。
「この計画では、コストの問題は無視されています」
それに見合うだけの成果が期待できるなら、とコストは度外視にされているようだ。
一体この一機にどれだけのコストがかかっているのだろう。
「問題はまだあります」
ヴィヴィアンは、そこでアルザードの目を見つめた。
「出力される魔力を制御できるだけの適性を持つ者が必要ということです」
理屈通りに動力システムが完成すれば、凄まじい出力が得られるだろう。だが、並の人間ではその魔力を扱い切れない。
そもそも、平均的な魔力適性では、この新型ドライブ自体をまともに稼動させられない可能性がある。まず、入力時に一度分散させる魔力自体に、サブ結晶それぞれをドライブとして稼動させるだけの強さが要求される。分散させる魔力一つ一つが人並み以上であるという前提が、騎手に求められる最低条件だった。
そして最終的に出力される莫大な魔力を制御するだけの適性も求められる。増幅された魔力で機体を動かす際の反動に耐え、制御し切るだけの高い魔力適性がなければ、完成した機体を満足に動かすことはできない。
ここにきて、アルザードはようやくこの計画がどれだけ常軌を逸したものなのかを理解した。
「アルザードさんにも、やって頂くことが沢山ありますよ」
そう言って、ヴィヴィアンはシミュレータ中に取ってきたという書類をアルザードに差し出した。
「まず第一に、機体特性の熟知」
書類の最初の方には、設計図や注意点、機体の特性などをはじめとしたコンセプトについて詳細に書かれたものがあった。
「次に、試作型ドライブの稼動テスト」
テスト用に組み上げられた新型動力システムの試作品の稼動テストと、それによるデータ収集とフィードバックもアルザードがいなければ出来ない。
仮に、アルザードが騎手となるのであれば、細かい調整もアルザード用に行う必要がある。
「無謀な計画であることは重々承知しています。それでも、私たちはこれに賭けるしかありません」
ヴィヴィアンの声に悔しさが滲む。
「……俺にも、諦められない理由ぐらいある」
アルザードはぽつりと呟いた。
どれだけ無謀であろうと、この国を救う可能性が僅かでもあるのなら、賭ける価値はあると思う。ただこの国を守りたいというだけではない。アルザードにも、抗う理由はある。
書類を持つ手に、力が篭もる。
「これから、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
丁寧に頭を下げるヴィヴィアンに、アルザードは力強く答えた。
***
それからの日々は慌しく過ぎていった。
アルザードの参加によって、計画は加速した。
新型の動力システムの稼動テストとデータ収集、そしてフィードバックにより、その時点での問題点が明らかになった。エクターは問題解消のための研究に追われ、計画の全容についてエクターの次に詳しいヴィヴィアンと、システムテストが無ければ手の空くアルザードの二人で様々な雑務を担うことが増えた。
戦況は日に日に悪化していた。
アルフレイン王国はどうにか最終防衛線で持ち堪えているものの、数日中に突破されるのではないかという噂が流れるほどに深刻な状況になっていた。むしろ、対峙している三ヵ国側がこれほどまで粘れていることに驚愕しているぐらいだろう。
「……余裕、無くなってきたね」
アルザードが食堂で昼食を取っていると、向かいの席で食事をしていたヴィヴィアンが小さく呟いた。
新型の開発も、完成の目処が立ってきた。戦況が深刻なだけに、この基地にいる整備士たちもピリピリしてきている。
王都では、近隣の都市への避難が始まった。
王都が陥落した後で避難先が攻撃されないとは限らない。それでも、何もしないというわけにもいかない。
「そうだな……」
配属された当初のアルザードには、前線から遠ざけられて戦線維持に貢献できないことに対する不満もあった。
「でも、あの機体さえ完成すれば……」
計画に携わるにつれて、この可能性に賭けてみたいという思いが膨らんでいった。エクターやヴィヴィアンから説明された理論や構想、それを実現するべく働く整備士たち。
完成の目処も立ちつつある。状況が予断を許さない中で完成が見えてきたとあっては、全員の緊張感が高まるのも当然だ。
「凄いね、アルは」
唐突に、ヴィヴィアンが呟いた。
最初は他人行儀だった彼女とも、慌しく過ごす中で打ち解けた。敬語はなくなり、アルザードのことも愛称で呼ぶようになっていた。
「厳しい状況なのに、平然としていて……」
完成が近付いてきているとはいえ、楽観視できる状況ではない。
むしろ、完成が間近になってきたが故に、緊張感が増している。
計画自体は確かに加速した。だが、機体の完成予定期日はとうに過ぎている。恐らくこの日までは前線が持つだろうと予測された日を過ぎて、ようやく完成が見えてきた。皆、必死で焦る気持ちを堪えているはずだ。
「そうでもないさ」
味気ないレーションを飲み込んで、アルザードは言った。
「俺が平然として見えるなら、それはそう教え込まれて育ったからだ」
名門貴族の嫡男として恥ずかしくないようにと、アルザードは厳しく躾けられてきた。だが、厳しさの中には思いやりがあり、優しさもあった。名門と言われるだけあって、両親は相当な人格者だった。だから、アルザードも両親を尊敬し、誇りに思いつつもそれに寄りかかったり慢心せぬようにと努めるようになった。
だが、アルザードも人間だ。
「はやる気持ちはある。焦りだって感じていないわけじゃない」
今の状況に何も感じていないわけではない。
このまま計画が進めば、新型の騎手として戦うことになるのはアルザードだ。この劣勢を実際に覆すのは、新型を動かすアルザードの役目ということになる。
機体が完成したところで、動かせなければ意味がない。この計画は、動かせる者がいることも必要な条件なのだ。
最終的な皆の期待と計画の成否は、最後の工程でもあるアルザードが上手くやれるかに集約していくと言っても過言ではない。
「もし何も感じていないなら、相当な大物かただの馬鹿だよ」
言って、アルザードは苦笑した。
プレッシャーを感じていないわけがない。日に日に、それは強まってきていると言っても良い。
「……けど、俺にしかできないって言われて、それをやらなきゃこの国が滅びるなら、投げ出すわけにはいかないだろ?」
現状、アルザード並の魔力適性を持つ人間はこの国にいない。情勢を考えれば、他国で探して、更に連れてくるというのはまず無理だ。そんな時間も余裕もない。
必然的に、アルザードにしか新型の騎手が務まりそうな人材はいない。そして、この計画にアルフレイン王国の命運が託されているのなら、アルザードに逃げ場はない。失敗しても、逃げ出しても、結果は同じだ。
「そうだね……うん、私もそうだった」
俯いていたヴィヴィアンが顔をあげる。
黒髪が揺れ、薄緑の瞳がアルザードを映す。
「私は……魔力適性は乏しいけど、魔動工学には凄く興味があったし、成績も悪くなかった。それで、この国をもっと豊かにできたら、って思って勉強してきた」
彼女がここにいる理由をはっきり口にしたのは、初めてだった。
魔力適性が乏しい人間は、直接的に魔力を扱うような職には就き辛い。だが、研究者になることはできる。最初は、社会の役に立つ何かをなしたいだとか、関心があったからという理由だったのだろう。だが、彼女には研究者としての才能があった。
「私の研究論文がね、エクター先生の目に留まったみたいで、そこからは先生のところで働くようになったんだ」
昔を懐かしむように、ヴィヴィアンの視線は遠くに向かう。
彼女が学生時代に発表した論文が、エクターの目に留まったのが縁だったようだ。研究内容が近いものだったのか、エクターはヴィヴィアンを拾い上げ、自分の研究室に招いた。
「それで先生、ってわけか」
アルザードも納得した。
上司と部下ではなく、教授と助手のような関係から始まったが故に、ヴィヴィアンはエクターを先生と呼ぶのだ。本来なら階級をつけて呼ぶのが通例だが、エクター本人がそういった礼儀に対して無頓着なこともあってここではそれが普通になっているのだろう。
「私たちの研究で、この国が救えたら……」
誰の目から見ても、それは細い糸のような僅かな希望でしかない。
「でも、もし、上手く行かなかったら、って考えちゃって……弱いね、私」
ヴィヴィアンは力なく笑った。
「そんなことはないさ」
開発に携わる者たちは、この機体が完成しなかったら、上手く動かなかったら、とプレッシャーを感じている。この機体に国や自分たちの未来が懸かっている。騎手であるアルザードが動かせないような機体にしてしまったら、この窮地を救えない性能にしか出来なかったなら、そんなプレッシャーを感じているのだ。
皆が作り上げた機体を動かせなかったら、性能を発揮できずこの窮地を救えなかったら、と心配しているアルザードと同じように。
「俺には直接的な開発に関われるような能力はないからな。希望を作ったのは、君たちだよ」
アルザードにはある程度の理屈や原理は理解できても、設計や開発に必要な緻密な計算まではできない。組み上げだってそうだ。簡単なことは出来ても、専門的な知識が必要な箇所の整備は出来ない。機体の開発や調整はここにいるスタッフたちがいなければ出来ないことだ。
機体そのものの考案や設計、組み立てが出来なければ、希望すら見い出せなかった。
何を言っても、気休めにしかならないかもしれない。
それでも、僅かな望みに未来を託している者同士、成功を信じるしかない。
「……妹がさ、来月結婚するんだ」
アルザードの言葉に、ヴィヴィアンが目を丸くした。
三つ年下の妹が、来月結婚する予定になっている。相手は貴族でこそ無かったが、とても真面目で誠実な男だ。両親が首を縦に振るのにも十分な人物だ。
何事もなければ、来月には結婚式を挙げることになっていた。
「今頃は避難しているとは思うけど、国が無くなったら、どうなるか分からないからな」
アルフレインという国が無くなってしまったら、その後がどうなるかは分からない。国を滅ぼした三ヵ国がどう動くか予想ができない。
「俺が戦う理由の一つはそれだ」
この国が無くなれば、妹たちが幸せに生きていけるという保障も無くなるようなものだ。
それも、来月まで持ち堪えるだけでは駄目だ。この国を守り続けなければならない。この国の存続こそが必要だ。
「一つ、ってことは他にも……?」
言い方が引っかかったのか、ヴィヴィアンが僅かに首を傾げた。
「ああ、それは――」
アルザードが言いかけた時だった。
「上等騎士宛ての手紙が届いています」
背後から声をかけられて、アルザードは振り返った。
この施設の職員の一人が手紙を差し出している。定期的に外部から入ってくる補給物資等と一緒に、ここにいる人員の家族や知り合いからの手紙が届くことがある。情報管理のため検閲はしっかりされている。
「こんな時期に手紙……?」
受け取った封筒をひっくり返して差出人を確認して、アルザードは眉根を寄せた。
「どうしたの?」
ヴィヴィアンがアルザードの表情に気付いて首を傾げた。
「妹からだ」
差出人には、アルザードの妹の名前が書かれていた。
封筒から中身を取り出して、アルザードは手紙を読み始める。
「……避難ができなかっただと?」
アルザードの眉間に皺が寄って行く。その言葉聞いたヴィヴィアンも、決して良い内容が書かれていないことには気が付いたようだった。
「どういうこと?」
「街道が潰れて使えなくなったらしい」
妹からの手紙には、避難するはずだった隣の都市へ向かう街道の途中で土砂崩れが起きてしまい、通行不能になったと記されていた。西側方面の主要な街道だっただけに、避難するのを見送ったようだ。
土砂崩れに巻き込まれたという報告でなかっただけ幸いか。
東方面は攻められており、北と南も敵対国の存在する方角であり、避難するにも安全とは言い難い。必然的に、避難先は友好国のある西側の都市部に絞り込まれた。
そこへ向かう道でトラブルが発生し、通行が困難になっている。
「……嫌な予感しかしないな」
アルザードは苦い表情で呟いた。
自然災害であるなら間が悪いとしか言いようがない。確かに、最近は雨の日が多かった。だが、土砂崩れが起きるほど天気が悪かったとは思えない。
西方面への主たる街道なだけに、そういった自然災害への対策もそれなりにされていたはずだ。東側が危機的状況であるため、そちらへ戦力を回すためには西側の警備も薄くせざるを得ない。そこを突かれた可能性もある。
王族に逃げられぬよう、退路を断つための工作と見ておくべきだろう。
最悪、西方面からも攻め込まれる可能性がある。東の最終防衛線も限界が近い。
「何も出来ないってのは、悔しいもんだな……」
手紙を握り締めて、アルザードは呟いた。
最悪、ここに配備されている機体に乗って出撃することはできる。だが、アルザードが一人で出撃したところで、どうにもならない。
ただの魔動機兵では、アルザードが無茶をすれば直ぐに使い物にならなくなってしまう。加えて、騎手がいなければ開発中の新型が完成したところで動かすことができない。
故に、アルザードはここを離れるわけにはいかない。
何も出来ないもどかしさだけが募る。
基地にいる者達は全力を尽くしている。それを間近で見て知っているだけに、行き場のない感情が重く圧し掛かってくるかのようだった。
***
事態が動いたのは、手紙が届いた三日後だった。
東の最終防衛線が突破されたとの報せが飛び込んできた。限界以上に持ち応えてくれていた前線部隊はほぼ壊滅しているだろう。
三ヵ国同盟の部隊が王都に辿り着くまでに一日もかからない。
新型の完成は結論から言って、間に合わなかった。機体の仮組みが終わるのが、そもそも今日の予定だった。
アルザードは自室で項垂れていた。ベッドに腰を下ろし、頭を抱えてしまいそうになるのを何とか堪えている。
王都には精鋭である近衛部隊が配置されているが、戦力としては最終防衛線に配備されていた前線部隊以下だ。最後の悪あがき程度にしかならないだろう。
やはり、自分も使える機体で出撃するべきだろうか。何もしないよりはマシではないか。
アルザードがそう思い、部屋を出ようとした時だった。
遠くで音が聞こえた。
爆音のような、轟音のような、戦場で聞き慣れた、兵器が何かを破壊する音だ。
方角は、王都の西側だ。
アルザードは部屋を飛び出し、基地の外へ向かった。
西側から、敵が攻めて来ていた。
王都を守護する近衛の機体が街並みを駆け抜けて行くのが見えた。金の装飾が施された青と銀の装甲に身を包んだ人型機械が西方面へと向かって走っている。アルフレイン王国の魔動機兵を象徴する最上位の機体だけあって、そのシルエットは通常の機体と比べると幾分かスマートだ。それでも、人間と比べると縦に少し潰したような、やや不恰好さはある。
西側から攻めてきたのは、北方のノルキモで多く使われている軽量の機体だった。偵察や速攻をする際に多く投入される、装甲を減らして機動力を高めた種類のものだ。
「くそっ……やっぱりか!」
アルザードは毒づいた。
妹からの手紙に書かれていた街道の土砂崩れは間違いなく工作によるものだ。工作と偵察を兼ねて王都に近付き、最終防衛線が突破されるのを合図に王都へ攻め込む。
そうして、近衛部隊の気を引いている間に、防衛線を突破した本隊が王都に辿り着く。この奇襲で王都を制圧出来るならばそれも良し、不可能だったとしても近衛部隊を消耗させ、連戦を強いることが出来る。
街中に入り込んだノルキモの軽量機が無差別に銃を撃とうとするところへ、一機の近衛が手にしていた槍を投げ付けた。槍はノルキモ機の首辺りに直撃し、頭部を吹き飛ばし、胸部を抉る。轟音と衝撃波による突風が巻き起こり、機体が倒れて土煙が舞い上がる。
近衛へと向けて敵機が発砲し、流れ弾が王都の空に軌跡を描く。
市街地の様子がどうなっているのか、ここからでは分からない。ただ、混乱が起きているのは想像に難くない。
「アル!」
ヴィヴィアンに名を呼ばれ、アルザードは我に返った。
「エクター先生が呼んでる! 早くきて!」
袖を掴まれ、引っ張られる形で、アルザードは基地施設の中へと引き返した。
息を切らせて走るヴィヴィアンに並んで、通路を急ぐ。
気が付けば、誰ともすれ違っていない。職員は避難したのだろうか。
執務室の扉が見えてきた時、扉が開いて中からエクターが姿を現した。
「アルザード、分かっていると思うが、時間切れだ」
「ええ、そのようで……」
エクターの声音は、いつもよりもいくらかトーンが低い。状況の深刻さを考えれば、当然だ。
隣では、ヴィヴィアンが肩を大きく上下させて切れた息を整えている。
「俺も出撃します。機体はありますよね?」
何もせずに死を待つのは我慢がならない。ここにも配備されている機体があるはずだ。
エクターの口元に笑みが浮かんだのが見えた。
「良く言ってくれた。とびきりの機体を用意しているところだ」
「まさか……」
とびきりの機体、と聞いて思い当たるものなどここでは一つしかない。
エクターにとって、今や普通の魔動機兵にその単語が結びつくことはないからだ。
「新型を?」
「まともなテストはほとんど出来ていない。この意味が分かるね?」
アルザードの問いに答える替わりに、エクターが言った。
予定が間に合わず、本来なら行わなければならない試験過程のほぼ全てがなされていない機体を実戦に投入しようと言うのだ。前線で戦う騎手にとって、それは動作保障の全くされていない武器を扱うのと同じだ。
機体を組み上げて終わり、という訳にはいかない。
きちんと回路が繋がっているかどうか、基本動作の確認や、出力が安定しているかのテスト。全力で機体を振り回してみて、どれだけの出力や機動性が実際に発揮できるのかを測定すると同時に、各部へ発生する負荷の確認も必要だ。また、全力での稼動限界時間の測定などもある。
それらを一通りこなした上で、得られたデータを基に機体各部の設計や計算を見直して調整を繰り返して行かなければならない。
新型は、今ようやっと形になったばかりだ。
まともに動くかどうかさえ、保障が出来ない。限界性能の測定や安定稼動の実験が出来ていないということは、戦場でどんな不具合が起こるか分からないということでもある。
最悪、空中でバラバラになってしまう可能性すらある。
「それでも……!」
普通の魔動機兵を直ぐダメにしてしまうアルザードにとっては、どちらも同じようなものだ。少し力めば使い物にならなくなりかねない普通の機体と、全力で振り回せる可能性のある新型ならば、後者の方が戦力になるかもしれない。
間近で、ここで作られる新型機の性能の一端に触れていたアルザードには、その凄まじさを知っている。当然、それ故に機体の不具合は恐ろしい。出力が高いということは、動力部に問題が発生すれば被害がどんな形になるか分からない。
「よし、ならば急ごう」
エクターが歩き出し、呼吸の整ったヴィヴィアンが続く。アルザードもそれを追いかける。
まず、更衣室でアルザードは今着ている服を全て脱ぎ、専用のスーツに手足を通した。高い魔力適性が必要とされる新型のために設えられた特注品の騎手衣装だ。全身に魔力伝導率を高める処置が施されており、戦闘中における重圧耐性や衝撃吸収性能にも優れている。肘や膝、肩といった関節部や、胸部には保護用に銀色のプロテクターがあり、さながら鎧のようだ。
専用のヘルメットを手に、更衣室を出ると、ヴィヴィアンが待っていた。
「不安で仕方ないって顔してるな」
アルザードは僅かに苦笑した。
「だって……」
「敵がちゃんといるってだけで、テストするのにも動かさなきゃいけないんだ。そう思えば、そんなに違いはないさ」
不安そうに見上げてくるヴィヴィアンに、アルザードは努めて明るく答えた。
確かに、テストの過程に危険が無いかと問われれば、そうでもない。例え実戦でなくとも、試験中にどんな不具合や事故が起こるかは分からない。
「だけど……」
「戦う理由があるからな。可能性の大きい方に賭けたいんだ」
歩き出したアルザードを追いかけるように、ヴィヴィアンが隣につく。
「言いそびれていたけど、許婚がいるんだ」
「え……?」
ぽつりと漏らした言葉に、ヴィヴィアンが驚いた声をあげる。
アルザードが戦う大きな理由のもう一つが、それだった。戦争が激化して、前線に立つようになってしまったが、落ち着いたら籍を入れようとしている女性がいる。
家族である妹のことも大きなウェイトを占めている。だが、自分が愛した女性がいる国を守りたいというのは同等以上に大きな理由だった。
前線で戦えないことを不満に思っていたのも、自分の力を国の防衛に使えないからだ。それも、新型の開発に参加していくうちに、考えは変わった。この新型ならば国を救えるかもしれない。そう思わせるだけのものを、見せ付けられた。
ならば、アルザードに出来ることは、その新型で国を救うことだ。それが、ひいては家族や恋人を守ることになる。
「そ、そう……」
ヴィヴィアンの声はか細くなっていた。
機体が組まれている格納庫の扉を開けて、中に入ると基地の人員のほぼ全てが慌しく行き交っていた。
そんな中で、奥には巨大な人型の機械が立っている。
「やあ、来たね。丁度、最終チェックが終わったところだよ」
自分も最後まで作業に参加していたのだろう、エクターの制服はかなり汚れていた。
最終チェックと言っても、機体を組み上げて、回路を繋げて現時点での仕様通りの形になったというだけのことだ。
「とにかく、これで動くようにはできたはずだ」
今出来る限りの作業を終えた者たちが、周りの機材をどかすために動き回っている。
「後は、君次第だ」
そう言って、エクターはアルザードの肩を叩いた。
アルザードは頷いて、新型の前に立った。
現存する魔動機兵と違って、そのシルエットは完全な人型のバランスをしている。頭頂高は八メートルぐらいだろうか。既存の機体からすると一回り以上大きく感じられる。
塗装や装飾をするだけの時間がなかったため、その外装は材質の色が剥き出しになっている。ほぼ白銀一色に統一された、余計な飾りのない騎士の甲冑とでも言うべき姿だった。
操縦席のある胸部へ伸びる台を駆け上がり、開け放たれたハッチから中へと飛び込んだ。
機体のサイズが一回り大きいせいか、操縦席も心なしか広く感じられる。座席に座り、ヘルメットを被り、鼻までを覆うバイザーを下ろす。口元しか見えなくなるため、スーツと合わせてこちらも見た目はまるで騎士の甲冑のようだ。
座席後部から伸びるコードをヘルメットの裏側、丁度首筋の辺りにある端子に繋ぐ。
アームレストの先にある、ヒルトを掴み、僅かに力を込める。
それを合図に、真っ暗だった操縦席に光が灯る。
バイザーの裏側がスクリーンとなり、機体の頭部にあるカメラアイから得られる光景が映し出される。首を左右に動かせば、その動きは頭部と連動する。
バイザースクリーンの向こう側も薄っすらと透けて見えているため、操縦席内の自分の体や、前面のスクリーン、情報パネルなども視認できる。
「通常起動は問題なく成功したみたいだね」
耳元から、エクターの声が聞こえた。
ヘルメットには通信機も内蔵されている。機体が起動して、動力が繋がったことで通信機も機能するようになったようだ。
「最終確認だ。その機体は本当に組み上げられたばかりで、テストも何もできていない。現時点でのデータの上では、計算上、求められる最低限の性能は満たしているが、実際に動かしてどうなるかは未知の領域だ」
いつもの飄々とした感じのない、真面目なエクターの声だ。
「騎手である君にどんな影響が出るかも分からない。それでも、やってくれるんだね?」
これほどまでに真剣なエクターの声を聞いたのは初めてかもしれない。
「今更、やめる気にはなりませんね」
軽口を叩くように、アルザードは答えた。
この機体に賭けた者の一人である以上、最早選択の余地はない。
「宜しい、ならば後は君の好きなようにやってくれ」
僅かに、エクターの口調が和らいだ。
「僕らは随時データのチェックも合わせて通信でサポートに回る」
「了解」
唇を舐め、ヒルトを握る手に力を込める。
アルザードの背後で、新型の動力システムが稼動を始める。プリズマドライブと同じような、風を切るような音が少しずつ高まって行く。
「そういえば、この機体の名前は?」
「ああ、考えてる暇すら無かった。君の好きに呼んでくれていいよ。それを名前にしよう」
思い返してみれば、開発用の資料のどこを見ても、名前に使えそうなコードやナンバーは書かれていなかった。エクターには名前などどうでも良かったのだろうか。
「全く……」
苦笑しつつ、魔力が機体各部に行き渡るのを待つ。
風を切るような音が僅かに小さくなり、代わりに、鈴の音のような、高く済んだ金属音に似た音が響き始めた。
「……っ!」
同時に、アルザードの全身に衝撃が走る。
機体各部に魔力が行き渡ると同時に、その反動なのか生身の体に重圧がかかった。体重が三割増しになったかのようだ。
「ライフルを忘れないで」
通信機からヴィヴィアンの声が聞こえた。格納庫の端に、三メートル近い長さのある長銃が置かれているのが見えた。この機体の専用武装のようだ。
機体をゆっくりと歩かせて、格納庫の正面にある扉が開くのを待つ。
こうしている間にも絶えず戦闘の音が聞こえてきていた。近衛部隊もそう簡単にはやられないだろうが、国民が避難できていない王都内部での戦闘では力を発揮し辛いはずだ。
「……アル」
扉が少しずつ開いていく中で、ヴィヴィアンが名前を呼ぶ。
「生きて、返ってきて」
囁くような、祈るのような声だった。
「――好きになった人には、死んで欲しくないから」
アルザードには、答える言葉が見つからなかった。
開き切った扉から機体を進ませる。
「イクスキャリヴル……アルザード・エン・ラグナ、出陣します!」
ヒルトを強く握り締め、アルザードは高らかに叫んだ。
新型機、イクスキャリヴルが僅かに腰を落として力を溜め、地を蹴って大きく跳躍する。
「なるほど、超越騎兵(イクス・キャリヴル)か」
愉快そうなエクターの声が聞こえた。
まるで飛翔するかのような高度に到達した機体の中で、アルザードは西側の戦場に目を向けた。搭載された高性能カメラは、アルザードの魔力に応じて見たい方角の景色を拡大望遠する。
近衛部隊が押してはいるが、長引くと東側から本隊が攻めてくる。
高高度からの着地の瞬間には流石に冷や汗が出る。これほどまでの高さからの着地など、魔動機兵では経験したことがない。関節の破損もなければ、操縦席への衝撃も思ったほどではなかった。
「マナマテリアル様々だな……」
アルザードは呟いた。
イクスキャリヴルの構造材はそのほとんどをマナマテリアルという後天的に魔素含有率を高める処置を施したものとなっている。魔力伝導率を高め、稼動効率を高めると共に、搭乗者の魔力次第では強度や耐久性までをも向上させられる高価な代物だ。
街道を疾走すれば、これまでに見たことのあるどんな魔動機兵をも上回る速度が出た。そのままの速度でノルキモの軽量機に突撃する。
突然現れた影に、軽量機が身構えるも、遅い。
左腕で体を庇うようにして、そのまま体当たりをする。
たったそれだけで、軽量かつ装甲の薄いノルキモの機体は吹き飛ばされた。四肢がもげて、バラバラになる。
言葉を失ったかのように、近衛部隊とノルキモ部隊、双方の動きが止まる。
その隙を逃さず、ノルキモの機体に接近し、首筋を掴んで引き倒す。我に返った敵機が武装を向けた時には、近衛の攻撃が突き刺さっていた。
識別信号から、近衛にはイクスキャリヴルが味方だと見えているはずだ。
「アル! 東から本隊が来る!」
ヴィヴィアンからの通信が聞こえた。
見れば、イクスキャリヴルが乱入した一瞬のうちに、ノルキモの部隊は残り僅かとなっている。放っておいても近衛が殲滅してくれるはずだ。
辺りは酷い惨状だった。建物は破壊され、通りも滅茶苦茶だ。住人の死体も少なくない。これでも、近衛は被害を抑えた方だろう。
「行け、白銀の機兵よ。ここはもう我らでも十分だ!」
「……はい!」
近くにいた指揮官らしい近衛の機体からの通信に、アルザードは短く答え、踵を返した。
一息に大きく跳躍し、上空から東の方面へ目を向ける。
東側の平原に部隊が展開を始めている。地平を埋め尽くすように、三ヵ国の機兵の影が蠢いていた。
その中から何機かの高機動型の魔動機兵が突出して向かってくる。偵察か、斥候か、あるいは先鋒か。
イクスキャリヴルを街中に着地させる。出来る限り、家屋のない開けた場所に着地したが、地面は抉れ、衝撃波で周辺のガラスや石畳が吹き飛んでしまった。
「構うな、被害に関しての責任は全て僕が負う。君は国を守ることに集中するんだ」
エクターの声に、無言で頷く。
街道を疾走し、広い王都の区画を一気に駆け抜ける。速度のメーターが通常の機兵では有り得ない数値を叩き出していたが、異常は起きていない。
敵機はまたノルキモで良く使われている軽量型の機兵だ。エンブレムやカラーリングからすると、東方の国家セギマ所属の部隊らしい。敵機が王都の領地に足を踏み入れようとするのと同時に、イクスキャリヴルの左拳が届いた。
錐揉みしながら吹き飛び、地面に転がりながら腕や脚がもげていく。
一瞬のことに身動きが止まった機体の一つを回し蹴りで胸部を粉砕、もう一機を掴んで残りの一機に投げ付ける。それだけで、突出していた部隊の魔動機兵全てがスクラップになった。
状況が状況だけに、最初から加減などしていない。それでも、この新型の動力システムはアルザードの持つ魔力を余すところなくエネルギーに変え、コストを無視した機体はそのエネルギーに応えてくれている。
疲労の溜まり方は通常の魔動機兵の比ではない。だが、少し動かしただけでも、あらゆる魔動機兵を圧倒する戦闘能力が発揮できている。
「ライフルを使う」
言って、アルザードは右手に持っていた長銃を腰溜めに構えた。
このライフルは、当然、通常の銃火気ではない。一般的な魔動機兵の武装は人間用に作られているものを大型化させて調整を加えたものがほとんどだ。
だが、桁違いの出力を持つイクスキャリヴルのために作られたこのライフルは、仕組み自体が違う。
機体の手のひらにあるジョイントから、ライフルに魔力を送り込む。動力システムが唸りを上げ、アルザードの全身に重圧のように反動が圧し掛かる。
ありったけの力を込めて、アルザードはライフルのトリガーを引いた。
瞬間、極彩色の光が銃口から溢れた。
放たれた光は前方にあるもの全てを消し飛ばし、飲み込んだ。その光の渦を、銃口の向きを変えることで薙ぎ払うように振るう。
マナライフルと仮称されたその兵器は、従来のような物理的な運動エネルギーで破壊するものではない。新型の動力システムと、それを動かせるアルザードの桁外れの魔力によるエネルギーを、そのまま武装に転用したものだ。
極限まで圧縮した魔素の奔流を放ち、着弾地点に存在する物体に含まれる魔素に干渉、対象物そのものを自壊させるというとんでもないものだった。
「敵の反応、三割が消滅……」
唖然としたヴィヴィアンの声が聞こえた。
同時に、バチン、と大きな音がした。
それと共に、バイザースクリーンの端に、強制交換、と書かれたメッセージが表示された。
イクスキャリヴルの背面、首筋の左右辺りから、液体が吐き出される。それは、ドライブ内に充填されていたエーテルだった。背中のパック内に搭載されていた予備の高濃度エーテルをドライブ内に流し込み、濃度が薄まり仕事を果たせなくなった廃液を外部に放出しているのだ。
放出されたエーテルはマントのように広がり、光を反射して煌く。
「もう一発……!」
エーテルの交換が終わると共に崩れた姿勢を整え、ライフルへのエネルギーチャージを再開する。
展開していた敵が動き出すより早く、ライフルを撃った。
防御不可能な極彩色の奔流で、平原を薙ぎ払う。
だが、その途中で長銃の砲身が吹き飛んだ。射撃の反動に耐え切れなかったのだ。
元々、照射するような武装ではない。出力の高さ故に、結果的にそうなっただけだ。設計されていた以上の負荷や反動がかかれば、壊れて当然だ。
それでも、敵の本隊をまた三割程度削ることができた。
残り四割の敵部隊から、一斉に砲撃を開始される。
銃身が拉げたライフルを投げ捨てて、アルザードはイクスキャリヴルを走らせる。
腰のマウントにある筒状の武装、マナセイバーを手に取る。極彩色の光が筒から伸びて、剣を形作る。
光の剣を振るうと、目の前に迫っていた機兵がいとも容易く両断された。抵抗感など一切なかった。
マナライフルと同様に、魔素の奔流を剣状に収束させたものだ。
群がってくる無数の敵を、極光の剣を手に切り伏せて行く。ありったけの力を込めて機体を振り回し、消耗したエーテルが排出されて戦場に虹を描く。
至近距離からの砲撃は、魔素の奔流を拡散させて盾にして防ぐ。遠距離からの攻撃はかわし、時には倒した機体を盾として使った。致命的なものでなければ無視することもあった。
近距離であれば、マナセイバーを防げるものは存在しない。魔素の奔流を振り回す限り、イクスキャリヴルの優位は動かない。機動力と出力の高さを活かして、縦横無尽に戦場を駆けた。
アルザードはただひたすら、力の限り剣を振るい続けた。
***
近衛の部隊が到着する頃には、勝敗は決していた。
三ヵ国同盟の魔動機兵部隊は全滅、歩兵部隊もその戦闘と近衛の到着により王都内への侵入は成らず、撤退を余儀なくされた。
イクスキャリヴルは最後の魔動機兵を両断した直後に停止し、近衛部隊によって回収された。
騎手であるアルザードは極度の疲労により気を失ったが、命に別状はなかった。強過ぎる反動に長時間晒されたためか、翌日は全身に痺れのようなものが残ったものの、それも三日もすれば無くなり、完全に回復した。
これまでの前線部隊による粘りで三ヵ国は想定以上に消耗しており、全戦力を持って王都を制圧するはずだった本隊も壊滅したこともあって、情勢は引っ繰り返ることとなった。
「まだやってたのか」
書類ばかりが溢れかえる執務室で、紙束に埋もれるようにして紙に筆を走らせているヴィヴィアンの耳に、アルザードの声が飛び込んできた。
「中々終わらなくって……」
苦笑とも呆れとも付かない曖昧な笑みを浮かべて、ヴィヴィアンは言った。
彼女は今、大量の書類関係の仕事を片付けている最中だった。
「あ、届いたんだ」
紙の山から顔を出したヴィヴィアンは、アルザードの姿を見て呟いた。
アルザードは銀の紋様が刻まれた青い制服を身に着けていた。高位騎士(ハイナイト)のものだ。
鬼神の如き活躍を見せた新型魔動機兵イクスキャリヴルは救国の象徴となり、騎手であるアルザードも英雄として祭り上げられることになった。異例とも呼べる特進を果たし、中位騎士(ミドルナイト)を飛ばして高位騎士(ハイナイト)である上級正騎士の位を与えられたのである。
救国の英雄が低位騎士(ローナイト)では格好が付かないから、という理由もあるようだ。
「まだちょっと慣れないけどな」
苦笑して、アルザードは崩れた書類を拾い上げた。
低位騎士(ローナイト)から一気に高位騎士(ハイナイト)になったため、周りの対応の変化に慣れないのだ。イクスキャリヴルを開発したこの基地にいる間は、責任者であるエクターの意向もあって無礼講なため、アルザードには気が楽だった。
敵味方共に、イクスキャリヴルの存在は大きな影響と反響をもたらした。国内においては希望や国家の力の象徴として、国外に置いては強力な手札として。
痛手を負いながらも、三ヵ国には余力がある。だが、今回の一件から、その余力とも言える戦力を全て注ぎ込んでも真正面から叩き潰される可能性は決して小さなものではないと身をもって知ってしまった。
アルフレイン王国に対して、慎重にならざるを得なくなったのだ。
当然、イクスキャリヴルはそう頻繁に動かせる代物ではない。だが、それを知っているのは騎手であるアルザードや、整備を行う者たちと、計画やコストについて知っている国家首脳の一部だけだ。
それでも、脅しとしてちらつかせる分には効果覿面だった。
「エクターは?」
「寝てるかな」
即答だった。
未だに研究にのめり込んで徹夜を続けては不定期に眠る生活をしているらしい。
今回の合同作戦が失敗に終わったことで、三ヵ国同盟内部にも亀裂が入っているという情報もある。同盟が分裂してしまえば、それこそ単一の国家だけではアルフレイン王国と渡り合うのは不可能だと判断するだろう。かといって、このまま同盟を結んでいても各国それぞれの思惑が達成できないのならば同盟を結び続ける意義は薄い。
いずれにせよ、アルフレイン王国は滅亡を免れた。戦争自体が終わったとは言えないが、今後はこちらが攻勢に出ることも出来るだろう。
「……悪かったな、気付いてやれなくて」
散らばった書類を整理しながら、アルザードが呟いた。
「ああ、うん……こっちこそ、ごめんね。あんな時に変な事言って……」
何のことを言っているのか分かったヴィヴィアンは、乾いた笑みを浮かべた。
「好きな人がいるなら、仕方ないよ。流石に、ちょっと残念だったけど」
誰が聞いても、ちょっとどころの話でないのは明らかだった。
「籍、入れてきたよ」
「うん、ニュースになってたね」
僅かな休暇の間に、アルザードは許婚の女性と挙式を上げた。家族だけでひっそりやるつもりだったが、どこから情報が漏れたのか、大々的に報道されてしまった。時期が時期だけに、もう少し慎重になるべきかと反省もしたが、もう過ぎたことだ。明るい話題を提供できたと前向きに考えることにした。
「愛人とか、どう?」
「おいおい結婚したばかりだぞ、スキャンダルで殺す気か?」
悪戯っぽく言ったヴィヴィアンの冗談に、アルザードは笑って返した。
「まぁでも、あの機体を扱う限りは、長い付き合いになりそうだしな……宜しく頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
アルザードが差し出した手を握り返すヴィヴィアンの表情は柔らかく、いくらか明るいものになっていた。
やがて、アルフレイン王国は劣勢を跳ね除けて周辺諸国を取り込み、大国へと成長していく。
その旗頭として、イクスキャリヴルは剣を振るい、その名は刻まれていくこととなる。
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