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作品ID:587
こちらの作品は、「お気軽感想希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約8857文字 読了時間約5分 原稿用紙約12枚
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静かな海~惑星アルビス物語
作品紹介
銀河系の辺縁にある惑星アルビスに住む少年カルは自分の住んでいる星にいろいろな疑問を感じていた…ある日海辺で出会った漁師ゾーイと親しくなり、アルビスの国家や体制、生物にも疑問を持つようになったカルは、やがて、ゾーイの協力を得ながらその謎に迫っていく。
始まり
「そうだったんだね、僕が今まで学んでいたのは…普通のプログラムとは違ったんだね…」
「はい、カルさま。私は貴方なら…きっとこの星で何が起こっているのか、いつか調べて考えて…そして解決への道を探し出せるとそう思ったのです。貴方ならきっと…」
その時のW23との会話を、カルは時々思い出すのだった。
カルは、通年緑眩しく穏やかな、過ごしやすい気候の海辺の町、ノットゥルノに住む少年だ。
ノットゥルノは惑星アルビスのカイエス国の首都コハンからフリーシャトルで一時間ほど離れた閑静な別荘地である。
惑星アルビスには国家は一つ。それがカイエス国である。その殆どが地球からの移民の子孫であった。
地球で1000年前に起こった第四次世界大戦で、「地球上」に人間が居なくなった時、宇宙に脱出し、いずれどこかの星に定住するため移民船に乗り込んだ地球人およそ1000名は、移民船の名をアルビス号と名付けた。
それが惑星の名前となったとアルビスでは信じられている。
カル
ある日、沈む夕日と海を見ようと砂浜を歩いていたカルが見知らぬ人と出逢ったのは、10歳になる七月の始めのことだった。
アルビスでは10歳の誕生日を特別なものとして祝う慣習があった。
誕生日を前に、カルはその慣習を独特な感覚でとらえていた。活発に遊び、学び、そして両親には素直な良い子だったが、一人の時にはW23を相手に様々な事を喋りながら考えをまとめようとするカルである。
W23は、家事万能型ロボットだ。
卵型の身体に自在に動くキャスター型の「足」が二つ付いていて、頭の部分にはつぶらな瞳と横一文字の口がある。
古い小説の「ハンプティダンプティ」のようだ。
家事と一口に言ってもその内容は多岐に亘るので本来高性能であったが、加えてA.Iが搭載されており、形以外、人間との差異は殆ど無い位の知能や情感を備えていた。Wと数字で管理されたこれらのロボットは「家事ロボットなら政府公認、Wにお任せ。ゆりかごから天国まで、貴方の暮らしを豊かにいたします」の宣伝文句でお馴染みであった。
普段カルの両親は、父の赴任先である首都コハンに居住し、週末を息子と過ごすためにノットゥルノにやってくる。
生まれて数年を両親とともにコハンで過ごしたカルは、もう五年、W23と、ここノットゥルノの家に住んでいる。週末以外は家にはW23しか居ないのが常だった。
別にそれを寂しいと思ったことはかつて無かった。父も母も十分に自分を慈しんでくれている。カルのようなアルビスの子供たちは五歳にもなると、独りでゆったりした海辺で暮らすのが常であった。お供にそれぞれのWを連れているので両親も安心していられる。
カルの父コッホはアルビスの重要な貿易の品である「キール」の製造、生産を取り仕切る立場の役人であり、アルビスの中では中級よりは上流階級に近い地位にあった。
キールはアルビス特産のアナナスの木から穫れる実から作る飲み物で、アルビスを照らすアムニスのような透明な黄金色をしていた。味も香りも良く、栄養価も高いため珍重されており、従ってキール製造の管理者ともなれば、そこそこ裕福なのである。
そんなカルがいささか憂鬱な気持ちで浜辺を歩いているのには訳があった。
「アルビス人になるための」通過儀礼をおこなう10歳の年のことを、惑星アルビスを明るく照らすアムニスに因んで「アムニスの時」と呼ぶ。
「アムニスの時」を迎えると、アルビスの人口台帳にアルビス人として再登録され、同時にしかるべき「伴侶」となる相手を選ばれ、その後10年以内にその伴侶と人生を共にする儀式を行う。
そういう決まりごとがどうしてもカルには納得出来なかったのだ。
穏やかで静かなアルビスの海も大きい変化ではないが刻々とその有様を変えていく。自分たちアルビス人だって皆それぞれ違うではないか。それなのになぜ、誰もが決められた通りの人生を歩むのだろう。
慣習というものは遠い故郷の地球にもあり、時代を経て継承されてきたという事を学んではいたが、地球にはさまざまな国や人種が存在していた。故に慣習も多種多様なものであったのだ。
でもここでは違う。一つの星に一つの国家しかない。そして皆はそれを当たり前に受け入れている。ため息混じりにカルは考える。自分もアルビス人として皆と同じように生きていくのだろうか。「アムニスの時」を迎えることを喜ぶ両親たちとは反対に、カルはどんどん憂鬱な気分になっていたのだ。
浮かない心持ちで歩き続けるうち海岸沿いに人影が見えた。少しずつ暗くなる空がその人影を不鮮明な色に変えていく。一瞬見えた顔に、カルははっとした。
深い海のような青い目が鮮明だった。
カルはそこに、自分が求めている何ものかを見たように思った。引き寄せられるように、その目の主のそばに、胸の動悸を抑えながら近づいて行った。
その人は言った。
「やあ、珍しいな、別荘の、しかも子供の一人歩きなんて」
それが漁師、ゾーイとカルとの出会いだった。
ゾーイとカル
その人は夕焼けに照らされた浅黒い顔でカルに微笑みかけた。笑うと少し皺の出来る愛嬌のある表情になった。体躯は大きく、身長は180㎝を優に超え、豊かな肩幅に筋肉が労働によって自然に付いたひと特有の無駄のない身体付きをしている。
「こ、こんにちは…」一人で歩いていたカルは、いつもの習慣で思わず自分の左側を見た。そこはW23が居るはずの場所だが今日は一緒ではない。
挨拶に対して男は笑いと軽い会釈を返すと、その足元のかごを手に取った。
「俺は、ゾーイだ。お前さんは?」
「僕はカルです」お前さんは、などと言われたことのないカルは、しかし、ちっとも不愉快に感じなかった。
「すぐそこに俺の家がある。もしよかったら、ちょっと寄って行かないか」
カルは黙ってうなずくと、ゾーイに着いていった。ゾーイは足運びをカルの歩幅にさりげなく合わせてくれたのでカルは慌てずに歩くことが出来た。この人はいったいどんな人なんだろう…カルは好奇心ではちきれそうだった。一瞬「カル、知らないひとに会っても、挨拶するぐらいにしておきなさいね、注意するのよ」という母の言葉が頭をよぎったが、すぐに消えてしまった。数分後二人はゾーイの家に到着した。
簡素な作りの家だった。周りに防風林のようにアナナスが植わっている。砂地近くでキールの原料になるアナナスの木を見るのは初めてだった。人の家があるのも初めて目にした。 きょろきょろと周囲に走らせるカルの視線に、
「珍しいだろう。別荘地じゃあ、こんな家にはお目にかかれまい。これは俺が自分で建てた家なんだ」とゾーイは誇らしげに言うのだった。
人間が家を作るんだって?カルはびっくりしてしまった。そんなことは、建造ロボットの仕事に決まっている。そう思っていたからだ。ゾーイは笑った。
ドアとおぼしき所でカルは再び戸惑った。ドアはカルが前に立っても開かない。カルの知っている「家のドア」は人が近づくのを察知して開いたり閉じたりするのだ。困っているとゾーイがドアの左側に付いている丸い物を右に回し、ギイイという音を立てて、ドアを内側に開いた。
「さあ、おはいり」ゾーイに促されてカルは家の中に入った。
そこは素朴だが居心地がよさそうな空間だった。薄いけれどふかふかした敷物、家と同じように木で作ったらしい家具が趣味良く並び、部屋の奥には台所と梯子のかかった戸棚のような所があった。戸棚は天井の上に通じていて、そこか ら屋根裏に行けるようになっている。
「くつろいでくれ、そこらへんに座ってな。キールでも飲むかい?」ゾーイはそういうと、ウィンクしてみせた。
「ゾーイさんは、キールを 作っているの?」カルはアナナスの実をジューサーに入れて攪拌させているゾーイの背中に向かって問いかけた。
「いや、俺は漁師だ。ほら、さっき、竹かごを持ってたろう?今日はあの中にカキが入っているんだ。浅瀬でも魚介類が採れる海なんだぜ、ここは…」
カルは漁師に会うのも初めてだった。今日は初めてづくしの日だな、と思う。
ゾーイの声は、海のようにカルの心に沁みた 。暖かくて深い声。じんわり涙が自分の眼に浮かんできたのに自分で驚いた。すぐにごしごしと眼をこすって頭をぶるぶるした。
「どうかしたのか?」ゾーイは青いガラスの小さなコップに透き通った黄金色の液体を入れ、カルにわたしながら聞いた。カルは首を左右に振ってコップを受け取り、キールをぐいっと飲み干した。身体だけでなく心まで、液体で満たされていくようだ。ゾーイはそれ以上は何も聞かず、自分もキールを飲み干すと、おのおののコップにキールを注ぎ足して、ゆったりと座り直した。
波の音が聞こえる。時々夜泣き鳥の声がする。
カルは自分が何を悩んでいたかも忘れていた。ゾーイがどんな人なのかまだ良く分からないけれど、今日出会えたのは奇跡なのかもしれない。そんなふうに思った。
「まだ時間は大丈夫かい?余り遅くなるといけないだろう。勿論、帰るなら別荘まで送っていくけどな」ゾーイが尋ねるとカルは答えた、
「今日は一人だから大丈夫、少しぐらい夜更かししても…。一度家に戻ってテレモニターで母と話をしてから…またここに戻って来ても良い?」
我ながら大胆なことを言う、とカルは思った。
ゾーイはいたずらっぽく笑う、
「俺のことをそんなに簡単に信頼してもいいのかい?初対面なんだぜ。漁師というのも本当かどうか分からないだろう?」
カルは眼を丸くした。今までこんな冗談を言う大人にお目にかかったことが無かった。治安は良いとはいえ、アルビスにも犯罪を取り締まる組織が存在し、だからこそ母も知らない人には注意しろとカルに言い聞かせていたのである。
カルは言った。
「僕、理由は分からないけど、ゾーイさんのこと、ずっと前から知っているみたいに思えるんだ…だから、今夜はここで暫くゾーイさんと居たいと思うんだけど。ダメかな…」
ゾーイは一瞬、カルを見つめてから答えた。
「そうだな、俺もお前さんが気に入ったよ。何故か分からないけどな」そしてまた目元に笑いを浮かべ
「改めて自己紹介するよ、俺はゾーイ。さっきも言った通り、漁師だ。歳は25歳。そして俺にはちょっとした秘密があるのさ…」どうやら癖であるらしくウィンクをして続けた、
「秘密のことはいつかきっと話すよ。君が寝不足にならないような時間まで、そうだな、うちに居るといい。途中でおっかさんに画像を観て貰えば問題は無かろうて」
カルは笑顔を見せた。ほっとしたのと嬉しいのと、よく分からない気持ちがないまぜになっている。
「うちのW23が留守番をしてるから、連れて来てもいい?」
「勿論だ、是非会わせて貰いたいな。それより腹が減ってないかい?軽く夕食といかないか」返事を待つより先に台所に立って、ゾーイは何やら仕込みを始めた。その背中に向かってカルは聞く。
「ゾーイさんは…」「もうさん付けはいいさ、ゾーイと呼んでくれよ」
「うん、じゃあ、ゾーイは、一人で住んでいるの?ロボットは居ないの?」
「そうだな、俺は自分の事は自分でするのが好きなのでな。ところで、俺たちのご先祖様の話を少しは知っているかい?」
「おおまかなことだけちょっとね。僕たちのご先祖様は千年前に地球という星を出て宇宙船であちこち旅して五百年かかってこの星に着いて、星を開拓した…」
「そうだな、おおまかだなあ。それじゃ、俺たちのご先祖様と、この星の始まりの話でもしようか」ゾーイはテーブルに素早く用意した夕食を並べると、
「この「豪華な」夕食をしたためたら、話をしよう」そう言って食事を始めた。カルはテーブルに載っている皿のスープやパンを見ると急に空腹を覚えた。
「さて、と」食べ終えた皿を片付けてからゾーイは言った。
「今からおよそ500年前のこと。開拓者たちがこの星にたどり着いて、最初に到着したのは、ここ、ノットゥルノの海の浅瀬だった」
開拓者というのは勿論我らがご先祖様の事さ。
俺たちのご先祖たちは500年もの間、10世代近くかけて銀河系を彷徨った。急ごしらえの脱走用宇宙船の乗員はおよそ1000名だった。科学者が100名ほど、民間人が900名…その中の100名はコールドスリープの状態だったという…
そうして、科学者たちが研究して選んだ幾つもの星に降りたものの、既に先住民がいたり、他の脱出者とかち合って諍いがあったり、住むには不適切だったりと、なかなか安住の地を見出せなかった。
そして長いときを経てついにこの惑星にたどり着いた1200人ほどのご先祖たちは、宇宙船内でこのアムニス星系では、この惑星にだけ生き物がいることを確認し、地表に降りて幾日かの調査の末、この星の生物が標本で持ってきた地球の生物と余り変わりのないこと、更に地質や水質、その他もろもろのことを調べてなんの障りも無いことが分かった結果、ここを自分たちの星にしようと決めたそうだ。
その後宇宙船で艦長を務めていたカイエスに、皆のまとめ役として、そして国主としてこの星を治めて貰う要請をし、艦長が受諾して惑星アルビスの歴史が始まったという訳さ。
「さて、もう夜も更けて来た。おっかさんに定時連絡を入れておいで」ゾーイがそう言うと、カルは自宅に飛んでいき、母と話をし、W23を連れて大急ぎでゾーイの家に戻って来た。 カルと一緒にゾーイの家にやって来たW23はゾーイを見て小首をかしげるような仕草をしながら、こう言った。
「そうですか、貴方があの、ゾーイ…」W23の言葉をゾーイは遮って、
「そう、俺がゾーイだ、宜しく、W23」と挨拶すると、
「…ワタクシのご主人、カイ様ともども、宜しくお願いつかまつります」おもおもしい様子でW23がゾーイにそう答えたのに、ゾーイは笑いながら、
「君のW23は随分と古風ゆかしい所があるんだね。気に入ったよ」と言った。
「おやおや、もう月があんなところまで来ているな。」
ゾーイの視線を追うと、窓越しに見える二つの月が一つは白く、一つはオレンジ色に夜空を照らしていた。二つの月は南の空に互いに触れんばかりの距離を保ってその光を地上に投げかけていた。
「もう七月だから…」カルは その時突然、「アムニスの日」の事を思い出した。ゾーイの話の続きを聞きたい気持ちと、自分がアムニスの日を迎える憂鬱を打ち明けたい気持ちがカルの中でせめぎ合った。
「何か俺に言いたいことでもあるのかい?」ゾーイは何気ない様子で尋ねた。他の大人の問いかけのように、答えなければいけないという感じを受けずにその質問を受け止めたカルは
「僕が夕方浜辺を歩いていた理由をゾーイに聞いて貰おうと思ったんだ。でもゾーイの話の続きを聞きたくて。だから…」
「なるほどね。そうか…もしかすると、カル、君は10歳になるのかな?「アムニスの日」を迎えるのだな…」
「うん。…ゾーイはおめでとう、とかこれで何とか半人前だ、とか言わないんだね」
「そうだな。言わないのはおかしいかい」
「僕の年を知っている大人でおめでとうを言わないひとは一人もいないよ。そういえばどうしてゾーイは一人なの?仕事の都合?「伴侶」は居ないの?」
「それには少しずつ答えさせてもらうとするかな。それより、いつ「アムニスの日」を迎えるんだい?」
「明後日だよ…明後日が僕の誕生日なんだ」
「そうか…だから海岸を歩いていたっていう訳だったんだな。なるほどね…」
「僕には良く分からないんだ、どうしてみんな同じような生き方をするのかが。」
「それがカルの悩みだったのか」カルがうなずくとゾーイは少し真面目な顔になった。
「カルに は納得がいかないんだな。…それで…そのことは、誰にも言ってはいないね?」
「うん、勿論。だってそんな子、他にいないんだもの…」
「よし、俺にだけ打ち明けてくれたのなら良かった。ご両親にも言わない方が良いだろう。カル、納得出来ないままでいいから、明後日の「アムニスの日」を迎えたら、いつも通りにしていなさい。いいね。決して自分の気持ちを誰かに打ち明けたりしちゃいけないよ」
「それはどうして…」
「もう月が西の空に沈み始めた。そろそろ休む頃合いだな」
「僕、僕は家に帰らなけりゃいけないかな」
「朝、目覚めたときに家に居た方が良いだろうな。今日は送っていくから家に帰りなさい」
カルはがっかりした。この、海のすぐそばの木の家で、ゾーイと一緒に星空と波音を感じながら眠ってみたかったのだ。眠りにつくまでゾーイの話を聞いていたかった。その気持ちを察してゾーイは言った。
「海洋生物や漁師という職業について学ぶということで、今後も俺と会うのは構わないだろうし、心配しなくていいさ、そしていつか泊まりに来るといい。おっかさんの許可をちゃんと貰ってな。こそこそするのは良くないよ」
W23がうなずいている。
「分かったよ、名残り惜しいけど、また僕と会って話をしてくれるなら、今日は帰ることにする。「アムニスの日」のことを聞いてくれて有難う。美味しいごはんも有難う。今日は本当に楽しかった」
「俺もだよ」ゾーイは青い目を細めながら言った。「なんだか年の離れた弟が出来たみたいだ。さあ、家まで送ろう」
そしてゾーイとともに家に戻ったカルは、ゾーイに別れを告げたあと、いつになく味気ない気持ちで自宅の中を見回した。ここには文明がある、と父は自慢していたっけ。確かに何もかもが最新の物質で出来ていて家具や調度も心地良い均衡を保っている。ここでの生活に不便さを感じたことなど一度もない。それにひきかえ、ゾーイの家ときたら。でも…あんなに心地良い家は初めてだった。寝支度をととのえ、ベッドにもぐりこんだカルは、ゾーイの話を思い返しながら、いつの間 にかぐっすりと眠りに着いたのだった。
学びと謎
「アムニスの日」を迎え「半人前の」アルビス人となったカルは、「伴侶」を選ばれ、周りの大人たちの祝福とからかい半分の賛辞を受け、表向きは恥ずかしそうに、しかし誇らしいふうを装って、それに応えた。
ゾーイに会ったあの日から、カルは自分に初めてアルビス人の味方が出来たように思ったのだ。自分だけが感じているらしいあれこれについて、打ち明ける相手が、W23の他に出来たのだから…
ゾーイの家を訪れるための母からの許可は拍子抜けするほど簡単に取れた。丁度、勉強の過程で海辺の生物について学ぶことになっていたし、ゾーイと会ったり家に遊びに行くことも快諾して貰えた。母だけでなく父も、漁師の友達が出来ることに反対を唱えることは無かった。心配するなというゾーイの言葉通りだったのである。
カルはゾーイの家に足しげく通うようになった。
「アルビス人たちは永年の宇宙船での生活の後、豊かな自然を利用して、この国の文明を少しずつ開化させて行ったのさ。…漁師は古くからの職業で、だからロボットは漁師にはならない。他にも人間がやっている職業は色々あるのだけれどね。ロボットたちは…W23のようなA.I搭載のロボットは別だが、単純労働と人間の手に余るような力仕事や、水中や 暑い場所での労働などに従事しているだろう?そういうふうになったのは、アルビスが少しずつ豊かになって、他の星との交流を始めて輸入したロボットを使うようになったからなんだ」
カルはゾーイの話を熱心に聞いていた。
「確か、宇宙船の中で科学者たちはずっと、他の星で住むための研究をやってきたということは習ったけれど…」カルがそう言うと
「そうだな、そのことは公になっているね。あの最後の戦争前にそこそこ、地球の科学は進んでいたっていう話だ。アルビス号には、100名ほどコールドスリープ状態で乗り込んでいたんだしな」
「じゃあその人たちは、無事に眠りから覚めたの?」
「俺の知る限りだが、コールドスリープ後に目覚めて、それから生きながらえたものは、30名だったらしい…」
「その30人の人たちの子孫は当然いるんだよね?そのことって知られているの?」
「理由は分からないが…我々は、コールドスリープで宇宙船に乗り込んで無事到着出来たものは居ないと教わった…なぜだろうね?」
カルは考えてみた。聞いたばかりの話で、良くは分からない。それに、なぜ、「教わった」ことと違う事実をゾーイは知っているのだろう…
もっと話を知りたくて、カルはゾーイに話をせがんだ。
ゾーイはカルに、アルビスの国主になった「カイエス」が科学者を重用したこと、カイエスの一族が、国の主な機能をつかさどる仕事に従事しそれを世襲制としたことなども教えた。
「それって、カイエスの子孫が、この国を治めているってことだよね。500年の間に、誰も反対したりしなかったの?それに、他の宇宙船に乗って来た人たちはその後どうなったの?」
「そのことはまた次にな。もっとかいつまんで話すよ。カルも自分で調べてみたらどうだろう。アルビスの歴史を検証するのさ」
ゾーイはウィンクして、言った。
「そうだったんだね、僕が今まで学んでいたのは…普通のプログラムとは違ったんだね…」
「はい、カルさま。私は貴方なら…きっとこの星で何が起こっているのか、いつか調べて考えて…そして解決への道を探し出せるとそう思ったのです。貴方ならきっと…」
その時のW23との会話を、カルは時々思い出すのだった。
カルは、通年緑眩しく穏やかな、過ごしやすい気候の海辺の町、ノットゥルノに住む少年だ。
ノットゥルノは惑星アルビスのカイエス国の首都コハンからフリーシャトルで一時間ほど離れた閑静な別荘地である。
惑星アルビスには国家は一つ。それがカイエス国である。その殆どが地球からの移民の子孫であった。
地球で1000年前に起こった第四次世界大戦で、「地球上」に人間が居なくなった時、宇宙に脱出し、いずれどこかの星に定住するため移民船に乗り込んだ地球人およそ1000名は、移民船の名をアルビス号と名付けた。
それが惑星の名前となったとアルビスでは信じられている。
カル
ある日、沈む夕日と海を見ようと砂浜を歩いていたカルが見知らぬ人と出逢ったのは、10歳になる七月の始めのことだった。
アルビスでは10歳の誕生日を特別なものとして祝う慣習があった。
誕生日を前に、カルはその慣習を独特な感覚でとらえていた。活発に遊び、学び、そして両親には素直な良い子だったが、一人の時にはW23を相手に様々な事を喋りながら考えをまとめようとするカルである。
W23は、家事万能型ロボットだ。
卵型の身体に自在に動くキャスター型の「足」が二つ付いていて、頭の部分にはつぶらな瞳と横一文字の口がある。
古い小説の「ハンプティダンプティ」のようだ。
家事と一口に言ってもその内容は多岐に亘るので本来高性能であったが、加えてA.Iが搭載されており、形以外、人間との差異は殆ど無い位の知能や情感を備えていた。Wと数字で管理されたこれらのロボットは「家事ロボットなら政府公認、Wにお任せ。ゆりかごから天国まで、貴方の暮らしを豊かにいたします」の宣伝文句でお馴染みであった。
普段カルの両親は、父の赴任先である首都コハンに居住し、週末を息子と過ごすためにノットゥルノにやってくる。
生まれて数年を両親とともにコハンで過ごしたカルは、もう五年、W23と、ここノットゥルノの家に住んでいる。週末以外は家にはW23しか居ないのが常だった。
別にそれを寂しいと思ったことはかつて無かった。父も母も十分に自分を慈しんでくれている。カルのようなアルビスの子供たちは五歳にもなると、独りでゆったりした海辺で暮らすのが常であった。お供にそれぞれのWを連れているので両親も安心していられる。
カルの父コッホはアルビスの重要な貿易の品である「キール」の製造、生産を取り仕切る立場の役人であり、アルビスの中では中級よりは上流階級に近い地位にあった。
キールはアルビス特産のアナナスの木から穫れる実から作る飲み物で、アルビスを照らすアムニスのような透明な黄金色をしていた。味も香りも良く、栄養価も高いため珍重されており、従ってキール製造の管理者ともなれば、そこそこ裕福なのである。
そんなカルがいささか憂鬱な気持ちで浜辺を歩いているのには訳があった。
「アルビス人になるための」通過儀礼をおこなう10歳の年のことを、惑星アルビスを明るく照らすアムニスに因んで「アムニスの時」と呼ぶ。
「アムニスの時」を迎えると、アルビスの人口台帳にアルビス人として再登録され、同時にしかるべき「伴侶」となる相手を選ばれ、その後10年以内にその伴侶と人生を共にする儀式を行う。
そういう決まりごとがどうしてもカルには納得出来なかったのだ。
穏やかで静かなアルビスの海も大きい変化ではないが刻々とその有様を変えていく。自分たちアルビス人だって皆それぞれ違うではないか。それなのになぜ、誰もが決められた通りの人生を歩むのだろう。
慣習というものは遠い故郷の地球にもあり、時代を経て継承されてきたという事を学んではいたが、地球にはさまざまな国や人種が存在していた。故に慣習も多種多様なものであったのだ。
でもここでは違う。一つの星に一つの国家しかない。そして皆はそれを当たり前に受け入れている。ため息混じりにカルは考える。自分もアルビス人として皆と同じように生きていくのだろうか。「アムニスの時」を迎えることを喜ぶ両親たちとは反対に、カルはどんどん憂鬱な気分になっていたのだ。
浮かない心持ちで歩き続けるうち海岸沿いに人影が見えた。少しずつ暗くなる空がその人影を不鮮明な色に変えていく。一瞬見えた顔に、カルははっとした。
深い海のような青い目が鮮明だった。
カルはそこに、自分が求めている何ものかを見たように思った。引き寄せられるように、その目の主のそばに、胸の動悸を抑えながら近づいて行った。
その人は言った。
「やあ、珍しいな、別荘の、しかも子供の一人歩きなんて」
それが漁師、ゾーイとカルとの出会いだった。
ゾーイとカル
その人は夕焼けに照らされた浅黒い顔でカルに微笑みかけた。笑うと少し皺の出来る愛嬌のある表情になった。体躯は大きく、身長は180㎝を優に超え、豊かな肩幅に筋肉が労働によって自然に付いたひと特有の無駄のない身体付きをしている。
「こ、こんにちは…」一人で歩いていたカルは、いつもの習慣で思わず自分の左側を見た。そこはW23が居るはずの場所だが今日は一緒ではない。
挨拶に対して男は笑いと軽い会釈を返すと、その足元のかごを手に取った。
「俺は、ゾーイだ。お前さんは?」
「僕はカルです」お前さんは、などと言われたことのないカルは、しかし、ちっとも不愉快に感じなかった。
「すぐそこに俺の家がある。もしよかったら、ちょっと寄って行かないか」
カルは黙ってうなずくと、ゾーイに着いていった。ゾーイは足運びをカルの歩幅にさりげなく合わせてくれたのでカルは慌てずに歩くことが出来た。この人はいったいどんな人なんだろう…カルは好奇心ではちきれそうだった。一瞬「カル、知らないひとに会っても、挨拶するぐらいにしておきなさいね、注意するのよ」という母の言葉が頭をよぎったが、すぐに消えてしまった。数分後二人はゾーイの家に到着した。
簡素な作りの家だった。周りに防風林のようにアナナスが植わっている。砂地近くでキールの原料になるアナナスの木を見るのは初めてだった。人の家があるのも初めて目にした。 きょろきょろと周囲に走らせるカルの視線に、
「珍しいだろう。別荘地じゃあ、こんな家にはお目にかかれまい。これは俺が自分で建てた家なんだ」とゾーイは誇らしげに言うのだった。
人間が家を作るんだって?カルはびっくりしてしまった。そんなことは、建造ロボットの仕事に決まっている。そう思っていたからだ。ゾーイは笑った。
ドアとおぼしき所でカルは再び戸惑った。ドアはカルが前に立っても開かない。カルの知っている「家のドア」は人が近づくのを察知して開いたり閉じたりするのだ。困っているとゾーイがドアの左側に付いている丸い物を右に回し、ギイイという音を立てて、ドアを内側に開いた。
「さあ、おはいり」ゾーイに促されてカルは家の中に入った。
そこは素朴だが居心地がよさそうな空間だった。薄いけれどふかふかした敷物、家と同じように木で作ったらしい家具が趣味良く並び、部屋の奥には台所と梯子のかかった戸棚のような所があった。戸棚は天井の上に通じていて、そこか ら屋根裏に行けるようになっている。
「くつろいでくれ、そこらへんに座ってな。キールでも飲むかい?」ゾーイはそういうと、ウィンクしてみせた。
「ゾーイさんは、キールを 作っているの?」カルはアナナスの実をジューサーに入れて攪拌させているゾーイの背中に向かって問いかけた。
「いや、俺は漁師だ。ほら、さっき、竹かごを持ってたろう?今日はあの中にカキが入っているんだ。浅瀬でも魚介類が採れる海なんだぜ、ここは…」
カルは漁師に会うのも初めてだった。今日は初めてづくしの日だな、と思う。
ゾーイの声は、海のようにカルの心に沁みた 。暖かくて深い声。じんわり涙が自分の眼に浮かんできたのに自分で驚いた。すぐにごしごしと眼をこすって頭をぶるぶるした。
「どうかしたのか?」ゾーイは青いガラスの小さなコップに透き通った黄金色の液体を入れ、カルにわたしながら聞いた。カルは首を左右に振ってコップを受け取り、キールをぐいっと飲み干した。身体だけでなく心まで、液体で満たされていくようだ。ゾーイはそれ以上は何も聞かず、自分もキールを飲み干すと、おのおののコップにキールを注ぎ足して、ゆったりと座り直した。
波の音が聞こえる。時々夜泣き鳥の声がする。
カルは自分が何を悩んでいたかも忘れていた。ゾーイがどんな人なのかまだ良く分からないけれど、今日出会えたのは奇跡なのかもしれない。そんなふうに思った。
「まだ時間は大丈夫かい?余り遅くなるといけないだろう。勿論、帰るなら別荘まで送っていくけどな」ゾーイが尋ねるとカルは答えた、
「今日は一人だから大丈夫、少しぐらい夜更かししても…。一度家に戻ってテレモニターで母と話をしてから…またここに戻って来ても良い?」
我ながら大胆なことを言う、とカルは思った。
ゾーイはいたずらっぽく笑う、
「俺のことをそんなに簡単に信頼してもいいのかい?初対面なんだぜ。漁師というのも本当かどうか分からないだろう?」
カルは眼を丸くした。今までこんな冗談を言う大人にお目にかかったことが無かった。治安は良いとはいえ、アルビスにも犯罪を取り締まる組織が存在し、だからこそ母も知らない人には注意しろとカルに言い聞かせていたのである。
カルは言った。
「僕、理由は分からないけど、ゾーイさんのこと、ずっと前から知っているみたいに思えるんだ…だから、今夜はここで暫くゾーイさんと居たいと思うんだけど。ダメかな…」
ゾーイは一瞬、カルを見つめてから答えた。
「そうだな、俺もお前さんが気に入ったよ。何故か分からないけどな」そしてまた目元に笑いを浮かべ
「改めて自己紹介するよ、俺はゾーイ。さっきも言った通り、漁師だ。歳は25歳。そして俺にはちょっとした秘密があるのさ…」どうやら癖であるらしくウィンクをして続けた、
「秘密のことはいつかきっと話すよ。君が寝不足にならないような時間まで、そうだな、うちに居るといい。途中でおっかさんに画像を観て貰えば問題は無かろうて」
カルは笑顔を見せた。ほっとしたのと嬉しいのと、よく分からない気持ちがないまぜになっている。
「うちのW23が留守番をしてるから、連れて来てもいい?」
「勿論だ、是非会わせて貰いたいな。それより腹が減ってないかい?軽く夕食といかないか」返事を待つより先に台所に立って、ゾーイは何やら仕込みを始めた。その背中に向かってカルは聞く。
「ゾーイさんは…」「もうさん付けはいいさ、ゾーイと呼んでくれよ」
「うん、じゃあ、ゾーイは、一人で住んでいるの?ロボットは居ないの?」
「そうだな、俺は自分の事は自分でするのが好きなのでな。ところで、俺たちのご先祖様の話を少しは知っているかい?」
「おおまかなことだけちょっとね。僕たちのご先祖様は千年前に地球という星を出て宇宙船であちこち旅して五百年かかってこの星に着いて、星を開拓した…」
「そうだな、おおまかだなあ。それじゃ、俺たちのご先祖様と、この星の始まりの話でもしようか」ゾーイはテーブルに素早く用意した夕食を並べると、
「この「豪華な」夕食をしたためたら、話をしよう」そう言って食事を始めた。カルはテーブルに載っている皿のスープやパンを見ると急に空腹を覚えた。
「さて、と」食べ終えた皿を片付けてからゾーイは言った。
「今からおよそ500年前のこと。開拓者たちがこの星にたどり着いて、最初に到着したのは、ここ、ノットゥルノの海の浅瀬だった」
開拓者というのは勿論我らがご先祖様の事さ。
俺たちのご先祖たちは500年もの間、10世代近くかけて銀河系を彷徨った。急ごしらえの脱走用宇宙船の乗員はおよそ1000名だった。科学者が100名ほど、民間人が900名…その中の100名はコールドスリープの状態だったという…
そうして、科学者たちが研究して選んだ幾つもの星に降りたものの、既に先住民がいたり、他の脱出者とかち合って諍いがあったり、住むには不適切だったりと、なかなか安住の地を見出せなかった。
そして長いときを経てついにこの惑星にたどり着いた1200人ほどのご先祖たちは、宇宙船内でこのアムニス星系では、この惑星にだけ生き物がいることを確認し、地表に降りて幾日かの調査の末、この星の生物が標本で持ってきた地球の生物と余り変わりのないこと、更に地質や水質、その他もろもろのことを調べてなんの障りも無いことが分かった結果、ここを自分たちの星にしようと決めたそうだ。
その後宇宙船で艦長を務めていたカイエスに、皆のまとめ役として、そして国主としてこの星を治めて貰う要請をし、艦長が受諾して惑星アルビスの歴史が始まったという訳さ。
「さて、もう夜も更けて来た。おっかさんに定時連絡を入れておいで」ゾーイがそう言うと、カルは自宅に飛んでいき、母と話をし、W23を連れて大急ぎでゾーイの家に戻って来た。 カルと一緒にゾーイの家にやって来たW23はゾーイを見て小首をかしげるような仕草をしながら、こう言った。
「そうですか、貴方があの、ゾーイ…」W23の言葉をゾーイは遮って、
「そう、俺がゾーイだ、宜しく、W23」と挨拶すると、
「…ワタクシのご主人、カイ様ともども、宜しくお願いつかまつります」おもおもしい様子でW23がゾーイにそう答えたのに、ゾーイは笑いながら、
「君のW23は随分と古風ゆかしい所があるんだね。気に入ったよ」と言った。
「おやおや、もう月があんなところまで来ているな。」
ゾーイの視線を追うと、窓越しに見える二つの月が一つは白く、一つはオレンジ色に夜空を照らしていた。二つの月は南の空に互いに触れんばかりの距離を保ってその光を地上に投げかけていた。
「もう七月だから…」カルは その時突然、「アムニスの日」の事を思い出した。ゾーイの話の続きを聞きたい気持ちと、自分がアムニスの日を迎える憂鬱を打ち明けたい気持ちがカルの中でせめぎ合った。
「何か俺に言いたいことでもあるのかい?」ゾーイは何気ない様子で尋ねた。他の大人の問いかけのように、答えなければいけないという感じを受けずにその質問を受け止めたカルは
「僕が夕方浜辺を歩いていた理由をゾーイに聞いて貰おうと思ったんだ。でもゾーイの話の続きを聞きたくて。だから…」
「なるほどね。そうか…もしかすると、カル、君は10歳になるのかな?「アムニスの日」を迎えるのだな…」
「うん。…ゾーイはおめでとう、とかこれで何とか半人前だ、とか言わないんだね」
「そうだな。言わないのはおかしいかい」
「僕の年を知っている大人でおめでとうを言わないひとは一人もいないよ。そういえばどうしてゾーイは一人なの?仕事の都合?「伴侶」は居ないの?」
「それには少しずつ答えさせてもらうとするかな。それより、いつ「アムニスの日」を迎えるんだい?」
「明後日だよ…明後日が僕の誕生日なんだ」
「そうか…だから海岸を歩いていたっていう訳だったんだな。なるほどね…」
「僕には良く分からないんだ、どうしてみんな同じような生き方をするのかが。」
「それがカルの悩みだったのか」カルがうなずくとゾーイは少し真面目な顔になった。
「カルに は納得がいかないんだな。…それで…そのことは、誰にも言ってはいないね?」
「うん、勿論。だってそんな子、他にいないんだもの…」
「よし、俺にだけ打ち明けてくれたのなら良かった。ご両親にも言わない方が良いだろう。カル、納得出来ないままでいいから、明後日の「アムニスの日」を迎えたら、いつも通りにしていなさい。いいね。決して自分の気持ちを誰かに打ち明けたりしちゃいけないよ」
「それはどうして…」
「もう月が西の空に沈み始めた。そろそろ休む頃合いだな」
「僕、僕は家に帰らなけりゃいけないかな」
「朝、目覚めたときに家に居た方が良いだろうな。今日は送っていくから家に帰りなさい」
カルはがっかりした。この、海のすぐそばの木の家で、ゾーイと一緒に星空と波音を感じながら眠ってみたかったのだ。眠りにつくまでゾーイの話を聞いていたかった。その気持ちを察してゾーイは言った。
「海洋生物や漁師という職業について学ぶということで、今後も俺と会うのは構わないだろうし、心配しなくていいさ、そしていつか泊まりに来るといい。おっかさんの許可をちゃんと貰ってな。こそこそするのは良くないよ」
W23がうなずいている。
「分かったよ、名残り惜しいけど、また僕と会って話をしてくれるなら、今日は帰ることにする。「アムニスの日」のことを聞いてくれて有難う。美味しいごはんも有難う。今日は本当に楽しかった」
「俺もだよ」ゾーイは青い目を細めながら言った。「なんだか年の離れた弟が出来たみたいだ。さあ、家まで送ろう」
そしてゾーイとともに家に戻ったカルは、ゾーイに別れを告げたあと、いつになく味気ない気持ちで自宅の中を見回した。ここには文明がある、と父は自慢していたっけ。確かに何もかもが最新の物質で出来ていて家具や調度も心地良い均衡を保っている。ここでの生活に不便さを感じたことなど一度もない。それにひきかえ、ゾーイの家ときたら。でも…あんなに心地良い家は初めてだった。寝支度をととのえ、ベッドにもぐりこんだカルは、ゾーイの話を思い返しながら、いつの間 にかぐっすりと眠りに着いたのだった。
学びと謎
「アムニスの日」を迎え「半人前の」アルビス人となったカルは、「伴侶」を選ばれ、周りの大人たちの祝福とからかい半分の賛辞を受け、表向きは恥ずかしそうに、しかし誇らしいふうを装って、それに応えた。
ゾーイに会ったあの日から、カルは自分に初めてアルビス人の味方が出来たように思ったのだ。自分だけが感じているらしいあれこれについて、打ち明ける相手が、W23の他に出来たのだから…
ゾーイの家を訪れるための母からの許可は拍子抜けするほど簡単に取れた。丁度、勉強の過程で海辺の生物について学ぶことになっていたし、ゾーイと会ったり家に遊びに行くことも快諾して貰えた。母だけでなく父も、漁師の友達が出来ることに反対を唱えることは無かった。心配するなというゾーイの言葉通りだったのである。
カルはゾーイの家に足しげく通うようになった。
「アルビス人たちは永年の宇宙船での生活の後、豊かな自然を利用して、この国の文明を少しずつ開化させて行ったのさ。…漁師は古くからの職業で、だからロボットは漁師にはならない。他にも人間がやっている職業は色々あるのだけれどね。ロボットたちは…W23のようなA.I搭載のロボットは別だが、単純労働と人間の手に余るような力仕事や、水中や 暑い場所での労働などに従事しているだろう?そういうふうになったのは、アルビスが少しずつ豊かになって、他の星との交流を始めて輸入したロボットを使うようになったからなんだ」
カルはゾーイの話を熱心に聞いていた。
「確か、宇宙船の中で科学者たちはずっと、他の星で住むための研究をやってきたということは習ったけれど…」カルがそう言うと
「そうだな、そのことは公になっているね。あの最後の戦争前にそこそこ、地球の科学は進んでいたっていう話だ。アルビス号には、100名ほどコールドスリープ状態で乗り込んでいたんだしな」
「じゃあその人たちは、無事に眠りから覚めたの?」
「俺の知る限りだが、コールドスリープ後に目覚めて、それから生きながらえたものは、30名だったらしい…」
「その30人の人たちの子孫は当然いるんだよね?そのことって知られているの?」
「理由は分からないが…我々は、コールドスリープで宇宙船に乗り込んで無事到着出来たものは居ないと教わった…なぜだろうね?」
カルは考えてみた。聞いたばかりの話で、良くは分からない。それに、なぜ、「教わった」ことと違う事実をゾーイは知っているのだろう…
もっと話を知りたくて、カルはゾーイに話をせがんだ。
ゾーイはカルに、アルビスの国主になった「カイエス」が科学者を重用したこと、カイエスの一族が、国の主な機能をつかさどる仕事に従事しそれを世襲制としたことなども教えた。
「それって、カイエスの子孫が、この国を治めているってことだよね。500年の間に、誰も反対したりしなかったの?それに、他の宇宙船に乗って来た人たちはその後どうなったの?」
「そのことはまた次にな。もっとかいつまんで話すよ。カルも自分で調べてみたらどうだろう。アルビスの歴史を検証するのさ」
ゾーイはウィンクして、言った。
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