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作品ID:658
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約5580文字 読了時間約3分 原稿用紙約7枚
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小説の属性:一般小説 / S・F / 批評希望 / 中級者 / 年齢制限なし /
しにたがりのD プロトタイプ
作品紹介
鎖国によって戦争から隔絶された島国。国の平穏は量産された英雄「ブラウンシリーズ」によって守られていた。
公歴559年、冬。
女学生、湖ノ瀬永子は雪の舞い散る曇天をぼうっと見上げていた。
自宅から歩いて五分の路面電車の駅。すでに会社員らしき数名が並んでいたので最後尾にひっそりと立つ。
雪はちらちらと舞い、永子の茶髪に付いては消えるを繰り返した。いちおう屋根があるものの、風の前には何の意味もなさない。
学校指定のグレーのコートの上からつけた同系色のマフラーに、口元を埋める。
放任主義の叔母が珍しくも買ってくれたそれは彼女の入学祝で、何か月も経ってやっと日の目を見てから毎日のように身につけられている。まったく風を通さず、温かい。肌ざわりからそれなりに質の高いものだということがうかがえる。
永子は、はあ、と息をはく。
白い息が空へと昇っていく。
雪と交差するような動きに、永子の口元が少し緩んだ。
「――永子さん、ごきげんよう。」
隣から急に声が聞こえて、永子は列の最後尾に友人が並んだことに気がついた。
顔を向ければこちらに向かって小さく手を振り、にこやかにあいさつをしたクラスメイトの洋子がいる。背丈は永子より少し高く、あかぬけた茶髪と明るい色の目が人の目を引く。同じように学校指定のコートを着て、前に母親の手編みだと言っていた赤いマフラーをつけていた。
「ごきげんよう、洋子さん。」
「何かいいことでもあったの? 頬が緩んでいてよ?」
永子は小首をかしげ、頬のあたりをさすってみる。
周りからはよく無表情だと揶揄されるのだが。
「そうかしら。」
「ふふ。こんな天気の日に楽しそうにしてらっしゃるなんて永子さんらしいわ。」
洋子は自分の言葉で永子の形のいい眉がひくり、と動いたのを見逃さない。
小さい変化だが、彼女がその動きをするときはたいていいいことがあったときなのだ。この半年観察し続けた洋子がやっとみつけた、親友の「表情」。
納得できないように頬をさすり続ける永子がいじらしくなって、洋子も友人の頬を両手ではさんだ。
手袋越しなので体温までは伝わらないが、外気に触れていた白い肌がより一層白く見えた。
「ちょっと、くすぐったい。」
「ふふ。可愛いわあ。」
女学生二人がじゃれている間に路面電車が雪煙を上げながらやってきて、永子の長いおさげ髪を揺らして止まった。
二人は同じ学年、同じクラスで、席も隣。選択授業のない一年生の授業は必然的に常に一緒に受けていた。それも、二人とも今のところ皆勤賞なので、入学してから十か月ほどほぼ毎日。
ただしそれも、授業が終わるまでの話だ。
「永子さん、今日も課外活動かしら?」
「ええ。洋子さんは習い事よね。」
「今日も、よ。また街のほうまで行かないと。」
二人の通う白百合女学園は首都十二区の端、住宅街の中に建っている。洋子の言う街とは隣の八区やその向こうの二区などを指す。
永子は決まって、十二区の反対の端に位置する施設にほぼ毎日奉仕活動に行っているため、放課後だけは洋子と反対方向に帰ることになる。
それでも、移動手段は路面電車に変わりない。
永子は朝来た路線を戻るために、洋子は街行きの電車の出ている駅まで行くために路面電車の駅までいっしょに向かう。
「今日は何のお稽古なの?」
「舞踊よ。あ、外国のほうのね?」
「いつ聞いてもすごいわね。教えてくださる方がいるだなんて。」
「国交がなくなってしまったとはいえ、嫁いできた方はこちらでの生活を選んだ方もいるのよ。と、いってもご本人ではなくてお母様が、らしいけど。」
「そりゃあそうよ。だって、戦争が始まってもうすぐ五十年なのよ?」
「そうよねえ。わたしたちも、ちっとも実感がないものね。」
二人にとって戦争は、ニュースで語り聞く、海の向こう、遠い地の出来事。
毎日首相発表の「本日も沿岸に敵影なし」という文言を聞くぐらいだ。
「――あら、あの子。」
洋子は駅に近づくと、朝も見かけた人影に声をかけた。
「ごきげんよう。ご苦労様ね。」
「――ごきげんよう。」
永子も続けて、ひかえめにあいさつをする。
声をかけられた少年――永子たちより少し年上に見える――は二人を見るとにこやかに敬礼をした。
「こんにちは。今日も無事学業を終えられたようですね。」
「ええ、充実した一日でしたわ。」
「それはなによりです。」
駅前の小さな広場に隣接する建物の前。「警邏隊詰所」と書かれた看板のかかった建物は小さく、どこかかわいらしい。その前に建つ少年は白髪をおかっぱにちかい髪型にして、紫紺の制服をきっちりと着ている。
腕には腕章がつけられているが、永子は毎回腕章を見ようとして忘れてしまう。
この顔は、いや、この少年は街のいたるところに存在するからだ。
今も詰め所の中から洋子たちの声を聞いた他の隊員が二人顔を出したが、容姿は表に立つ少年と瓜二つ。
彼らはブラウンシリーズ。
戦争が始まってしばらくした後、永子たちの住む島国を鎖国し、世界大戦から守り抜くことに成功した英雄「茶山総督」の複製体。
今は生産が安定したこともあって街の警邏隊の他に、沿岸に配置されている軍隊も彼らで編成されている。
そして、一番優秀な個体は「首相」に任命され、よくテレビで見かけるようになる。
楽しそうに話す洋子の後ろで、永子はちいさくなっていた。
彼らは腕章の製造番号以外違いが判らないので、毎日話しているとはいえ同一人物かはわからない。
洋子はしばらく前からあいさつ以上の会話を彼らと楽しんでいるが、齟齬が出ることは今のところなかった。
けれど、もし、いつか。
「今日も課外活動ですか?」
「――あ、ええ。」
洋子と同類と思われたのだろう。少年は律儀にも永子にも語りかけてきた。
「そうですか。山沿いは雪がたくさん降ったようですからお気をつけて。」
「……ありがとう、ございます。」
いけない、考え事をしていた。
洋子は満足したのか、少年に手を振って駅へと歩き出す。永子もかるく会釈をして友人に続いた。
二人は、主に洋子の気まぐれでここ二か月ほど警邏隊のブラウンシリーズとたわいのないおしゃべりを楽しむのが日課になっていた。最初は洋子の落とし物を届けてくれたとか、そういう小さなきっかけだった。
「洋子さん。」
「あら、なにかしら。」
別々のホームに向かう直前、永子は友人を呼び止める。
「あまり、ブラウンシリーズと会話をすることは推奨されていないでしょう?」
学校の教育では彼らを偉大な研究成果としつつ、緊急時以外は極力活動の邪魔をしなように、としている。
事実、彼らと交流しているところを同じ駅を利用する女学生たちはひそひそと眺めているのだ。
「それは、そうだけれど。でも、お邪魔になりそうなときは話しかけていないでしょう? 大丈夫よ。」
「……洋子さんがいいのなら、かまわないけれど。」
「もう、心配性ね、永子さんは。」
洋子は永子の頬を両手で挟んでさすった後、軽やかに手を振った。
「もう行かないと。永子さん、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、洋子さん。」
二人はそれぞれの電車に乗り込んだ。
二人とも、浮かない顔をして。
それから、二週間ほどが経っただろうか。
いつも通り詰所の前で話しこんでいた三人の後ろから、車が突っ込んできたのは。
さいわい話していたブラウンシリーズが二人を両脇に突き飛ばし、二人は軽い擦り傷で済んだ。
ただ一人その場に残ることになった少年は、詰所と車に挟まれて血だまりに倒れこむことになったのだが。
数日の休みをはさみ、学校で再会した永子と洋子は口数も少なく放課後まで過ごした。
夕方になってやっと、洋子が口を開く。
「永子さん、その、わたし、あの方のお見舞いに行きたくて――。」
忠告を受けていながら通い続けた負い目もあるだろう。洋子はどこか弱弱しく永子を見ている。
「よくってよ、洋子さん。」
そんな友人の姿を見ていられなくて。これで区切りをつけられるだろうと、永子は申し出を快諾した。
駅前はまだ事故の痕跡が残っていたが、詰所は石造りだったおかげか目立った被害はなかったようだ。
いつも通り、見慣れた少年が立っている。
――いや、あの怪我を見た後で、本人ではないと二人も気がついていたが。
少年は二人に気がつくと、にこやかに敬礼をする。
「こんにちは。三日ぶりのご訪問ですね。」
「……ええ。」
「今日はどういったご用件でしょう?」
あまりにもいつも通りだ。まるで、何も変わっていないかのような。
言いよどむ洋子の代わりに、永子が言う。
「この間は守ってもらってありがとうございます。」
「お礼なんて必要ありませんよ。ぼくらは市民を守る盾です。信条に従ったまでですので、お気になさらず。」
「そんなこと言われても困るわ。毎日お話ししていたのだし、せめてお見舞いくらいは。」
声を震わせながら言う洋子に、少年は困ったように笑った。
「毎日話していたわけではありませんよ。」
「――え?」
「ここに駐屯する人員は毎日入れ替わっています。なので、あなた方と喋っていたのは前日の会話を引き継いだ違う隊員でした。」
永子は洋子の腕をとる。今にも崩れ落ちそうな友人の。
「つまり、あの日あなた方を守った四四四番は、あのときが初対面です。義理を感じる必要はない、と言っているのです。」
「……そん、な。」
「ああ、それから。」
少年は事務報告でもするみたいに言う。
「基本的にぼくらは治療が必要になるほど欠損した場合、直ちに廃棄になります。四四四番はもう廃棄済みですので、お見舞いに来ていただくことはできないのです。もちろん補充要員はすでに配置が済んでいますから、御心配にはおよびません。」
淡々と、事実を告げるその少年は。
あの日の彼と同じ、顔をしている。
「そんな、こと。」
「洋子さん。」
「わたしが話しかけていなければ、あの人は。」
「洋子さん!」
「――いや!」
しゃがみこんだ洋子に寄り添うように、永子も座る。
少年は洋子の様子を見て心配そうに手を差しのべた。
「具合が悪いなら病院に連絡しましょうか? それともご自宅に――。」
おそらくマニュアル通りなのであろうその言葉をすべてきかないうちに、永子は少年の顔を睨むように見上げた。
その目が怪しげな色に変わっていたことを知っているのはこの少年だけだった。
けれど、その彼もすぐに。
「――『消えて』。」
いつもの調子と違う、永子の声。
ほとんど消え入りそうなその声を、その目を見た少年は優し気な表情から一転、ピクリと体を震わせて止まった。
それも一瞬のこと。
何も言わず、少年は詰所の中に戻る。怪訝そうに見守っていた他の隊員が彼に声をかけるも、反応は帰ってこなかった。
彼は、真っ先に給湯室に向かった。
追いかけた隊員が見たのは、彼が手に持った包丁で自分の首を深々と刺す光景だった。
「――結局田舎に行っちゃったんだってね、その子。」
ぱらぱらと資料を見ていた白衣の女性が顔を上げる。
研究続きで泊まりこむこともしばしばなので、保護者になっている姪が問題でも起こさないと帰ってこれない自宅。帰ってきてみると姪が見事に引きこもりになっていた。
リビングのソファで毛布にくるまって丸くなっている。
学校の教師の話では、親友がブラウンシリーズの死を目の当たりにして情緒不安定になり転校したとのことで、姪もその現場を目撃したらしい。
――まあ、この子がそんなことで引きこもりになるなんて思えないのだが。
「悲惨さで言ったら、あんたと両親が巻きこまれた事故のほうがすごかったと思うよ。」
「……そういうことじゃないでしょ。」
「それに、そっちはまあ不慮の事故だからいいとして。いや、こっちも不慮の事故だろうけど。」
女性はおもむろに丸まっている毛布を持ち上げる。
泣き腫らした姪の目。いつもとは違い、怪しく光るその「眼」を見て肩をすくめる。
「あーあ。見事に開いちゃったね。」
姪――永子は、すぐに毛布にひっこんだ。
「……閉じてないでしょ。」
「うん。このままだと総督府には行けないかもね。」
総督府、の部分に永子はむくりと起き上がった。
けっして叔母のほうは見ない。この眼がどんな効果を持っているか、彼女自身もよく知っているから。
「呼び出し?」
「そりゃあ、ちょっとした騒ぎを起こしたんだから仕方ないでしょ。『プロパガンダ認定』者、指定宗教団体『陽だまりの会』首都支部所属の湖ノ瀬永子さん。」
永子の頭をぽんぽんと叩き、女性は立ち上がる。
「まずは能力の鎮静化が先だけど!」
「できるの?」
「私を誰だと思ってるのよ。」
「ブラウンシリーズ担当の、クローン研究者の佐竹詠美主任研究員でしょ。」
「わかっているならよろしい。病人は寝てなさい。」
公歴559年、春。
冬の事件を受け、総督府は社会に影響を与えかねない人物である「プロパガンダ認定」者、第五号の湖ノ瀬永子に監視役のブラウンシリーズを一班配置することを決定した。
女学生、湖ノ瀬永子は雪の舞い散る曇天をぼうっと見上げていた。
自宅から歩いて五分の路面電車の駅。すでに会社員らしき数名が並んでいたので最後尾にひっそりと立つ。
雪はちらちらと舞い、永子の茶髪に付いては消えるを繰り返した。いちおう屋根があるものの、風の前には何の意味もなさない。
学校指定のグレーのコートの上からつけた同系色のマフラーに、口元を埋める。
放任主義の叔母が珍しくも買ってくれたそれは彼女の入学祝で、何か月も経ってやっと日の目を見てから毎日のように身につけられている。まったく風を通さず、温かい。肌ざわりからそれなりに質の高いものだということがうかがえる。
永子は、はあ、と息をはく。
白い息が空へと昇っていく。
雪と交差するような動きに、永子の口元が少し緩んだ。
「――永子さん、ごきげんよう。」
隣から急に声が聞こえて、永子は列の最後尾に友人が並んだことに気がついた。
顔を向ければこちらに向かって小さく手を振り、にこやかにあいさつをしたクラスメイトの洋子がいる。背丈は永子より少し高く、あかぬけた茶髪と明るい色の目が人の目を引く。同じように学校指定のコートを着て、前に母親の手編みだと言っていた赤いマフラーをつけていた。
「ごきげんよう、洋子さん。」
「何かいいことでもあったの? 頬が緩んでいてよ?」
永子は小首をかしげ、頬のあたりをさすってみる。
周りからはよく無表情だと揶揄されるのだが。
「そうかしら。」
「ふふ。こんな天気の日に楽しそうにしてらっしゃるなんて永子さんらしいわ。」
洋子は自分の言葉で永子の形のいい眉がひくり、と動いたのを見逃さない。
小さい変化だが、彼女がその動きをするときはたいていいいことがあったときなのだ。この半年観察し続けた洋子がやっとみつけた、親友の「表情」。
納得できないように頬をさすり続ける永子がいじらしくなって、洋子も友人の頬を両手ではさんだ。
手袋越しなので体温までは伝わらないが、外気に触れていた白い肌がより一層白く見えた。
「ちょっと、くすぐったい。」
「ふふ。可愛いわあ。」
女学生二人がじゃれている間に路面電車が雪煙を上げながらやってきて、永子の長いおさげ髪を揺らして止まった。
二人は同じ学年、同じクラスで、席も隣。選択授業のない一年生の授業は必然的に常に一緒に受けていた。それも、二人とも今のところ皆勤賞なので、入学してから十か月ほどほぼ毎日。
ただしそれも、授業が終わるまでの話だ。
「永子さん、今日も課外活動かしら?」
「ええ。洋子さんは習い事よね。」
「今日も、よ。また街のほうまで行かないと。」
二人の通う白百合女学園は首都十二区の端、住宅街の中に建っている。洋子の言う街とは隣の八区やその向こうの二区などを指す。
永子は決まって、十二区の反対の端に位置する施設にほぼ毎日奉仕活動に行っているため、放課後だけは洋子と反対方向に帰ることになる。
それでも、移動手段は路面電車に変わりない。
永子は朝来た路線を戻るために、洋子は街行きの電車の出ている駅まで行くために路面電車の駅までいっしょに向かう。
「今日は何のお稽古なの?」
「舞踊よ。あ、外国のほうのね?」
「いつ聞いてもすごいわね。教えてくださる方がいるだなんて。」
「国交がなくなってしまったとはいえ、嫁いできた方はこちらでの生活を選んだ方もいるのよ。と、いってもご本人ではなくてお母様が、らしいけど。」
「そりゃあそうよ。だって、戦争が始まってもうすぐ五十年なのよ?」
「そうよねえ。わたしたちも、ちっとも実感がないものね。」
二人にとって戦争は、ニュースで語り聞く、海の向こう、遠い地の出来事。
毎日首相発表の「本日も沿岸に敵影なし」という文言を聞くぐらいだ。
「――あら、あの子。」
洋子は駅に近づくと、朝も見かけた人影に声をかけた。
「ごきげんよう。ご苦労様ね。」
「――ごきげんよう。」
永子も続けて、ひかえめにあいさつをする。
声をかけられた少年――永子たちより少し年上に見える――は二人を見るとにこやかに敬礼をした。
「こんにちは。今日も無事学業を終えられたようですね。」
「ええ、充実した一日でしたわ。」
「それはなによりです。」
駅前の小さな広場に隣接する建物の前。「警邏隊詰所」と書かれた看板のかかった建物は小さく、どこかかわいらしい。その前に建つ少年は白髪をおかっぱにちかい髪型にして、紫紺の制服をきっちりと着ている。
腕には腕章がつけられているが、永子は毎回腕章を見ようとして忘れてしまう。
この顔は、いや、この少年は街のいたるところに存在するからだ。
今も詰め所の中から洋子たちの声を聞いた他の隊員が二人顔を出したが、容姿は表に立つ少年と瓜二つ。
彼らはブラウンシリーズ。
戦争が始まってしばらくした後、永子たちの住む島国を鎖国し、世界大戦から守り抜くことに成功した英雄「茶山総督」の複製体。
今は生産が安定したこともあって街の警邏隊の他に、沿岸に配置されている軍隊も彼らで編成されている。
そして、一番優秀な個体は「首相」に任命され、よくテレビで見かけるようになる。
楽しそうに話す洋子の後ろで、永子はちいさくなっていた。
彼らは腕章の製造番号以外違いが判らないので、毎日話しているとはいえ同一人物かはわからない。
洋子はしばらく前からあいさつ以上の会話を彼らと楽しんでいるが、齟齬が出ることは今のところなかった。
けれど、もし、いつか。
「今日も課外活動ですか?」
「――あ、ええ。」
洋子と同類と思われたのだろう。少年は律儀にも永子にも語りかけてきた。
「そうですか。山沿いは雪がたくさん降ったようですからお気をつけて。」
「……ありがとう、ございます。」
いけない、考え事をしていた。
洋子は満足したのか、少年に手を振って駅へと歩き出す。永子もかるく会釈をして友人に続いた。
二人は、主に洋子の気まぐれでここ二か月ほど警邏隊のブラウンシリーズとたわいのないおしゃべりを楽しむのが日課になっていた。最初は洋子の落とし物を届けてくれたとか、そういう小さなきっかけだった。
「洋子さん。」
「あら、なにかしら。」
別々のホームに向かう直前、永子は友人を呼び止める。
「あまり、ブラウンシリーズと会話をすることは推奨されていないでしょう?」
学校の教育では彼らを偉大な研究成果としつつ、緊急時以外は極力活動の邪魔をしなように、としている。
事実、彼らと交流しているところを同じ駅を利用する女学生たちはひそひそと眺めているのだ。
「それは、そうだけれど。でも、お邪魔になりそうなときは話しかけていないでしょう? 大丈夫よ。」
「……洋子さんがいいのなら、かまわないけれど。」
「もう、心配性ね、永子さんは。」
洋子は永子の頬を両手で挟んでさすった後、軽やかに手を振った。
「もう行かないと。永子さん、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、洋子さん。」
二人はそれぞれの電車に乗り込んだ。
二人とも、浮かない顔をして。
それから、二週間ほどが経っただろうか。
いつも通り詰所の前で話しこんでいた三人の後ろから、車が突っ込んできたのは。
さいわい話していたブラウンシリーズが二人を両脇に突き飛ばし、二人は軽い擦り傷で済んだ。
ただ一人その場に残ることになった少年は、詰所と車に挟まれて血だまりに倒れこむことになったのだが。
数日の休みをはさみ、学校で再会した永子と洋子は口数も少なく放課後まで過ごした。
夕方になってやっと、洋子が口を開く。
「永子さん、その、わたし、あの方のお見舞いに行きたくて――。」
忠告を受けていながら通い続けた負い目もあるだろう。洋子はどこか弱弱しく永子を見ている。
「よくってよ、洋子さん。」
そんな友人の姿を見ていられなくて。これで区切りをつけられるだろうと、永子は申し出を快諾した。
駅前はまだ事故の痕跡が残っていたが、詰所は石造りだったおかげか目立った被害はなかったようだ。
いつも通り、見慣れた少年が立っている。
――いや、あの怪我を見た後で、本人ではないと二人も気がついていたが。
少年は二人に気がつくと、にこやかに敬礼をする。
「こんにちは。三日ぶりのご訪問ですね。」
「……ええ。」
「今日はどういったご用件でしょう?」
あまりにもいつも通りだ。まるで、何も変わっていないかのような。
言いよどむ洋子の代わりに、永子が言う。
「この間は守ってもらってありがとうございます。」
「お礼なんて必要ありませんよ。ぼくらは市民を守る盾です。信条に従ったまでですので、お気になさらず。」
「そんなこと言われても困るわ。毎日お話ししていたのだし、せめてお見舞いくらいは。」
声を震わせながら言う洋子に、少年は困ったように笑った。
「毎日話していたわけではありませんよ。」
「――え?」
「ここに駐屯する人員は毎日入れ替わっています。なので、あなた方と喋っていたのは前日の会話を引き継いだ違う隊員でした。」
永子は洋子の腕をとる。今にも崩れ落ちそうな友人の。
「つまり、あの日あなた方を守った四四四番は、あのときが初対面です。義理を感じる必要はない、と言っているのです。」
「……そん、な。」
「ああ、それから。」
少年は事務報告でもするみたいに言う。
「基本的にぼくらは治療が必要になるほど欠損した場合、直ちに廃棄になります。四四四番はもう廃棄済みですので、お見舞いに来ていただくことはできないのです。もちろん補充要員はすでに配置が済んでいますから、御心配にはおよびません。」
淡々と、事実を告げるその少年は。
あの日の彼と同じ、顔をしている。
「そんな、こと。」
「洋子さん。」
「わたしが話しかけていなければ、あの人は。」
「洋子さん!」
「――いや!」
しゃがみこんだ洋子に寄り添うように、永子も座る。
少年は洋子の様子を見て心配そうに手を差しのべた。
「具合が悪いなら病院に連絡しましょうか? それともご自宅に――。」
おそらくマニュアル通りなのであろうその言葉をすべてきかないうちに、永子は少年の顔を睨むように見上げた。
その目が怪しげな色に変わっていたことを知っているのはこの少年だけだった。
けれど、その彼もすぐに。
「――『消えて』。」
いつもの調子と違う、永子の声。
ほとんど消え入りそうなその声を、その目を見た少年は優し気な表情から一転、ピクリと体を震わせて止まった。
それも一瞬のこと。
何も言わず、少年は詰所の中に戻る。怪訝そうに見守っていた他の隊員が彼に声をかけるも、反応は帰ってこなかった。
彼は、真っ先に給湯室に向かった。
追いかけた隊員が見たのは、彼が手に持った包丁で自分の首を深々と刺す光景だった。
「――結局田舎に行っちゃったんだってね、その子。」
ぱらぱらと資料を見ていた白衣の女性が顔を上げる。
研究続きで泊まりこむこともしばしばなので、保護者になっている姪が問題でも起こさないと帰ってこれない自宅。帰ってきてみると姪が見事に引きこもりになっていた。
リビングのソファで毛布にくるまって丸くなっている。
学校の教師の話では、親友がブラウンシリーズの死を目の当たりにして情緒不安定になり転校したとのことで、姪もその現場を目撃したらしい。
――まあ、この子がそんなことで引きこもりになるなんて思えないのだが。
「悲惨さで言ったら、あんたと両親が巻きこまれた事故のほうがすごかったと思うよ。」
「……そういうことじゃないでしょ。」
「それに、そっちはまあ不慮の事故だからいいとして。いや、こっちも不慮の事故だろうけど。」
女性はおもむろに丸まっている毛布を持ち上げる。
泣き腫らした姪の目。いつもとは違い、怪しく光るその「眼」を見て肩をすくめる。
「あーあ。見事に開いちゃったね。」
姪――永子は、すぐに毛布にひっこんだ。
「……閉じてないでしょ。」
「うん。このままだと総督府には行けないかもね。」
総督府、の部分に永子はむくりと起き上がった。
けっして叔母のほうは見ない。この眼がどんな効果を持っているか、彼女自身もよく知っているから。
「呼び出し?」
「そりゃあ、ちょっとした騒ぎを起こしたんだから仕方ないでしょ。『プロパガンダ認定』者、指定宗教団体『陽だまりの会』首都支部所属の湖ノ瀬永子さん。」
永子の頭をぽんぽんと叩き、女性は立ち上がる。
「まずは能力の鎮静化が先だけど!」
「できるの?」
「私を誰だと思ってるのよ。」
「ブラウンシリーズ担当の、クローン研究者の佐竹詠美主任研究員でしょ。」
「わかっているならよろしい。病人は寝てなさい。」
公歴559年、春。
冬の事件を受け、総督府は社会に影響を与えかねない人物である「プロパガンダ認定」者、第五号の湖ノ瀬永子に監視役のブラウンシリーズを一班配置することを決定した。
後書き
本編開始前に起こった事件的な感じの短編です。
なるべく考えた設定をわかりやすく伝えるように心がけました。情報の詰め方がどうかなー、と思いつつ、ここだけで完結すると考えて、世界観がわかるような情報は最低限詰め込んだつもりです。
なるべく考えた設定をわかりやすく伝えるように心がけました。情報の詰め方がどうかなー、と思いつつ、ここだけで完結すると考えて、世界観がわかるような情報は最低限詰め込んだつもりです。
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