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作品ID:70
こちらの作品は、「批評希望」で、ジャンルは「一般小説」です。
文字数約11522文字 読了時間約6分 原稿用紙約15枚
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こちらの作品には、暴力的・グロテスクおよび性的な表現・内容が含まれています。18歳未満の方、また苦手な方はお戻り下さい。
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 批評希望 / 初級者 / R-15&18 /
嫌悪
作品紹介
読んでくださった方、ありがとうございました。
狙いはありません。書きたくなったので書きました。
毀誉褒貶その他なんでもいいので伝えてくださるとうれしいです。
怯翅 (11/12 13:51)
狙いはありません。書きたくなったので書きました。
毀誉褒貶その他なんでもいいので伝えてくださるとうれしいです。
怯翅 (11/12 13:51)
創作の理由にはいろいろある。それは思想を表現するためかもしれないし、誰かを喜ばせるためかもしれない。彼はそのどちらでもない。彼は小説を書く。どうしてか。鬱屈の発散のためだ。だから嫌いな奴や気に食わない奴を小説の登場人物にして、ひどい目に合わせたり、殺したりする。すると彼はとてもほっとする。胸の中の靄がすっと消えて、とても清々しい気持ちになる。まるで森林の奥で新鮮な空気を大きく吸った時みたいに気持ち良い。だから彼はいくつもの小説を書いた。たくさんの人間を殺してきた。
嫌いな奴にも気に食わない奴にもいろいろなタイプがある。嫌いな奴は、自分を馬鹿にする人だ。彼はプライドの高い男だから、笑われるのが我慢ならない。とはいえ不器用で要領の悪いため、いつも行動が目立ってしまう。嘲笑は日常茶飯事。仕方がないことだけど、どうしてもあいつらのつりあがった口角や甲高い声が許せない。苛々する。梶井基次郎のいう「得体の知れない不吉な塊」みたいなものが、体の中でどんどん膨れ上がっていくのがわかる。爆発してしまいそう。そんな時、彼は小説を書くことを思いついた。口を恐怖に歪ませて、甲高い笑い声を悲鳴に変えてやると、楽しかった。「得体の知れない不吉な塊」が軽くなる。ほっとする。味をしめた彼は、小説を書き続けることにした。ある時、別に自分を笑いはしないけど、気に食わない奴を小説に書こうと思い立った。彼の気に食わない奴は、良い人だ。皆に好かれている。謙虚で、優しくて、少しも嫌らしいところのない優等生。彼は苛々する。そういう輩が自分に優しい声をかけたり、手をかしたりしたら殴りつけてしまうかもしれない。それぐらい気に食わない。道徳的な感じがたまらないのだ。踏みにじりたくなる。暴きたくなる。どろどろとした汚い部分を見せてくれたら、こんなに苛々しない。人間として自然じゃない。嫌いな奴の方が、まだ人間らしい。彼は優等生を小説に書く。ひどい目に遭わせたり、殺したりすることもあるけど、それよりも本性を暴きたてるような話をよく書く。気に食わない奴はそう扱った方が、書き終えると爽快になる。
彼は小説を書けてよかったと思う。もし書けなかったら、蟠りがたまり続けて、爆発してしまっただろうと思う。彼は小説を書くことで、暗い情念を吐きだしている。たまに、眼の前に嫌いな奴がいる時、小説の案が湧きでてくることがある。彼は必死に歯を食いしばって耐える。そうしないと、おぞましいことをやってしまいそうだから。楽しみは後にとっておくべきだと自分に言い聞かせて、高まった感情を押し殺す。家に帰って椅子に座り、机の引出しから原稿用紙をとりだす。書く。一気に書く。一度書き始めたら、三時間ぐらいずっと書き続ける。終わった頃には、心地よい疲れが全身を満たす。伸びをして、欠伸をしてから席を立ち、風呂に入って寝るのが彼の習慣だ。
彼は短編も長編も気にしないで書く。人に見せるのが目的ではないから、良い文章を書く気がない。小説の作法を学ぶ必要がないので、読書をほとんどしない。月に五冊読んだら多いぐらいだ。彼の読む本はだいたい反道徳的なもので、マルキ・ド・サドだとかロートレアモン伯爵だとか、そういう作家を好む。彼はあまり想像力がない。何度も小説を書いていて、いつも同じ「ひどい目」に嫌いな奴を遭わせてばかりだと気づいた彼は、既存の小説からおぞましい想像力だけを参考にしようと考えた。無論小説だけが参考になるわけではない。拷問に関する本を読む時もあれば、SMに関する本を読む時もある。でも活字を眺めるのは好きじゃないから、一時間くらいで集中力が途切れてしまう。ぱらぱらと読み飛ばしながら、自分の欲しい情報だけをメモして本を閉じる。
たまに哲学書や思想書を読む。犯罪の記事を調べる事もある。彼は「レオポルドとローブ」という事件が好きだ。ニーチェの哲学に取りつかれた同性愛者の男二人が、完全犯罪を目論み殺人を犯すのだけれど、捕まってしまう。彼は二人の思想を愛した。ニーチェの哲学はよく引用される。ヒトラーもニーチェに影響を受けている。歴史に残る偉大な哲学者の思想を人殺しや差別の理由にするという構図がたまらなく良い。「恋はデジャ・ヴ」という映画はニーチェの永劫回帰を扱っていると言われているけれど、彼はあまり好きじゃない。あの映画のメッセージは彼の解釈ではポジティブに過ぎる。物語が道徳や倫理を伝えるのに適しているのはわかる。しかしそういう道具として物語を扱うのが気に食わない。物語はプロパガンダに用いるべきではない。もっと恣意的で醜いものであるべきだ。私小説がいい。あれは彼からするとほとんどオナニーと同義だ。オナニーは性欲を解消する。私小説は自己顕示欲をみたす。そして彼は小説で日々の鬱屈を解消する。
事件の発端となった物語を彼は好む。例えば「時計じかけのオレンジ」。アーサー・ブレマーはあの映画に影響を受けて犯罪をしたと言われている。アダルトPCゲームも好む。世間が騒げば騒ぐほど彼は快い。年齢制限のある物語は想像力に溢れていると彼は思っている。ヘイズコードのあった頃のアメリカ映画にはセックスが存在しなかった。サド裁判で渋沢龍彦は罰金をうけた。ふざけた世界だ。物語はあらゆることを可能にする。人を喜ばせたり悲しませたり怒らせたり楽しませたり殺したりできる。しかし社会は想像力を規制する。彼が自分の小説を一切人に見せないのは、こんな馬鹿げた世の中に認められるものを書く意味が見いだせないと思っているからだ。しこしこと誰にも見せる事のない文章を綴る。彼はそれで充足する。
彼の書いた小説の内、いくつかの作品の文章の一部を紹介する。嫌いな奴を題材にしたものだ。そこには倫理も論理もない。人を納得させるための要素はない。娯楽性もない。極めて恣意的で幼い物語。
「さっかー」
歓声を背にドリブルをする。K(本文では名前がついている)は巧みな足さばきで次々と相手選手を交わし、ゴールに近づいていく。練習試合だというのに校庭には観客が多い。Kは人気者である。まず容姿がいい。スタイルもいい。サッカー選手は足の短い印象があるけれど、Kは長い。しかし足さばきは俊敏で、リーチがあるためにボールのキープ力が高い。細身だがバランスがよくぶつかり合ってもなかなか倒れない。日常生活においては気さくでよく喋る。しかし周囲に気を配る繊細さを持ち合わせている。それはサッカーでも活かされており、とても視野が広い。彼はボールを前に運びながら周囲を観察し、次の行動を考える。黄色い声援に後押しされながら進む。突然ディフェンダーのスライディングが襲ってきた。死角からの攻撃だったのでKは右足にそのまま相手の突撃をうけて転んだ。審判が笛を鳴らす。Kは地面に半身で横たわりながら右足を押さえた。苦痛に顔が歪む。ははっ。審判が近づいてくる。ディフェンダーに向かって審判は言った。
「生ぬるい。もっとやれ」
ディフェンダーはにやにやしながらKに近づいた。Kは痛みのせいで審判の言葉にも近づいてくるディフェンダーにも気づいていない。ディフェンダーはKの傍に立った。見下ろす。無表情にディフェンダーはKのふくらはぎを踏みつけた。観客から悲鳴があがる。しかし誰も止めに入らない。何度も何度もディフェンダーは足を振り下ろす。Kはその度に汚い悲鳴をあげた。ざまあみろっ!
Kは体を転がしてその場から逃れようとした。すると何かにぶつかった。味方選手の足だった。味方選手はKを見下ろしながら言った。「何逃げようとしてんだよ」
そして味方選手はKの腹を蹴りつけた。Kは咳きこんだ。味方選手は哄笑した。笑い声は一人だけではなかった。相手選手も味方選手も審判もグラウンド内にいる人間は全て笑っている。Kは怖くなった。しかし逃げだそうにも逃げだせない。既に数人の選手に囲まれていたのだ。審判が言った
「こいつは逃げようとした。もっとだ、もっとやれ」
次々に足がKに襲いかかる。足の皮膚が破けて血がながれだした。そこにむかって新たにスパイクが振り下ろされる。出血が増す。傷口に押しつけた足を左右に振る。何度も何度も蹴られているうちに、Kの筋肉はちぎれ、腓骨が折れた。指の骨も折れた。Kの将来の夢はプロサッカー選手だった(笑)。段々とKの意識は薄れていった。
「さっか」
Sは椅子の背にもたれて息を吐いた。ようやく執筆が終わったのである。原稿用紙五百枚分の小説。今に自分にあるものは全て注ぎ込んだ。非常に満足している。自信作だ。今までに書いたどの作品よりも良い。何度も公募に出しては落選していたが、今回はいけるかもしれない。Sは原稿用紙をクリップでまとめて机の引出しの中にしまった。
Sが作家になろうと決めたのは中学生の頃だった。幼時から本が好きで、今までに読んだ本の数は少なくとも五千冊はあるだろうと思っている。小説はSにたくさんのことを教えてくれる。Sはフローベールの小説が好きだった。仔細な情景描写がいい。文章を読みながら風景を想像するのである。まるで自分が19世紀のフランスにいるような錯覚。写実的な文章は素晴らしい。色彩豊かな世界を人々が活き活きと動いている。花の香りが伝わってくる。そんな文章だ。Sは邦訳されているフローベールの作品を全て読んだ。読むたびに恍惚とする。綺麗な風景を描写するために、世界各地を旅行した。絵画や写真にはない文章特有の美しさがあるとSは考えていた。人の想像力が世界を飾る。世界遺産を眼の前で見るより、文章に描かれた世界遺産の方が美しい。なぜなら想像力が美化してくれるからだ。Sはそんな世界をより多くの人に知ってもらいたくて小説を書く。
疲れたので風呂に入ろうと席を立ったSは近づいてくる足音を聞いた。家には自分ひとりしかないはず。誰かが盗みに入ったのではと思った瞬間、部屋に数人の男たちが入ってきた。
「へへ、いたぞ」
男たちは下卑た笑いを浮かべながらSに近寄る。
「なんなんだ君たちは。警察を呼ぶぞ」
震える声で言うSの様子を見て男たちは爆笑しだした。唾がそこら中に飛ぶ。Sはむっとして握りこぶしをつくった。
「やっちまおうぜ」
男たちが一斉に飛びかかってきた。Sはあっけなく取り押さえられ、身動きがとれなくなってしまった。手を後ろに回され、ロープで縛りつけられる。口にはガムテープを張られる。Sは声にならない叫び声をあげて男たちを睨んだ。
「さてと、そいじゃあやりますか」
男たちは机の引き出しをあけて中のものをばらまきはじめた。金目の物を探しているのかもしれないとSは思った。しかしそこに金はない。小説の原稿や資料があるばかりだ。Sは小説の原稿が損なわれるのではないかと恐れた。果たして男たちの内の一人が原稿用紙に眼をつけていった。
「おいおい、これ見てみろよ」
男たちが集まり原稿用紙に眼を向ける。にやにやしながら読んでいる。Sの血の気は引いていった。
「こいつ小説なんて大層なもん書いてやがるぞ」
男たちはまた爆笑して唾が飛んだ。原稿にかかるから止めてほしいとSは思った。
「なになに」
男たちはにやつきながら原稿に書かれた内容を読み始めた。しばらくすると段々男たちの顔から笑みが消えていった。
「つまんね。燃やしちまおうぜ」
男の一人がライターを取りだした。原稿用紙の角に火をつける。Sは必死にもがいた。しかしきつく縛りつけられているためどうにもならない。原稿は火に侵されて少しずつ黒くなっていく。男の一人が「ここなんもねえじゃねえか。全部ぶちこわしちまえ」と言った。男たちは机の中にあった原稿や資料、本を手でめちゃくちゃにやぶきはじめた。愉快だ。Sの眦から涙がこぼれて、横になっていたため耳の上を流れた。長年書き続けた原稿が全て台無しにされていくのを見ていたら、段々とSは嫌になってきた。もうどうでもいい。何も考えたくない。このまま殺してほしい。Sは眼を閉じた。まだ紙の破れる音や燃える音が聞こえる。手が封じられているから耳をふさげない。早く殺してほしい。しばらくして音が止んだ。男たちの足音が離れていく。Sは眼を見開いてもがいた。殺してほしかった。男たちはSに向かって言った。
「ゲームオーバーの後も人生は続くんだぜ」
男たちはその場を去っていった。気持ちいい。
「はか」
Mは待ち合わせ場所で緊張しながら佇んでいた。今日は彼氏との初めての夜中のデート。まだ処女のMは、今日こそ初体験の日なのではないかと思い固くなっていた。胸がどきどきする。携帯電話で時刻を確認すると、待ち合わせの時刻まであと二十分もあった。深呼吸をする。いざ事がはじまったらどうしよう。痛いのかな。怖い気持ちあるけど興味もある。いろんな考えがMの頭の中を駆け巡っていた。
十分後、Mはまた携帯の時刻を確認した。当然待ち合わせまであと十分になっただけである。体が震えてきた。緊張が膨らんでいく。落ち着かない。また深呼吸をした。空はすっかり暗くなっている。早く時間が来てほしいような、来てほしくないような複雑な気持ちにMは苛まれていた。
十分後、Mはまだ一人だった。携帯を確認する。確かに待ち合わせの時刻である。念のために近くのコンビニに入って時間を確かめた。間違ってはいない。以前メールでした待ち合わせの文面を確かめる。場所も時間も正しい。何かトラブルでもあったのだろうか。寝坊かもしれない。でもそれだったらどうして連絡がないのだろう。メールの一つや二つあった方が自然だ。とりあえずもう少し待ってみよう。Mは息を吐いた。
十分後、まだ彼氏は来ない。流石におかしいと思い、Mはメールを送ったり電話をかけてみたりしたけれど返事はないしつながらない。事故に巻き込まれたのだろうか。不安になる。彼氏の家に行ってみようかと思った。場所は知っている。入ったことはない。そうだ、そうしようと足を踏み出した途端、後ろから肩を叩かれた。Mはやっと彼氏が来たんだと思い、「もう、心配したんだよ」と言いながら振り返った。知らない男が三人いた。金髪に丸坊主にモヒカン。いかにもガラの悪そうな感じだった。耳たぶや鼻、唇にピアスがついている。Mは恐る恐る声を出した。
「あの……、なにか?」
男たちは嫌らしい笑みを浮かべた
「かわいいね、君。これから俺たちと遊ばない?」
口調に嘲るようなところがあって、Mは不快になった。しかし断ったらひどいことをされるかもしれない。三人とも体格がよく、腕っ節は強そうだ。Mが逡巡していると、金髪が言った。
「そうかまえるなって。優しくエスコートしてやるから」
まるでドラマの悪役みたいな言葉だと思いMは心の中で笑った。どうやって逃げようか考える。あまり時間をかけるとタイミングを逃すから、さっさとこの場を去ってしまおうと思った。
「すいません。彼氏と待ち合わせしてるんで、それじゃあ」
逃げようとしたMの腕を男がつかんで引き寄せた。Mは悲鳴を上げようとした。ところが男の一人がMの口を押さえた。声が出せない。そのまま男たちはMを引きずって行った。
人気のない通りにやってきた男たちは路地に入った。暗い。Mは解放されたが、逃げ道は男たちによってふさがれている。Mは鋭く男たちを睨んだ。
「ひゅ?。たまんねえな」
男の一人が口笛を吹いた。じりじりと男たちが近寄って来る。Mは泣きそうになった。どうにかして逃げる方法がないか考える。
「誰か助けて」
大声をあげた。誰も来ない。Mは彼氏の顔を思い浮かべた。男に肩をつかまれて、彼氏の顔は消え去った。二人に押さえつけられ、身動きのとれないまま衣服をはがされていく。破けた服が地面に落ちる。下着だけになったMを男は舌なめずりしながら見て、白いブラジャーに触れた。Mは短い悲鳴をあげた。しばらく愛撫している内に辛抱ならなくなったのか、男はMの背中に手を回して手際よくブラジャーをはずした。「いやっ」Mは激しく抵抗したけれどどうにもならず、乳房が外気にさらされた。男は乳房に手を伸ばして、途中で手を止めた。じっと乳房をみつめる。
「おい、みろよこれ」
男はMの乳首を指さした。Mを押さえつけていた二人の男がそちらに顔を向ける。Mの乳首は陥没していた。三人はけらけらと笑った。
「初めて見たぜ。本当にあるんだな陥没乳首」
Mは恥ずかしくて死にそうだった。ずっと自分の乳首にコンプレックスを覚えていたのである。だから彼氏と性交するとき、相手がどんな反応を見せるのかが怖くて、今日はとても緊張していた。Mは顔を真っ赤にして羞恥に震えていた。
「彼氏も物好きなやつだな。こんな乳首の女が好みなんてよ」
男がわざと差別的な言い回しを使っているのにMは気づいた。ひどすぎる。Mは男をありったけの憎悪をこめて睨みつけた。男は鼻で笑った。
「仮性か真性か確かめてやるよ」
男は指でMの窪んだ乳首をつついた。それから円を描くように撫でまわした。気持ち悪い。Mは羞恥と不快感でどうにかなってしまいそうだった。男が乳首を愛撫していると、だんだん窪んでいた乳首が表面に浮かびあがってきた。Mは仮性だったのである。
「ははは。おもしれえ」
男は乳房をわしづかみにして揉んだ。痛みにMは眉根を寄せた。それからMはされるがままになり、破瓜を経験した。男たちは壊れたMを置いてその場を立ち去った。
男たちは別に陥没乳首を馬鹿にしているわけではなかった。ただ単にそれを利用してMを辱めることができるから利用しただけである。男のうちの一人はむしろ陥没乳首が好きだった。男にとって理想的な女性を、昼は淑女、夜は娼婦などと言ったりするが、まさに仮性の陥没乳首はそういうもののように思えるからだ。普段は顔を隠しているけれど、刺激を受けると顔を出す。三人は皆Mを抱いたが、陥没乳首の好きな男はひどく興奮して五分も経たずに気をやってしまうぐらいだった。
「はか」の最後の段落の存在は、彼の人間性を端的に示している。だから後の彼の変化は当然だった。
彼は百を超える小説を書いた。その中には原稿用紙千枚を超える長編もある。何千という数の人間を殺したりひどい目に遭わせたりした。それでいいはずだった。不吉な塊は浄化される。しかし段々と、別の塊が彼の胸裏に生じるようになった。
いつものように三時間ずっと小説を書いていた彼は、作業を終えて何とも言えない不快感を覚えた。彼の求めていた快さが微塵も感じられない。むしろ気持ち悪い。吐気がする。苛立ちを誤魔化すように深呼吸をしても、何も変わらない。彼はこの嫌な感じの原因を考えた。そして道徳に思い当たる。きっとこれは道徳のもたらす罪悪感なのだと彼は思った。体に染みついている倫理が意志を縛りつけはじめたに違いない。煩わしさと少しの喜びを彼は味わった。縛りつけようとするのならば振り払ってやろう。彼は以前に増して書くようになった。時に一日の食事以外の時間全てを費やして書く日もあった。最高で一日に百枚ほど書く時もあった。狂ったように筆を走らせた彼だが、いつまで経っても気持ち悪さは消えなかった。煩悶は続く。しかしここで筆を止めたら道徳の思うつぼだと思い、彼は歯を食いしばって書いた。
もしかしたら原因は別にあるのかもしれないと彼は思い始めた。だがいくら考えてもわからない。彼はある日夢を見た。自分が嫌な奴の首を絞めている。嫌な奴の表情が恐怖に歪み、だんだんと顔が赤く染まっていく。口角から唾液がこぼれる。異常なほど眼が見開かれている。口腔から妙な音が聞こえてくる。もうすぐ死ぬなと思い彼は腕の力を強めた。そこで彼は自分の眼を疑った。今度は彼の目が一杯に見開かれた。首を絞めていた奴の顔が、自分自身のそれに変わっていたのである。彼は悲鳴をあげて腕を離した。
眼が覚める。汗がひどく寝巻が体にはりつくほどだった。胸に手を当てると動悸のしているのがわかった。呼吸が乱れて喉からかすれた音がした。大きく呼吸をしながら少しずつ体と心を落ち着かせていく。平常に戻って彼は夢を分析してみた。すると今まで気づかなかったことが次々と明らかになった。
彼は小説で何度も人を害してきた。しかし加害者はいつも自分ではなかった。彼は一度も小説の中に加害者として自分を登場させたことがない。
実在する人間を小説の中に登場させていたつもりの彼であったが、彼の小説の中に描かれる人物は実在のそれとは乖離していることがよくあった。表面的には似ているけれど、何かが違う。彼はその理由を自分の筆力のなさだと思っていた。しかし夢によってその本当の理由を彼は断定した。彼が殺していたのは彼の嫌いな奴や気に食わない奴ではなかった。彼は自分を馬鹿にする奴を創作の中で殺す。それは悪口や嘲笑の原因を消すということである。つまり彼は嫌いな奴、悪口や嘲笑の原因を消すことによって、他者に馬鹿にされている自分を殺していたのである。攻撃の対象は自分自身だった。彼は何よりまず自分自身が嫌いでたまらなかった。だから彼の描く嫌な奴は実在のそれと一致しない。結局彼の描く人物は全て自分自身なのである。気に食わない奴を殺す理由も道徳を嫌うからではない。彼は気に食わない奴に憧憬を抱いている。本来は道徳的でありたい。しかしなれない。だから小説内の気に食わない奴に自分を投影し、酷い目に遭わせ、反道徳的な自分を攻撃していた。まわりくどいリストカットを彼は繰り返していた。
夢の内容から、彼は自分自身の小説を上述のように定義した。何度も何度も想像で人を害するふりをして、自分を傷つけていたのだ。実際に自分の体を傷つける勇気がないものだから、小説を利用して体を傷つけたつもりになって安心していた。彼は醜く弱い己の姿に直面してしまった。そいつは病的な薄笑いを浮かべて彼自身を見ていた。そのくせ眦からは涙がこぼれている。彼は「タクシードライバー」のトラヴィスを思い出した。トラヴィスは映画の中で一度も泣かない。しかしきっと泣いていたのだと彼は思っている。鏡に向かって語りかけるトラヴィスの姿は、ひどく彼の胸をうつ。
彼は筆をとった。小説の中に自分を出して、自分を殺させた。しかしまだ生きている。何度も何度の自分で自分を殺す小説を書いた。しかしそんなことは無駄に過ぎない。
鬱屈を解消できないまま頭の割れそうな日々を過ごしていた彼の耳にある話が伝わった。知り合いが事故で亡くなったらしい。原因を聞いて彼は驚いた。それは以前、彼が小説の中で書いたことと酷似していたのである。それが偶然に過ぎないことは明らかだった。彼は小説を誰にも見せていないし原稿を外に持ち出したこともない。家に人を入れたこともないし原稿が盗まれたこともない。しかし彼は苦しんだ。自分のせいだという思いに苛まれた。元来の道徳的な気質が露わになった。結局自分に人を傷つけることはできそうもないと確信した彼は筆をおいた。
習慣がなくなって、なんだか落ち着かなかった。しかも自己嫌悪は募る一方である。彼は小説を書くことしかできない自分を思い知った。自分には他に何もない。あるのはただ自分に対する嫌悪だけである。鬱屈は段々と体にまで影響を及ぼし、ある朝小便をしたら、尿が真っ黒になっていて彼は思わず悲鳴をあげた。右の瞼がときどき痙攣するようになり、眼を開けているのが辛くなった。眼を閉じて、瞼を上から押えている間は痙攣がおさまる。彼は家に引きこもった。蒲団に横になって、眼を閉じているのが一番楽だった。一番楽だっただけで苦しいことには変わりなかった。
だんだんと鬱屈の解消とは無関係に小説を書きたくなってきた。今まで彼にとって小説は手段だった。しかし今、彼の胸には衝動的な執筆意欲が湧いていた。理由はない。ただ書きたい。書かないとどうにもならない。蒲団から立ち上がった彼は椅子に座って、机の引き出しをのぞいた。まだ使われていない原稿用紙が何枚もあった。筆をとる。わずかに躊躇ってから、彼はペンを走らせた。書いている内に、また辛くなってくる。以前と変わらない小説を無意識のうちに書こうとしていたのである。ちょっとそれは書けそうにない。非道の予感がするだけで、吐気がして、瞼が痙攣しそうな気がする。罪悪感が胸に舞い戻ってくる。彼は一度筆をおき、一時間ぐらい眼を閉じてじっとしていた。その後急に眼を開けると、再びペンを握った。全く正反対のものを書こうと決めた彼は、その構想をずっと頭の中で練っていた。まず登場人物は実在の人間をモデルにせず、一から作りだす。これまで彼の小説の登場人物は全て実在の人間がモデル(のつもり)だったから、人物の内面などを設定したことはなかった。しかしちゃんと考えることにした。話の筋も、人を傷つけるものではなく、人を喜ばしたり幸せにしたりするものにした。今までは人を不幸のどん底に突き落とす話だったから、今度は誰かが家族や友人の助けをかりて幸せになる話にすればいい。そうすればきっと辛くない。それに、もしかしたら自分がこういう小説を書くことで、誰かを幸福にできるかもしれない。その想像は、罪悪感を紛らわすには最適だった。結局彼にとって小説は手段に堕ちてしまった。
彼は書き始めた。最初は勝手がわからず一週間で十枚にもいかないほどだったが、ミュージカルや児童文学を参考にして、どうやったらハッピーエンドをむかえさせることができるのかを参考にした。まず結末部分から読み、なぜそうなるのかを確認していく方法で読書を重ね、いつの間にか以前と変わらないぐらいのペースで書けるようになった。内容は一変していた。彼は構成を考えるようになったし伏線もちゃんと張るようになった。最後をハッピーエンドにしなければならないから必然的にそういう作り方になった。書けば書くほど、登場人物を幸せにすればするほど、彼は罪悪感の消えるような錯覚を感じた。彼は反道徳的な小説を以前よりも好むようになった。今まで研究対象だったそれが、楽しむものに変わったのである。ハッピーエンドの綺麗な話を研究対象にし、反道徳的な物語は趣味として楽しむ。自分では決して書かない。彼は以前自身の書いた小説を読み直してみた。彼は自画自賛した。面白かったのである。今の自分には絶対にできない描写がそこにあった。赤面してしまうほど幼稚な文体が延々と続いていて、妙に胸をうつ。彼は今自分の書いている小説と以前のそれを比べてみた。断然以前の方がいい。無論今の方が構成においても文章においてもこなれている。しかしどうにも機械的すぎる。臭いが感じられない。以前の殴り書きには、体液の臭いが紙面から漂ってくるようだった。今の紙面は整然としている。
知り合いに小説を見せてみることにした。知り合いに感想を聞いたら、面白いから公募に出すべきだと言われた。彼は驚いた。きっと貶されるだろうと予想していたから喜びはなく、違和感だけが残った。試しに別の知り合いに見せてみた。その人も面白いと言った。彼はわからなくなってきた。皆は機械的な小説が好きなのだろうか。彼はそこには何もないと思った。でも読者が喜んでくれると罪悪感の薄れるのがわかったので、彼は小説を書き続けた。周囲の称賛から、なんとなく自分は作家になれるかもしれないと思った。仕事につけて罪悪感からも逃れられるならそれに越したことはない。彼は公募用の長編の構想を練り始めた。息抜きに以前の小説を読む。やっぱりこっちのほうがいい。論理だけの物語よりも感性だけの物語の方がいい。彼は「アンダルシアの犬」を思い出した。それとは無関係に、何故自分が反道徳的な物語を好み出したのかが不意にわかった。すっきりしてしまった彼は論理と感性の問題について考えることを忘れてしまった。おそらく彼は良くも悪くも作家になるだろう。
嫌いな奴にも気に食わない奴にもいろいろなタイプがある。嫌いな奴は、自分を馬鹿にする人だ。彼はプライドの高い男だから、笑われるのが我慢ならない。とはいえ不器用で要領の悪いため、いつも行動が目立ってしまう。嘲笑は日常茶飯事。仕方がないことだけど、どうしてもあいつらのつりあがった口角や甲高い声が許せない。苛々する。梶井基次郎のいう「得体の知れない不吉な塊」みたいなものが、体の中でどんどん膨れ上がっていくのがわかる。爆発してしまいそう。そんな時、彼は小説を書くことを思いついた。口を恐怖に歪ませて、甲高い笑い声を悲鳴に変えてやると、楽しかった。「得体の知れない不吉な塊」が軽くなる。ほっとする。味をしめた彼は、小説を書き続けることにした。ある時、別に自分を笑いはしないけど、気に食わない奴を小説に書こうと思い立った。彼の気に食わない奴は、良い人だ。皆に好かれている。謙虚で、優しくて、少しも嫌らしいところのない優等生。彼は苛々する。そういう輩が自分に優しい声をかけたり、手をかしたりしたら殴りつけてしまうかもしれない。それぐらい気に食わない。道徳的な感じがたまらないのだ。踏みにじりたくなる。暴きたくなる。どろどろとした汚い部分を見せてくれたら、こんなに苛々しない。人間として自然じゃない。嫌いな奴の方が、まだ人間らしい。彼は優等生を小説に書く。ひどい目に遭わせたり、殺したりすることもあるけど、それよりも本性を暴きたてるような話をよく書く。気に食わない奴はそう扱った方が、書き終えると爽快になる。
彼は小説を書けてよかったと思う。もし書けなかったら、蟠りがたまり続けて、爆発してしまっただろうと思う。彼は小説を書くことで、暗い情念を吐きだしている。たまに、眼の前に嫌いな奴がいる時、小説の案が湧きでてくることがある。彼は必死に歯を食いしばって耐える。そうしないと、おぞましいことをやってしまいそうだから。楽しみは後にとっておくべきだと自分に言い聞かせて、高まった感情を押し殺す。家に帰って椅子に座り、机の引出しから原稿用紙をとりだす。書く。一気に書く。一度書き始めたら、三時間ぐらいずっと書き続ける。終わった頃には、心地よい疲れが全身を満たす。伸びをして、欠伸をしてから席を立ち、風呂に入って寝るのが彼の習慣だ。
彼は短編も長編も気にしないで書く。人に見せるのが目的ではないから、良い文章を書く気がない。小説の作法を学ぶ必要がないので、読書をほとんどしない。月に五冊読んだら多いぐらいだ。彼の読む本はだいたい反道徳的なもので、マルキ・ド・サドだとかロートレアモン伯爵だとか、そういう作家を好む。彼はあまり想像力がない。何度も小説を書いていて、いつも同じ「ひどい目」に嫌いな奴を遭わせてばかりだと気づいた彼は、既存の小説からおぞましい想像力だけを参考にしようと考えた。無論小説だけが参考になるわけではない。拷問に関する本を読む時もあれば、SMに関する本を読む時もある。でも活字を眺めるのは好きじゃないから、一時間くらいで集中力が途切れてしまう。ぱらぱらと読み飛ばしながら、自分の欲しい情報だけをメモして本を閉じる。
たまに哲学書や思想書を読む。犯罪の記事を調べる事もある。彼は「レオポルドとローブ」という事件が好きだ。ニーチェの哲学に取りつかれた同性愛者の男二人が、完全犯罪を目論み殺人を犯すのだけれど、捕まってしまう。彼は二人の思想を愛した。ニーチェの哲学はよく引用される。ヒトラーもニーチェに影響を受けている。歴史に残る偉大な哲学者の思想を人殺しや差別の理由にするという構図がたまらなく良い。「恋はデジャ・ヴ」という映画はニーチェの永劫回帰を扱っていると言われているけれど、彼はあまり好きじゃない。あの映画のメッセージは彼の解釈ではポジティブに過ぎる。物語が道徳や倫理を伝えるのに適しているのはわかる。しかしそういう道具として物語を扱うのが気に食わない。物語はプロパガンダに用いるべきではない。もっと恣意的で醜いものであるべきだ。私小説がいい。あれは彼からするとほとんどオナニーと同義だ。オナニーは性欲を解消する。私小説は自己顕示欲をみたす。そして彼は小説で日々の鬱屈を解消する。
事件の発端となった物語を彼は好む。例えば「時計じかけのオレンジ」。アーサー・ブレマーはあの映画に影響を受けて犯罪をしたと言われている。アダルトPCゲームも好む。世間が騒げば騒ぐほど彼は快い。年齢制限のある物語は想像力に溢れていると彼は思っている。ヘイズコードのあった頃のアメリカ映画にはセックスが存在しなかった。サド裁判で渋沢龍彦は罰金をうけた。ふざけた世界だ。物語はあらゆることを可能にする。人を喜ばせたり悲しませたり怒らせたり楽しませたり殺したりできる。しかし社会は想像力を規制する。彼が自分の小説を一切人に見せないのは、こんな馬鹿げた世の中に認められるものを書く意味が見いだせないと思っているからだ。しこしこと誰にも見せる事のない文章を綴る。彼はそれで充足する。
彼の書いた小説の内、いくつかの作品の文章の一部を紹介する。嫌いな奴を題材にしたものだ。そこには倫理も論理もない。人を納得させるための要素はない。娯楽性もない。極めて恣意的で幼い物語。
「さっかー」
歓声を背にドリブルをする。K(本文では名前がついている)は巧みな足さばきで次々と相手選手を交わし、ゴールに近づいていく。練習試合だというのに校庭には観客が多い。Kは人気者である。まず容姿がいい。スタイルもいい。サッカー選手は足の短い印象があるけれど、Kは長い。しかし足さばきは俊敏で、リーチがあるためにボールのキープ力が高い。細身だがバランスがよくぶつかり合ってもなかなか倒れない。日常生活においては気さくでよく喋る。しかし周囲に気を配る繊細さを持ち合わせている。それはサッカーでも活かされており、とても視野が広い。彼はボールを前に運びながら周囲を観察し、次の行動を考える。黄色い声援に後押しされながら進む。突然ディフェンダーのスライディングが襲ってきた。死角からの攻撃だったのでKは右足にそのまま相手の突撃をうけて転んだ。審判が笛を鳴らす。Kは地面に半身で横たわりながら右足を押さえた。苦痛に顔が歪む。ははっ。審判が近づいてくる。ディフェンダーに向かって審判は言った。
「生ぬるい。もっとやれ」
ディフェンダーはにやにやしながらKに近づいた。Kは痛みのせいで審判の言葉にも近づいてくるディフェンダーにも気づいていない。ディフェンダーはKの傍に立った。見下ろす。無表情にディフェンダーはKのふくらはぎを踏みつけた。観客から悲鳴があがる。しかし誰も止めに入らない。何度も何度もディフェンダーは足を振り下ろす。Kはその度に汚い悲鳴をあげた。ざまあみろっ!
Kは体を転がしてその場から逃れようとした。すると何かにぶつかった。味方選手の足だった。味方選手はKを見下ろしながら言った。「何逃げようとしてんだよ」
そして味方選手はKの腹を蹴りつけた。Kは咳きこんだ。味方選手は哄笑した。笑い声は一人だけではなかった。相手選手も味方選手も審判もグラウンド内にいる人間は全て笑っている。Kは怖くなった。しかし逃げだそうにも逃げだせない。既に数人の選手に囲まれていたのだ。審判が言った
「こいつは逃げようとした。もっとだ、もっとやれ」
次々に足がKに襲いかかる。足の皮膚が破けて血がながれだした。そこにむかって新たにスパイクが振り下ろされる。出血が増す。傷口に押しつけた足を左右に振る。何度も何度も蹴られているうちに、Kの筋肉はちぎれ、腓骨が折れた。指の骨も折れた。Kの将来の夢はプロサッカー選手だった(笑)。段々とKの意識は薄れていった。
「さっか」
Sは椅子の背にもたれて息を吐いた。ようやく執筆が終わったのである。原稿用紙五百枚分の小説。今に自分にあるものは全て注ぎ込んだ。非常に満足している。自信作だ。今までに書いたどの作品よりも良い。何度も公募に出しては落選していたが、今回はいけるかもしれない。Sは原稿用紙をクリップでまとめて机の引出しの中にしまった。
Sが作家になろうと決めたのは中学生の頃だった。幼時から本が好きで、今までに読んだ本の数は少なくとも五千冊はあるだろうと思っている。小説はSにたくさんのことを教えてくれる。Sはフローベールの小説が好きだった。仔細な情景描写がいい。文章を読みながら風景を想像するのである。まるで自分が19世紀のフランスにいるような錯覚。写実的な文章は素晴らしい。色彩豊かな世界を人々が活き活きと動いている。花の香りが伝わってくる。そんな文章だ。Sは邦訳されているフローベールの作品を全て読んだ。読むたびに恍惚とする。綺麗な風景を描写するために、世界各地を旅行した。絵画や写真にはない文章特有の美しさがあるとSは考えていた。人の想像力が世界を飾る。世界遺産を眼の前で見るより、文章に描かれた世界遺産の方が美しい。なぜなら想像力が美化してくれるからだ。Sはそんな世界をより多くの人に知ってもらいたくて小説を書く。
疲れたので風呂に入ろうと席を立ったSは近づいてくる足音を聞いた。家には自分ひとりしかないはず。誰かが盗みに入ったのではと思った瞬間、部屋に数人の男たちが入ってきた。
「へへ、いたぞ」
男たちは下卑た笑いを浮かべながらSに近寄る。
「なんなんだ君たちは。警察を呼ぶぞ」
震える声で言うSの様子を見て男たちは爆笑しだした。唾がそこら中に飛ぶ。Sはむっとして握りこぶしをつくった。
「やっちまおうぜ」
男たちが一斉に飛びかかってきた。Sはあっけなく取り押さえられ、身動きがとれなくなってしまった。手を後ろに回され、ロープで縛りつけられる。口にはガムテープを張られる。Sは声にならない叫び声をあげて男たちを睨んだ。
「さてと、そいじゃあやりますか」
男たちは机の引き出しをあけて中のものをばらまきはじめた。金目の物を探しているのかもしれないとSは思った。しかしそこに金はない。小説の原稿や資料があるばかりだ。Sは小説の原稿が損なわれるのではないかと恐れた。果たして男たちの内の一人が原稿用紙に眼をつけていった。
「おいおい、これ見てみろよ」
男たちが集まり原稿用紙に眼を向ける。にやにやしながら読んでいる。Sの血の気は引いていった。
「こいつ小説なんて大層なもん書いてやがるぞ」
男たちはまた爆笑して唾が飛んだ。原稿にかかるから止めてほしいとSは思った。
「なになに」
男たちはにやつきながら原稿に書かれた内容を読み始めた。しばらくすると段々男たちの顔から笑みが消えていった。
「つまんね。燃やしちまおうぜ」
男の一人がライターを取りだした。原稿用紙の角に火をつける。Sは必死にもがいた。しかしきつく縛りつけられているためどうにもならない。原稿は火に侵されて少しずつ黒くなっていく。男の一人が「ここなんもねえじゃねえか。全部ぶちこわしちまえ」と言った。男たちは机の中にあった原稿や資料、本を手でめちゃくちゃにやぶきはじめた。愉快だ。Sの眦から涙がこぼれて、横になっていたため耳の上を流れた。長年書き続けた原稿が全て台無しにされていくのを見ていたら、段々とSは嫌になってきた。もうどうでもいい。何も考えたくない。このまま殺してほしい。Sは眼を閉じた。まだ紙の破れる音や燃える音が聞こえる。手が封じられているから耳をふさげない。早く殺してほしい。しばらくして音が止んだ。男たちの足音が離れていく。Sは眼を見開いてもがいた。殺してほしかった。男たちはSに向かって言った。
「ゲームオーバーの後も人生は続くんだぜ」
男たちはその場を去っていった。気持ちいい。
「はか」
Mは待ち合わせ場所で緊張しながら佇んでいた。今日は彼氏との初めての夜中のデート。まだ処女のMは、今日こそ初体験の日なのではないかと思い固くなっていた。胸がどきどきする。携帯電話で時刻を確認すると、待ち合わせの時刻まであと二十分もあった。深呼吸をする。いざ事がはじまったらどうしよう。痛いのかな。怖い気持ちあるけど興味もある。いろんな考えがMの頭の中を駆け巡っていた。
十分後、Mはまた携帯の時刻を確認した。当然待ち合わせまであと十分になっただけである。体が震えてきた。緊張が膨らんでいく。落ち着かない。また深呼吸をした。空はすっかり暗くなっている。早く時間が来てほしいような、来てほしくないような複雑な気持ちにMは苛まれていた。
十分後、Mはまだ一人だった。携帯を確認する。確かに待ち合わせの時刻である。念のために近くのコンビニに入って時間を確かめた。間違ってはいない。以前メールでした待ち合わせの文面を確かめる。場所も時間も正しい。何かトラブルでもあったのだろうか。寝坊かもしれない。でもそれだったらどうして連絡がないのだろう。メールの一つや二つあった方が自然だ。とりあえずもう少し待ってみよう。Mは息を吐いた。
十分後、まだ彼氏は来ない。流石におかしいと思い、Mはメールを送ったり電話をかけてみたりしたけれど返事はないしつながらない。事故に巻き込まれたのだろうか。不安になる。彼氏の家に行ってみようかと思った。場所は知っている。入ったことはない。そうだ、そうしようと足を踏み出した途端、後ろから肩を叩かれた。Mはやっと彼氏が来たんだと思い、「もう、心配したんだよ」と言いながら振り返った。知らない男が三人いた。金髪に丸坊主にモヒカン。いかにもガラの悪そうな感じだった。耳たぶや鼻、唇にピアスがついている。Mは恐る恐る声を出した。
「あの……、なにか?」
男たちは嫌らしい笑みを浮かべた
「かわいいね、君。これから俺たちと遊ばない?」
口調に嘲るようなところがあって、Mは不快になった。しかし断ったらひどいことをされるかもしれない。三人とも体格がよく、腕っ節は強そうだ。Mが逡巡していると、金髪が言った。
「そうかまえるなって。優しくエスコートしてやるから」
まるでドラマの悪役みたいな言葉だと思いMは心の中で笑った。どうやって逃げようか考える。あまり時間をかけるとタイミングを逃すから、さっさとこの場を去ってしまおうと思った。
「すいません。彼氏と待ち合わせしてるんで、それじゃあ」
逃げようとしたMの腕を男がつかんで引き寄せた。Mは悲鳴を上げようとした。ところが男の一人がMの口を押さえた。声が出せない。そのまま男たちはMを引きずって行った。
人気のない通りにやってきた男たちは路地に入った。暗い。Mは解放されたが、逃げ道は男たちによってふさがれている。Mは鋭く男たちを睨んだ。
「ひゅ?。たまんねえな」
男の一人が口笛を吹いた。じりじりと男たちが近寄って来る。Mは泣きそうになった。どうにかして逃げる方法がないか考える。
「誰か助けて」
大声をあげた。誰も来ない。Mは彼氏の顔を思い浮かべた。男に肩をつかまれて、彼氏の顔は消え去った。二人に押さえつけられ、身動きのとれないまま衣服をはがされていく。破けた服が地面に落ちる。下着だけになったMを男は舌なめずりしながら見て、白いブラジャーに触れた。Mは短い悲鳴をあげた。しばらく愛撫している内に辛抱ならなくなったのか、男はMの背中に手を回して手際よくブラジャーをはずした。「いやっ」Mは激しく抵抗したけれどどうにもならず、乳房が外気にさらされた。男は乳房に手を伸ばして、途中で手を止めた。じっと乳房をみつめる。
「おい、みろよこれ」
男はMの乳首を指さした。Mを押さえつけていた二人の男がそちらに顔を向ける。Mの乳首は陥没していた。三人はけらけらと笑った。
「初めて見たぜ。本当にあるんだな陥没乳首」
Mは恥ずかしくて死にそうだった。ずっと自分の乳首にコンプレックスを覚えていたのである。だから彼氏と性交するとき、相手がどんな反応を見せるのかが怖くて、今日はとても緊張していた。Mは顔を真っ赤にして羞恥に震えていた。
「彼氏も物好きなやつだな。こんな乳首の女が好みなんてよ」
男がわざと差別的な言い回しを使っているのにMは気づいた。ひどすぎる。Mは男をありったけの憎悪をこめて睨みつけた。男は鼻で笑った。
「仮性か真性か確かめてやるよ」
男は指でMの窪んだ乳首をつついた。それから円を描くように撫でまわした。気持ち悪い。Mは羞恥と不快感でどうにかなってしまいそうだった。男が乳首を愛撫していると、だんだん窪んでいた乳首が表面に浮かびあがってきた。Mは仮性だったのである。
「ははは。おもしれえ」
男は乳房をわしづかみにして揉んだ。痛みにMは眉根を寄せた。それからMはされるがままになり、破瓜を経験した。男たちは壊れたMを置いてその場を立ち去った。
男たちは別に陥没乳首を馬鹿にしているわけではなかった。ただ単にそれを利用してMを辱めることができるから利用しただけである。男のうちの一人はむしろ陥没乳首が好きだった。男にとって理想的な女性を、昼は淑女、夜は娼婦などと言ったりするが、まさに仮性の陥没乳首はそういうもののように思えるからだ。普段は顔を隠しているけれど、刺激を受けると顔を出す。三人は皆Mを抱いたが、陥没乳首の好きな男はひどく興奮して五分も経たずに気をやってしまうぐらいだった。
「はか」の最後の段落の存在は、彼の人間性を端的に示している。だから後の彼の変化は当然だった。
彼は百を超える小説を書いた。その中には原稿用紙千枚を超える長編もある。何千という数の人間を殺したりひどい目に遭わせたりした。それでいいはずだった。不吉な塊は浄化される。しかし段々と、別の塊が彼の胸裏に生じるようになった。
いつものように三時間ずっと小説を書いていた彼は、作業を終えて何とも言えない不快感を覚えた。彼の求めていた快さが微塵も感じられない。むしろ気持ち悪い。吐気がする。苛立ちを誤魔化すように深呼吸をしても、何も変わらない。彼はこの嫌な感じの原因を考えた。そして道徳に思い当たる。きっとこれは道徳のもたらす罪悪感なのだと彼は思った。体に染みついている倫理が意志を縛りつけはじめたに違いない。煩わしさと少しの喜びを彼は味わった。縛りつけようとするのならば振り払ってやろう。彼は以前に増して書くようになった。時に一日の食事以外の時間全てを費やして書く日もあった。最高で一日に百枚ほど書く時もあった。狂ったように筆を走らせた彼だが、いつまで経っても気持ち悪さは消えなかった。煩悶は続く。しかしここで筆を止めたら道徳の思うつぼだと思い、彼は歯を食いしばって書いた。
もしかしたら原因は別にあるのかもしれないと彼は思い始めた。だがいくら考えてもわからない。彼はある日夢を見た。自分が嫌な奴の首を絞めている。嫌な奴の表情が恐怖に歪み、だんだんと顔が赤く染まっていく。口角から唾液がこぼれる。異常なほど眼が見開かれている。口腔から妙な音が聞こえてくる。もうすぐ死ぬなと思い彼は腕の力を強めた。そこで彼は自分の眼を疑った。今度は彼の目が一杯に見開かれた。首を絞めていた奴の顔が、自分自身のそれに変わっていたのである。彼は悲鳴をあげて腕を離した。
眼が覚める。汗がひどく寝巻が体にはりつくほどだった。胸に手を当てると動悸のしているのがわかった。呼吸が乱れて喉からかすれた音がした。大きく呼吸をしながら少しずつ体と心を落ち着かせていく。平常に戻って彼は夢を分析してみた。すると今まで気づかなかったことが次々と明らかになった。
彼は小説で何度も人を害してきた。しかし加害者はいつも自分ではなかった。彼は一度も小説の中に加害者として自分を登場させたことがない。
実在する人間を小説の中に登場させていたつもりの彼であったが、彼の小説の中に描かれる人物は実在のそれとは乖離していることがよくあった。表面的には似ているけれど、何かが違う。彼はその理由を自分の筆力のなさだと思っていた。しかし夢によってその本当の理由を彼は断定した。彼が殺していたのは彼の嫌いな奴や気に食わない奴ではなかった。彼は自分を馬鹿にする奴を創作の中で殺す。それは悪口や嘲笑の原因を消すということである。つまり彼は嫌いな奴、悪口や嘲笑の原因を消すことによって、他者に馬鹿にされている自分を殺していたのである。攻撃の対象は自分自身だった。彼は何よりまず自分自身が嫌いでたまらなかった。だから彼の描く嫌な奴は実在のそれと一致しない。結局彼の描く人物は全て自分自身なのである。気に食わない奴を殺す理由も道徳を嫌うからではない。彼は気に食わない奴に憧憬を抱いている。本来は道徳的でありたい。しかしなれない。だから小説内の気に食わない奴に自分を投影し、酷い目に遭わせ、反道徳的な自分を攻撃していた。まわりくどいリストカットを彼は繰り返していた。
夢の内容から、彼は自分自身の小説を上述のように定義した。何度も何度も想像で人を害するふりをして、自分を傷つけていたのだ。実際に自分の体を傷つける勇気がないものだから、小説を利用して体を傷つけたつもりになって安心していた。彼は醜く弱い己の姿に直面してしまった。そいつは病的な薄笑いを浮かべて彼自身を見ていた。そのくせ眦からは涙がこぼれている。彼は「タクシードライバー」のトラヴィスを思い出した。トラヴィスは映画の中で一度も泣かない。しかしきっと泣いていたのだと彼は思っている。鏡に向かって語りかけるトラヴィスの姿は、ひどく彼の胸をうつ。
彼は筆をとった。小説の中に自分を出して、自分を殺させた。しかしまだ生きている。何度も何度の自分で自分を殺す小説を書いた。しかしそんなことは無駄に過ぎない。
鬱屈を解消できないまま頭の割れそうな日々を過ごしていた彼の耳にある話が伝わった。知り合いが事故で亡くなったらしい。原因を聞いて彼は驚いた。それは以前、彼が小説の中で書いたことと酷似していたのである。それが偶然に過ぎないことは明らかだった。彼は小説を誰にも見せていないし原稿を外に持ち出したこともない。家に人を入れたこともないし原稿が盗まれたこともない。しかし彼は苦しんだ。自分のせいだという思いに苛まれた。元来の道徳的な気質が露わになった。結局自分に人を傷つけることはできそうもないと確信した彼は筆をおいた。
習慣がなくなって、なんだか落ち着かなかった。しかも自己嫌悪は募る一方である。彼は小説を書くことしかできない自分を思い知った。自分には他に何もない。あるのはただ自分に対する嫌悪だけである。鬱屈は段々と体にまで影響を及ぼし、ある朝小便をしたら、尿が真っ黒になっていて彼は思わず悲鳴をあげた。右の瞼がときどき痙攣するようになり、眼を開けているのが辛くなった。眼を閉じて、瞼を上から押えている間は痙攣がおさまる。彼は家に引きこもった。蒲団に横になって、眼を閉じているのが一番楽だった。一番楽だっただけで苦しいことには変わりなかった。
だんだんと鬱屈の解消とは無関係に小説を書きたくなってきた。今まで彼にとって小説は手段だった。しかし今、彼の胸には衝動的な執筆意欲が湧いていた。理由はない。ただ書きたい。書かないとどうにもならない。蒲団から立ち上がった彼は椅子に座って、机の引き出しをのぞいた。まだ使われていない原稿用紙が何枚もあった。筆をとる。わずかに躊躇ってから、彼はペンを走らせた。書いている内に、また辛くなってくる。以前と変わらない小説を無意識のうちに書こうとしていたのである。ちょっとそれは書けそうにない。非道の予感がするだけで、吐気がして、瞼が痙攣しそうな気がする。罪悪感が胸に舞い戻ってくる。彼は一度筆をおき、一時間ぐらい眼を閉じてじっとしていた。その後急に眼を開けると、再びペンを握った。全く正反対のものを書こうと決めた彼は、その構想をずっと頭の中で練っていた。まず登場人物は実在の人間をモデルにせず、一から作りだす。これまで彼の小説の登場人物は全て実在の人間がモデル(のつもり)だったから、人物の内面などを設定したことはなかった。しかしちゃんと考えることにした。話の筋も、人を傷つけるものではなく、人を喜ばしたり幸せにしたりするものにした。今までは人を不幸のどん底に突き落とす話だったから、今度は誰かが家族や友人の助けをかりて幸せになる話にすればいい。そうすればきっと辛くない。それに、もしかしたら自分がこういう小説を書くことで、誰かを幸福にできるかもしれない。その想像は、罪悪感を紛らわすには最適だった。結局彼にとって小説は手段に堕ちてしまった。
彼は書き始めた。最初は勝手がわからず一週間で十枚にもいかないほどだったが、ミュージカルや児童文学を参考にして、どうやったらハッピーエンドをむかえさせることができるのかを参考にした。まず結末部分から読み、なぜそうなるのかを確認していく方法で読書を重ね、いつの間にか以前と変わらないぐらいのペースで書けるようになった。内容は一変していた。彼は構成を考えるようになったし伏線もちゃんと張るようになった。最後をハッピーエンドにしなければならないから必然的にそういう作り方になった。書けば書くほど、登場人物を幸せにすればするほど、彼は罪悪感の消えるような錯覚を感じた。彼は反道徳的な小説を以前よりも好むようになった。今まで研究対象だったそれが、楽しむものに変わったのである。ハッピーエンドの綺麗な話を研究対象にし、反道徳的な物語は趣味として楽しむ。自分では決して書かない。彼は以前自身の書いた小説を読み直してみた。彼は自画自賛した。面白かったのである。今の自分には絶対にできない描写がそこにあった。赤面してしまうほど幼稚な文体が延々と続いていて、妙に胸をうつ。彼は今自分の書いている小説と以前のそれを比べてみた。断然以前の方がいい。無論今の方が構成においても文章においてもこなれている。しかしどうにも機械的すぎる。臭いが感じられない。以前の殴り書きには、体液の臭いが紙面から漂ってくるようだった。今の紙面は整然としている。
知り合いに小説を見せてみることにした。知り合いに感想を聞いたら、面白いから公募に出すべきだと言われた。彼は驚いた。きっと貶されるだろうと予想していたから喜びはなく、違和感だけが残った。試しに別の知り合いに見せてみた。その人も面白いと言った。彼はわからなくなってきた。皆は機械的な小説が好きなのだろうか。彼はそこには何もないと思った。でも読者が喜んでくれると罪悪感の薄れるのがわかったので、彼は小説を書き続けた。周囲の称賛から、なんとなく自分は作家になれるかもしれないと思った。仕事につけて罪悪感からも逃れられるならそれに越したことはない。彼は公募用の長編の構想を練り始めた。息抜きに以前の小説を読む。やっぱりこっちのほうがいい。論理だけの物語よりも感性だけの物語の方がいい。彼は「アンダルシアの犬」を思い出した。それとは無関係に、何故自分が反道徳的な物語を好み出したのかが不意にわかった。すっきりしてしまった彼は論理と感性の問題について考えることを忘れてしまった。おそらく彼は良くも悪くも作家になるだろう。
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