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作品ID:2395
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レトロフューチャー

小説の属性:一般小説 / S・F / お気軽感想希望 / 上級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介

 ダンはジーンと名乗る大学生の目に留まり、行動を共にする。彼と仲間たちは「琥珀派」なる過激派学生集団の調査をしていた。ダンはそこでかつての知り合い、カノンが琥珀派に関わっていたことを知る。


第二章 2週目

前の話 目次 次の話

 そいつは突然俺の目の前に現れた。
 そのどこか諦めたような表情に、なんとなく、相棒――かつて友人だったやつを思い出した。

   ・

「なあ、あんちゃん一人?」
 雪の降りそうな寒い夜。実際空は曇天で、駅前の広場にいる人々はコートとマフラーをしっかり身に着けている。
 対してぼくはセーターこそ着ているものの、上着と呼べるのはよれよれのコートくらいのものだった。背中を預けているビルの壁面も冷たい。
 目の前に立っている男も似たようなもので、ぼくよりは暖かそうなダウンジャケットを着ているくらいであとは軽装。あ、頭に毛糸の帽子を乗っけている。
 ただ、その色合いはぼくには到底理解できない派手さを持っていた。
「寒くないの? 待ち合わせ?」
「……いや。」
 寒くて口が廻らない、なんてことはなかった。そもそもぼくに、寒さでおかしくなるような体はない。
「君こそ、こんな怪しいやつに声かけて。暇なの?」
 自嘲気味に言った言葉は男に響かなかったらしい。
「――ああ、まあね。これから行くとこあるんだけど、ちょっと時間あるから、暇つぶし。」
 男はぼくの隣に立った。慣れたしぐさでポケットから取り出したのは細い煙草で、こちらに確認することなくそれを口にくわえる。
 そして、火は点けなかった。
 ぼくはその儀式のようななにかに言及する勇気がなくて、暇つぶしの玩具にぼくなんかを選んだ奇特な男に当たり障りのないことを聞く。
「ねえ、今日何日かわかる?」
 男の雰囲気のせいか、口から出たのは友達に話しかけるような口調で。けれど男はきにしたふうでもなく情端を取り出した。
「えーっと。――二月八日。二十二時十三分。」
「そう。」
 ああ、やっぱり。
 雪の降りそうな空の下。ぼくらが視界に入っていないみたいに、周りの人は過ぎ去っていく。
 男は火のついていない煙草をくわえたまま、人々をぼんやり見ている。
「なんで日にちを聞いたか、予想していい?」
「――は?」
「嫌ならやんない。」
 男の顔は至極真面目そうだった。
 ぼくは「いいよ。」と答えた。男は煙草を上下に揺らしながら考えているようだ。
「……あんた、なんか旅をしてそうな雰囲気だから、しばらくフィールドワークとかで山に籠ってて、久々に下界に降りてきたんだ。」
「ほうほう。」
「で、二ヵ月とか三ヶ月とかぶりに街に来たのはいいんだけど、しばらく情端に触ってなかったから充電きれてて確認もできない。」
「へぇ。」
 想像力豊かなやつだ。少なくともぼくはフィールドワ―クとやらはやっていない……と、思う。実際の記憶はないから。
 でも、そう考えると、このヨレヨレのコートもしっかりした靴も、説明がつくようでおもしろい。
 男は「あってる?」とは聞いてこなかった。
「……答えは知りたくないの?」
 指摘すると、男は煙草を一度口から離して言う。
「当てようと思ってないからなあ。」
 やっぱり変なやつだ。のんびりとした声が異質さを助長させている。
「いつもこんな感じで声をかけてるの?」
「うん。たまにナンパに勘違いされるんだよね。」
「そりゃあ、この辺そういう目的のやつもいるだろうからね。」
「こっちだって人は選んでるんだよ? 酔っぱらいは避けるし、イヤホンつけてる人も避ける。急いでそうな人も避ける。」
「それって、かなりターゲットが絞られるんじゃないか。」
「そうなんだけども。最近は情端見てる人ばっかりだし。」
 男のくわえている煙草は片側だけがふやけていた。いつも吸っているのにもうその一本しかないのか、元々一本だけをくわえるためだけに持っているのか。
 男は煙草をくわえ直した。
「でも、あんたに声をかけるのはちょっとためらったんだよ、俺。」
「そうなの?」
「ああ。」
 初めて、男が俺の目を見る。
「だってあんた、死んでるだろ?」
 車が派手なクラクションを鳴らして通りすぎた。ぼくは一転、男の言葉に周りの喧騒が遠のいたような気がする。
 けれども、あまりにも飄々と言ってのけた男の態度におもわず「なんだ。」と言っていた。
「気がついてたのか。」
 じゃあさっきの分析はなんだったんだ。ぼくの言葉を読み取ったように、前を向き直して男が笑う。
「今日たまたま街に来て死んじゃったなら面白いな、と思ったんだ。」
「……ひでえやつだ。でも違うぞ。」
 一応男には釘をさしておこう。
「俺が死ぬのは一週間後、二月十四日が終わる頃だよ。」
 男は初めて、驚いたように目を見開いた。
 詳しいことは語らなかった。語ってもわかってもらえるとは思わなかったから。
 それって、と続けようとした男の声をさえぎって、男に近づいてきた集団がいた。
 おうい、じーんと声をかけられて男が手を振る。
「暇つぶしは終わりかい。」
「――ああ。ありがとう。」
 男女入り混じった、大学生ぐらいのグループ。ぼくより若いくらいだろうか。みんな男と同じくらい派手な格好をしている。
「またひとりでに喋ってたよこの人。」
「好きだねー。」
「よっ、不思議ちゃん!」
「……そんなことねえよ。」
 男は胸ポケットに煙草をしまった。
 ここまで近づかれてしまうと、もう話しかけられない。目が合ったぼくは男に軽く手を挙げて別れを告げた。
 たぶん、もう会うこともないだろう。
 男も同じように軽く手を上げた。そのままなに事もなかったかのように仲間の一番後ろにくっついて歩き出す。
 ぼくは静かにその背中を見送った。

 見送って、いたのだが。

 少し進んだところで、ふいに男が立ち止まった。仲間たちはそれに気がつかずに歩いて行ってしまう。おいおい大丈夫かとぼくは寄りかかっていた壁から離れた。
 かろうじて見える男の口が、音なく言葉を作る。
「来る?」
 聞こえはしなかった。けれど、十分伝わった。
 突然立ち止まった男にやっと気がついたのか、仲間たちが彼を呼ぶ。
「おーい、ジーン。」
 男は動く気配がない。
 ――どうしてそこまで。
 気がつけば、男の隣に立っていた。男は、にやりと笑って歩き出す。しびれをきらしたのか、仲間たちはちょっと先を歩いている。
「いいの?」
「なにが。」
「みんな先に行っちゃってるけど。」
「ああ、いいの。いつものことだし、あっちも慣れてる。」
 友達なりの阿吽の呼吸のようなものだろうか。残念ながら経験がないからわからない。
 男は再び煙草をくわえた。
「君の名前は?」
「牧下仁。ジーンでいいよ。」
 なんだその、海外の青春映画の恋敵みたいなあだ名。……なんて本音はもちろん出さなかった。
「あんちゃんは?」
 ジーンはさも当たり前のように訊いてくる。ぼくは口を開きかけて、そういえばこの姿になってから、こういう場面は初めてだなあ。
「……トオノ、ダン。」
 かみしめるように、言う。
 体感的には数日前に思い出した名前だからか、まだあまり実感がない。
 ジーンは「ダンな。」とさっそく下の名前でぼくのことを呼んできた。ますます海外映画の悪友みたいになった。

 ジーンたちがやってきたのはクラブだった。
 パリピっていうんだろうか。とりあえずぼくの記憶の中で縁のなかった人たちがぎゅうぎゅうになって踊っている。
 そして誰もが、目隠しのようにアイマスクをつけていた。
 アイマスクと言っても寝るときに着ける、耳にかけるタイプのものではない。幅の広いヘアバンドのようなもので、中には機械が仕込まれている。それでいてほとんど重さはない。
 ホールに入る前にロッカールームを必ず通るようになっていて、中に入る人はアイマスクをつける。ぼくはジーンがアイマスクをつけるのを横で見ていた。
「第二空間(セカンド)用か。」
「テーマパークシンドロームの集まりだから。これつけるのは義務。」
 なるほど、とぼくは頷く。
 テーマパークシンドローム。それは最近になって出てきた病気だった。
 仮想現実とも呼ばれる「第二空間」にはまって、ずっと入り浸る。そうするとそちらが「現実」だと思いこんでしまって、逆に現実が虚構に見えてくる。悪い人は長時間第二空間を離れるとパニックを起こしてしまうから、常にゴーグルが手放せなくなって、普段の生活に支障をきたすようになる。
 ここはそういう患者も楽しめるように、お客全員にゴーグルの着用が義務付けられているらしい。
 けれど、出会ってから数十分、この男がアイマスクをつけていたところは見たことがない。テーマパークシンドロームなら発作が起こっていてもいいくらいだ。
「ジーンは違うだろ。」
「ダンは……そもそも次元が違うか。」
 どうだろう。同じ空間にはいるからその表現は微妙に違う気がする。
 第二空間を見るにはゴーグルをネットにつなぐ情報端末が必要になる。ジーンもポケットから出した情端を細い端子でアイマスクとつないでいる。
「でも、来週にはゴーグルだけでよくなるらしいじゃん。」
「対応機に買い替えればね。」
 二月十四日の新電波開放に合わせてアイマスク自体がネットにつながるようになって、いつもは情端に保存できる分しか作りこめなかった自分のステータスがもう少し融通の利くものになるらしい。
 ジーンはぼくを促してホールへと入る。彼や他の客には盛り上がるディスコ会場かなにかが見えているのかもしれないが、ぼくから見たらそう大きくもない部屋に色とりどりの目隠しをした人々がわさわさ動いているようにしか見えなかった。
「ダンはこういうの、慣れてなさそうだな。」
 そりゃあ、大学時代は研究室に籠りっぱなしだったから。
 ぼくは答えたくない質問には質問で返すように心がけている。
「ジーンはどうしてこういう集まりに来ているの。」
「まあ、野暮用があるから。」
「嫌がる人もいるじゃん。」
 世の中には、テーマパークシンドロームをよく思わない人たちがたくさんいる。忌むべき現代病。中には早々に病院に入れて治すべきだ、という普通の人もいる。そんな人たちがこの光景を見たらどう思うだろう。
 誰もがハイテクな目隠しをした仮面舞踏会。参加者の口元は一様に楽しそうに笑っている。
 彼らと同じ空間にはいられないけれど、これはこれでいいのではないだろうか。
 人から楽しみを奪うようなことをするほうが、よっぽど。
 ジーンは慣れたように人混みの中を歩きながら話す。外で見れば独り言の怪しい人と見られかねないけれど、アイマスクをつければ基本的に目線だけで情端の操作ができるから、ここではフリーハンドで誰かと通話中だと思われているかもしれない。
「そんなもの気にしないよ。ここにいるやつらは普通に自分の人生やってるだけだし。それにさ。」
 奥の壁の近くにテーブルが置いてあった。そこに先ほどのメンバーがいる。一人がジーンに気がついて手を挙げた。
「人と人の間には差しかないんだから。そんなこと気にしてもしょうがないじゃんか。」
 ぼくは曖昧にうなずいた。
 それを気にしてしまうのも、また人間なのだとわかっていたから。
 ぼくはジーンに断って、彼の情端に触れた。中に侵入して、勝手にぼくの第二人格(アバター)を作る。
 ぼく自身であって、現実のぼくではないもの。
 昔、おじいちゃんが若い頃はネットの書きこみとか、個人の趣味から「あの人はやばい」と偏見が広まることもあったらしいけど、今は第二人格でやったことと本人が紐づけられることは少ない。
 第二人格も立派な人である。どこかの大学の教授が言った言葉だ。
 だから本人と比べてはいけないって意味と、だから現実と同じように清く正しく利用しなさいという意味が含まれていることも、もちろん伝わっている。
 ぼくは第二人格で、ジーンたちがアイマスク越しに見ている景色を見た。頭上のミラーボールは意外にも落ち着いた光を落としている。それに反して各々の格好は中世の貴族だったり、宇宙服だったり。
 ジーンはなぜかスーツを着ていた。
「なんでスーツ……。」
「刑事っぽいでしょ。」
 いや、なんで突然刑事なんだ。
 ジーンの仲間たちもなぜかスーツだった。全体的に黒の比率が高いけど、中にはこげ茶とかくまさんのプリントがしてあったりとか。一人だけいる女の子は黒いヴェールをかぶった喪服だった。
 その子がヴェール越しにぼくを捉えた。
「あれ、ジーン、その人知り合い?」
「さっき俺が話してたやつだよ。」
 まっさかー、と女の子はケラケラ笑う。
 社交的な子だ。握手のためだろう、なんのためらいもなくぼくに手を差し出してくる。
「初めまして。わたしアカネ。」
「ダンです。」
 せっかくだからユーザーネームにそのまま使った。
 けれど彼女の手は取らなかった。「バーチャルなんで。」と言うとアカネは「ああ、ザンネン。」と手の形を変えた。
 手のひらをこちらに掲げる。ぼくはその意味を理解して、ハイタッチのまねごとをした。ぼくの手が、アカネの手をすり抜けた。
 ネットを通してここに来る場合、リアルの体で握手をすることはできない。
 隣でハイタッチを見ていたジーンが噴き出した。
 もちろん意味が分かったのはぼくだけだ。アカネはジーンを小突くぼくをみてケラケラ笑っていた。
 ジーンたちは常連なようで、他のユーザーからよく話しかけられていた。
「今日はスーツ縛りだったんだよ。」
「そうそう。毎回集まるたんびにテーマ決めてるの。そうしないとずっと同じ格好してるんだもん。」
「いいじゃん、それでも。」
 面倒くさそうに煙草を取り出したジーンに、びしりと人差し指をつきつけるアカネ。
「そういうこと言ってるから彼女できないのよ!」
 なぜかぼくもつられて苦笑いをしてしまった。
 ぼくはジーンと一緒にアカネや他のメンバーが周りの参加者と話しているのを壁の前で聞いていた。
「ジーンは行かなくていいの。」
「ああ。情報収集はあいつらの仕事だから。」
「……社交じゃなくて?」
「情報収集。」
 ジーンはなぜか自分の言葉を譲らなかった。
 あれか。今日はスーツで刑事しばりだから、そういうところもロールプレイばりに演技しているのか。
 勝手に妄想しながら、フロア全体を見渡しているジーンを見る。
 相変わらず彼の煙草には火が点かない。そもそもこういう施設はほとんど禁煙だ。たまに煙草をちらりと見る人もいるけど、みんなバーチャルだと思ってるんだろうな。
「なあ、ジーン。」
「あ?」
「どうしてぼくを誘ってくれたんだ?」
 少しむこうでアカネの声がした。自分より大きな男の前で物怖じすることなく語り合っている。その横で友人二人は用心棒のようにあたりを警戒していた。もはやあの三人のほうが不審者に見える。心なしか周りの人も遠巻きにしているような。
「……これは、あいつらにも言っていないことだけど。」
 ジーンは煙草をしまいながらぼくを見下ろす。
「昔からダンみたいなやつが見える。それから、生きてるやつでも死んでるやつでも、オーラが見えるんだ。」
「……オーラ?」
 なんて非科学的な……なんてことは、今の僕には到底言えない。
「こう、体からにじみ出てくるような、そうだな……オーロラみたいなもんかな。きれいな色をしてるやつなんて、ほとんど見ないけど。」
「じゃあ、普通はどういう色をしてるの。」
 ぼくの質問に、ジーンはとんとん、と自分の胸を指さした。その先にあるのは真っ黒なスーツ。
「どす黒いグラデーション、ってとこかな。」
「へえ。」
 ジーンが嘘を言っている、という気はまったくしなかった。むしろ重要であろうそのことを、彼自身が率先して言っているのが不思議だった。
「ちなみに、ぼくはどんな色?」
 そうだな、とジーンの目が細められる。
「夕方の麦畑、かな。」
 どうしよう。誌的すぎてよくわからない。
「それって黄色……黄金色? え、風でわさわさしてる感じか。」
「想像力乏しくないか?」
 そんなことを言われても困ってしまう。
「珍しいオーラだなって思って近づいて見たら、もう生きてないみたいだったからさ。ついつい声をかけちゃったんだ。」
「へえ。」
 ふと、遠くでのけ反って笑っていたアカネがこちらに振り向いて、何を思ったのかすたすたとやってきた。
 その姿を眺めていると、淡白な反応がお気に召さなかったのか、ジーンから不機嫌そうな声が漏れる。
「……信じてくれてるのか?」
「信じてほしくないのか?」
 ぼくの言葉にジーンは黙った。だいぶ卑怯な気持ちになったのを悟られないよう、ぼくはにやりと笑ってみせる。
 嘘でも本当でも、気にしない。もうすでに、そういう機微で一喜一憂する次元からは離れてしまっている。
 それでも、その考えを真正面からぶつけるほどぼくに度胸がなかったのも事実だ。
「本人が言ってるんだから、そうなんだろうさ。」
「懐が広いな、ダンは。」
 ジーンの声はどこか安心したような響きを持っていた。きっとこういう話を信じてくれない人とも大勢出会ってきたのだろう。
 アカネはぼくらに近づくと、後ろを指さした。
「あっちで面白い話聞けたよ。二人がもうちょっと深く掘ってみるって。」
「で、他のやつのとこに行けって?」
「そうそう。挨拶まわりにぐるっと一周しようよ。最近話してない人もいるでしょ?」
 そう言うとアカネはジーンの手を引っ張り、もう片方の手でぼくの腕を素通りしてから、「そういえばそうだった。」と言って、ぼくに手招きをした。
 ぼくは仲良く歩いて行く二人の後ろをついていった。
 アカネは快活な子だ。
 滑舌よく、はきはきとした明るい声で様々な人に話しかける。たとえそれが談笑中のグループでも、一人で壁の花を決め込んでいる人でもお構いなしに。彼女は近づくだけでその場に溶けこんでしまう。
 その後ろをついて行くジーンはもはや空気の域だ。
 グループからグループへ渡り歩く途中、アカネはするりとジーンの腕にからむ。
「もう、しっかりしてよねジーン。こういうのもあんたの仕事なんだから。」
「あー、はいはい。」
 アカネは半ばあきらめているのか、そのままジーンを引っ張っていった。
 ぼくはその後姿を見ながら、逡巡する。
 どんな人に話しかけるときでも、必ずアカネが持ちだす話題がある。
 会話が自然なうえに話題がタイムリーだから、誰も誘導されているなんて気がつかないだろうけど、こうやって彼女の後ろをついて回るとよくわかる。
 彼女は七日後の新電波開放のことについて、聞いてまわってる。
 怠けているようにみえるジーンも、その話題になると目つきが鋭くなった。
 ただし、ここ二時間隣にいてはじめてわかるていどの変化。
 きっとほかの人にはわからないだろう。
 どうしてそんなことを聞いているのか。
 あの日。彼らにとってまだ見ぬ未来である七日後の、夜。
 例の電波塔の下。
 刺された彼女。逃げた男。
 その時、ぼくは……。
「――ダン。大丈夫?」
 はっと顔を上げる。
 いつの間にか立ち止まっていたみたいだ。
 目の前には不思議そうにこちらを覗きこんでいるアカネがいた。
「ちょっと考え事。」
「ふーん……なんか、今にも消えちゃいそうなくらい影が薄かったよ、今。」
 直感的に思ったことを言っただけだろうけど、ぼくにとっては興味深い言葉だった。
「それって、ぼくがこの場にいないからかな。」
「どうなんだろ。今まで、そんなこと感じたことないかなあ。」
 アカネは周りを見渡す。
「リアルでもバーチャルでも、存在感って同じようなものじゃない? どんなに喋らない人でも派手な格好してれば目立つし、おしゃべりだからって周りが同じように喋ってれば目立たない。……こういう場所で存在感を出すのは、リアルもバーチャルも条件は同じだよ。」
 同じように会場を見る。壁の色が変わって落ち着いた雰囲気に変わった会場には変わらず人の気配で満ち溢れている。
「なんか、専門家みたいだね。」
「週に何度かこうやって集まって、クラブとかに出入りしてればね。嫌でもわかるようになるよ。」
 ふう、とため息が聞こえた。
 その様子を見るに、慣れてるのとは少し違うのかもしれない。
 薄暗がりに目を凝らすと、部屋の隅のほう、珍しくジーンが誰かと喋っている。いかにもって感じの、強面のおっさんだ。
「アカネは行かないの?」
「わたしあの人苦手。」
 そう言ってむくれる彼女はどこか幼い子どもみたいだ。
「ねえ、ジーンの言ってたこと、本当なの?」
「なに?」
「わたしたちと合流する前、一緒に喋ってたって。」
 先ほど笑い飛ばしていた時とは違う。真摯な声。
「本当……って言っても、信じないだろ?」
 アカネには普段のぼくが見えていない。だったらジーンの言葉が事実であれ、信じるに足る確証は得られないだろう。
 そんなぼくの考えを全否定するように、アカネははっきり言った。
「信じるよ。わたしはジーンの言うこと、全部信じてるから。」
 自信満々の声。なぜか顔までどこか自慢げなドヤ顔だ。
「なんというか……愛だね。」
 アカネを見ていたら自然と言葉が出ていた。
 実際そういう分野はまったくわからないのだけれど。
 言われた本人は図星だったのか恥ずかしいことを言われて動揺したのか、顔を赤くしながらそっぽを向いている。
「そんな大それたことじゃないよ。小さいときから腐れ縁だから、解っちゃうだけ。」
「へー。」
「……興味なさそうね。」
「まあ、積極的に知りたいとは思わないかな。」
 なにしろ、もうぼくには関係のない次元の話だ。
 たとえここで彼女たちと喋れたところで。ぼく自身はそういうことに関わろうと願ってももう手遅れで。
 ぼくの様子を見て、何を思ったのか。
「……ダンって友達少ないでしょ。」
「それこそ関係ないね!」
 ぼくに振り返ったアカネが屈託なく笑った。
 これ以上会話を広げたくなくて、かってに軌道修正する。
「ジーンの言ってたことは本当だよ。何もすることがなくてあそこにいたら、ジーンが声をかけてくれたんだ。……確かに、ぼくはあそこにいた。」
 もちろんアカネはぼくの姿なんて見ていないだろうに、それを聞くとにんまりと口元を緩ませて、「ほうら、やっぱりね。」と満足げに言った。
「やっさんのほうにはあんまし電波の話題は行ってないってさ。」
 戻ってきたジーンはアカネにそう告げた。いつの間にかその口には新しい煙草がくわえられている。
「まーた煙草もらったのね。」
「くわえるばっかで吸わないなんて、宝の持ち腐れだって言われた。」
「いいのそんな体に悪いもの吸わなくても。」
 アカネがジーンの煙草を取り上げようと手をのばすけど、ジーンは猫でも払うみたいにしっしと避けている。ぼくにはそれが仲のいい兄弟のように見えた。
 疎外感から後ずさったぼくの肩を、誰かの手が通り過ぎる。
「わっぶ!?……そうだった、ダンさんバーチャルの人だったわ。」
 後ろにいたのはここにジーンと一緒に入ってきた二人だった。クマさん柄のスーツのほうがぼくに触れた手をぷらぷらと泳がせている。
「すみませんね。実体がないもんで。」
「いや、失念してた俺も悪いというか。」
「ここじゃよくあることだよ。」
 もう一人の地味なスーツの男が答える。
「いや、それにしたってリアルじゃないか、この作りこみ。教えてほしいもんだわ。」
 ぼくらの会話に、振り返らなくても、ジーンがにやりと笑った気配がした。
「そりゃあリアルだろうなあ。」
 アカネの頭を押さえつけながら、ジーンはぼくの隣に並ぶ。
 その顔はまるでいたずらっ子のようだったが、友人たちにどう問い詰められようと、ジーンが本当の意味を言うことはなかった。
「ところで、そっちはどうだった。」
 唐突にジーンが言う。それを聞いて、なぜかぼくに視線が集中した。
「ああ、こいつなら大丈夫だよ。何も言ってない。」
「でも、先生は。」
 クマ柄スーツの男の言葉に、隣の地味スーツが小突きを入れた。
 余計なことを言ったことに気がついたらしい。
「とにかく、大丈夫だ。――で、収穫は。」
 仲間たちは目くばせしあう。
「まあ、いつも通りネットの噂と同じだな。」
「これと言って新情報なし。ますます存在が怪しくなってきたな。まだ別件のほうが情報集まるぜ。」
「こっちも変わりなしかなあ。むしろ、さっきからまた『芸術家』が現れたって話題で持ち切りだったよ。」
「まじか。見たかったかも。」
「見るもなにも、なんにもできなくなるだろうが。」
 わけのわからない会話にぼくが首をかしげていると、地味スーツが教えてくれた。
「ここ最近、謎の天才ハッカーがウイルスをばらまいたりして騒ぎを起こしてるんだ。けど警察はしっぽすら捕まえられてないし、むしろ手並みが鮮やかすぎてファンがついちゃったんだよ。で、誰が呼んだか『芸術家』なんて名前がついたのさ。」
「へえ。」
 さも興味なさそうなぼくの反応に、地味スーツが訝し気な顔をする。
 ちょっと意地悪な事でも言ってみようか。
「こんなふうに喋ってくれるってことは、君らの調べていることとは直接関係ないんだろう?」
「うっ……。」
 そのまま黙りこんでしまった肩をジーンが叩く。
「ダンのことはもういいだろう。あんたじゃ勝てないだろうし。」
 男は苦虫を噛み潰したような顔になる。ぼくはぼくでジーンに疑いの目を向けた。
 視線に気がついてか、ジーンが「なんだ。」とこちらを見た。
「さっき会ったばっかのやつに、そんな信頼を置かれてもなあ……。」
「ははっ。」
 ぎょっと、アカネが顔を上げる。
 ジーンは笑うばかりでなにも言及しない。
 おそらくそこにはオーラとか、とにかく本人にしかわからない基準があるんだろう。でも、ここにいる仲間たちに言うほどの事でもないと、そういうことらしい。
 ぼくも笑うように息を吐いた。
 得体のしれない男を冷静に分析して、わかったように思うぼくも、ジーンと似たようなものなのかもしれない。

 夜の町は相変わらずの喧騒に包まれている。
 ぷっくりとほおを膨らませたアカネが黙ったまま店を出て行く。その恰好は夜遊びに来た十代の少女のそれに変わっている。
 彼女が最後にぼくに見せた視線は明らかに敵意のこもったものだった。
 はて。ぼくはなにかしただろうか?
 友人二人は「先生」に会いに行くようなことを匂わせて立ち去り、ぼくはちょっと前を歩くアカネを追いかけるようにジーンと並んで歩いた。
「なあ。アカネっていくつだ?」
「俺の四つ下だから、今十六か。」
 ジーンの発言に「ほーお。」と驚いていないように返す。まさかそんなに若いとは思っていなかったから。
 ちなみに二人とも、の話だ。
「未成年なのにこんな時間に出歩くなんて、注意しなくていいのかよ。」
「心配ないだろ。保護者付きだし。」
 ふらふらと煙草を玩びながら言うには説得力のない言葉。それに、どちらかというと面倒を見てもらっているのはジーンのほうの気がする。
 ちらりと盗み見れば、確かにジーンはアカネのことを目で追っていた。しかし、少し前を行くアカネが怪しいキャッチにつかまったのを見ても、歩くペースは変わらない。
「危ないからって家に閉じこめておくくらいなら、近くにいて見守ってやった方がいい。そうは思わないか?」
「……過保護って言っといてやるよ。」
「わかってもらえないかなあ、この感じ。」
 さっきからジーンはやたらと気持ち悪かった。
 ぼくから見ただけでも変だとわかるのに、周りから見ればひとりでニヤニヤ笑いながら虚空に話しかけている奇人、いや不審者にしか見えないだろう。
 そんなやつと話すのも癪だけど、ぼくは仕方なく、返事をする。
「……わかるよ。」
 そう、解ってしまったから。
 正確には、ジーンの言葉を聞いて頭の中に太陽の色がよぎったから。
 その色をぼくは知っている。生前、なぜか友人だったというホヅミカノンの髪と同じ。
 まだ、なにも思い出せてはいないけれど。
 きっと彼女は、ぼくにとってそういう存在だったのだ。
 ふと、不安がよぎった。
 今までちゃんと考えたことはなかったけれど、もしもぼくが生きていたころのことを思い出そうとしたとして、それはちゃんと思い出せるものなのだろうか。ぼくは、この感覚を、理由もわからないままに抱えるばかりなのだろうか。
 もちろんそんなこと、口には出さない。
 考え事をしているぼくに何も言わず、ジーンはそのままの歩調で歩いて行く。
 そして、慣れたようにキャッチをいなしていたアカネの肩をぽんと叩く。
「ほら、遊んでないで行くぞ。」
「はーい。」
 アカネはくやしそうにしているキャッチに元気に手を振った。なるほど、これぐらいのことでは心配しなくてもいいらしい。と、思ったけれど。
 ジーンの左腕にくっついたアカネは、心なしか震えている気がした。
 それがわかっているのかいないのか。平然と夜の街を歩き、駅に近づいていくジーンはもうほとんどアカネのほうを見ていなかった。

 「先生」というのは、本当に教師のことだったらしい。
 僕が通っていたのとは違う、見慣れない大学の校舎の中。重厚な木の質感が残る歴史のありそうなその場所は、古い建物によくあるように薄暗い廊下がのびている。開け放たれた入り口の向こうにだけ冬の弱い日光が降り注いでいるようだ。
 けばけばしいネオンから静謐な暗闇への暗順応はすぐに完了した。
 夜の街からこんなところにとんできて、どうしたもんかと呆けているぼくのほうへ、見慣れた人影が歩いてくるのが見える。
 行く先にひょいと現れたぼくに対して、ジーンは「おう。」と友人にでも会ったかのように手を挙げた。
「よくここがわかったな。」
「ああ。」
 適当に答える。きっとジーンなら「なんかとべた」というアバウトな話すら信じてくれそうだが、手の内をすべてひけらかすこともなかろう。
「先生に話聞きに来たのか?」
「まあ、暇だしね。」
 ジーンに聞いたところでもったいぶって何も言いそうにないしな。
 飲み込んだ言葉はもちろん伝わらない。ジーンはぼくが立っていたところから一番近い場所にある扉を開いた。鈍い光を放つプレートには先生の名前が書かれていた。
「野中研究室」
 拍子抜けするほどに、普通だ。
 中は珍しいことに紙の本であふれていた。いつ崩れてもおかしくないほどうず高く積まれている。ジーンは器用にその間を歩き、奥のほうへと向かっていく。
 ぼくは何度か失敗して、本の塔を透りぬけてしまった。
「先生、お客ですよ。」
 ジーンの後ろから顔を出す。
 奥まったそこだけは、本ではなく紙があふれていた。中空に表示されたモニタも合わさって、情報密度が濃ゆい。
「……ああ、牧下君。おはようございます。」
 メガネをかけ、長髪を後ろで束ねたその人は柔和な笑みでジーンを、そして、ぼくを『見た』。
「おやおや。珍しいお客人ですね。――はじめまして、野中といいます。」
 先生を見てぼーっとしていると、ジーンの視線を感じた。慌ててぺこりと頭を下げる。
「はじめまして……。遠野壇です。」
 ぼくの名前を聞いて、先生は少し、目を細めた。
 勧められるままに応接セットのソファに座る。先生もジーンもこの部屋もまとう雰囲気は文系なのに、ぼくだけ着古した白衣という理系丸出しの格好で浮いていた。
 先生はぼくに配慮してか、それともいつもそうなのか、特にお茶を出すでもなくぼくの向かいに座る。
「で、用件はなにかな。」
「先生が俺たちに調べさせていること、知りたいんだってさ。」
 間髪入れずにジーンが言う。
「……おい。」
「なんだ?」
「そういうことはぼくから聞くべきだろう。」
「いいじゃないか。こっちのほうが手っ取り早い。」
 ぼくらの言い合いを聞いて、先生は「ずいぶんと仲がいいんだね。」と微笑んだ。
「昨日会ったばっかりですけどね。」
「……へえ。」
 先生はジーンのほうを見る。
「相変わらず、あちら側への好奇心だけは一等強いようですね。」
「仕方ないでしょう。性分です。」
「いつも言っていますが、気をつけてくださいよ。肩入れしすぎれば――。」
「そのうち俺も、ダンと同じ方へ、っていうんでしょう。」
 先生の心配そうな顔をよそに、ジーンはにやり、と口の端を上げる。
「人間、結局はそうなります。それが遅いか早いかの問題です。」
 ぼくは彼の考えに何も言えずに視線を泳がせる。確かにそうかもしれないけれど。
 それは、生きているからこそ出る言葉だ。
 実際こうなってしまってから、同じことが言えるだろうか。少なくともぼくには口にできない。
 先生は慣れているのかふう、とため息を一つついて「それで。」と話題を変えた。
「我々が調べていること、ですか。」
「ええ。」
「どうしてそのことを知りたいと?」
 そう言われて、はて、と首をかしげる。
「強いて言えば……暇だから、ですかね。」
 先生はきょとん、とした目でぼくを見返した。
「それだけですか?」
「はい。」
「本当に?」
 もう一度うなずく。
「……どうやら、本当になにも知らないようですね。」
 いつの間にか、その顔に呆れのようなものが浮かんでいる。
 ぼくは確信めいた考えを思いつく。
 この先生は、ぼくよりもぼくの状況に詳しいのではないか、と。
「遠野さん。あなたは『琥珀派』という言葉を聞いたことがありますか。」
「いいえ。」
 なんだろう。新手の文学集団か何かだろうか?
「ここ周辺の大学には学生を中心に集会などで社会への問題提起を行うような集団がありまして。元々はまじめな学生が集まって議論を交わすような大人しい集団だったんですが、最近はずいぶん過激な方向に行っているんです。今中心的な問題となっているのが例の電波塔の件で。」
「電波塔、ですか。」
 残念ながらいい思い出がないために顔をしかめてしまった。
「そもそもは『新しい電波が人体に与える影響』について論じていたようなのですが、そこに――なぜか、『新電波を浴びると、人は肉体の枷から自由になれる』というカルト的な噂がからんで、普段は集会に参加しないような人もどんどん取りこんでいったのです。」
「そんな噂があるんですか?」
「ええ。」
「でも、そんな噂に寄ってくる人なんて――。」
「例えば、自殺願望のある大学生とか。」
 ジーンが横から口をはさむ。
 先生も肩をすくめる。
「いるんですな、これが。残念ながらうちの生徒ですが。」
 ……なるほど。
「だから、先生が調査をしているわけですか?」
「はい。私は大学や生徒に関わる厄介ごと担当なので。」
 先生はジーンを指し示す。
「彼らには若い人にしか行けないようなところに赴いて、噂の調査や『琥珀派』の動向を調べてもらっています。」
「まあ、基本的にネットで活動するか秘密裏に集まっているかなんだけど、実際の行動はあんまりつかめてないんだよな。」
「ええ。しかし、新電波開放まであと六日なのです。――必ず、なにか行動を起こすはず。」
「それで、その集団が琥珀派?」
「いいや。ちょっと違う。」
 ジーンはそう言って情端を出した。
「琥珀派っていうのは、カルト的な噂がささやかれるようになってからできた一派なんだ。うちの学生もそっちに参加しているみたいでさ。」
「本気で、体から解放されるって信じてるのか?」
 そもそも、『体からの解放』というのはどういう意味なのだろう? ただの死なのか……それとも。
 ぼくのようになることなのか。
 可能性としては捨てきれない。
「そんなことを考えるくらい思いつめてるんじゃないのか。本人は。」
 ぼくの前に情端がさしだされる。
 そこには一枚の画像が映し出されていた。
「これは?」
「琥珀派の考えのもとになった噂に一番近い人物で、派閥の名前の由来にもなった女性だよ。参加者からは教祖みたいな扱われ方をしてるみたいだ。」
 その写真には見覚えがあった。
 黒か茶色が多いこの国の中では異質な、色の抜けた髪。確かに琥珀に近いかもしれない。その髪をおしげもなくショートカットにしている。
 ぼくは無意識に情端に触れた。トリミング加工がしてあるのかその写真には彼女しか映っていなかった。
 けれど、ぼくは知っている。その隣に童顔の男がいることも、他にもたくさんの人が写っていることも。
 その人は、ぼくのよく知っている「はず」の人。
「みんなが呼んでいた名前は――。」
 ジーンの言葉を最期まで聞かず、呟く。
「――カノン。」
 その友人のことを、ぼくはよく知らない。第二義務教育からの付き合いということは相当の時間を共に過ごしていたはずなのに、どうしてか彼女のことは覚えていなかった。
 ……いや。そもそも覚えていたことのほうが少なかったか。
「やはり、お知り合いですかな。」
 野中先生は、どうやらそのことを知っていたらしい。
「……自分が『こういう』ふうになってから、生きていた時の記憶は曖昧でして。かろうじて、友人だったということは知っています。」
「なるほど。」
 それから先生は少し口ごもってから、
「ちなみに、そうなった原因をうかがっても?」
 ああ、それならわかる。
 ついこの間「見た」から。
「電波開放の日……二月十四日の夜、ぼくは撲殺されます。犯人はわかりません。角の向こうにいて見えなかったので。」
「それはどういう……?」
「見たんです。ついこの間。二月十四日の夜に。」
 先生の顔が少し青ざめたような気がする。ぼくは気にせず、端的に事実を告げた。
「ぼくは二月七日から二月十四日までの一週間を繰り返しているんです。とはいえ、自覚してからこれが二回目の二月八日なんですけどね。」
 二人からの応答はなかった。そりゃあそうだろう。タイムリープなんて空想の世界の話だ。過去のSF作家が考えたような未来はまだ来ていないのだし。
「どうしてこうなったのかまったく理由はわからないのですが、カノンが電波塔に関わっているというなら、もしかしたらぼくの死因と関係があるのかもしれないですね。」
「……そうですね。」
 先生はにわかに椅子に座り直し、「どうだろう。」とぼくに問いかける。
「気になるなら、調べるついでに牧下君たちに協力してあげてくれませんか。こちらの持っている情報は出しましょう。」
 願ってもない話だった。むしろ。
「そのために接触してきたのかと思ってましたよ。」
 その言葉をジーンが鼻で笑う。
「偶然に決まってるだろ。」
 いや、そんなに誇らしげに言われても。
 ぼくらのやり取りをほほえましく見ていた先生は、ちょっと肩をすくめる。
「それに、保住花音と同じくらい、あなたも謎に包まれた人ですからね。いまだにどこで何をしていたのか、足跡が全くつかめないんですから。」
「ぼくのことも調べていたんですか?」
「ええ。なにせ保住花音と付き合いのあった、いわゆる友人として名前が挙がっているのはあなただけでして。」
 そんな情報、どこで手に入れてくるのか……。まあ、死んでしまってからでは個人情報にとやかく言ってもしかないのだが。
「ちなみに、ぼくって最近何をしてたんです?」
「足どりが追えたのは去年の夏までです。大学を出た後数年は研究者として働いていたようですが、その後は海外を転々としていたようで。そのあたりから詳しいことはなにも。」
 なるほど。記憶にはないが、ぼくってそんなにアクティブなやつだったんだな。
「でも、一週間後に殺されるってことは、今はこの国にいるんじゃないか?」
「たぶん。もしかしたらカノンとも接触してるかも。」
 ジーンはそれを聞いて、ぴくりと肩を震わせた。
「……生きてるダンが琥珀……ホズミカノンと接触しているなら、俺たちがそいつを見つければ、お前が死ぬことを回避できるんじゃないか?」
「は?」
 突拍子もない言葉に、ぽかんと口が開いてしまった。
「生きてるうちにダンを見つけるんだ。で、俺らで死なないように保護する。そうすれば幽霊になることもないだろう?」
「そうかも、知れないけど。」
 ジーンの考えは、きっと正答だろう。でも、それはとても受け入れがたい答えだった。
 なにせそれは、古今東西、様々なSF作品で論じられるテーマに通じるから。
「おそらく、タイムパラドクスが起きますね。」
 ぼくが思い浮かべたことを、先生も考えたらしい。
「君が生前の彼を助けたとして、おそらく今目の前にいる『遠野壇』は最悪消滅するだろうね。死んだという事象が消えるわけだから。」
 そう。「ぼく」が生きたままになるなら、死んでいる今の「ぼく」は存在しないことになる。まあ、世間一般的に言えばそれが最良なんだろうが。
「ぼく個人としても、生き返ろうだなんて、そんなおこがましいことはしたくないかな。」
 たとえそのチャンスがあったとしても、ぼくにとってはもう過ぎ去った過去なのだ。
「ぼくはもう死んでるんだから。」
「……チャンスを棒に振るのは、どうかと思うぞ。」
 全否定されたのが不満なのか、ジーンはじっとりとぼくをにらんだ。
 まるで駄々をこねる子供のようで、ぼくはおもわず口元をほころばせた。
「ぼくの話は置いておくとして、カノンには会いたいな。まだ思い出していないことも多いし。」
 おそらく。
「あいつに会えば、なにか思い出す気がするんだ。――だから、協力してくれよ。」
 ジーンは複雑そうな表情で、ゆっくり息を吐いた。
「俺はまだあきらめてないからな。」
「いいよ。好きにするといい。」
 先生があっさりとジーンの言葉を肯定したぼくを不思議そうに見る。
 気づいていないんだろうか。SF作品でよくある、もう一つのケース。
 たとえジーンが生前のぼくを助けられたとしても、それが直接ぼくのループを止める要因にならない場合。
 まだ別の世界で、ふりだしから始めることになるかもしれない、その可能性は、きっとジーンがぼくを助ける確率よりも高い。
 先生と話した日の、夕方。
 待ち合わせに現れた少女は学校帰りらしく制服を着ていた。丈の長いコートに短いスカートはほとんど隠れている。
 アカネは虚空を見つめるジーンを見て、同じ方向を見た。
 つまりはぼくのいる方を。
「まだいるの? ダン。」
「ああ。」
 バーチャルの中ではないからぼくの声は届かない。
 黙って肩をすくめるぼくの横で、ジーンが答える。
「先生に言ったら連れて行ってやれって。」
「へえ。そうなんだ。」
 アカネはてんで見当はずれのほうに手を振った。
「ま、よろしくね。」
 なんだかこの間よりも淡白な気がする。
「それより行くんでしょ、いなくなった大学の人の、友達のところ?」
「そうだった。待ち合わせに遅れないようにしないとな。」
 ジーンは野中先生から来たメールを情端で確認しながら歩き出す。
 ジーンたちが探しているという、彼らの大学の生徒。自殺願望があって、カノンがなにやらごたごたとやっていることに関わっているらしい。
 その生徒の、友達。足取りを何か知っていないか聞くらしい。
「これでその友達の家にでも転がりこんでいたらいいんだけどな。」
「そんなに簡単に終わるかよ。」
 突然一人でに返事をしたジーンを、アカネがため息交じりに追いかける。
「もう、わたしといなかったら不審者なんだから。」
「助かってるよ。」
 くしゃくしゃとアカネの頭をなでるジーン。彼女は猫みたいにジーンの手をひっかいた。
「子ども扱いしないでよ、もう。」
「まだまだ子供じゃん。」
「あーもう、うるさいなあ。」
 むっすりとした顔。発言からしても年相応といった感じだ。夜にあった時のほうが大人びていた気がする。
 それだけ背伸びをしていたのかもしれない。
「その人、名前は?」
「森川……ゆいな、だったかな。」
「ここの大学の人?」
「いいや。東峰大学の人。」
 その後ジーンが口にしたのは、聞き覚えのある大学の名前だ。
 ぼくの母校。ついこの間も行った。ジーンの学校からは電車で三十分くらいかかる。
 アカネは、
「へー、頭いいんだ。」
 とジーンの情端をのぞきこむ。
「そこ倍率も偏差値も高いんだよ。」
「じゃあお前は行けないな。」
「そんなことないよ。ぎりぎりB判定くらいだよ!」
 高等部時代、A判定しかもらっていなかったことを思い出したので何も言わない。
「ジーンなんてもっといけないから!」
「俺はここで満足してるからなあ。」
 軽く後ろを振り返りながら、ジーンは門をくぐる。
 目の前には駅の入り口がぽっかりと口を開けている。たわいもない話をする二人を見ながら、一緒に電車に乗りこむ。
 動き出した電車の中で、そういえば、とどうでもいいことを思い出した。
 昔読んだ小説で、遠くへ行く友達を見送りに来た女の子の目の前で、友達が列車から手を振って、そのまま列車と共に去らずに残っている、というシーンを読んだことがある。
 友達は幽霊だったのだ。
 かくいうぼくは、無事に電車と一緒に動いている。おそらくそのまま留まることもできるのだろう。けれど、しない。いざとなれば公共交通機関を使わずにいっしゅんで移動することもできるけれどする気はおきない。
 隣に立つ二人の会話に耳をすませる。
 幽霊らしくなってしまえば、この二人と過ごす時間は失われてしまうから。
 案外、ぼくはこの状況を楽しんでいるようだ。

 相変わらずの母校の、あまり行ったことのない校舎のほうへ行く二人の後を追う。
 総合大学であるからして、自分の学部の校舎以外に行くのは稀だった。せいぜい学園祭の時くらいか。
 たどり着いたのは賑やかなカフェの脇にひっそりと建つ建物。その裏にまわりこんだところにある小さな庭だった。
 確か、文学部の所有している場所だったか。
 物好きな初代理事長がモネの睡蓮が好きで、それを再現しようとしたものの、池を作る資金がなくて橋だけ不自然に作られているはずだ。
 理事長と友人だったという担当教授が言っていたから間違いない。
 きょろきょろと見回せばたしかに橋があり、池はないものの、下に広がる野原が水面のように草を揺らしている。
 ジーンたちは橋に近づいていく。たもとに置かれたベンチに座る人影が見えたんだろう。
 歩いて行くうちにその姿がぼくにも見えて――、すぐに物陰に隠れた。
 二人はぼくになど気づかず歩いて行く。
 人影も二人に気がついたのだろう。読んでいた本を置いて、立ち上がる。遠目にも華奢なのがわかる。
 落ちかけた陽に照らされる、見慣れた顔。まぶしそうに目を細めて、一歩ジーンたちにふみだす。
「――森川さんですか。」
「はい。」
 静かな声。冷たすぎてどこか怒っているようにも聞こえる。
「あなたたちが、真弓を捜してくれているんですよね。」
 けれど、どこか切実さを秘めているような。
 ぼくと喋っていた時とは違う、表情豊かな声。
 そこに立っているのは、(ぼくにとって)先週よくしゃべっていた「彼女」だった。
「真弓とは高等部の頃からの友達で、そのころから家庭環境が複雑なことは聞いていました。親の愚痴をよく言っていたので。」
 知っているよりも饒舌な彼女の声を、物陰から聞く。
 顔を見れば思い出すのはあの夜の事。
 月光草の話をしたことも、夜の散歩に行ったことも。いい記憶もあるのに、電波塔の近くで青ざめた顔で倒れこむ彼女の顔が頭から離れない。
「最近はどうでした?」
「……それは。」
 少し口ごもる彼女……いや森川ゆいなさん、か。
「私のほうもいろいろあって。前ほどは会えていなかったんです。特にここ最近は。」
「……ちなみに理由をうかがっても?」
 彼女はゆるく首を横に振った。
「個人的なことなので。」
「それは失礼しました。」
 そうだ。彼女現在進行形であのアラーム男の対処に追われているはずだ。そりゃあ、相手のことを気にかけられなくたって仕方がない。
「じゃあ、まったく真弓さんのことはわからないんですか?」
「ええ。実家から通ってたんだけど、しばらく前に家出して、何度かうちに泊まったこともありました。……最近はどこに転がりこんでるのか。交友関係の広い子じゃなかったから、すぐにわかるかもと思ったんですけど。」
 彼女も独自に調べていたのか。
「こちらで、ある集会に集まっている大学生を調べていた時に真弓さんのことも名前が上がりまして。一人ずつ、確認をしてまわっているところなんです。」
「ある集会?」
「琥珀派、というのは聞いたことがありますか?」
「……いいえ。」
 そんなに有名な話ではないらしい。彼女は小首をかしげている。
「新電波反対を訴える学生グループのうち、オカルトな噂を信じている一部の人達の事なんですが。」
「それに、真弓も参加しているんですか?」
「そのようです。」
 ジーンの淡々とした声に、ぼくはだんだんイライラしてきた。
 事実を伝えているだけ、なのだろう。しかし彼女は、森川さんは震えているし、アカネはそれを察してジーンをにらんでいる。当の本人はまったく気にしていない。
 あいつ絶対に友達少ないな。
「もう一人、この大学で琥珀派の集会に顔を出している人がいるんですが。」
 ジーンは情端を操作して、画像を呼び出したようだ。
 それを見た彼女の顔が、にわかに青くなった。
「大間秋人――。」
 その名前は、ぼくにも聞き覚えがあった。
「あなたと同じ学科の人なんですが――。」
「知りません!」
 彼女が肩を震わせ、言い放つ。
 それから、はっと顔を上げた。近くにいたアカネが、びっくりしたように目を見開いて森川さんを凝視していることに気がついたんだろう。
 でも、仕方ないと思う。この場で彼女のことがわかってあげられる人間が一人しかいないことに、もどかしさを感じる。
 しかも、こんなところに隠れて。
 ……だって、しょうがないじゃないか。ぼくはあの時、彼女に何もしてあげられなかった。それなのに、今更。前に出て、何ができるというのだろう。
 彼女の震えの原因。大間秋人。それは、あのアラーム男の名前だった。
「……とにかく、私は何も知りません。真弓の事も、その男のことも。」
 ジーンは眉をひそめる。さらに問い詰めようとして前のめりになった彼を止めたのは、隣で静止していたアカネだった。
「わかるよ。」
 その声は、いつもの快活さとは真逆の、凪のような。
「だから、聞かない。」
 へへ、とアカネが笑う。その様子を、ジーンがなんとも言えない表情で見下ろしていた。


 アカネとジーンは幼馴染らしい。
 ジーンの家は片親ながら一人息子を立派に育てた女傑が仕切っていて、その庇護下で彼はそれなりの自由を得ている。
 アカネの家は、彼女の夜遊びを歓迎しない一般的な「いい家」、「いい両親」のいる家で、当の本人は、それが気に食わないらしい。
 反抗期真っ只中。進路に揺れる高等部最終学年の女の子。
 それを見守る、年上のお兄さん。
 それが、ぼくの聞きかじったアカネとジーンのすべてだった。

 次の日もジーンたちは夜のクラブに出かけていた。ぼくもそれにひょっこりついて行って、てきとうにぶらぶらする。
 今日も第二空間はお祭り騒ぎだ。
 らっせっらー、とどこかから聞こえてきたと思ったら、いつの間にか後ろに山車が出ていたり。
「今日は祭りの日なのか……。」
「そうみたいだよー。」
 隣にいた、電飾で光り輝く神輿を担ぐ人物ににっこり笑われる。
「はい!」
「はい?」
 気がつけば、神輿を担いでいた。
 ぼくに声をかけてきた法被のお姉さんが前で先導している。
 らっせっらー、らっせらー。
 謎の掛け声と共に、神輿が練り歩く。山車とねぶたが空間に映し出され、入り乱れる。
 時おりジーンやその友達も見かけたが、みな一様に冷めきった顔で掛け声を繰り返していた。
 らっせっらー、らっせらー。
 らっせらっせらっせっらー。
 頭の中でガンガン響く。
 ふらふらになりながら神輿を担いでいると、同じくふらふら歩いてきた誰かがぼくをすり抜けた。
「うおっ。」
「ああ、ごめんなさい。」
「いや、こっちこそ。」
 ぼくはぶつかってきた人ににっこりとした笑顔を向ける。
「はい!」
「はい?」
 ありがとう。君のことは五分後に忘れるだろう!
 神輿から解放され、そのままふらふらと壁際まで歩いた。
 ふと顔を上げたとき。奥の個室に入っていく人物が見えた。
 アカネだ。
 ぶ厚い天鵞絨のカーテンの向こう。個人チャットができるスペースだ。
 ちらり、とこちらをふり返り、誰も見ていないのを確認するかのようにあたりを見回す。
 ぼくはすっと視線を神輿に戻した。
 次に見たときには誰もいない空間だけがそこにあり、他の誰もそのことに気がついてはいないようだった。
 祭りから解放されたとき、アカネはすっとみんなのところに戻っていた。
 他のメンバーは、ジーンを含めて疲れ切った顔で各々壁や机にもたれている。ぼくは何も知らないふりをして、今日も収穫がないとぼやく彼らの会話を聞いていた。
 そのまま、今日は解散になった。
 アカネは普段と変わらずジーンをからかっている。
 ジーンはまったく気がついていないようだったけれど。
 ぼくは、ときおりアカネが思いつめた顔をするのを見て、何もなければいいな、と虚空に祈るしかなかった。
 そんなの、むなしい願いだったわけだが。

 アカネが消えたという話を聞いたのは、二日後の事だった。

 二月一一日。新電波開放まで、あと三日。
 野中先生の部屋に集まっているジーンたちに、ぼくはそっと溶けこむ。もちろん気がついているのはジーンと野中先生だけだ。
「それで、茉莉屋さんのことは何かわかりましたか?」
 野中先生の言葉。話の流れからして「茉莉屋」というのがアカネの名字なのだろう。
「家に帰ってない。俺のところにも来てない。……何かあったとすれば最後にクラブに行った日なんだが。」
「だめだ。らっせっらー、しか出てこない。」
 そりゃあそうだろう。だれも情報を得られない中、アカネだけが諜報員らしい行動をしていたのだから。
 目撃したとはいえ、彼女が何をつかんだのかは全く分からない。
 だから、口を挟まずに彼らを見ていることにした。
「ほかにあったことといえば?
「また芸術家が小規模な電波障害とバグを引き起こしたらしいが、俺たちのいるところじゃなかったしな。」
「関係はないだろうね。」
「ただの家出ということは?」
「ないだろう。あいつだって、本当に親に迷惑かけたいわけじゃないだろうし。」
 ジーンはいつもののらりくらりとした態度をとっているつもりらしいが、脚が小刻みに揺れているのは一目瞭然だった。
 アカネは何かをつかんで、一人で行動した。
 ジーンに相談もせず。
 その異常さから、相当重要な事だったのだろうと推察する。
 何か事件に巻き込まれた、と考えるのが妥当だ。
「……もう一度、アカネが行きそうなところを当たってみる。」
「ええ、お願いします。」
 野中先生も不安そうに言う……が。
 ぼくはどこか、白々しさを感じた。
 ジーンが出ていく。それにつられて仲間二人も出ていった。
 だいぶ焦っている。ジーンが何も考えずに猪突猛進している。
 彼をなだめてやりたいのは山々だったが、ぼくはそのまま部屋に残った。
「どうしました?」
 野中先生が、ぼくを見る。
「先生。アカネの事、そんなに気にしてないでしょう。」
 ぼくの質問に、先生は当たり前のようにうなずいた。
「茉莉屋さんは本校の生徒ではありません。よって私の庇護対象ではない。心配する義務はありません。」
 至極当たり前のように言う。
 いや、当たり前なのだ。心のないAIの思考に、人間性を求めるほうが間違っている。
「鑑みるに、彼女は重要な情報を手に入れて、自分で動いたんでしょう。自己責任の範疇ですよ。」
 野中先生は表情一つ崩さない。
「じゃあ、その手に入れた情報とは?」
「琥珀派への接触方法。もしくは直接安芸真弓の消息がわかったか。」
「なるほど。重要そうだ。」
 そして彼女なら、ジーンの役に立つためなら一人で行ってしまってもおかしくはない。
「この様子からして木乃伊取りが木乃伊になったようですが。彼女を追いかけて牧下君たちが安芸真弓に近づけるならば必要な犠牲とすることもできます。」
「……そうですか。」
 ぼくは先生に背を向ける。
「どこへ?」
「ジーンたちと一緒にアカネを探します。」
「どうしてですか。――あなたにとっても、彼らは他人のはずだ。」
 ちらりと振り向いた先。先生はとても不思議そうに、首をかしげる。
 その姿は無垢な子供のようで。それでいて、目は冷徹な研究者のよう。
 野中先生には、ぼくも部外者で、観察対象でしかないだろう。
「確かにそうですが。」
 ぼくはもう、振り返らない。同じ実体のない存在だとしても。ぼくは人間で、先生は機械だから。違って当然。それでいい。
「ぼくは、自分と関わった人くらいは穏やかに過ごしてほしいんです。」
 部屋の扉をすり抜ける。適当に一歩踏み出せば、そこは外で目の前にはジーンがいた。

 通っている高等部。自宅。よく行くクラブ。手分けして探しても、アカネの痕跡は見つからなかった。
 やみくもに歩き回るジーンは周りが見えていないのか、仲間二人がかける言葉も無視してアカネを捜しまわっている。
 みかねたぼくは、一週間ぶりに情端へと手を伸ばす。
 昼間の往来に、アラームが響き渡る。
 ジーンはややあってから自分の情端を取り出す。
 かけたはずのないアラーム。それを確認したついでに、第二空間のフレンドからメッセージが来ていることに気がついたようだ。
『まだぼくのことが見えているか?』
 ジーンはゆっくりとあたりを見回した。
 もちろん、メッセージの送り主はぼくだ。
 憔悴しきったジーンと目が合う。彼はああ、と息を吐いた。
「お前。十分慌てたか?」
「……ああ。人生で二番目くらいかな……。」
「じゃあもう慌てるのはやめて、冷静に考えないとな。」
 ぼくの言葉に、ジーンはひとつ深呼吸をして瞑目する。気持ちが落ち着いたのか、情端を閉じた。

「状況を整理しよう。」
 ぼくらはアカネと最後に会ったクラブの第二空間に来た。
 昼間のクラブは人がいない。たまにいるのはスタッフくらいだ。
「野中先生の予想だと、アカネは何か重要な情報を手に入れて、自分一人で真相を確かめに行った。それで、帰って来られなくなった。」
「そんなに重要な情報ならジーンに相談するんじゃないか?」
 くまさん柄のスーツを着ていたほうが言う。
「つまり言えない理由があったわけだ。」
「誰にも伝えないことが情報の対価だった、とかな。」
 それなら納得がいく。アカネが一番恐れているのはジーンに迷惑がかかることだろうから。
「あの夜アカネが消えたのは。」
 すっと、カーテンの向こうを指さす。
「あそこ。」
「ああ。」
 ジーンはためらいなく、そちらに歩み寄った。
「あっ、ちょっと。」
 それを止めたのは隅っこで掃除をしていたスタッフだった。
 思いがけない方向からの反応に、ぼくらはそちらをふり返る。その間にもジーンはカーテンを開けていた。
 カーテンを開けて、ジーンは止まる。
「……なんだ、これ。」
「お客さん、困ります。」
 スタッフがジーンの前に割り込む。
 ぼくはスタッフの肩越しにのぞきこむ。
「……ほんとだ。」
「ああもうっ。」
 そこにあったのは、地下に降りる階段だった。
「なんですか、これ。」
「なにって。裏に続く階段ですよ。」
「裏?」
「バックヤードです。」
「この先には出口とかあるのか?」
「ないですよ。あるのは昔っからの倉庫ぐらい! ほらもう閉店なんで出ていってください!」
「あっ、ちょっと!」
 友人たちが抵抗する。
 店員に押されながら、ダンはぼくに目くばせしてきた。
 行って来い、ってところだろう。
 店員にはぼくが見えていない。もちろんそれはとても簡単なお使いだ。
 一歩一歩、階段を降りる。
 その先には真っ暗な空間があった。
 ぼくはない体をぶるりと震わせる。
 ホラー映画はあまり好きじゃなかったみたいだな。
「まったく迷惑な話だよ。」
 突然電気がついた。
 急に明るくなっておもわず目を閉じる。
 その間に、先ほどの店員がぼくをすり抜けて一番手前の部屋に入っていった。
 覗きこめば本当に倉庫のようだ。
 掃除道具や備品の置かれている部屋。店員はその隣の部屋にすぐ移る。
 もう一つの部屋はロッカールームになっていた。
 店員用の待合室にもなっているらしい。中が見えないようになっていた扉を開ければ、そこはすでに人がいて、電気もついていた。
「おう。おつかれさん。」
「あれっ。お疲れさまです!」
 店員は人がいるとは思っていなかったらしい。ぺこり、と中の人物に頭を下げる。
「ありがとな、シフト変わってくれて。」
「いいんですよ! それより大丈夫でした?」
「なんとかなあ。まったく焦ったぜ。」
「例の彼女でしょう? もう、抵抗なんてよせばいいのに。――どうせ二日後にはみんな死んじゃうのに。」
 ぼくは入り口から動けないまま、二人の会話を聞いていた。
 店員のほうも、何を言っているのかいまいちつかめかったけれど。
 もう一人の人物から発せられる言葉に。その姿に、目が釘付けになってしまっていた。
 何でここにお前がいるんだ?
「この後はどうするんですか、大間さん?」
 ジーン曰く琥珀派の男。
 そしてぼくにとっては目の前で彼女、森川ゆいなを刺した男。
 アラーム男……大間は、たまに奥のロッカーにちらちら目をやりながら、平然と会話をしていた。
「新入生を案内してくる。」
「ああ、例の。三人でしたっけ?」
「昨日飛び入りで一人増えたからな。まったく迷惑な話だ。」
「あはは。まあ、信じる者が多いほうが楽しいですから!」
「ま、そうなんだけどな。じゃ、俺出るから。あとよろしく。」
「はい。――約束の夜に。」
「ああ、約束の夜に。」
 大間はそう言葉を交わすと部屋を出ていく。
 ぼくは大間を追って廊下に出る。
 やつは至極平然と地上階に上がり、店の裏口から出ていった。そのまま人ごみに紛れるのを確認して、ジーンたちを捜す。
 ぼくがここで大間を止めたとして。それで彼女は救われるのか?
 すくなくとも刺されることはなくなる。しかし、それ以外の手段で彼女を殺そうとしたときはどうするのか?アカネやジーンにも変化が起きるのではないか?
 そう考えると、つい足が止まってしまったのだ。

 ジーンは一人でぼくを待っていた。道端に座りこんだその姿はいつものつかみどころのないジーンだった。
「他の二人は?」
「先に行かせてる。ダンを待ってるなんて言えないしな。」
 確かにそうだ。
「で、どうだった?」
 前のめりぎみのジーン。見た目は落ち着いても心のほうはそうもいかないらしい。
 ぼくはゆるく首を振った。
「残念ながらアカネはいなかった。――けど。」
「けど?」
「琥珀派の大間ならいた。」
 ぴくり、とジーンの肩が震える。
「やっぱり、琥珀派の何かをつかんでたんだな。アカネ。」
「大間が言ってたんだ。『新入生三人を案内しに行く』って。たぶん一人はアカネなんじゃないか。」
「なるほど。――他には?」
「さっき会った店員も琥珀派みたい。変な挨拶してた。『約束の夜に』って。」
「なんだそりゃ。秘密結社ごっこか。」
「本当にな。で、どうする?」
「……そうだな。」
 あごに手を当てて考える彼は、すぐに答えを出さなかった。
 きっと今にも走り出して大間を追いたいだろう。しかし、それでは限界があると頭でわかっているのだ。その様子に、ぼくは、ちょっとずるをすることにした。
「なあ。情端とか、ネットに強い知り合い、いないか?」
「なんだ、急に。」
「いいから。」
 一応聞いておく。もしもいなければいますぐぼくが大間のところにとんでいく。これだけ何度も顔を合わせていれば一瞬で行けるだろう。
 ジーンはしばらく考えていた。
 即答しないということは、当てはあるということだろうか。
「……いる。が。今は疎遠なんだ。」
「連絡は?」
「とれる。」
 ふ、と気が抜けたように笑う。
「あいつが応答してくれるとは思えないけどな。」
 そう言いながら、ジーンは情端を取り出す。
 ほどなく表示されたのは、厳重に封がされたファイルだ。指紋認証、声帯認証、網膜認証を経て、違う種類のパスワードを二回入れる。ただでさえ手間のかかる開封作業をジーンは何度も手を止めながら、千年の苦行でもやるかのように少しずつ進めていく。
 最後に、軽い音と共に、メモ帳に記録されたたった一件の連絡先が表示された。
「もう何年ぶりかな。」
 何度か手をぶらぶらさせてから、意を決したように電話をかける。
 情端から相手のアイコンのホログラムが飛び出した。未設定ののっぺりとした人型。
 黙って見ていると、十コールほどして通話がつながった。
『……仁?』
 怪訝そうな、震える声がした。
 ジーンの手も震えている。
「……久しぶりだな、アキラ。」
『……本当に。もうお前とは、話せないと思ってた。』
 口ごもるジーン。
 電話の向こうの相手も、言葉が見つからないらしい。
 意を決したのか、ジーンがどもりながら「アキラ。」と呟く。
「助けてくれって言ったら、協力してくれるか?」
 また、沈黙。
 その後聞こえてきたのは、笑い声だった。
『おせーよ。もっと前に――それこそあの時言ってくれればさ。』
「……ごめん。」
『いいよ。仁。……変わってないみたいで安心した。』
 ジーンの肩から力が抜ける。
 ちょっと笑ったあと、いつものぼんやりとした雰囲気に戻って喋り出す。
「アカネがいなくなったんだ。助けてくれよ、アキラ。」
『アカネちゃんが?』
「俺が琥珀派のことを調べてたせいで、勝手に潜入しちまった。」
『……らしい、なあ。猪突猛進っぷりが想像できるわ。』
 相手も張り詰めた空気がなくなって、砕けた調子で言う。
『そっか。――安心しろよ、ジーン。俺が何とかしてやるからさ。』
 いとも簡単に、電話の向こうの男は答えた。

 ぼくとジーンは電話の向こうの男に言われるままに警察署に向かった。
『まずは失踪届を出せ。話はそれからだ。』
 そう断言されたら無視するわけにもいかない。
 書類を提出し、軽く事情聴取を受けるころには夜になっていた。
「警察がすぐに動いてくれるとは思えないんだけどな。」
「まあ、なにか考えがあるんだろ。お前の友達。」
 ぼくの言葉に、特に「友達」のところにジーンは固まる。
 聞いていいのか、いまいちわからなかったのだけれど。
 この際図々しくいこう。
「どんな友達なんだ、そいつ。」
 ジーンはどう話していいのか考えあぐねているようで、何回か口を開いては閉じるを繰り返した。
 結局、無難に言うことにしたらしい。
「名前は、杉戸彰。」
「うん。」
「初等部の頃の友人で、よく一緒に遊んでた。たまにアカネとも。」
「うん。」
「で、――――。」
 言葉にできる情報が、あまりに少ない。
 ぼくは辛抱強く待った。
 ジーンは苦し気にため息を一つして、辺りを確認した。
 そうして、周りから見えないように長袖の服に隠れていた右手首を見せてきた。
 リストカットの痕があった。しかもけっこう深めの。
「これは?」
「高等部に上がってすぐに切った。」
 傷痕はすぐに隠された。
「ネットでいじめられて、個人情報晒されて。親に迷惑かけて、死にたくなって切った。」
「でも、生きてるじゃんか。」
「アカネがすぐに発見してくれたからな。……今思えば、あいつが俺にべったりだったのはもう一回手首を切らないように監視してたのかもな。」
 嫌なもの見せちまったな、とジーンはため息をつく。
 それがすべてではないと思う
 最初は確かにそうだったかもしれない。でもジーンが手首を切るよりも前からアカネはジーンにべったりだったんだろう。だから、すぐに発見できた。
 彼女からジーンへの感情は、昔っからそんなに変わっていないのだろう。
「で、これの原因を作っちまったのがアキラなんだ。」
「は?」
「いや、本人がそう思ってるの間違いかな。」
 ジーンはくわえていた煙草を手に持って、じっと見た。
 片方だけふやけてしまっている煙草。すぐにそれは握りつぶされた。
「昔からバーチャルとかネットに強かったからな、あいつ。俺がコミュニティとかに出入りするようになったのもアキラの影響で。そこで痛い目見たって話さ。」
 自嘲気味に笑うジーンの顔が青い。
 まだ彼の中で、その出来事は過去ではないのかもしれない。
「アキラは俺がこんなことしたのがショックだったのか学校復帰したらいなくなってて。それっきり。」
 高等部の最初に、と言っていたから七年近く連絡を取っていないことになる。
 そりゃああれだけびっくりされるわけだ。
「信用できるやつなのか?」
 きっと、言えない事や気持ちはまだまだたくさんあるだろう。
 それを無理に聞こうとは思わない。けれど、それだけは確認しておきたかった。
「ああ。」
 先ほどとは打って変わって断言するジーン。
「あいつは最後まで、俺の事を心配してくれてたから。」
「……なら、信じて待とう。」
 ぼくの言葉に、ジーンは確かに頷いた。

 杉戸彰から連絡があったのはそれから一日経ってからだった。
『大間の行ったところ、わかったぞ。』
 開口一番そんなことを言う。
 ……ちょっと待て。
「まだ何も話してないはずだが?」
 ぼくらはあれ以来杉戸に連絡を取っていないし、やったことといえば警察に届けを出したくらいだ。
 ジーンも戸惑っている。電話の向こうで杉戸彰はふっ、と笑った。
『俺をなめるなよ、仁。お前がつかんだ情報くらい持ってる。』
「……さすがだな、『芸術家』。」
 さらりと告げられたその異名に、ぼくも杉戸もいっしゅん固まった。
 ここ二、三日でちらほら聞いただけだが、たしかお騒がせ者のハッカーだったような気がする。
 あったことのない杉戸がぽかん、とした顔をしているのがわかるような気がした。
『なんで気づいたんだ?』
「やっぱりそうだったのか。」
『……確証がないまま言ったのかよ。』
「そんな気はしてたんだ。」
 どこか得意げなジーンに、杉戸は呆れているようだ。
『相変わらず感覚で生きてんなあ。』
「そんなことどうでもいいんだよ。」
『いや、どうでもよくないんだけど……。』
 なんとなくで正体を暴かれたほうはたまったものではないだろう。
「大間の行ったところって、どこだ。」
『あ、ああ。倉庫街あるだろ。』
 港の近くか。
「あるな。」
『あそこの外れの貸倉庫だ。残念ながら本拠地ってわけじゃなさそうだが琥珀派の施設であることは間違いなさそうだな。』
「本拠地はわからなかったのか?」
『残念ながらな。』
 本当に悔しそうな杉戸の声。
『大間周辺で琥珀派らしき人物は何人か目星がつけられたんだが、あいつら移動ばっかしててどこか一か所に集まるってことがないんだ。』
「つまり?」
 こんこん、と電話越しに音が聞こえる。画面を叩いたらしい。
「あいつら、リアルで集まることはないんだろうよ。――本拠地はネットの中、なんてのはよくある話だ。」
 ネット上で活動していたグループが現実で事件を起こす。
 ネットが普及し始めた今世紀初頭から見られるようになった事例。確かによくある話だ。
『というわけで、彼らの活動の一拠点だけがわかっているわけだが。いちおう防犯カメラの映像からアカネちゃんと背格好の似た人物が三人、大間に連れられて入っていって、その後出てきていないことが確認されている。』
「決まりだな。」
『ああ。』
 ぽん、と音がしてジーンの情端にメールが来た。
『地図は送っといた。後は現地集合な。』
「何時に来れる?」
『夜にしよう。その方が俺の都合がいい。』
 いったいどんな都合なのだろう。
 そこにつっこむ前にジーンは通話を切ってしまった。早速メールを開いている。
「……なあ、ジーン。」
「なんだ。」
「ぼくのこと一言も言ってないけど。いいのかな。」
 いちおう立派な部外者ではあるものの、説明し辛いというのもわかる。
「ま、大丈夫だろ。」
 ジーンは特に気にしていない様子だ。
「あいつ、俺がオーラの見える人間って知ってるし。ばれたとしてもさほど驚かないんじゃないか。」
「そうなのか。――ちなみにあいつのオーラはどんな感じ?」
 昔を思い出していたのか。ジーンはあらぬ方向を一回見て、言う。
「無色透明だ。朝の光をまとってるみたいな。俺があったことのあるやつの中で一番きれいなオーラだったよ。」
「……へえ。」
 オーラが見えるやつの気持ちなんてわからないけれど。
 灰色のグラデーションの中に稲穂や朝の光を見たら、どんな気分になるのだろう。
 倉庫までは公共交通機関は特になかった。そりゃあそうか。港の近くなんて車の人ぐらいしか行かないだろうから。
 ジーンはてきとうに無人タクシーを拾っている。
 乗りこんでカーナビに場所をセット。後は自動運転だ。
 落ち着かないのか、ジーンは饒舌に話しだす。
「――知ってるか? 芸術家って義賊なんだぜ?」
「犯罪者の間違いじゃなくて?」
 ぼくの表現は笑い飛ばされた。
「大きな事件をたくらんでるやつを芽の段階で摘んだり、計画された事件を未然に防いで最小限に収めたりする。手段はハッキングかもしれないけど、犯罪者になりそうなやつを、犯罪者にさせないようにしてるんだ。」
「……それは。」
 もしかして、何もしてやれなかったジーンへの罪滅ぼしなんだろうか。
 ジーンも同じように考えていたらしい。煙草をポケットにつっこみながら乾いた笑いを漏らす。
「あいつも俺とのこと、引きずってるんだと思う。」
 ネットを通して人を傷つける行為を、誰にもさせないように動く。
「俺も同じだったから。特に画面越しに人の生死を握るってのは。」
「そうか。」
 適当な相づちにジーンはくすくす笑っていた。
「だからって、そんなことしてほしいなんて思ってなかったのに。」
 ジーンは変わらず笑っている。
 ……ああ、この場から消えてしまいたい。
 話を聞いていると、ただのいじめではなかったように聞こえるけれど。
 さすがに、そこまで踏み込む勇気はなかった。
 人を一人自殺に追い込むのは。もう犯罪と言っても差し支えないはずなのだ。
 返事ができないまま黙っているうちに、目的地の周辺に着いた。
 怪しまれないように少し離れたところでタクシーを降りる。
 陽はもうすっかり落ちていた。
 ネオンも街灯もほとんどない、暗闇。空も今にも雪が降りそうな曇り空で星灯さえない。
 目的地周辺まで並んで歩く。
 倉庫の明かりが見えてきた当たりで、ぼくは足を止めた。
「……なあ、ジーン。」
 ふと思いついて声をかける。
 数歩先に行っていたジーンが振り返る。
「どうした?」
「ぼく、隠れててもいいか?」
 逆光でよくわからないが、おそらく怪訝そうな顔をされた。
「琥珀派って結構大所帯なんだろ。――絶対にいるよ、ぼくが見えるやつ。」
「ああ……。」
 ぼくが見える基準なんてまだわからないが、琥珀派は少なからずぼくに近い存在になりたいやつの集まりだ。
 杉戸にさえややこしくて言っていないのに余計に場が混乱することは想像に難くない。
「わかった。杉戸とは俺だけで会う。」
 ぼくはジーンに頷き返して、そっと物陰に身を隠した。
 ぎりぎりジーンの声が聞こえるくらいの距離。
 さいわい、足音も気配もないからうまく隠れられると思う。
 十分後。
 現れたのはジーンと同じ背格好の青年だった。
 顔はよく見えないけど。まとっている雰囲気がジーンに似ている。
「……よお。」
「おう。」
 ぶっきらぼうなジーンの返事。
 杉戸は右手を上げた。
 それにこたえるようにジーンも左手を掲げる。
 ぱん、と潔い音がした。
「じゃあ、行くか。」
 あっさりと、杉戸が歩き出す。
「……ああ。」
 ジーンも歩き出す。
 ……いやいやいや。
 いろいろあったのは重々承知しているけれども。もっと何かないのか。
 ジーンも歩きはじめてから気がついたらしい。杉戸のジャケットをつかんで「おい。」と引き留めている。
「打ち合わせもなしかよ?」
「あはは。そりゃあ真正面から行くからな。」
「は?」
 杉戸はあくまでも軽快に言う。
 困惑しているのだろう。ジーンは頭を押さえて考えているが、杉戸はすぐに歩き出してしまった。
 ぼくも思わず声が出そうになって踏みとどまる。杉戸がぼくの事を見ることができる人間なら一発でばれてしまうから。
「確かにお前は考えなしで動くタイプだけど……。」
「お前もな、ジーン。二人で何回アカネちゃんに叱られたと思ってる?」
「それは……そうなんだけどさ……。」
 ぽんぽん、と胸を叩きながら杉戸は笑う。
「大丈夫だよ。今回はちゃんといろいろ準備してきたから。」
「本当か……?」
「仁だってやってくれただろ。警察に届け出。」
 それが何の意味を持つのだろう?
 ぼくもジーンも首をかしげる。
 宣言通り、杉戸は目的地の倉庫の前まで来た。
 大きなシャッターの脇。扉のすりガラスからは光が漏れている。
 ためらいなくノックをする杉戸を止める暇もなかった。
「……はーい。」
 中からけだるげな声がする。
 どうしていいかわからないぼくとジーンは、杉戸の様子をじっと眺めていた。
「『郵便回収の者です』。」
「……『荷物の中身は聞いていますか?』。」
「はい。『一万年前の蟻』です。」
 合言葉、なのだろうか。
 しかもそれはちゃんと合っているらしい。
 ぎつ、ときしむ音とともに扉が開かれる。
「……え、だれ。」
 出てきた女性を押しのけて、慣れたように杉戸が踏み込んだ。
「はい、そこ動かないでねー。」
 杉戸越しに中をのぞく。いくつか机が置かれて事務所のようになっている空間が手前にあり、奥、倉庫らしい広い空間になにかの機械が置かれていた。
 中にいた数人が次々に立ち上がる。杉戸の言葉通り動かないものなどいなかった。
「なんだ、てめえ!」
 ヤンキーっぽいセリフの後、一人が杉戸につっかかる。
 杉戸はそれをひょい、と避けた。
 男が派手にすっ転ぶ。
「はい。お前、公務執行妨害な。」
 ぼくは杉戸が体を反転させると同時に足を男の前にちょい、と出していたのを見逃さなかった。
「……鮮やかな足掛けだなー。」
「言ってる場合かよ。」
 ぼくがいないふりをしているのも忘れてジーンがつぶやく。
 何もする気が起きないのか、親友を信じているのか、ジーンは転げてきて目をまわしているチンピラ……もとい琥珀派の男を冷ややかに見下している。
 杉戸が侵入するときに扉の外に押し出された女性だけが、心配そうにチンピラに駆け寄っている。
 琥珀派の連中に何が起きたのか理解する時間を与えず、杉戸はまた中に一歩を踏み出した。
 中では武器のつもりか、バールやバットを取り出した連中が包囲している。
「ははは。抵抗すると立場が悪くなるぞー。」
 杉戸は満面の笑みで、胸ポケットから二つの物を取り出す。
 一つは三つ折りの紙。
「捜査令状でーす。君たちには未成年誘拐の嫌疑がかかっています。身に覚えのない人は大人しくしておこうね。」
「はあ? 偽物だろ、そんなもん!」
 その声に、予想はついていたのだろう。杉戸はもう一つとりだした物を掲げた。
 二つ折りの手帳だ。いや。手帳にしては薄いか。
 それを片手で持ち、開く。
 ……ちょっと待て。このシーン、テレビドラマでよく見るやつじゃないか?
 予想通りになら、手帳の中には杉戸の写真と組織のシンボルマークがついているはずだ。
 ぼくの戸惑いをよそに、杉戸は堂々と、想った通りの名乗りを上げる。
「警視庁特務科サイバー班、特別捜査員の杉戸彰だ。――ちょっと中、見せてもらうよ。」
「――サツ!?」
 倉庫の中に琥珀派の連中(と、ジーンとぼく)の驚きに満ちた声が響いた。

 杉戸の言葉にいっしゅん場が静まり返る。
 おろおろと、どうすればいいのかあたりをうかがう琥珀派の中で、誰かが声を上げる。
「――そんなもん、嘘に決まってるだろ!」
 それが合図になった。
 杉戸に向けて、一斉にとびかかっていく琥珀派の連中。
 その数、十人以上。
「あれ?」
「――アキラ!」
 バッドが振り下ろされる直前、ジーンが杉戸の首根っこをつかんで扉の外に引っこ抜いた。
 がん! と激しい音が響く。
「ははは。こりゃあ予想外だ。」
「どういうつもりだよ!」
「国家権力をちらつかせれば大人しくなると思ったんだけどなあ。いやはや、暴徒って怖いねえ。」
 ぼくはお前のお気楽さが怖いよ。
「ほんっとうに変わんねえな、お前!」
 温厚なはずのジーンが声を荒げる。
 ぼくは同意するようにうんうんとうなずく。
 暴れている琥珀派はなりふり構わず倉庫から飛び出し、ジーンと杉戸に詰め寄った。
 多勢に無勢だ。すぐに囲まれても驚きはしない。
 囲んでいるうちの一人が、バールを振りあげるのに最初に気がついたのはジーンだった。
 ちょうど杉戸の真後ろ。
 とっさの行動だったのだろう。杉戸の前にジーンが立った。
「――じ、」
 がつん、と鈍い音がする。
 興奮しているやつらは気がつかない。
 ずるり、と杉戸の肩にジーンがもたれた。
「え?」
 支えようとしたのだろうか。ジーンの頭に触れた杉戸の手を、ぬるりと滑り落ちていく何か。
 血で濡れたジーンの頭が、杉戸の手をすり抜ける。
 隠れている場合ではなかった。
「ジーン!」
 ぼくの声に杉戸がびくりと反応する。今度こそ倒れこむジーンの体を支えるが、崩れ落ちるのは止められなかった。
 琥珀派の半数がぼくを視る。
 しっかりと目が合った。いきなり一人増えたことに疑問すら抱かなかったのか、一番近くのやつが素手で殴ってきた。
「お前も仲間か!」
 渾身の一撃はぼくの体を透りぬけ、後ろにいた琥珀派のやつにいい拳が入る。
「あ? 何すんだよ!」
 ぼくの声に反応しなかった一人が、仲間割れが起きたとでも思ったのだろう。拳をふるった男の胸倉をつかんだ。
「見てなかったのかよ! こいつもサツの仲間だよ!」
「はあ? さっきまでずっと俺らと一緒にいたじゃねえか!」
「こいつが!?」
 ぼくを指さす拳の男。
「そうだよ! 仲間の顔も忘れたのかよ!」
 胸倉をつかんだほうとは逆の手で、殴られて昏倒している仲間を指さす男。
 混乱が起きた。
「……え?」
「見え……え、見えるよな?」
「なにが?」
「だからこいつの事――。」
「……お前、誰を指してるんだ?」
「だから、え、うそ。見えないのか?」
「でもこいつ喋ってたよな?」
「ていうか、さっき、殴ったら体透りぬけ、て……あ……。」
 徐々に、沸騰していた頭が冷えてきたんだろう。
 ぼくが視えている半数は動きを止め、あいまいな言葉をつぶやき、武器を取り落とす者や震える者も出てきた。
 一方視えていないほうは突然おかしくなった仲間たちを見て首をひねっている。
 何かは起こっている。しかし、何が起きたかさっぱりわからない。
「――ちょっと、あんたら!。」
 そのとき、最初に倉庫から追い出された女性が声を上げた。
 男たちがさっとそちらを振り向く。
 そこには倒れこんでぴくりとも動かないジーンと、血だらけの頭をタオルで押さえる杉戸がいた。
 女性は経験があるのか、てきぱきと応急処置をしている。
「今すぐ誰か救急車呼んで! このままだとこの人死ぬよ!」
 そう叫んでも、動こうとする者はいなかった。
 全員、頭がフリーズしたようだ。
 仕方ない。ぼくは適当に近くにいたやつが持っている情端に触れようとした。
 無理やり救急ダイヤルにつなげばどうにかなるだろう。そう思ったのだが。
「――そんなもん、呼べるわけないだろ。」
 倉庫の中から声がした。
 よく、聞き覚えのある声だった。
 周りの連中と一緒にそちらを振り向く。人波が自然と割れていき、大間が頭をかきながら現れた。
 ぼくはその場から一歩も動かなかった。
 開かれた道の真ん中で。真正面から対峙する。
 見上げるように大間をにらむ。
 他のやつより頭一つ飛び抜けている高身長。ぼくとは二十センチ以上違うかもしれない。
 改めてみると、威圧感がすごい。
 大間は、ぼくにまったく気がつかない。
 ぼくを透りぬける大間に、何人かがこらえきれずちいさく悲鳴をあげた。
 ジーンと杉戸の隣に立ち、見下ろす大間。
「地下に放りこんどけ。」
 ただ、一言。
 それだけで周りの全員が動いた。
 ジーンを持ち上げる者。杉戸を拘束する者。
 そのすべてが画面の向こうの事のように遠かった。
 手を拘束された杉戸が、ぼくを視ていた。
 ぼくも、杉戸を見返す。
 お互い何も言わないまま、二人の姿が倉庫の中に消えた。

「……なあ。お前。なんなんだ。」

 大間の指示で粛々とジーンたちを隠ぺいした琥珀派たちのやつらは、ぼくらが来る前の落ち着きを徐々に取り戻していった。
 倉庫の隅でこっそりと潜んでその様子を見ていると、最初に杉戸に突っかかったチンピラがぼくに話しかけてきた。
 どうやらこいつもぼくが視える側の人間のようだ。
 目をまわしている間にもちゃんと状況は見ていたらしい。
 ぼくが視えない人もいるとわかったうえで、まったく目線を合わせずに話している。
「お前らが言ってるだろ。十四日にはぼくみたいになるって。」
 男の顔が、明らかに青くなった。
「やっぱり、カノンの言ってたことは本当だったんだ……。」
「当たり前だろ。我らのカノンだぞ。」
 ぼくを殴ろうとした男も隣にやってきた。二人で喋っているふりをしながらちらり、とこちらを見る。
 カノンの事も聞きたかったが、本来の目的を優先させよう。
「なあ。二日前くらいに高等部の女の子、来なかったか。」
「……来たよ。二人いるけどどっちだ。」
「きりっとした目の、気の強そうな子。けっこう細身で、大人っぽい感じの。」
 男たちは「あの子か。」とすぐ思いついたようだ。
「あの子を捜しに来たのか。」
「頭殴られたほうの友達なんだ。」
 なるほど、とうなずかれる。
「結構来るのか。ああいう子。」
「たまにな。ネットで琥珀派のことを知って、どうやってか調べてくるんだよ。」
「カノンの方針で家出して居場所がないやつも受け入れてるからな。もちろん児童相談所とかに連絡はしてるぜ? でも動いてくれない事のほうが多いな。」
 そんなこともやっているか、琥珀派。
 友達だったらしいとはわかっていても、カノンのことは聞いたところで人となりなど「そうだよな。」と思い出すことはできない。
 知らない人の話を聞いている気分だ。
 ぼくらの会話を、まわりのやつらも盗み聞いていたらしい。何人かが不自然でない程度に近づいてくる。
 その中の一人が、ぽつりとつぶやいた。
「カノンはまだ見つからないのかな。」
 ……うん?
「もう二日ぐらいになるだろ?」
「それこそ警察に連れてかれたんじゃないのか?」
「最悪大間さんがいれば計画は進められるけど。」
「本当に……どうしてこんなことに……。」
 口々に不安を漏らす琥珀派。
 ……どうやら、この状態はカノンの思惑とは違うところで発生しているらしい。
「いないのか?」
 ぼくの問に誰も返事をしない。
「琥珀派のリーダーなんだろ?」
「そうなんだけど……。」
 言いよどむ集団の中で、チンピラが昨日ぶつけたらしい腕をさすりながら言う。
「元々、カノンは初期からのメンバーってことで中心にいたけど。表立って外に出るようなひとじゃなかったし、途中から裏方に回っていろいろ根回しとかサポートとかしてくれてたんだ。それが、大間さんがリーダーになってから、『カノンの遺志を継ぐ』とか言って別の人が研究してた新電波の話を持ちだしてきて。確かにカノンは電波の危険性について討論の議題にしていたこともあったからみんな納得はしてたんだが。だんだん議論だけじゃなくて実際に電波を止める方向に話が飛躍していってさ。」
「まさか、本当に実行にこぎつけられるなんて。」
 誰ともなく、倉庫の中心を見る。
 視線の先には何かの機械が鎮座している。
「あれは?」
「……すまん。教えられないんだ。」
 周りを見回しても、みんなぼくから視線を外していて、誰も口を割りそうにない。
「許してやって。みんなあなたのことが嫌いなわけじゃないから。」
 奥から誰か出てきた。
 ジーンを治療してくれた女性だ。よく見れば周りと同じように若い。大学生だろうか。
 というか、どこかで見たことがある。
 ない記憶を必死にひねり出す。
 ……や。そんなに昔の話じゃないな。
「安芸真弓さん?」
「え……そうだけど。」
 やっぱり。ジーンたちの探し人だ。
「牧下仁って知ってます?」
「……なんか聞いたことあるかも。」
 先生からの依頼だったから直接面識はないのかもしれない。
「安芸さんとおなじ大学に通ってる男なんだけど。先生に頼まれてあなたを捜してたんだ。」
「そう。」
 一歩下がられる。いかん、警戒されてしまった。
「で、別件でここに来たらさっき殴られて倒れたんだけど。」
「……え。え、さっきの?」
 地下室のほうを指さす安芸さん。
「さっきの。」
 同意するぼく。
 安芸さんはあちゃー、と頭を抱えた。
「とんだ迷惑を……。」
「いや、応急処置してくれてありがとうございました。」
「いちおう医学部だし、実習もやってたから、なんとか。……申し訳ないな。」
「ところで、ジーンは?」
 ああ、と安芸さんはすっと立ち直る。
「今のところ落ち着いてる。一緒にいた警察の人? と一緒に下にいるよ。」
「そっか。――ちょっと会ってきていいかな。」
「ええ、どうぞ。」
 指さされるまま、地下へと続く扉に向かう。
 開けるのも面倒で透りぬけたら後ろから悲鳴が聞こえた。
 地下はクラブのときと同じように薄暗く、両脇に四つの部屋が並んでいた。
 どの部屋かわからなかったので手前から順番にのぞいていく。
 一つ目の部屋は薄暗いけど電気はついていた。
 休憩室のようで、アカネと同じぐらいであろう少年少女が眠ってるのがうっすらわかった。
 アカネはいない。
 二つ目の部屋は倉庫のようだった。大間と男が話している。
 相手がこちらに気がついたが、口に指を当てて「静かに。」と合図を送ったら見ないふりをしてくれた。
 先ほどの騒動を見ていたやつだろう。
 はたして目的の人物たちは三つ目の部屋にいた。
 明かりのついた部屋。
 その隅っこの寝台にジーンが寝かされている。その手を握っているアカネもいた。
 二人が一緒にいるのを見て、状況はさておき、ほっとした。
「――何の用だ。部外者。」
 横から声がする。アカネが顔を上げた。
「アキラ兄ぃ?」
 扉のすぐ横。杉戸は椅子に縛りつけられていた。
 杉戸もひどい有様だった。
 顔面を殴られたのか瞼が痛々しく腫れている。右腕もなにかやられたのか縛られてないもののぐったりと太ももの上に乗せられるだけになっている。
「ダンがいるの?」
 宙を見つめる杉戸の様子に察しのいいアカネが気づく。
 ぼくがいるであろう方向を予測して見てくるけど、絶対に視線が合うことはない。
 そうだ。君はそれでいい。
「知り合いか?」
「え? うん。ジーンと一緒に行方不明になった人を捜してくれてたの。」
「なんでそんなこと……。」
 ぼくはジーンに近づいた。
 顔のほとんどが包帯で覆われている。どのくらいの傷を負ったのか、本当に大丈夫なのかまるでわからない。
 呼吸も、浅い。
「暇だったから。それだけだったんだよ。」
 なのに、なんでこんなことに。
「暇?」
「……体がこんなことになって。記憶もなくて。ジーンとは、ただ視えるってだけでついてっただけで。」
 ぼくの言葉を杉戸は笑い飛ばした。
「どうしてそうなったのかは知らないけどな。全部思い出したらこんなところでじっとはしてないと思うぞ。遠野壇。」
 ぼくは杉戸をふりかえった。
 じっとぼくを視て。杉戸は親の仇みたいにぼくをにらんでいた。
 杉戸とは今はじめて喋った仲だし。
 こいつにぼくの名前を教えた記憶は、ない。
「……なんで。」
「さあ。なんでだろうな。」
 簡単に教えてくれる気はないらしい。
「とにかくお前は仁の心配をする前に、先に保住花音を捜すんだな。案外近くにいると思うぞ。」
「カノンの事も知ってるのか?」
「直接会ったことはないが。」
「なんで。」
「さあ。なんでだろうな。」
 杉戸はくつくつと笑って、どこか痛んだのか身をよじった。アカネが慌てて杉戸に駆け寄った。
「もう。アキラ兄ぃはいつもこうだね。無理しちゃだめだよ。」
「はは……ありがとうな、アカネ。」
「なにが?」
 案外につらいのか。杉戸は汗の浮かんだ顔でぼくをにらみ続けた。
「こんなやつ、見えたところで役に立たないからな。」
 杉戸が苦しそうに身を折る。
 ぼくは最後の言葉にいたたまれなくなって、部屋から出ようとした。
「――そんなことないよ!」
 アカネの声が、案外大きく響く。
 彼女のそんな姿は見たことがなかったのか、杉戸は目を丸くしていた。
「あのね。アキラ兄ぃがいなくなってから、ジーン全然笑わなくなったんだよ? いっつも冷静ぶってさ。アキラ兄ぃの真似してるみたいで気持ち悪くて、でもなんにも言えなくて。」
 息継ぎを忘れたようにまくしたてられる言葉たちに、ぼくらは飲み込まれた。
「でも、この間ね。ダンと話してて、久しぶりに声出して笑っててさ。なんだか昔に戻ったみたいで、すごい、ほっとして。」
「……アカネ。」
「だからね。」
 アカネの瞳から、ぽろっと涙がこぼれる。
「たとえこの先、ずっとダンの姿が見えなくて、どこにいるか、存在しているかわからなくても、私はそこにダンがいるんだって信じるよ。――だって、ジーンがそこにいるって言ってたから。私は、二人を信じるよ。」
 相変わらず、彼女と目線は合わない。
 アカネのジーンを思う気持ちを。ぼくは見くびっていたようだ。
 ぼくは、何か言おうとして、でも何もできなくて。
 黙ってきびすを返した。
 この子に、報いなければと思った。
 なにもないぼくを、ここまで信じてくれる子に。
 そして、ぼくのことを信じてくれたジーンに。
「……ありがとう。」
 やっとそれだけ言って、扉を透りぬける。
 最後にちょっとだけ振り返ったとき、杉戸がぼくのことをじっと見ていた。
 廊下では先ほどまで大間と喋っていた男が部屋から出てきたところだった。
 続いて大間も出てくる。
 男は地上への階段を上り、大間はぼくのほうに歩いてきた。
 ジーンたちのところに行くのか。
 身構えたぼくを透りぬけ、予想に反して四つ目の部屋に向かってる。
 そういえば、あの部屋は見ていなかったな。
 ぼくは大間の後ろからついて行った。
 ぼくが視えない大間は鍵を使って部屋を開け、平然と中へ入る。
 部屋の中は他の部屋と同じぐらいの大きさで。電気はついていた。他の部屋と違って家具、家電とシャワーブースのようなものも見える。居住できる造りのようだ。
 大間は隅にある大きな物置に向かった。
 無造作に扉を開ける。
 その中から、ずるり、と何かが出てきた。
 床に倒れこんだのは、手足を縛られ、目隠しをされた女性だった。
 その明るい色の頭には見覚えがあった。
 教授の部屋にあった写真で。
 大学で見た記憶で。
 ジーンに見せられた写真で。
 ぼくに一番近しかったらしい、人物。
『案外近くにいると思うぞ。』
 杉戸に言われた言葉が脳裏をよぎった。
「……カノン?」
 彼女からの反応は、ない。
 大間はカノンに歩み寄ると、無理やり上半身を起こした。
 壁に背中を叩きつけられて、気絶していたらしいカノンが身じろぎする。
「よお、教祖様。」
 にやり、と大間が笑う。
「大間……。」
「どうだ? ロッカーよりは過ごしやすいだろ。」
 ロッカー……もしかして、あのクラブにカノンもいたのか?
「あれ、できたぞ。」
 はっ、と顔を上げるカノン。
「まさか本当に、あんなことのために?」
 大間はその言葉にふっ、と笑う。
「……だからあんたなんか嫌いなんだよ。」
 イライラしていることが伝わってくる。
 このままだとカノンに暴力でも振りかねない。
 ぼくは大間に手を伸ばす。
 とっさに使えるのは前に使った手段しかないけど。
 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ―――――――――――――
 けたたましいアラームの音に、カノンが肩を震わせた。
「ちっ。またかよ。」
 乱暴に情端を開いた大間はアラームを止める。ついでに床にたたきつけた。
 機械の崩壊する音が響く。
 外見が割れて基盤が飛び出し、液晶画面は粉々になった。
「まあいいか。もうすぐ必要なくなるし。」
 くつくつと笑う大男。
 カノンは目隠しをされているにもかかわらず、にらみつけてでもいるように大間を見上げる。
「あれを起動されたところでいいことなんてないぞ。」
「それを決めるのはてめえじゃねえよ。」
 なおも言葉を重ねようとするカノンを無視して、大間は部屋の戸を開けた。
「せいぜいこの世界の終わりを、黙って見届けるんだな。」
 扉が閉まる。
 鍵のかかる無慈悲な音がした。
 ぼくは、口を開いたまま扉のほうを向いていたカノンが、あきらめたように寝転がるのを見ていた。
 感動の再会。
 の、はずなのに。
 記憶がないから。だからこんなにも他人に見えるのだろうか。
 しゃがんで、近くで見てみる。目隠しだけでもと手をのばしても、彼女の体を透りぬけるばかり。
 視える人じゃないとだめらしい。
 手を引っ込めて握る。
 どうしたものか。
 考え込むぼくが視えていないからか。
 カノンは乾いた声でつぶやいた。
「……やっぱり、全部私が悪いんだね。」
 その弱弱しい姿に、ぼくは眉を寄せる。
 ……ちがう。
「ごめんなさい。遠野さん。」
 カノンは、こんな人間じゃない。
 違和感がある。けれど、それ以外何もわからなくて。
 ぼくはカノンを放置して、部屋を後にした。

 朝が来た。
 それと同時に、杉戸の仲間がやってきた。
 倉庫前に群がる警察車両。やってきたときのけたたましいサイレンはすべて切られていて、車体を照らすライトのみがにぎやかに倉庫街を照らしている。
「夜街のネオンみたいだなー。」
「……。」
 むっすりとしたふくれっ面で、杉戸はぼくの隣に立っている。
 杉戸はしっかりと治療を受けて、腹のギプスを服の上から撫でている。左腕も何かやったらしく首から吊り布で固定されていた。
 ぼくのことをどう思っているのかはわからない。
 とりあえず口をきく気はないらしい。
 ジーンは救急車が到着早々、アカネと共に連れ去られた。今頃は病院の治療台の上だろう。
 これで一安心だ。と言えればよかったのだが。
 杉戸の前に一人、人影がやって来る。
「けが人含め五十二人を収容。うち治療が必要な方の搬送は終了しました。ただ、指名手配されていた保住花音、大間秋人、入武家三香、それからコードネーム『オーガイ』、以上の四名については消息不明のままです。」
 夜の間に幾人かの琥珀派はいなくなっていた。地下で見た十代の少年少女もいない。
 残っているのはぼくをちらちら見る人ばかりだ。
「ご苦労様です。」
「いえいえ。そんな。」
 ぼくと同い年くらいだろうか。まだ若い警官は杉戸にきらきらとした目を向けている。
「私たちは基本的に事件が起こってからしか行動できませんから。――こうやって犯罪を未然に防げるなんて、特務科は本当にすごいですね。」
 心からのまっすぐな言葉。杉戸は照れくささとは無縁の失笑をもらす。
「特務科の方々ももうすぐ到着すると思いますが、合流されますか?」
「そうします。」
 警官はきれいな敬礼をして去っていった。
 会話を盗み聞いていたぼくは、杉戸の横でぼうっと空を見上げた。
 まぶしい朝日があたりを包む。
 二月十四日の夜が明けた。
 杉戸はふう、と倉庫の壁にもたれた。
「大間は逃げ出した後だったか。まったく逃げ足の速いやつだ。」
「……計画通りに動いているだけかもよ。」
 けげんそうに杉戸がちらり、と視線を向けてくる。
 ぼくは肩をすくめる。
 大間が何を計画しているのか、全貌はわからない。
 ぼくが知っているのは、今日、彼女が――森川ゆいなが殺されることだけ。
「なあ、ひとつ頼み事、いいか。」
 杉戸はぼんやりとパトカーを見ている。
「今日の夜は電波塔のあたりにいてくれよ。」
「当たり前だろ。」
 やっと答えてくれた。
 ふん、と杉戸は鼻を鳴らす。
「大間を捕まえるまでが仕事だからな。」
「……そうか。」
 じゃあ、あの未来で、大間は捕まえられなかったんだな。
 この間の「二月十四日」のことを思い出す。
「森川ゆいな。」
「あ?」
「大間がストーキングしてる女の子。住所は――」
「おいおい。ちょっと待て。」
 杉戸は慌ててジャケットに手を突っこむ。すぐに情端が出てきたから問答無用で彼女の家の場所を伝える。
「突然どうした? その子がなんかあるのか。」
 もう無視もできなくなったのか、杉戸はぼくのほうに向き直る。
「今日の夜、大間に殺される。」
「はあ?」
「ついでに大間はそのまま逃げて、ぼくもその近くで誰かに殺されてる。そっからぼくはずっと幽霊だよ。」
「ちょ……と、待ってくれないか。」
 そりゃあ混乱するだろう。
 ぼくは、杉戸に全部教える気にはなれなかった。
 ずっと気がかりだったのだ。
 倉庫に、もうカノンはいなかった。
 ロッカーを開ける警官も見ている。けれどそこには誰もいなくて。もちろん捕まってもいない。
 あの状態なら、誰かが裏で手引きして逃げているはずなのだ。
 きっと、いなくなっているほかの琥珀派の仕業だ。
「……行かなくちゃ。」
「おい、どこにだ!」
 歩き出したぼくはもうふり返らなかった。
 パトカーや警官たちを透りぬけて、喧騒から遠ざかる。
 カノンにあったとき。
 あのときの違和感の正体を、つかまなければ。
 おい、と杉戸の声が聞こえたような気がした瞬間。

 一歩踏み出せば、そこは夜の駅前だった。

 ついにこの夜に戻ってきた。
 ぼくは改めて、自分がくり返していることを実感する。
 あたりは同じような喧騒に包まれている。時刻はもうすぐ彼女がやって来る時間。
 ぼくは駅の改札を見た。
 そこにいたのは、アカネだった。
「……えっ。」
 おもわず声が出る。
 前回もいたのか? それとも今回だけ?
 ぼくが関わったから?
 混乱する。硬直しそうになる体を無理やり動かして、アカネを追う。
 杉戸がきっと「彼女」のほうはどうにかしてくれるだろう。
 アカネはずんずんと人混みをかき分けて進んでいく。
 いつかみた、未亡人みたいな真っ黒な服装。リアルでも似たような服を持っていたのか。
 その目が赤く充血していることに気がつく。
 まるで、泣き腫らした後みたいに。
 よく見ると彼女の顔は化粧も落ちてぼろぼろで、瞳は今にも泣きそうなくらい潤んでいた。
 後ろに立ってもアカネは気がつかない。そのまま迷うことなく路地に入っていく。
 普段はガラの悪い連中がたむろしているが、今日は警官隊が人払いでもしたのか誰もいない。
 いや、ちらほらと人影だけは見えている。
 琥珀派、だろうか。
 アカネが迷いなく進んでいった先。一つビルをはさんで、電波塔が目の前に見えるところ。そこには何人かの若者がいた。
 アカネに、そのうちの一人が気づく。
「――茉莉屋さん!」
 ぴょん、と跳ねるのはアカネと同年代の少女。
 そんな彼女の反応に、手前に立っていた男が振り返る。
 それが誰か。ぼくにもすぐわかった。

「――――――――――大間ぁ!」

 聞いたことのない、低い声。
 怒りに満ちた方向と共に。
 彼女は。バチバチと音を立てるスタンガン片手に走り出した。
 琥珀派はまだ彼女の持っているものに気がついていない。
 ぼくはあっけにとられて、でもすぐにアカネを追いかけた。
 止められる気はしない。でも。
 体が、勝手に動いた。
「アカネ!」
「――チッ。」
 大間の舌打ちが聞こえた気がする。
 やつはそのまま右手を持ち上げた。
 親指を立てるように、なにかを持っている。
 アカネがあと十歩ほどに近づいたとき。
 大間が何かのスイッチを押した。
 そう認識できる程度の仕草をして、すぐに轟音と揺れが来た。
 思わず、目を閉じた。
 どこかで聞いたことがあるような音。そう、これは花火の音をすぐ近くで鳴らされたような。
 これは、爆発音だ。
 そう気づいたと同時に目を開く。
 目の前には、瓦礫が転がっていた。
 アカネの姿も。大間の姿も見えない。
 電波塔との間にあったビルが倒壊しているのは、かろうじてわかった。
 前よりも大きな、喧騒の音。
 叫ぶ声。
 泣く声。
 誰かを呼ぶ声。
 サイレン。
 戸惑う声。
 それに共鳴するように、等間隔で爆発音が続いていた。
 電波塔の周りのビルが次々と倒壊していく。
 いったい、どれだけの爆薬を使えばこんなことになるのか。
 そんなことを冷静に考えそうになった自分に気がついて、頭を横に振る。
「大間、どこだ!」
 怒る声が、聞こえた。
 はっとそちらをふり返る。
 アカネが、瓦礫の上に立っている。
 先ほどまで大間たちがいたあたり。今は瓦礫のすき間から何かの湯気が立っているそこで、瓦礫をにらみつけている。
 ぼくは、アカネに近づいた。
 瓦礫の上を歩くのは普通なら無理だけれど。ぼくにとっては普通の道と変わらない。
 それは、アカネも同じだった。
 なりふり構わず叫んでいる彼女は、どうやら自分の状況に気がついていない。
「――アカネ。」
「どこ行ったんだよ大間! 今すぐ出て来い! 出て来い! なに隠れてんだよ! 出て来て償え! ――ジーンの代わりに、死ねよ!」
 最後の言葉に、彼女の怒りの理由を見た。
 ……そうか。ジーン。だめだったか。
「アカネ!」
 ぼくの呼びかけに、アカネが振り返る。
 そして僕の顔を見て、誰かはわかってもらえなかったらしい。
「あんた、誰。琥珀派?」
「違うよ。ずっとジーンと一緒にいたろ。」
「はあ?」
「落ち着けよ。いつものアカネはそんなんじゃないだろ。」
 肩で息をする彼女は、何回か息を吸って、その場にしゃがみこんだ。
「わかんないよ、もう……。」
 その頬から、涙は落ちない。
「……遠野壇、って言えばわかるかな。」
 そう告げるとアカネはゆっくりと顔を上げた。
「……ダン?」
「ああ。」
「本当に?」
「ああ。」
「でも、私には見えないはずじゃ……。」
 ぼくは黙って、彼女の足元を指さした。
 コンクリートが砕け散った瓦礫の山。
 そこに食い込むように消える、細い足。
 そして、瓦礫の下からは何かの湯気がうっすらと立ち昇っている。
「今ごろ、琥珀派も、大間も、――アカネも、瓦礫の下で死んでるよ。」
「――あ、」
 そこから先は。
 自分の足元を凝視したまま、アカネは声にならない叫びをあげた。

 ぐずつくアカネの手を引いて、とにかくその場から離れた。
「ジーンは?」
 あ、とちいさな声が漏れる。
「……手術、してたんだけど。夕方に。急に。」
「そっか。」
 なるべく淡白に。事務的に。
 そうじゃないと、ぼくも叫びだしそうだった。
 ぼくが、関わったからだろうか。
 前回はこんなことにはならなかったはずだ。
 ジーンもアカネも死ななかったはずだ。
 なのに。なんで。
「……ぼくのせいかな。」
「え?」
「いや、なんでもない。」
 アカネは涙の流れない自分に戸惑っている。
 ずっと、透明になった自分の足をうつむいてみていた。
「ダ……あの、遠野さん。」
「なに?」
「ごめんなさい。」
 ぼくは立ち止まってアカネを見た。
「本当は、ちょっとだけ、信じきれてなかった。あなたのこと。」
「そりゃあそうだと思うよ。」
 ぼくはまた、アカネが歩くよう手を引く。
 アカネは反発することなく、ぼくに従う。
 しばらくあてどなく歩いているうちに、あの場所にやってきてしまった。
「――ここは変わらないな。」
「え?」
 アカネが顔を上げる。
 すぐ目の前の建物の影に、ぼくの体が転がっている。
「……なに、あれ。」
「ぼくの死体。」
 アカネはそれを聞いて、顔をそむけた。
 ぼくはそれに近づこうとする。
 ふいに、視界がぼんやりと霞んだ。
 涙、ではない。そんな人間らしいものを流す権利はぼくにない。もっと根本的な、めまいに似た何か。
「遠野さん?」
 かたわらのアカネがぼくをのぞきこむ。
 ぼくはむなしく、その場に崩れ落ちた。
 だめだ。うまく呼吸ができない。
「やだ。遠野さん。――ひとりにしないで。」
 ぼくの体をアカネがゆする。その顔は真っ青だった。
 もう、血も通っていないのに。
 のんきにそんなことを考えられている自分が不思議だ。
 そのとき、ぼくの死体に歩み寄る人影が見えた。
 ぼくを殺したやつだろうか。
 興味本位と義務感で、そちらを見る。
 そこに立っていたのは、杉戸彰だった。
「……またかよ、遠野壇。」
 はあ、とため息をつく杉戸。
 そして、黙ってポケットから何かを取り出した。
 情端にしては薄い、もはやガラスのような板。かろうじて「IO」のマークが読み取れた。基盤のように無数の筋が通るそれが、淡く発光した。
 まるで、月光草のように。
「お前の死を見るのは何度目かわからんが――今回は話ができてびっくりしたよ。」
 ぼくは前回見た光を思い出した。
 あれは、杉戸だったのか。
 彼の体が光に包まれる。
「――じゃあな。また会えたら、過去で。」
「……すぎ、と。」
 次の瞬間、杉戸の体からふっと力が抜けた。
 ぼくにも限界が来たようだ。
「……のさ……」
 遠くから、アカネの声が聞こえる。
 ああ、ごめん。アカネ。
 ぼくは誰も、助けられなかった。

 暗転と暗闇。
 それが死に似た断絶であることを、ぼくは知っていた。


後書き

第三章「3週目」に続く


作者:水沢妃
投稿日:2025/08/27 13:46
更新日:2025/08/27 13:46
『レトロフューチャー』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。

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作品ID:2395
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