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作品ID:1380
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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


第四章「シュバルツェンベルク」:第13話「大きな買い物」

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第4章.第13話「大きな買い物」



 久しぶりの休日、遠乗りから帰り、すっかり気分が良くなった俺は、昼食を食べるため商業地区側に向かった。

 商業地区内を歩いていると、大きな商店の前が妙に騒がしいことに気付く。

 普段なら人だかりができるようなこともないような大きな商会の建物なのに人垣ができている。

 人垣の隙間から見てみると、防具を付けた冒険者と思しき数人がその店の従業員らしい男と口論している。



 よく見てみると冒険者は全員二十歳前の若い女性。一人が店の従業員に詰め寄り、今にも切りかかりそうな勢いだ。



 五人を見ていると、緊迫感のない俺は三歳年下の妹、大空(そら)のことを思い出した。



(妹(そら)はどうしているかな)



 妹はスポーツ好きで高校時代も女子バトミントン部のキャプテンを務めるなど、体育会系の女子だった。よく家にも部員たちを連れてきたそうで、当時下宿していた俺も実家に帰った際に何回かその場に遭遇している。

 冒険者たち五人と見た感じは全く違うが、彼女たちの雰囲気が何となく、妹と部員たちの雰囲気に似ていることから、妹を思い出したのかもしれない。



 最初のうちはそんなことを考えながら、野次馬と一緒にその騒動を見ていた。



 彼女たちの声は徐々にヒートアップして行き、徐々に周りの人だかりが大きくなっていく。

 詰め寄っている当人たちは頭に血が上っているのか、一向に気付く様子がない。



 俺が見物を始めて、二、三分もした頃、遂に大声で怒鳴っている女冒険者が腰のロングソードに手を掛けた。



(妹(そら)を思い出してしまったからなぁ。このまま放っておくと後で後悔するよな)



 助ける義理はないのだが、後で嫌な気分になるのも嫌なので、諦めてお節介を焼くことにした。



 剣を手にかけた女冒険者を鑑定で見ると、レベルもスキルもかなり低い。これなら簡単に止められると思い、



(女を殴るのは抵抗があるが、いざとなったら、鞘ごと殴ればいいか)



 そう考え、野次馬の列を掻き分けて、従業員に食って掛かっているロングソードの女の後ろに回る。

 そして彼女の手を押え、



「こんなところで口論しているといい見世物だぜ。ちょっと落ち着いたらどうだ」



 ロングソードの女は頭に血が上っているのか、



「なんだと! あんたには関係ないだろ! 引っ込んでな!」と聞く耳を全く持たない。



 俺はため息を吐きながら、



「おいおい、冒険者が堅気の商人を脅したらダメだろう」



 更に店員にも声をかけてクールダウンさせる。



「店員さん、あんたも自分の店の前でこんな人だかりを作っちまったら、信用にかかわるんじゃないか」



 店員の男の方は礼を言い、「この人達が言いがかりを付けて来るんで困っていたんです」と困惑した顔を俺に向けてくる。



 俺は「とりあえず、連れて行くわ」と店員にそう言ってから、



「あんたたちも周りを見てみろよ。これ以上騒ぐと守備隊が駆けつけるぞ」



 女冒険者たちは、俺の一言でようやく周りの状況が見えたようで、少し落ち着きを取り戻した。



「何にせよ、昼飯を食わないか。奢ってやるからちょっと来いよ」



 野次馬を追い払いながら、5人を人垣の中から連れ出す。



 憮然としたロングソードの女と興奮気味の他の四人を引き連れ、近くの食堂に入り、適当に定食を頼む。

 五人は食事を待っているときも誰一人、口を利かず、食べ始めてからも黙々と出された定食を食べていく。



 二十分ほどで全員が食べ終わると、ロングソードに手を掛けていた女が、「あんた何者だい」と聞いてきた。



「俺はタイガだ。礼を言ってもらいたくて助けたわけじゃないが、昼飯を奢った分くらいの礼を言うのが先だろう。まあいい。何があったんだ」



 五人は自分たちがいかに頭に血が上っていたのか自覚し、顔を赤くしてぼそぼそと礼を言ってきた。



 ノーラと名乗ったロングソードの女はまだ興奮が収まっていないのか、ただばつが悪いのか判らないが、憮然とした表情でパーティメンバーを紹介していく。



「私はノーラ、右からアンジェリーク、カティア、クリスティーネ、そして妹のレーネだ」



 五人は迷宮に行くつもりだったのか、完全装備の状態。



 女性をじっくりと眺めるわけにはいかないが、五人の見た感じは、



 ノーラは長身できれいな金髪をポニーテールにし、青い目と白い肌、やや鋭角な感じがする顔つきだが、北欧美人系の美少女。ブレストプレートとオープンヘルメットを身に着け、ラウンドシールドを背中に背負っている。



 もう一人のロングソード使いがアンジェリーク。こちらも一七〇cmを超える身長で濃い茶色が掛かった金髪をショートカットにしており、凛々しいボーイッシュな感じの少女。ノーラとほぼ同じ装備だ。



 ショートスピアを持った槍使いの少女がカティア。背は二人より低く、やや細身の体つきで銀髪に見えるほど薄い金色の髪を肩口まで伸ばしている。翠色の大きな目はくるくると良く動き、猫科の動物を思わせる。スピード重視なのか革製の鎧と籠手、脛当を装備している。



 ショートボウを持った弓使いがクリスティーネ。カティアと同じくらいの身長で黒い髪に茶色い目、おとなしそうな感じだ。後衛らしく軽めの革鎧に腰には矢筒と短剣を装備しているが、革鎧の上からでも判るほどスタイルはいい。



 杖を持った治癒師がレーネ。輝くような金髪と白い肌、碧がかった青い目で背はあまり高くない。軽めの革鎧を装備し背嚢を背負っている。妹ということもありノーラに良く似ている。



 商店の前で確認したノーラを含め、食事をしながら鑑定で確認した結果は、

 年齢はノーラとアンジェリークが十七歳、カティア、クリスティーネ、レーネが十六歳。

 レベルは全員十二。スキルはノーラとアンジェリークの片手剣、カティアの短槍が一〇、クリスティーネの弓が九、レーネの治癒魔法は十一だが第二階位までしか魔法は覚えていない。



(全員レベルもスキルも低いな。冒険者になって何ヶ月目なんだろう?)



 ノーラは責任感が強いタイプなのか未だ憤慨しているようだが、意を決したのか、俺に向かってボツボツと話し始めた。



「半年前にギラーからお金を借りたの……」



 話の内容は、迷宮で行き詰ったので装備のグレードアップをしようという話になったが、資金の調達が問題となった。ギルドには既に借金をしているので、新たな借入先が必要で、いろいろ聞いて回っていた。

 そんな時、ギラー商会の会長ギラーから声を掛けられた。必要な金額は三十Gだけだったので半年の約束で借りたそうだ。

 それが半年で三十七倍の千百Gになっており、利子が酷すぎると抗議していたというわけだ。



 契約の内容を聞くと、半年後の支払いで利子は一日二分。支払えない場合は奴隷となり、オークションで売却し資金を回収するとの契約だそうだ。



(一日二%の複利計算か、後で携帯と使って計算してみるけど、多分三十七倍で間違いないな。それにしても酷い契約だな。ほとんど詐欺だろう)



「その契約に納得して、サインをしたのか」



「そうよ。だって、たった二分の利子だけなんだもん、装備を更新して古い装備を売ったお金と半年の儲けを足せば充分払えると思ったのよ」



「それじゃ、仕方が無いな。計算してみないと判らないが、一日二分の複利計算なら、半年で三十七倍になってもおかしくない。契約書にきっちり書かれているのなら、諦めるしかないな」



 ノーラは唖然とし、「そんな……おかしいよ絶対……うっ……」と最後には泣き崩れてしまう。



 他の面々も「二年間がんばったのに……」とか「奴隷……」とか「みんなと……バラバラに……」などと、泣きながらつぶやいている。

 相変わらず周りが見えなくなるようで、昼の食堂で女五人が泣いているテーブルは非常に目立つ。

 商業地区なので知り合いはいないが、周りのテーブルでは俺たちのほうを見て、ぼそぼそ言っている声が聞こえる。



(はぁぁ。これじゃ俺が泣かせているみたいじゃないか)



 千百Gくらいなら、資金的には貸してやっても大して問題ではない。だが、彼女たちの実力だと間違いなく返ってこないだろう。

 泣いている彼女たちをよそに、話の途中で気になっていたところのことを考えていた。



(ギラーねぇ。どこかで聞いたような? うーん、あっ!)



 少し考えて、ようやく気になっていたギラー商会のことを思い出した。



 ここシュバルツェンベルクの商業ギルドの顔役で、一代で成り上がったやり手の商人だと聞いたことがある。

 あくどい商売もかなりやっているとの噂もあるが、王国直轄領のシュバルツェンベルクでは代官である騎士より権力があるとさえ言われていたはずだ。



 訓練場か迷宮にしか行かない俺でも噂を聞くくらいだから、かなりの大物なのだろう。



(大物の商人か。伝手(つて)を作れれば情報収集に役立つかもしれないな)



 一代で成り上がったと言うことは、それなりに情報の重要性は理解しているだろう。



 シュバルツェンベルクで商売をしていると言うことは、少なくともクロイツタール、ノイレンシュタット、ドライセンブルクの三都市に何らかの情報源があると見るのが普通だろう。



 グンドルフの情報は流通を気にする商人にとっては知りたい情報のはずだ。その情報を流してもらえれば、俺としても有利になる。



(これはチャンスかもしれない。利用させてもらうとするか)



 俺はまだ泣いている五人に向き直り、



「なあ、一つ提案があるんだが、聞く気はあるか」



 そう言うと、五人は伏せていた顔を上げ、目で相談するように互いを見てから頷いていく。



「契約内容は恐らく有効だ。ということは、支払い金額は変更できない。今すぐ支払える金の総額はいくらだ?」



 ノーラは「頑張れば金貨三十枚分くらい」と答える。



「ということは、金貨千七十枚分足りないわけだ。支払期日は今日中。逃げるわけにも行かないとなれば、誰かにお前たちを買ってもらって代わりに支払ってもらうしかない」



「それじゃ、その人の奴隷になるだけじゃない」



「もちろんそうだ。金貨千七十枚もの金を稼ぐ方法は自分を売るしか無いだろう」



 五人は突きつけられた現実に再び打ちひしがれている。



 いち早く立ち直ったノーラが、「で、提案ってなんなの?」と聞いてきた。



 俺は静かに「俺が五人とも買ってやる」と一言告げると、五人は驚き、俺の顔を凝視してくる。

 そして一斉に「「そんなにお金持ってるの!?」」と声を上げる。



「お前らを買う分の金くらいは持っている。で、条件だが、五人はまとめて奴隷として買い取る。十年間は売りには出さない。十年の間、毎月一人二G稼いで俺に支払う。十年間で千二百Gになるが、百三十G分は利子だ。どうだ」



 そう俺が言うと、五人は頭を寄せて小声で相談を始める。

 こそこそと話す内容は所々聞こえてくるが、あえて声は掛けない。

 二分ほどで彼女らの相談は終わる。



「あなたのメリットは、百三十G分と私たちを自由にできると言うことであってる?」



 俺はストレートに言ってくるなと思い、苦笑気味に「ああ、その通りだ」と答え、



「まあ、無理やり体を求める気はないがな」と付け加えておく。



「奴隷になるんだから、衣食住の確保はしてくれるのよね」



 今回は真面目に条件を確認してくるようだ。そこまで考えていなかった俺は適当に、



「そうだな、食費と宿泊費として、月に一人一G追加で支払ってもらおうか」



と追加条件を提示する。

 食費+宿泊費で一日当たり三Sちょっと。雑魚寝の宿よりはマシだが、五人部屋の今の宿一人一泊二食四Sよりかなり安い。

 心配したノーラが、



「馬小屋みたいなところじゃないでしょうね?」



 俺は呆れながら、



「体が資本だから、そんなことはしない。服についてはこっちから支給してやる」



 そう言うと、再び五人で相談し始める。



(こんな破格の条件で相談かよ。こっちはどうでもいいんだがな。あっ! グンドルフのことを忘れていた)



「一つ言い忘れていたことがある。俺はある悪党から命を狙われている。もしかしたら、お前たちにも被害が及ぶかもしれない。それも考慮してくれ」



 一分後、「私たちをまとめて買い取ってください。お願いします」



と言って、全員が立ち上がって深々とお辞儀をする。



 俺は周囲の目を気にして、



「判った、判った。とりあえず座ってくれ。これからギルドで金を下ろして、その後ギラーのところに行く。いいな」



 近くの商業ギルドで金を下ろしてから、五人を引き連れ、ギラー商会に向かった。



 ギラー商会に入り、用件を伝えると、奥の応接室に通される。

 五人は俺の後ろに立たせ、俺は高そうなソファーに深々と座って足を組み、これ見よがしに愛剣をソファーに立てかける。



(これで、ご主人様と奴隷っぽくなるだろう)



 十分ほどして、六十過ぎの白髪の鋭い目をした商人が現れる。

 一瞬、俺のことを胡散臭そうに見るが、すぐに本題に入ってきた。



「わしが、ギラーじゃ。こいつらの借金を返すと言う話しじゃが、それで間違いないかな」



「ああ、間違いない。自己紹介がまだだったな。俺は冒険者のタイガだ。この街だと”剣鬼の後継者”とか呼んでいる奴もいるみたいだがな」



 ギラーはホォという感じで目を細め、面白そうな奴が来たというように薄く笑っている。



(なんか、如何にもって感じだな。映画でみるようなステレオタイプの悪徳商人って初めて見たよ)



 元の世界でもこっちの世界でもやくざやその筋の人と係わりあったことはないが、裏の世界と繋がっていると言われれば、すぐに納得してしまいそうな笑みを浮かべている。



(機嫌を悪くさせないでこっちの都合のいいように持って行くには、少し芝居が必要かな)



 俺はなけなしの演技力を総動員して、大物感を出しつつ、ずっしりと重い皮袋をテーブルに放り投げる。



「ここに白金貨が百十枚入っている。こいつらの借金は千百Gと聞いたが、間違いないな」



「正確には、千百二Gと二十四Sと三十三Cじゃ。」



 更に金貨三枚を取り出し、テーブルに放り投げる。

 チャリーンという音と共に「端数はまけてやる」と面倒臭そうに付け加えて横を向く。



 ギラーは従業員を呼び、借用書を持ってこさせ、自分は金を数えている。



「確かに白金貨百十枚と金貨三枚じゃ。借用書はそっちに渡すぞ」



 ギラーは手に持った和紙のような紙の借用書を俺に渡そうとしてきた。

 俺は考えたふりをした上で、



「ああ、ちょっと待ってくれ。借用書に支払いが完了したと書いた上でサインしてくれないか」



「どういうことじゃ。借用書を失くすのがイヤならすぐ破り捨てればいいじゃろう」



 ギラーは俺の考えが読めないのか、少しイラ付いた感じで目を細めて睨みつけてくる。

 俺は出来るだけ軽い感じで、



「いや、この借用書だけとは限らないんじゃないかって思ってね。まさか偽物を掴ませるようなことは無いだろうけど、何しろ大金だ。こっちも慎重に行きたいんだよ。何も問題は無いだろ」



 ギラーはふっと笑い、俺が商人を信用していないただの冒険者だと思ってくれたようだ。



「ああ、問題ない」



(とりあえず、第一段階は成功かな)



 ギラーは、借用書にサインをして、俺に手渡してきた。

 俺は顔に笑みを貼り付けたまま、次の芝居に移ることにした。



 如何にも世間話でもするように、借用書をひらひらとさせ、軽薄そうな口調で、



「ところでギラーさん。一日二分の利息は酷いよね。商業ギルドでこんなこと認めてるの?」



 ギラーもこの話は出てくると思っていたのだろう、余裕の笑みを浮かべ



「契約は有効じゃよ。他の冒険者もこの条件で借りておるわ」



 俺はワザと何も知らない芝居をしているように少し馬鹿にする感じで、



「へぇー、他の冒険者も半年も借りるわけだ」



 ギラーは気にした様子もなく、



「いや、普通は五日以内に返しに来るな。月二割より安いからのぉ」



 俺はニヤリと笑いながら、



「まあ、普通はそうなんだろうね。でも、それって短期契約だよね。短期契約の条件を故意に告げずに半年の契約をする。これって結構えぐいよね」



 俺の言葉にギラーの目が鋭くなり、金を払ったくせに何をごねているのかと言う感じで俺を睨みつけてくる。



「ふん! そっちの小娘どもが聞かなかっただけじゃ。こっちに落ち度はないわ」



 俺は更に芝居を続け、普通の取引じゃないことを強調する。



「俺は借金をしたことがないから、良く知らないけど、支払い期日は最初に約束するもんじゃないの。いくら世間知らずでも三十Gが半年で千百Gになるなら絶対借りないよね」



 ギラーの目が更に鋭くなり、誰かに目配せをしているようだ。

 手下のならず者でも呼び出して脅しをかけようとしているのかもしれない。

 出てきたら面倒なので、先手を打っておく。



「怖いお兄さんたちを呼んでもいいけど、俺は自己紹介したとおり、あの”剣鬼”の弟子だぜ。その辺の冒険者崩れなら二十人くらい用意しないとビビらないぜ」



 ギラーは俺の目的が判らないことにイライラの限界に来たようで、「何が目的だ」と単刀直入に聞いてきた。



 俺はこの辺りが潮時かと思い、できるだけにこやかに、



「いやいや、別にギラーさんと喧嘩するつもりも脅すつもりはないよ。どうも俺のことをただの冒険者だと思っているみたいだから、ちょっと認識を改めてもらいたくてね」



「で、その証文をどうする気だ」



 俺は「こうする」と言って笑いながら、スローイングナイフで証文を細かく刻んでいく。

 俺は少し居住まいを正し、ギラーの目を正面から見つめる。



「俺はギラーさんに敵対する気は無い。商売の話をさせてもらえないか」



 ギラーは俺の意図が完全につかめないため、未だ警戒しているが、商売の話と聞き、少しだけ態度が軟化したように見える。



「ところでギラーさんの商会って不動産を扱ったよね? 金はあるんだけど伝手がなくてね」



 ここに来て、俺がギラーと取引をしたいが、ただの冒険者では足元を見られるから、油断ならない奴との印象を植え付けさせようと努力していると思ってくれたようだ。

 俺の目的をそう理解したギラーは、睨み付けるような表情をかなり緩め、



「ああ、この街で一番手広くやっておるよ。タイガ殿はどのような物件をお探しかな?」



(よし! 口調も変わった。こっちのペースに乗ってきたぞ。後は不動産で少し儲けさせてやれば、後の”本命”の交渉が楽になる)



「こいつらを引き取るし、宿住まいって訳にも行かないだろ。部屋が六個以上ある家があるといいなと思ってね。どこかいいところはないかな」



「ほっほっ。なるほどなるほど。色々ありますぞ」



 ギラーは一人で納得しているようだが、俺には何のことか良く判らない。



「若い女子(おなご)をまだまだ囲う気ですかな。お若いお若い」



 何やら勘違いしている様子だ。



(六人だから部屋は最低六部屋はいるだろう。”まだ”囲うとかどういう意味なんだろう?)



「して、なにかご希望はありますかな?」



 ここでグンドルフの話をするわけにはいかないので、考えておいたシナリオに沿って話を進めていく。

 俺は少し深刻そうな表情を作り、



「ちょっと前に貴族とトラブルを起こしてね。安全な屋敷が欲しいんだ」



 ギラーは意外そうな顔で「貴族とのトラブル?」と聞き返してくる。



 俺はマックスたちとの護衛クエストの話を一部脚色し、さもトラブルを抱えているように小声で話していく。



「三ヶ月くらい前にクロイツタール公への献上品の護衛をやっていてね。某伯爵が仕掛けた献上品への嫌がらせを防いでしまって、逆恨みされているかもしれないんだ」



(嘘は吐いていないよな)



 ギラーもウンケルバッハ伯爵とクロイツタール公爵の確執を知っているので、簡単に納得したようだ。

 もしかしたら、ケシャイトの町での放火騒ぎについても知っているのかもしれない。



 その後は屋敷の条件を話し合い、五人を連れて何軒か現地を見ることにする。



 冒険者ギルドからは徒歩で十分ほど離れているが、すぐ隣に守備隊の詰め所があり、トラブルは起きなさそうな一軒の屋敷を紹介される。



 元商人の屋敷ということでかなり大きい。

 屋敷は二階建ての石造りの立派な洋館で、一階にリビング、食堂兼ホール、応接室等があり、二階には寝室、客室などが十部屋ある。

 裏には厩舎と物置小屋などがあり、三mくらいの高さの壁に覆われた敷地には大きな庭に池、噴水まである。

 一年ほど空き家になっていたとのことで、屋敷を八百Gで購入し、二百Gでリフォームと家具を入れてもらうことにした。

 ちょっと大掛かりなリフォームを頼んだため、一ヶ月ほど掛かるとのことだ。



 契約と前金として半額支払い、ようやく本命の話に取りかかることができる。



「ところでギラーさん、少し他の話があるんだけどいいかな」



 ギラーはまだ何があるのだという表情を見せるが、俺のことを上客と見てくれたのか、話を聞く姿勢になる。



「さっきも言ったけど、俺は追われる身なんだ。俺のことを調べている奴の情報が欲しい」



 ギラーは「ほう、しかしなぜ儂に?」と面白そうに俺に聞き返してきた。



 俺は「ギラーさんなら、情報の重要性を良く判っていそうだから」と言ってから、考えていたことを説明していく。

 ギラーほどのやり手なら、シュバルツェンベルクだけでなく、クロイツタール、ノイレンシュタット、ドライセンブルクの三都市に情報源を持っているだろう。

 これほど手を広げていると言うことは、商売にかかわること以外の情報も持っていないとおかしい。

 商売に関する情報は売れないだろうが、商売に直接関係ない情報に商品価値があるなら、きっと売ってくれるはずだ。

 こう説明すると、ギラーは驚いたような顔を見せた後、大きな声で笑い出した。



(ここで止めだな)



 更に信憑性を上げるため、クロイツタール騎士団のエンブレムをギラーに見せる。

 これには、さすがのギラーも声が裏返り、



「そ、それは! 本物なのですかな!?」



「ええ、本物ですよ。公爵様には懇意にさせてもらってますが、それで余計に……」



(こう言えばウンケルバッハ伯から狙われていることへの信憑性が上がるだろう。ここシュバルツェンベルクにいる理由は勝手に考えてくれるはずだ)



 ギラーは「なるほど」と頷き、情報に関する話を進めていく。



 最終的に合意した内容は、月に一Gを基本料金とし、有益な情報には別途支払うというものだ。

 この世界にこんな長期の情報提供契約はないようなので、これが俺にとって有利なのか不利なのかは判らない。



 商会を出る際に、一日で二千百Gの売上にご機嫌なギラーは、笑顔で俺たちを見送ってくれた。



 商会を出たところで、今日のことを振り返り、自分の世界に入ってしまった。



 勢いでギラーと面識を得て、情報を得ることを決めたが、これはかなりのリスクを伴う。

 まず、ギラーが信用できるかという点だが、俺の考えでは、

 ギラーは一代で成りあがったやり手、しかも手段を選ばない。

 ということは敵も多いはずだが、あの歳まで無事に過ごしている。

 よって、慎重な性格でかつ危険を察知する能力が高い。

 慎重なだけでは成り上がれないから、金への執着心も強い。

 つまり、俺が金蔓であり、自分にかかるリスクが少ない限りは信用できる。

 俺に危険が及ぶのは、俺が与える利益+俺の味方が与える利益?俺の敵が与える利益<俺の敵が与えるリスク?俺の味方が与えるリスクが成り立つ場合だ。

 俺が与える利益は不確定だが、二千G以上払える資金力と払う意思が確認できている。

 ギラーが認識している俺の敵はウンケルバッハ伯だが、リスクは不明で利益はそれ程多くないと考えるだろう。

 一方、俺の味方はクロイツタール公になるが、利益は不明。だが、シュバルツェンベルクで商売する限り、クロイツタールを通過しなければならないのでリスクは大きい。

 よって、当面ギラーが俺を裏切ることはないという結論になる。

 不確定要素はグンドルフ。ギラーに利益を与えることは考えられないのでリスクのみとなる。リスクは死というかなり大きなものだ。

 ここまで考えてギラーを信用した。



 もう一つの懸念は、情報収集を依頼したことで発生するリスクだ。

 それはギラーが“俺のことを探っている者を探している”ということだ。レーダーで言うなら逆探知の可能性が出てくる。

 ギラーがノイレンシュタット辺りの情報提供者に「タイガと言う男の情報を探っている奴はいないか」と聞けば、その情報提供者は「シュバルツェンベルクのギラーがタイガと言う男に興味を持っている」という情報を与えることになる。

 情報提供者はギラーだけと取引しているわけではないだろうから、思わぬところで情報が漏れていく可能性がある。

 だが、これについては割切っている。

 既に情報は漏れているかもしれないし、いつ漏れるかも判らない。それならこちらから動いてもそれほど大きなリスクにはならないと考える方が建設的だ。

 

 先のことを考えても仕方がない。今回はいいチャンスだったと考えないと精神衛生上良くない。

 そうは思っても日本円で一気に二億円以上の散財。まだ四千G以上持っているとはいえ、少し、いや、かなり落ち込んでしまった。



(それに屋敷を維持していくだけで一体いくら掛かるんだろう。勢いで五人の身元を引き受けてしまったけど、これからどうしよう。あぁぁぁ!)



 頭を抱えて叫びたくなったが、グンドルフ対策が少し出来たことに満足するしか無いと自らに言い聞かせ、自分の世界から復活する。

 横を見ると、呆れたような心配しているような表情の五人に気付く。



(叫ばなくてよかった)



 ちょっと恥ずかしかったが、明日の予定を伝えておく。



「とりあえず、今まで通り迷宮に行ってもらうが、明日は朝八時にギルドの訓練場に来てくれ」



(はぁ、ミルコにどう説明しようかな。まあいいや。まだ時間は早いし、エルナのところに行って今日のことは忘れよう)





 大河が帰った後、ギラーは思い出し笑いをしながら物思いに耽っていた。



(タイガとかいう若造、なかなか面白いやつじゃわい。儂に喧嘩を売る度胸、その後の頭の回転の速さ、儂との伝手のために二千G以上払う豪快さ、ただの剣士だと思っておったら、一流の商人並の考えも持っておる。クロイツタール公のお気に入りかどうかは判らんが、少なくとも騎士団に伝手があることは間違いなかろう。恩を売っておけば、思わぬ儲けのネタに成るやも知れん。まあ、既に金貨千枚以上の儲けさせてもらっておるがの。ふっふっふっ)



 ギラーは自分の商人としての勘を信じ、タイガに投資してもいいと考え始めている。



後書き


作者:狩坂 東風
投稿日:2012/12/27 21:12
更新日:2012/12/27 21:12
『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。

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