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作品ID:1437
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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)

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第五章「ドライセンブルク」:第16話「侯爵の罠」

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第5章.第16話「侯爵の罠」



 公爵は俺にねぎらいの言葉をかけた後、午後からの政務に向かうため控えの間を出て行こうとした。

 その時、護衛の騎士から近衛騎士団長が来たことを告げられる。



 レバークーゼン侯は、謁見の間での厳しい表情ではなく、貴婦人たちを虜にしそうな穏やかな笑みを浮かべながら、部屋に入ってきた。



「総長閣下、先ほどは失礼いたしました。陛下の御ためを思い、少し出過ぎたようです。申し訳ない」



「うむ。別に気にしておらん。それだけのことを言いにここに来た訳ではあるまい。要件を申せ」



 公爵は不機嫌そうな態度を改めようともせず、レバークーゼン侯の話を促す。



「はい、そこなるタイガ卿に少し話がございます。よろしいですかな」



 公爵は無表情な顔で頷くと、レバークーゼン侯は俺に話しかけてきた。



「卿に伝えることがある」



 俺は警戒しながらも、それを顔に出さないよう続きを待つ。



「陛下は御前試合をご所望だ。明日の午前九時、近衛騎士団の錬兵場で我が配下のものと手合わせをしてもらう。よいな」



 俺は何のことだと思い、公爵の方を見る。



「近衛騎士団長、我が騎士団の副長代理に対し、儂の許可を得んとはどういうことかな」



「これは異なことを。陛下のご意思ですぞ。閣下が断られるはずはないと愚考したのですが、間違いでございましたかな?」



 侯爵はさも意外なことを聞いたという感じで、大袈裟なジェスチャーを交え、驚いてみせる。

 公爵も国王の採択が下りていると聞き、それ以上追及できなくなった。



「うむ、良かろう。しかし、陛下から申されたことなのか?」



 侯爵が言うには、国王との会話の中で、クロイツタール公に自分より強いと言わしめた者の戦いを見てみたいという話になったそうだ。



 それだけ言うと、侯爵は部屋から出て行った。



 公爵は悔しさを隠そうともせず、はき捨てるように話し始める。



「レバークーゼンめにしてやられたわ!」



 俺には何が問題なのか理解できない。



「そなたの相手は近衛騎士のグリュンタールであろう。その男は”闘技場”の勇者なのだよ。模擬戦のみで比類なき強さを見せる”勇者”だがな」



 公爵は苦々しい顔でグリュンタールについて語り始める。



 グリュンタールという騎士は、近衛騎士に多い実戦経験の全くない騎士だが、細剣(レイピア)の名手として名を馳せている。

 実戦的な騎士とは異なり、軽装備でスピードを重視した戦いを展開するため、特に両手剣や鎚と言った重量級の武器の使い手にとっては相性が非常によくない。



 模擬戦では急所に対し寸止めすることでも勝利となるので、スピードを生かした細剣(レイピア)を喉元に突き付けられた瞬間、勝負が決まる。



 このため、多くの騎士が模擬戦で破れ、グリュンタールは王国最強と嘯いていると言う。



 俺は別に模擬戦なのだから、負けてもいいのではと疑問を口にするが、



「恐らくそなたが負ければ、儂が言った”儂より強い”という言葉を持ち出し、儂の力が落ちたと公言したいのだろう」



(なるほど。でも公爵自身強いんだから気にしなくてもいいんじゃないのか?)



「もう一つ、そなたの素性に関することが再燃する可能性がある。儂の言に偽りありとなれば、そなたを帝国の手先と告発し、それを許した儂を蹴落とすつもりだろう」



(閣下の懸念は判ったけど、どうして陛下がそれを了承したのかが判らないな)



 俺は疑問に思い、国王の真意はどこになるのか尋ねてみた。



「陛下はどうしてお認めになったのでしょうか」



「判らんが、そなたに賭けた可能性はあるな。レバークーゼンに何か言質を取っているのかも知れん」



(俺が勝つ前提ってあり得ないだろう……)



 ここまで聞いて、何となく国王の意図が読めてきた。

 俺が負ければ公爵の騎士団総長としての地位が揺らぐ可能性がある。だが、すぐには更迭とならないだろう。精々どこの馬の骨とも判らない男を処分すればいいだけだ。

 運よくレバークーゼンの行動を掣肘できるのなら、王国という大きな組織を考えれば、分の悪い賭けではない。



 俺は公爵にそのことを告げると、少し考えてから納得したようだ。



 公爵は「陛下に真意をお尋ねする」と言ったので、



「お尋ねにならない方がよろしいかと。ここで閣下が動かれれば、私が負けたときに陛下も動きようがなくなるのではないでしょうか」



 俺が考えたのは、国王が何か考えているとしたら、俺が公爵を言葉巧みに騙したことにして、俺だけを切り捨てることで公爵を守ることではないか。

 公爵が下手に俺を庇えば、公爵が俺の力量をおおいに認めていることを更に宣伝することになり、国王も公爵を庇いきれなくなる可能性がある。



「うむ。判らん話ではないな。では、どうするのだ?」



「戦わざるを得ないでしょう。私はレイピア使いと戦ったことがありませんから、今からでも一度手合わせをしておきたいのですが」



「ヴァルデマール(ノルトハウゼン伯)に申し付けておく。第一騎士団に寄っていけ」



 俺は厄介なことになったと思ったが、負けても精々国外追放くらいで殺されることはないだろうと軽く考えていた。



「負ければ拷問が待っておるから、心して掛かれよ」



「えっ? 拷問でございますか?」



「そなたの考えが正しければ、そなたを帝国の手先に仕立てあげるはずだ。そのためにはそなたの自白が必要となろう」



(まずい。そこまで考えていなかった)



 まずは勝つ算段をしなくてはいけない。

 グリュンタールという騎士がどの程度の腕かは判らないが、公爵があのような顔をするということはかなりの使い手だろう。

 俺が有利な点、不利な点を考えて、一つの結論に達した。



「二つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」



 公爵も考え込んでいたようで無言で頷く。



「一つ目は、明日の勝負を一本勝負ではなく、三本勝負にしていただくよう陛下にお願いして頂けませんでしょうか」



 公爵は理由がわからないのか少し首をかしげながら、理由を問い質してきた。



「理由ではないのですが、一本目を魔法なし、二本目を魔法あり、三本目を陛下のご判断でいずれかにとすれば、公平な勝負となるのではないかと。下手に最初に魔法を使うと大怪我をさせた上、無効と訴えてくる可能性もありますから」



「判らん話ではないが、魔法なしで勝てるのか? 三本目に縺れ込んだとして、陛下が魔法なしとされれば、そなたが不利になるぞ」



「その点につきましては、考えがございます」



「その考えとは?」



 俺はニヤリと笑いながら、



「申し上げられません。明日の楽しみとお考え下さい」



「策があるようだが、此度も教えてくれんか。まあよい。して、二つ目の願いとはなんだ」



 公爵は心底残念そうな顔をするが、教える気はない。



「はい、本日中にグリュンタール殿に挨拶に行きたいので、どなたかに案内を命じていただけないでしょうか」



「事前に挨拶か……何と考えておる。まさかこれも秘密か!」



 公爵は更に残念そうな顔をし、なんとか教えてくれないかと目で訴えてくる。

 だが、挨拶の話はともかく、三本勝負の話は公爵に教えてしまうと、俺が負けたときに公爵まで巻き込む恐れがある。



「はい。秘密でございます」



 公爵はすぐに立ち上がり、自ら案内役を買うつもりでいるようだ。



「よかろう。すぐに参るぞ」



「閣下自ら赴かれるのですか?」



「儂が行った方が早い。儂は騎士団総長、直属ではないとはいえ、近衛騎士団も我が配下だからな。部下の様子を見に行くのも仕事のうちだ」







 三十分ほど時間を遡る。

 国王の執務室では、レバークーゼン侯爵が国王レオンハルト八世にクロイツタール公爵に対する弾劾を始めていた。



「総長閣下が連れてきたタカヤマなるものに対する帝国の手先という疑惑は晴れておりませんぞ。陛下、なにとぞ再喚問の機会をお与え下さい」



「侯爵は余が准男爵に叙してもよいと思っておるほどであるのに、弾劾するのかの」



 侯爵は背筋を伸ばした後、臣下の礼を取りながら、芝居がかった口調で発言を続けていく。



「恐れながら、臣の役目は陛下が誤りを犯す前に身を挺してでもお諌めすることにございます」



 国王は特に機嫌を悪くした様子も無く、淡々と侯爵と話している。



「その言はよいが、余が耄碌したからとでも言いたいのかな。それとも何か証拠を持っておるのか」



「証拠はございませんが、逆に潔白の証拠もございません。王国に仇なす可能性が否定できない以上、総長閣下が潔白を証明すべきであると愚考いたします」



 国王は「なるほど」と頷いた後、「ではどうするのか」と尋ねる。



「総長閣下は自らより強いと仰られました。王国内で総長閣下に匹敵する武人はローゼンハイム男爵以外思い浮かびません」



 侯爵はここで一旦切り、さも今思いついたように付け加えていく。



「タカヤマなる者と我が配下の騎士を立ち合わせ、タカヤマが勝てば潔白、負ければ尋問するというのではいかがでしょうか」



 国王は数瞬考えた後、大きく頷き、



「よかろう。明日、余の前で試合をすることとする。侯爵、済まんが手配を頼む」



「はっ! 心得ましてございます」



 侯爵は浮かび上がりそうになる笑みを無理やり押さえ込みながら、国王に頭を下げる。



「ところで、タカヤマなる者と誰を戦わせるのかな」



「グリュンタールを考えております。近衛騎士団一の手練(てだれ)にございますゆえ」



 侯爵が自慢げにそう言うと、国王が



「グリュンタールが破れた場合、近衛騎士の錬度が低いと思ってよいのじゃな。我が盾たる近衛騎士が名門とは言え、一介の貴族領騎士団の者に負けるとあってはそういわれても仕方ないのぉ」



 侯爵は一瞬苦々しい顔を見せるが、すぐに笑みを取り戻し、



「“万が一”、グリュンタールが破れた場合は近衛騎士たちの訓練を増やし、陛下の盾に相応しい実力に鍛え上げます」



「うむ。そうじゃの。しかし、それでは時間が掛かろう。余の盾が弱い時期は少しでも短い方が安心じゃ。前から出ておった近衛騎士団に貴族以外の者を登用する案を採用することにしようかの。まあ、“万が一”破れた場合のことであるので、そのようなことにはならんの」



「はっ! “万が一”、グリュンタールがタカヤマに破れた場合は、その案を再検討させていただきます」



「フォルトゥナート(宮廷書記官長のウンターヴェルシェン伯爵)、直ちに近衛騎士団への騎士、郷士、平民登用についての草案を作成せよ。侯爵、よいな」



 侯爵は”嵌められた”という顔をするが、すぐに「はっ! 御心のままに」と返す。





 今回の件は、国王とレバークーゼン侯ら貴族との間にある近衛騎士のありように対する考え方の違いが背景にある。

 近衛騎士団は貴族の子弟、縁者でのみ構成されており、騎士階級のものといえども、爵位持ちと縁戚関係になければ、入団の資格が与えられない。

 レバークーゼン侯はこのことを利用し、無能な貴族の子弟らに”近衛騎士”という箔をつけさせることで、貴族たちに恩を売っていた。近衛騎士になれば、国王の目に留まる可能性があること、安全に武人としての名を得られることから、貴族たちは扱いに困った子弟、縁者らをこぞって近衛騎士にしたがった。

 国王レオンハルト八世は、近衛騎士のこの制度が騎士団の士気の低下につながること、腐敗の温床になることを懸念し、かねてより改革を目指していた。

 レバークーゼン侯は”国王の盾は王室に対する忠誠心が最も篤い貴族が務めるべき”との主張を繰り返し、貴族たちもそれを支持していた。

 このため、国王といえども近衛騎士団の改革を強引に進めることができていなかった。







 レバークーゼン侯爵は近衛騎士団本部に戻ると、直ちにグリュンタールを呼び出し、明日の御前試合について話した上で、



「そなたが敗れれば、近衛騎士団の伝統が破壊される。何としてでも勝つのだ。よいな」



(グリュンタールの戦績を考えれば、あのような者に破れることは万に一つもあり得ん。勝った後のための工作を開始した方が建設的だろう)



 大河の風貌を思い出した侯爵は、頭の中で工作先のリストを作り始めていた。





 その後、侯爵の執務室にシュテーデ伯爵とブレダー子爵が現れた。



「侯爵閣下、ウンケルバッハ伯の件、あれでよろしかったのですか?」



 シュテーデ伯爵が昨日の打合せと違うと困惑した表情で問いかけている。



「構わんよ。ウンケルバッハ伯では公爵と刺し違えることもできまい。今回は公爵の言を逆手に取れたから十分だ」



「公爵の言と言いますと?」



 シュテーデ伯が何のことか判らず、侯爵に意味を聞いている。

 侯爵は国王との話を二人に判りやすく説明していく。



「なるほど、グリュンタールが勝てば公爵の判断に誤りありとするわけですな。さすがは閣下。既に決まったようなものですな」



 ブレダー子爵が追従交じりにそう言うと、



「まあ、陛下もこれを機に貴族以外の者を近衛騎士に採用するようねじ込んできたがな。まあ、グリュンタールが負けることなど万に一つもありえんが」



 侯爵はそういうと貴婦人たちには見せたことがないゆがんだ笑みを浮かべる。



(この程度のことが判らんとは。もう少し使える“手“が欲しいのだな。今は仕方がない。この程度の者でも使えるものは使っていかねば)



 二人が執務室から下がると無能なものをどう使うかも器量の一つと自らに言い聞かせていた。







 アマリーとシルヴィアを控え室に残し、グリュンタールに会うため、公爵と共に王宮内にある近衛騎士団本部に向かう。

 近衛騎士団本部にレバークーゼン侯爵はおらず、侯爵に会わずにグリュンタールに会うことが出来た。



「シュテファン・グリュンタール、お召しにより参上いたしました」



 二十代半ばでストレートの金色の髪を肩まで伸ばし、切れ長の目、白皙の顔、すらりと背の高い美男子がやってきた。



(近衛騎士団の選考基準に絶対見た目が入っているよな。ここに来る途中の騎士たちも無駄にイケメンだし)



 グリュンタールは、腰に華美な装飾の細剣(レイピア)を差し、銀色に輝くハーフプレートを身に付けている。

 プレートメイルの発する音から、かなり薄い装甲であろうことが想像できる。



(防御力より見た目重視ってことか。明日もこれを身に付けてくるのかな?)



「ご苦労。この者が明日、そなたと手合わせするクロイツタール騎士団副長代理のタイガ・タカヤマだ」



 公爵が俺を紹介する。

 俺は卑屈に見えるように、出来るだけ低姿勢でグリュンタールに話しかける。



「グリュンタール様、お目に掛かれ光栄にございます。タイガ・タカヤマと申します。高名な騎士であられるグリュンタール様と陛下の御前(おんまえ)で手合わせをさせて頂けると聞き、感激に打ち震えております。まずはご挨拶をと思い、閣下に無理にご同行させていただきました」



「うむ。タイガ卿は総長閣下にご自身より強いと言わしめた強者(つわもの)と伺っておる。私も卿との試合、楽しみにさせて頂こう」



(クロイツタール騎士団のナンバースリー?の副長代理と平の近衛騎士だとどっちが偉いのだろう。普通に上から目線だし、なんか凄ぇ偉そうなんですけど)



「わざわざ、お時間頂きありがとうございました。それでは明日はお手柔らかに願います」



 グリュンタールは公爵にきれいな敬礼をしてから、退出していく。

 その後姿を見ながら、鑑定を行う。



 グリュンタールはレベル三十。それほど高レベルではないが、スキルが凄い。

 刺突剣(初めて見た!)四十五で、特殊スキルが連撃四、狙撃一。回避四十二で予測四。



(連撃四ってことは一遍に九回も攻撃できるってことか。突きで文字が書けるんじゃないか? 確かにこれは厄介な相手だな)



 しかし、他のスキルはほとんどなく、乗馬と体術が十そこそこ、狩猟系に至っては何も持っていない。



(ここまで極端なスキル構成って、どうやってレベルアップして行ったんだろう?)



 公爵と俺は控え室に戻るため、近衛騎士団本部を出て行く。その途中、憮然とした公爵が、



「あそこまで謙(へりくだ)る必要があるのか? 見ている方が不愉快だったぞ」



「作戦の一環でございます。お気になさらぬように。しかし、グリュンタール殿はかなりの手練と聞きましたが、訓練だけで腕を挙げられたのでしょうか?」



 俺は鑑定で見たときに感じた疑問を公爵にぶつけてみる。

 公爵は更に不愉快そうな顔になり、



「あやつは盗賊などの罪人を訓練に使っておるのよ。罪人に武器を持たせ、勝てたら無罪にしてやると言ってな」



(なるほどね。盗賊を殺してレベルを上げたわけだ。闘技場という自分に有利な条件で戦うから戦闘に特化したスキルしか持っていないわけだ。罪人という餌を与えられて育つ養殖された騎士というわけだ)



 控え室に戻ると、公爵は午後からの政務に向かう。俺たちは公爵を見送った後、俺たちは王宮を後にした。



 第一騎士団本部に向かう前にアマリーたちと公爵邸に戻り、昼食をとる。

 昼食後、公爵の命令を受けたアクセルとテオフィルスとともに第一騎士団本部に向かう。



 騎士団本部に到着すると、一人の騎士が待っていた。



「アンゲルス・オストワルトです。総長閣下の命により、タカヤマ様のお相手を務めさせていただきます」



 アンゲルスは騎士にしては線が細く、貴公子といった趣がある三十代の男で、腰にはロングソードを差し、手には細剣(レイピア)を持っている。



 簡単な挨拶を済ませ、すぐに訓練場に向かう。



「タカヤマ様はレイピア相手に戦われたことがないとお聞きしました。レイピアの最大の特徴は……」



 アンゲルスはレイピアについて、レクチャーを始める。



 レイピアは見た目の通り、突きに特化した剣であるため、命中率が高い。軽さを生かしたスピードが信条の武器で突きを繰り出した後もすぐに引き戻されるので、攻撃後の隙も少ない。

 重装備の鎧を着けていても、グリュンタールほどの使い手になると鎧の隙間を狙い撃ちできるのであまり効果がない。

 突き自体は軽く、急所にさえ当たらなければダメージは小さいが、目、喉、心臓などを狙われると一撃で相手を倒せる武器になる。

 剣自体は細く、レイピアで受けることはほとんどないが、グリュンタールは過去に両手剣であるクレイモアの一撃をレイピアで弾いたことがある。



 簡単なレクチャーの後、早速模擬戦に入る。

 アンゲルスは鎧も着けず、レイピアのみ手に持ち、俺に対峙する。



 手合わせを始めると、あまりの突きの速さに体がついていけない。中段に構えた両手剣で一、二度突きを弾くものの、すぐに手数に追いつかなくなる。



 アンゲルスの刺突剣スキルは二十五。連撃1しかないのでグリュンタールの三分の一の手数のはずなのだが、ほとんど何もさせてもらえない。



 十分ほど手合わせをしたあと、休憩がてらアンゲルスにグリュンタールについて聞いてみた。



「グリュンタール殿はレイピアの天才です。鋭い突きと流れるような回避、それを可能にする強い足腰。闘技場ではなく実戦で使ってくれれば尊敬に値する人物なのですが……」



「アンゲルス卿、レイピアが使えるのはあなただけでしょうか。後二人ほどいれば呼んでいただきたいのですが」



「何をなされるおつもりですか?」



「グリュンタール殿のスピードを再現するには、三人がかりで突きを入れてもらうしか無さそうです。ロングソードが主のアンゲルス卿に無理を言ってレイピアを使っていただいているので、このようなことを言うのは大変申し訳ないのですが……」



 アンゲルスが従騎士に声を掛けるとすぐにレイピアを持った二人の騎士が到着する。



 三対一での訓練が始まる。

 最初のうちは、三本の細い刃が次々に繰り出されるので、攻撃に転じるどころか、回避すら満足にできなかった。

 一時間も訓練を続けると、突きのスピードに目が慣れ、何とか回避の目途は付いた。



 休憩を挟み、攻撃を織り交ぜていくが、剣を振り上げると、その振り上げた脇に容赦なく突きが突き刺さってくる。



(回避しながらの攻撃はやはり厳しいな。相打ち覚悟しかないか)



 その後、三時間ほど模擬戦を行うが、俺はともかく、アンゲルスら三人の疲労が激しいので、訓練を終了した。

 俺はアンゲルスらに礼を言い、公爵邸に戻っていく。



 たった半日の付け焼刃だが、目を慣らすという目的は達せられた。





 公爵邸に戻るとアマリーが心配そうに小さく声を掛けてきた。



「皆さん心配してますけど……大丈夫ですか?」



 自分の殻に閉じこもっていたアマリーが俺のことを心配してくれている。

 俺はそのことがうれしくて、



「ああ、大丈夫。試合が終わったら、屋敷の外に買い物にでも行こうか」



 俺はアマリーが安心するよう、自信有り気にそう言い、さも簡単に終わる印象を与えようと試合後の予定の話をする。



 シルヴィアは何か言いたげだが何も言わず、俺の後ろにいるアクセルも無表情を貫いているようで、アマリーは安心してくれたようだ。



 アマリーが席を外した時、シルヴィアが明日の試合について聞いてきた。



「本当に大丈夫なのか。騎士たちが話しているのを聞いたが、ここ数年不敗だといっていたぞ」



「ああ、知っているよ。何も判らないアマリーを心配させることはないだろ。要は俺が勝てばいいんだから」



「……」



 俺も絶対の自信はない。

 俺の考えているようにことが進めば、勝率を五分以上に持っていける自信はある。



 今日も三人で夕食をとる。

 俺はアマリーのドレス、シルヴィアの軍服の話などで盛り上げようとするが、今日も二人は静かに食事を食べ、俺一人が浮いている状態だった。







 アマリーは大河が自分を安心させようと無理をしているのに気付いていた。

 彼女は午前中、謁見のことで震えていたこと、国王の前に行かなくて済み、ホッとしたことなど、すっかり忘れていた。それほどタイガのことが心配だった。



(アクセル様があのような顔をするんだもの、物凄く強い人と戦うはず。シルヴィアさんも大変なのは判っているみたいだし……)



 大河の芝居に乗らないといけないと思うが、明日の試合の結果次第で大変なことになると聞かされているので、思うように話ができない。



(できることがあれば何でもするのに、何もできない……)



 彼女は何もできない無力な自分が悔しくて仕方なかった。







 俺は寝る前に昨日と同じようにシルヴィアの治療を行うことにした。

 今日は耳の再生にチャレンジしてみる。



 ベッドに腰掛けさせ、片方ずつ再生の魔法を掛けていく。

 手で耳を覆うため、再生がうまくいっているのか判り辛いが、手を離すと耳がうまく再生できていた。

 アマリーはシルヴィアの手をとり、うれしそうな顔で頷いている。

 シルヴィアは耳を恐る恐る触り、感触を確かめている。表情は変わらないが、目が少しだけ潤んでいるような気がする。もしかしたら、俺の勘違いかもしれないが。



 まだ、魔力に余裕があるので、背中の傷も直そうとしたが、シルヴィアが明日に差し障るからと治療させてくれなかった。



 治療も終わり、就寝のためベッドに入ると、アマリーはいつものように俺のベッドに入ってきた。



 今日も手を握ったまま、寝ることになるが、昨日とは異なり、明日の試合のことで頭が一杯になってなかなか寝付けない。

 今まで死ぬかもしれないと思ったことは何度かある。

 だが、いつもは急にそういう状況になり、今回のように前日から判っているのは初めてだ。

 公爵がうまくお膳立てしてくれても勝率は五分以上にする程度。お膳立てが失敗すれば、勝率は限りなくゼロに近い。

 死の恐怖がじわりと圧し掛かってくる気がする。

 ”大丈夫”、”やれることはやった”と何度も考えるが、思考は堂々巡りを繰り返す。

 生への渇望、死の恐怖が何度も押し寄せ、ついには体の震えが始まる。

 この震えを止めようと努力するが、自らの意思では止めることができない。



 手を握っているアマリーは俺の異変に気付いたのか、小さな声で「大丈夫?」と聞いてくる。

 俺は心配を掛けないよう努めて明るく「大丈夫」と答えるが、体の方がいうことをきかない。



 突然、アマリーが俺の頭を胸に抱き、抱きしめてきた。

 俺は一瞬パニックになるが、暖かい胸に抱かれると緊張の糸が切れたのか、涙が零れ落ちてきた。

 彼女は更に俺の頭をかき抱き、優しく背中をさすってくれる。

 それでも震えが止まらない俺は彼女をギュッと抱きしめ、更にすすり泣く。



(情けない。五歳も年下の女の子に抱きついて泣いているなんて……)



 俺は情けないと思いつつも、嗚咽が止まらない。

 何分こうしていたのか、彼女は俺が少し落ち着くのを待ち、抱きしめていた腕を緩める。そして、静かに唇を合わせてきた。



「無理しないで……」



 俺は彼女の唇を貪るように求め、彼女もそれに答えてくれた。



 俺はその時気付かなかったが、俺たちの様子に気付いたシルヴィアは静かに部屋を出て行った。



 俺は死の恐怖を振り払うようにアマリーを求めていった。



 俺は本能のままに彼女を抱き、そのほっそりとした体を抱きしめている。

 彼女は少しはにかんだような笑みを浮かべながら、



「ありがとう、タイガさん。ようやくお礼を言えた……」



 俺は礼を言うのはこっちだと思い、声を出そうとするが、



「何も言わないで。村を出る前からあなたが励ましてくれているのも判っていたの。でも辛かった。これが夢であって欲しいって、ずっと思っていたの……」



 彼女は言葉を切りながら、少しずつ言葉を紡いでいく。



「私のために公爵様のような偉い方に無理を言ってくれたり、国王様にジーレン村のことをお願いしてくれたり、感謝していたの。でも言葉に出来なかった……タイガさんは強い人だと思っていたけど、私と同じだって思ったら……」



 彼女は俺に口づけをしてから、



「一緒に連れて行ってください。ご迷惑は掛けません。お願いします」



 真剣な目で俺を見つめながら、そう囁く。



「明日は絶対勝たないとね。折角アマリーときちんと話が出来るようになったんだから」



 俺はそこで言葉を切り、この先にも危険があることを伝える。



「明日が終わってもまだまだ危険があるんだ。君の安全を考えれば、閣下のところで世話になってくれた方がいいんだ……」



 俺がそう言い終わった直後に、いつもは大人しいアマリーが強い口調で俺に懇願してきた。



「嫌です! 一緒に居させて下さい。お邪魔にならないようにしますから……」



 グンドルフのことを考えると、アマリーを連れて行くのは危険すぎる。だが、危険だからとおいていくことが本当にいいことなのか判らない。



「判った。全力で守るから。これからもよろしく」



 そういった後、口付けをしてから、もう一度強く抱きしめた。







 シルヴィアは、寝室の外で毛布に包まっていた。



(出会って一日しか経っていない、自分を買い取っただけの男……)



 シルヴィアは、頭にタイガのことが浮かぶたびにその考えを打ち消すという無為な行為を何度も繰り返していた。



(剣の腕は今まで見た中で一番の使い手。しかも属性魔法も治癒魔法も使える。それだけの才能を持ちながら、私やアマリーに対する不器用さ。本当に判らない男(ひと)……)



(明日の試合に怯える姿……決して男らしいとは言えないけれど、今まで出会ったことがないタイプの男……)



 知らず知らずに再生された耳を触っていると、突然自分のことが可笑しくなり、微笑んだまま眠りに落ちていった。



後書き


作者:狩坂 東風
投稿日:2013/01/12 16:57
更新日:2013/01/12 16:57
『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。

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