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作品ID:1458
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ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)

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前書き・紹介


第六章「死闘」:第1話「ジーレン村」

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第6章.第1話「ジーレン村」



 西方暦一三〇〇年、雪の月第五週風の曜(一月二十三日)、身を切るような寒風が強く吹いているが、きれいな冬晴れの朝。

 クロイツタール公爵一行は、リュディア姫、シャルロッテ姫らの見送りを受け、ドライセンブルクを出立した。

 シャルロッテ姫が何か行動を起こすのではと心配していたが、何事もなく無事に出発できた。



 クロイツタール公の護衛は四十騎。俺、アマリー、シルヴィアと護衛のアクセル、テオの五人も護衛とともに騎馬で移動する。



 アマリーは俺の馬に同乗させることにし、替え馬も用意してもらっている。



 パルヒムまでは特に問題もなく、順調に移動。

 雪の月第五週水の曜(一月二十四日)のファーレルへ移動も、多少雪がちらつき時間が掛かったが、大きな問題は何もなかった。



 移動に問題はなかったが、北に向かうにつれ、アマリーの口数が減っていく。

 ジーレン村を思い出しているのだろう。

 あの惨劇からまだ半月も経っていない。気持ちの整理が付くほうがおかしいが、折角明るくなってきたのにと思ってしまう。



 ファーレルに到着した後、公爵から「明日はジーレン村に立ち寄ることにする」と告げられる。

 俺はすぐに町に行き、花がないか探し始めた。

 だが、真冬の田舎町、なかなか花は見つからない。町の中を三時間ほど駆けずり回り、ようやく花束にできるほどの花を探し出した。

 そして、明日の朝に受け取りにくると伝え、花束を作ってもらうよう頼んでおいた。





 雪の月第五週土の曜(一月二十五日)の朝、アマリーに用意した花束を渡すと、小さく「ありがとう」とだけ言い、すぐに黙ってしまう。

 襲撃の翌日と同じようなどんよりとした曇り空。公爵もいつもより口数が少ない。



 十一時頃、ジーレン村に到着。

 警備についているファーレルの騎士に挨拶をしてから、村人たちが葬られている村のはずれに向かう。

 魔物を引き寄せることを警戒し、急いで埋葬したため、墓標も何もない。ただ盛り上がった土の山に真っ白な雪が積もっているだけだ。



 俺たちは黙祷を捧げたあと、アマリーの好きにさせる。



 彼女は持っていた花束を雪の上に置くと、膝を落として泣き始める。

 俺は彼女のすぐ脇に座り、肩を抱くことしか出来ない。

 小さく「お父さん、お母さん、エミリア」という声が嗚咽と共に漏れてくるが、次第に呟くような小さな声になっていき、最後には俺の胸に顔を付けて涙を流すだけになっていった。



 三十分ほどそうしていたが、出発の時間が徐々に近づいてきた。



 俺は「暖かくなったら、また来よう」と言ってアマリーを立ち上がらせる。

 彼女も小さく頷き、ふらつく足取りながらも後ろを振り向かずに歩いていく。

 彼女は自分の家に入り、誰もいない家の中を一頻り眺めた後、自分が隠されていた寝台に腰を掛け、寝台を撫でている。



「なにか持っていくものはないかい」



 俺は形見になるようなものを持ち出すように促すと、部屋の奥に行き、小さな箱を取り出してきた。

 箱はきれいな彩色が施された木箱で中には銀で出来た髪飾りが2つ入っていた。



「五年前、十三歳になった時に貰ったもの。こっちは二年前にエミリアが貰ったもの……」



 彼女は独り言のようにそう呟き、髪飾りを眺めている。



 十三歳、一応成人扱いになる歳の祝いに両親から贈られたものなのだろう。貧しい村で銀製の装飾品を買うのが大変だということは、容易に想像できる。

 愛してくれた両親、仲の良かった妹を思い出す形見。

 手に取って何度も眺めるその姿に俺を含め、護衛のアクセルたちも涙を流している。



 五分ほどそうしていたが、髪飾りを箱にしまうと「もう大丈夫です……花束ありがとうございました」と小さく俺に言ってきた。



 俺はアマリーを抱きしめてから、できるだけ明るい声で、「じゃあ、行こうか」と言うと、彼女もかすれた声で「はい」と頷き、笑顔を作って家を後にした。







 アマリーは生まれ故郷、ジーレン村に帰ってきた。

 村には騎士たちがいるだけで、知り合いは一人もいない。

 普段の昼間なら、雪の中でも木を切ったり、水路の手入れをしたりと村人の姿が見えないことはない。

 家の中からも、人の声が途切れることは無く、貧しいが笑い声が絶えない村だった。



 大河に連れられ、村の外れにある墓地に行く。

 五十人近い村人を埋葬したため、大きな土の山がいくつも出来ており、その上に真っ白な雪が積もっている。

 大河が用意してくれた花束を捧げると、涙が堪えきれなくなる。



(どうして……お父さん、お母さん、エミリア……逢いたいよ……)



 何分こうしていたのだろう。

 横には大河が寄り添い、一緒に涙を流してくれている。

 涙を止めようと思うが、どうしても止まってくれない。

 大河の胸に縋り付くと、彼が軽く抱き寄せてくれる。堅い革鎧が少し痛いが、背中の手が暖かく、心地いい。

 彼が「暖かくなったら、また来よう」と声を掛けてくれる。



(タイガさんにあんまり心配掛けてはいけないわ。お父さん、お母さん、エミリア、また来るね)



 彼女は立ち上がり、大河に誘われるまま、自分の家に入っていた。

 自分を助けてくれた父と母が使っていた寝台。隣には、私とエミリアの寝台。家の中には、寝台の他は小さな物入れしかなく、大した家具はない。



 大河から「何か持って行くものはないかい」と声を掛けられ、十三歳の誕生日に貰った銀の髪飾りを取り出す。



(こっちが十三歳になった時に貰った私のもの。こっちが二年前にエミリアが貰ったもの……)



 彼女は二つの髪飾りを交互に眺め、



(あの時は幸せだったわ。小さな髪飾りだけど王女様になったような気がしたもの。私が貰った時、エミリアは泣いて悔しがったけど、自分が貰った時は同じようなことを言っていたわ……)



 彼女は何度も髪飾りを眺めた後、入っていた箱に戻す。



(もう家族は誰もいないわ。二度と会うことができない。でも、タイガさんがいてくれるなら、前を向いて生きていけるかも……)



 彼女は涙を拭き、大河の方を見る。

 大河の目にも涙が浮かんでいるが、少しでも笑顔を見せようと無理をしている。



 この真冬に小さな町で花束まで用意するのはとても大変だったはずなのに、そのことは一言も言わない。



(そこまでしてくれるタイガさんのために、頑張って生きていかないと。お礼もちゃんと言おう。そして無理をしてでも笑おう)



「大丈夫です……花束ありがとうございました」



 大河が無理に笑いながら、軽く抱きしめてくれると、彼女に少しだけ勇気が湧き上がってきた。



(この人と一緒なら、ここを離れても生きていけるわ。この人と一緒なら……)



 アマリーは大河の「行こうか」という声にできるだけ明るい声で「はい」と答えると自然に笑顔を見せることが出来た。







 村の入口に戻ると公爵は、ファーレルの騎士と話していた。公爵は俺に気付くと話に加わるよう声を掛けてきた。



「この村についてなのだが、村人がいない状態では維持するのが困難だというのだ」



「入植者と募ることで解決するのではないですか」



 俺は入植させればいいだけだろうと、深く考えずに答える。



 それに対し、公爵は、



「まず、この村だが耕作可能地が少ない。かなり貧しかったようだな。街道からも離れておるので、商業で人を呼ぶことも難しい」



 言われてみれば、貧しいため人口が少なく、街道から離れているから罠に使われたのだった。

 街道から二マイル=三・二kmもあり、ファーレルからは九マイル、ウンケルバッハからは十マイルという中途半端な位置というのもネックだ。

 もう少しどちらかの町に近ければ、町への食糧供給で潤うし、もう少し街道に近ければ宿場町としても機能できたかもしれない。



「そなたに良い知恵はないかと思ってな。どうだ良い考えはないか?」



 いきなり内政モードの難題が来るとは、思っていなかった。

 今思いつくのは、特産品を作る、街道のルートを変更する、税負担を無くして特区にするくらいしかない。



(過疎地の振興策なんて、日本でも難しかったのにすぐに思いつくはずがないよ)



 そう思いながら、森を眺めているとあることに気付き、アマリーに確認してみた。



「この辺りの森の木は、どんぐりのような実がなるものが多いんじゃないかい」



 アマリーは突然、話を振られたことに驚くが、すぐに答えてくれた。



「はい。普段は食べませんけど、大昔に飢饉があって、その時にはその実を食べて冬を越したと聞いたことがあります」



 アマリーに礼を言い、できるかどうかわからないが、思いついた案を説明する。



「この村に入植者を入れるためには、産業がなくては人が定着しません」



 そう前置きした後、俺の考えを説明していく。



「産業振興のためには、他にはない特産品を作り出す必要があります。この土地は麦を作ることには向いていませんが、見ての通り森は非常に豊かなのでそれを利用する方法がいいと思われます」



「森の木で何か作るのか? それでは職人を呼ばねばならんし、街道から遠いところではなかなか厳しいと思うが」



「いえ、森を利用するというのは、木の実を利用するということです。人の食用には向きませんが、雑食の豚であれば栄養価も高く、充分育つはずです。その豚で保存食を作れば、クロイツタール、ノイレンシュタットなどの都市にも供給できます。」



「木の実で育つのか? そもそも普段の餌をどうする?」



「豚に木の実を与えると、冬に向けて脂が乗り、うまくなると聞いたことがあります。普段の餌は麦以外の芋、豆類などの貧しい土地で育つ作物で何とかなるのでは」



「森には魔物、獣がおる。そこはどうするのだ?」



「冒険者を入植者に加え、更に適齢期の女性も入植者に加えます。彼らが所帯を持ち、畑を耕し、豚を育てながら、魔物に対応する方法ではいかがでしょう」



 俺が考えたのは、イベリコ豚の生産と屯田兵制度、才能がない冒険者の定住化措置をミックスさせたものだ。

 日銭を稼ぐだけの冒険者は、なかなか結婚できない。最悪、盗賊に身を落とすこともある。彼らの定住化を促進すれば、人口増加と治安維持に貢献できるだろう。

 女性については、税金が払えない場合に入植者になれば、減免措置が受けられると宣伝すれば、奴隷商に売られ娼婦となるよりはと、入植を希望するものも出てくるはずだ。これはエルナの話を聞いて思いついた。



「更に南側に街道に出る道を整備すれば、ジーレン村に立ち寄るものも出てくるはずです。二マイル程度、道を整備する必要がありますが、緊急避難場所としても使用するためにはぜひとも検討していただくべきかと」



 先日の追撃戦の時、ジーレン村から街道への接続道が斜めに入っていたことを思い出し、南側、すなわちファーレル側にも道があれば、それほど遠回りせずに村に立ち寄れるのではないかと考えて提案したものだ。



「なるほど。それでは副長代理、クロイツタールに到着するまでに計画書を作成し、提出せよ」



「はっ! 詳細な計画書は調査の上、作成が必要ですので、概略計画書を本日中に提出します」



 俺はアマリーのためにも、ジーレン村がこのまま消えていくのが、我慢ならなかった。

 可能かどうかはさておき、計画が動き出せば、ある程度人は集まるだろう。

 更に街道へのアクセスが整備されれば、特産品がなくとも人が戻る可能性がある。



(閣下も判った上で俺に振ってきたんだろうな)



 その日の夜、俺はジーレン村再建計画の骨子をまとめ、公爵に提出した。





 ジーレン村を出発し、ウンケルバッハ市には午後三時頃到着。

 俺は公爵と共に伯爵家に代わり町を治めているレイナルド隊長に会いに行く。



「ロベルト、ご苦労であったな」



「はっ! 今のところ帝国の手先は見つかっておりませんが、治安の方は以前に比べ、かなり良くなっております」



「ロベルト、タイガが正式に我が騎士団の副長代理に就任した。今後は儂の腹心として行動する予定だ」



 俺はレイナルド隊長に「今後ともよろしくお願いします」と軽く頭を下げてから、握手を求める。



「こちらこそ、よろしくお願いします。副長代理が閣下の傍らにおられれば安心です」



 レイナルド隊長は、いきなり上司になった俺に対し、何のわだかまりもなく接してくれる。



(ドライセンブルクでもそうだったけど、基本的にいい人が多いんだよな、“うちの騎士団“は)



 ”うちの騎士団”と考えた自分に驚くが、これはこれでいいものだと思い始めている。



「ところでウンケルバッハ前伯爵は、すでに戻っておられるのですか?」



「一昨日、伯爵邸に戻ってきました。今はコルネリウスが使っていた屋敷に移しております。警備は常時、我が騎士団から五名とウンケルバッハ守備隊から五名の計十名で行っております」



「良い判断だ、ロベルト。明日、第三騎士団にウンケルバッハ市の管理を引き継ぐ。ご苦労だった」



「はっ!」



 俺は町の様子などを聞くが、レイナルド隊長はそういった面は、あまり得意ではないようで、伯爵と共にファーレルで解放された手勢が戻ってきたときは、多少混乱したが、現在は治安が回復しているということくらいしか把握していない。



(元々、レイナルド隊長は、行政官ではなく武人だからなぁ。緊急時だから良かったけど、第三騎士団からは行政に理解のある責任者が来てくれるといいんだが)



 新伯爵はまだ十五歳とのことで、まだどのような性格、資質の持ち主かわかっていない。どちらにしても当面は第三騎士団から派遣される騎士が、行政を取り仕切ることになりそうだ。



 宿泊先に行くと、ウンケルバッハ新伯爵が公爵を表敬訪問に来ていると連絡があった。

 公爵の部屋で待っていると、煌びやかな服に包まれ、顔面を紅潮させたやや肥満気味の少年が五十歳くらいの家臣を連れてやってきた。



「わ、私は、あ、アナトール・ウンケルバッハでご、ございます。こ、公爵様にお、おかれましては、ご、ご機嫌麗しく、きょ、恐悦至極にぞ、存じ上げます」



 少年は公爵を前にして緊張しているのか、覚えてきた挨拶は噛みまくっていた。



(この世界の十五歳にしては幼い感じだな。名門伯爵家の嫡男なら社交界にデビューしているはずなのにどういうことなんだろう?)



「コンラート・クロイツタールだ。わざわざ出向いての挨拶、痛み入る」



 公爵の挨拶の後、後ろにいる五十代の男が前に進み出てきた。



「私はウンケルバッハ伯爵家の執事、エーヴェルストと申します。この度は家宰、行政官などの重職についていたものが、すべて処分されましたので、執事である私が同行いたしました。主君は体が弱く、領地に篭りがちでございました。閣下のご指導を賜りますよう伏してお願いいたします」



 エーヴェルストと名乗る執事は白髪で細面、背筋の伸びた姿勢で如何にも”出来る執事”といった感じだ。

 その表情からは伺い知れないが、今回の件で伯爵家が没落しそうなことに危機感は持っているようだ。



(新伯爵は引きこもりか。病弱そうに見えないが、もしかしてニートか?)



 俺がそんなことを考えていると、公爵は二人に二度はないと釘を刺している。



「うむ。此度は先代が対応を誤ったこととはいえ、帝国の手先に暗躍させてしまったからな。近々第三騎士団から代官が派遣されてくるはずだ。その者を助け、王国に忠誠を尽くせ。エーヴェルストとやら、二度はない。心して若い主君を支えよ」



 二人は直立不動で公爵の言葉を聞いた後、退室していった。





 四日前、雪の月第五週日の曜(一月二十一日)に遡る。

 パルヒムの町に入ったウンケルバッハ前伯爵の下に一人の男が密かに接触してきた。

 第三騎士団の兵士が厳重に警備している前伯爵の宿泊する宿に忍び込んでいた。



 自分の寝室に忍び込んている男を見た前伯爵は声を上げようとするが、自分は傭兵ギルド所属しているグロッセート王国出身の傭兵であり、クロイツタール公爵への復讐の手段があると告げた。

 前伯爵は危害を加えてくる様子も無く、クロイツタール公への復讐が適うのであればと考え、その男の話を聞くことにした。



「その方のような下郎が、クロイツタールめに何が出来るというのだ」



「あっしはただの使いっ走りでさぁ。かしら、いや、隊長のグイドが言うには、クロイツタール公に一泡吹かす手があるそうで」



 前伯爵は一瞬目を輝かせると、更に続きを話すよう促す。



「へい。隊長が言うには、クロイツタール公本人は二千人からの騎士に守られ、手ぇ出すことは無理だろうって。ですがね、クロイツタール公が一番かわいがっている部下を殺すことは、そんなに難しくねぇってことで」



「もっと判りやすく話せ。一番かわいがっている部下とは誰のことだ?」



「ちょっと前まで冒険者だった、タカヤマって奴でさぁ。ちょっと前に准男爵になるとかならねぇとかって、噂になった奴ですぜ。噂じゃ娘を嫁にやるとかって、言われてやすし、かなりかわいがってるようですぜ」



 彼がノイレンシュタットを出立し時には、公爵の娘云々の噂は出ていなかったが、こう言えば前伯爵も信じるだろうと、でまかせを口にしただけだった。



 前伯爵は自らの裁定の場を思い出す。



(確かにタカヤマというものがおったわ。冒険者の格好をしてジーレン村でも何やらコソコソ動いておった。クロイツタールも気に掛けておったし、娘も二人屋敷にいたはず。あながち偽りと切り捨てることも出来ん)



「して、どうやってタカヤマなる騎士を殺める。凄腕の剣士と聞くが、その方らにかの者を殺せるのか?」



「その点は抜かりなく。ただ、閣下にお願いがありまして」



「何だ、申してみよ」



「へい、あっしらは理由(わけ)あって王国のギルドカードを持ってねぇ奴もいるんでさぁ。そこで、ウンケルバッハの市民カードと守備隊所属の証を頂けないかって」



「ほう、その方らは盗賊か。ふん、良かろうウンケルバッハに入り次第準備させる」



「実はあともう二つ、お願ぇがあるんですが」



「申してみよ」



「一つは、閣下の配下の方々をファーレルから連れて戻すって話に、あっしらも傭兵ってことにして、同行させて頂けねぇかってことで」



 その男の言葉に前伯爵は頷き、顎を振り先を促す。



「もう一つは、タカヤマってやろうをやっちまった後に、褒美を頂けねぇかってことで」



「良かろう。ファーレルで儂のところに来い。褒美はタカヤマの首を持ってきたら五百Gくれてやる」



「へい。隊長にそう伝えやす。ではファーレルで」



 そういうと男は窓から外に出て行く。



 前伯爵は、酒を持ってこさせると一人で酒を煽り始めた。



(くっくっ。クロイツタールめ、儂を侮り続けたことを後悔させてやる。儂には失うものはもうない。貴様も一つずつ失っていけばよいわ)



 その翌日の雪の月第五週火の曜(一月二十二日)、前伯爵の手勢のうち、ウンケルバッハ市に戻る約八十名が前伯爵一行に合流する。武器は返されたが、クロイツタール騎士団との交代要員である、第三騎士団の兵士百名に囲まれているため、特に混乱はない。

 ファーレルの守備隊から引き渡された直後に、手勢の中に見知らぬものたちが混じっていると報告があったが、第三騎士団は、錬度が低い傭兵・ゴロツキの寄せ集めと侮り、特に深く詮索しなかった。



 更にその翌日の雪の月第五週風の曜(一月二十三日)、ウンケルバッハ市に到着した一行は、午後四時頃城門に到着。二百名近い集団ということもあり、長時間の審査を嫌った第三騎士団の責任者ペテルセン隊長から、部隊単位での審査の要請があった。

 ペテルセンは四十代後半で三十年以上の長きに渡り、第三騎士団に所属しているベテランであるが、兵站担当が長く、武人というより官僚に近い。

 今回はウンケルバッハ伯爵領の代官として赴任するため、事務手続きに強い彼が選ばれた。だが、家族を帯同し、自らも久しぶりに冬季の騎乗を行ったため、早く宿舎に入りたいと焦っていた。



 クロイツタール騎士団のレイナルド隊長は、



「第三騎士団は隊長が責任を持つというなら、認めましょう。但し、ウンケルバッハ守備隊所属の者はすべて確認させていただく。確認中は第三騎士団に城門の外で不正がないか確認していただきたい」



「それでは我々は二時間以上も、城門の外にいなければならんではないか。ウンケルバッハ守備隊についても、ファーレルで身元は確認しておる。早急に入市させてもらえまいか」



「ウンケルバッハ守備隊、特に前伯爵直属部隊はそもそも不審者が多い。そのようなものを閣下よりお預したこの町に入れることは出来ん」



「そこを何とかしてもらえまいか。儂が責任をとっても良い」



 レイナルドは内心、「軟弱者が」と思っていたが、この後、クロイツタール騎士団から引継を受ける第三騎士団が責任を持つと言われ、ファーレルでも身元照会をしているとの安心感から、これ以上ことを拗らせるのは得策で無いと考えた。



「ペテルセン殿が責任を持つと仰るなら、開門いたしましょう。開門!」



 第三騎士団及びウンケルバッハ前伯爵の手勢たちは、全員何のチェックを受けることなく、城門を潜ることになった。



 アウグスト・ウンケルバッハ前伯爵は、屋敷に戻るとすぐに執事のエーヴェルストに戸籍担当の官吏を呼び出すよう命じる。



「お館様。なぜ戸籍担当を呼び出すのでしょうか?」



「そなたは黙って儂の言うことを聞いておればよい。すぐに呼んで参れ」



 エーヴェルストは納得がいかぬまま、四十代後半の戸籍担当の官吏を連れてくる。



 前伯爵は戸籍担当者と内密の話があると執事を部屋から追い出し、盗賊たちのカードを作るように強要している。



「今から、グロッセート王国のグイド以下二十八名をウンケルバッハ領民とする。そなたはどのような結果が出ても黙ってカードを作成するのだ。判ったな。儂に逆らえばどうなるか判っておるな」



 戸籍担当の官吏は、震えながら、「畏まりました」と答え、屋敷を後にする。



 その後、夕食時を過ぎた頃に庁舎の一室に二十八名の男たちが現れた。

 官吏はカードを発行するが、半数以上の男たちが手配書に名前を記載された悪党だと知る。

 恐ろしくなったが、この状況ではカードを発行するしかなく、二時間掛けて、二十八名の男のカードを発行した。

 カードは新規発行ではなく、再発行という形にし、カードを見る限りは五年前からウンケルバッハ領民として通用することとなった。



 グイドと呼ばれている男が、



「ご苦労だったな。夜も遅い。家まで送ってやろう」



 グイドは三人の男に声をかけ、官吏を家に送らせる。



 グイドたちは予め与えられていた守備隊の証を持ち、前伯爵の下に向かう。

 翌日の雪の月第五週水の曜(一月二十四日)には、グイドを隊長とする部隊ができ、シュバルツェンベルクでも訓練に向かうと、クロイツタール騎士団に報告があった。

 レイナルドは念のため、グイドの身元を確認するが、五年以上前からウンケルバッハ領民であること、正式に守備隊に配属されていることを確認できたことから、許可を与えた。

 それは、大河たち一行がウンケルバッハに到着する前日の話であった。



 戸籍担当の官吏の妻より、夫が帰ってこないと行政庁に連絡が入った。

 クロイツタール騎士団が調査を開始するが、その日は何の手掛かりも得られず、翌日、第三騎士団に引継される。第三騎士団は引継ぎ直後の混乱も重なり、官吏の死体を見つけたのは、行方不明から五日後であった。

 第三騎士団のペテルセンは、官吏が行方不明当日に夜遅くまで庁舎で働いていたことを確認。カード発行作業をしていたようだと判明し、調査を行う。だが、元々帳簿類の管理がいい加減なウンケルバッハ市行政当局であったため、誰のカードを発行したのか判明したのは二週間後、官吏が行方不明になってから半月後の氷の月、第二週土の曜(二月十日)のことであった。

 その時、カードの再発行を受けた二十八名は既にウンケルバッハ市から消えさっていた。



後書き


作者:狩坂 東風
投稿日:2013/01/18 23:01
更新日:2013/01/18 23:01
『ドライセン王国シリーズ:滔々と流れる大河のように(冒険者編)』の著作権は、すべて作者 狩坂 東風様に属します。

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